魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.4 イデア

 

 

 第96管理外世界クルーゼ。なのはやはやての出身世界の隣に位置するそこ

は、ミッドチルダの8分の1という非常に小規模な無人の次元。

 次元のなかに存在する世界もそのほとんどが岩と砂により構成された、砂漠

とかした世界ばかり。

 かつての繁栄を思わせる遺跡群もそのほとんどが砂のなかに埋もれてしまっ

ており、砂ねずみの住処に成り果ててはまっている。

「けっこう風が強いんだね」

「建物や草木、遮へい物が一つもないからね。風が流れるままになってるんだ

と思う。キャロ、飛ばされるといけないから帽子は外しておいた方がいいよ」

「あ、うん」

 ピンクの帽子を脱ぐとキャロと呼ばれた少女はそれをポーチのなかへとしま

いこむ。

 キャロ・ル・ルシエ。

エリオ・モンディアル陸曹とともに管理局辺境自然保護区から開拓部隊に派

遣されてきた少女で、階級はエリオの一つ下の一等陸士。

「ジュエルシード。ロストロギアの眠っていた古代遺跡の調査か。僕たち二人

だけだとちょっと大変かもしれないけど、頑張らないとねキャロ」

「クーキュルー」

「あ、ごめんごめん。フリード。三人で、だね」

 白銀の小竜に謝りの言葉を述べるエリオのことをじっと見つめながら、キャ

ロは自分たちがこの次元に来た際の経緯を思い返していた。

 ブライ二尉から遺跡の調査をするよう頼まれたのは二日前のこと。

 十年前に起きた次元災害未遂事件のキーパーソンとなっていたロストロギア、

ジュエルシード。

 最初にそれが見つかった場所を再度調査するようブライ二尉から指示されて、

それでエリオとキャロの二人は小型船でこの無人世界へとやってきたのだ。

 本格的な調査を行えるだけの知識はエリオもキャロも持ち合わせていないが、

遺跡のなかを探るぐらいのことはできる。依頼主のフェイト一尉が緊急を要す

ると言っていた以上、本格的な調査隊が送られてくる二週間後まで完全に放置

しておくわけにもいかないだろう。

それに一度は本格的な調査が行われた遺跡。何か発見があるとすればそれは

単に見落としていたという可能性が高く、専門的な知識を持たない者たちでも

十分役に立つはず。

「原生生物は住んでいないはずだけど、もしもってこともあるから気をつけて

ね」

 管理局の公式な見解では無人世界ということになっているが、次元間を移動

するような特殊な生物が存在する以上、たとえ無人世界であっても絶対に生き

物がいないとは言いきれない。なかには高い魔力を秘めた生き物もいるから、

不意をつかれればキャロやエリオでも危ないだろう。

 実際闇の書を駆る一連の事件の際、ヴィータ三等空尉と交戦した原生生物は

彼女を瀕死寸前にまで追いやっているらしい。

「遺跡の位置は……ここから南方に二十キロか」

「二十? けっこう遠いね。歩いてだと時間がかかりすぎちゃうから、お願い

していいかな。フリード」

「クキュルー」

 グローブの手の甲にはめ込まれた宝石が桃の光を帯びていき、血管のように

伸びた細い線一本一本に光が流れていく。それはまるで血液が流れていってい

るかのよう。

 魔力を巡らせたグローブを胸の前に掲げると、キャロは魔法を詠唱する。

「行くよ、竜魂召還」

 フリードの身体がまばゆい光に包まれて、ポーチのなかに入るほど小さかっ

た飛竜はぐんぐんと大きくなっていく。

 本来の身体に戻った白銀の翼。その大きさは十メートルを超えており、圧巻

するほどの存在感を周囲に見せつけていた。

空に向けて吼えると砂の上に身体を寝かせ、翼を低くする。

 キャロとエリオの二人が自分の背中に乗ったのを確認すると、フリードは力

強く翼を羽ばたかせて空へと飛び上がる。

地表にいたころから強かった風は大地から離れるとさらにその勢いを増して

いき、いつの間にか舞い散る砂埃のせいでまともに前も見えないような状態に

なってしまっていた。

 風と砂埃をよけるため、キャロは魔法障壁でフリードの身体全体を包みこむ。

「クキュルー」

 成熟した巨大な外見からは想像もつかないほど可愛らしい声をあげると、白

銀の飛竜は風を切り裂いていく。ただひたすらに、遺跡を目指して。

 

 

「エリオ君。駄目、ここの通路も埋まっちゃってるみたい」

 ユーノから送られてきた地図を参考に遺跡のなかに入ったものの、十年とい

う長い歳月のあいだに崩落に巻き込まれてしまったり、砂に埋もれてしまった

部分が多々出来てしまっているようで、地図に描かれた道の半分は行き止まり

になってしまっていた。

「そっかぁ。うーん……ジュエルシードが置かれていた場所へは、地図どおり

に進んでもたどり着けるんだよね

「あ、うん。それは大丈夫みたい」

「そっか。よし、それなら一度そっちに行ってみよう。何か収穫があるかもし

れないしね」

 蒼色の槍を片手にエリオが歩き出すと、キャロはその後ろを追いかけていく。

 槍を構えたエリオの姿は威風堂々としていて、その背中は見た目以上に大き

く、そして頼もしく思えた。

 こうして一緒に行動していると、六課にいたころに比べて格段に成長してい

ることがはっきりとわかる。

魔力や体力のことではない。心の持ち方。

 機動六課に所属していた一年間。単純な戦闘能力だけでなく状況判断の能力

や決断力も磨かれ続けてきた。

 フェイトやなのははフォワード陣が士官になっても十分にやっていけるよう

訓練したと言っていたが、キャロはいまになって始めて、その言葉の本当の意

味を理解することができたような気がする。

 考え、行動する。

 それは当時も今も変わってはいないのだけど、フェイトを隊長とする小隊の1

個人でしかなかった当時と今では、抱えているものの重みが全然違う。

 あのときは間違った行動を行っていたとしても、フェイトやなのはがその間

違いを正してくれていた。それに行動の結果どのようなことが起きようと、そ

の被害を被るのは自分だけ。

 けれど此処、開拓部隊においてエリオとキャロの二人には独立した仕事を任

されている。未開拓の世界への訪問。次元の調査。危険な原生生物の排除。

 内容は様々とはいえ、どの仕事においても現場での最高責任者を任されてい

ることに変わりはない。

 誤ったことを行えば、誤ったことを指示すれば、自分達の部隊全員が被害を

被ってしまう。

 だからこそ常に考え、常に最善の手段を導き出そうと努力していく。

 それが、士官という役職が行わねばならぬこと。

 士官としての責任。それも大事なことであるが問題はもう一つある。それは

エリオやキャロが若すぎるということ。

 わずか10歳足らずの子供を上司に持って、それに不満を抱かない人は稀だ

ろう。管理局は実力主義。年齢が低くても能力が高ければ高い役職につくこと

も少なくない。頭ではそれがわかっていても、完全に納得するのは難しい。そ

んな簡単に割り切ることができるなら、社会はもっとよくなっているはずだか

ら。

 士官としての責任を果たし、部下に自分を認めさせる。

 それは並大抵の苦労ではないのだろう。事実、キャロは士官としての能力に

欠けると判断され降格させられてしまっている。

最初に開拓部隊に派遣されてきたときには、二人とも陸曹だったのだ。

 自分と同じ歳の男の子。そう思っていた。いや、いまでもそれは変わらない。

なのに、気づけばずいぶん離されてしまっているようで。

「二十一個のジュエルシードはこの部屋に置かれていた。配置はそれぞれ……」

 だから今回の遺跡調査任務を通して、キャロはもう一度エリオと並びたいと

思っていた。

 いつまでも追いかけてばかりいるのは嫌だったから。

「出来るのは二つの八芒星と五芒星。三つの星は全てこの位置を中心に定めて

いて」

 部屋のなかをぐるりと見回した後、エリオは星が合わさる場所へと移動する。

キャロも気になってその辺りを見回してみたけれど、天井にも床にも、特別な

刻印らしきものが目に付くようなことはなかった。

「キャロ。ユーノさんから送られてきた遺跡の外観の映像、もう一度見せても

らっていいかな」

「あ、うん」

 ポーチから立体映像の装置と遺跡の地図とを取り出すと、キャロはそれをエ

リオに手渡す。

「どう? なにかわかる?」

 地図と部屋とを何度も目で行き来しているエリオにそう訪ねると、やがて彼

はゆっくりした口調で告げていく。

「僕達が入ってきた壁が崩れていた場所。ここってひょっとして、上層のほう

なんじゃないかな。遺跡の全体像が宮殿にみたいになってると仮定した場合、

あそこはバルコニーってことになる。僕達はそこから入ってきて、上層のほう

をぐるりと回ってきた。そして此処、たぶん貴重品をしまうための部屋だと思

うけど、そこにやってきてる」

 手にしていた蒼色の槍をくるりと回転させて先端を床に向けると、何かを確

認するように石畳を突いていく。

「だからこの下はたぶん」

 圧縮した周辺の空気を石畳に打ちつけると、地面が崩れ巨大な空洞が顔を覗

かせる。

「やっぱり、まだ下があったんだ」

 空洞はかなり深くまで続いているようで、下の様子を確認しようと覗きこん

だものの、見えるのは真っ暗な闇だけ。

「先に降りて様子を見てくるから、キャロはここで待ってて」

 自身の持つ槍型デバイス、ストラーダを広範囲攻撃用の形態(ウンヴェッター

フォルム)へと変化させると、エリオは穴のなかへと飛び降りる。

「う、うん」

 キャロが返事を返すより早く、エリオの姿は闇のなかに溶けて見えなくなっ

てしまう。

 広範囲への攻撃が可能で近接戦闘に特化したエリオが真っ先に飛び込むとい

うのは、利に叶っている行動だとは思う。キャロの魔法はあくまで後方支援。

不意打ちに対処できるような力は持っていない。

 だからキャロが上で待つのは当たり前。

 だけど仮にエリオとキャロの能力が逆だったとして、エリオと同じことがで

きるだろうか。

 なにが隠れているかもわからない薄気味の悪い真っ黒闇のなかに、自分から

進んで飛び込むようなことが。

 考えて、キャロは自分の考えを否定する。

 たぶん無理だと思う。暗い穴を覗きこんで足がすくんでしまって、穴の前で

うろうろとしてしまう。エリオ君が手を握ってくれて『大丈夫だよ』って微笑

んでくれて、始めて飛び込むことが出来る。

 エリオ君と一緒に肩を並べて、それでやっと前に踏み出すことが出来る。

 穴のなか。真っ暗な闇のなかに一瞬黄色い閃光が走り、純銀の槍が光を反射

する。たぶんエリオ君が雷撃魔法の魔法を使ったんだと思う。

 なにかいるのかなと、銀色に光る槍のほうを覗きこんでみる。

「降りてきても大丈夫そうだよ、キャロ」

 返ってきたのは、聞きなれた少年の声。

 相変わらず下のほうは真っ暗なままでよく見えないのだけど、エリオの声の

感じから察するに差し迫った危険があるわけではなさそう。

leg Wing

 キャロの持つ手袋型のデバイス、ケリュケイオンの宝石部分に魔法の名が映

し出され、両足の踵部分に純白の羽根が一対ずつ浮かび上がっていく。

 Wing−ウイング 

物質を飛ばすための魔法で、翼を生やした対象物に飛行能力を付加させる。

 その効果はそれほど強力なわけではなく、一定時間のあいだ小物の入ったダ

ンボールを空に浮遊させる程度。人間を飛ばせるほどの効力はない。

 けれど魔法とハサミは使いよう。

空を飛ぶことは不可能とはいえ、落下スピードをやわらげるぐらいのことは

できるのだから。

キャロはぴょんと穴のなかに飛び込むと、そのままゆっくりと降りていく。

「お待たせ、エリオ君」

 地面に足を降ろすとキャロはWingの魔法を解除する。それから少しして、フ

リードがぱたぱたと翼を羽ばたかせてそばへと降りてくる。

「ちょっと火をつけるから、火傷しないよう気をつけて。キャロ」

 エリオが松明代わりに小さな炎を起こすと、真っ暗だった世界に光がともる。

風や日光、空気にほとんど触れていないせいか左右の壁はとても綺麗な黄土色

をしていて、廃れた様子はまったくと言っていいほど見当たらない。

 壁と壁との合間はせまく大人一人がぎりぎり通れるかな、という程度。

「エリオ君、あの扉なにかな」

 明るくなったことで周囲がはっきりと見えてき始めて、キャロは通路の向こ

うに設置された真っ白の扉の存在に気づく。

「関係者以外の立ち入りを禁ずる」

 エリオとキャロは二人してその扉に近づいていくと、扉に描かれた文字を読

みあげる。

「これってミッドチルダの文字だよね。あれ、でもおかしいよ。ここって未開

拓の世界のはずなのに」

「うーん……そのはずだけど」

 エリオが扉に手を触れようとしたその瞬間、ばちりという鋭い音が走る。

「複合障壁? こんな複雑な呪文を未開拓の次元で行うなんて」

 物理と魔法。異なる二つの衝撃から守るために張られた障壁呪文。

「二つの魔法を組み合わせるなんて、管理局の魔導師でもそんな器用なことが

出来る人少ないのに……」

「とりあえずなかを調べよう。キャロ、解呪(ディスペル)お願いしていいかな」

「あ、うん」

Boost up

 ケリュケイオンにより魔法の効力を増大させると、キャロは解呪の魔法によ

り白扉にかけられた魔法を解析していく。

 古くにかけられたものといえミッドチルダ式の魔法であることに代わりはな

く、ブーストの魔法により解析速度を向上させたウイルスプログラムはあっさ

りと扉にかけられた魔法を破壊しつくす。

Mission complete

 ケリュケイオンが言葉を告げて、キャロとエリオは互いに頷きあうと扉を開

きなかへと入っていく。

 何かの研究をしていたのだろう。部屋のなかには大小様々な機械が設置され

ており、床には目に見えるほど大きな埃と無数の配線。分厚い資料の数々は棚

に入りきらぬほどに溢れていて、そのうちの何冊かは足元に散らばっていた。

 散らかりっぱなしの部屋のなか。本を踏まないよう気をつけて歩いていくと、

その先にそれはあった。

 天井まで伸びたパイプ状の巨大なガラスケース。なかに保管されているのは

蒼い石。形や色はジュエルシードとほぼ同じなのだけど、その大きさは今まで

キャロやエリオが見てきたものの比ではなかった。

 大人の握り拳と同等の大きさ。宝石というにはあまりに大きすぎるそれは見

とれてしまうほどの輝きを宿しており、部屋のなかを静かに照らし続けていた。

「これ、ジュエルシードとは違うのかな」

 ガラスケースの前に立つと、エリオは周辺をきょろきょろと見回し始める。

おそらく宝石の資料、もしくは記載メモなどを探しているのだろう。

 キャロも一緒になって探しては見たものの、一見しただけではそれらしいも

のはどこにも見当たらない。床に落ちていた本のうちの一冊を手に取りぱらぱ

らとページをめくってみたものの、古代の文字で書かれているらしくほとんど

読むことはできなかった。

「とりあえず、本局のスタッフのところに届けよう」

 魔力刃によりガラスケースに穴を開けると、エリオは手を突っ込んで蒼い石

を掴みとる。

「キャロ、一度外に出たいから長距離転移の魔法を――」

 言いかけて、エリオはストラーダを構え扉のほうへと向きなおる。

 どうしたのとキャロが訊ねようとした瞬間、かつん、かつん、という高音が

部屋の外から聞こえてきて、キャロにも状況を理解することができた。

 無人世界の古代の遺跡。ここはその最奥で、人が迷い込むなんてことは絶対

に有り得ない場所。だから人が来るとすれば、それは迷い込んできたというわ

けではなく。

 ゆっくりと扉が開かれて、エリオは槍を強く握りなおす。

「ふむ。落盤にしては妙な音だと思ったけれど、やはり先客が」

 姿を現したのは、黒い杖を持った初老の男。

 管理局の制服を着ているわけでも、見覚えのある顔をしているわけでもない。

 要注意と判断したのだろう。ストラーダを構えたまま、エリオは静かに言葉

を告げていく。

「こちらは時空管理局魔導師、エリオ・モンディアルです。この場所は現在時

空管理局による調査が行われているため、一切の立ち入りが禁止されているは

ずですが」

 警戒態勢というより、臨戦態勢といったほうがその実を的確に表しているよ

うな状態。

「イデアシードは……おや、ないな。キミたちがケースから取り出したのか?」

 エリオの言葉になど聞く耳持たずという様子。初老の男はエリオが蒼い宝石

を持っているのを見ると満足そうに頷き、

「では頂こう」

 深淵の色をした巨大な球体を作り出す。

「汝に捧げるは冥府への旅路。開け、タルタロスゲート」

 純粋魔力による広域攻撃魔法。石畳の床が次々に空中に跳ね上げられて、石

畳一つ一つが粉々の粉塵へと変化していく。

「ふ、伏せてエリオ君」

Wheel Protection

ケリュケイオンによる高密度防御魔法。手前に出ていたエリオと自分とを障

壁により等しく包みこむと、キャロは床に伏せて身を低く保つ。

破壊の球体はキャロが伏せていた部分を残しその周辺全てを砕いていく。床

に亀裂が走ると同時に二つに裂けて、床であったものは深い闇のなかへと落ち

てゆく。

「フリード!」

 Leg Wingの魔法で落下スピードを遅めると白竜の背中にしがみつく。

 キャロが指示を出すとフリードは返事を返すように大きな声をあげ、翼を羽

ばたかせて真上へと上昇。砂塵を照らす太陽の元へと躍り出る。

「エリオ君!」

 パートナーの少年の姿を見失いキャロがその名前を叫ぶと、

 ギィィィィィン

 金属同士が激突する激しい衝突音が鳴り響き、雷撃と火花が一面に飛び散っ

てゆく。目を凝らしその中心をじっと見つめてみると、エリオと初老の魔導師

とがゼロ距離での近接戦を繰り広げていた。

「あの距離での広域砲撃を防ぐ。ふふ、管理局という組織、なかなか優秀な魔

導師を有しているな」

「……あなたは、何者ですか」

「名前はセリム。しがない野良魔導師だよ。イデアシードを渡してくれれば手

荒なことをするつもりはないが、組織に属している以上そうもいかぬか」

「そうゆうことになりますね」

 空中での戦いはエリオには明らかに不利。デバイス・ストラーダには魔力を

ロケットのように噴射させ飛行するための能力は付加されているが、それはあ

くまで移動用の魔法であり、航空魔導師と対等条件で戦うためのものではない。

「紫電一閃!」

 変換した魔力を武器に付加し打撃として打ち込む。変換資質を持つベルカ式

術者の基礎にして奥義ともいえる技法。

 紫電を帯びた蒼槍を振り上げると、エリオはセリムの懐に飛び込み相手のバ

リアを破壊。距離をとろうとしたセリムを直線状に捕え、そのまま一気に貫こ

うと宙を蹴り上げる。セリムは、子供のささやかな抵抗をあざ笑う。

「グラヴィティフォール」

「えっ、重……」

 エリオの動きが急に鈍いものに変化して、セリムは指先で弧を描く。

Seed flare

 おそらくデバイスのものであろう女性的な機械音声が鳴り響き、エリオの身

体を真っ黒な炎が覆ってゆく。

「エ、エリオ君!」

「このっ」

 キャロの目の前でエリオの身体が炎に覆われたその直後、エリオは炎を振り

払うように長槍を振るい、黒炎を二つに切断する。

「一手遅い」

 バリアジャケットを黒炎で焦がしながら炎を振り切ると、エリオの目の前に

初老の男。

 デバイスより魔法を放とうとセリムが構えたのと、その身体が巨大な爪によ

り地面に叩き落とされたのとはほぼ同時。

「エリオ君! 乗って」

 龍王ヴォルテール。キャロの有す使役竜のなかで最も強力な力を持つもの。

 彼女は召喚した龍の王に敵の魔導師の足止めを頼むと、エリオの真下へと飛

んでいく。

「ごめん助かったよ、キャロ。でも早くヴォルテールを引っ込めて。でないと

まずい。あのセリムって人たぶん――」

「ヴォォォォォォォォォ!」

 天を貫く勢いで鉄(くろがね)の皮膚を持つ巨竜が雄叫びをあげると、その身体

から緑色の血飛沫が吹き上がってゆく。

「アルザスの守護竜、龍王ヴォルテールか」

「そ、そんな……」

 ヴォルテールが爪で叩き潰したその下で、黒の長杖が空に向けて掲げられて

いた。

「クラウストルム、オーバードライブ」

 杖の先端が紅蓮に染まってゆく。

「まずい。キャロ、これをお願い」

 エリオはキャロに蒼い宝石を手渡して、ストラーダを構えなおす。

「僕とヴォルテールで時間を稼ぐから、その隙にブライ二尉のいる次元まで逃

げて」

「そ、それってエリオ君たちが囮になるってこと!? 駄目だよそんなの」

「あの広域魔法をまともに食らったら二人ともやられちゃう。どっちかが引き

止めておかないと」

「そ、それなら私が」

「無理だよ、キャロは後方支援型の魔導師なんだから」

「で、でも……」

「でもじゃない!」

 空気をぴしゃりと叩きつけるように、エリオは強く叫ぶ。

「僕らはあの遺跡の調査を命じられた。そしてこの大きなジュエルシードを見

つけた。だから僕らが最優先でしなければならないことは、これを持ち帰るこ

となんだよ。互いに足を引っ張り合って共倒れになるなんてこと、絶対にあっ

ちゃ駄目なんだ。それに、これはフェイトさんが僕らに頼んだことなんだよ。

だから行ってよ、キャロ!」

「わ、私は足を引っ張るなんて……」

 その場に留まろうとするキャロの意思を無視し、エリオの必死な決意を感じ

取り、フリードは大きく翼を羽ばたかせてゆく。

「ふ、フリード!?」

 風を切り裂いて、白銀の飛竜が飛んでゆく。幼き竜召喚士をその背に乗せて。

「やめて、止まって」

 キャロの訴えは決意を固めたフリードに届くことはなく、エリオの姿はどん

どん小さくなってゆき、やがて見えなくなってしまう。

 蒼の宝石を両手で抱えたまま、キャロは風のなかを流されていく。

 

 

フリードの背に乗ってその揺れに身を任せながら、キャロはぼんやりとエリ

オが最後に言った言葉を思い返していた。

『フェイトさんが僕らに頼んだことだから』

 あの時口にしていた言葉は、たぶん無意識のうちに言っていたのだと思う。

 思えば今回の遺跡調査、エリオは異常なほどのやる気を見せているようにキ

ャロは感じていた。

 エリオ君にとってフェイトさんがどんな存在なのか。それはエリオ君自身に

しかわからないけど、フェイトさんの期待に応えようって想いが心の中に強く

根付いていたことだけは確かだと思う。

 エリオ君は私のことをどうゆう風に思ってるんだろう。

やっぱり、仕事のうえでのパートナーぐらいにしか思ってないのかな。

「くーきゅるー」

 喉を鳴らすようなフリードの声ではっと現実に引き戻されて、キャロは自分

の頬をぱちんと叩く。

 余計なこと考えてちゃだめ。とにかく今はこのロストロギアをブライ二尉た

ちのところに届けないと。

 地上をじっと見下ろしていると、やがて視界の先に小型の次元航行船が見え

てくる。

 よかった。あった。ロストロギアを届けたからすぐに助けに来るからね、エ

リオ君。ヴォルテール。

航行船に近づくにつれ次第に船体の輪郭がはっきりとし始めて、

「うそ……」

 船の横に立っている男の姿も、おぼろげなものからはっきりとした存在へと変わっていく。黒の長杖を手にした初老の男。

「イデアシードは渡してもらう。そう言ったはずですが」

 初老の男、セリムはキャロの姿を認めると空へと飛び上がり、フリードの目

の前へとやってくる。

「え、エリオ君をどうしたんですか」

「おや、他人を気にする余裕が?」

 感じたのは、恐怖と寒気。

 心の内側まで見透かされているような、ざらりと頬を撫でられるような感覚。

「ふ、フリード。ブラストレイ!」

 恐怖を拭おうと力いっぱいの声でキャロは叫ぶ。

竜が放つ火球。炎の球がセリムに向けて飛んでゆく。

「仲間に頼り竜の王に頼り、今度は飛竜」

 指先で火球をはじくと、セリムは言葉を続けていく。

「すがり付いて生きてゆくことしかできないとは。悲しいな」

「す、すがりついてなんて……」

 反論しようとしたけれど、なぜだか上手く喋ることができなかった。

「おや、違うのかな? 仲間に頼り龍の王に頼り、飛竜に頼る。それはすがり

ついていることだと思ったが」

「私は……エリオ君を」

 すがりついてなんていない。そう言いきるのは簡単なことのはずなのに、私

は、すがりついてなんていないはずなのに……。

「我思うゆえに我有り。すがりついて生きるならば、誰かに従うままに生きる

ならば。果たしてそれに我が有ると言えるのだろうか」

 セリムの身体がわずかに左右に揺れて、視界からその姿が消えてしまう。

「さようなら幼き竜召喚士。縁があればまた」

 首元に何かがぶつかるような感覚。

 周囲が物凄いスピードで下から上に流れていく。棒を叩きつけられたような

強い痛みを首に感じて、そこでキャロは始めて自分が倒されたということに気

づく。

 フリードの雄叫びがどこか遠くのほうで聞こえる。

 考えることすらまともにすることはできず、意識が遠のいてゆく。

「エリオ君、フェイトさん……」

 どさり。

 砂漠だけがどこまでも続いてゆく無人の次元。重たい皮袋のようなものが地

面に叩きつけられ、乾いた音が一度だけ鳴り響く。

 寂寞の空を流れていく風は冷たく、悲しみを帯びていた。

 

 

 第9無人世界。軌道拘置所『グリューエン』。各軌道拘置所施設のなかでも最

大級の大きさを誇る巨大施設で、収監されている囚人たちも皆、管理局のブラ

ックリストに名を連ねていたような危険人物たちばかり。

 フェイトは一人、そんなブラックリスト揃いの拘置所に足を運んでいた。

 彼女を出迎えたのは若い看守。あどけなさの残る子供らしい顔つきの青年で、

管理局の茶色い制服を着込んでいた。

「ごめんなさい、突然押しかけるような形になって」

「いえ、さすがに事が事ですから。ところで、こちらにお越しになったのはハ

ラオウン執務官だけでしょうか? 当人、クアットロを目撃したのは別のひと

たちと聞いていますが」

「目撃したのはナンバーズの子たちなので、上層部は証言を半信半疑で聞いて

いたようです」

 チンクは自分のことをなのはの補佐役と自称しているが、ある意味でそれは

間違い。スカリエティ事件によってその半分が機能しなくなってしまった時空

管理局という組織にとって、戦闘機人の能力、戦力は貴重なものだったのだろ

う。だが彼らがスカリエティとともに大規模騒乱を起こしていたことは事実の

ため、管理局側は彼らを完全に信用しきってはいない。

 そこで発案されたのが監査というシステム。謀叛を起こしたとしてもその場

で彼らを処理できるだけの実力を持つ魔導師たちと組ませることで、彼らの力

を管理局に役立てようという考えである。

 つまり管理局はある意味ナンバーズが謀反を企てているという前提の元、彼

らを各部署に配置しているのである。だが先日配属が決まったばかりのナンバ

ーズ最後の一人、セインの付近に彼女を制せるほど強力な魔導師がいないこと

からもわかるとおり、管理局は彼女らを少しずつ信用し始めているよう。

「なるほど、ナンバーズの人たちが。まだ監査が続いているという話ですし、

管理局はまだ彼らを信用しきってはいないのでしょうね。本人たちを監獄施設

に連れてこなかったのも、その現れでしょうから」

「信用は……たぶんしてるんだと思います。けどあの子達が戦闘機人である以

上、自分の意思とは無関係に行動を起こす可能性もありますから」

「スカリエティが命令することで起動する特殊プログラム、ですか。でもそれ

らしいものは見つからなかったと自分は聞いていますが」

「うん。精密検査やデータチェックの結果だけを見ればブラックボックスにな

るような部分はなかったけど、見つからなかったからブラックボックスがない。

特別なプログラムなんて入っていないとは言いきれないから。それで、スカリ

エティのところにはどうやっていけばいいんでしょう?」

「スカリエティ……少々お待ちください。ああ、3−Fの最南ですね。デバイ

スに拘置所の地図を転送しておくので、それを参考にしてください」

 看守の青年と別れるとフェイトは面会室や看守室を通り過ぎ、一面が鉛色と

銀で作られたSFチックな細い通路にたどり着く。一つ一つの独房はかなり離

れているらしく、囚人同士の話し声が聞こえてくるようなことはなかった。

 床板に傷んでいる部分があるらしく、靴を下ろすと床がきしみ、悲鳴のよう

な音がときどきあがる。些細な音。だけど悲鳴は反響し、周囲へと響き渡って

いく。

 独房全体が以上なまでの静けさに包まれているせいだろう。どんなに些細な

ことでも、ここでは何十、何百倍も大きなものに変わってしまう。

こんな場所に三日もいれば、頭がどうにかなってしまいそう。

「そういえばバルディッシュ、精密検査の結果、本当になんともなかったの?」

Yes sir(システムエラー、異常、共に見つかりませんでした)」

 数日前に出会った魔導師、彼はバルディッシュとレイジングハートの中に入

っているデータが欲しい、というようなことを言っていた。

 結局そのときはまた後日と言い残しセリムは立ち去ってしまったが、フェイ

トはセリムの言っていたことが気になって、ブラックボックス化している部分

が残されていないかデバイスの検査を頼んだというわけだ。

 ただバルディッシュの言葉からもわかるとおり検査結果は正常。異常らしい

異常も解析不可能な部分が見つかるようなこともなかった。検査を依頼したマ

リエル・アテンデ(以下マリー)とフェイトとは旧知の仲で、マリーのメカニック

としての腕は自他共に認めるほどのもの。検査結果にミスが合ったりマリーが

結果を偽っているという線はまず考えられない。

だがだからこそわからない。何もおかしな点なんてないのに、なぜセリムは

あんなことを言ったのだろう? 全てのデバイスには指紋と声紋による二重ロ

ックがかけられているから、デバイスの持ち主以外では起動させることすらで

きないはずなのに。

master?

 バルディッシュの言葉ではっとなり、フェイトは考え事をしていた頭を切り

替える。気づいた場所は独房施設の最南。バルディッシュが映し出している地

図によると、すでに目的の場所にたどり着いているらしい。

「これはこれは、珍しい人が遊びに来てくれたものだ」

 独房の中。足枷を嵌められベッドに座り込んでいる男が一人。

 時空管理局ミッドチルダ地上本部破壊という歴史上においても類を見ない大

規模騒乱を引き起こした狂人、ジェイル・スカリエティ。

 強い野望を秘めているような、ぎらぎらとした瞳。捕らえられてなおその瞳

は色あせることなく、気のせいか以前にあったときよりもさらに鋭さを増して

いるようにさえ感じる。

「今日はどのような用事だったかな? 私の顔が見たくなったとでも言ってく

れると嬉しいのだが」

「スカリエティ、あなたの冗談に付き合うつもりはありません。私がここに来

たのは確認のためですから」

「ふふふ釣れないことを言ってくれる。冗談の一つも通じないとは、まるでプ

レシアのようだな。ああ失礼、君はプレシアの模造品だったな。とすると、あ

の女に似るのも無理はない、ということか」

 人を食ったような、小馬鹿にしたような口調で相手をかき乱すのがジェイ

ル・スカリエティ。フェイトは何回かの面会でそのことを嫌というほど思い知

らされていた。スカリエティの言葉に下手に耳を傾けたりすれば、あちらに主

導権を握られてしまう。だからあえて無視し、用件だけを伝えることにする。

「……スカリエティ。あなたが昨年引き起こした大規模騒乱の際事件に関与し

ていた戦闘機人、ナンバーズは全部で12人でしたよね。13人目がいるという

ことは?」

「トレディチがいるかどうか、ということか。さてどうだろうなよく覚えてい

ない。というより、それは無意味な質問ではないのかい? 仮に私がトレディ

チなどいないといったとしても、君はそれを信じはしないだろう? わざわざ

こんな場所にまでやってきた理由はクアットロとブラッド、あの二人が管理局

の君たちの前に現れたから。だから思い出したように私のところにやってきた。

管理局の対応の遅さには感謝しているよ。そのおかげで私はあの男や守護獣と

のパイプを結ぶことが出来た。もっともその守護獣が先走ったおかげで、隠れ

潜ませていたクアットロが明るみに出てしまったのだが」

「あの男?」

「は、ハラオウン執務官! 95管理外世界より緊急入電です」

 フェイトがスカリエティに男のことを問いただそうとすると、一人の看守が

かけてくる。

 その看守の様子から、スカリエティはフェイトより早くその実情に気づいた

のだろう。いや、もしくはすでにクアットロから連絡を受けていたのか。

「はじめたかセリム。では私もそろそろ動くとしよう」

 言いながらスカリエティは懐から何かを取り出す。

 それは注射器。黄色い液体が入れられた銀色の針を持つそれを、スカリエテ

ィは躊躇なく自分の左腕に突き刺す。

「が……ぁ…えふっ、げほ……あ、ああああああ……」

「ス、スカリエティ。あなた何をっ」

 血反吐を吐きふらふらとスカリエティの身体が左右に揺れて、そのままベッ

ドから床へと崩れ落ちる。受身をとることもなく、ぼろ雑巾のように。

「ま、まずい。看守さん悪いけど鍵を!」

 スカリエティが動かなくなりたっぷり十秒ほどの時間が流れ、フェイトはは

っとする。スカリエティは言っていたのだ。自分が死ねばナンバーズいずれか

の体内にいる自分のクローンが目覚めると。

 クアットロの姿が確認された時点で管理局はすぐにその可能性を考えたが、

チンクがあのとき言っていた言葉からもわかるとおりそれほど懸念していたわ

けではない。

スカリエティという一個人にあそこまで管理局が打撃を与えられたの理由。

それは直接的な戦力よりむしろ、地上本部データハックなどの情報面での劣勢、

最高評議会というバックホーンが存在していたことが大きい。バックホーンを

持たぬいま、所詮スカリエティはただの一犯罪者にしかすぎないのだ。

 だが下準備をしっかりと整えていたとはいえ、スカリエティが地上本部を壊

滅させたことは事実。つまり事前の準備さえ出来ていれば、スカリエティとい

う科学者はそれだけのことを行える力を持っているのだ。

「致死性の毒……クアットロの脱獄を知ってたのなら、死を通して脱獄するこ

とはいつでも出来たはず。それをやらなかったのは、自分やクアットロの所在

を探られるのを嫌ったから? ううん、管理局の生の情報が欲しかったってい

う可能性もあるのかな」

 そのスカリエティが自ら命を絶ち、外にいるであろうクアットロたちと合流

することを選んだ。それが意味することは……。

「あの、大至急本局へスカリエティについての報告を。それとさっき95管理外

世界から通信が入っているって言っていましたが……」

「あ、はい。実はルシエ陸曹のことで」

 無人世界クルーゼでの事件から32時間後。

 スカリエティが自殺し、フェイトはキャロたちのことを知らされる。

 スカリエティ逮捕という形で解決したはずのJS事件。新たな火種、過去の

火種を巻きこみ騒乱と言う名の炎が燃えていく。騒乱。全てを焼き尽くす炎が

再び燃えていく……。

 

 

 

 

 あとがき

イデアシードが出てきたことでとらは版なのはとのクロスを予想した方もい

るかもしれませんが、この作品はあくまでなのは3期の続編として書いている

ためクロス要素はありません。全くのオリジナルの名前よりも原作の単語を使

ったほうがいいかなっという程度なので、とらは版なのはに出てきた名前が出

てきても、単に名前や設定を流用しているぐらいに思ってもらえると幸いです。

 

 

 

 

 登場人物プロフィール 02 

 名前   エリオ・モンディアル

 所属   時空管理局 第95管理外世界 開拓部隊 第06分隊

 階級   空曹

 役職   開拓部隊06分隊調査班兼ガードウイング

 魔法術式 近代ベルカ式・陸戦AAランク

 

 

 名前   キャロ・ル・ルシエ

 所属   時空管理局 第95管理外世界 開拓部隊 第06分隊

 階級   一等空士

 役職   開拓部隊06分隊 翻訳担当兼フルバック

 魔法術式 ミッドチルダ式・総合A+ランク

 

 

 名前   グラディア・D・ブライ

 所属   時空管理局 第95管理外世界 開拓部隊 第01大隊

 階級   二等空尉

 役職   開拓部隊01大隊(01~09分隊) 総隊長

 魔法術式 ミッドチルダ式・陸戦Eランク

 

 




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