VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action19 −岐路−










 ノドが渇く。

苦しげに鼓動する肺から吐き出される生温い二酸化炭素は、凍った空気に溶ける。

 ノドが渇く。

歯の根が合わず、ガチガチと不規則に歯が揺れて音を鳴らす。

 ノドが渇く。

筋肉をどれほど激しく動かしても、失われる熱に比べると、生産なぞとるに足らない。

 ノドが渇く。

身震いにより手足が痙攣し、著しく体内が熱を渇望する。

 ノドが渇く。

温度の低下に比例して体温も下がり、自分の体温を維持できなくなっていく。

 ノドが渇く。

熱を奪われた反動で、脱水衝動が襲い掛かる。

 ノドが――渇く。





『・・・カイ=ピュアウインド。聞こえますか』

「・・・・・・」


 猿轡をされている上、声一つ上げる気力も出ない。

抵抗する力も徐々に寒気に奪われつつあるが、無機質な音声には反応する。

相手側もカメラ越しに見ているのだろう、話を続ける。


『我々の要求に応じれば、釈放を御約束します。いかがですか?』

「・・・」

『御辛いでしょう。一つ頷きさえすればいいんです。
温かいスープを用意し、暖房のきいたお部屋で休んでいただきます』


 甘い誘惑。

皮膚が空疎に満ちた冷気に張り付き、ヒリつく痛みを訴えている。

カイは簡素な黒のシャツしか着ていない。

今すぐ毛布に身を包み、暖かい布団に横になって、身体を暖めたい。

熱いお風呂に入ればどれほど気持ちいだろう。

心地良い暖気の誘惑にカイは弱々しく笑って、


むーばーか


 断固として拒否する。

頷く元気もないが、首を振る弱音もない。

抵抗と呼べる強さも今はない。

カイを支えているのはただの意地。

強情で見栄っ張りなだけの――子供の反抗だけだった。

シンッ、と向こう側は静まり返る。

カイの答えは充分ではないが、相手には伝わった。


『故郷の教えは正しいですね。
男という存在の愚かさを再認識いたしました。

――死になさい。貴方は我々に必要ありません』


 冷凍庫に蔓延するマイナス温度よりも冷たい言葉。

冷徹に死を宣告する裁判官。

無実を訴える猶予も許さず、強制的に断罪を許可する。

なんと、酷い。

何気なく聞き流してやる筈だったが・・・・・・ことの他、心を切り裂かれてしまった。

カイは床に転がる。

じっとしていれば皮膚が張り付いてしまうのだが、緩慢な意識が動作を拒否する。

やられた。


『貴方は我々に必要ありません』


 どんな暴力よりも、如何ほどの脅迫よりも、こたえた。

侵食する絶望は気持ち悪さを訴え、弱者の胸を引き剥がす。

泣いて謝りたくなった。


『――死になさい』


 このまま死んでしまいたくなった。

この船にいて、楽しい事なんてなかった。

安らぐ暇もないまま戦い抜いた。

見返りなんて何もない。

ないないづくしの人生だった。

被害者面はしたくもないが、自分に何がいけなかったのだろうか?

分からないまま――カイは気を失った。



力無き瞳を閉じた瞼に、白い結晶が哀しく触れる。
















 四十代を過ぎ、人生の終わりについて考える日々が増えた。

何も無い――人生だった。

幼い頃偉大なる父に憧れて、英雄願望を持ったのが始まり。

この世の全ての平和と人々の幸せを夢見て、少年時代を過ごした。

優しさに何の疑問も持たず、喜びを感受する平穏な世界。

平和の中で平和を見つめ、平穏に幸せの在り方を求めた。

愚かしくも、少年だったあの時代。

子供は大人になり、夢は現実を向かえる。

狂い始めた理想。

歪みを生じる家庭。

想いを覆す世界。

終わりは――父の死をもって到来した。

殺された・・・・と知り、少年は夢の終わりを悟った。

いや、夢なんて現実にはありえないのだとようやく理解した。

抱いた幻想は文字通り幻でしかなく、大人になればどれほど拙い価値観なのかが見えてしまう。

絶望に狂い、憎悪に荒れ狂った。

少年は気づく。

世界なんて、我が身に何も与えてくれない。

夢とは、夢に憧れる想いを指すのだと。

想いに満ちた偽りの世界を抱き続ける事こそが、夢の証であるのだと。

気づいた時には全てが遅く、何も帰らぬままとなった。

最早、我が手に残るものは何も無い。

目標も定まらぬまま、隣に立つ者などおらず、空っぽな心には何も満たされない。

手にするのは一枚のフロッピー。

生涯を賭けて築き上げた研究の成果――そして、父の形見だけが手元に在った。

少年の顔に深い皺が刻まれる。

銀色に輝く一本の十手。

英雄にはなれなかった。

誰も助けられなかった。

疲れ果てた人生だけが、諦観と共に目の前を照らしている。

少年は重い息を吐く。

研究室の引き出しより、黒塗りの品を取り出す。

何時の世も消えなかった、人を殺す武器の一種。

拳銃。

自分の夢に引き金を――



血が、飛び散った。



冷たい我が身に、流れる涙がただ熱い。
















 エステのチーフ、ミレル・ブランデール。

生来の礼儀の良さに見合った、品の良い美しさを持つ女性。

マグノ海賊団を運営するには地味な位置にいるエステだが、彼女の発言権は大きい。

というのも優れた頭脳を持っており、マグノ海賊団でも古参の人物でもあるからだ。

反対派でも首脳陣に位置し、メジェール生まれに適した考えを持って意見を述べている。

幹部に抜擢されるには充分な資格を持っている彼女だが、彼女には致命的な欠陥があった。


(・・・フフ・・・)


 進行する会議。

中央モニターには今までの戦歴が映し出され、メイアが取り仕切って意見交換が行われていた。

だが、彼女は見てもいない。

会議の進行において己が望む傾向に無ければ意見を述べるが、現状はカイの弾圧で一致している。

今の彼女の興味は手元の小型モニターだった。


涙を流す少年。


 降伏の意思か、諦観への傾倒か。

何にせよ、少年を支える精神の柱が一本折れたのは間違いない。

命の危機に瀕せば、より心が軋んで来る。

瞳を閉じて熱い涙を零すカイの姿が映し出されており、ミレルが微笑みを深くする。


(・・・お綺麗ですわよ、カイさん・・・)


 見習いの時期より、カイの存在は心に留めていた。

快活に職場を見て回り、質疑応答を持って理解を示そうとする。

当時は歯牙にもかけていないがゆえ、丁寧な対応を持って彼を導いた。

相手は野蛮な男なのは招致している。

だからといって、不礼儀な態度を見せるのは彼女の美意識が許さなかった。

礼儀知らずだからこそ、礼を見せる。

印象良く、始終朗らかに見せて・・・、共に仕事をした。


メイアを庇ってウニ型に貫かれた瞬間。
大規模艦隊に最前線で向かい合う瞬間。
キューブの自爆テロを阻止する瞬間。
ディータを庇ってラバットに撃たれた瞬間。

――水の星より、翼を広げた瞬間。


 野蛮で、不潔な、害虫。

認識を――覆されたのは・・・・・・輝かしい戦線の数々。

芸術品が贋作に、美術品が紛い物にさえ見える。

女の持つ美しさに比べれば、男など価値を見出せない存在であった。

その認識は、今でも変わらない。

ゆえに、反対派に従属した。

カイの放つ美は――生命。

頑なまでに心を歪めず、正々堂々と立ち向かう雄姿。

男にも無い、女にも無い、カイだけの光。

羽を広げて宇宙を飛び立つ英雄が、倉庫の片隅で怯えて震えている。

たまらない、快感だった。

このまま命を落とせば、カイは自分の理念を守ったままあの世へ行く。

それはとても勇敢で、滑稽な死に様だった。

もう、永くは無い。

体温が極度に低下すると、脳の働きにすら悪影響を及ぼす。

高熱を発すれば、身体の疲労とだるさを感じるようになる。

逆に低熱になると脳に異常をきたし、心臓の働きが弱って死亡する。

脳の衰えは心を闇に葬る。

信念が消えて、見苦しく命乞いをする瞬間はさぞ見物だろう。

そして死ぬ瞬間は――永遠の美を見せてくれる。

その瞬間を想像するだけで、心身が恍惚に震えた。

異常な感性。

胸の奥底に潜む美への追求を、彼女は常に理性で覆っている。

理論の壁に包まれた暗き狂喜。

彼女の心の欠落が、カイを死の底へ追いやっている。

いや、むしろ――その欠落をカイで埋めようとしているのかもしれない。


(・・・ウフフ、このまま惨めに泣き濡らして――っ)


 様子がおかしい。

瞼が開き、泣いてばかりだと思っていた瞳に光が宿っている。

灯される想いは、怒り。

理不尽な現実への、猛烈な反発。

悪夢・・を覆さんとする、強い意志の力が瞳の奥で燃えていた。


(・・・身動き取れないその状態で、何が出来るかしら?
無様に身悶えるだけでは興醒めですわ)


 ミレルの落胆が届いたのか、否か。

映像の向こうのカイは顔を上げて、身を思いっきり反らす。

エビ反りに豪快に仰け反り――そのまま一気に床へ叩き付けた。


ガキッ、ドカッ


 勢い付いた身体がバウンドして、体勢が入れ替わる。

割れた額。

血の熱さが顔の冷気を取り除き、少年の表情につかの間熱が戻る。

今度は足。

足首を固定する錠をそのままに上空へ向けて、一気に床へ叩きつける。

生じる慣性。

上半身が起き上がり、手足を固定したまま、カイは身体を立たせた。


(――嘘!? 冷え切った身体でそんなこと出来る筈ありませんわ!)


 目に見えない妄想と、目に見える現実。

夢と現実を今、少年が反転させた。

彼女の狂気に抗うかのように、両手足固定された身体を今度は横手へ叩き付ける。

整理整頓された棚が揺れ、端が歪んで変形する。

カイは血が上った顔を必死に動かして、棚の尖った端に猿轡を捻じ込んで強引に引っ張る。

所詮、柔らかい布。

引き千切れて力なく床へ落ち、少年は咳き込みながら口の自由を許された。

壁に身体をもたれさせて、上半身を屈める。

柔軟な身体は腰元の十手に口を届かせ、咥え込んで持ち上げる。

十手を掴んだ口。

ピョンピョンふらついたステップを踏んで、カイは反対側の壁際へ近づく。

ミレルは身を乗り出してその壁を見つめ、驚愕に表情を歪める。


カイが――こちらを見ている。


カメラに向かって、十手を咥えたまま面白おかしく笑っていた。

その笑みに――憎しみはまるでない。

してやったり、の顔。

まるで悪戯をした子供を軽くお返しするかのように、少年に邪気は無かった。

絶句する。

ここまでされて、何故憎まずにいられるのか?


少年はソレを見ている。

非常警報装置。

万が一の事故の為に設置されている当たり前の設備。

そのスイッチの前でカイは十手を差し込んで――


(!?止め――!!)


ガチャンッ



反対派と賛成派――戦いの始まりを告げるラッパが鳴り響く。





















































<to be continued>







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