ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action42−意思−






   ある意味で予想通り、ある意味で予想外。
 
  精神的に疲弊したカイを心胆から震わせたのは、見た目のインパクトだった。
 
 
 
  ――黒い。
 
 
 
  医務室のベット横の椅子に腰掛ける、珍獣。
 
  二メートルを超える巨大な図体の毛色が、真っ黒に染まっている。
 
  両腕・両足は不気味なほど愛らしい大きさで、アンバランス。
 
  クリクリっとした目元が朱色なのは、まるで怒りを顕わにしているかのように。
 
  こんな獣が突如自室に居座っていたら、大人でも悲鳴を上げて逃げるだろう。
 
  カイでさえ、腰を抜かしかけた。
 
  それでもいち早く驚愕から抜け出せたのは、獣に見覚えがあったから。
 
 
 
  クマの着ぐるみ。
 
 
 
  あの懐かしきニル・ヴァ―ナのマスコット。
 
  ブリッジでアイコンタクトで意思を疎通した、一人の女の子――
 
 
  「ま、またその着ぐるみを着てるんだ、クマちゃん・・・」
 
 
 
   苦笑いを浮かべるしかない状況で、クマの女の子は重々しく頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   セルティック・ミドリ。
 
  男を嫌悪するメジェール人の典型的女の子で、ニル・ヴァーナでは常に着ぐるみで全身を覆っていた。
 
  規則違反は彼女の秀でた情報分析能力が重宝されて、半ば黙認。
 
  性格は内向的で、コンピュータとコスプレが趣味の女の子。
 
  十代前半でまだ子供っぽさの残る女の子だが、マグノ海賊団母船のメインブリッジのポジションを許される技術の持ち主である。
 
  未発達ながらも可憐な容姿を御気に入りの服で覆って、男を毛嫌いしている。
 
  そんな少女も、この半年で少しずつ変化。
 
  ブリッジでは常に身に着けていたクマの頭を取り、顔を見せるようになった。
 
  コミュニケーションは自分から取らず、簡潔な受け答えのみ。
 
  それでも、ドゥエロやバートに表面的な拒絶はしなくなった。
 
  ドゥエロやバート、には――
 
 
  「・・・何もそんなに距離を取らなくても――え?
 
 
  万が一襲い掛かってきたら、舌を噛んで死にます・・・
 
 
  って、何だその悲壮な決意!?」
 
 
   セルティックは、カイには出会いから今の今までスタンスを変えない。
 
  ニル・ヴァーナでもブリッジにカイが来ればクマを頭から被り、顔を決して見せようとしなかった。
 
  声も一向に出さず、超然とした態度で無視。
 
  思えば、彼女ほど徹底してカイを嫌う態度を取る人間はいなかった。
 
  相変わらずの少女の態度に、カイは苦笑を誘われる。
 
  嫌われているが、憎めない女の子だった。
 
 
  ――千切れた絆に、壊れた生活。
 
 
  男と女の拙い関係はヒビ割れて、修復不可能なまでに歪んでしまっている。
 
  何もかもが、変わり果ててしまった。
 
  再会も許されない関係の中で、セルティックの変わらない態度が嬉しく思う。
 
  カイはベットに腰掛けて、セルティックと少しの間話をした。
 
  無駄な話は嫌がるかとカイは懸念したが、意外にも少女は素直に応じる。
 
 
  「――ふーん、毛糸や布とか貰って裁縫したんだ。
  器用なんだな、クマちゃんは。
 
  ――気に入ってますって、俺から見れば絶叫物だったぞ。
  その新しいクマさん」
 
 
   照明を消せば、つぶらな瞳だけが蛍光塗料の一種で赤く光るらしい。
 
  本人としては悪気は無く、お気に入りに仕立てたらしい。
 
  闇夜のクマさんは無人兵器より怖そうだった。
 
 
  「部屋は二人部屋なんだ?
 
  へー、アマローネと一緒で・・・ふんふん・・・
 
  夜襲なんてかけないって!」
 
 
   セルティックから聞かされる、自分が眠っていた数日間。
 
  艦長から正式に客人として迎えられて、滞在用の部屋へ。
 
  あの修羅場から正式な許可を得ずに飛び出した為、身の回りの品しか持ち出せなかった一行。
 
  移り変わった新しい環境に戸惑う彼女達に親身にしてくれたのが、セランだった。
 
  艦内を積極的に案内して、同僚を紹介。
 
  少しでも早く馴染めるように、気を使ってくれたと言う。
 
 
  「俺の時も色々話してくれたし、親切だよなあいつ。
 
  へえー、化粧品や着替えも用意してくれたんだ。
 
  でもクマちゃんに化粧は必要ないんじゃ――
 
  ――じょ、冗談!? 冗談だから!? うわー!」
 
 
   本気になった獣相手に、生身の人間が勝つのは難しい。
 
  悲鳴を上げて逃げる哀れな獲物に、クマは両手を振り回して襲い掛かる。
 
  医務室での乱闘。
 
  仲が悪いのか良いのか、よく分からない珍妙な光景が繰り広げられた。
 
 
  アイコンタクトは、続く。
 
 
  ――言葉一つ発さない相手に、一人で会話を展開。
 
  奇妙だが、この二人だけに許された意思疎通だった。
 
 
  「刈り取りに襲われなかったのは運が良かったな。
  俺は戦える状態じゃなかったし、金髪一人では限界がある。
 
  船は運航可能?
 
  格納庫を貸して貰ってるのか・・・そいつは助かるな。
  最悪、あの船で故郷まで帰らないといけないから」
 
 
   当面はメラナスに滞在、刈り取りの脅威を退ける協力を行うが永続ではない。
 
  刈り取りはタラーク・メジェールにも確実に進軍している。
 
  故郷は無抵抗で人民の臓器を差し出すだろう。
 
  例え国家の反逆行為になろうとも、断固として阻止しなければいけない。
 
  海賊としてはあるまじき話だろう。
 
  自分達に利益は何も無い。
 
  アンパトスのように、指導者のファニータや国民に感謝される事も無い。
 
  あの時はカイを地球人――ムーニャと初見で勘違いされていた為、友好的に接してくれていた。
 
  偽りの敬虔でも、印象が違えばその後の態度も異なってくる。
 
  地球は手強い。
 
  協力関係を結ばなければ勝利は難しいが、故郷は地球の味方をしている。
 
  最悪、故郷と地球の両方を相手に戦うことを視野に入れなければなるまい。
 
  ――そして、マグノ海賊団とも。
 
 
  言葉が途切れる。
 
 
 
  「・・・俺に、何か話があるんだろ?」
 
 
 
   セルティックは、俯く。
 
  何気ない会話が、本当に楽しかった。
 
  こうして穏やかに話が出来る日が来るとは、夢にも思わなかった。
 
 
  仲間との決別、故郷の裏切り――
 
 
  傷つき、疲れた心が少しだけ癒された。
 
  だけど、狎れ合いはしない。
 
  答えを先送りにして、問題を先伸ばした結果が――
 
 
  ――心が壊れたディータと、心を失ったソラ。
 
 
  間違いは繰り返さない。
 
  そんな事は死んでも許されない。
 
  辛い話になると分かっていても、目を逸らさない。
 
  静かに問い掛けてみるが、セルティックは俯いたまま。
 
  セルティックがカイに何かを言い渋るのは珍しい。
 
  むしろ、皆無と言い切ってもいい。
 
  どんな罵詈雑言、文句や苦情でも彼女は躊躇いもなくカイに伝えていた。
 
  言葉に出さずとも――
 
  沈黙がセルティックに負担になっているのを察するカイ。
 
  察することが出来た事に、内心苦笑する。
 
  タラークに居た頃は、自分をどうするかばかり考えていた。
 
  友人も出来ず、養父と二人過ごしていた頃の自分がもう思い出せない。
 
  カイは慎重に言葉を選んで、口を開く。
 
 
 
  「――帰りたいのか・・・?」
 
 
 
  「っ、・・・」
 
 
   握った手が小さく震えたのを、カイは見逃さなかった。
 
  神妙な顔で言葉を重ねる。
 
 
  「アマローネからどこまで話を聞いたのかは分からないけど――
 
  気絶したクマちゃんをこんな危険な旅に連れて来たのは、俺に責任がある。
 
  クマちゃんが帰りたいと言うなら、俺は責任を持って連れて行くよ。
  俺に無理やり連れて来られたって説明すれば、あいつらも納得するさ」
 
 
   その結果カイの評判がまた下がるが、彼は気にしない。
 
  今更過ぎた。
 
  築きつつあった信頼関係は壊れ、評判は地に落ちている。
 
  マグノ海賊団とカイは、敵対。
 
  男である事以上に、今は憎まれているだろう。
 
  戦う事でしか、決着はつけられないのかもしれない。
 
  ――だが、その哀しい結末にセルティックを巻き込むつもりは無かった。
 
  今度の一件に、彼女に何も非は無い。
 
  アマローネに身柄の保護を頼まれたが、セルティックの意思を尊重したかった。
 
  珍しく、カイは儚い微笑みを浮かべる。
 
 
  「俺は――帰るべきだと思う。
  何処に居ても安全な場所なんてもう無いけど・・・
  クマちゃんには帰る家があるだろ」
 
 
   タラーク・メジェールは地球人の狩り場。
 
  血戦となる日は遠くなく、確実に地球艦隊が迫っている。
 
  このまま帰っても獲物が狩り場に飛び込むだけだが、彼女にはもう一つの故郷がある。
 
  マグノ海賊団の、アジト――
 
  苦楽を共にした同胞達が、セルティック達を今も待っている。
 
  セルティックが望むなら、どんな危険が待っていてもカイは安全に帰すつもりだった。
 
  ――言いたい事を言い終えて、口を閉ざしたカイに、
 
 
  「・・・どうして」
 
 
   はっとする。
 
  視線、ではない。
 
  ――声。
 
  言葉という名の伝達手段。
 
 
  「どうして――そんなに、優しく出来るんですか」
 
 
   逆に、カイが言葉を失う。
 
  被った仮面の向こう側で、少女が泣いているのが見えたから――
 
 
  「――本当は、何も悪くないのに・・・
 
  貴方に酷い事して・・・傷つけて・・・」
 
 
   男も女も、当たり前の人間だった。
 
  女を敵視するタラーク、男を軽蔑するメジェール。
 
  故郷が絶対と定めていた価値観は、地球側に都合の良い空想――
 
  生殖器の純正培養という目的の隠れ蓑でしかなかった。
 
  真実を知った時――セルティックは愕然とした。
 
  正しいと信じて取った行動は、間違えていた。
 
  害悪な生き物だと迫害していた対象は、自分と同じ人間。
 
  ――何の罪もない人を、傷つけ続けていた・・・
 
 
  「でも、それは・・・仕方ねえだろ。
  メジェールがクマちゃんに嘘ついてたんだ。
  国民全員騙されてたんだから、気付きようが――」
 
  「――違う、違うんです・・・」
 
 
   嗚咽が止まらない。
 
  血を吐くように、少女は慟哭する。
 
 
  「――ディータの事故・・・お頭や皆に密告したのは――わたしなんです。
 
  監視、カメラも細工して・・・貴方を、一方的に悪者に・・・
 
 
  わ、わたし、こんな事になるなんて・・・
 
 
  ごめんなさい――本当に、ごめんなさい! うう・・・」
 
  「・・・。・・・」
 
 
   ――発覚がいやに早かった理由が、やっと分かった。
 
  バーネットの発砲や仲間達の執拗な逮捕劇。
 
  言い訳無用で、荒々しく捕らえられた。
 
  あの時は仲間を傷付けたので当然だと思っていたが、背景にはそんな事情があったのだ。
 
  カイが一方的に悪者に見えるように、映像に細工を施していた。
 
 
  ――着ぐるみが湿って、涙声が曇っている。
 
 
  カイは黙って話を聞き終えて、天井を仰ぐ。
 
  軽い気持ちで取った少女の行為で、彼女達との関係が壊れた。
 
  セルティックが何もしなければ、ここまでの事態に発展せずに穏便に済んでいた――
 
 
 
  ――そんな筈が、ない。
 
 
 
  「クマちゃんのせいじゃないよ」
 
 
   反省と後悔に涙伏す少女の為に、明るく語りかける。
 
  自分の素直な、気持ちを。
 
 
  「どうあれ、赤髪を傷付けたのは俺だ。
  マグノ海賊団と戦う決意をしたのも、俺。
  誰かに何かを言われたり、指図されて決めた事じゃない。
  状況に流されて決めた訳じゃない。
 
  ――背中は押されたけどな」
 
 
   早いか、遅いか。
 
  結局その程度の違いでしかなかったと、カイは思っている。
 
  海賊で在り続ける彼女達と、英雄を目指す自分。
 
  このまま故郷へ帰って刈り取りを打ち破っても、戦いは避けられなかっただろう。
 
  必然だったとは言わないが、避ける事はしなかった。
 
  略奪を肯定する者と、否定する者――
 
  どちらかが生き方を曲げない限り、対立は未来永劫続いていた。
 
 
  「俺は、略奪を決して許さない。
  例えそれが地球でも――マグノ海賊団でも。
  戦うしか道がないのなら、戦うまでだ。
 
  ――でも、俺は諦めるつもりもないぜ。
 
  戦うしかないと決めたりしないで、他に手があれば遠慮なく使うさ。
  地球はどうか知らんが、ばあさん達は少なくとも話は聞いてくれる。
 
  喧嘩吹っかけた俺が言うのもなんだけど、あいつら悪い奴じゃないしな。
 
  仲良く出来るなら、仲良くしたいじゃないか」
 
 
   人間の臓器を大量搾取、狂人の発想だ。
 
  狂った目的を正常な思考で理解しようと考えるなど、不可能かもしれない。
 
  でも凶器の奥底に――彼らなりの理由が眠っているのかもしれない。
 
  追い詰められた人間が、追い詰められたやり方を取る事だってある。
 
  海賊という道を選んだ、彼女達のように。
 
  自分が手を汚さないで生きてこれたのは、恵まれているからだ。
 
  ならば、恵まれた人間は恵まれたやり方でいけばいい。
 
  幸福な人間が、不幸な人間より弱いとは限らない。
 
  通用するかしないかは、結局本人次第なのだから。
 
 
  「だから、クマちゃんがこのまま帰っても俺は敵だとは思わない。
  昔も今も変わらずに、仲良く出来るように努力するだけだ」
 
  「・・・はぃ・・・」
 
 
   彼女の迷いは、この瞬間消えた。
 
  この人は、やっぱり馬鹿だ。
 
  あれだけ馬鹿にされても、他人が馬鹿馬鹿しいと思うやり方で動く。
 
  自分が損をするだけなのに――
 
 
  「――此処に残ります。
 
  わたしが居なくなれば、貴方がアマロを襲う可能性がありますから」
 
  「あー、その辺の認識は変わらないんだ…」
 
 
   苦笑い。
 
  結局、変わらないまま。
 
  二人の微妙な関係は、今後も続きそうだった。
 
  二人だけの、静かな意思の疎通を――
 

































<to be continued>







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