魔法少女リリカルなのは Lastremote Stage.8 誰が為に鐘は鳴る(前編)

 時空管理局本局、鳥の脚と呼ばれる中央塔の手前300メートル付近。

傀儡兵、キマイラたちの姿が確認され数十分の時間が過ぎ、真っ黒な獣の群

れはさらに勢いを増して、怒涛のように、津波のように管理局本局へと押し寄

せてきていた。

 キマイラのほとんどは幻影。けれど10匹いればそのうち2匹は本物で、本

物のキマイラはAランク魔道士すら凌駕する力を秘めている。

 今までにないタイプの幻影なのだろう。本局データベースでも本体と幻影の

違い、解析作業は難航しているようで、結局現地の魔道士たちは勘と経験、運

を頼りに戦うことしかできないでいた。

「スバル、ブーストスフィア出すよ。タイミング合わせて!」

「了解。行くよセイン」

 スバルの拳に装着されたデバイス、リボルバーナックルから撃ちだされた衝

撃波は六角形の魔力スフィアを通り巨大化、火力と速度を上げてキマイラを吹

き飛ばす。

「隙が出来た、そこっ」

 強化されたリボルバーシュートの直撃を受け体勢を崩したキマイラに追いつ

くと、ディードは自身の持つIS・ツインブレイズをキマイラに突き刺し十字を

切る。

 ざしゅっと鋭い音が響いて、切り口から黒い炎があがっていく。

 ディードのISに相手を燃やすような力はないのだから、燃えているのは傀儡

兵、キマイラの性質が原因なのだろう。

 キマイラの体が消し炭のように崩れ、次元の海へと溶けていく

「ふぅ、連携すればなんとかって感じかな」

「うん。そんなに打たれ強くはないみたいだから、幻影と本物の区別さえつけ

ることができれば行けるね。そういえば、向こうは大丈夫かな」

Spiderbind

現れた蜘蛛の巣に絡めとられていく。

ぱんっ。

 塔の窓から発射された銃弾がキマイラの心臓部を正確に射抜く。

 本局中央塔に目を向けると、スナイパーライフルを構えた男性の姿が目に入

る。その姿には見覚えがあった。機動六課にいたころの顔なじみ。

「さっすがヴァイス陸曹。あんなに離れたところから当てるなんて」

「ヴァイス、JS事件のときに私を不意打ちした卑怯者ですね。あの時は、い

え事件のあと一ヶ月ぐらいずっとむかついていましたが、いまは……ごめんや

っぱむかつくわ」

「ま、まあまあ。今は味方なわけなんだから」

 怒りをあらわにするディードをなだめながら、スバルは前方への警戒を強め

ていく。幻影の住人、キマイラの姿を模った傀儡兵の数はさらに数を増やし、

いまでは次元の海を覆いつくすほどに数が増してしまっている。

 スバルたち3人だけではその物量を前に10秒も持たなかっただろうが、こ

こは時空管理局本局、魔導師たちの総本山なのだ。キマイラたちが姿を表して

すでに40分以上の時間が経過し、本局周辺の空域には二百を超える魔導師た

ちが集まってきている。いや、スバルから見える範囲だけでそれだけの人数が

いるのだから、全体で見たらその倍くらいの人数がいるのかもしれない。だが

それだけ人数の魔導師たちが集まっても、キマイラの殲滅までには至らない。

次から次に新手が来るせいで、魔導師たちは終わりの見えないマラソンバトル

を強いられ続けていた。

 Sランク魔導師をおびき出すことで管理局の戦力を半減させ、傀儡兵という

伏兵によって管理局本局を一気に鎮圧する。おそらくそれがスカリエティの策

なのだろう。本局護衛のSランク魔導師たちが前線で抑えられている以上、キ

マイラを一撃で叩けるような強力な魔導師は本局には残っていない。

「それにしても、さすがにきつくなってきたんだけど。これっていつまで続く

のかな……」

「わ、わかんないけどこの状態があと一時間も続いたら、さすがにこの人数で

もやばいんじゃないかな」

 スバルもセインも限界が近い。40分以上も休みなく戦い続けているのだか

ら無理もないこととはいえ、接近する傀儡兵の数は一向に減る気配を見せない

でいた。

「チンク姉様もなのはさんに指示を仰ぎに行ったきりですし、かなりまずい状

況ですね。パメラ様、術者の潜んでいる座標、まだ掴めませんか?」

「ごめんなさいシスター・ディード。もう少し粘っていてください。どうにも

魔力の波長が掴みづらくて。もう少し時間が……と、座標S0783に高魔力体? 

ディード気をつけて、真上に何かいます!!」

「上っ!?」

 スバル、セイン、ディード。その場にいた三人が同時に上空を見上げると、

砲撃を放っていた魔導師部隊の一人が突然爆炎に包まれる。

 異変に気づいた砲撃隊の他の魔導師が身構えようとして、全員がほぼ同時に

吹き飛ばされる。その中心にはネービーのジャケットを着込んだ青年、いや守

護獣の姿。

「なんだ。歯ごたえがないなこいつら」

 銀色の長い棒を右手でくるくる回転させると、守護獣は長棒を構えなおす。

「スバル、あれって……」

「うん、間違いない。ブラッド、あの火災事件のときの守護獣だよ」

「ん、あのときの戦闘機人どもか。名前は……そう言えば聞いてなかったな。

まあいい、ここで会ったのも何かの縁。少し遊んでいくか」

 長棒を構えると、ブラッドはそのまま急降下。

「早いっ」

protection

 拳がぶつかる瞬間、コンマ数秒早くマッハキャリバーが障壁を張りめぐらせ、

初撃を防ぐ。

「邪魔だな。そのバリア」

 ブラッドは手にしていた銀色の長い棒を真上に振り上げて、障壁目掛けそれ

を叩きつけてくる。

「……っ!」

 障壁はガラスのように容易く砕け、ブラッドは無防備になったスバルへ向け

てもう一度長棒を振り下ろす。

「スバルっ!」

「お前も邪魔だ」

 飛び掛ってきた緋い刀剣を受け止めると、カウンターの要領で炎熱の魔法を

放ち、ブラッドはディードを吹き飛ばす。

「こんのっ」

 ブラッドがディードを吹き飛ばすまでにかかった時間は、秒数に直せばわず

か一秒にも満たなかったかもしれない。だがその一秒の間にスバルは体勢を整

えなおし、ブラッドへと殴りかかっていた。

「ち、こいつはやばいな」

振動エネルギーをリボルバーナックルに送り、螺旋へとエネルギーを昇華さ

せる必殺の『破壊拳』。振動破砕を発展させたその力を目の当たりにし、危険と

判断したのだろう。ブラッドは上空へと上昇してスバルたちから距離をとる。

「ふう、さすがに戦闘慣れしてやがるな。実力では勝ってると思うんだが」

「ブラッド、あなたなにが狙いなの。なんでスカリエティに協力なんか!」

「協力? 勘違いするな。俺は主以外の人間の命を聞くつもりはない。今回の

ことも、あくまで主の命に従っているだけだ」

「主の命令? まさかあなたの主って、セリムって人じゃ……」

「ん、知っているのか? 魔導師セリム・F・ヴェンデッタ。それが我が主の名

だ。お前のような一管理局職員にまで知られているとはさすがは我が主、顔が

広い」

「セリム。なのはさんたちのデバイスを欲しがっているって人って聞いたけど、

なんでそんな人がこんなことを!」

「それをお前に言う必要があるか?」

 腕より放つ赤き炎。スバルを焼き尽くそうと伸びてきたそれをセインは障壁

で受け流し、スバルの前へと踏み出していく。

「あ、ありがとセイン」

「お礼なんてあとあと。こいつ相手に余所見なんてしてたらやばいって」

「セイン姉さまたちと何やら因縁がおありのようですが、」

 ISツインブレイド。双剣を構え、ディードは地をかけていく。

「横槍を入れさせてもらいます」

 ガッ、ギィィィン

 紅の色をした剣と長棒とが正面からぶつかり合い、火花が飛び散っていく。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 長棒の下に手を入れると、掬い上げるようにしてディードは長棒を弾き飛ば

す。 

「リボルバーキャノン!」

 スバルが射撃魔法で追撃を加え、ディードが双剣を振り下ろす。

「ふん、調子に乗るな!」

 斬りかかるより先、ディードの身体が炎の渦に包まれていく。

「ディ、ディード! セイン、防御障壁を」

「もう張ってるよ!! でもこいつ、魔力が高くて」

「こっ……のっ!」

 全身を焼かれながらディードは剣を振るう。疾風の刃。音速の太刀筋。

だが他を圧倒するディード持ち前の素早さも、全身に火傷を負った今の状態

では満足に発揮することはできず、

「遅ぇっ」

双剣を叩き折られ、ディードはウイングロードによって作られた地面へと墜

落してしまう。

「ふぅ、やっぱ素手のほうがやりやすいな。棒を振り回すってのは回りくどく

て駄目だ」

「こ……の、よくもディードを」

「ん、キレたか戦闘機人。いいぜ、正面からぶっ潰してやるからこいよ。その

辺に転がってるやつらの仲間入りさせてやろうじゃねえか。そのディードって

奴みたいにな」

「ふ、ふざけるなっ」

 ウイングロードで作られた地面を蹴り上げると、セインはそのまま上空に浮

かぶブラッド目掛けて砲撃魔法を連射する。

「お前の勝手で、お前の都合で、簡単に人を傷つけて、人の命を奪って、ディ

ードまで……よくも、よくもっ」

 血の繋がった家族、両親を持ったことのないセインにとって、ナンバーズ、

姉妹たちは誰よりも大切な存在であった。その大切な姉妹を、ディードを、目

の前のブラッドという男は無慈悲に傷つけた。家族を、傷つけた。

 その行動はセインの感情を爆発させるには、起爆剤としては十分すぎるほど

の火薬量。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

「こいつ……」

 実のところを言えば、ブラッドに物理的なダメージはほとんどないだろう。

セインの放つ魔法ではブラッドの身に纏う障壁に傷をつけるのがやっと。にも

関わらず、ブラッドの動きは停止していた。おそらく始めて向けられたであろ

う生の感情、むき出しの怒り。激情というはっきりとした怒りの色をぶつけら

れ、戸惑っていたのかもしれない。

 セインにブラッドのそんな心境などわかるはずもないが、動きが鈍っている

ことだけは事実。理由はわからなくともセインは好機と判断したのだろう。一

層攻撃を強めていく。

 傍目から見れば、それはセインがブラッドを押しているようにも見えたかも

しれない。けれど戸惑いはいつまでも続かない。ブラッドが調子を取り戻すの

に、平静を取り戻すのに、それほど長い時間を必要とはしなかった。

「三下がいつまでも調子に乗ってんじゃねぇ!!」

 砲撃魔法をかいくぐりセインに接近すると、ブラッドは首根っこをつかみ文

字通りの必殺の一撃を繰り出す。

「セインっ!」

 スバルが声を上げたのは、反応したのは手遅れになってから。

 なぜ? 

スバルは自分自身に問いかける。わかりきった答えを聞くために。

 怒りに身を任せ猛攻したセイン。その姿はかつての自分と同じであった。

ギンガがチンクたちにやられた際、スバルはセインと同じ感情で心を満たし、

チンクに感情の全てを叩きつけた。

なのはたちの支援を待つこともなく心の命じるまま動いた。その結果ギンガ

は連れ去られ、戦闘機人への再改造を施された。マッハキャリバーは破損し、

スバル自身も両手が動かなくなるほどの負傷を負ってしまった。

 だから、以前の自分と同じことをしているセインを止める?

 それはギンガのために戦った自分を否定することになるんじゃ……。

 そんな心の中の葛藤が、セインへの援護を遅らせた。

 そしてセインは、スバルの迷いの犠牲となる。

 スバルたちの目の前で鈍い音が鳴り響き、セインの声は途絶えてしまう。

 事切れて、セインは人形のようにその場に崩れ落ちる。

「これで二人。残るはお前だけだな」

 セインを『破壊』すると、ブラッドは最後の標的の方へと向きなおる。

「このっ。あんたなんかに!」

 スバルが構えようとした刹那、

「遅いっ!」

 炎熱。ブラッドは十を超える火球をスバルへ向けて放つ。

protection

 防御のため魔法障壁を展開した直後、火球すべてに亀裂が走りスバルの目の

前でそれら全てが爆散してゆく。

「目くらまし? まさかっ」

「ブロウクン……」

 殺気と熱気。ただならぬ気配を背後に感じ、スバルは反射的に戦闘機人形態

へと移行。右腕に魔力の大半を収束させる。

「フレアッ」

「マッハキャリバー、ギアエクセリオン。Protectionを」

 ブラッドの拳とスバルの右肘とが衝突し、鈍い音が響きわたる。

 閃光と轟音。物質の存在しない次元の海でなければ、地面は抉られ建物の一

部は倒壊していたかもしれない。

 それほどまでに、衝突した二つのエネルギーは強大。

「ふん、いまのに耐えるか。やっぱつええなお前」

ブラッドは殴りつけたほうの腕をさすりながら、後ろへ後ずさり。

「だが一撃の威力だけでいえば俺のほうが上みてえだな。息あがってるぜ? 

そんなに余裕がないんじゃないのか」

「はぁ……はぁ……っ」

「降参でもしてみるか? お前ほどの魔導師なら相手との実力差を図るぐらい

のことはできるだろ。あきらめろ。奇跡でも起きなきゃ勝てねえよ。あの高町

なのはが一緒にいでもすれば話は別だったかもしれないが、残念だったな」

「奇跡でも起きないと? 甘く見ないでよね。私は、まだ諦めてなんかない!

それにディードやセインをあんな風にしたあんたを、許すわけがないでし

ょ!!」

「は、よく言った戦闘機人。いいぜ、スクラップになるまで付き合ってやるよ!」

「スバル、どいて!」

 突然周囲に展開されていく、無数の光球。

スバルの遥か後方から現れたオレンジ色の流星は、ブラッドをターゲットリ

ングによって捕らえ、魔法ファントムブレイザーによってブラッドを追撃する。

「と、面白くなってきたと思ったら新手か。さすがにここは相手が多いな」

「あいにくなのはさんたちを押えただけで崩せるほど、時空管理局って組織は

甘くはないの」

 銀色に輝く二つの小銃。すらりと腰まで伸びた長い髪。

 現れたのは、スバルの親友。ティアナ・ランスター。

「テ、ティア。執務官試験の最中だったんじゃ」

「試験って馬鹿かあんた!! こんな状況で試験も何もないでしょ。中止よ中

止」

 ティアナはスバルの方を一目見、周りに倒れこんでいる二人へと目を移す。

「……っ。ごめんスバル。最高速で飛ばしてきたつもりだけど、間に合わなか

ったみたい。でも、」

 鋭い眼でブラッドを睨めつけると、ティアナは指をぱちんと鳴らし小銃の一

つを短剣へと変化させる。

「これ以上はやらせない」

 ガン&ダガー。二つに増やせるというクロスミラージュの特徴を利用した、

戦闘におけるティアナの基本フォーム。彼女曰く近接、射撃の両方にすばやく

対応できるため、相手に合わせた行動がとりやすいらしい。

 スバルの肩を掴むとぐいっと引っ張って、ティアナはスバルの方へとそっと

歩み寄る。

「聞いてスバル。シスターパメラが傀儡兵の呼び出し主を見つけたわ。主って

言っても人じゃなかったけどね。どうやってるかはわからないけど、ジュエル

シードって名前の青い宝石が傀儡兵、キマイラを召喚してるらしいの。工作部

隊が破壊に行ってるけど完全に壊すとなると結構時間がかかるから、私たちは

ここでこいつを引きつけておくようにって」

「わ、私たち二人だけで?」

「うん。他のみんなは動けないらしいから、実質戦えるのは私たち二人だけ。

倒せるならそれに越したことはないけど、なのはさんと一対一で戦えるような

相手を倒すのは難しいと思う。それに返り討ちになるくらいならここに引きつ

けて、少しでも他の場所の負担を軽くしたほうがいいと思うしね」

「傀儡兵がいなくなれば相手が引き上げるかもしれないってこと? それはそ

うかもしれないけど、それじゃディードやセインが」

「セインやディード? スバル、あんたまさか敵討ちなんて言うつもりじゃな

いでしょうね。そうじゃないでしょ。私たちが一番にしなきゃいけないのは管

理局本局の防衛、状況の打開が最優先。違う?」

「それは……うん……」

「作戦は決まったか? なら始めるぞ!」

「よし、いくわよスバル。クロスシフトB。しっかりあわせなさい!」

 

 

 時空管理局本局防衛ライン、Nフィールド。

 なのはが立ち去ったその場所でチンクは3匹のキマイラ本体を撃破、何十と

いう数の幻影を葬り去っていた。

 ISランブルデトネイター。

 対象の破壊よりも広範囲へダメージを与えることを主目的にした魔法で、見

方や近辺への被害を度外視すれば、その威力はSランク魔導師の使用する砲撃

魔法に勝るとも劣らない。

 すなわち次元空間という遮へい物が一切存在しない場所に限定すれば、チン

クの力はAAという本来の魔導師ランクを大きく上回る。

「消えていろ!」

常軌を逸す火力により、チンクは幻影の集団ごと傀儡兵たちを吹き飛ばす。

酸素を吸い込んだ火薬が地鳴りのような爆音を響かせ、黒翠と紫の花畑に灼

熱の花が咲いていく。

蕾が芽を出し、咲き誇り、散っていく。わずか一秒足らずで花は生涯を終え

て、真っ黒な煙を名残のようにその場に残す。

「元気ねぇチンクちゃんは。でもそんな後先考えないような戦い方なんかして

大丈夫? 息が切れちゃってるんじゃないかしら」

「あいにく、私はお前ほどやわには出来ていない」

「あらあら強がっちゃって。相変わらず可愛いわねぇ」

「言ってろでくの坊。お前のほうこそ後がないんじゃないのか? 知っている

だろ、私のISの前では数など何の問題にもならない。お前の傀儡の兵と私のIS

どちらが上か、何なら力比べでもして見るか?」

「力比べ? ふふふ、さすがチンクちゃん。戦闘部隊の隊長を務めていただけ

のことはあるわね。何でもかんでも力押し。素敵よぉ。とっても馬鹿っぽくて。

でぇもお。残念ながら私はチンクちゃんみたいに強くないし、何か凄いことが

できるわけでもないから……」

 立体映像。戦場に紛れ込んでいた一体のガジェットドローンが、クアットロ

の姿を映し出す。いつも羽織っているはずのシルバーカーテンは脱いでおり、

真上に上げた手の片方には、真っ白な旗が一つ。

「何の真似だ?」

「あら、見てわからないチンクちゃん。白旗白旗。降伏宣言よ」

「降伏? ……どういうことだ」

「どうもこうも。チンクちゃんひょっとして降伏って言葉の意味知らないの?

負けを認めるってことよ。こんな言葉も知らないなんて、相変わらずチンクち

ゃんたらおばかさーん♪」

「…………」

 傀儡兵は押し返しているといえ、クアットロ自体はここから遠く離れた場所

に潜伏しているのだろう。チンクがここでいくら暴れたとしても、クアットロ

を今逮捕できるわけではない。にも関わらず、降伏などと訳のわからないこと

を言う。意味がわからない。こちらの油断を誘おうとしているのなら、もっと

現実味のある行動をしなければ意味がない。

 これでは無駄な警戒心を与えるだけだというのに、なのに、なぜ?

「そんなに睨んじゃだーめ。可愛い顔が台無しよ」

 降伏すると言っていた人間とは思えぬ言葉。まあ、チンク自身そんな言葉を

信用しているわけではないが。

「どういうつもりか知らんが、減らず口とはずいぶん余裕があるようだな」

「余裕? そんなのないわよ。私は負けて降参したから、ちょっとチンクちゃ

んとお話したいだけ」

 時間稼ぎをするつもりなのが見え見え。だが近辺にもう傀儡兵は残っていな

いし、時間が立てば他の魔導師たちもこちらに集まってきてくれるだろう。

 状況的に考えて、こちらが絶対的に不利になる可能性は低い。それに、今回

の襲撃事件は府に落ちないことが多すぎる。

 チンク自身、クアットロと話す必要があると判断したのだろう。

「……お話、ね。まあいい、私もお前に聞きたいことがいくつかある。それに

してもよかったのか? 高町教導官をあんなにあっさり見逃したりして。あの

人をこの場にとどまらせておくことが、お前の目的だったのだろ?」

「べっつにぃ。私はおじいちゃんに頼まれて交渉してただけだから。もっとも、

あの化け物はずーっとデバイスでこっちの正体を探ってたみたいだから、どれ

だけ話を聞いてくれてたかはしらないけど」

「……どうゆうことだ? Sランク魔導師を足止めし、その間に傀儡兵を使っ

て管理局襲撃を行うのが、お前たちの策なのだろう」

「んー管理局なんてどうでもいいの。私の目的はもっと別のところにある。そ

れに比べたら管理局を壊すなんてこと、馬鹿馬鹿しくって、ねぇ」

「ばかばかしい? だったらお前は何を」

「決まってるじゃない。私たち戦闘機人はすべからくドクターのために生きる

もの。チンクちゃんみたいな愚妹と違って、お姉ちゃんは一途だからドクター

のために頑張るの。おわかり?」

「だから、何をするつもりかと聞いているっ!!」

「うーん何でしょ。ドクターを裏切ったチンクちゃんには教えてあげない。ま

あ私たちのところに戻ってくるって言うんなら、特別らに教えてあげないこと

もないけどぉ」

「ちっ、あくまで挑発を続けるつもりか。いいだろう、あえて乗ってやる。だ

がな、今さらドクターのところに帰るなど、そんなつもりは毛頭ない」

「あら正義の心に目覚めちゃったってやつ? 相変わらず熱血ねぇ」

「正義……か。まあその気持ちは確かにあるが、いまのこの状況においては少

し違うな」

「違う? あら、ならどんな理由かしら」

「決まっているだろ。お前を正面から叩ける最高の機会なんだよ、これは」

「あらら酷い嫌われよう。私チンクちゃんにそんなに酷いことしたかしら?」

「ふん、よく言う。誰もお前の本質に気づいていないとでも思っていたのか? 

だとしたら相当におめでたいな。少なくとも私とトーレ姉さん、それにオット

ーは気づいていたぞ。欲望、野心。お前はドクターの心を引き継ぎすぎている。

心に潰され、心に支配され、お前はいずれ他の姉妹を切り捨てる。己の野心の

ためにな」

 妹から放たれた、はっきりとした敵意。けれどクアットロは言葉をぶつけら

れても、全くといっていいほど動じてはいなかった。表情を表に出していない

とは違う。まるでそうされることを予期していたかのよう。

「ふぅん。まあ私がお馬鹿なチンクちゃんにやられるようなことはなかっただ

ろうけど、そう思ってたならなんでやらなかったのかしら?」

 クアットロの言葉を聞いて、チンクの瞳が優しげなものに変わる。クアット

ロに向けてのものではない。それは、敬愛していた姉に向けての想い。

「トーレ姉さんは言っていた。私たちはドクターの意志を、心を継いでいる。

ドクターの悪いところも良いところも、皆が等しく受け継いでいる。だからク

アットロにもきっと、ドクターの優しい心が流れている、と」

 無限の欲望。管理局が設定したプログラムにどこまでも忠実に生きた男、ジ

ェイル・スカリエティ。狂人と蔑まれ続け、ガジェットドローンという対魔導

兵器を作り上げた孤高の天才科学者。

 だけどチンクは思う。ドクターは狂っているなんて言われていたけど、その

根本にあったのはとても子供っぽい感情だったのではないか。

 トーレやウーノ。初期に作られたナンバーズはみんな個性を持っていたし、

チンクやセイン、ウェンディの個性はもっと強い。後発に作られた子たちはク

アットロの入れ知恵か感情をあまり表に出さない子ばかりだったが、その子た

ちだって管理局に勤め始めた今では、以前とは比べ物にならないくらい自分を

表に出すようになっている。

 そもそも戦闘兵器を作るなら人型に拘る必要なんてないのだ。にもかかわら

ず、スカリエティは12人のナンバーズ一人一人に名前をつけ、姉妹として扱

った。その根本にあったのは仲間、家族を欲しようとする、孤独な科学者から

にじみ出た人間味。たぶん、それだけのことだったんだと思う。

「トーレ姉さまがそんなことを? あらら、なんだか幻滅ねぇ。あの人の強さ

には結構あこがれてたのにまさかそんな変なこと言い出すなんて。ま、所詮ト

ーレ姉さまも失敗作の一つだったってことかしら」

「……! 貴様っ」

 逆上し、思わず指先からナイフを滑らそうとして、強力な違和感が身体を襲

う。反応が鈍い。身体が、思うように動かない。

「うふふ。遅延性の痺れ薬。やっと効いてきたようね」

「し、びれ……」

「うふふ。そうよ。このガジェ子ちゃんは粉末状の痺れ薬をたっぷり内臓して

てね、お喋りしながら徐々に徐々にあなたの身体を痺れさせていたわけ。で、

虫の息のチンクちゃんが相手なら、か弱いガジェ子ちゃんでも壊すのは容易い

ってわけ。おわかりかしら」

「容易い? だったら、やってみろよ」

 身体中に錘でも貼り付けているような、ずっしりとした重たさを感じながら、

チンクは身体を起こす。ただ、それが単なる強がりであることは誰の目にも明

らかで、

「うふふ。姉より優れた妹なんて存在しない。昔誰かが言っていた言葉らしい

けど、本当にそのとおりね」

 自分の優位性を証明するように、クアットロは不適なまでの笑みを浮かべる。

もちろん映像越しに、ではあるが。

「ふぅん。虫のいきなチンクちゃんを破壊するのは簡単なんだけど、正直面倒

なのよねぇ」

 片手に頬をついて、何かしらクアットロは考え事を巡らしていく。

「ドゥーエ姉さまは死んじゃって、トーレ姉さまは期待はずれ。愚妹たちはみ

ーんな管理局に寝返って、結局頼れるのは私だけ。他が役立たずばかりだから、

たまにはお仕事がんばってみようかと思ったんだけど……まあいいか。セリム

のお爺ちゃんへのお膳立てはしてあるし、私はもう後始末にかかろうかしら。

それじゃばいばいチンクちゃん。管理局が壊されないよう頑張ってぇ♪」

 転移の魔法陣が描かれて、ガジェットドローンの姿が光の中へと消えていく。

 

目の前で行われゆく光景を前に、チンクはただ立ちつくすことしかできないで

いた。

 痺れが弱まり、少しずつ身体を動かせるようになっていく。何もかもぶち壊

してしまいたくなるような、苦々しいほどの悔しさが、ぐるぐると身体中を巡

っていく。

 身体をまともに動かすことができないのならば、戦闘機人といえど絶対的な

脅威にはならない。チンクを攻撃し万が一返り討ちになったとしても、壊れる

のはガジェット一機のみ。被害などあってないようなものなのだ。にも関わら

ず、クアットロがこちらに何の危害も加えなかった理由。

なめられたからだ。

 

チンクが何をしようとクアットロは脅威に、障害にすら感じない。

「くそ……」

突きつけられたのは、敗北という事実。

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 次元の海に、チンクの絶叫が木霊する。

でもその声は誰の耳にも届かない。

管理局職員たちと傀儡兵たちの戦いは、いまもまだ続いているのだから。

 

 

 

 

 あとがき

 原作だとまともに会話している部分すらほとんどなかったチンク姉。見た目

が好きだから、が準レギュラーにしたきっかけでしたが、彼女の話を掘り下げ

ていくうち、いつの間にか物凄くしっかりとしたキャラが自分の中で確立され

ていきました。

 戦闘機人は脇役と考えていたのですが、今回の話を見てもらえばわかるとお

り、すでにチンクはレギュラーキャラの一人として確立しつつあります。

 姉妹として仲間として一緒にいたチンクだからこそ、クアットロとの対比を

はっきりと描くことができるのかもしれません。

 

 

 クアットロさんの言葉。

 世紀末救世主伝説漫画は、全次元的に人気なのでしょう。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。