ＶＡＮＤＲＥＡＤ連載「Eternal Advance」




Chapter 9 -A beautiful female pirate-






Action34 −恫喝−

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　優しく、情熱的な愛撫。

口内を甘やかに溶かし、唾液がねっとりと縺れ合う。

血と苦痛の世界で交わされる禁断のキス。

小さな腕を伸ばして、少年の首に回してしっかりと抱き締める。

愛に満ちた美少女の瞳は潤み、唇を寄せて激しく舌を絡ませ合った。

重なり合う二人――

少女が唇を離すと、薄い唾液の糸がつぅっと伝った。


「 ……ハァ……」


　長い接吻の余韻のように息を吐く少女は、ぞっとするほど艶ややかだった。

上気する頬をうっとりと撫で、情愛のキスを交わした相手に顔を寄せる。

こつんと鼻と鼻がぶつかり、二人の距離は０になる。


「ずっと一緒に居てくれるよね、ますたぁー」

「はあ、はあ……い、いきなり何を……」

「うふふ、ますたぁーってウブなんだぁ。キスだけで真っ赤になってるぅー 」


　地に伏せたカイに頬に寄せて、甘えるように擦り合わせる。

そのままカイの手をぎゅっと握り締めて、


「もっと、すっごい事していいんだよ。わたしはますたぁーのモノなんだから。
なーんでも言う事聞くよ」


　躊躇いも無く、カイの手を膨らみのある胸に寄せる。

手の平より伝わってくる柔らかい感触に侵食されるように、息を荒げるカイ


「な……何でも聞いてくれるのか……？ 」


　熱に浮かされたような声で、カイは少女に顔を向ける。

少女は満面の笑みを浮かべて、ぎゅっとカイを抱き締めた。


「あのコなんかより、わたしのほうがずっといいよますたぁー。
わたしはますたぁーの奴隷でもいいの」

「ど、奴隷……？ 」

「うん。ふふ、何をして欲しいのますたぁー？ 」


　つぅっと舌を近づけて、血に汚れた頬を濃厚に舐める。

抱き締める腕はそのままに、少女は耳を甘噛みした。

一つ一つの愛撫が精神を篭絡させ、心も身体も芯から熱くさせる。

常識やルールを調節した原始的な衝動が、カイの全身で目覚める。

この美しい少女に何をしてもいい。

コワシタッテイイ――

凶暴な興奮に突き動かされたカイは少女に腕を回して、そのまま地面に倒す。

上下入れ替わった体勢で裸体の少女を這いつくばらせ、カイは強引に唇を奪った。


「チュ………グチュ、ンチュ……」

「ン……ます……ヌ…チュ…たぁー……ンンッ」


　脳まで痺れるような快感。

強烈な破壊衝動のままに少女を蹂躙し、喜びに我を忘れ――





『甘ったれるんじゃないよ！！ 』




　―――脳髄を抉るような鋭い声に、我に返った。

声は反響するように、耳の奥で頭の中で鳴り響く。


『あたしゃね、今日まで数え切れないほどの死に立ち会ってきた。
その度に自分の無力さを呪ったもんさ。
死に行く者たちに何一つしてやることができない自分にね……』


　少女を組み伏せたまま、カイは身体を固くする。


『どんなに無念だったろう。
どれだけやり残した事があったろう、……思い出すたびに身を引き裂かれる思いさ』


　乾いた大地を血で濡らす死体の山。

殺風景な景色を満たす臓器の数々。

人間のなれの果て――


『それでもね、皆最後まで諦めなかった、最後のその一瞬まで輝こうとした……
あたしはね、そんなすごい奴らを知っているんだ』


　思い出せるあの景色。

乾いた砂漠、荒れ狂う砂嵐と殺人兵器の罠。

血液を刈り取られて死に絶えた人々。

仲間の窮地に必死で立ち向かったのは何の為に――


『知っているからこそ……』


　見えないけれど……それでも見える。

仮面を被って内に閉じこもるファニータ。

浸水する床の上で厳しい眼差しで恫喝するマグノ。

彼女達は必死で戦っている。
譲れない何かの為に――



『自分の運命を人任せにするような甘ったれが……許せないんだよ！ 』



（……ばあさん）


「ますたぁー、どうしたの？続き、しようよ」


　静かに見下ろす。

恍惚に瞳を潤ませて、次なる快感を待ち望むように身を震わせる少女。

カイは無言で見つめていたが――


「……ふ……くくく……」

「ますたぁー？」


　初めて浮かんだ少女の困惑の顔。

それがおかしくて、更に笑いを誘った。


「へへ……あっはっはっは。
……たくよ、何度気付き直すんだ俺は」


　マグノは今でも戦っている。

覆せない現実に必死で抵抗し、身を呈して己が理念を示している。

そんな彼女を支えているのはこれまで歩んだ人生。

カイの数十倍を生きて、多くの出会いと別れを繰り返してきた。

そしてマグノ海賊団お頭として、大勢の人間を背負うからこそ語れる言葉がある。

比べて、自分はなんと軽い事か……


「自分との戦い――俺はまた負けるつもりかよ」


　ラバットとの戦いで思い知らされたちっぽけな我が身。

心も満足に分かってもいない自分を、ラバットは看破し嘲笑った。

あの時気付かされた筈なのに、まだ振り回されている。

ファニータの相容れない信望に怯え、逃げ出してしまった。

理解しようとも、反発しようとも思わなかった。

マグノは今も必死で抗っているというのに、自分は何を何している？

狂気の世界で、ただ目の前の快楽に逃避していただけではないか。


「乗り越えなければいけないのはあの女でも、刈り取りでもない。
恐怖に怯える俺自身。そうだよな、ばあさん」


　心真っ白に、真っ直ぐに生きていく。

原点を顧みて、初心をようやく思い出したあの日。

他者の異常な心に触れただけでガタつくようでは、マグノの心には到底及ばない。

ようやく、頭の中がクリアーになっていった。

ファニータに抱いた恐怖心も、少女に抱いた加虐心も消える。

身体中を支配していた興奮は冷めて、頭の中を散らしていた赤い火花・・・・が消える。

激しい衝動を落ち着かせて、陵辱していた少女から身を起こした。


「あーくそ、あんな女にへこまされるとは思わなかった。
力があるだけが強いんじゃないんだな……」


　刈り取りに比べれば、ファニータは所詮一介の人間。

力づくなら簡単に勝てる。

でも、実際は逃げてしまった――

勝ちか負けかといわれれば、間違いなく敗北した。

心を見つめる、ただそれだけでもどれほどの強さがいるのかようやく理解できた気がした。

なるほど――これほど手強い敵は無い。


「悪かったな、乱暴してしまって。本当にすまん」

「？どうして謝るの、ますたぁー。わたしはますたぁーのモノなのに」

「けじめだよ、けじめ。
と、というかいきなりお、お前……く、唇をひ、ひっつけるなよ！ 」


　冷静に考えれば、接吻なんて初めての経験だった。

タラークにもキスの概念はあるが、あくまで男と男の求愛行為である。

男女で接吻なんて想像の域を越えていた。

少女は動揺するカイを見て、人差し指を軽く噛んでぺろっと舌を出す。


「二度目はますたぁーからしてくれたのに。
ウフフ、わたしすっごい興奮しちゃった……
舌まで絡めて、口の中グチャグチャにされて――」

「だあああああああっ！？ 思い出してしまうから止めろ！？ 」

「気持ちよさそうだったよぉ？ 」

「まあ気持ち良かったけど――言わせるな！ 」


　小さな女の子に翻弄されている自分が情けない。

何であんな真似をしたのかも覚えていない。

ディータやメイア達にも抱いた事の無い刹那的な興奮を、この少女から感じ取ったのだ。

今思い出しただけでも赤面である。

絶叫するカイを見て、少女はクスクス笑った。


「あの女たちはこんな事してくれないでしょ。
ますたぁーの敵だもんね」

「ばあさん達の事か。お前もソラと同じようなこと言うんだな。
別に敵でも味方でもねえよ、あいつ等は」


　もし彼女達が少女のような行動に出れば、自分はどうなるのだろうか？

本当に得体の知れない感覚だった。

あんなのは初めてだ。

少女は笑みを浮かべたまま立ち上がり、置き去りにしたドレスを身に纏う。


「ソラって呼んでるんだ、あのコのこと。可愛がってるんだー、ふーん」
「名前が無いとか言ってたからな。
可愛がっているって言うか、俺を慕ってくれる珍しい女の子だからな」

「女……？ ふーん、女か……」


　値踏みするように、少女は目を細める。

そのままちょこんとカイの顔を覗き込むように見て、


「わたしとあのコはね、光と影なの」

「へ……？ 」


　突然訳の分からない事を言われて、カイはきょとんとした顔をする。

少女はぴちゃりと血に手をつけて、地面からモノを拾い上げた。

それは―――人間の頭部だった……


「ヒトの脳と同じ。脳は左脳と右脳で意識と感情を司る。
あのコは理性、わたしは本能。
ますたぁーが負の意識に触れたから、わたしはますたぁーに逢えた」

「負の意識？ 」


　少女の口から何度か出る言葉。

カイは怪訝な顔をしながらも、少女の話に耳を傾ける。


「わたしの本体は負の意識の集合体。あのコと違って、簡単にますたぁーに逢えない。
でもますたぁーは醜い人間の心に触れて、怯えた。
その心の隙にわたしがはいったの」


　俄かには信じられない話だが、そもそもこの世界がもう異常なのだ。

考えるだけ馬鹿を見るので、現実だけを受け入れる事にする。

最早常識が何だのという問題ではない。


「えーと、つまりお前とソラは違うって事か？ 」

「うん。
あのコはますたぁーの正の意識から、わたしは負の意識から生まれたから」

「いや、でも――ちょっと待てよ？
確かソラは俺のお陰で負の意識に触れずにすんだとか何とか･･････」


『あなたに触れて、わたしと反応をして･･････あのコは負の意識に触れずにすんだ』


　確かにそう言っていた。

冷静冷徹な女の子の温かい感謝の眼差しはよく覚えている。

ソラが嘘をつくとはとても思えなかった。

カイの疑問に少女はすっと近付き――頬にキスをした。


「うん、ますたぁ−のおかげだよ。アイツに支配されずにすんだもん」

「アイツ……？もしかして俺の他に似たようなや――」





『――イ』


　突然歪む視界。

急速に世界が薄らいで、白く染まっていく。


『――カイ』


　聞こえてくる声。マグノではない。

この声は――


「もう……邪魔が入った。ますたぁーに意地悪ばっかりするくせに、あの女」


　少女は眉を寄せて、軽いステップを踏んでカイから離れる。

慌てて捕まえようとするが、世界の崩壊は止まらない。

屍は消滅し、真っ赤に燃える景色は暗闇の中に消えていく。


「ばいばい、ますたぁー。逢えて嬉しかった」

「ちょ、ちょっと待て！ まだ話――」

「もう逢えるか分からないけど……ますたぁーが抱き締めてくれて嬉しかった……」


　消えていく世界の中で、少女は微笑む。

親愛と好意に満ちた、ほんの少しの寂しさと悲しみを乗せた微笑み。

垣間見えた――少女の本当の表情。

暗転していく視界を気にせず、カイは叫んだ。


「ユメ！ これでお別れだなんて許さないぞ！
一人でなんでもかんでも思い込むな！！ 」

「え……」


　手を伸ばしているのに掴めないのが悔しくて仕方ない。

歯噛みしながら叫ぶカイに、少女はビックリした顔をする。


「……ユ……メ……？ 」

「お前だって名前がないんだろう！俺のもう一つの大切なモン、お前にやるよ。



ソラと――ユメだ」



　空と夢、カイ＝ピュアウインドの原点。

二つで一つの目標であり、心に抱き続ける世界だった。

死の世界が終わりを告げる。

白く染まりゆく世界。

その刹那に少女――ユメは、



「あは……ますたぁー、大好き」



　一粒の涙を零して――それでも笑顔で消えていった。

＜to　be　continues＞

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