「全ての記憶を失っているようです。怪我との関連性は薄いでしょうから、精神的なものでしょう」


 無慈悲で、あまりにも冷徹な一言。

その少年の怪我を手当てした医者の言葉だった。

同時に、何もかも失ったと少年がはっきり認識した瞬間でもあった。

大怪我をしていた自分を近くの酒場まで運んでくれたアレイクという人物の話によると、

自分は冷たい路地裏でぼろぼろで倒れていたらしい。

どういう経緯でこうなったか、なぜ怪我をして倒れていたのかまるで分からない。

目が覚めて意識がはっきりしたその時は既に何もなかった。

自分は誰なのかも分からない。自分はどういう人間だったのかも覚えていない・・・・・・・

ただ傷ついた身体と、何もない空っぽの心が少年に残された全てだった。


「そうですか・・・・・・」 


 だが、医者の診断を聞いても辛いという気持ちは少年にはなかった。

寂しい気持ちも全てを失って落胆する事もなく、薄暗い部屋のベットで少年はただ無表情だった。

記憶のない彼には何をどうすればいいのか、まるで分からなかったからだ。

日々、ただぼんやりと怪我した体を休める毎日。

時折訪れるアレイクの身元調査にも満足に答えられず、彼はただ生きているだけだった。

明確な生きる目標もないというよりも、消え失せてしまった記憶に彼は全てを奪われていた。

アレイクも彼の態度にはほとほと困り、訪れてはため息を吐いていた。

やがて月日が経ち少年の怪我は回復し、無事に自分自身で生活を営める程にまでなった。


「で、どうするんだ?てめえはこれから」


 今後の相談をするということで、開店前の酒場内で二人は話し合うことになった。


「・・・・・・・・・・・・分かりません」


 しばし間を空けて、小さな声で少年は答えた。

その声には力はまったくなく、まるで事務的に答えたかのように色も張りもなかった。


「うちは怪我人の収容所でも、記憶喪失の保護施設でもねえんだ。
いつまでもてめえの様などこの誰とも分からない奴を置いておくわけにはいかねえ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 少年がお世話になった酒場の主人マーカスの言葉に、少年は何も答えられなかった。

いつも通り無表情で俯き、口を開くこともなく黙していた。

マーカスの言葉は全て本心からなのは理解でき、答えが返せない事も少年本人が一番自覚できた。

両者の間でしばらく沈黙が続き、酒場の外からの騒音のみがその場を満たしていた。

やがて沈黙に飽きてしまったのか、マーカスが口を開く。


「お前は何かやりたいことはねえのか?」

「・・・・え?」

「だからやりたい事だよ。何かないのか?あれをやりたい、これをやりたいとかさ。
人間、やりたい事をやるのが一番だ」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 溜息を吐いてマーカスは立ち上がると、酒場の厨房から一本の酒瓶と二つのコップを持って戻ってくる。

トクトクと琥珀色の液体をそれぞれのコップに並々と注ぎながら、さらに言葉を続ける。


「記憶がねえんだってな、お前さん。何もかも覚えてないのか?」

「・・・・・ええ」

「てめえの服や持ち物には何も手かがりになるような物はなかった。
唯一あった物と言えばその腰に下げている十手だな」


 マーカスの視線の先に、冷たい金属の光を発している十手が微動だにせず下げられていた。

少年もまた同じように十手を見つめていたが、やがておずおずと口を開いた。


「・・・・これを見ると」

「あん?」

「この十手を見ると、何故か分からないけど胸の奥がざわめくんです・・・・」

「ざわめく?」

「はい。何故か分かりませんけど・・・・・・懐かしい感じがするんです・・・・」


 少年に残されたたった一つの道しるべ。

何もない自分ではあったが、手元に最後に残された十手はまるで自分を守ってくれている様な気がした。

この十手こそ自分だけが持つ・・・・










・・・・そう・・・・・・・










自分だけの証なのかもしれない・・・・・・・・・















VANDREAD連載「Eternal Advance」













Chapter 2 −The good and wrong−











Action1 −彼方へ−




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 銀河の一角に凄まじい光が発せられる。

青銀色に輝く光は旧艦区のみならず海賊の母船をも巻き込んで、全てを飲み尽くした。

そんな光の中心に、新艦区より発射された宙航魚雷「村正」が突き刺さった。

戦艦では母船クラスでも大ダメージを与えるというタラークの切り札であったが、

光の膨張は止まる事を知らないかのように「村正」をも食らい尽くした。

光はより大きな光を呼び、周囲の物質を発光化させて宇宙に輝かしい閃光を彩る。

インフレージョン化した光はやがて徐々に縮まり始め、急速に元の状態へと宇宙を変換させていく。

時間にして「村正」着弾より数秒。

目まぐるしい光の変化も、現在の科学の感知能力からしてみれば数秒内の出来事に過ぎなかった。

タラーク新艦区のクルー達が見守るその先に、最早何物の姿も認識できなかった。

まるで何もなかったかのように宇宙の深遠なる闇のみがただ在った・・・・・・・・





















 宇宙は果てしなく広がっており、果てなる先にあるのは未だ未知とされている。

終わりはあるのかどうかすら不明であり、まさに永遠の道の連なりとも言える世界であった。

そんな世界のある一部の平穏だった空間に亀裂を生じ始める。

暗き闇の壁であった空間に発生した亀裂はやがて大きくなり、仄かな光が生まれる。

真っ直ぐ縦に綺麗に切られたような空間の傷はやがて広がり始め、闇の色が白く染まり始める。

途端、眩い閃光が突如亀裂を大きく引き裂いて宇宙に対して圧倒的な存在感を示す。

光は白から青緑色へと変換され、彩られた光より形作られた何かが空間を破って飛び出してくる。

勢いよく飛び出した光の物質はやがて光を消して、覆われたベールを脱いだ。

中から現れたのは先程飲み込まれた旧艦区、それに海賊の母船だった。

タラーク領域で行われた激しい戦闘による残存物質と共に、二つの船は光より完全な姿を表した。

同時に、輝く光の粒子は時とともに力を失って空間に溶け込んでいく。

閃光は収まり、光も収束してついには消滅してしまった。

後に残されたのはあちこちに攻防戦による歪みが生じている旧艦区。

そして先程メイア達を助けるべくタラーク領域へと侵入を試みた海賊母船の二隻のみだった・・・・・・・・
















「・・・・・う、うん・・・?」


 落とされた照明での薄暗いメインブリッジの中、マグノは重い瞼を開けた。

どうやら先程の閃光によるショックは海賊船全域に広がったらしく、ブリッジ内は静まり返っていた。


「あたしとした事が気絶しちまってたのかい・・・・」


 ふらつく頭を軽く振って、マグノは状況を確かめるべく辺りを見渡した。

ブリッジで先程まで状況確認を行っていたクルー二人もゆっくりと頭を起こしていた。


「どうやらあの世じゃないらしいが・・・・状況の確認はできそうかい?」


 気遣いがこめられたマグノの言葉に反応して、慌ててブリッジクルーである黒髪の女性が作業に取り掛かる。

黒髪にココア色の肌が印象的な彼女−アマローネ・フランシーバ−は手早く操作類を操った。


「申し訳ありません、すぐに調べ・・・きゃあっ!?」


 ブリッジに突然激しい振動が起こり、たまらずアマローネは悲鳴をあげる。

逆に年齢も積み重ねた経験も伊達ではないマグノは冷静に事態を受け止めて、ブリッジの天井を見つめる。

すると、天井に設置されている小さな窓より映し出される外の様子はマグノの目に飛び込んできた。


「な、なんだいあれはっ!?」

「す、すぐにモニターを回復させます!」


 そう言って、麗しい肢体をクルーの制服に身を包んでいるショートカットの金髪の女性が対応を開始する。

−ベルヴェデール・ココ−の名を持つそのブリッジクルーは手際よくモニターを回復させた。

衝撃によりノイズが走っていた外部モニターは、ベルヴェゼールの操作により外の様子を鮮明に映し出した。


「何だいこれは!?結晶がこの船を食おうってのかい!?」


 驚愕の表情で見つめるマグノの視線の先に、海賊の母船の最上部に張り付いた青緑の結晶があった。

平走するように漂うイカヅチ旧艦区より凄まじい勢いで放射される結晶は瞬く間に海賊船を取り囲み、

マグノの言葉を肯定するように飲み込み始めていく。

上部に張り付いた結晶体は旧艦区との直リンを果たすように直結し、双方との連携を結びつつある。

今まで多くの修羅場を潜り抜けてきた彼女も、現状の事態にはどうしようもない様子であった。


「一体、今何が起きているんだい・・・・・」


 ブリッジ内の静寂を嘲笑うかのように、結晶による激しい衝突音が絶え間なく響く。

マグノの呻き声は空しくかき消された・・・・・・・・
















 肉眼で確認できる程に、素早い速度で海賊の母船やイカヅチ旧艦区を覆う結晶。

青く輝くその結晶の発生源は旧艦区の機関部より発生していた。

先程の宇宙一帯を巻き込んだ発光現象の犯人でもある機関部中央に鎮座する「ペークシスプラズマ」。

オレンジ色のラジエーターに覆われていたその球体も今ではすっかり剥がれ落ちており、

青銀色の光を放っていた先程の発光によって本来の姿を取り戻していた。

旧艦区において、メインのエネルギー発生帯となるこのペークシスプラズマより結晶は生み出されたのだ。

発生した結晶は艦の外部のみならず内部にも干渉力を示しており、

、 先程まで瓦礫に埋もれていた機関部全体を半透明の結晶で覆い尽くしていた。

無論、その機関部に取り残されていたカイ達も例外ではない。

一瞬でカイの蛮型やメイア達のドレッドを光が飲み込み、ペークシスは搭乗者達を取り込んだ・・・・


「うう・・・・く・・・・・」


 そんな状況の中、青緑色の光より開放されたメイアがいの一番に意識を取り戻す。

発光現象の影響なのか、ドレッドに乗り込んでいた筈の彼女は機関部内の床に放り出されていた。


「む・・・・いったい何が・・・・」


 巻き込まれた時のショックからか、ぼんやりした頭を抱えてメイアは身体を起こした。

身体に以上はないようだが、いかんせん脳は未だはっきりとした意識を保てないでいた。

状況が満足に把握しきれずに、メイアはぼんやりと辺りを見渡した。


「いたた・・・・もう何なのよ〜」

「ジュラ?」


 ごく小さな唸り声に反応して、メイアは視線を声の発生源に向ける。

すると魅惑的な体をくねらせて、ジュラが額を押さえて起き上がるのが見えた。

メイアは二、三度頭を振って意識をはっきりさせると、ジュラの元へと駆け寄った。


「ジュラ、大丈夫か?」

「う、う〜ん・・・・メイア、いったい何が起きたのよぉ〜」 


 まだ意識は朦朧としているのか、ジュラの言葉は不明瞭だった。

とりあえず怪我等はないと分かったメイアはほっとした顔をするが、すぐにはっとした顔になる。


「!?ディータ?ディータ、どこだ!」


 肝心のもう一人を探して視線を張り巡らせると、か弱い動作で緩慢に腕を振るディータが見えた。

冷たい輝きを宿したクリスタルの割れ目からにゅ〜と垂れている感じが可愛らしさを誘っている。


「うにゅう〜、ズビビ〜と来てズババ〜となりましたよね〜。
宇宙人パワーはびっくりですよぉ〜」


 ディータの場合は巻き込まれた時の形が悪かったらしく、まともに結晶にドレッドが取り込まれていた。

結晶に包まれた自分の愛機より飛び出して、クリスタルの床に半分挟まった状態になっている。

どこか微笑ましい様子に無事を確認したメイアは状況確認へと移った。


「どうやら我々は爆発の瞬間に何かに巻き込まれたようだな」


 時間はどれほど過ぎたかは確認は取れてはいないものの、ミサイルによる爆発が起きていない。

プラスして謎の結晶体となると、メイアの判断は曖昧なものになってしまっても仕方がなかった。

まさに前代未聞の事件である。


「なんかこの宝石みたいなのがここを覆いつくしているみたい・・・・」


 ジュラも珍しそうに機関部内を見渡した。

壊れた隔壁や天井の艦体にもつららのように結晶が垂れ下がっており、あちこちに侵食していた。

まるで巨大なクリスタルに船ごと丸呑みされているといった状態であった。


「宇宙人の力はすごいよねぇ・・・・・あ・・・・」

「どうしたのよ、ディータ。そんなに目をまん丸にして?」


 首を傾げて尋ねるジュラの言葉も聞こえなかったように、ディータは慌てて割れ目から飛び出した。


「宇宙人さんは!?宇宙人さんはどこにいったの!?」


 ディータの指す「宇宙人」がカイの事を言っていると判断し、メイアは首を振った。


「私は見かけていない。この結晶に巻き込まれたのではないか?」

「ええっ!?宇宙人さーーん、どこーーー!どこにいるのーーー!?」


 緊張と不安に覆われた表情で、ディータは必死になってカイの行方を探索する。

ディータの様子に呆れを隠せないメイアであったが、カイがどうなったのかは確かに気になる所ではあった。

現状況を把握する上で当事者は一人でも多い方がいい。


「やれやれ・・・・まさか男の手を借りる羽目になるとは・・・・」


 この船に乗り込んでからというもの、あの男に振り回されてばかりのような気がする。

カイの不敵な笑みが脳裏に浮かび、メイアはため息を吐いて辺りの様子を見る。


「宇宙人さーん、ディータはここだよぉ!宇宙人さんもどこにいるのか教えてぇー!」


 呼びかけが妙に可笑しい感じがするが、本人は至って真剣だった。

二人の様子に目をぱちぱちさせるジュラではあったが、ふと視線を横にスライドさせると、


「あれ・・?ディータ、メイア。あそこに転がっているのがそうじゃないの?」

「ええっ!?どこ、どこ!?」


 すばやい速度でジュラに近寄ると、期待に満ちた眼差しで彼女の瞳を見つめる。

瞳の輝きに圧倒されながらもジュラは気丈に声を張り上げる。


「あそこよ、あそこ。ドテッとだらしなく寝転がっているじゃないの」


 ジュラの指差す向こう側に、確かに彼女の言うとおりカイが横たわっていた。

どうやら三人とは違っていまだ気絶しているようで、身じろぎ一つしていない。

乗り込んでいた蛮型も眩い閃光に取り込まれたのか、彼の近くには既になかった・・・・・・


「よかったぁ、宇宙人さん・・・・・死んじゃったらどうしようかと思ちゃったよ」


 カイの傍に駆け寄り、喜色満面でカイの寝顔を見つめるディータ。

その隣でカイを見つめるメイアも複雑な表情をしている。


「・・・・悪運が強い男のようだな・・・・・・・」


 二人の様子にも気が付くことはなく、淡々とカイは眠りについていた・・・・・・・・














「まあ、とりあえずだ」

「はい」


 マーカスは少年の様子を黙って見つめていたが、やがて酒を煽りつつ言葉を紡ぐ。


「おめえさんは行く宛てもない。それに帰る場所すらない」

「・・・それは・・・・そうですね・・・」

「身元不明者はこの国じゃ厄介な事になる。
下手をすれば、うっとおしい上の連中にぶち込まれる事になりかねないぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 マーカスのような男だけの星「タラーク」では階級区別が強制的に行われている。

その際に、階級が低い者は自分の遺伝子情報がインプットされているIDチップを持つ事が原則であった。

だが少年は怪我をして倒れていた時、チップも身につけてはいなかったのだ。

全ての国民を管理する際に絶対に必要な遺伝子情報がなければ、少年は丸裸同然だった。

どうすればいいのか困り果てていると、マーカスはいかめしい顔から口元を緩める。


「ま、どこにも行く宛がねえんならうちで働くか?
だが、うちはただ飯食らいには用はねえからよ。たっぷりこき使ってやるぜ」


 傷ついた自分に対して黙って医者を呼び、これまで看護をしてくれた人の言葉。

どこかひねた感じではあったが暖かい男の笑顔に、それまでずっと無表情でいた少年が困惑の表情を形作る。

「ぼ、僕はここにいていいんですか・・・・?」

「俺は別にかまわんよ。お前がいてもいなくても大差はねえ」


 マーカスの不器用ながらも暖かい言葉が、少年の心に染み渡る。

少年は心の中に湧きあがる不思議な感覚に心を翻弄されながら、ぺこりと頭を下げた。


「・・・お世話になります。どうかよろしくお願いします」

「へ、たっぷりこき使ってやるからな。しっかり働けよ、カイ」

「カ・・・・イ・・・?」


 耳慣れない名前で呼ばれて、少年はさらに困惑した表情を見せる。


「お前の名前だ。ななしの権兵衛ってわけにもいかないだろう。
この俺が直々に考えて決めてやったんだ、感謝しな」

「・・・・・カイ・・・・いい名前ですね。ありがとう・・・・」

「け、気持ち悪いな。いちいち礼なんぞいう必要はねえ」


 それ以降、少年は「カイ」になった。

喜びという感情が生まれたその時、乾いたカイの心に灯される様になった・・・・・・・・・・・















・・・・・・その時から、俺の夢は始まった・・・・・・・・・・・・










 夢の中で、カイは自分自身を見つめ続けていた・・・・・・・

































<Chapter 2 −The good and wrong− Action2へ続く>

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