VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action24 −夫婦−










 レンガ造りの暖炉に火が灯されている。

温かで、穏やかさに満ちた炎。

くべた薪が彩りを添えて、パチパチと耳に心地良いメロディーを響かせる。

暖炉の前にはソファーとテーブル、装飾・電飾品が飾られたもみの木が置かれている。

テーブルには豪華な食事が用意されており、シャンパンとグラスが並んでいた。

ソファーでは幸福に満ちた表情の母親に、小さな少女が笑顔を浮かべて座っている。

二人が見つめるのは母に抱かれた赤ん坊。

スヤスヤと気持ち良さそうに眠る小さな命を見つめる二人は、互いを見つめ合って優しく微笑む。

やがて母と娘は正面を向き、にこやかに手を振る。

二人に導かれるように正面から訪れたのは、困った顔の似合う父親。

照れ臭そうに母の隣に座り、愛娘を優しく撫でる。

嬉しそうな表情を浮かべる娘に父は表情を緩ませ、隣で見つめる母を抱き寄せて赤ん坊に思い遣りの視線を向ける。

健やかな平和が宿る部屋。

優しさにあふれる家族。

母は女性。


父は――男性。


男と女の家族。

思いもかけない――幸せが其処にあった。





映像が、消える。












『Xmas with family』、平凡なタイトルが記載された一本のビデオ。

内容は五分程度で、クリスマスを過ごす家庭が記録されていた。

画質がかなり荒く、編集された跡が無いことから記録者が素人である事は明白。

恐らく途中画面外より登場した父親が、自分の家族を映したのだろう。

内容そのものだけを見れば、重要視する所は無い。

刈り取りに関する情報も無ければ、植民船時代を投影する手掛かりも存在しなかった。

一つの家庭を映したに過ぎない、凡庸なビデオ。

ルカはビデオを止めて、


「驚いたでしょ、驚いたでしょ」

「……」


 何故か得意げな笑みをこぼすルカに、誰も反応しない。

画像が消えて画面が真っ黒になっても、一同は茫然自失となったまま目を離さずにいる。

――出演者。

男と女が作り出した、家庭。

映像記録が荒々しいからこそ、画像の質が劣化しているからこそ証明されるノンフィクションな事実。

植民船時代――地球に住居を構えていた古き歴史。

男と女は、共に過ごしていた。

タラーク・メジェールの価値観を覆す、穏やかで優しい世界が映像に残っていた。

男女が醜く争って互いの欠点を嫌悪し合う今のこの船へ、アンチテーゼを示す内容。

最初にショックから抜け出したのはカイだった。


「い、一応聞いておくけど……これ、お前の創作じゃないよな?」

「ルカはお掃除しか取り得の無い駄目な娘」

「隠し玉が何個あるのか分からないのがお前なの!」

「此処に放置されてたよ」

「って事はやっぱ……これ……

男と女は……対立なんか……してなかったんじゃねえか……」


 拳を振るわせる。

今まで――何だったんだろう?

メイア達に向けられた悪意は? 

何度も迫害され続けた思いは?

何度も悔しい思いをして、それでも負けないと歯向かい続けた苦渋の月日は?

タラーク・メジェールがそう教えたから。

男が悪いのだと、女が悪いのだと、反目し合っていたから。

男は最低で、野蛮な生き物として。

女は血も涙も無い鬼で、男を食らう残忍な生き物として。

定義されてきたからだ。

それが――昔から今までずっと続いているのだと、教えられたからではないか!

抱いていた疑問が、確信に変わる。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。
あんた、こんなのを信じるつもりなの!?」


 押し留めるように、ジュラは横から口を出す。

確かにこのビデオだけで全てを決め付けられない。

このビデオが演出で、緻密に構成された嘘偽りの光景かもしれない。

むしろタラーク・メジェールで教えられた価値観に照らし合わせれば、インチキだと断定するのが正常だろう。

生粋のタラーク人・メジェール人が見れば、鼻で笑うか馬鹿馬鹿しいと一笑されて終わるだけだ。

ジュラのこの反応は、今までを振り返ればむしろ正しい。

だが、カイはその今までに――反旗を翻している。


「この映像は――嘘じゃない。嘘なんかじゃない」


 母親は本当に、幸せそうだった。

寄り添う父親は家族を見つめ、本当に優しい笑顔を浮かべていた。

両親に寄り添う娘は、無防備な笑顔を浮かべていた。

演出で、あんな表情は浮かべられない。

心から望まない限り、この平和は訪れなどしない。

父と母が心から愛し合い、幸せを望み、家庭を描いたからこそ、子供はあんなに健やかなのだ。

赤ん坊は心から安心して、眠っているのだ。

これを嘘偽りだとは、決して言わせない。


「し、信憑性が無いわよ。倉庫に捨てられてたのよ?
本当に重要な映像記録なら、こんなとこに放置する筈――」

「時代に必要じゃなくても、映っているこの家族には大切だったんだ。
だから、映像に残した。
その思い出を――幸せな記憶を。
俺には分かる。

俺は……そんなもん、ないから。

思いはいつも心の中にあるなんて、嘘っぱちだって知ってるから」

「カイ……」


 ベルヴェデールは口を閉ざす。

記憶を喪失。

カイには昨日が無い。

生きてきた証は空気のように希薄で、見透しがない。

幸福か不幸かも分からず、カイとして生きてきた数年間でしか判断出来ない。

思い出を振り返られないからこそ、カイはこの思い出を大切に思えるのだ。

決して軽はずみに笑えないと、心を震わせている。

少女時代を持ち、両親の記憶を持つベルヴェデールに、明白な追求は出来なかった。


「でも、ベルやジュラの言う事も分かるかな。
ダンボールの中身見たけど、重要な物は何も無いわ。
一般的な日常品とか、道具とかが置かれてるだけ。ほんと、ただの倉庫みたい。
だからそのビデオが真実かどうかは別にして、重要指定はされてないわ。

見る人がどう思うか、それだけ」


 映像に映る家族には大切な思い出。

家族の記憶が無いカイは、心を温められた幸せの光景。

ジュラやベルヴェデールには、男と女が仲良くしている奇異な映像。

真実の証明が無い限り、結局は見る人がどう思うかでしかない。

価値が差異するのだ。

常日頃イベントの主催として公平な立場でいる、ミカ・オーセンティックはそう評価する。


「でも、わたしは素敵なクリスマスだと思いますよー。
調理内容が少し気にかかりますが、温かい家庭料理でしたし」


 今年のクリスマス料理を担当する者としての、意見。

キッチンチーフを務めるセレナ個人としての、評価。

公平で、優しい視点が印象的な言葉だった。

一本のビデオを中心に、意見を交し合う。

それぞれの意見が出たところで、ルカはひょいとビデオを掲げる。


「それで、どうするの――このビデオ」

「……」


 ルカが案内し、導いた一つの事実。

タラーク・メジェールが忘れ去っていた、昔の歴史の一風景が収められている。

機密情報ではないが、万が一広まったら艦内がどうなるかは想像もつかない。

混乱を呼ぶ危険性があるし、笑われるだけで終わるかもしれない。

相手にされない可能性が一番高いだろうか。


「ジュラは――こんなの、捨てとく方がいいと思うわ。
カイだって、あんな目にあったんだし。
こんなの他の誰かに見せたら、どうせまたカイが悪いのだの何だの騒がれるわよ」


 倉庫に捨てられていたビデオだ。

そのまま忘却の彼方へ押しやる事は可能だろう。

見なかった事に捨てるのも、一つの選択肢。

ジュラの言い分はもっともで、だからこそ周りの皆に意外性を与えた。


「――ジュラはただ! 
ただ、その……今後も一緒に合体するんだから、カイに何かあったら困るって言ってるのよ!」


 慌てて付け加える姿に、今までに無い可愛らしさがある。

女の子の照れが見え隠れしていて、微笑ましさを誘う。

カイはジュラの気持ちに困惑はしながらも、本当に嬉しく思えた。

手助けしてくれる理由はまだ判然としないが、彼女なりに自分の身を案じてくれているのだ。

お陰で――決意出来た。


「……ありがとう、金髪」

「べ、別にジュラは……」

「ううん、お前は本当に優しいよ。
なかなか気付けなかった自分が、ちょっと恥ずかしくなるくらいにな。
そんなお前と――お前らと一緒に、俺はクリスマスを楽しみたい。
この家族のように、男と女でやってみたい。

――公表しよう」


 カイは宣言する。


「艦内には、俺が放送する。
クリスマスを主催する事も、男と女が共同でパーティする事も話す。
此処にいる皆が、手助けしてくれる事も。
その上でこのビデオを見せて、少しでも多くの人が参加してくれるように呼びかけてみる」

「カイ!? ちょ――」

「……いいの、それで?」


 ジュラが何か言い掛けるのを遮って、ルカが口を出す。

その表情にからかいは無く、怖いほどの無表情で。


「カイちゃん、今度こそ嫌われる。
反対派にも徹底的に攻撃される。

皆の――的になる」


 今まで内々に進めていた活動を、前面に出す。

カイの決意は勇敢だが、愚かでもある。

ただでさえ、男女関係の機微に近頃は揺れている。

カイの取る行動とビデオの内容は、今の微妙な揺れを大いに傾ける可能性があった。

クリスマスが失敗すれば、男女関係にトラブルがあれば――その何もかもの責任が、カイに向かう。

全ての悲劇と怨嗟が集中的に、理不尽にカイを責め立てるだろう。

これは誰かが悪いとかではない。

人の前に立つとはそういう事であり、女は男を嫌っているのだ。

そう、教えられているのだ。

男女共同生活とは、そんな危うさを最初から秘めている。

旅の不満や悩みは根本的に解消は出来ない。

襲い掛かる敵が明確に存在しているが、その敵に恨み言を連ねても聞き止めもしない。

お頭や副長にはぶつけられない。

自らに間違いがあるとは思いたくない。

ならば、誰を恨むか――その絶好の理由を与えてしまう。

この問題を乗り越えないで、男女が心から仲良くなるのは不可能だ。

そして、今度こそカイは徹底的に嫌われてしまう。

ルカの冷酷な指摘を――カイは軽く笑う。


「勝算がない訳でもないさ。
アンパトスで過ごした一ヶ月もある」


 アンパトスでの束の間の休暇。

過ごした期間は短くても、見てきた光景は今でもクルー達の間で消えてはいない。

男と女が共に生きる世界。

映像だけではない、リアルな現実があった。

それに・・・カイは唱える。 


「俺にはお前らがいる。
それだけで――俺は無敵のヒーローだよ」


 何も気負わない、微笑み。

軽くて、明るくて――カイだけの笑顔。

これから行われる戦いは、敵を倒す戦いではない。

その真逆。

敵を味方にする戦い、敵を好んで招く戦場。

力が必要なのではない。

問われるのは、戦士の心。


向き合う勇気はあれど、孤独な戦場ではない。


そう言って笑顔を向けるカイに、皆は仕方ないと言った顔ながらも明るかった。


決意を固める男女の光景に――夫婦の面影が重なった。





















































<to be continued>







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