人が人であるがゆえに起こしてしまう大罪。それは時を超え、次元を越えても存在している。

 悲しき旋律の葬送曲。そして、今、時空を越えた出会いと戦いが始まろうとしている。

 

 

 VANDREAD――The Unlimited――

 

   5・甘い罠 stranger

 

「大気中にペークシスの反応があります。地球の殖民星のようです」

 マグノとブザムはブリーフィングルームで近隣の座標から見つけた星の検討を行っていた。最近になってさすがに物資の少なさが目に見えてきたのだ。補給が受けられるかもしれないと言うブザムの期待は分かるのだが、マグノは今一歩踏み込めないでいた。

 確かに元々長い間の航海など考えていなかったマグノのエデンと、イカヅチの食料(と言ってもペレットだけだが)を合わせてもメジェールに戻るギリギリでそこをつく計算ではあるが、マグノはこの星によからぬものを感じていたのである。

「う〜ん、触らぬ神にたたり無しとも言うしねぇ……、しかたない寄ってみるかね」

 結局押し切られる形でその惑星への寄港を決めたのだった。

 

 

 格納庫の内部、ヒビキは今日も今日とて蛮型の整備に明け暮れていた。……何処まで整備すれば気が済むのかと少し思ったりもする。

「はぁ、ったくやってられねぇよなぁ……」

 装甲を閉じてヒビキはぼやいた。そんなヒビキにいつの間にか来たディータがゆっくりと近付く。

「なぁ、相棒お前もそう思うだろ?」

 ディータは少し離れたところで、どういうつもりか投げキッスを送る。

「……どわっ!!?」

 届いたわけでもあるまいに、背中に寒気を感じたヒビキは蛮型から転げ落ちた。仰向けに倒れたまま、ヒビキはため息をついた。

「はぁぁ、栄養足りてねぇのかなぁ……」

「大丈夫?」

 ディータが近づいて言った。はいいのだが、まともにヒビキから見上げられる角度だ。

「ゴクッ……」

 思わず生唾を飲み込むヒビキだった。

 

 

 アイリスはすることもなく艦内をうろついていた。蛮型の整備とシステムのチェックはさっさと終わって早々に引き上げてきたのだが、やることもないため、考え事をしながらうろついているのだ。

 まぁ、そう言っても範囲は限られる。色々と自分の身に起きた現象とこの世界のこと、そして仲間の事を考えながら意識したわけでもなくレジのほうへと来ていた。

 レジの扉が開き中に入ると、レジクルーたちが雑談にふけっている。

「おや、珍しい客だね」

 奥の席から目ざとくアイリスを見つけたガスコーニュが声を掛ける。

「あぁ、やることなくてね。」

「ふぅん、なんなら付き合っていくかい?」 

 言って彼女はカードを取り出した。

「OK。いいね」

 アイリスがガスコーニュの正面に座った。

「ポーカーのルールは知ってるかい?あの尖がり坊やは知らなかったけどさ」

 ヒビキのことである。

「ポーカーねぇ、ブラックジャックのほうが得意なんだけどな」

 そういいつつ、テーブルのカードを取った。

「へぇ、BJを知ってるとはねぇ。……!?」

 つぶやいた次の瞬間、ガスコーニュは自分の目を疑った。アイリスはカードを二つに分け、空中でバラバラとショットガンシャッフルをやってのけ、他にも様々なカッティングを空中でやってしまう。はたから見ているとアイリスの手の中で“ジャーッ”と言う音を立ててカードが踊っているようだ。

「ほんじゃ、やりましょうか?」

 意味ありげに言って、カードを一枚めくる。ガスコーニュに見せたカードはジョーカーだった。

「ほう、これはまた……」

 ガスコーニュが口元に笑みを浮かべた。

 

 

 そのころトラペザではクルーたちが食事を取っていた。バーネットも数少ない料理の数々に真剣に見入っている。結局カロリーの高い料理に手を掛けようとしたその時、

「いっただきぃ!!」

 横からディータの手が料理を掻っ攫った。

「あっ!ちょっとあんた。それ、カロリー高いわよ」

「いいもん!栄養足りてないって言ってたし」

 皮肉に謎の言葉で返され、バーネットは黙った。

 

 

 ブリッジでは目の前まで迫った惑星に皆が困惑していた。

「この星は……」

「死んじまってるようだね」

 マグノの指摘どおり、星には緑の一つも見えず、ただただ荒涼とした砂塵が舞っているばかりであった。

「惑星表面、熱源反応を感知しました」

「砂嵐が酷くて良くは分かりませんが、都市らしき影も見えますぅ」

 ベルヴェデールとエズラがセンサーを見ながら言った。

「何か情報が得られるかもしれません。降りてみましょう。」

「いいよ。おやり」

「ありがとうございます。気象観測開始!降下するタイミングを割り出すんだ!」

 ブリッジにブザムの声が響いた。

 

 

 トラペザのキッチンの中でディータは色々と食料を持ち出そうとしていた。栄養が足りてないと言うヒビキの為に数少ない食糧を持っていこうと考えたらしい。しかし、

『各パイロットに告ぐ!』 

 いきなりブザムからの放送が流れ、慌てて抱えていた食料を取り落としてしまう。

「ん? ちょ、ディータ!アンタ何やってるの!?」

「ごめんなさーい!!」

 キッチンクルーに誰何され、慌てて抱えていた分だけ持ってキッチンを飛び出していった。

 

『惑星降下に伴い……、これよりヴァンガードのシミュレーションを開始せよ!』

「何ぃぃ!?女が蛮型に乗るってことか!?」

 自室に戻ってきたヒビキもその放送を聞いて飛び起きた。そして、慌てて飛び出していったのである。むろん相棒である蛮型が気になったからに違いはない。

 

 つーことで格納庫内である。そこに頓挫している数体の蛮型は残らずカラーの塗装が施されていた。装甲そのままの色ではあまりに殺風景だと整備クルーとパイロットが塗りなおしたのだ。そして、

「さ〜てと、宇宙人さんの相棒さんもきれいきれいしましょう!」

 ディータはヒビキの蛮型に向かって、それこそショットガンのような形状の塗装スプレーを向けた。

「待て〜〜〜〜!!」

 そこにヒビキが飛び込んできた。立ちはだかろうと蛮型の前に来たとき、ディータが引き金を引く。

 ブシャーッと、ピンク色の塗料が吹きかかり、まともにヒビキまで巻き込んだ。

「くっ、何しやがる!!」

 半分ペンキに塗られて怒鳴るヒビキであるが、

「ピンクの宇宙人さん、かっわい〜〜!」

「…………」

 別のことに喜ぶディータに閉口してしまった。

 

 

 さて、レジの中は一種異様な雰囲気で満たされていた。レジクルー達はガスコーニュとアイリスの席を取り囲んでじっと事の成り行きを見守っているのだ。それだけ、二人のゲームが盛り上がっている(?)ことになる。

 お互いに表情一つ変えず、一言も発せず、カードを交換していく。

「こんなもんか」

 ガスコーニュがつぶやいた。

「んじゃ、オープン」

 双方がカードを手札を公開する。

 ガスコーニュがハートのフラッシュに対して、アイリスはJの4カード。

「かぁぁぁぁ……」

「おっし、勝ち越し!」

 ガスコーニュが思わずテーブルに突っ伏し、アイリスが手を振り上げる。

『おぉぉぉぉぉぉ……』

 レジガールズも緊張の糸が切れたのか一様にため息をつく。

「こりゃまいった。あんたみたいに強いのがいるとはねぇ」

「まぁ、ポーカーなんて腹の読みあいと、運だからね」

「おーっし、そんならBJで勝負付けるかい?」

「望むところだ」

 ブザムの呼び出しそっちのけでゲームに興じる二人であった。

 

 

「はいは〜い、皆さん!分からないことがあったらなんでも僕に聞いてくださいね。仕官学校時代は幾度となくこういった訓練をつみ、言わば、蛮型における一種の……ぐへっ!?」

 蛮型の解説をしに来たバートの脳天を降りてきたクルーのフローターが直撃した。

「ちょっと、そんなところでなにやってんの?危ないじゃない!」

 もっともである。

「しっかし、よりにもよって男のヴァンガードに乗れだなんてね」

 バーネットが今更ながら、愚痴をこぼした。

「ジュラはどっちだって良いわ。華麗な合体さえ出来ればね」

 自分用に赤く塗装した蛮型を見上げてジュラはつぶやいた。

 その後ろでは先ほどのクルーが資材を取りに戻ってきた。

「さーてと、……ん?」

 置かれた資材の影に妙なものを見つける。気になって近付いたクルーが見たものは、

「あらま、なんでこんなところに?」

 そこに落ちていたのは、真紅の長剣とM4カービン銃であった。

「ジュラとバーネットが置き忘れたのかな?」

 クルーはそれを拾うと、二人の元へと歩いていった。

 

 

「宇宙人さ〜ん!」

 廊下ではまたもディータがヒビキを呼び止めていた。

「な、なんだよ」

 苦手なディータに呼び止められたこともあって逃げ腰のヒビキの前に、包みが差し出された。

「宇宙人さん好きでしょ?女の食べ物」

「…………」

 先ほどくすねた食料で作った弁当であった。まぁ、なんというか結局ヒビキは食べ物に釣られてディータについて行く。

 そして、艦内ガーデンでヒビキは弁当をかき込んでいた。それをじっと見つめるディータ。

 視線を避けるように向きを変えるヒビキだが、ディータも常に正面に回りこんでくる。

「ナンだよ。……面白いもんじゃねぇだろうが」

「だってぇ、見てたいんだもん」

 結局それ以上何も言わずヒビキは食事を続行する。

「そんな風に食べてくれると、幸せ感じちゃうなぁ……」

 そんな二人を影から見ていたのはパイウェイであった。

「パイチェーック!」

 写真を撮ってメモを取るパイウェイ。……こいつは何を求めてチェックを続けるのかいまいち疑問である。

 

 

 しばらくして、旧艦区のシミュレータ仮想空間内で蛮型数機が訓練に励んでいた。もちろんメイアを初めとした主要メンバーである。

「わ、ちょ、わぁぁぁっ」

「もう、この子ってば、ちょっとは優雅に振舞えないのかしら。もう止めた!」

 ミスったバーネットに対し、ジュラはそう言って勝手にシミュレータを開いてしまう。

「あ、勝手に!」

「うるさいの!」

 シミュレータの前では男達がその様子をモニターしていた。ピョロもなぜかついてきている。

「だからいったろ、女なんかに蛮型が動かせるわけねぇじゃねぇか」

「私もブリッジに上がる必要があるな」

 ドゥエロがつぶやいた。確かに妥当である。彼も元々は蛮型搭乗員であるし、医者としての立場上サポートするならブリッジにいたほうがいい。

 ここで、ふとメイアのモニターに目が言った。モニター内のメイアはかなり息が上がっていた。

「ふむ」

「ピョロ?」

 

 ドドーン!!

 ムラマサの直撃を受けてメイア機が破壊される。

「クッ!」

 息も絶え絶えと言った表情で壁を叩くメイア。

『メジェールに医療特権はあるのか?』

 ドゥエロが見かねて画面に割り込んできた。

「何?」

『タラークではこういう場合、医師の権限で出撃を差し止めることができる。同意するか?』

「NOだ!」

 意地を張っているのかどうか、メイアは即答する。

『……。なら、視界を全方位に切り替えてみたまえ。少し圧迫感が薄れるはずだ』

「……余計なお節介を」

 だが、今のメイアは誰の目から見ても普通とは違っていた。狭い場所を嫌っているようにも見えるのだ。

 

「何々、十得刀剣型盾の使用法は搭乗者の意思に従い……んで電光粒子砲との併用は……を!できるじゃん」

 バートはいまさらマニュアルなど読んで一人で納得している。それを見ていたヒビキは呆れて立ち去ろうとする。

「ったく、一生やってろ。……むぐっ」

 いきなり誰かとぶつかった。

「いいこと。今度合体するのはジュラとだからね。……」

 見上げればジュラがぶつかったことも気にせず喋っていた。二人の身長的に言って、まともに胸に填っているのにも拘らずだ。

「その辺よろしくね」

 そこまで言ってジュラは立ち去っていく。

「ぶはっ……、なんじゃありゃ」

 

 シミュレータが開いてメイアが出て……来ない。操縦桿に突っ伏して荒い息をしている。そこにドゥエロが近づく。

「心配だピョロ……」

「君の動悸の原因は心因性のものらしいな。心当たりはあるのか?」

 声をかけるドゥエロにメイアは口調だけは平静に、

「ふ、誤診も甚だしいな。ドクター、これは単なる過労だ」

「……むきになるところを見ると、相当重症らしい」

「過労だと言っている!」

 怒鳴るようにって立ち上がる。その時、一瞬足元がふらついた。介添えをするドゥエロの手を振り払い、

「自分のことはよく分かっている。余計な詮索は迷惑だ!」

 姿勢を正して、模擬室を出て行くメイア。

「人間はどうして無茶ばかりするピョロ?分からないピョロ」

 ピョロが言った。

「本能に逆らったり、反抗したりするのは人間だけだ。だからこそ面白い。そうは思わんか?」

「いやね……、そりゃね……」

 

 

「んでね、ヒビキったらすっかりディータの言いなりって感じでね。……」

 シャワールームでジュラがシャワーを浴びている外で、パイウェイが先ほどの調査をジュラに報告していた。

「……ふぅん」

 気のなさそうな応答をするジュラだが、食べ物ということを聞いて何やら思いついたみたいだ。

 

「だからって……、」

 思いっきり不満の声を上げたのはバーネットだった。バーネットはなぜかキッチンでステーキを焼いている。

「なんだって、アタシがこんなことしなきゃいけないの?」

 少量加えたワインのビンをドンと置いて毒づく。

「合体のためよ。バーネットもきれいなジュラがいいでしょ?」

 ジュラは後ろで指にマニキュアを塗りながらのんびりとしている。

「ったく……、ん?」

 と、ふと横を見た。目に入ってきたのはタバスコのビンである。

 数分経ち、

「は〜い、できあがり!」

「大好きよ。バーネット!」

 出来上がった料理をカートに載せて、2人はキッチンを後にする。と、なぜかバートが入れ替わりに入ってきた。なぜかキョロキョロして挙動不審なバート。バーネットが使って洗い場に突っ込んだままになっているフライパンに近づいて。

「これが女の食べ物ね〜」

 と、ソースをひとすくいし、なめてみる。

「ヒーーーーーーー!!!」

 いきなりバートが火を吹かんばかりに叫びを上げる。……バーネットが何をしたのか分かる瞬間であった。

 

 

 チャッとアイリスの手がカードの山にかかる。

 BJの勝負を始めて10戦目。ガスコーニュは3枚で20に達して手を止めたが、アイリスは5枚目である。

「とっくにバーストしてるんじゃないのかい?」

 ガスコーニュが言うが、アイリスは静かに引いたカードを見る。手元にあるカードはどれも低いものばかりだが、次に引くカードが低いものだとは予想できない。しかし、アイリスは不敵な笑みを浮かべると、手元のカードと共にそれを見せた。

「21……ね」

 アイリスの手札は、4、6、9、A、Aだった。

「う〜〜わ……、こりゃ脱帽だ。」

 片肘ついてガスコーニュがつぶやいた。

「ははは、ま、こんなもんさ。……さて、行くか」

 言って、席を立つアイリス。さすがにもう行かないとやばいかもと思ったからである。

「勝ち逃げはなしだからね!」

 アイリスの背にガスコーニュの一声がかかる。振り向かずに手を振って、レジを後にする。エレベータに乗り込んで上階へと移動し、部屋――と言っても監房、に移動しようとしたとき、ちょうど、キッチンから出てきたジュラとバーネットにかち合った。

「よう、何だその料理」

「ん?ちょっとした交渉道具って奴よ。」 

 片腕を腰にあてジュラが言う。

「ふ〜ん。……!」

 と、ここでジュラの腰に下がっている剣に目が行った。

「あーーー!!」

 自分でも大げさと思うほどに声を上げたアイリス。

「な、ちょ、うるさいじゃない!」

「その剣!あんたそれどうしたんだ?」

 ジュラはいつも腰に長剣をぶら下げている。その剣が二本に増え、そのうちの真紅の1本にアイリスは見覚えがあった。彼女の持ち物である魔力剣である。

「あ、これ?格納庫に落ちてたらしいのよ。どう、綺麗でしょう?まるであたしの為に作られたような」

 秀麗な剣を外して突き出して見せる。

「悪いけど、その剣俺のなんだ。返してくれ」

 手を差し出すアイリス。ジュラはキョトンとして、

「何言い出すのよ。悪いけど、あんたのだという証拠がない限りは渡せないわね」

「あんたのものだ、と言う証拠もないだろう?」

「……む」

 お互いに行っていることが正論だけに譲らないし、譲れない。しばし、にらみ合う二人だが、間にバーネットが入った。

「はいはい、そこまで。あんたね、自分の立場分かっているの?」

 アイリスを指して言うバーネット。

「捕虜だって言いたいんだろ?」

「その通り。その捕虜に武器なんて渡せるわけがないでしょうが」

「さすがバーネット!」

 確かに正論である。

「人の持ち物奪っといて言うこと正当化か?」

「お生憎様、私達は海賊ですから」

 言って肩から何を下ろして構えた。M4だ。

「これ以上無駄なこというなら立場が悪くなるけど、どうするの?」

 しかし、アイリスの視線はバーネットの持った銃に行っていた。

「一つ言わせて貰う。そのM4も俺のだ」

「あら、そう?なら試し撃ちの的にでもなってくれるの?」 

 チェンバーに弾を送ってバーネットは再び構える。

「撃ってみなよ。撃てるならな」

 向けられた銃口にまったく怯まずアイリスは言い放つ。

「いいの?誰からも文句は来ないけど」

「いいさ別に。それから、セーフティ外れてないぞ」

「…………」

 バーネットは銃器に関してはエキスパートである。言われてセーフティに指が伸びる。しかし、

「……?何よこれ、セーフティが動かない」

 そう、接着剤で貼り付けられたかのように、セーフティはまったく閉じたまま動かない。

「故障してるんだ。整備しようと思ったけど、ゴタゴタで忘れてたんだ」

 むろんそんなものは嘘である。彼女の“力”の源たる銃が故障などしていたらたまらない。アイリスの意思でセーフティを押さえつけているのだ。そして、それができるからこそその銃がアイリスのものだと断定できる。

「ちぃ……、とにかく、武器だけは渡せないわね。どうしてもと言うなら、お頭か副長に掛け合ってみなさいよ」

「無理っぽいからやめとくよ。けど、いつか返してもらうからな」

 

「惑星表面安定しています。」

 アマローネがレーダーを見ながら報告した。

「よし。降下は今しかない!各パイロット、発進スタンバイ!」

 

 もちろんその放送も艦内に流れる。それを聞いたジュラ達も、

「いよいよか」

「あぁ、もう!アンタのおかげで、計画が台無しじゃない!」

「はぁ?何の話だ、それ」

「もういいわよ!」

 憤慨して立ち去るジュラを呆然と見送るアイリス。

「は?」

「……ちぇ」

 小さく舌打ちしたのはバーネットであった。

 

 

 結局、そのまま格納庫に向かったアイリス達は、早々に航海用宇宙艇に蛮型を載せる。片道用のシロモノである。しかし、ヒビキは定員オーバーの為に乗れず、そのまま飛び出していった。アイリスの蛮型も同様である。アイリスの蛮型は漆黒のまま手付かずであった。クルーたちも異様な雰囲気に近付くのをためらったからだ。

「ったく、大事な相棒をおもちゃにされてたまるかってんだ!」

 合体をしつこく迫る二人から逃げるように蛮型を駆るヒビキ。

「逃がさないわよ!」

 ジュラも宇宙艇を操りながらいきまく。と、

『ダメー!宇宙人さんはディータと合体するんだから!』

 同じく乗っていたディータが口をはさむ。

「ム、あんた、一体誰に口聞いてるのよ!」

『ダメなものはダメぇぇ!!』

「やれやれ……」

 後ろでまともにそれを聞かされるバーネットはいい迷惑であった。

 しかし、今回メイアの姿は見えない。時間にキッチリしている彼女が、珍しい行動であった。

 

 

 蛮型と宇宙艇は順調に惑星内へと降下していく。ヒビキは降下・離脱用の「蛮傘」と呼ばれるものを使用して大気摩擦を防ぐ。アイリスは翼を展開してそれに包まる。宇宙艇はそのまま突っ込むが、成層圏を抜けたあたりでバラバラに分解した。空中分離した蛮型はヒビキと同じく傘を広げて落下していく。

 地上は完全に荒野になっていた。今のいままで生活していた人類がここまで荒廃を見せるのは不自然極まりない。やはり、何者かが刈り取っていった後なのだろうか。

「何にもないわねぇ」

 ジュラがつぶやく。

「これならメイアが降りることもないわねぇ」

 バーネットも同じようにつぶやいた。

「こ、コラ勝手に進むなって……おわっ!?」

 ヒビキも何とか歩こうとするが、宇宙とは勝手が違う歩行操作にミスって転んでしまった。

「宇宙人さん!」

「……そういや、俺も地上に降りるの初めてなんだったな。ったくしまらねぇ」

 と、そこにジュラ機が近付いてきた。

「ねぇ、はやいとこしない?」

「はぁ?」

「ダメー!」

 すかさずディータが口を挟んできた。

「宇宙人さんはディータとするの!!」

 ハタから聞いたら怪しい会話である。

「お子様は黙ってなさい!」

 またも始まるにらみ合い。イライラの募ったヒビキはついに、

「いい加減にしろーーー!!」

 ぶち切れてブーストをふかした。上昇を始めた蛮型だが、その時、

 バリバリバリ!!

「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 突如、レーザーが照射されてヒビキの蛮型を直撃する。

「宇宙人さん!?」

「何!?」

 それを皮切りに星中でレーザー照射が行われる。どうやら何者かが設置して行ったらしい。

「これは……はめられたかな?」

 

 

「くそ、出遅れたか」

 メイアがやっと格納庫に姿を現した。

「無理に行くことないピョロ!メイアがいなくても大丈夫だピョロよ」

「それは出来ない!私には責任がある!」

 ピョロの静止に毅然と答えるメイア。確かに言える。

「でも、航海用宇宙艇は片道だけピョロ。予備はないピョロよ」

「何?」

 そう、ヒビキの蛮型ならいざ知らず、改造されなかった蛮型のブースターでは余計に時間がかかるのである。つまり今から出ても時間の無駄にしかならないことになる。しかし、メイアは毅然として蛮型のコックピットに乗り込んだ。

 

 ブリッジに上がっていたドゥエロのコンソールには、各パイロットの心電図が映し出されている。その一覧にメイアが加わった。それを見て、

「無理をして」

 ただ一言そういった。

 

「星の防衛装置が作動しました!!」

 アマローネが叫んだ。

「ヴァンガードは星のトラップに捕獲されました。」

 ブリッジが一瞬にして慌しくなった。

『何よこれ!!』

『来ないでよもう!!』

 パイロット達は混乱を喫していた。

「落ち着け!トラップの種類は?」

 ブザムが声を掛けた。

『そ、それが……』

 ディータが信じられないと言う口調で言った。

『砂が、砂が襲ってくるんです!』

「何……?」

 

 

「くそっ!何だこいつら!」

 ヒビキの蛮型にもまるで虫の大群のように砂が群がってくる。そして次第に動きが阻害されていく。

「動きが取れねぇ……うわっ!」

「宇宙人さん!待ってて今助けて……キャッ!」

 お互いがうまい具合に動けない。焦りは頂点に達していた。

「ジュラに任せて!」

 と、ジュラ機がヒビキの前に躍り出てきた。そして、蛮型のエアスラスターを全開にして砂を吹き飛ばしていく。

「おしっ、いいぞ」

「お礼に、アレしなさいよ」

 こういう状況においてもキッチリ目的を忘れていないと言うのは執念と言うか何と言うか……。

「おめぇまだいってんのか?合体するのはオメェらのドレッドとだろうが!蛮型同士でどうやって合体しろって言うんだよ!!」

「…………ウソ?」

 本当である。

「もう!そうならこんなところ来なかったのにぃ!」

「ジュラ!後ろ!」

 バーネットが声を掛ける。

『!!?』

 二人が振り返った。と、そこでは砂が寄り集まって蛮型の姿を取ったのである。

「な、なんで!?」

 そして、次々に増殖していくと襲い掛かってきた!

「えぇい!鬱陶しい!」

 アイリスもなんとか振り払おうとするが、そこは砂である。すぐに組み付かれてしまう。すると、システムが反応を起こした。

「! データをコピーしてるって!?」

 そう砂のはずのこいつ等は、蛮型のシステムコピーを始めたのだ。

「ふざけやがって……。しかたない」

 アイリスは意を決すると、ジュラとバーネットに回線を開く。

「おい!剣と銃を俺に渡せ!!」

「な、何を言ってるのよこんな状況で!」

「俺に考えがある!とにかく四の五の言わずに渡せ!」

「お断りよ!男に武器なんか持たせたら何をするか!」

 バーネットの一言でアイリスの語気が上がる。

「アンタらなぁ、剣と銃と蛮型を秤にかける気か!これ以上四の五の言ってるとテメェらの機体ごと吹き飛ばすぞ!」

 殺気がまともに二人を襲う。無茶苦茶な論理に言う言葉が詰まったのである。これ以上何か言えば殺される。そんな恐怖が生まれたのだ。

「わ、分かったわよ!渡せばいいんでしょ!渡せば!」

 ジュラはそう吐き捨ててコクピットを少しだけあけて剣を外へ放り出した。

「くっ……!」

 バーネットも銃を下ろすと、外へと放り出した。二つの武器が砂の上へと落ちる。

「ありがとさん」

 言って、アイリスは蛮型のコクピットから飛び降りた!

「何を!?」

「宇宙人さん!何をやってるの!?」

「あの馬鹿!!」

 しかし、アイリスは飛び降りて腕の時計を口元へ持ってくる。

「自動操縦モード。上空待機!」

 そして、無人のはずの蛮型が動き出したのである。アイリスの言う通りならば、アイリスは蛮型に自動操縦システムを搭載したことになる。一体いつの間に!?

 蛮型は翼を振ると、アイリスを残して上空へと上昇する。アイリスは二人の放り出した武器に手をかざす。と、二つが浮かび上がり、アイリスの手元へと飛んできたのである。

「そんじゃ、ショータイムと行きましょうか!!」

 剣を腰につるし、アイリスは銃を上へと放り上げる。

「デザートイーグル!」

 言葉と共に、アイリスの意思に従い銃がその姿を変えていく。光と化し、二つに分離し、2丁のデザートイーグルになった。

「何よあれ!?」

「うそっ!?」

 自分の身に起こる事よりそちらが気なっている全員であった。

 落下してきた銃を両手で受け取ると、何を思ったか銃を器用に回転させながら踊り始めた。その動きは流麗でまったく隙がない。銃もその動きに見事についていく。タップを踊るような動きに突っ込むのも忘れて見入る全員。その瞬間だけ時が止まったように動きが消える。

 砂の上で思いのままに踊ったアイリスは、最後に銃をいつの間にか出てきた腰のホルスターに回転させながら叩き込む。

「よし、動ける。次は……」 

 足を肩まで開き、構えるアイリス。

「目覚めよ、封じられし我が力。……」

 砂たちが思い出したように動き始めた。そして、一番無防備に見えるアイリスに殺到していく。アイリスも刈り取るつもりらしい。

「……わが名の元に!」

 砂がアイリスを覆い尽くした。

「あっ!!」

「あの馬鹿!何を……!」

 その時!

 カッ!!

 ドーム状になった砂の塊から光が飛び出す!そして、急激に吹き上がった。まさに竜巻の様に。

「何、いったい、何が起こってるの!?」

「あいつ、……一体」

 バァンという音を立てて、竜巻が霧散する。その下にいたのは無論アイリスである。いつもの短パン・Tシャツ・Gジャンベストに身を包み、全身から闘気をみなぎらせ、その腰の剣からは薄っすらと光が漏れている。剣も戦いを喜んでいるのだろうか。静かに自分の手を見つめるアイリス。その体にも少し変化が現れたが気にもせずに拳を握り、

「よぉし、久々にイケる!」

 砂がうごめき、思い出したようにヒビキ達を襲い始める。無論アイリスにも。

 アイリスが地を蹴る。砂の上だというのに、まるで普通に走る。しかも速い!

 銃を引き抜き、その銃が轟然とうなりを上げた。

 デザートイーグルは元々、男性の中でも訓練された者しか扱うことが出来ないほど強力な銃である。45口径のマグナム弾がアイリスの両手からマシンガン顔負けの速度で発射されていく。反動を力づくで押さえつけ、微調整も忘れてはいない。これもこれで非常識である。

 そして、ただの弾丸に過ぎないはずのそれを受けた木偶人形は粉々に吹き飛んでいく。

「アイツ、ナンなのよほんとに!」

「すごい!スゴーイ!宇宙人さんスゴーイ!!」

「アイツこんなことも出来るのかよ!?」

 戦場を思いのままに駆け抜け、銃を乱射するアイリス。迫る砂をかわし、または弾き飛ばし、人間に飛べない距離を飛び、鬼神のごとく敵を屠っていく。

 しかし、いくら倒しても所詮は砂である。

「くっ、……暖簾に腕押しって奴ね」

 マガジンを交換し、アイリスがつぶやく。

「なら、一気に決めるか」

 アイリスは銃をしまうと、剣に手を掛けた。剣から放たれる光はさらに強くなっている。そして、剣の鯉口が切られる。

 轟っ!!

 とたんに、周囲の砂が剣圧で吹き飛んでいく。

「何よ今度は!?」

「まさか、剣から……?」

 その刀身が現れていくほどに剣圧は強くなる。

 ジュラがこれを抜かなかったのは正解だ。もし力を持たない彼女が抜けば、剣は彼女を取り込んでいただろう。取り込まれたものは剣に意思を操られ、廃人となり破壊の限りを尽くすのである。船でそんな事をすれば……言わずとも察せよう。

 刀身が完全に引き抜かれ、アイリスが剣を差し上げた。五色の宝石が輝き、五色の光が剣から飛び出した!光は木偶人形を砕き去り、凍らせ、吹き飛ばし、灰にし、蛮型を掠めて飛ぶ。

「…………!!?」

「ど、ドラゴン!?」

「あぁぁ……!」

 荒れ狂う五色の竜を見上げて全員が声を失う。それほどの力があの剣には封じられていたのだ。

 

 

「わ、惑星大気上、謎の現象が起こっています」

 ベルヴェデールが困惑して報告する。

「何?どいういうことだ」

「そ、それが、局地的に温度が0度以下になったり、千度を超えたり、強風が起こったり、訳がわからないんです!」

「モニターに出せ」

「は、はい!」

 そして、モニターに表示されたレーダーに移ったものに、ブザムもマグノも言葉を失った。

 確かに、レーダー上には局地的な寒冷現象や高温現象、強風現象が表示されている。その他にも様々な表示が引っ切り無しに表示されているが、一様にいえるのは、それが動いているということだ。明らかに意思を持って。

「これは……」

「こんなトラップは……現実的にありえない。分析を」

「は、はい!」

『お頭!』

 バーネットが通信を送ってきた。

「バーネットか。どうした」

『それが、……あのイリスという男なのですが、アイツ、化け物ですよ!』

「落ち着け。どういうことだ」

『すっごいんですよ!!もう、ディータ感激感激ぃぃ!!』

 いきなりディータが割り込んできて騒ぎ立てる。

「なんなんだ?」

『俺だ!あいつ、剣と銃を持ったと思ったら、いきなり強くなりやがったんだ!しかもなんか、5匹の化け物まで呼び出しやがった!』

「化け物?」

 マグノが聞き返す。

『とにかく、これを見てください』

 バーネットが蛮型のモニターを直結させて映像を送信した。それを見た全員が言葉を失う。

「これは……一体」

 画面上で暴れまわる五色の竜。その中心で平然と立ち尽くすアイリス。

「あの子、……一体何者なんだい」

 完全にその映像に引き込まれたマグノがつぶやく。

 

 

「さて、久々に暴れたでしょうからそろそろ」

 アイリスはそう言って、剣を再び差し上げる。それと同時に竜が一斉にアイリス――剣を目掛けて向かってくる。

 光と共に竜が剣に飛び込んでいく。完全に入り込んだ後には、余波でバチバチいっているアイリスと、ヒビキたちが残った。

 パチンと、剣を鞘に収めるアイリス。今の衝撃で砂を操っていたであろう物も消滅できたはずだ。

 と、

 ヴィー!ヴィー!ヴィー!

 周囲に大きなサイレンが鳴り響いた。

「!?」

「今度は何よ!」

 

 

「惑星の自爆シークエンスが始まりました。残り時間300秒!」

「メイア機、大気圏に突入を開始しました!呼び戻しは無理です!」

「くっ、全機退却!急がせろ!」

 

 

「自爆装置……ね」

 アイリスは耳に入れた通信機からブリッジの通信を聞いていた。

「吹き飛ばすとすれば地中からか、それとも廃屋の中からか……」

 言いながら再び剣を引き抜いた。

「ま、どっちにしても、これで終わりってね!」

 剣を逆手に構えて、地面に突きたてた!

「グラウンドインパクト!!」

 剣についている宝石のうち、トパーズが輝いた。

 

 ドゥン!!

 

 大地が脈動した。

 その衝撃は波紋となり、地上を走り、地中へと広がる。アイリスを残して退却を始めて上空に上がっていた彼らも気づいて振り返った。

「な、何だ!?」

「波紋……?」

 その波紋はかなりの速度で広がっていく。そして、廃屋に差し掛かり、触れた瞬間、廃屋とそれに設置されていた照射装置が粉々に吹き飛んだのである。

『なっ!?』

「なんだぁ!?」

 しばらくして、彼女の周囲半径10キロに渡って波紋は広がり、その範疇にある起爆装置、爆薬、廃屋は、分子レベルの崩壊を起こして砕け散ったのであった。

 

 

「!? 自爆シークエンス、停止……しました」

「何?!」

「原因は不明ですが、発動と同時に地上で衝撃波が発生し、起爆装置を破壊したようです。」

 ベルヴェデールがやはり信じられないと言う表情で報告する。

「……あの子か」

 マグノは誰のせいなのか察したらしい。

「一体、なんなんだ」

 ブザムは次々と起こる不可解な出来事に頭を抱えた。

 

 

「で、何が起こったんだ?」

 大気圏を突破し、降りてきたメイアが呆然としているパイロット達に問うた。

『…………』

 全員が口を閉ざす。どう説明していいか判断がつかないからだ。

「おい、どうした。……!」

 モニターをつけたのは地表に降りてからなので、それまでのことは目にしていない。訳の分からないメイアの視界にアイリスが見えた。どういうわけか武器を持って歩いている。アイリスは通信機を取り出してメイアに通信を送った。

「遅かったじゃない。何やってたの?」

「それはこちらの台詞だ。お前のほうこそ何をやっていた。なぜヴァンガードから降りたんだ?」

「色々あったのよ。見てなかった?」

 と、アイリスに影がかかる。上空待機していたアイリスの蛮型が戻ってきたのだ。

「! それよりも、説明してもらおうか。ここで何があったんだ?何故何も残ってないんだ」

「吹き飛ばしたのよ。爆薬もろとも」

「吹き飛ばしたって、誰がやれと……、?」

 ここに来てメイアはアイリスの変化に気づいた。言葉が妙に女っぽくないか?カメラをアップにすれば体が妙に……、

「!?お前、……女!?」

 他の皆も弾かれたようにアイリスを見る。

 言われてアイリスは体を見下ろす。いつの間にかサラシが弾けて程よい胸が服を押し上げていた。

「あ〜あ、やっちゃったか。」

 声の方は戦っている最中からまったく意識が行かなかったので、忘れていたと言うのが本音だ。

「察しの通り女ですよ。本名はアイリス=スチュワート。ちょっとした“事故”で融合時に巻き込まれた不幸な異邦人です」

 

 

『・・・・・・・・・・・』

 ヒビキ達が、ニル・ヴァーナ中がそのトンデモな事実に声を失った。男と思って扱ってきた奴が、実は女で、しかもとてつもない戦闘能力を持った異邦人。SFでも流行らない設定である。

『まぁ、サラシ巻かれていたので男の振りしていたほうが得かなとか思っていたんですけど、ばれたらそれまでですね』

 アハハと笑い飛ばすアイリスに唖然と言うより、呆れるマグノである。

「んで?ナンだってあんたはこんなところに来たんだい?」

『それはこっちが聞きたいですよ。友達との旅の途中に、いきなりワームホールに引きずり込まれたんですから』

「引きずり込まれた……?」

 ブザムもなんとか状況を整理しようとする。そして、

「……ペークシスの暴走!」

『原因はそれしかないと思いますね。まぁ、今どうこう考えなくても向こうも移動手段はたくさん持っていますから、いつか迎えに来てくれると思います。つーわけで改めてよろしくお願いできませんか?』

「…………」

 マグノはじっと目を閉じて何か考えているようだ。クルー達もどうするのかとマグノを見る。

『魔法なんて、治療とかに役立ちますが?』

 沈黙を躊躇いと取ってアイリスが声を出す。

「……ふぅ。いいだろう、こちらとしても手は多いほうがいい。この件は後にしておくよ」

 

 

「ありがとうございます!ま、そうなった以上はニル・ヴァーナのお役に立てるようにがんばります」

 クルー達のため息やら感嘆の声やらが聞こえてくる。

『分かった。とにかく一旦退却だ。戻って来い』

 ブザムから声がかかる。

「あー、ちょっとお願いがあるんですけど」

『なんだい?』

「地上の建物はあらかた壊しちゃったんで、地下の調査をする許可を頂きたいのですが。幸い、メイアさんもいることですし」

「地下の調査って……爆薬もろとも吹き飛ばしたんだろ?」

 ヒビキが口を挟んでくる。

「それがそうでもないのよ。ちょっとした違和感を感じるのよね。まぁ、気にするほどでもないかもしれないけど」

『良いだろう。おやり。しかし、わざわざ掘り起こす気かい?』

「ご心配なく。すぐすみます」

 言って、アイリスは振り返り、右手を差し上げパチンと指を鳴らした。

 そして再び大地が脈動を始めた。そして、それからの光景はまさに、モーセの十戒の中に登場する海渡のシーンもかくやという光景だった。アイリスの前から始まって轟音を上げて砂が吹き上がっていく。

『・・・・・・・・・』

「どこまで非常識なことが出来るのよ……」

「まぁ、そこは色々と」

 そして、砂嵐が収まった後には巨大な建造物が顔を出した。と言っても屋根の部分だ。アイリスの衝撃波にも耐え切った強大な建造物だ。

 

 タン!と屋根の上に着地するアイリス。

「どこまで潜れるかは疑問だけど、……」

「行ける所まではいくつもりか」

 横に着地した蛮型のメイアが言う。

「外から見た限りでは窓が少ないからかなり深くまで行けると思うけど、なんとかね」

 言っておくが、一応全員が行くことで降りてきている。アイリスだけが蛮型に乗っておらず、空中浮遊でここまで降りてきたのだ。乗っている場所はどうやらヘリポートだがシャトルポートだかに使われていたらしく、Hがデカデカと描かれている。

「参りましょうか?」

 言ってアイリスは剣を引き抜く。

「何を……」

 ギザンッ!!

 メイアが声をかけると同時にアイリスの剣が閃き、床が円形状に切り抜かれたのである。ズズズと音を立てて落ちていく屋根に、声をなくすメイア。

「さ、行きましょう。どうせ蛮型じゃ無理だから歩きよ」

 言って自分だけとっとと中に飛び込んでいくアイリス。

 ヒビキ達もしぶしぶそれに倣った。

 

 

「目指すはPCルームか、メインコントロールルーム……。」

「どちらにしても下に行かないといけないわね」

 暗い廊下を歩きながら6人は相談をしていた。ニル・ヴァーナとの通信はアイリスが持ってきたブースター付の通信機のおかげで確保できている。これもまたパルフェが関与していないのだからアイリスの知識って……。

 オフィスビルなのか様々な広い部屋には書類などが散乱し、さらに、

「う……!」

「これって……」

 ディータとジュラが思わず吐きかけるほどに強烈な光景。干乾びた“それ”がいくつも床に散乱している。

「…………」

 アイリスが懐から巻物のようなものを取り出した。広げてそれを透かして見る。

 ピピッと音を立てるものの先に映ったのは、

「血を……抜かれてる?」

「ウソッ!これ、全部!?」

 バーネットが驚愕の声をあげ、

「刈り取りと言う奴か」

 メイアが妥当な回答を出した。

「でしょうね。血を吸うなんて、ヴァンパイアじゃあるまいし」

 立ち上がって先へと歩みを進めようとしたとき、

「ストップ!」

 アイリスが小声で皆を止める。

「何だ?」

「どうしたのよ。」

 しかし、アイリスは答えずに皆の前に立つ。

「静かに。何か来る」

「!? 何かって、何だ?」

 ライトに照らされた廊下は10メートルも行けば漆黒の闇が待っている。しかし、アイリスの感覚はその先に招かざる客が待っている事を教えている。

 アイリスが右手を差し上げる。その手に光が生まれた。そして、それを暗闇の先へと解き放った!

 バウッ!

 光が弾けてそれは明かりとなった。さらにそれは客の姿をも映し出した!

「なっ!?」

「あれは……!」

 光の下にいたのはクモのような姿をした機械であった。特徴的なのはその表面に生えた無数の針だ。

「刈り取りの機械……」

 バーネットがつぶやいたと同時にそのマシンが起動した。その赤い4つの目が怪しく光る。

『ひっ!?』

 そして、ゆっくりと動き出したその時、

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 その機械の目が全て轟音と共に弾け飛ぶ。その衝撃に中の機械もやられたのかスパークと共に崩れ落ちた。

「くだらない歓迎どうもありがとう。お礼に鉛弾送っておくわ」

 硝煙を吐く銃を手にアイリスは無表情にそう言った。

 

 

 その後、各階にいるクモモドキをアイリスはその銃の一撃で確実に刈っていく。レーザーガン、バーネットのCzでも撃ち抜けない装甲にアイリスのデザートイーグルは簡単に穴を開けた。

「でも、その銃って弾はなに使ってるの?」

 バーネットがアイリスに声をかける。

「?」

「あたしの銃でさえ傷のつかないアイツらにあなた簡単に大穴開けるでしょう?気になるわ」

「なんだ。そんな簡単なこと」

 アイリスはこともなげにそう言って、マグナムの弾を一発バーネットに渡す。シゲシゲとソレを見たバーネットは、

「これ……普通のマグナム弾?」

「当然。あたしは友達と違って魔法弾ていうのが苦手でね。出来るには出来るけど、癖だけは抜けないから、開き直ってソレ使ってるの。

 で、問題の威力のことだけど、別にあたし間接とかつなぎ目とかそういう柔らかいところだけ狙っているだけだけど?」

「柔らかい……ってそれでも通じないんじゃ?」

「そこは物の違いよ。Czでマグナム弾が撃てないから貫通力がない。変わってデザートイーグルは貫通力重視の銃。きっちり撃つ所に撃ち込んでやれば効果は高いのよ」

「はぁ〜〜〜」

 バーネットは今ではヴィンテージと化した実弾銃に関しては、ニル・ヴァーナ随一の実力を持っている。彼女の知識からしたらマグナム弾と言うのはそこそこ威力高い弾としか解釈がないのかもしれない。

 しかし、彼女が声を失ったのは、撃つ所に撃ち込めばという所だ。それだけ実力が違うと言うことである。

「あなたの銃だって結構撃つ所に撃てばいい線行くのよ」

 言って、銃を受け取る。

「へぇ、手入れ行き届いてる……」

 言って無造作に前方に狙いを定めた。

 バン!

 撃った。

 ババババババババ……!!

 次の瞬間にはマシンガン並みの速射で弾が吐き出される。驚いて皆が足を止めた。

「ちょ、何するのよ!」

 銃口だけでなく、銃身からも湯気を吐いたCzを持ったアイリスに抗議するジュラ。しかし、

 ガガガ……

 鈍い金切音が響いた。ゆっくりと現れたのは、モノアイを見事に撃ち抜かれたクモモドキだ。力尽き、ドシャンと崩れ落ちる。

「……うそ」

「各モノアイにつき4発かな。当てられればそこそこイケるわよ」

 銃を返すアイリス。その銃身の熱さに思わずバーネットが銃を取り落とした。

 

 

 地下、いや建物で言えば38階という看板の先に目指す場所はあった。ドアを開くと、ズラリと並んだパソコンの列。

「使えるのがあるといいけど。」

 手近なパソコンを起動しようとするバーネット。しかしやはりというか電源はつかない。

 さてどうするかと言うところで、ヒビキが、

「おい、ここに非常電源て書いてあるぜ。」

 確かにそこには非常電源盤が設置されている。

「入れて」

「ああ」

 ヒビキが非常電源を入れると同時に、部屋の電源が着いた。しかし、安定しない電力のせいで、いくつかがパァンという音と共に破裂した。

「っ!これで大丈夫か?」

「待って、今起動してる。」

 バーネットがパソコンを起動し始める。アイリスもその横で起動を始めた。

「スパコンが死んでないといいけど」

「スパコン?」

 アイリスの単語に聞き返すバーネット。スパコンは死語になっているらしい。そしてパソコンを検索する二人だが、

「はぁ……パスワードだらけでいやんなるわ。そっちは……!?」

 アイリスのほうを見たとたんに声が詰まる。アイリスのキー捌きがあまりに速いのだ。画面は次々に変わり、見ているのかと疑いたくもなる速さだ。

「パスワードは解いたけど、役立つ情報はないわね。そっちは……って、ごめん」

 聞き返したアイリスが思わず謝った。自分だけで作業を進めるとこういう違いが出るからだ。バーネットは憮然として作業に戻った。

『どうだ。様子は?』

「ふるいにかけるのに手間がかかるので、まとめてそっちに転送します。データ室の使用許可を後で頂きたいのですが」

「いきなり饒舌になるわねぇ」

 ジュラが手際のよさに呆れる。メイアは無言でアイリスを睨む。どうもリーダーシップを発揮できず引っ張られぎみなことに納得がいかないらしい。

「ん?これは……」

 バーネットがアイリスの出したパスワードでアクセスした場所に何かを見つけたらしい。

「今期収穫項目……?」

「何!?」

 メイアが乗り出してそれを見た。と、いきなり画面がクラッシュした。

「何!?これ!」

 その声にアイリスが再アクセスすると、なんとディレクトリにウィルスが張り付いている。

「くっ……やられた!」

 アイリスの手がさらに早くなる。

「どうしたの?」

「ファイルにウィルスが張り付いてた。何処まで追えるか分からないけど、送信先がメインコントロールルームだけに……!」

 ゴゴゴ……!

 とたんに、建物全体に衝撃が走る。

「何!?一体!」

「コイツは……!」

「やられた……」

 画面を見つめてアイリスがつぶやく。

「どうしたんだ」

「自爆装置。外部とのリンクを切って、わざわざアクセスしたときに発動するように仕掛けられてる。残り300秒だってさ♪」

『「さ♪」じゃないだろうがぁぁ!!』

 全員の叫びがそろった。

 

 

「自爆シークエンスです!建造物内に設置されていました!」

「何!?中のクルーは?」

「脱出中です!残り280秒!」

「転送中のデータにバグ発生。転送中断、削除されます!」

 

 

「どう考えても間に合わないわよ!」

 廊下を疾走しながらバーネットが叫んだ。

「いやぁぁぁ!こんなところで死ぬのはいやぁぁ!!」

 ジュラも泣き叫びながらも走っている。

「しゃぁないな〜〜」

 アイリスはここに来ても落ち着いていた。

「どうする気だ!ここに来ると言ったのはお前だぞ!」

 メイアも責任転嫁のつもりらしい。

「そうねえ、神に祈るって言うのはどう?」

 

 

「自爆シークエンス止まりません!残り10秒!」 

 刻々と告げられる絶望へのカウントダウン。

「パイロット達は?」

「ダメです。ノイズのせいで連絡が取れません!」

「くそっ、ここに来て!」

 ブザムが歯軋りする。

「5・4・3・2……」

 ベルヴェデールとて言いたくて言っているわけではないが、

「リミット」

 同時に地上の一点に爆発による爆円が広がる。

「くっ」

 ドゥエロも息を呑んだ。誰もが皆が死んだと思ったとき、

 ピピピッ!

「……む?」

 ドゥエロの心電図一覧に再び全員が表示された。ドゥエロが顔を上げて宇宙空間を見た。

 そこには、無事に脱出してきた6機のヴァンガードの姿があった。

「ヴァンガード、全機無事ですぅ!」

 エズラがレーダーを見て叫んだ。

『やったぁぁ!!』

 ブリッジに歓声が上がった。

 

 

 格納庫に全蛮型が収納された。パイロット達はぐったりとして精も根も尽き果てたと言う表情だ。そんな中、

「いや〜、助かったぁ。久々にスリルだったわぁ」

 アイリスだけは、平然として背伸びなどしている。

 さて、どうやって生き延びたかだが、彼女達は文字通り「祈った」のである。足を止めてアイリスは皆を集めて呪文を唱えたのだ。そして、その“転移呪文”によって全員は一瞬にして屋根に降り立ったのである。非常識と言うより、非現実的な経験をしたパイロットたちであった。

 

 

 さて、その後、

「で、結局情報はほとんど手に入らなかったんだね。」

「申し訳ありません。」

 パイロット達は呼び出されて改めて報告をしていた。

「しかし、一文だけ読んだ部分があったのですが」

 バーネットが切り出した。

「言ってみろ」

 ブザムの要求に口ごもるバーネット。

「どうした?」

「い、いえ。えぇと『今期収穫項目、赤血球、白血球、リンパ球他、状態良好』。

 ここまでしか」

「お頭!これは」

 バーネットの言ったことにブザムがお頭を振り返った。

「あぁ。奴等の目的は文字通り収穫だった。アタシらを野菜か何かとしか思っていないってことさね。今回のことで分かったのは唯一つ。アタシらはとんでもない奴らを敵に回してるってことだ」

 マグノが目を細める。未知の敵に怒りを覚えたのである。

 しかし、正体も分からない敵を相手にどうしていいか分からない。憤りもあった。

 結局、この件はこれまでにされた。

 

 そして、

「入ります」

 アイリスはブリーフィングルームに呼び出された。保安クルー同行でだ。

「お入り」

 ドアが開いてアイリスは中に入る。中にはマグノ、ブザム、ガスコーニュ、メイアと言った仕官がそろっていた。しかし、まったく動じず前に出るアイリス。しかも帯剣のままだ。銃はM4に戻し部屋に置いて来ている。

「さてと、何から話してもらおうかと思ったが、聞けば非常識なことばかりやらかしたそうじゃないか」

「えぇまぁ。それなりに」

 じっと視線を交わすマグノとアイリス。片やこの世の酸いも甘いもかみ分けた老尼僧と、いくつもの世界で価値観を学び、激戦を生き抜き、一生分を3回は生きている女戦士である。その視線の間で何を語るか。

 ブザムもメイアも、ガスコーニュも間に入る隙を見出せないのだ。そして、先に息をついたのはマグノだった。

「アンタの扱いだが、この先も捕虜と言うことになるが依存はないね。」

「まぁ、構いませんよ。元々捕虜として乗せられたわけですしね」

「……大丈夫か?男と寝所が一緒で」

 ブザムがそう言ってきた。

「別に。生活してきた世界は全部男女が一緒に暮らす世界でしたから」

『えぇっ!?』

 一様に驚きの声を上げた。

「……そっちの方が驚くんですか?」

 結局、そっちの方に話題が取られてしまい、

「では……これで失礼」

 疲れた表情でアイリスは部屋を出て行こうとする。と、

「あぁ、後、……」

 言って懐から一枚のカードを取り出す。

「前に使ってたIDカードです。身分その他が書かれてますけど、参考程度によろしく」

 投げたカードはマグノの前まで滑って止まった。

 

 その後、そのデータを見た一同が腰を抜かすほどに驚いたというのは余談である。

 

 

 

 ―To be continued

 

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 あとがき

 

 えぇ、今回の作品ははっきり言ってアイリスに視点を置いた作品に仕上げました。

 と、言うのも!ただアニメのノベライズっぽくしても食いつき、もとい!、受けが悪いと言うことです。

 一作目の希望者が多かったのに二作目からは減る一方。3作品目にいたっては2・3人!

 いかん!物書きとしていかん!と思い至り、こういう風にしました。というかこれが書きたかった書き方です。本見ながら書いてたからなぁ。

 てなわけで、次回もアイリス登場満載でお送りします「What a wonderful world」をよろしく! P!  hairanndo@hotmail.com

 

 かしこ♪