魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.5 変わりゆく者

 

 

 時空管理局地上本部から徒歩5分。

 午後の勤務が始まるまでにまだ少し時間が空いているということもあり、ス

バルとセインの二人はリフレシュの意味も兼ねて自然公園のベンチに腰をおろ

していた。

「それじゃオットーたちとはもうずっと会ってないんだ」

「うん。ディードもオットーも本局のほうで仕事してるから、なかなか会う機

会がなくてね」

「そっか、じゃあみんな離れ離れになってるんだ。ナンバーズの子たちって生

まれたときからずっと一緒にいたって聞いたから、そうゆうのって結構寂しい

んじゃない?」

「私はそうなんだけど。ほら、うちの姉妹って静かな子とか真面目な子ばっか

だから。そうゆうことに大していまいち無頓着っていうか……会えないなら会

えないで構わないって感じで。まあ年末には皆で集まろうって話にはなってる

けどね」

「年末か。気長な話だね」

「気長な話だねって、他人事みたいに言ってるけどあんたもメンバーに入って

るからね、スバル」

「えっ、私も?」

「当たり前でしょ。タイプゼロといえ戦闘機人なことに代わりはないんだから、

スバルも私たちの姉妹。それと、ギンガさんもね」

「うーん……確かに、そうなのかな。でも、そうなるとセインは私の姉になる

の? 妹になるの?」

「あはは、そりゃお姉さんに決まってるよ。なんたってセインさんったらカリ

スマ性に満ち溢れてるんだから」

「カリ……スマ?」

「ん、なにその可哀想な子を見るような目は。スバル、あんたまさかあたしの

こと馬鹿にしてるわけじゃないでしょうね!!」

「そ、そんなことないけど」

 図星を付かれ、セインから逃げるようにスバルは目線を上へと上げる。

 緑色の木々が網の目となって空を覆いつつんでいて、射してくる陽射しが葉

っぱを暖めて、スバルたちを明るく照らしていく。

 ミッドチルダの中央区画。首都クラナガンには十メートルを超える高層ビル

が林のように立ち並んでおり、その中央に平和と力の象徴、槍のように伸びた

巨大な超高層タワー、管理局地上本部が存在している。

 社会や経済。全ての次元世界の中心とも言えるこの土地は見渡す限りがコン

クリートの色一色で、SF映画に出てくる大都会、未来世界を具現化しているか

のよう。ただ映画とは違い現実に人間が暮らし働いているからだろう、大都会

でありながら、ここには人々のリフレシュの意味を兼ねた自然公園が数多く点

在している。オフィスから窓の外を眺めるにしても、コンクリートの木と本物

の木ではどちらのほうがより気分をリラックスしてくれるかなど、比べるまで

もないことだろう。

「そ、それじゃセインそろそろ行こっか」

 じっと見つめられ続けるのに耐えかねてか、スバルは握っていた缶ジュース

を握りつぶしベンチから立ち上がる。

「あれ……」

 すると、視界の先に長い髪の女性の姿を見つける。茶色い管理局の制服をき

たその後ろ姿には見覚えがあり、

「フェイトさん」

 スバルが声をかけるとその長い髪の女性、フェイト・T・ハラオウンは小さく

身体を揺らし、スバルのほうへと振り返る。

「珍しいですね。フェイトさんがこんな時間に公園をうろついてるなんて」

 フェイトがついている役職、執務官とは部隊単位で行動する際に事件や法務

案件の統括担当者を担う、いわば現場責任者のようなものである。

 法務。法律に関する処理を行うことができる人物のため現場では大変重宝さ

れているが、法務を中心とした多様な知識や技術が必要になってくるため、そ

の人数はけして多くない。だが人数に比例して事件の数が増減してくれるとい

うことはないので、寝る間も惜しんで働く執務官も珍しくない。とくにフェイ

トは前年に発生したJS事件の解決に大きく貢献しているため管理局上層部か

らの信頼も厚く、複雑で大きな事件に駆り出されることがほとんど。

 スバルが見るフェイトの姿というと、ぱたぱたと忙しそうに走り回っている

ところばかりであった。

 だから、こんな場所を散歩しているフェイトを見るのは少し意外な感じ。

「ひょっとして、今日はお仕事がなくて暇だとか」

「そうゆうわけじゃないんだけど、ちょっとだけ一人になりたかったから」

 フェイトの表情はどこか悲しげで、なにかを思いつめているかのような様子。

そのことに疑問を感じスバルが理由を尋ねようとすると、

「ハ、ハラオウン執務官。こちらにいましたか」

 息も切れ切れに管理局の制服を着込んだ青年が駆けてくる。

「キャ、キャロ・ル・ルシエ一士の意識が戻ったそうです。すぐに中央モニタ

ールームまでお戻りください」

「キャロの意識が戻ったって、え……?」

 青年の発する言葉の意味が分からなくて、スバルは思わず硬直してしまう。

いや、意味がわからないというのは少し間違い。言葉の意味はわかる。だけど

それを言葉通りに捉えるとするなら、キャロは今までずっと意識を失っていた

ということで。

「キャロってたしか、あのちびっ子魔導師ちゃんだよね。ルーテシアお嬢様の

友達の。その子に何かあったってこと?」

 セインがそう尋ねると、フェイトはスバルたちと青年とを目で行き来し、小

さく言葉をもらす。

「仕方ない。スバルたちもモニタールームに来てくれる? 向かう途中で全部

話すから。私の知ってること全部」

 俯きかけていた視線をあげて、フェイトはそう言葉を切り出していった。

 

 

「あちらの現場責任者ブライ二尉の報告によると、キャロたちは三日前にジュ

エルシードの見つかった遺跡の再調査を行ったらしいの。そしてその日のうち

に何者かと交戦。遺跡が跡形もなく吹き飛ばされていることから、相手はかな

り強力な生き物、ううん、ひょっとしたら魔導師かもしれないけど」

「跡形もなくって、遺跡っていうことはその建物かなりの大きさなんですよね。

そんな威力の魔法なんて」

「Sクラスの砲撃、広域魔法なら有り得なくはないと思うけど、Sランク魔法

を使える魔導師なんて管理局にも十人いるかいないか。正直、にわかには信じ

られない話だけど」

「でもさ、信じられなくても現場はそんな風になっちゃってたわけでしょ。だ

ったらもう、それを受け入れるしかないんじゃないの?」

「それはまあ、セインの言うとおりなんだけど」

 時空管理局地上本部中央タワー、42階第06モニタールーム。

 キャロたちの遺跡調査は極秘裏、もしくは小規模に行われていたようで、モ

ニタールームに集まったのはフェイトとスバル、セインを初めとした管理局職

員十人程度。

 それともう一人。

「フェイトちゃん、キャロの意識が戻ったってきいたけど本当!」

 慌てて部屋のなかに駆け込んできたのはスバルの憧れ、管理局の白きエース。

高町なのは。

「うん、まだ詳しいことはわかってないんだけど」

 なのはさんもキャロのこと知ってたんだ。

 フェイトとなのはの話す様子を見て、スバルはぼんやりとそんなことを考え

る。スバルはキャロに与えられた調査任務のことも、何者かと戦っていたこと

も、容態のことも、全然知らなかった。知らされていなかった。いや、あのと

き偶然にフェイトを見つけることがなければ、ずっと知らないままでいたはず。

「あの、なんで私には教えてくれなかったんですか」

 これではまるで、自分だけが除け者にされていたよう。

「フェイトさんもなのはさんも、三日も前にキャロのこと聞いてたんでしょ。

なのになんで教えてくれなかったんですか。確かに会う時間はなかったですけ

ど、それならそれでメールなり電話なりしてくれれば」

「それは……」

 唇に手を触れてたどたどしい態度を見せかけていたフェイトを左手で遮ると、

「いいよフェイトちゃん」

 なのはは真っ直ぐにスバルをその眼で捉える。

「私がフェイトちゃんに言っておいたんだよ、スバル。このことは私とフェイ

トちゃん、二人だけの秘密にしておこうって」

「秘密にしておくって、どうして! 私やティアだってキャロのことを!!」

「うん、スバルの気持ちはわかるよ。でも考えてみて。ティアナの執務官試験

はもう明後日に迫ってるの。もしいまキャロのことをティアナに伝えたら余計

なことを考えちゃう。執務官は私と兄さんの夢だって、ティアナはそう言って

たから。そしてその夢は、もう一歩で叶うところまで来てる。だから黙ってい

るようにフェイトちゃんに言ったの。もしスバルにそのことを伝えたら、スバ

ルはきっとティアナに話しちゃうから」

「それは……でも!」

「もちろん状態が悪くなればすぐに伝えるつもりではあったよ。でも大事には

至らなかったみたいだから」

「大事に至ってないって、キャロは意識がなかったんでしょ! それなのにそ

のことを教えてくれないなんて、仲間を心配しちゃいけないなんて、そんなの

おかしいじゃないですか!!」

「あの……回線が繋がったようですが」

 なのはたちのほうに近寄ると、眼鏡をかけた青年が恐る恐る声をかける。

 一瞬こちらを見たとき顔が引きつったように見えたのは、おそらく見間違い

ではないだろう。

 いまのスバルの形相は、きっと鬼のようになっていると思うから。

「あ、ごめんね。それじゃお願いしていいかな」

 なのはが言うと、青年は頷いてコンソール盤をかたかたと叩いていく。

壁にかけられた大型モニターがぱっと明るくなって、画面に現れたのは厳格

な顔立ちをした中年の男性。

「ハラオウン執務官、並びに関係者の諸君。始めまして。私は95管理外世界

周辺の総指揮を務めているランディ・ヘンゲルという。よろしく頼む」

 胸に指されたエンブレムには三つの星と鷲の刻印がされていた。そのエンブ

レムの意味は、男性が一等空佐であることの証明。

「……? なにかあったのかね」

 モニター越しでも雰囲気というのは伝わってしまうようで、ヘンゲル一佐は

部屋のなかのただならぬ様子を感じ取ると不思議そうに首をかしげてそうつぶ

やく。

「いえ、なんでもありません。お話をお願いします。ヘンゲル一佐」

「ふむ。まあそちらがそう言うなら」

 ヘンゲル一佐はこほん、と小さく咳払いを行うと話を切り出してゆく。

「我々がルシル一士を保護したのは二日前のことだ。ある時刻を境に定時報告

が行われなくなり不審に思い部隊を派遣したところ、飛竜フリードとルシル一

士が砂漠に倒れているのが発見された。ルシル一士の意識が回復したため彼女

に事情を聞いたところ色々なことが判明したので、そちらに伝えたいと思う」

 モニターの画面が突然切り替わり、遺跡の見取り図が目の前に広げられる。

「モンディアル陸曹とルシエ一士の二人は、遺跡奥地で大型のジュエルシード

を発見。それを回収しようとしたところセリムと名乗る男に襲われたらしい。

モンディアル陸曹がルシエ一士を逃がすために時間稼ぎを行うが失敗。両名は

魔導師セリムに倒され、ジュエルシードを奪われてしまった。モンディアル陸

曹の行方については現在も目下捜索中だ。それと魔導師セリムはジュエルシー

ドのことをイデアシードと呼んでいたらしいが、これについてなにか分かるこ

とはないか?」

「セリム……」

「ハラオウン執務官? これについて何か思い当たることは」

「フェイトさん。あの、聞かれてますけど」

「えっ、あ! 失礼しました。イデアシード。ごめんなさい、ちょっと聞いた

ことがないですね……」

「そうか。そうなると無限書庫のほうで調べてもらったほうがいいかもしれな

いな」

「すいません、お力になれなくて」

「いや気に病むことはない。何か分かれば儲け物、という程度の認識だったの

だからね。ああそれと、医務室に回線を繋ぐからルシエ一士となにか話してや

って欲しい。ひどく気落ちしてしまっているようでね。キミたちとは旧知のな

かと聞いているので、励ましてやってくれ」

 モニターに灰色の線が走り、ざーっという雑音が走っていく。回線が混雑し

ているのかキャロがいるという医務室の映像はなかなか流れてくることはなく、

モニタールームを騒がしい音が支配してゆく。

「セリムってたしか、アンノーン事件と同じ日にフェイトさんが会ったって人

じゃ……」

 フェイトのほうをちらりと見ると、スバルは先ほどの言葉を思い出すように

口にしてゆく。

「うん。セリム・F・ヴェンデッタって、そう言ってた。私となのはのデバイ

スを少しのあいだ貸して欲しいって」

「キャロとエリオを襲った人物とフェイトさんが出会った人物。同一人物なん

でしょうか?」

「ミッドから95外世界に行くには二週間以上かかるから、それは有り得ない

とは思うんだけど……」

「名前の一致。偶然と割り切るのは、ちょっと危険ですよね」

 同姓同名の人間は確かに珍しくはあるものの、いないわけではない。ただフ

ェイトが出会った人物はジュエルシードを所持し、ジュエルシードに対する深

い知識を持っているような素振りを見せていた。その人物と同姓同名の魔導師

がジュエルシードの発見された遺跡に姿を現した。

 さすがにこれを偶然と言い切るのには逆に抵抗を感じてしまって……。

 腕を組んでうーんとスバルが激しくうなっているとモニターの砂嵐がぱっと

回復し、ベッドに腰掛けた一人の少女がそこに現れる。

「キャロ!」

「フェイトさん、なのはさん、スバルさん。それにセインさんも」

「大丈夫、ってわけじゃなさそうだね……」

 モニター越しの少女は頭や腕など色々なところに包帯を巻きつけていて、胸

に片手をあてがっていた。ひょっとしたら、肋骨あたりに支障が出ているのか

もしれない。

「へ、平気です。動き回ったりするのはまだ難しいですけど」

「ごめんね。無理させちゃったみたいで」

「そ、そんなフェイトさんが謝るようなことないですよ」

 慌てたような仕草を見せて、そのままキャロははにかんで見せる。でも何故

だろう。その笑顔はまるで空蝉。今にも消えてしまいそうなほど微かで、必至

に何かを隠しているように思えてならない。

「今回の遺跡調査だって本当はエリオ君一人で行うはずだったのに、私が無理

を言ってついて行かせてもらっただけだから」

「うーん。自業自得って、もがっ」

 いきなりKY発言をし出したセインは黙らせておくことにする。

「それでキャロ、エリオのことなんだけど」

「はい…エリオ君。まだ見つかってないって。ごめんなさい、私のせいでこん

なことに」

「キャロが悪いわけじゃないよ。そんなに暗くならないで。エリオのこともそ

うだけど、もう一度私たちに教えてくれないかな。あの次元で何があったのか」

「はい……」

 聞かれて、キャロは次元クルーゼで起きた事の全てをフェイトに一言一言丁

寧に伝えていった。

大まかな出来事はヘンゲル一佐から聞かされていたとはいえ、事件の当事者

からもう一度話しを聞けばなにか違ったことに気づけるかもしれない。スバル

はそう考えていたけれど、残念ながら新しい情報を得る、というまでには至ら

なかった。

あらましを聞き終えフェイトが改めてエリオの行方を尋ねると、キャロの瞳

が少し重たいものに変わる。

「ごめんなさい。私も詳しいことはわからないんです」

大規模な捜索が行なわれても足取り一つつかめないということは、エリオは

すでに現場近くにはいない可能性が高い。エリオが見つからないのは単に捜索

が難航しているだけなのか。それとも……。

「そっか、わかった。それじゃ後のことは私たちが引き受けるからキャロはゆ

っくり休んでて」

「えっ、そんな。大丈夫で……痛っ」

 フェイトの言葉に反応し身体を起こそうとするものの、胸が痛むのかキャロ

はそのままうずくまってしまう。

「ほら、そんな怪我で動くなんて駄目だよ。六課にいたときに教えたでしょ、

無理せずに休むのもstrikerの勤めだって」

「へ、平気です。こんな怪我――」

 おかしいな……。

 キャロをじっと見つめながらスバルは考える。

 モニター越しの映像のせいか細かいところまではわからないけれど、キャロ

が見せるフェイトへの態度には違和感を感じずにはいられない。

 六課にいたときに見せていた自然体な姿とは何かが違う。

最初は久しぶりにフェイトさんに会ったせいで緊張していて、だから六課に

いたときと違って見えるのかなと思ったのだけど、それなら話していくうちに

少しずつ打ち解けていってもいいはずなのに。

「悪いけどいまのキャロには何も任せられないよ。なんだか物凄く焦ってるよ

うに見える」

 フェイトとキャロとのやり取りをじっと見つめていたなのはがそう口を挟む。

「焦ってるって、当たり前じゃないですか! エリオ君がいなくなっちゃった

んですよ。なのにフェイトさんやなのはさんの方こそ、なんでそんなに落ち着

いていられるんですか」

「キャロの気持ちは分かるよ。でもここで私たちがどうこう言ってもどうしよ

うもないから。本局が今後どうゆう方針を見せるかはまだ分からないけど、捜

索の範囲を広げてもらうよう頼んでみるつもりだからひとまず落ち着いて、ね」

フェイトの言葉遣いは赤子をあやすように優しげなもの。けれどキャロは納得

しきれていないようで、頬を膨らませたままそっぽを向いてしまう。

 そして回線はそのまま途切れ、しばらくの後ヘンゲル一佐の立つ司令部らし

き場所に映像が戻る。

「人を励ますというのも、なかなか上手くいかないものだな」

「聞いていたのですか? 医務室との通信を」

「いや。だが顔を見れば分かる。その様子から見るに、あまりいい結果にはな

らなかったのだろう」

「ええ。エリオが捕らえられてるかもしれないのに、どうしてそんな悠長に構

えているのかって。怒らせてしまって」

 自分の心情を読み取られたように感じたのだろう。恥ずかしそうにフェイト

は言葉を口にしていく。

「そうか。モンディアル陸曹たちもキミも機動六課のメンバーだったな。その

分仲間意識も強いと言うわけか。だがハラオウン執務官、くれぐれも個人的感

情を優先するようなことだけは」

「わかっています。相手の詳細が判明していない状態で動いても、迂闊なだけ

ですから。私たちはひとまずエリオの捜索のことも含め、事件をもう一度洗い

なおしてみようと思います。それでキャロのことなんですが、怪我のこともあ

るので一度ミッドまで戻してもらってもよろしいでしょうか」

「そうだな。精神的な疲れもあるだろうし、そちらに戻ったほうがいいだろう。

こちらも次元クルーゼを中心にもう一度モンディアル陸曹の捜索を行なおうと

思う」

「はい。それでは、よろしくお願いします」

 モニターに映っていた映像がぶつりと切断される。砂嵐が画面を数秒覆って、

コンソールを叩いていた局員の一人がモニターの電源を落とす。

「フェイトさん。さっきのあれは、ちょっとひどいんじゃないですか」

「うん?」

「キャロのことですよ。あの子エリオとずっと一緒にいて、庇ってもらって、

自分だけ助かって。本当ならいますぐにでも探しに行きたかったはずなのに、

あとは私たちがやるから休んでろなんて」

「やめなよスバル」

 そう言ってフェイトに詰め寄りかけていたスバルを制したのは、それまでず

っと隣で傍観を続けていたセイン。

「フェイトさんの気持ちも汲み取ってあげないと。フェイトさん、キャロとエ

リオの二人を幼いころからずっと面倒見続けてきてたんでしょ。だから、フェ

イトさんにとって二人は自分の子供みたいなものだと思うの。自分の子供が危

ない目にあってそれを心配しない親なんていないから」

「それは……そうかもしれないけど」

理屈では言っていることはわかる。だけどキャロの気持ちを考えると納得し

きることなんて出来なかった。フェイトさんの気持ちはわかるけど、それはキ

ャロの気持ちを完全に無視してしまっているから。

それになのはさんもなのはさんだ。私やティアナに何も教えてくれなくて、

蚊帳の外においたままで……。

 怒りにも似た想い。でもそれをぶつける場所がわからなくて。

「セイン、午後の仕事が始まるからもう行こう」

「あ、ちょっ、ちょっとスバル」

 感情を履き捨てるように小さくため息をつくと、スバルは走り出していく。

 

 

「どうしたのスバル。私のところに来たと思ったらずっと黙りこくったままで。

なにか用事があってきたんじゃないの」

 事務処理を終えて仕事から上がったのは夕方の五時を少しすぎた辺り。仕事

を終えると、スバルはすぐにティアナにキャロのことを伝えようと思い彼女の

部屋へと走っていった。だけどティアナの姿を見つけて、彼女が山のように本

を積んで勉強している様子を見たとたん、喉元にまで上がってきていた言葉を

飲み込まずにはいられなかった。

『執務官はティアナの夢だから』

 意識しているわけでもないのになのはの言った言葉を思い出してしまう。

 ティアナの夢。あと一歩まで迫った夢。

 キャロのことを伝えなきゃと思う反面、今はティアナに余計な心配をかけさ

せたくないという思いもあって、

「私はエスパーじゃないんだから、言葉で伝えてくれなきゃ悩みの相談なんて

できないわよ」

 呆れたように言って、ティアナは参考書の書き取りを続けていく。

「ねえティア。友達と昇進試験、ティアならどっちを選ぶ?」

「友達と昇進試験? なにそれ、ひょっとして私の執務官試験のことを言って

るの?」

 はぐらかして言ったつもりだったけどあっさり看破されてしまい、スバルの

心臓がどきりと波を打つ。

yes、と受け取るわよ」

 呆れたようにティアナは言って、ペンを動かしていたその手を止める。

「なにか大事が起きて私に伝えようと思ったけど、私が忙しそうにしてるから

伝えるかどうか迷ってる。大方そんなところでしょ」

「…………」

「黙ってても駄目だって。あんたすぐに顔にでるんだから。で、なによ。言っ

てみなさい。ここまで言われて黙ってられると逆に歯切れが悪いから」

「うん……実は」

 その言葉に後押しされてスバルはようやくにキャロの身に起こった出来事、

それに対するなのはたちの対応などをティアナに伝えていく。

 伝えるべきこと全てを伝え終え、

「なのはさんは余計な心配をかけさせるようなことティアに言わないほうがい

いって言ってたけど、ティアだけ知らないままなんて駄目だと思ったから」

 スバルは自信を回復したようで、はっきりとそう言い放つ。

 迷ったけど、悩んだけど、やっぱり私は間違ってなかった。

 そんな強い自信を内側に秘めているよう。

「そっか。キャロが……エリオも」

 小さく呟いて、ティアナは部屋の窓をそっと見上げる。その背中には哀愁と

した気配が見え隠れ。

「ごめんねティア。キャロが怪我したこと。エリオが見つからないこと。いき

なりこんなこと言われても戸惑うだけかもしれないけど、言わないままでいる

のはおかしいと思ったから。なのはさんのことは尊敬してるけど、やっぱり今

回のことだけは」

「許せない、と。そうゆうことね。あんたの気持ちはわかるけど、あんたが間

違ってるとも思わないけど。なのはさんだって何も意地悪で言ったわけじゃな

いんだから悪態をつくのは止めなさい。キャロやエリオ、私の今の状況を理解

したうえで、今は伝えないほうがいいって判断した。それだけのことでしょ。

もっとも、私のせいであんたまで知らされなかったってことだけは、ちょっと

可哀想に思うけどね」

「それだけのことって、それだけなのティア! キャロやエリオが大変な目に

あってたのに、私たちには何にも知らされないままで。それなのにそれだけっ

て。ティア、いくらなんでも薄情すぎるよ!!」

「……スバル、フェイトさんが執務官試験に一度落ちてるのは知ってるよね。

私も最近になって初めて知ったんだけど、なのはさんが大怪我を負った時期と

フェイトさんが執務官試験に落ちた時期、ちょうど同じころなんだ」

 怒りに身を任せ掴み掛かろうとまでしていたのに、スバルの動きが、突然に

止まる。

「同じころって、えっ?」

「ここからは私の推測。証拠は何もないから、半信半疑で聞いてちょうだい」

 そう前置きして、ティアナは言葉を続けていく。

「フェイトさんが執務官試験に落ちた理由は、なのはさんの看病をしていたか

ら。勉強のための時間を削ってまでなのはさんのお見舞いを続けて、そしてそ

の結果不合格になった。『試験なんて来年また受ければいいから』フェイトさん

のことだから、そんな風に言ってたんでしょうね。自分が選んで、その結果の

不合格。フェイトさん自身は気にしてなんかなかったと思う。でもなのはさん

は別。自分の無茶で、自分の怪我で、フェイトさんに迷惑をかけてしまった。

それをずっと重荷に感じ続けていて、私を合格させることで、私を執務官にさ

せることで、フェイトさんへの恩返しをしよう。ひょっとしたら、そんな風に

思ってたのかもしれない。そしてキャロの怪我。なのはさんはたぶん、キャロ

の姿が自分に重なって見えたんだと思う」

「それは……なのはさんはそれでいいかも知れないけど、それって結局私やテ

ィアの気持ちを無視して……そうだ、フェイトさん。私フェイトさんに言って

くる。なのはさんのやったことは、やっぱり絶対におかしいって!」

 いきり立った様子で部屋を出て行こうとしたスバルを、

「それは止めときなさい」

 きつい口調でティアナが押し止まらせる。

「フェイトさんがなのはさんのやったことを止めなかったのは、それに協力し

たのは、そうしなければいけない理由があったから。キャロやエリオのこと、

確かになのはさんから口止めはされてたと思う。けど伝える機会はいくらでも

あったはず。だけどそれを伝えなかったのは、ずっと秘密にしてたのはなんで

だと思う?」

「なんでって……」

「あんたも知ってるでしょ。ミッドチルダの人口増加に伴って犯罪や事故の件

数も飛躍的に上昇してる。犯罪者を裁く際も、事故が起きたときどちらが加害

者でどちらが被害者かを判断する際も、法律に関する細かな知識を持つ人間は

必要不可欠。執務官はどこの現場でも必要になってくる人たちだけど、現状そ

の数は絶対的に足りないの。昼夜問わず働き通している人たちを見れば、執務

官って仕事がどれだけ激務なのかわかるでしょ。新しい執務官が一人でも多く

生まれれば、それだけ自分や他の人たちの助けになる。そしてそれは、ミッド

チルダに暮らす多くの人たちを救うことにも繋がる」

「…………」

「ま、納得しろって言うほうが難しいか。あんた昔から人一倍友達想いだった

しね」

「ティアは……違うの?」

「んなわけないでしょ。私だってキャロたちとは一年も一緒にいたんだから心

配に決まってるわよ。でも自分の感情よりも優先しないといけないこともある

ってこと。ただ今回のことだけに関して言えば私もスバルと同意見ね。なんで

教えてくれなかったんだーってね」

 怒ったような仕草を見せて、ティアナはもう一度笑顔を浮かべる。

「なのはさんのやったことはやりすぎだった。でも考え方自体は悪いとは言え

ないから、このことにはもう触れないほうがいいかもしれないわね。なのはさ

んもフェイトさんも、本心では私やあんたに悪いって思ってるんだろうから。

それでキャロの様子はどうだったの?」

「あ、うん。包帯は巻いてたけど動けないほどひどいってわけ状態じゃないみ

たい。たぶん脳震盪が続いてたんじゃないかな。念のために本局に戻すってフ

ェイトさんたちは言ってたけど」

「そっか、なら会えるのは大体二週間後ぐらいかな。無事に執務官になったっ

てキャロに報告できるといいけど」

「執務官試験。ティア大丈夫なの?」

「うん? 大丈夫ってなにが?」

「その、私がキャロのこと話しちゃったりしたからそのせいで……」

「ストップ! 落ちるとか滑るとか不吉なこと口にしてみなさい。その瞬間ぶ

ん殴るわよ。……あっ」

「ティア、自分で言ってる……」

「あはははは。ま、まあ大丈夫大丈夫。無事に合格して見せるから。っていう

より、合格してみせないとね。なのはさんやフェイトさん、あんたにキャロ。

みんなの心配やわだかまりを失くすにはそれが一番手っ取り早い方法だろうか

ら」

「そっか、そうだよね。頑張ってねティア」

「任せときなさいって」

 

 

 ティアナに別れの挨拶を交わし隊舎の廊下を歩いていると、スバルの持つデ

バイス・マッハキャリバーが騒がしく音を鳴らし始める。

 デバイスというと魔力増強、魔法使用のための補助装置と捉えている人が多

いが、デバイスの本来の役割は術者のサポートをするための補助ツール。その

ため上司や同僚からの指示や伝言を受信する、という大事な役割も担っている

のである。

 スバルが所属する特別救助隊とは災害が起きた際、迅速に人名を救助するこ

とや二次災害の未然防止を行なうことが主な仕事。そのため勤務は本当に激務

で、仮眠はおろかゆっくり食事をすることさえ難しいというのが実情。休みが

ないということも少なくない。とはいえそれはあくまで勤務中の話であり、平

常時までそのような無茶をやらされるというわけではない。プライベートな時

間が一切なく、四六時中災害に備えた生活を続けられると合っては、災害救助

隊に所属している人たちは皆がみんな、身体を壊してしまうだろう。

「ミッド市街地で大型車の玉突き事故。爆発の恐れあり、か」

 非番のスバルにまで連絡が来るあたり、よほど人手が不足しているよう。

「スバル! はぁはぁ。やっと見つけた。もう、探したんだからね」

 息も切れ切れに姿を現したのは特別救助隊同僚の少女セイン。

「まったくもう。あんたすぐにいなくなるんだから。落ち着きがないっていう

かなんていうか。少しは私みたいに情緒さや気品さを漂わすことができるよう

にねぇ」

「ごめんごめん。それよりセイン。この事故が起きた場所って、ショッピング

モールのところだよね」

「ん、そうだね。このあいだ私らがケーキ買いに行ったところの近く。海洋で

タンカーの衝突事故があったせいで部隊の人のほとんどが出払っちゃってて。

スバル、悪いけど救助作業手伝ってもらえるかな」

「了解、三分で仕度するね」

 人手が足りない。

 ティアナのその言葉を、スバルは痛いほど痛感する。

 比較的隊員が多くいる特別救助隊でさえ、非番の人間の手を借りなければい

けないほど忙しいのだ。

 発生する事件に対し、絶対的に人数が不足している執務官の人たちはどれほ

どの激務なのか。

 そのことを考えるとなのはやフェイトの考え方、行動は正しかったもののよ

うに思えてくる。

 だけどだけどだけどだけどだけどだけど!!!

 なのはとスバル、はたしてどちらが正しかったのか。

 いや、そもそもどちらかが正しくて、どちらかが間違っていた。本当に、そ

んな風に二分することができるのだろうか?

それすらも、いまのスバルにはわからなかった。

 

 

キャラクタープロフィール 03 

名前   ランディ・ヘンゲル

所属   時空管理局 エリア03(76~99管理外世界) 

 

階級   一等空佐

 

役職   総指揮官

 

魔法術式 ミッドチルダ式・空戦D+ランク センターガード

 

 

 あとがき

 月1というゆっくりペースにも関わらず読んでくれている皆様、ありがとう

ございます。

 今回の話でティアナが本編に関わってくるようになり、striker初出組の4

は一通り登場したと思います。

 なのはの性格、こんな薄情なやつなのはじゃない! と思われる方もいるか

もしれませんが、私のなかのイメージだとなのはは怖いほど冷酷になれる、と

いうキャラのためこのような性格に。

 実際A.Sでのヴィータに対する悪魔でいいよ発言など、他人に恨まれようと

己の信じる正義を貫く、というところがあるようなので。

 べつになのはさんが嫌いでこんなキャラにした、というわけではないのであ

しからず。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。