魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.7 時空管理局執務官試験

 

 時空管理局本局、中央ルーム。ホテル・アグスタの警備任務を終えたセイン

とスバルは、二人してテーブルを囲み、『特別救助隊人事異動について』と書か

れた紙に目を通していた。

 上半期の終わり。毎年この時期になると、管理局全体で大規模な人事異動が

起こる。なかには今までとぜんぜん違う部署に飛ばされる人もいるので、この

時期は管理局全体がそわそわしてしまっている。

「フィリアさん人事異動か。新しい配属先は航空武装隊? すごい、本局直属

の部隊だ。私にもそうゆう凄いところへの人事異動の話とか来てないかなぁ。

スバル、何か書いてない?」

「えーと……研修生って文字だけ取れてるね」

「ったぁ。ってことは、少しはましになるのかな?」

「……上司はジリヤ准尉のままだから、あんまりかわらないと思うけど」

「あージリヤのおっちゃんのままなんだ。最悪」

 とたんに表情が笑顔になるあたり、なんだかんだ言いつつも自分の面倒を見

てくれているジリヤのことを好いているのだろう。少しだけ、スバルはセイン

のことが羨ましく思えた。

「そいや、スバルは人事異動ないの?」

「ないとは言い切れないけど、私は特別救助隊で働くことを毎年希望してるか

ら……」

「そっかぁ。つまんないの」

 呟きながら、セインはスバルのほうをちらりと見る。

 口数はめっきり減って、表情にもどこか暗い影が見え隠れ。

 二人きりのときだけといえ、ここまで弱弱しい姿を見せるあたり、相当参っ

ているのだろう。スバルが悩んでいる理由は、セインにも薄々予想はついてい

る。でも悩みを解決する具体的な策があるかと聞かれれば、答えはNO

 時間が解決してくれるなんて楽観的なことを言うつもりないが、少なくとも、

いまはそっとしておくのが一番だろう。

 そんな風に考えながら、セインは遠くのほうへと視線を傾ける。窓越しに見

える七色のオーロラ。虹の輝きを秘めた光のカーテンがひらひらと揺れていて、

黒翠と紫とが複雑に絡み合う次元の海に、場違いとも言えるような輝きが灯っ

ていた。

「久しぶりだな。スバル、セイン」

 聞きなれた声が聞こえて振り返ると、そこに立っていたのは片目を眼帯で覆

った少女、チンクの姿。片手にバリアジャケットを抱えていて、頬が少しすす

けている。

「お前たちが本局に来ているなんて珍しいな」

「あ、うん。官僚の人たちを載せた輸送艦の護衛で昨日こっちに来たんだ」

 返事を返したのはスバル。テーブル越しに向き合っていたセインが驚くほど

の素早さで、彼女は普段の調子を取り戻していた。

「輸送艦の護衛?」

「ここ最近は物騒な事件が続いてるから用心に越したことはないってジリヤ准

尉が言っててね。ま、道中何も起きなかったから、結構暇だったんだけど」

「何も起きないのが一番だ。それに高ランク魔導師が一人いるだけでも、十分

抑止力として機能する。ある意味お守りだな」

「お守りって、ひどい言い方……ところでチンクの方こそどうしたの? なん

だかぼろぼろだけど」

「ああ、暇があったから自主練を少しな。認識の甘い自分を痛めつけていた、

というところだ。それよりお前らこそ大丈夫か? 昨日のシャトル、到着した

のは深夜だったと聞いているが。まともに寝てないんじゃないのか?」

「んー、大丈夫大丈夫。数時間だけど仮眠はちゃんととったし、それにほら、

私たち戦闘機人だから」

「ふむ、まあ無理はするな。身体が資本の仕事だろうに」

 そんな風に言って、チンクはテーブルに腰掛ける。

「ところでスバル、ティアナの執務官試験はどうなっている?」

「あ、ちょうど始まったみたいだよ。この先の大ホールで受けてるみたい。私

とセインもついさっき来たばっかだから、ティアの姿は見てないけど」

 執務官試験。年に一度管理局本局において施行される実施試験で、実技・筆

記ともに超難問として知られている。一度の試験で3人の合格者が出ればその

年は豊作と言えば、その試験の難度をイメージしやすいだろうか?

「実技は昨日終わらせたのだったな。ということは、今は筆記試験の真っ最中

か」

「うん、そうなるかな。それにしてもチンクがティアの様子を見に来るなんて、

ちょっと意外な感じ。あ、仲が悪そうとかそうゆうわけじゃないよ。ただチン

クって、プライベートも全部仕事絡みのことやってそうなイメージがあるから」

「そこまで極端ではないさ。一応仕事とプライベートの区別はつけている。そ

れにティアナの試験を見てきてくれと、高町教導官とハラオウン執務官からも

言われているしな」

 なのはの名前を聞いて、スバルは一瞬複雑そうな表情を見せる。

「そう不服そうな顔をするな。状況が状況だ。スバル、お前だって遠征隊の話

ぐらいは聞いているだろ。来たくてもこれない時だってある」

 仕事の忙しさを理由になのははティアナの様子を見にきていない。だからス

バルは不服そうな顔をしている。スバルとなのはとのいざこざを知らぬチンク

はそんな風に考えたのだろう。返してきた言葉は、少々的外れなものであった。

ただここで口ごもるような態度を見せればチンクにいらぬ疑い、詮索をさせる

だけ。

「それは知ってるけど……そういえばチンク、遠征隊のことなんだけどその後

動きは?」

 だから気持ちを抑え、スバルは話題を切り替えることにする。

「変わりないな。今も警戒態勢を続けているらしい」

 スカリエティの声明の翌日。つまり今から三日前、Sランク魔導師を中心と

した特殊鎮圧部隊が結成された。

 スカリエティの持つ大型質量兵器、戦艦ヴァルキリーの撃墜のために組まれ

た部隊で、十隻近い艦船が組み込まれた大規模な部隊らしい。

 その艦隊、遠征隊がスカリエティの戦艦に接触したのが本日明朝。

 部隊が到着すればスカリエティ側は何らかの動きを見せると予想していたの

だが、スカリエティは不気味なほどの沈黙を続けるだけだった。

 管理局側はこれを不審に思い警戒。艦隊を少し離れた場所に留まらせ、両陣

営は向き合ったまま、今もにらみ合いを続けているらしい。

「犯人ってドクターなんだよね。ってことは、戦艦自体がクア姉の幻影ってこ

とも有り得るんじゃない? 何もしてこないんじゃなく、何も出来ないとか」

「それはすでに調査済みだ。あの艦はシルバーカーテンによる幻影などとは違

う、紛れもない本物だそうだ。偽者でないという確証があるからこそ、戦力の

半分を向かわせるという思い切った決断が出来たのだろうからな」

「まあそれもそうなのかな。そういえばなのはさんやフェイトさんもその遠征

に参加してるの?」

「いえお二人はNフィールドとSフィールドにそれぞれ配属されています。上

層部は艦船が囮という可能性も考慮していますからね。なのはさんを始め、何

人かのSランク魔導師を本局護衛にまわしているそうです。Lフィールドにも、

リーンという子が配置されているんですよ」

 穏やかな口調とともに現れたのは、雪のように真っ白な絹衣に身を包んだ管

理局Sランク魔導師。パメラ・パーラ。

「お久しぶりです、チンクさん。それにスバルさんとセインさんでしたね」

「えっ、私のこと知ってるんですか?」

 思わずスバルが身を乗り出しそうになったのも無理はないだろう。

 Sランクといえば管理局魔導師の中でも精鋭中の精鋭。管理局職員だけでな

く、一般の人々を見ても彼らに憧れを抱く人たちは少なくない。立場はともか

く、人気でいえばそこらのアイドルの比ではないのだ。

「ええ、スバルさんのことはなのはさんから色々と。セインさんのことも存じ

ていますよ。アスパラガスが大の苦手で、スカリエティのラボにいたときは、

よくチンクさんに強引に食べさせられていたとか。それからチンクさん、怪し

げな通販の薬なんて使っても背は伸びませんよ」

「な、なんでそんなことまでっ!」

「ふふふ、なぜでしょうね」

 神に仕えるものでありながら、悪魔のような笑みを浮かべるパメラ。その衣

の裾を、彼女の後ろに隠れていた少女がぐいぐいと引っ張っている。

 その少女に見覚えがあったのだろう。セインは姿を確認するように、一歩足

を前へと踏み出す。

 隠れているせいで顔はよく見えないが、法衣に身を包んでいるということは

彼女もシスターなのだろう。

「シスター・ディード。因果応報という言葉もあります。神に仕える身である

ならば、これも天罰と受け止めなさい」

「は、はい……お久しぶりです。セインお姉さま、チンクお姉さま」

 裾を掴んでいた手を離すとパメラの前へと出、顔を真っ赤に染まらせてシス

ター・ディードは挨拶を交わす。

「わっ、ディード? どうしちゃったのその格好」

「そうか。そういえば聖王教会に引き取られたのだったな、お前は。その様子

からすると、いまはシスター見習いといったところか。隔離施設を出てからま

ともに連絡もとれなかったから心配していたが、その様子だと元気にやってい

るようだな。それにしてもお前といいオットーといい……ずいぶん姉を馬鹿に

してくれる」

「そ、それは、あの、その……にこっ」

「笑って誤魔化すな馬鹿者!!」

「あなたたち、試験中なんだから静かにしなさい!!」

 チンクが罵声を響かせたとたん、近くの部屋から顔を出してきた職員にその

場にいた全員が怒鳴られる。

「やれやれ、いつからここは小学校になったのかしら」

「あなたもです! シスター・パメラ!」

「ひんっ」

 自分は蚊帳の外という様子でのほほんとしていた悪女だけ、名指しでもう一

度怒られる。

 やれやれというチンクの深いため息が、広い廊下に響き渡っていった。

 

 

 時刻は十二時過ぎ。

 職員食堂にはお腹をすかせた管理局職員たちが集まっていて、どのテーブル

もほぼ満席になっていた。二百人規模が座れるはずの大きな食堂のはずだが、

空いている椅子はほとんど残っていない。

 食堂の入り口からほど近い窓際のテーブルに目を向けると、先ほどまで試験

会場近くで話し込んでいた魔導師、スバルたちの姿を見ることができた。

「へぇ陸士108部隊の訓練施設って聖王教会の近くにあるんだ。それじゃディ

ード、結構ディエチと頻繁に会ってるんだね」

「そうですね。ただパメラ様が一ヶ月ほど前に管理局本局勤務に変わってしま

って私もそれに引っ付いてきたので、いまは姉さんたちに会うことはあまりな

いけど。あ、ありませんけど」

 隣に座るシスター・パメラに肩をつつかれて、ディードは慌てて口調を改め

る。

「ふむ。ディエチとは火災事件のときに偶然会えはしたが、あのときはまとも

に話す暇もなかったからな。そのうち会いに行きたいところだが、纏まった時

間をとるとなるとなかなか難しいものだ」

「スターズ、教育部隊だよね。チンク姉が勤めている場所って。しかもあのエ

ースオブエース、なのはさんの補佐。すごいねぇなんだか出世街道まっしぐら

って感じ。どうやったらそんな風になれるか、ちょっと教えてよ」

「そこに残っているアスパラガスを全部食えたらな」

「う、うぐぐぐぐっ。人の弱みにつけこむなんて、チンク姉きたなーい」

「汚くて結構。好き嫌い言う奴は大きくなれんぞ。黙って食え」

「好き嫌いなくても大きくなれない人も――」

 よせばいいのに、ディードは自分から死地に飛び込んでゆく。即座にごんっ

と殴られて、涙目になってしまう。

「シスター・ディード、あなたは少し後先を考えて行動しなさい」

 呆れかえったようにパメラが言う。

「さて。高町教導官に頼まれた書類の作成があるので、私はそろそろ席をはず

させてもらおうか」

 好き嫌いなくても大きくなれない少女が、そっと立ち上がる。

「もう行くの? 食事ぐらいゆっくりとればいいのに」

「そうしたいのは山々だが、スカリエティのせいで高町教導官の仕事も私が受

け持つことになってしまったからな」

 食器を持とうとしたその瞬間、赤い警報ランプが食堂全体を照らしていき、

ブーーーーという大きな音が響いていく。

「非常警報? なにかあったのか」

「ちょ、ちょっと待った。みんなあれ見て、あれ!」

 セインが指差した先。窓の向こうに目をやると、機械と魔獣を結合させたよ

うな奇妙な生き物が時空の海のなかを泳いでいた。一匹二匹の話ではない。黒

翠の海のなかを黒いなにかが埋め尽くしている。

 どれほどの数がいるのだろう。十か二十か。いや、一面が黒に染まっている

ということは、そんな程度の数ではないのだろう。

 窓ガラスに手を当てて、チンクは睨みつけるようにそれを観察する。

「あれは……傀儡兵か? それにしては数が。と、緊急通信。高町教導官から

か」

『チンク聞こえる? たぶんそっちからも見えてると思うけど、傀儡兵の群れ

がそっちに向かってるの。私とフェイトちゃん。リーン君のところでも戦って

はいるけど数が多すぎて』

『わかりました。本局に接近してくる傀儡兵はこちらで対処します』

『うん、お願い。それからシスター・パーラに連絡を取っておいて。この数と

強さから見て近くに術者がいるはず。大元を叩けば傀儡兵も消えるはずだから、

シスターに位置を特定してもらえれば』

「私ならこちらです」

『シスター? よかった。チンクのそばにいたんですね。それでいまお話しし

ましたけど』

「はい。術者の位置はこちらで特定しますので、なのはさんは傀儡兵を抑えて

おいてください」

「よろしくお願いします。シスター・パーラ」

 傀儡術。魂を持たぬ物質に術者が魔力を送り込み自分の意のままに操る、地

方によって様々な呼び名を持つ古典魔術である。

 使役される傀儡の力は術者の魔力に比例し、術者から離れれば離れるほど加

速的にその力は衰えていく。言うなれば自分の近くにしかおけぬ私兵といった

ところであろう。

 これだけの量の傀儡兵が生み出されているとなると術者は管理局周辺、10~20

キロ四方のあいだに潜んでいる可能性が高く、パメラは管理局周辺、全ての地

点におけるX軸、Y軸、Z軸を計測し、コンマ数ミリ単位で座標にずれがないか

一箇所一箇所を確認していく。骨の折れる作業だが地軸をずらした地点に相手

が潜んでいる場合、この方法でしか見つけ出すことができないのだから仕方な

い。

「シルフィード。他の方々への連絡をお願いします」

yes.sister

 風の精霊の名を冠したインテリジェントデバイス、シルフィードは主の命令

を受けなのはから伝えられた情報、現在の管理局の状況をデータ変換し、全職

員の持つデバイスへと送信していく。

 デバイスは情報端末、データ受領、送信などの機能を備えているとはいえ、

これだけ大規模なデータ送信を何千、何万人規模に同時に行えるあたり、さす

が最高レベルの魔導師とそのデバイスといったところであろう。

 もっともこれはパメラが情報伝達、解析能力に優れた魔導師だからこそでき

ることではあるが。

「さて、通信は聞いていたな。スバル、セイン。私たちは表の敵を叩くぞ」

「シスター・ディード。あなたもお行きなさい。私はここで術者の位置を特定

します。実戦となると法衣は動きづらいでしょうから、私のほうで預かってお

きましょう」

「は、はい」

 慌てて法衣を脱ぎ去ると、ディードはそれをパメラへと手渡す。

 ていうか、下に戦闘服着てたんだ……。

「セイン、ここの壁通り抜けられるか?」

「ん、大丈夫そうだよ。チンク姉」

「よし。スバル、フロントはお前に任す。セインはフルバック、ディードはガ

ードにつけ。指揮(センター)は私が取る。出るぞ!」

 セインのISディープダイバーにより壁をすり抜けると、チンクたちはそのま

ま真っさかさまに次元の海へと落ちてゆく。

「スバル、ひとまず足場を作れ。セインは傀儡兵の数の確認、ディードは障壁

で守りを固めろ」

「「了解!」」

 次元の海に伸びてゆく蒼光のレール。

「やっ」

「よっと」

「あうっ」

「セイン、何をやっている!」

「ご、ごめん。こうゆうの久しぶりで」

 着地に失敗し、頭を軽くかきながらセインが言う。

「たく、訓練は欠かすなとラボにいた頃から散々言っておいただろうが。で、

ディエチ、お前は何をうずくまっている」

「す、すいませんチンク姉様。なんか……足吊った」

「あーもう、どいつもこいつも。もういい、とりあえずお前らはそこでじっと

してろ」

 上着からナイフを取り出すと、チンクは構え、狙いを定めていく。

「行けっ、ランブルデトネイター」

 指先で触れた金属塊を爆発物へと変化させる先天固有技能。それがチンクの

戦闘機人としての能力である。金属塊のサイズに比例して爆発に必要なエネル

ギー量が増加していくため、ただ単にナイフを投げただけではそれほど高い火

力とは成りえないのだが、

 ぼっ。

 チンクがナイフを投げた先が一瞬のうちに灼熱の色に染まり、一面が連鎖的

に爆発を引き起こしていく。

 ぼぼぼぼぼっ。

 炎が生まれ、爆ぜ、さらに巨大になっていく。爆発している場所との距離は

かなり離れているはずなのに、飛び散る火の粉がこっちに飛んできそうなほど、

爆炎は異常なまでの輝きを放っていた。

 爆発から逃れようとする傀儡兵たちを灼熱が飲み込んでいく。それはまるで、

赤い大蛇が何もかもを食らっているかのよう。

「火力が高すぎる。近接戦闘ではつかえんな」

 灼熱が暴れまわる様を眺めながら、ぽつりとチンクが呟く。

「チ、チンク…何やったのあれ」

「ナイフにニトログリセリンと酸素の入った小型カプセルを括りつけてみた。

爆発の威力が上がるかもしれんと思ってな」

「ニ、ニトログリセリン!?」

「うむ。ダイナマイトの原料として使われているあれだな。原理は似たような

ものだから活けると思ったのだが、見たとおり制御が効かん。一応威力は上が

っているのだが」

「確かにものすごいけど……それってもう魔法じゃないような」

「細かいことは気にするな。威力はあるのだからいいじゃないか。それより構

えろスバル。来るぞ」

 赤い海を突き抜けて、黒い翼を生やしたライオンが迫ってくる。尻尾は蛇、

山羊のように巨大な身体。その姿は、まるで神話に出てくるキマイラそのもの。

もっとも、傀儡兵の姿は術者の想像したとおりのものになるのだから、神話に

出てくる生き物がそのまま現れても別段不思議なことではないのだが。

「スバル、前線を頼む。セイン、お前はディードを援護しろ」

「あいよー」

「はいっ」

 ローラーでウイングロードを滑っていくと、スバルはチンクを追い抜き前方

にいたキマイラの一匹に狙いを定める。

「まずは一匹!」

 目くらまし兼足止め。リボルバーナックルを回転させるとスバルは目の前の

相手めがけ衝撃波を打ち出し、続けざまもう一方の拳で殴りかかる。

 キマイラの身体が衝撃波により歪んでいく。スバルが拳を握り締め殴りかか

ろうとすると、それは霞のように姿を消してしまう。

「え、幻影!?」

「スバル、後ろだ」

「……っ」

 真後ろから飛び掛ってきたキマイラへ向けて裏拳を打ち込むと、それもまた、

霞のように消えてしまう。

「また!? ……痛っ」

 上空から飛び降りてきたキマイラがスバルを踏み潰し、それはそのままスバ

ルの頭に前足を振り下ろす。

「ぐ……こいつら」

「スバルっ」

 ショートバスター。速射魔法でスバルを踏みつけていたキマイラを引き剥が

すとチンクはそのまま追撃、胴体部にナイフを突き刺す。後ろに飛んで距離を

とると、

 ぱちん

 指を鳴らし、ナイフを爆発させる。業火に飲み込まれたキマイラは、そのま

ま闇に溶けるように消滅してしまう。

「どうやらあいつは幻影ではないらしいな。立てるかスバル」

「あ、ありがとチンク。それにしてもこれって」

「幻影と本物を82でブレンド。ミッド地上を私たちが襲撃した時と同じ手口

だな。どうやらスカリエティ、クアットロによる襲撃と見て間違いないようだ。

だが奴らの狙いはなんだ? 陽動、こちらの足止めが目的なら、本局からもっ

と離れた場所に幻影を配置せねば意味はないはずだが」

「ツインブレイズ!!」

 双剣により力いっぱいに叩きつけられて、上空より一匹のキマイラが落下し

てくる。ウイングロードからなる足場へ墜落すると、そのままぐしゃりと身体

が崩れ去り、キマイラは消滅してしまう。

「手ごたえなし。これも幻影みたいですね。どうしますチンク姉様。このまま

ここで幻影の相手を続けていても埒があきませんが」

「むぅ……仕方ないな。ここはひとまずお前たちに任す。私は一度高町教導官

のところへ行って現状を通達、術者を叩く!!」

 

 

 

 

 時空管理局本局より西方15キロ地点。

 防衛ライン、通称Nフィールド。

 管理局本局西側に位置するそこには大小様々な岩礁が漂っており、管理局を

守る砦としての役割が備えられている。

 絶対的な防衛施設としての機能を備えた岩礁地帯。

鋼の皮膚を持つ巨大な翼竜の群れが、絶対の防衛ラインを飛び越えていくな

か。飛礫かあられのように砲撃魔法が飛び交っていくその最中。

管理局の白き守護者、高町なのははそこにいた。

Master enemy 2 comes(マスター。敵影2来ます)」 

「ホーミング、誘導して一気に叩くよ。レイジングハート」

Alllight.Axel Shooter standby(了解しました。アクセルシューター発射しま

)

 二つの光球が白杖の先端から放たれて、接近する翼竜目掛け一直線に飛んで

いく。二匹の翼竜は自分たちにそれが迫っていることに気づいたのだろう。細

かな旋回を繰り返し、背後から追ってくる光の球を巧みにかわしていく。

 二匹の翼竜が直線上で重なったその瞬間、 

Divine Buster

 光の柱が二匹を捉え、翼竜たちを消し飛ばす。

 まさしく大砲と呼ぶに相応しい威力。なのははレイジングハートを指先でく

るくると回転させると、次の相手へと狙いをつける。

「行って、ディバインシューター!!」

 自らの周囲に漂わせていた光球を指で操ると、なのはは自分の真下を通過し

ようとしていた翼竜を撃ちぬく。けれど撃ちぬいた瞬間に翼竜は霞となり、そ

のまま消滅してしまう。

「こっちは幻影? もう、見分けがつけづらいなぁ。レイジングハート、幻影

の解析は終わってる?」

Sorry master(申し訳ありませんマスター。もう少し時間がかかります)

「ん、わかった。それなら大規模砲撃で。レイジングハート、行ける?」

bit01.02 charge completion(はい。ビット0102。共にチャージ完了してい

ます)

 レイジングハートが最高位まで魔力を蓄積し終わっていることを確認すると、

なのはは迎撃に出させていた二基のエクシードビットを回収し、自身の周囲に

展開しなおす。

「よし。みんな、一度相手を一掃するからフォーメーションを組みなおして」

 岩礁を壁にしながら砲撃を続ける魔道士たちに一声かけて、なのはは本隊か

ら先行していく。

「行くよ、レイジングハート」

Alllight

 集束砲撃。内部魔力だけでなく、周囲に漂う微量な粒子さえ砲撃のためのエ

ネルギーへと変換させているのだろう。レイジングハートの先端へと、目に見

えるほどに光が集められていく。光が膨らみ、膨張を繰り返していく。

 どこまでも大きく、どこまでも澄んだ光。

それは流星。闇を切り裂く一陣の閃光。

「全力全開!!!」

 杖の切っ先へと星が流れていき、星は力へとその姿を変えてゆく。

全てを撃ち砕く星光の一撃。

「スターライトブレイカー!!!!」

Starlight Bresker

 なのはとレイジングハート。二人の言葉が重なり、凶暴なまでの光が放たれ

る。前方を覆いつくすほどに溢れていた翼竜の群れが次々に光のなかへと消え

ていき、真っ黒な色に染まっていた海は本来の色を取り戻す。

「ふぅ、これで……」

Master!」

 全力砲撃。多量の魔力を消費してため息をついたその瞬間、海を切り裂き何

かが迫ってくる。

 ギィンッ

 レイジングハートで振り下ろされた剣をはじくと、なのはは刀を返すように

レイジングハートを振り上げ、勢いそのままに剣を真っ二つに砕く。

「ふむ、砲撃形と聞いていましたが良い反応を示す。さすがにSランク、さす

がに高町なのはと言ったところ」

「くっ……あなたが傀儡の術者!」

「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません」

 現れたのは、黒い騎士甲冑に身を包んだ初老の男。年齢でいえば50の半ば

くらいだろうか。

「高町一尉!!」

「私は大丈夫。みなさんは傀儡兵をお願いします。この人は、私が相手をしま

す」

「相手? 勘違いしないでほしい。私は戦いに来たのではなく話し合い、交渉

にきたのだから」

「……戦う気がない人が不意打ちを仕掛けてくるってのは、変な話だと思いま

すけど」

「それはまあ、挨拶みたいなものですよ。もしくは交渉するに値するかどうか

試した。そう解釈してもらっても構いません。あの程度でやられるような人が

相手なら、強引に奪い去ればいいだけですから」

「奪う?」

「ええ。フェイト嬢から私のことは聞いているかもしれませんが、改めて自己

紹介を。私はセリム。セリム・F・ヴェンデッタ」

「セリム……あなたがフェイトちゃんの言っていた、私たちのデバイスを欲し

がっているって人。そして……キャロとエリオの」

 物理的、距離的に考えてフェイトと話しをした人物がキャロたちと接触する

ことは有り得ない。だから、なのははこのセリムと名乗る人物がどちらなのか

確認するつもりで、二つの事柄の両方を口にする。

「キャロとエリオ? 遺跡で出会った魔導師たちのことですか。ああ、そうい

えばあなたとあの二人とは面識があるのでしたね。それは失礼、ならば私に対

し敵意をむき出しにしているのも無理はないか。だがとりあえずは聞いて欲し

い。交渉で解決できるなら、それに越したことはないのだから」

「交渉で解決?」

「ええ。管理局本局に向けて放たれている傀儡兵の群れは、スカリエティの協

力者が送り込んでいるもの。まあ協力者というのは私なんですけどね。あなた

たちの持つデバイス、レイジングハートとバルディッシュ。その二つをこちら

に明け渡してくれれば、私も傀儡兵も大人しく引き下がることを約束します。

悪い条件ではないと思いますが、どうでしょう?」

「……お答えする前にお聞きしたいことが少し。あなたがスカリエティの協力

者なら、艦船ヴァルキリーの出所を知っているんじゃないですか」

「陽動に使用した船のことなら、私がスカリエティに与えたものですよ」

「与えた? あれは本来存在していないはずの船。そう聞いていますが、どう

ゆうことです?」

「どうもこうも。あの船が作られてもいなくとも、作られていた可能性はあっ

た。イデアシードの力を使うとなれば、それで十分でしょう?」

「イデアシードの力?」

「おや、ご存じありませんか。だがまあ、無理もない。私も書物やデータベー

スを幾つか探ってみましたが、イデアの性質の真を捉えているものはありませ

んでしたから」

「……そのお話が本当だったとして、でしたらあなたはなぜ、イデアシードの

本当の力というのを知っているんですか?」

「さてね。私の場合は生まれつきなので。フェイト嬢がアリシアの記憶を持っ

ていたのと同じですよ。私のオリジナルがどのような方だったのかは知りませ

んが、私はその人の記憶を部分的に受け継いでいるようなので」

 自分でもなぜ知っているかわからないということだろう。フェイトも自分と

アリシアの記憶を混合させてしまっていたのだから、セリムが同じような状態

になっていたとしてもおかしくはない。セリムの身の上話は本当のこと。そう

仮定した上での話ではあるが。

「質問はそれぐらいでよかったですか? でしたらそろそろ返答を――」

「レイジングハート!」

Yes.Master

「な、なにを……」

 最速射撃、シュートバスター。砲撃魔法でセリムを撃ちぬくと、なのははレ

イジングハートを構えなおす。

 セリムであったもの。視界を惑わせていた幻影が剥がされて、人型の傀儡兵

が姿を現す。

「うふふふふふふ。ばれちゃった」

 小さな含み笑いをこぼしたのは傀儡の兵士ではない。姿は見当たらないが、

その特徴的な笑い方、口調には聞き覚えがあった。昨年のJS事件主犯格の一人。

軌道拘置所の脱獄囚。

「クアットロ……」

「あらあらあらあら、光栄ですわ。管理局のエース様に名前を覚えてもらえる

なんて。うふふふふふふふ。それにしても私のフェイクをあっさり見破るなん

て、さすがは白い悪魔。うふふふふふ、怖い怖い」

「レイジングハート!」

Yes

 二撃目の砲撃。傀儡兵の身体に風穴が空き、ぐらりとその場にかがみこんで

しまう。

「あら、お話も満足にしてくれないなんて。管理局の魔道士って本当に野蛮」

「なんとでも言いなさい。これ以上足止めされるつもりはありませんから」

「足止めね。まあ足止めしてたのは事実ですけど、私が言ってたことは本当で

すよぉ。セリムのおじいちゃんは、デバイスの明け渡しを要求してる。渡して

くれれば引き上げるというのも本当のこと。私はあくまでおじいちゃんの言葉

を代弁してただけですから。でもまあいいか。ばれちゃ仕方がない。それでは

全力を持って足止めを」

「高町教導官離れて!」

 傀儡兵の身体にナイフが突き刺さり、それらが同時に爆発を引き起こしてい

く。

「チンク!」

「管理局本局に現れた部隊は囮のようでしたので指示を仰ぎに来たのですが、」

「あらあらあらあら、お馬鹿なお馬鹿なチンクちゃんが来るなんて」

 耳障りなほどの高笑いが周辺空域に響きわたっていくと、チンクは周囲を満

たすクアットロの言葉を振り払うかのように、声を張り上げる。

「あれの相手は私がします。私が、奴を!」

 チンクは自分のことをほとんど語らない。スカリエティの一味に所属してい

たことを恥じているのか、当時のことを人に話したがらないのである。

 だけどクアットロに対し異常なまでの執着を見せている今のチンクを見れば、

チンクとクアットロとの因縁が浅からぬものであろうことは、なのはにも容易

に想像がついた。

「……止めても無駄そうだね。わかった。それじゃあチンクここは任すから、

クアットロのことお願いね。くれぐれも熱くならないように。挑発にも乗っち

ゃ駄目だよ」

「わかっています。それより早く行ってください。クアットロの目的が高町教

導官の足止めなら、話している時間も惜しい」

「ん、それじゃ任せたよ」

 チンクに軽く目線を送るとなのははそのまま最高速でその場を離脱、主戦場

となっていた場所、Nフィールドを目指し飛んでいく。

「Nフィールド、応答してくださいなのはです」

 通信機を取り出すと、インカムを耳に当ててなのはは叫ぶ。

「た、高町一尉。よかった、ご無事でしたか。申し訳ありませんがすぐにSフ

ィールドのほうへ向かってください。黒い騎士甲冑の魔導師が現れたらしく、

防衛部隊はほぼ全滅、ハラオウン執務官が相手をしているようですが――」

「了解、すぐに救援に向かいます!」

 返事を返し、なのはは速度を速めていく。

 自分と相対していた魔導師、セリムがクアットロの見せていた幻影と気づい

たのは、相手から魔力らしい魔力をほとんど感じなかったから。だから容易く

見破ることができたのだけど、クアットロが見せる幻影とは、あれほど幼稚な、

質の悪いものだっただろうか? むしろ見破られることを予想していたような。

いや、見破らせるために幻影を発していたような。

master?」

「あ、ううん。ごめんレイジングハート。余計なことを考えてる暇なんてなか

ったね。とにかくいまは、一刻も早くフェイトちゃんの救援に向かわないと」

 虹色のカーテンがひらひらと揺れ動いていく次元の海。闇夜を切り裂く流星

のように白の衣を纏わせて、エースオブエース、高町なのはは飛んでいく。

 

 

 

 

 キャラクタープロフィール 05

 名前   ディード

 所属   時空管理局兼聖王協会

 階級   監査期間中のためなし

 役職   修道女

 魔法術式 インヒュレート魔導師・陸戦Aランク

 

 

 名前   オットー

 所属   時空管理局本局 中央司令部

 階級   監査期間中のためなし

 役職   書記

魔法術式 インヒュレート魔導師・陸戦C−ランク

 

 

 デバイス・シルフィード 

 パメラ・パーラの使用するインテリジェントデバイス。魔力光は緑。

 待機モード時は指輪の形をしており、サーチを行う際は水晶玉の形に変化す

る。(サーチフォルム)。パメラいわく、水晶玉への変化は雰囲気作り、らしい。

この他に戦闘用のフォーム(ロッドフォルム)を持っているらしいが、パメラ

本人が戦闘を苦手としているためか、ほとんど使用することはない。

 

 

 

 あとがき

 サブタイトル詐欺な第7話です。今回からいよいよ大規模な戦闘スタート。

 ただ原作なのはのナンバーズのように大量に敵キャラクターが登場している

わけでないので、対戦カード自体は実は非情に少ないです。

 前回Sランク魔導師に多数登場してもらいましたが、彼らの主役(スバル、な

のは、フェイト)のように扱うつもりはありません。出張っても準レギュラー。

あくまでも世界観を広げるために出した皆様なので。

 それでは、今回はこのくらいで。




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