あの婆さんはずっと誰かを待っていた。

 何時からかはしらねぇよ。俺があの婆さんに目を付けて相当の年月が経ってた筈だ。

 その時、その婆さんの目の前でいつも煙を上げてたのが、こいつなのさ。

 

 VANDREAD the unlimitedSecond Stage

 

 4・Everything , Anyway

 

 

 薄暗いパイプと、薄汚れた壁の間でその老婆は座り込んでいた。

 一体何年その状態でい続けているかは解らない。誰も知らない。いや、知る者など居はしない。

 ただ、一人の男がその老婆をその路地で見つけてから、その場にただのひと時も離れずにいたのは確かだった。

 そして、老婆の目の前には一つの陶製の香炉がゆっくりと一筋の煙を上げ続けていた。

「よう、婆さん」

 その老婆を見つけた男が今日もまたやってきた。

「あんたも物好きだよなぁ。一体何年ここから動いてねぇのよ。それとも、もう足がうごかねぇとか?」

「……………………」

 男の声に老婆は答えない。ただじっと足元で煙をくゆらせる陶器を見つめるだけだ。

 男は老婆の近くに座った。

「ったく、あいかわらず無口な婆さんだぜ。で?誰を待ってんだ?こんな場所で、何年もよ?」

 老婆が始めて顔を上げた。

 もう何度も男はこの質問を繰り返していた。もはや何度問うたかも解らないが、老婆ははっきりした口調で答えた。

「全てを超えるもの。全てを超えてしまった者。全てを知る者。知ってしまった者。……白き大地、白き空。白き道に立つ天使に導かれし者を待っている」

 

 

 

『……待っている』

「は?」

 アイリスは自機の整備をしていた手を止め、振り返る。だが、自分の機体のドックしか明かりの点いていない格納庫で、その声は虚しく散る。

「……空耳?」

 とりあえず外まで出てみるものの誰もいやしない。

「??」

 

 その頃会議室では、

「長距離レーダーが捕らえた映像です。中規模のミッションですね。コード名は『デルター6』。データによれば稼動中とのことです」

 ブザム、ガスコーニュ、マグノが目前に迫っているミッションについて会議を行っていた。

「う〜ん、情報収集と食料調達にぜひってんだろ?しかし、必ずしも諸手を上げて歓迎してくれるわけじゃないからねぇ」

 マグノは少し否定的だった。それもそうだろう。以前に立ち寄ったミッションではあまりいい思いをしていない。

「敵の巣窟って可能性もあります」

 ガスコーニュも否定的だ。

「可能性ばかりを論じていても切がありません。指揮は私が取ります。ぜひ、ご許可を」

「う〜〜ん、よし解った」

「お頭!」

 マグノが賛成票を出した。

「ありがとうございます!」

「ただし……!」

 釘を刺すように行った後、

「まずは相手に話しかけてみなきゃねぇ」

 笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

 

「や〜れ、やれ。ようやっと整備終了」

 整備と改造にかまけて睡眠をあまりとっていなかったアイリス。ドックに大の字に寝転がり天井を見上げる。

「こう戦闘ばかり続くとマシンにダメージが溜まってしょうがないのよねぇ。それにつけても私や4人の機体は替えが利かないってのに」

 誰でもなしにボヤきつつアイリスは目を閉じた。

「……………………」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「って!こんなところで寝たら風邪引く……って」

 慌てて飛び起きた。以前ここで寝て悪夢を見た事は記憶に新しい。

 だが、予想外のことが起きた。

「…………は?」

 唖然とした。信じられなかった。

「ちょ、……どうして戻ってきてるのよ!?」

 彼女が見ている物。否、線だ。はるか遠く、四方をぐるりと取り囲むように走る黒い線。

 そこには木も無く、水も無く、太陽も無く、宇宙も無く、大地も無い。ただどこから来るか解らない光が自分の影を映し出し、地面であるとしか解らない場所に立っている。

 全てが「白」の世界。何も無い世界。そして彼女達が旅の最初に訪れ、旅立っていく出発点。

「どうしてよ!何だってこんな中途半端な終わり方なのよ!『天使』!いるんでしょ?出てきなさいよ!!」

 はるか彼方まで続く白の空と白の大地。ただ地平線だけが存在する。そこには必ず自称『天使』がいた。

 彼が全ての旅の始まりと終わりを決めている。今まですべてそうだった。だが、納得のいかないまま旅を終わった試しは無い。

「今すぐ私を戻しなさいよ!!一体どういうつもり!?」

 怒鳴る。そりゃそうだ。ヒビキや、ディータ、メイア、ジュラ、マグノにブザムにその他大勢。まだ戦いは終わっていない。彼らが帰り着くまで自分は一緒にいると決めた。だが、この扱いは理不尽だ。

「答えなさいよ!!ちょっと!!」

 怒鳴り声がその空間に響く。だが、返答は一切無い。

「はぁはぁ……」

 怒鳴り疲れて息を上げるアイリス。周囲を見渡す。だが誰も居ない。

「…………?」

 気づいた。何かがおかしい。

「……おかしいな。誰も戻ってきてないなんて」

 いつもここへ来ると誰かが居た。大抵は全員揃っている。しかし、今は人っ子一人居ない。

「……まさか、誰か干渉してる?」

 意識を警戒態勢に持っていく。ヒビキ達のいた場所のように物理的な物だけにではなく、霊的、魔力の類のあらゆるセンサーも総動員して気配を探る。

「…………」

 数秒か、数分か、じっと立ったままアイリスは動かない。夢や幻覚を操る魔物はわんさかと居る。下手な動きをして相手の術中にはまるのはごめんだった。

 ふと、何かの香りが鼻腔をくすぐった。

「……そこ!」

 カッと目を開き、一瞬で銃を抜くと振り向く。そこには、香炉が置いてあった。

「って、香炉?」

 見た感じ陶器製の香炉。どこにでもありそうな何の変哲も無い香炉だ。

「また、突拍子の無いものが……」

 手に取ろうと近づき手を伸ばしたその時、

『白き大地……』

「――!!」

 一瞬で身を起し、両手で銃を持つ。声の元をたどるのに一瞬、銃を向けるのに一瞬。向けた先には老婆が居た。

『白き空……』

 その目はアイリスを見ず、ただ香炉だけを見つめていた。

『白き道に居る天使に導かれし者……』

 アイリスはただじっとその老婆の動きを注視していた。もちろん、下手な動きをすれば引き金は老婆を肉塊に変えるだろう。

『……待っている』

「――!!――」

 ハッとなった。その声はさっき聞こえた空耳の声と同じだったのだ。

 そして同時に、彼女は本当に目を覚ましていた。

 

 

 ミッションに接舷する事となった。

 ミッションとの取引で、補給と休息をもらう代わりに技術提供をすると言う事だ。ただ、出た相手が禿頭のイカツイ男である事。そして、例に漏れない横柄な態度からタダで済むわけが無い事が簡単に予想できた。

 集められたのはジュラ、ガスコーニュ、ピョロ、白兵戦を期待して大量の銃器を持ち込んだバーネット、ミッション内の状況査定のためにパルフェ、そして仲介役気取りのヒビキ、護衛と称してすでに出てしまっていたディータ。本当の護衛としての意味で、アイリスとマリーが付いた。これをブザムが率いる。

「我々は先遣隊としてミッションに乗り込む。できるだけ諍いは避けるように」

 目を覚まし、先遣隊に召集されたアイリスは、ミッションの中に夢に出た老婆が居るだろう事を確信していた。もちろん、誰にも言っていない。

(あの老婆が言っていた事……、この世界に私たちの事を知っている人が居るって言うの?)

 窓から見えるミッションの姿を、アイリスはじっと見つめていた。

 

 

 

「ドッキングシークエンスに入ります」

「OK、やっとくれ」

 刺激しないよう速度を上げず、ゆっくりとミッションに近づく。

 ――ピピッ

「ドッキングポートの指定が来た。あたしらはK−2、ディータはM−5へ」

『了解』

 そんな彼女達を、ミッションの住人達は冷ややかに見つめていた。

 

 ポートから内部に通じるゲートに取り付く。全員が扉の脇に隠れるように立ち、ブザムがスイッチに手を当て、バーネットが扉の反対側に付く。アイリスも正面からライフルで狙う。

 二人がセーフティを解除するのを合図にブザムがゲートのロックを解除する。

 扉が開く、飛び込んでくる輩は居ない。バーネットが飛び込み、アイリスも続く。

 ゲートの横に隠れている敵なし。銃を正面に戻した。

「なっ!」

 バーネットは唖然とし、アイリスは「なるほど」とつぶやいた。

 ミッションの中は、完全なスラム状態だった。住民達はよそ者の登場に敵意をむき出しにし、数人は男女揃って武器を持ちこちらを威嚇している。

「それ以上近づかないで!さもないと撃つわよ!」

 バーネットも銃を構えなおし、ゲート前の階段を下りる。

 他の面々も入ってきた。

「やれやれ、なんてところだい」

「あちゃあ、こりゃ修理のしがいがありますわぁ」

 ミッションの中を歩を進める。道々には人々が腰を下ろし、住居としている事が見て取れる。誰もが招かざる客に対し警戒の目を向けている。

「こっちだ!」

 視線を上げると、無線に答えた男がこちらに対して胸を張っている。ここいら辺は縄張りだといいたげに。

 全員が男の後を付いていく。

「ヒューー!姉ちゃん色っぽいねぇ!」

「どうだい!一杯付きあわねぇか?」

「たまんねぇな。そのケツ!」

 マナーを知らない男達がブザム達に対し野次を飛ばす。特にジュラが注目されているようだ。

 ジュラもジュラで投げキッスなどやっているものだから、始末に終えない。一昔まで男を目の敵にしていた者達がこうも変わるものだろうか。

「マリー」

「はい?」

 途中でマリーにアイリスが声をかける。

「悪いけど、寄る所があるの。後よろしく」

「え、それって……、あっ」

 マリーに全て言わせずアイリスはわき道へと姿を消す。誰も気づいていない。

「もう……、アイリスさんてば」

 しょうがなく、彼女はブザム達のほうに戻った。

 

 

 

「婆さん。よそ者が来たみたいだぜ。女ばかり9人もいやがる」

 男は相変わらずその老婆の座っている場所に来ていた。彼自身何もする事が無いだけなのだが。

「もしかして、婆さんの待ってた奴がその中に居たりしてな」

 煙の上がる香炉から老婆は目を上げる。

「来る……」

「あ?」

「天使に導かれし者が、ここへ……」

 

 

 

「……………………」

 わき道から他の道へ抜けてやはり人の多い通りを歩く。見渡せばひたすらに臭って来る油の臭いに閉口しつつ、アイリスは歩く。

「よう、姉ちゃん。一人かい?」

 一人の男が道をふさいだ。

「どうよ、ちょっとだけ付き合ってくれねぇかな」

「悪いけど、用事があるの。どいてくれる?」

 自分から避けて通ろうとするアイリスの道を男はまたふさぎ、

「おいおい、つれねぇなぁ。いいじゃねぇか、それくら……」

 次の瞬間、口の中に異物が突きこまれたのを男は感じた。

「が……がが」

 それは銃だった。50口径の大きな銃身が綺麗に口内に納まっている。

 ついでとばかりにアイリスは男の襟首をつかみ、目の前に近づける。

「急いでるのよ。おとなしく引き下がるか、……それとも」

 銃のハンマーをこれ見よがしに起す。男は慌てて両手を挙げた。

「よろしい」

 男を突き放し、そのままそこを立ち去るアイリス。

「…………こえぇぇ」

 残された男だけでなく、付近で見ていた連中までもがそう漏らした。

 

 

 

「心配はなさそうだ。人間の生命反応以外、特に怪しいものは見当たらない」

 ニル・ヴァーナに残ったメイアはドゥエロと共にミッションの外周部を調べていた。

「武器システムや防衛システムはどうだ?奴らが何者なのか調べてみたい」

 メイアの提案にドゥエロも怪しい笑みを浮かべる。

「同感だ。私も興味がある」

「では、スペクトル分析を試してみるか」

「うむ」

 そんな二人を近くで見ていたパイウェイは、

「なんか近寄りがたいけど、一応チェーック」

「あんた、友達減るよ」

 同じく近くで見ていたミスティに突っ込まれた。

 

 

 

 アイリスは人気の無い場所に出てきた。だが、目的地が近いという事もまた感じていた。感じる何かに神経を集中していると、

「じゃあな、婆さん!俺はちょっくらコロシアムのほうに行ってるからよ!」

 男が一人狭い路地から出てきた。

「お?何だ、お前。見ない顔だな」

 アイリスに声をかけてきた。

「えぇ、ちょっとここいら辺に用事があってね」

「用事だ?人気のねぇこんな場所に用事なんて、アンタ怪しいぜ?」

「お互い様でしょ?その奥に居る人、誰?」

「……!? お前、婆さんに会いに来たのか?」

 驚いた表情で男が言った。

「たぶん、その人だと思うんだけど」

「ふ〜ん、アンタどっから来た?」

「あなたに言う義務は無いわ」

「それじゃあ、婆さんに会わせる義務もねぇわな」

 自問する。この男を排除して奥に居る老婆に会う?それともこのまま引き下がる?

 余計な手出しが一切できない状況で二人は睨み合った。と、

『通しておあげ……』

 奥から老婆の声が聞こえてきた。

「なっ!?」

 男が驚いて奥を振り返った。

「んだよ、ちゃんとしゃべれんじゃねぇか。無口な婆さんの癖によ」

 まるであの老婆の声を初めて聞いたといわんばかりの口調だ。

「あぁ、言ってるけど?」

「ち、じゃあ通れや。だが、俺もつき合わさせて貰うぜ」

 

 

 

 その頃、ブザム達は、“コロシアム”の真ん中でスポットライトを浴びていた。

『ウオォォォォーー!!』

 いつの間にか集まっていた住民達が歓声を上げる。

「こいつは……」

 どうやら、ハメられたようだ。周囲を金網で囲まれ、ご丁寧にフェンスの上には有刺鉄線まで張られている。

「ここの指導者は誰だ!リーダーと話がしたい!」

 ブザムはまったく動じず声を張り上げた。

「ふふふ……、随分と威勢のいいお客人じゃないか」

 女性の声が奥から聞こえてきた。全員がそちらをむくと、玉座に座る女王のように一人の女性が皆を見下ろしていた。

「あなたがここの指導者か?」

 ブザムは胸を張ったまま言った。

「そんなご大層なもんじゃないが、ここで私に逆らおうなんて奴は居ないね。そうだろ、パッチ」

「そりゃあ、もう。ここでリズねぇさんに逆らっちゃ命がありませんや」

 どうやら、禿頭の男の名前はパッチ、この女性はリズという名前のようだ。

「それで、こちらさんは?」

 自分から話しかけるのは不要と言わんばかりに、パッチに聞く。

「へぇ、それが……」

「我々はメジェールから来た!」

 パッチが言う前に自分から声を張るブザム。眉を上げ、リズが息を吐く。

「磁気嵐の向こうからのお客さんかい。礼儀を知らないはずだ」

「磁気嵐?」

 パルフェがつぶやく。

「どうやら、あちらさんはこっちの事をご存知らしい。こりゃ舐められるのも無理ないか」

 ガスコーニュもボヤいた。

「我々は多くを望んでいる訳ではない!不足している物資の補給と、しばしの休息を頂きたい。その代わり、こちらからは技術提供をさせていただく」

「ふん、別にこっちは困っちゃいない。足りないのは娯楽ぐらいなもんさ」

 ブザムの目が細まる。

「おっしゃる意味がよく解らないが?」

「欲しいもんは力ずくで奪い取る!それがここのルールさ」

「つまり、……戦えと?」

 

『ウォォォォーーー!!』

 ニル・ヴァーナで無線越しにその会話を聞いていたエズラがマグノを振り返る。

「お頭、どしましょう?」

 だが、マグノは別に焦る訳でもなく背もたれに身を寄せていった。

「ほっときな、たまにはBCにも息抜きさせてやらないとね」

「はぁ……」

 どうやら、マグノはBCにはこのくらいの問題は生き抜き程度としか見えていないことを知っているようだ。

 

「5対5でどうだい?一人でも勝てたら物資を分けてやるよ!」

「上等じゃねぇか!最初はどいつだ!」

 ミッションに来てからビビリまくり、少女にまでコケにされたヒビキだが、恐怖が興奮に転化してしまったようだ。

「宇宙人さん……」

 だが、そんなヒビキをブザムは手だけで押さえる。

「ハンデは不要だ!代表者同士のファイナルマッチはいかがかな?もちろん、あなたがお相手してくださるんだろう?」

 皮肉たっぷりに言い放った。

「! 上等じゃないか!」

 羽織っていたマントをかなぐり捨て、リズが立ち上がった。

「リズ姐さん」

「得物は何がいい!飛び道具以外なら何でもかまわないよ」

「お気遣いは無用だ」

 そういうとブザムは腰の後ろ、髪に隠れたあたりから丸められた鞭を取り出した。

「げ、アイツあんなもの持ってやがったのか?」

 それを見たヒビキが一歩引いた。

「似合いすぎて怖いピョロ……」

「BCがアレを使うのは久しぶりだからねぇ」

 パシィィィン!!

 これ見よがしに鞭で地面を打つ。

「ゴングはいつ鳴るのかな?」

「……フン」

 リズは座っていた玉座ごと、エスカレーターのようにリングへと降りていく。

「私がこの世で一番嫌いな物が何か知ってるかい?」

「伺おう」

「アンタのように、したり顔で薄笑いする奴さ!」

 腰からビームサーベルを引き抜き、ブザムに向ける。

「その言葉、そっくりお返しする」

 まるで動じずにブザムも皮肉を返した。

「クッ、その減らず口から切り刻んでやる!!」

 

 

 

 暗い路地、パイプの迷路に囲まれた場所で、アイリスはその老婆と対峙する。

 じっと目の前に置かれた香炉に目を置く老婆。

「来てあげたわよ。あなたね、私に干渉してきたのは?」

「……………………」

 老婆は何も言わない。じっと香炉を見つめるだけだ。

「おい、婆……」

 男が声を上げた。直後、

「お前さん……」

 老婆が声を上げた。

「どこから来なさった?」

「……そうね。本来はどっかの宇宙の果てからって言うのがいいんだろうけど」

 頭をかいてから、アイリスはもう一度言った。

「白い大地、白い空、白い道に立つ自称『天使』の馬鹿にこんな世界に叩き込まれたのよ。正確には、ペークシスが干渉してきたみたいだけど」

「…………フ」

 老婆が声を漏らした。

「フフ、ハハハハ……」

「…………おいおい」

 笑っている。老婆が。男が会ってから一度も感情を表に出した事の無い老婆が笑っている。

 老婆が顔を上げる。その目でアイリスを見た。

「よく来なさったな。旅人よ」

 

 

 

「外部から見ただけでも、防衛機能に欠落が目立つ」

「レーダーにもブランクが多い」

「ということは、住民達は好んでここに住んでいるとは考えにくいな」

 調べられたデータを元に二人が考えを述べる。

「ん、これは何だ?」

 メイアが指した先、どうやら破損箇所のようだ。

「比較的最近できた損傷のようだ」

「てことは、ここの人達も何かと戦ってるって事かな?」

 ミスティがそうもらした。

 メイアとドゥエロが顔を見合わせたその時、レーダーが反応した。

「ん?」

 だが、それは一瞬で消えてしまった。

 

 

 

 ブザムとリズの戦いは白熱していた。

 リズの繰り出す剣をブザムの鞭がはじき返し、リズを近づけさせない。かといって距離をとると、リズの放つ投げナイフが飛んでくる。だが、それまでも鞭で叩き落としてみせるブザム。

 元来鞭は接近戦には向かない。趣味性の強い武器だといわざるを得ないが、ブザムはそれを知り尽くしている。投げナイフを叩き落とし、懐に入り込んで来るリズを振り上げた足でけん制した。ブザム自身の体術も相当なもののようだ。

 そして、両者の間合いはまた開く。

 

「スゲェ……」

「副長さんすごーい」

 ヒビキもディータもブザムの戦いぶりにすっかり見入ってしまっている。これまで、ブリッジで指揮をこなす指揮官のイメージが強いだけに、この状況は新鮮だった。

 

「ふふふ、久しぶりに楽しませてくれるじゃないか」

「お望みなら、もう少し手加減しましょうか?」

「クッ、舐めるんじゃないよ!」

 怒り、飛び込むリズ。だが、感情を乱したせいで隙ができた。ブザムは正確にリズの足に鞭を繰り出し、絡ませた。

「なっ!?」

 そのままリズを引き倒し、自分から飛び込む。

 だが、いきなり目の前に壁がせり出してきた。

「なにっ!?」

 ゴッ!

 たまらずその壁に激突し、はじき返されるブザム。

「副長!」

「てめぇ、卑怯だぞ!」

 ヒビキとディータが声を上げる。ガスコーニュが闘技場の上に目をやるとパッチが壁のスイッチに取り付いて何かをやっていた。

「この!」

 バーネットが銃を抜いて立ち上がる。だが、他の住民達が彼女を押さえつける。

「ちょっと、離しなさいよ!」

 激突のショックで体が痺れるブザムに、

「ふん、これで終わりだよ!!」

 リズは容赦なく剣を突きこんだ。

 

 

 

 カツカツと靴音が狭い路地に響く。

 その音に気づいた男が振り返った。

「よう、坊主。元気にしてたか?」

「な、テメェ!いつの間に入り込んだ!」

 すでに二人は既知の間柄のようだ。

「いつの間に?ノックなんていらねえと思ってたが?」

 いきなりやってきた男、ラバットは男の奥に居る二人を見た。

「よう、婆さん。探し人は見つかったようだな」

「何?」

 ラバットがそれを知っている事を男は知らなかったようだ。

「しかし、……一体何をやってるんだか」

 老婆と向かい合って座っているアイリスはまったく反応しない。視線は定まらず、身動きすらしない。その手は老婆の香炉に当てられていた。

 

 

 

 ギャンッ!

 リズの突き出した剣が飛んで来た何かに弾かれる。間一髪その切っ先がブザムからそれた。

「何!?」

 剣を引き、飛来したものを見る。それは別の剣の切っ先だ。だが、切っ先だけ。そこからワイヤーが伸びいくつもの刃が繋がっているものが、彼女の剣を弾いたようだ。そして、その妙な武器の柄を持っているのは、

「少し、茶番が過ぎませんか?」

「――!?」

 マリーだ。しかも、いるのはフェンスの上。有刺鉄線の間に出ている僅かの鉄骨の上に片足で立っている。

 会場中が静まり返った。誰も反応できなかったのだ。リズが突きかかる瞬間に飛び上がり、袖口から伸びた武器を引っつかむと刃が分離、リズの切っ先を正確に弾き飛ばした。

 妙な武器でそれをやってのける事がどれほど難しい事か。

「私が代わりましょう」

 そう言うと、マリーはフェンスを越えリングに降り立つ。

「何だいアンタは!せっかくいいところだったのにさ!」

「いえ、あなたの手口がブザムさんと合わない様なので、私がお相手をしようかと」

「子供はすっこんでな!」

 言い放つと、ナイフを一本マリーに放った!しかし、ナイフは差し出したマリーの手の中に現れていた。マリーが簡単に受け止めたのだ。

「なっ!?」

「いたしかたありませんね」

 言って置きながら右手を振る。刃はマリーの意思に従い、ブザムとリズの間に叩きつけられる。リズが驚き間合いを離した。

 マリーはブザムの脇に立った。

「マリー……?」

「脇に居てください。今の衝撃で鞭は振るえないはずです」

「……すまない」

 マリーはリズに向き直った。そして、左腕を突き上げる。

「第2ラウンド!!」

 それは観客に対してのアピールだ。そのまま左手でリズを指す。

「持ちえる最高の戦術で来て下さい。全て、破って見せましょう」

 その言葉にリズがカチンと来た。

「上等じゃないか!なら、容赦しないよ!!」

 

 

 

 差し出されたのは香炉。何の変哲も無い陶製の香炉だ。だが、不用意にもそれに触れてしまったのは自分だ。そして、またこの場所にいる。

 白の世界。今度は老婆が共にいた。

「……悪趣味ね。こんな場所に呼び込まないとできない話なわけ?」

「おぬし達にしか理解できぬと判断した。全てを知ってしまった者達のみが、私の話を理解することができると」

「OK。能書きは抜きにして、アンタの言いたい事を言ってもらっても結構よ。理解する準備はできてるわ」

「……100年。そう、アレから100年が過ぎた。我々人類が地球を見限り、宇宙へと進出し始めた頃の事」

 老婆は語る。人類の歴史を。地球を飛び出し、やがて地球そのものが荒廃の一途をたどる道に焦りを感じたこと。

 地球の行い、刈り取り艦隊の建造。容赦ない植民地からの“人間”の搾取。そして、懲罰という名の陵辱。

 だが、それだけならまだいい。その話は嫌というほど記憶に新しい。

 最も私が驚いたのは、たった一人、地球側のたった一人の存在だった。

 いや、別に居ないと言えなくは無い。今までにも何度となくそういう経験はある。だが、100年のときを超えてそいつがいまだここに居るというのは信じられない話だった。大体100年も何をしていた??

「それって、事実なんでしょうね?」

「間違いない。精霊達もそやつを恐れている。おぬし達は好かれているようだが、あやつは違う。精霊を力で支配し、操っている。本当に恐ろしい奴じゃ」

「ふ〜〜ん。こりゃあ、他の皆には言わない方がいいか。どうせ最後に当たる事になるんだし……。ありがと、結構貴重な情報だったわ」

「おぬし達の旅路に精霊の守りのあらん事を」

 白い世界が、さらに白く輝き始めた。

 

 

 

 戦場は、興奮のるつぼと化していた。

 キュキィィン!!

「ちぃっ!」

 振るわれる鞭の“斬撃”をリズは慎重にはじき返す。何せ、接近しようとしてマリーの振るう鞭を打ち払うと、弾き飛ばした衝撃で鞭の軌跡がありえない方向に捻じ曲がり、横、または後ろから切っ先が襲い掛かってくるのである。

 マリーの動きはさながら舞踏のようだ。扱い難く気を抜けば自分にさえ牙を剥く武器を右手一本で華麗に繰り出している。

 強いというより、巧い。ソリチュードで見せたような常識外の力を振るうわけではなく己の“技”を使っている。

 

「……………………」

「はぁぁぁぁ……」

 ヒビキもディータも、彼女を知る者達は唖然とその光景を見つめていた。

 彼女が前線で戦っているところを見たことがない。それはブザムと共通する。だが、扱っている得物もそのキレも、ブザムとは段違いなのである。

「綺麗……」

 パルフェでさえ、そう漏らした。

 

 リズがナイフを3本投擲。2本が振られた鞭の刃で叩き落され、一本は回避される。お返しとばかりにマリーも左手にナイフを3本出し、投擲する。だが直線では襲ってこない。3本が3方向から囲むように飛ぶのである。しかし、リズはその全てに反応してみた。正面からのナイフは回避し、振り上げた剣で右を、円を描くように左のナイフを叩き落す。

「なかなか、やりますね」

 さらに3本ナイフを出し、マリーは言った。そのナイフはリズの投げるナイフとは形状が違っている。柄の部分が小さく、刃の部分がくの字に曲がった、投げるには向かなそうな形だ。だが、このナイフには正統な謂れがある。昔、唐の末期に存在した義賊に「飛刀門」という連中が居た。その連中が使用していた投げナイフがこれなのである。彼らは“飛刀”と呼ばれるナイフでどんな軌跡をも生み出し敵を殺めたと言われている。

 要するに暗殺武器に近いのである。鞭の方も元々はそうだ。相手の虚をつく攻撃方法、切っ先に重心があるので、打ち払っても柄からの巧みな操作で襲ってくる切っ先。

 彼女はこういった癖の強い武器の使用に精通していた。…………巫女なのに。

 だが、精通しているといっても彼女にとってこれは余技に過ぎない。攻撃に関する限り、彼女の十八番は暗殺武器でもなければソリチュードで見せたような力技でもない。

 今もその一部を使っていたりするのだが……、

「面白いじゃないか、アンタみたいなのが世の中にいるもんなんだね」

「お褒めいただいて光栄です」

「なら、手を変えさせてもらおうか。パッチ!」

 壁のスイッチに取り付くパッチに指示を出すリズ。

 その途端、床から壁がせり出してきた。だが、1枚ではない。そこいら中から何枚も何枚もせり出してくるのである。

 出来上がったのは壁でできた林だった。

「なるほど……、こう来ましたか」

 壁に隠れながら近づかれれば反応できない。さらにこういった状況になると鞭は壁に邪魔されて役に立たなくなる。

 タン!

 足音、瞬時に反応し腕の動きだけでナイフを投げ放つ。だが、外れて壁に突き立った。

「ふむ……」

「どこみてんのさ!!」

 声は意外にも上から来た。壁に上り、飛び降りざまに斬りかかって来た。振り下ろす一撃は回避した。だが、入り込まれすぎた。畳み掛けるようにリズは間合いを広げさせない。

「ホラホラホラ!」

「っ!!」

 3合までは回避した。だが、その時点で背中が壁にぶつかる。マリーが鞭を大きく上に振り上げた。だが、攻撃できる幅は無い。

「取った!」

 ガギィィィ!!

 だが、振られたサーベルは一本の剣によって防がれていた。

「奇襲としては面白いですけど、気を抜くとこうなりますよ」

 鞭ではなく、剣を持ったマリーが事も無げにそういった。

「な……に?」

 マリーがリズの剣を打ち払う。ビームサーベルは光を消して転がった。

 出ていた壁が収納される。

「この武器、元々は剣ですからね。分離させた物を元に戻しただけです」

 確かに、分離していた時の筋が見えている。だが、金属の剣でビームソードは防ぐ事などできはしない。だが、現実として彼女の武器は防がれ、弾き飛ばされた。

「……なるほど、何とかの一つ覚えじゃないらしいね」

 武器を弾き飛ばされたにも拘らずリズは不敵な笑みを崩さない。

「だけど……!」

 リズの右手が閃く、その手にはまだあったのかといわんばかりの投げナイフがひとつ。至近距離からマリーの顔面目掛けて投げ放った。

「――!!」

 常識はずれの反射速度でこれも回避する。だが、ナイフが頬を浅くだが切っていた。その隙にリズはちゃっかりと距離をとる。

「くっ!」

 今のでマリーにも血が上った。リズを追って足を踏み出す。だが次の瞬間、マリーの目の前に突如壁が出てきた。

 デジャヴ……、しかし!

 ザン!!ドガン!!

 起こったのは斬撃音。そして、打撃音。

 壁が出てきた瞬間、マリーは足を踏ん張って止まった。その勢いのまま体をひねり、剣で壁の中ほどを断った。さらに身を翻し右足の後ろ回し蹴りを出し、断ち切った部分をリズに向かって蹴り込んだのだ。

「なっ――」

 今度こそ、その常識外の事にリズは身動きを取れなかった。

 

 

 

「……………………」

 アイリスはゆっくりと目を覚ました。

 老婆と話した時間は短い。しかし、精神世界の時間という奴は通常の時間の流れをしていない。だから、今が老婆の香炉に触れた直後なのか、それとも数時間後なのかはわからない。

「行きなさるかね?」

 老婆が声をかけてくる。

「当然。その為に、私達はここに呼ばれたんだから」

「すべては物語通りには行かん。この傾いた天秤はそう簡単には吊り合わぬぞ?」

「相手が大きい物を持って来ればこっちもそれで対抗する。それだけの事よ」

 アイリスは立ち上がった。

「お話をどうも。それと、後の事はどうするつもり?」

 と、含んだ笑みでそう言った。

「はて……何の事かな?」

 と、こちらも何かありそうな口調。

「ま、何にしても……」

 と、言いかけたとのとたん、危険を知らせるアラームが鳴り響いた。

「ちょっと、いったい何時間経ったってのよ?」

 

 

 

 ドスン!と鈍い音を立てて土くれが落下した。同時に、静寂が訪れる。

「二度、同じ手は通じませんよ」

 呆然とするリズに対し、マリーは壁を踏み越えてその鼻先に剣を突きつけた。

 蹴りこんだ石はリズの頭上ぎりぎりを飛び超えて後方へ落下していた。蹴り上げる角度がもう少し浅かったらヤバイかった、な状況である。

「………………」

 自分に起こった状況を飲み込めたリズが何か言おうとした瞬間、

 ジュン!!

 マリーの剣が、今度は飛来したレーザーに弾かれた。

『――!!?――』

 いきなりの事に、全員がレーザーを発射した人物を探す。最初に見つけたのはもちろんリング内の二人だ。

「ふ〜ん、久々に来てみりゃ、なかなか面白いことやってやがる」

 右手で構えた銃を弄びながら銃を撃った男、ラバットはそう言った。

「ラバット!?」

 リズが名を呼び、

「お店屋さんだ!」

「あいつ!」

「んげぇぇ!」

 ディータとパルフェ、ピョロが驚き、

「…………!」

 ヒビキはじっとラバットを睨み付ける。

 ヒビキたちを見つけ、ヒビキの視線に気づいているはずのラバットだが、あえて無視して階段を降り始める。

「しかしまぁ、もうちょっと遅いほうがよかったかな?」

「!! アンタ、どっから入り込んだのさ!?」

 思い出したようにリズが声を上げた。だが、その顔は上気している。

「ウキキィィ……!」

 リズの声に横にいたウータンが威嚇の声を上げる。だが、それを制してラバットは言った。

「ここのセキュリティは隙だらけだからな。まるでオメェみてぇによ」

「クッ!何度私を怒らせたら、気が済むんだい!!」

「さぁて、数えたことねぇからなぁ」

「くぬ、ぅぅ……!」

 その様子を見て、マリーは無言で剣を引いた。ラバットの乱入で全員の意識がそっちにあるうちに、剣を自分の袖口に差し込んでいく。

 だが突き抜けるわけでなく、そのままするりと消えてしまった。

 と、けたたましいサイレンの音が二人の言い合いに水をさした。

 

 ニル・ヴァーナでも事態を把握していた。どうやら、ミッションのレーダーを過信していたようだ。

「敵です!!すでにミッションの外壁に取り付いています!」

 いきなりといえばいきなりだが、そうも言っていられない。起こった事が何事であれ、現実に対処しなければいけない。その点マグノは早かった。

「兄ちゃん、ドッキング解除!外側の敵をたたくよ!ただし、ミッションには傷をつけるんじゃないよ!」

『そんな器用な真似できませんよ〜』

 情けない声が返ってくる。だが、それ以上は無い。

 

「了解!ドレットチーム出ます!」

 通信を受けた医務室のメイアもすぐさま飛び出していく。

「わぁ、姉さまかっこいい……」

 ……今度はメイアか。

 

 キューブ型は何やら筒のようなものを持ってミッションの外壁に取り付いた。

 そして、その筒状の物をミッションの外壁に射ち込む。内部では、その筒が射ち込まれた部分が超高温で溶かされ、中から冷却の蒸気とともにジェル状の浮遊物がいくつも飛び出してきた。さらに、それは閉鎖された隔壁に取り付き、明滅すると隔壁の回路がそれに反応したではないか。

 

「げげ、同時に複数の方向からすごい数のに敵が侵入して来てます!」

 端末を見たパルフェが焦りを隠さない声で言った。

「どういう事だ!」

 ブザムがリズに問いかける。

「ち、ほうっときゃいいものを……」

 リズから帰ってきたのはそんな愚痴だった。

「こいつらは、刈り取りから逃れてきた難民なんだ。言わば、畑からあぶれたはみ出しもんの集まりさ。流れ流れてこんな吹きだまりみてぇなミッションに集まった」

 リズに代わってラバットが状況を説明した。

「奴ら、忘れたころにちょっかい掛けて来やがる。嫌がらせみたいにな」

 パッチが意見を追加した。

「ここで一番安全な場所は?」

 ガスコーニュがパッチに聞いた。その有無を言わさぬ口調にパッチも、

「えぇと、……中央のメインコントロールルームかな?」

「BC!」 

 その一言ですべてがかみ合ったと言わんばかりにブザムが口を開く。

「ガスコーニュ、パルフェは住民を誘導。ヒビキとディータは外へ出て敵の迎撃に当たれ、ピョロに道を探させよう。

 私と残りは後に残って避難の時間稼ぎだ」

『ラジャー!!』

「おっしゃぁ、やっと出番だぜぇ!」

 いきまくヒビキだが、

「でも、無事に到着できるかわからないピョロよ。ホラ」

 言いながら、モニターに現状を映し出すピョロ。

「げ、マジ??」

「よし、アイリス!」

 ブザムがアイリスを呼ぶ。だが、

「ん?アイリスはどこだ」

『あ』

 今ようやく気づいた一同。

「そういや、あいつどこいった??」

「ミッションに入って来た時はいたよね?」

 周囲を見渡してもいるわけも無い。

「あの〜〜」

 マリーが遠慮がちに手を上げた。

「何だ?」

「アイリスさんなら、用事があるとかで一人別行動を……」

『なぁにぃぃぃ!!?』

 

 

 一方そのアイリスであるが、老婆に別れを告げ、大きめの通りに出てきた。すでにサイレンが起こった直後に全員が非難したのか人っ子一人居ない状態だ。

「……さて、全員が集まってる場所といえば……メインコントロールルームかな?」

 ポケットからPDAを取り出す。ニル・ヴァーナとリンクさせ情報を引っ張り出してくる。すぐにミッションの情報とマップが転送されてきた。

「よし……、ん?」

 ふと視線の隅に何かが写った。目を上げると、なにやら正体不明の軟体生物が空中を漂っている。しかも、それはアイリスを確認すると一斉に飛び掛ってきた。

「なるほど……」

 一瞬で、それが敵だと判断。剣の鯉口を切る。

「カマイタチ!」

 抜き打ちされる剣。起動された風が真空を作り出し、ジェルを細切れに吹き飛ばす。

「今度の相手は軟体生物か。こりゃ副長たちも避難したかな?」

 その時後方のドアが開き、新たに大量のジェルがなだれ込んできた。

「……電子装置を操作した、か。のんびりもしてられないわね」

 足を踏み出す。次の瞬間、アイリス自身が疾風と化した。壁を天井を、縦横無尽に駆ける。向かう先はメインコントロールルーム。もちろん途中で出くわすジェルたちはその動きに反応できず、逆に彼女の周囲を舞っていた真空の障壁に吹き飛ばされていく。

 数分もせずにアイリスはメインコントロールルーム前の通路に到着する。この一本道の先が目的地だ。まだ、この辺へジェルは来ていない様だ。

 隔壁を開け中へ入る。隔壁を閉じ、一応警戒のために剣を握りなおし、ゆっくりとした足取りで進む。

 ピピピー!!

 だが、予想に反して聞こえてきたのは、たった今入ってきたばかりの隔壁が開く音だった。

 

 

 

「来るぞ!」

 端末を見ながらブザムが言う。ガスコーニュ達と別れた4人は足止めのために隔壁を前にして各々武器を構えていた。

 ピピー!!

 隔壁のコンソールが起動する。そして、開いたと同時にジェルがなだれ込んできた。

「クッ!」

 ジュラがリングガンを照射する。だが、レーザーはジェルの表面で反射されてしまう。

「プリズム効果か!!」

「イヤァァァァーー!!」

 絶叫を上げるジュラ。目の前に迫ったジェルに目を閉じたとき、

 ババババン!!

 轟音と共にジェルが吹き飛ばされた。バーネットが自分のライフルで撃ち抜いたのだ。

「レーザーがダメなら物理攻撃よ!ジュラはこれを使って!」

 言いながら、肩にかけていた「Steyr AUG」を手渡す。

 

 *「Steyr AUG」――正式名称Steyr AUG(Army Univerasal Gun(本当はドイツ語…でも頭文字は一緒))

   オーストリアSTEYR社の5.56mm小銃AUG。長身のバレルを持ちながらも独特のプルパップ形状により、SMGさながらのコンパクトさを実現し、合理的に成功したライフルである。

また、ポリマーマテリアルストックを全体に施し、左右対称の形状で戦場での耐久性と生産性を向上。スコープサイトを世界で初めて標準装備しセレクティブルトリガーは指一本でセミ・フルを撃ち分けると、操作性においても先進的なアサルトライフルの完成系。21世紀の軍用小銃のスタンダードを作り出す、最高傑作。ちなみにAUGは「エーユージー」ではなく「アウグ」もしくは「オウグ」と読む。装弾数30+1。

 

「もう!ベトベトしたのだいっ嫌い!!」

 自慢の髪と服を汚された事に腹を立てたか、ジュラもいつも以上に興奮しながら引き金を引く。

「やっぱ白兵戦はこうじゃなくちゃ!」

 バーネットは単に銃が気兼ねなく撃てる事が嬉しいがごとく「M−4」をジェルに向け、銃弾をばら撒く。

 

 *「M―4」――正式名称COLT M4/M4A1 CARBINE

   アメリカ軍の制式採用カービンであるM4は第二次世界大戦中に使用されたM1カービンやM2/M3カービン同様、カービン銃として採用されたライフルである。ヴェトナム戦争中から採用されていたXMシリーズなどは米軍ではSMGと呼称しており、カービンとしての制式採用はこのM44番目となるため「M4」の名称が付けられた。M4はペンタゴンの要請を受けたコルト社が特殊部隊に使われていた「M727カービン」をベースに開発したカービンで脱着式のキャリングハンドルの下にスコープを搭載するウィーバーレールを持っているのが大きな特徴である。SS109を利用した高性能ライフルであるM4は他のM16A2シリーズ同様の長射程を持ち……(中略)……、一番特徴的なのは脱着式のキャリングハンドルで、パージ後に現れるウィーバーマウントレールはあらゆる照準器をフラットに装着できる優れたシステムである。主に夜間暗視装置(ナイトビジョン)などが装備される。装弾数30+1。

 CARBINEとは騎兵銃を表す昔の名残り。

 

 ブザムも鞭を振るい、ジェルを片っ端から叩き落す。マリーも何かを放っているような手の動きをしているが、何を繰り出しているのかは見えていない。しかし彼女が腕を振るたびにジェルが細切れになって落ちていく。

 そんな様子をラバットとリズは上階の渡り廊下から見下ろしていた。

「どうよ、面白い連中だろ?」

「……………………」

 見ず知らずの自分達の為に戦う彼女達をリズは黙って見つめていた。

 

 バババ……ガチン!

「ち……弾切れか」

 バーネットがM−4を放り出した。続いて梱包されたケースから取り出したのは、機関銃「M−60」だ。

 

 *「M−60」――正式名称Saco Defense Systems (Maremont)M60GPMGGeneral Purpose Machine Gun

  M60GPMG(多目的機関銃)はベトナム戦争直前の1957年にアメリカ軍初の汎用機関銃として採用された。当時アメリカ軍保有の兵器開発工廠であったスプリングフィールドで研究を重ねた。開発者は参考モデルとして第二次世界大戦中ドイツ軍が使用した傑作マシンガンMG42FG42を選んだ。両機関銃の優れた銃身交換システム、歩兵火器としての優れた機動性、汎用性は当時の歩兵用火器の最先端を行っており歩兵の火力充実を図りたいアメリカ軍としては絶好の素材となった。使用する弾薬は7.62mmx51NATO弾でガス作動方式、銃身交換システム。給弾はベルトリンク方式となり1950年代初頭から始まった研究開発の結果T161E3の名称で新型汎用機関銃として完成された。……(中略)……M60はドイツのMG42FG42をベースに開発されたが、これら優秀な機関銃の持つ優れた給弾システムや銃身交換システムを完璧に受け継ぐことができなかった。大きな欠点としてはMG42を模倣したはずの銃身交換システムがあげられる。M60は交換式の銃身にバイポッド(2脚架)が付随しており戦闘中の銃身交換には多くの時間と手間を要した。脱着される銃身側に冷却用のバレルカバーのないM60は交換の際に焼けた銃身に直に触れなければならないため交換にはアスベストグローブが必要であった。予備の銃身にも当然引き抜かれた銃身と共に失われるバイポッドが装備されているため予備銃身の重量は重く兵士にとっては大きな負担となった。またこれら複雑な銃身及びバイポッドはコスト面から考えても負担になり改良が望まれた。給弾方式はガスオペレーテッドベルトリンクでドイツのMGシリーズのようなドラムマガジンは装備されていない。そのため通常の歩兵小隊では射手をサポートする給弾手も必要であった。装弾数約100+1発。

 

 ジャガッとM―60に銃弾を装填し、銃を体に巻きつける。

「フフフ……見てなさいよ」

「これ、借りるぞ」

 言いながらブザムがバーネットの脇に置かれていたショットガン「SPAS12」を手に取った。

 

 *「SPAS12」――正式名称FRANCHI SPAS 12SPECIAL PURPOSE AUTOMATIC SHOTGUN

  フランキ社のスパスはイタリア軍の要求によって1979年に開発された。SPASとはスペシャル・パーパス・オートマチック・ショットガンの略である。ショットガンとしてのデザインを逸脱する近未来的なデザインは、ヨーロッパで最も成功したオートマチックショットガンとして記憶される。スパスはセミオートマチックとポンプアクションを選択できるショットガンで狭い室内でも使用できる用にフォールディングストックを装備している。イタリア警察をはじめヨーロッパの特殊部隊で愛用されているSPASは多くのバリエーションを持ち催涙弾などの発射機能も持っている。はじめからコンバットショットガンとして開発されたことからも信頼性と多用途性を持ち合わせていることがわかる。装弾数7+1発。

 ちなみに「SPAS12」の12とは、ショットシェル中最も普及した12番ゲージを指す。女性が気軽に撃つようなシロモノではないのだが。

 

「あ、副長それ操作が……」

 ドン……ドンドンドン!!

 バーネットが言い終わる前に一発。そして連続して数発をジェルに叩き込む!

 慣れた手つきで次弾を装填してバーネットを振り返り一言、

「ん?何か言ったか?」

「……いえ、何も。」

 ブザムはマグノ海賊団中もっとも謎の多い人物であるが、20世紀の銃の知識まであるとは驚きの事実だった。

 その時、後方の扉が開きあらたなジェルが流れ込んでくる。

「……副長!」

「ち、挟み撃ちか!」

 ブザムがショットガンを向けた直後、横合いからいきなり火炎放射が噴出しジェルを焼き払った。

『――!?――』

「客人ばかりにいい格好させられないからねぇ」

 燃料タンクを背負って出てきたのはリズだった。そして、またジェルに火炎放射器を向ける。

「ったく、世渡り下手の品評会だな……」

 ラバットは渡り廊下で一人ため息をつく。と、ラバットの後ろからもジェルが一匹接近してきた。ウータンがソレに気づき声を上げる。

「やれやれ……」

 それを見向きもせず銃だけ後ろに向け粉砕する。どうやら、ラバットの銃は実弾とレーザーの両方を発射できる特殊な物のようである。

「のんびり見物と言うわけにもいかねぇか!」

 自嘲気味にそういうと、自ら戦場へと飛び込んでいった。

 

 

 

「くそっ、いったいいつまで登ればいいんだよ?」

 何度目かわからないぼやきをヒビキは漏らした。

 ヒビキとディータはミッションを貫くはしごを延々と登り続けていた。それもこれもアイリスが勝手に単独行動に走った結果だ。アイリスが居たなら今頃はメインセキュリティを強化し、ジェルを締め出した上で機体の所へ行くはずだったのだ。

「文句をいうなピョロ。アイリスの手が無い以上これが一番の近道なんだピョロ」

 自分は浮遊ユニットで浮いているだけのピョロがヒビキの横まで降りてきて言った。

「わーってるよ!うるせぇな!」

 ムカついたヒビキが勢いをつけて梯子を蹴る。と、先に上っていたディータの尻にもろに突っ込んでしまった。

「いやぁぁぁん!」

 だが、そんなラッキーをラッキーとも思えないヒビキは、

「女の尻ってやわらけぇんだな……」

 そうつぶやいた。

 そんなこんなで数分後、ようやくハッチにたどり着く。ピョロが先に立って隔壁を開ける。

「ここを開ければ……」

 隔壁を開ける。目に飛び込んできたのは通路いっぱいに充満するジェルの群れだった。

「でえぇぇぇぇたぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 

 ミッションの外でも戦いが始まっていた。

「バート!どうだ!!」

『ダメだ、ドレッドはかわせても衛星都市が巻き添えになる!もっと引き離してくれ!!』

 ミッションの近くでドンパチをすれば少なからずミッションに被害が及ぶ。ならば引き離してからニル・ヴァーナの主砲で一網打尽にしたほうが早い。しかし、だからと言って簡単な話ではない。しかも今回は部隊を指揮できる者がほとんどで払ってしまっている。よって全部隊の指揮をメイア一人が執らねばならなかった。

「ふっ……簡単に言ってくれる」

 だが、そんな苦境さえも楽しんでいるようにメイアは不敵な笑みを浮かべると、敵弾の舞う中へ機体を反転させていった。

 

 

 

 バババ……ガチン!

「もう、コイツら何匹居るのよ!」

 弾の無くなったAUGを放り出し、ジュラは新たに「MP5」を構える。

 

 *「MP5」――正式名称HECKLER & KOCH MP5

  MP5SMGは、ドイツ南部のオーベルンドルフにあるHK社で誕生した。ローラーロッキングシステムを採用しピストル弾を使用するSMGとしては異例の命中精度の高さを実現している。ヘッケラー&コッホ社はプロトタイプモデルであるMP54を開発。当時の西ドイツ軍トライアルに提出した。しかしこの時はイスラエルの製作したUZIサブマシンガンがMP2として採用された。この背景にはドイツとイスラエルの政治的な背景があるとされている。H&K社ではその後改良を重ねMP54MP5の名称で販売することになった。当初は固定型のショルダーストックを装備したMP5と金属製テレスコピックストックを装備したMP5A1が生産された。その後外装デザインに一部改良を加えた固定ストックのMP5A2と可変ストックのMP5A31970年に発表。1975年にはサイレンサーを装備したMP5SDシリーズが生産される。マガジンは当初ストレートタイプの物を使用していたが送弾をスムーズにするため1977年にバナナタイプの物に更新された。この頃には既に発生したルフトハンザ航空ハイジャック事件やイラン大使館占拠事件などでMP5が登場し特殊部隊員から好評価を受けたためMP5は瞬く間にそのシェアを伸ばしていった。装弾数30+1発。

 

「この数はさすがにきついわね」

 バーネットは弾の無くなった――というか持ってこれる弾は少ないM60を手放すと、「キャリコピストル」「MAC11」を二丁拳銃で持っていた。

 

 *「キャリコピストル」――正式名称キャリコM100

  オーストラリアキャリコ社が開発した突撃銃。最大の特徴はヘリカルマガジンと呼ばれるユニーク弾倉で、通常の銃だと弾倉がトリガー前部や内部にあるのに対し、 M100の弾倉は銃後方――他の銃で云うストック部――にある。弾倉の中は螺旋状に銃弾がストックされており、 コンパクトかつ射撃時にはこの螺旋を使って次々と弾を装弾してゆく。装弾数100+1発。

 「殺傷力無し」「隠れない」「扱いにくい」の3拍子で流行らなかったと言う噂。

 

 *「MAC11」――正式名称INGRAM MAC11

  ゴードンイングラムの開発による傑作SMGイングラムM10。その小型モデルとして開発されたのが380ACPを使用するイングラムM11A1である。イングラムはUZIを簡素化したもので、設計思想はほぼ受け継いでいる。最初に開発されたのは45ACPモデルのM10であったが後に9mm380モデルが開発された。またSIONICS社と提携して開発したサイレンサーでも成功し、1969年にこのイングラムSMGが登場すると同時に、ヴェトナムで活躍する米陸軍特殊部隊やSEALに採用され活躍した。ところがイングラムは会社運には恵まれず、生産したMACRPB社はいずれも倒産。現在はSWD社に生産権が委譲されている。32+1発。

 

 白兵戦を楽しんでいたバーネットだったが、さすがに数が増えてきたジェル相手にそんな余裕はなくなってきていた。

 ジリジリと下がらざるをえず、彼女達はドンドンメインコントロールルームへ近づいていた。

「こっちもダメだ!」

 横の通路から迫ってくるジェルをリズが焼き払う。だが、あまりに大量のジェルだったため、焼き漏らした一部がリズに迫ってくる!

「なにっ!?」

 その時、後ろから妙な球体が一個投げ込まれる。リズの目の前で一瞬にして分解、編み込まれ、一枚の壁として通路全体を覆いつくした。

「これは!?」

「大丈夫ですか?」

 振り返るとマリーが同じ球体を目の前の隔壁に投げ込んでいた。同じようにジェルが一瞬で形成された壁に動きを封じられた。

 マリーは、手首に指を這わせると、巻かれていたリールから糸を手繰りだす。少し出しただけで糸は自然とマリーの手に流れ出て行った。しかも、途切れることなく伸びる伸びる……。

 これが、マリーの能力。ミクロン単位の糸を自在に操って敵を倒すのである。しかも、ミクロン単位の糸のために数万メートルがリールの中に格納され、はっきりした全長がどのくらいなのかは本人さえ知らない。その糸を魔力を這わせ、自在に形を変える事もできるのである。たとえば先ほどの剣のように糸を凝縮させて操る事もまた可能なのだ。

「応急処置にしかなりませんが、足止めはできます。後で掃討する手間が増えますが」

 と、上方の通風孔を貫いて新たなジェルが乱入してきた。

「あまり、期待はできそうにないな……。よし、ジュラ、バーネット、マリー、下がるぞ!」

 メインコントロールまで一本道が一つ。そこまで下がってきた時、

「どう?片付きそう?」

 聞きなれた声が響いた。

「アイリス!?貴様今までどこ……を?」

 ブザムが振り返り、二の句が継げなくなる。そこに鎮座していたのはアイリスだけではなかったからだ。

 どっしりした台座と支柱に設置された分厚い銃身、その周辺には機器類が接続され、パルフェとガスコーニュが装弾を行っていた。

「ガスコーニュ!住民達は」

「あぁ、ここに来たときにちょうどアイリスに出くわしてね。先に奥に避難させたよ」

「すでに他の入り口は封鎖して、ここしか入り口はない状態よ。このセントリーと私でどれだけ持たせられるかね」

 センサー制御された可動型のマシンガンは、あらゆる局地戦で使用される。ある一定のラインを超える、赤外線に写ったもの全て等、用途さまざまに使われる電子制御マシンガンである。アイリスはガスコーニュと合流した後、リュックからありえない量のパーツを取り出し、2台を組み上げたのだ。そして、今装弾まで終了した。

 バババ……ガチン!

「チ、在庫切れだ!」

 今度は自前の「Cz−75」を出し、何匹かを叩き落す。

 

 *「Cz−75」――正式名称CZE Cz75

  「FN ハイパワー」をベースに、1975年にチェコスロバキアの国営銃器工場が開発した9mm自動拳銃。 命中精度の高さもさる事ながら、人間工学を考慮したグリップは『まるで手に吸い付くよう』と評され世界有数の名銃と謳われた。欠点としてはスライド前部が薄く、落としただけで歪むと云われるほど耐久性が低かった。 そこでスライドを改良したモデル(いわゆる後期モデル)を開発したが、折り悪く国の民主化と共に国営銃器工場も民営化される事(現在のCz社)となり、 そうなるとこれまで採算を度外視して高級部品で製造していたCz75も採算を採れるような作りにならざるを得なくなった。 その結果、後期モデルは鉄の材質を落とした物が使われる事となり、評価は初期モデルと比べて一段劣っている。 それ故、前期モデルはプレミア品として、コレクターの間で異常な高値で取り引きされている。また日本では『ガンスミス・キャッツ』と云う漫画で本銃がベタ誉めされ、その影響で多数のCz75フリーク(ただし初期型限定)を生み出した。

 

「バーネット、他の皆も下がって!セントリーを起動させるわ」

 慌てて全員がセントリーガンより後ろに移る。アイリスはセントリーを起動し、自らもM−4に「MASTERKYE」を組み込んだ物を持ち上げた。

 

 *「MASTERKYE」――正式名称MASTERKYE SYSTEM

  相手を殺傷する目的よりもドアなどの錠前を粉砕するために用いられる事の多いショットガン。M−4の銃身の下にマウントして用いる。

  MASTERKYとは、どんな錠前も吹き飛ばすという「万能鍵」を皮肉った意。

 

 間が数秒か数十秒か。通路の向こうから雪崩と見間違えんばかりのジェルが流れ込んでくる!

 セントリーが標的を確認。一斉掃射を始める。だが、あまりの数の多さに押し負けている。アイリスがMASTERKYEを撃つ。ショットシェルに刻まれた術式が起動し、真空が渦を巻いて通路を蹂躙し貫く。だが、全てをなぎ払っても後からまた雪崩のように押し寄せてきた。

「ちぃ、きりが無いわね。マリー!」

「はい、アイリスさん!」

 マリーが動く。引っ張り出した糸を一瞬にしてロープ状にし、ブザム達を巻き上げた。

「ちょ……!」

「何をする!?」

「失礼します!!」

 アームのように全員を持ち上げると、そのまま奥のメインコントロールルームへと押し込んだ。

「ちょっとぉぉ!!」

 中へと押し込んだロープを解き、外からコンソールを叩き割る。そして、隔壁が閉じられた。

「何考えてんのよアンタ達ぃぃ!!」

 飛び起きたバーネットが隔壁に飛びついた。だが、返事は返ってこない。

 数秒後、轟音が鳴り響いた。

 

 

 敵をひきつけながらメイアはミッションから離れる。

「バート!!」

 さすがに接近しすぎたため、数発食らっていたメイアが叫ぶ!

 ニル・ヴァーナ内のバートの視線に写る敵全てにマーカーが表示された。

「よし!いけぇぇぇ!!」

 次の瞬間、ニル・ヴァーナの上下左右に設置された無数のレーザーポッドから一斉にレーザーが照射される。

 ミッションを避け、ドレッドを避け、敵のみを正確に貫き通す。

「ミッション周囲の敵の全滅を確認!ミッションへの損害は軽微!」

「ミッション外部に動体反応!ディータ機とヴァンガードです」

 

 

 

「よっしゃぁぁ!いっちょやったるかぁ!!」

 勢いよく2機が接近し、光とともに巨大なヴァンドレッド・ディータが現れる。しかし、いつもとは様子が違っていた。

「な、何だ?」

 近くを通り過ぎたメイアもその違いに気づいた。

『……………………』

 中の二人もヴァンドレッドの変化に戸惑っていた。

「何だコリャ……」

「光ってるよ?」

 そう、ペークシスがむき出しになった部分が発光しているのである。原因は不明。だが、そんな不思議もお構いなしに騒ぐ奴が。

「ピョォォォーーー!!初めて乗ったピョローーー!!エッチくさいコックピットだピョローー!!

 …………エロスの香りすら……」

「じゃかましぃ!!」

 騒ぎまくるピョロをヒビキが怒鳴りつけ、

『何遊んでるんだい!BC達が危ないんだよ!!』

 マグノが怒鳴りつけた。

 

 

 

 ドゴォォォォン!!

 豪快な音を立てて通路が爆砕した。

『お待たせしましたぁ!』

 通路を爆砕した本人が同時に姿を現す。隔壁が爆砕されても緊急用のペークシスフィールドが張られたらしい。だが、中にいた人々にとっては待ち望んだ救援にはならなかった。

『―――!!!―――』

「蒼きカチナ……」

「アイリス!!マリー!!」

「あ……ああ……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 今度こそ絶望的。隔壁が閉じてから数秒しか経っていない。脱出できた確率は完璧に今度こそゼロ。

「馬鹿者!!なんて事をした!!」

 ブザムが珍しく大見得を切るヴァンドレッド・ディータに大声を張り上げた。

 と、

『ガーガー……わなくても……んでや……しないわよ』

 パルフェの持っていた端末からノイズの強い通信が聞こえてきた。

「なっ!?」

 慌ててパルフェが通信機を取り上げる。

「アイ……リス、アイリスなのか!?」

 

 

 

「通路を爆砕するとは思わなかったけど、こっちに飛び込んでて正解だったわね。いざ通信開いたらそっちはやかましいし……」

 なにやら向こうから歓声が聞こえてくる。

『そっ……、……無事な……か!?』

 やっぱりノイズがひどい。ま、この状況ならしょうがない。

「無事とは言いがたいですよ。何せ、見える景色全部ジェルですから」

 と、アイリスはマリーの形成する結界内でため息をつく。そう、今現在彼女達の置かれている状況は最底辺に最悪だった。殺到したジェル達が厚みを増しながらマリーの結界を覆いつくし、段々と圧迫してきている。

「アイリスさん、……あまり長い事このままじゃいられませんよ?」

 結界に意識を集中させながらマリーは冷や汗をかいていた。

「後どれくらいもちそう?」

「つぅ……、言って欲しいんですか?」

 みしっ、と結界に音が響いた。

「仕方ない。んじゃ、最終手段行きますか」

 言って持っていた剣を床に突き立てる。

「炎よ燃えよ……」

 手を添え、ゆっくりとアイリスは語りかける。

「水よ流れよ……」

 ルビーが輝き、赤い光が剣の周囲に満ち、青のサファイアが続く。

「風よ舞え……」

 エメラルド。柄尻に埋め込まれた5つの宝石が呼応するように光を発する。

「大地よ脈打て……」

 トパーズ。4色の宝石が輝きを放ち、結界内が光の乱舞に埋め尽くされた。

「四方を持って呼び覚ませ、其は光の化身なり!!」

 真紅の刀身から光が漏れてくる。刀身の中に封じられていたものが漏れ出すように徐々に光量を増してくる。同時に中心ののダイヤモンドも光を放ち始める。

「全てを其の内に内包せよ。……光鱗剣(こうりんけん)!」

 その瞬間、光が爆発した。結界をぶち破り、ジェル達を飲み込み、それだけではとまらずミッション内のありとあらゆる場所を光に取り込み始めた。

 

「何だ!!?」

 外にいたメイアも目を疑った。ミッションの一部からまばゆい光が漏れたと思ったら加速度的にミッション全体に広がってゆく。

 カッ!!

「うっ……!」

 一瞬。光が宇宙全体を飲み込むように発せられ、後は何事も無かったかのように静寂が訪れる。

「アイリスか。強引な真似を……」

 

「以上、おしまい」

「身も蓋も無い威力ですね……」

 何事も無かったかのようにアイリスは剣を引き抜き、チンと鞘に戻した。結界は消え、ジェルは欠片も残さず消え去っていた。

 

 

 

 数時間後、リズとラバットはミッション内に設置されたパブにいた。

「アンタが肩入れするのがわかる気がするよ」

 言いながらリズはグラスに酒を注ぎ、ミッションの修理をするニル・ヴァーナのクルーを眺めているラバットの元に運ぶ。

「あいつ等みたいなお人好しで変わり者の多い連中も珍しい」

「…………」

 少しシリアスな展開だが、一歩パブの外に出ると別の意味で戦場だった。

「ム、キキキーーー!!」

「こら、暴れるんじゃねえよ!!」

「頼むから、今だけはおとなしくしてくれ!」

 仲間でもあり親代わりであるラバットを取られまいとウータンが暴れていたのである。それを押さえつけていたのはヒビキとパッチだった。二人に気を使ってのことだが、ひっかかれ、蹴りつけられるのはいい迷惑でもあった。だが、それを横目にディータは二人の様子をじっと見守っていた。

「37回……」

 リズがいきなり口を開く。

「何だ?」

「アンタが私をヤキモキさせた回数さ」

 グラスを持ち上げ、感慨深そうにラバットも口を開く。

「そんなになるか。気がつきゃ長い付き合いだな」

 見詰め合う二人。徐々にその距離が近づき、

「ムキーーー!!」

 いいところで邪魔が入った。ウータンがヒビキ達を振り切り、せっかくピョロが身体を提供(ヲイ)した甲斐も虚しく、ウータンはラバットにしがみつきリズを威嚇する。

 しばしあっけに取られる二人であるが、

「判った!判ったよ、ウータン」

 ラバットは観念したようにそう言った。

「ふっ。またこの次ね」

「あぁ……、この次だ」

 笑みを浮かべるリズに、同じく笑みを浮かべるラバット。

 そんな様子を外から見ていたディータ。

「ふ〜ん、覗き趣味はあるんだ」

 いつの間に入ってきたのかミスティが後ろに来ていた。

「へっ!?」

「よく見ときなさいよ。あれが大人の恋ってやつなんだから」

「大人の……恋?」

 男女間の恋愛はわからなくとも、その場の雰囲気はわかるらしい。

「ったく……なんだってんだよ」

 一人ぼやくヒビキ。

「くぅぅぅ、切ねぇ、切ねぇですよ。姐さん!」

 パッチも一人むせび泣きである。

 

 

 

 一方その頃、

「ジュラ!もっとちゃんと探してよ!」

 バーネットは残骸を掻き分けながら、自分のコレクションの銃を回収して回っていた。

「もういいじゃない。どれも役割を全うしてきっと本望よ」

「何言うのよ!あのキャリコピストル一つとっても、今じゃ手に入らない超貴重なヴィンテージ物なのよ!」

 要するにコレクションが減るのがいやらしい。

 つき合わされていたアイリスが一言、

「私の銃分けてあげようか?」

「それじゃ、意味無いのよ!!」

 量より質らしい。

「もう、絶対に諦めないんだから!!」

 ミッション内にバーネットの雄叫びが響き渡った。

 

 

 

 重ねるように一方その頃、あの青年も急ぎ足である場所に向かっていた。

「おい、婆さん!無事か?」

 狭い路地を抜け、数年来の付き合いの老婆の下へ向かっていた。

「婆さん!」

 老婆のいる通路の先に到着する。

「……婆さん?」

 だが、探し人はいなかった。いつも変わらぬままそこにいる姿が無くなっていた。

「おい、冗談だろ……」

 呆然と足を踏み出す。

 カシャン。

 何かが足に触れる。目をやると老婆の前でいつも煙を上げていた香炉がポツンと置かれている。煙は止まっていた。

「……………………」

 恐る恐るその香炉に手を伸ばす。指先でコツコツと叩いてみる。だがただの香炉でしかない。

「…………婆さん、忘れ物していきやがったな」

 何かを悟ったようにそう漏らし、香炉を持ち上げる。

「チキショウが、別れの挨拶ぐらいさせやがれ」

 歯を食いしばり、青年は涙をこらえる。

 流れた一滴の涙が香炉にポツリと落ちる。

 

 

 −To be continued

 

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 あとがき

 

 はい、4話目です。

 何かキザっぽくて申し訳ありません。そしていつも以上に容量でかくて申し訳ありません。

 だぁぁぁぁぁぁあぁ!!終わった。(待

 フラッシュメモリ紛失の憂き目に会い一度は投げかけた作品ですが、なんとか復帰、完成させることができました。

 これもひとえに俺の細かいバックアップ取りの賜物!!!(とっす)

 ……まぁ、それは置いといて。

 

 本編。何故か*印の後に空白があります。何故かは判りますか?判りますよね。流れ的に。

 どうしてもわからない人、白い部分を範囲選択しろ!(とっす)

 では、次回を待て。( ̄¬ ̄)

 

 情報元

 http://www.special-warfare.net/

 2004/11/15

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