魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.3 New Rord

 

 

 ミッドチルダ湾岸沿い大規模火災事件、並びにアンノーンとの交戦記録につ

いて。

火災、及び被害の規模については先日お送りしたデータ通りのため、アンノ

ーンについての詳細な情報を追記しておきます。

 

 

 

 現地に赴いていた航空武装隊職員アルト・クラエッタ二等陸士の搭乗する輸

送用ヘリが撮影した映像を参考に、火災現場に現れた謎の守護獣(アンノーン)

についての詳しい調査が行なわれた。

 アンノーンと最初に交戦した管理局職員、特別救助隊第05分隊フォワードト

ップ、スバル・ナカジマ一等陸士の報告によるとアンノーンは狐の耳と尾を有

しており、炎熱系の魔法を使用。自身をブラッドと名乗りAA+魔導師であるス

バル一士を圧倒、現場に駆けつけた航空戦技教導官、SSランク魔導師高町なの

は一等空尉と互角以上の戦闘を繰り広げた後撤退したとのこと。

 なお撤退する際、前年に発生したJS事件主犯格の戦闘機人、識別名称クア

ットロの姿が確認されており、無人世界「ゲルダ」軌道拘置所職員へ至急事実

関係の調査を行う予定。

 

 

「よし、送信っと」

 大規模火災事件から四日。

 アンノーンの詳細については未だ謎に包まれているものの一応事件は解決を

向かえ、スバルを始めとする特別救助隊の人々も皆、通常の勤務に戻っていた。

「セイン、そっちはどう?」

「んーもうちょいで終わりそう」

「そっか。ならこっちの書類データも本部に送信しといてくれる」

 どんっと、デスクの上に置かれたのは山のように積もった紙の束。火災現場

の詳細を記した記録なのだろうが、その量は生半可なものではなかった。

「うへぇ、勘弁してよもう。ただでさえ新人研修の課題残ってるのに。ていう

か、なんで私は気がついたらあんたの同僚にされてるわけ?」

「それを私に聞かれても。セインを特別救助隊に推薦したのはプロイア一佐な

わけだし」

 事件の翌日。災害現場での目覚しい働きが評価されたらしく、その日のうち

に救助隊02分隊へのセインの入隊が決定した。事務手続きなどの関係もあり、

入隊が決まっても実際に職場で働き出すにはしばらく間が開くことが普通なの

だが、

『災害はいつどこで起こるかわからない。だから物事は迅速に行うべき』それ

が特別救助隊の信条らしく、セインは他に類を見ない異例の速さで救助隊へ参

加することとなった。

 まさに風雲児と呼べるような存在。

そんな彼女に最初に与えられた仕事は……報告書の作成。

やる気まんまんで入隊したセインが気落ちしたのは言うまでもない。

「プロイア一佐か。今思うとあの人の甘い言葉にそそのかされたわけだ。あー

あ、失敗だったかな。身体動かす仕事が多いと思ってここに入ったのに」

「セインはあんまり頭動かすの得意じゃないからね」

「黙れやタイプゼロ」

「でもセインのISは救助の仕事に適してると思うから、救助隊に入ったのは正

解だと思うけど?」

「まあそれはそうかもしれないけど、こうも事務仕事ばっか続くとね。さすが

に飽きてくるわけで」

 だらーんっと腕を伸ばし、セインはデスクに寝転がってしまう。

「普段はこんなふうじゃないんだけどこのあいだの火災事故。ううん、事件の

せいでどこの部署も慌しくなっちゃってるから。私たちのとこも巻き添え食ら

っててね」

「このあいだのアンノーン火災ね。そういや噂だとクア姉がアンノーンを連れ

戻しにきたみたいなこと聞いたんだけど、本当なのかなぁ」

「本当だ。確かにこの目で見た」

 聞きなれた声が聞こえて顔をあげると、そこには栗色の長い髪を携えた女性

の姿。

「なのはさん!」

「久しぶりだね、スバル。この前は色々あってろくに話も出来なかったから、

ちゃんと会うのは一ヶ月ぶりぐらいかな」

「えっ、もうそんなに? ごめんなさい最近なかなか時間がとれなくて」

「ふふ、仕方ないよ。救助隊はどうしても出動が多くなっちゃうからゆっくり

っていうのは難しいしね」

「おいっ」

「それでなのはさん。今日はどうしてこっちに?」

「おいっ、無視するな!」

 銀色の髪がぴょんぴょん跳ねて自己主張。

「あ、ごめんチンク」

「たく、私を無視するとはいい度胸だなスバル」

「チンク姉は小さいからね。気づかれにくいのかも」

「なんか言ったかセイン」

「な、なんでもないですお姉さま!」

 銀色の髪の少女にじろりと睨まれて、セインは慌てて顔を伏せてしまう。

 怖いなら言わなきゃいいのに……。

 スバルがぼんやりそんなことを考えていると、

「まああっちの馬鹿は放っておけばいいとして」

 チンクは胸の前で両手を組むと、改めてスバルのほうへと向きなおる。

「無人世界、ゲルダに収監されたクアットロの調査。その報告書が今朝届いた」

 火災事件の際チンクやディエチの前に現れたのは、どう見てもクアットロ本

人であった。だが捜査協力に非協力的なナンバーズは全員が拘置所に収容され

ているはずなので、事実確認を行うためすぐにクアットロを収容している拘置

所の捜査が行われた、というわけだ。

「結論から言うとクアットロはいなかった。拘置所内に収容されていたクアッ

トロは、奴のISシルバーカーテンにより映し出された幻影」

「え、拘置所内でISなんて使えないんじゃ」

 魔力とは異なるエネルギーとはいえISを発動させる際のエネルギー質量のパ

ターンは管理局側にも知れ渡っており、JS事件解決後、彼らのISを使用でき

なくする特別なプログラムが組み立てられた。

 収監されているナンバーズの手枷として使われているものがそれで、この手

枷により収監されている人間は一切の魔法(特殊な能力全て)の使用を封じられ

てしまっている。

「ああ、設備は完璧なはずだ。仮にISを封じるプログラムが不完全なら、他の

メンバーが脱獄していてもおかしくないからな。トーレ姉さんやセッテはとも

かく、ウーノ姉さんは脱獄できるならまず間違いなくやっているはず」

 スカリエッティの秘書としての役割を為していた戦闘機人01ウーノ。JS

事件当初はスカリエッティの補佐的な役割を行っており、チンクたち曰くドク

ターと最も親しかった人物。

「あの人はドクターの夢に並々ならぬ情熱を注いでいた。仮に脱獄できるなら、

すぐにドクターの救出に向かうはずだ。そのウーノ姉さんが大人しくしている

ということは」

「脱獄は有り得ないと。そっか、じゃあやっぱり設備に問題はないんだ。うー

ん……ならクアットロはどうやって拘置所から出たのかな」

「消去法で考えていくならクアットロは最初から掴まってなどいなかった、と

いうことだろう。だが聖王のゆりかご内で捕えられたクアットロが偽者という

可能性は低い。幻術解析は行われていたし、なにより高町教導官が幻影ごとき

に引っかかるとは思えないからな」

 突然に名前をあげられて、なのははあはは、と照れくさそうに笑ってみせる。

実力はあっても褒められるのはあまり得意ではないのだろう。

「おそらく輸送の途中、突発的な事故か何かが起きたのだろう。その際に本物

のクアットロが逃走、ISにより作り出した幻影を自分の変わりに拘置所に放り

込んでおいたというところか」

「うーん……幻影で騙すってのはちょっと無理があると思うけどなぁ。確かに

人の目はごまかせるかもしれないけど、調べれば幻影かどうかなんてすぐにわ

かるだろうし」

 幻影とはあくまで人の目をごまかすためのもので、本格的な解析を行えば本

物か偽者か暴くことはとても容易なこと。監獄は罪人の収容を目的として作ら

れた施設なのだから、解析を行っていないなんてことはさすがに有り得ないだ

ろう。

「普通に考えれば確かにそうだ。だが、管理室のモニターにも幻影がかけられ

ていたとしたら?」

「えっ、それって」

「ミスディレクション。二重の罠だな」

 モニターに移された映像は正しいという先入観。手品の種としてはとても単

純なものなのだが、逆にそれが盲点になってしまったのだろう。

「まあその辺りはどうでもいい。問題はあのクワットロが本物で、仮説どおり

のタイミングで逃げ出していたとしたら」

「新しいドクターが生まれてるかもってことだね」

 と、セイン。

 拘置所に囚われた三名、並びに管理局職員となった七名の体内に残されてい

たスカリエッティの因子は全て処分されたが、クアットロが拘置所に入る前、

輸送途中で逃げ出しているとすれば、処分が間に合っていない可能性が高い。

「ああ。だがガジェットの施設が潰され戦闘機人の素体データも失われている

以上、それほど心配するようなことはないと思う。多少気がかりではあるがな」

 JS事件解決後、各地に点在していたガジェット生産施設のほとんどが破壊

され、住民や管理局員へのガジェット被害もだんだんと沈静化されていった。

ミッドチルダ周辺以外の次元。外世界に生産工場が残っていないとは言い切

れないが、仮に残っていたとしても生産費用が確保できない以上、以前のよう

にガジェットを大量生産することは不可能だろう。

費用がなければ作ることはできない。それはガジェットだけでなく戦闘機人

にも言えることで、仮にスカリエッティが生きていたとしても、何が出来ると

いうわけでもないだろう。

「なんだ。じゃあ結局ドクターがいてもいなくても、なんにも変わらないって

ことじゃん」

 と、たまに的を得たことを話す馬鹿。

「ん、まあな。だがあの男、ドクターを放っておけば以前のような大規模騒乱

を引き起こす可能性が高い。現状で考えれば放っておいてもそれほど問題はな

いのだが、将来的なことを考えれば解決を急がねばなるまい」

「どっちにしろ手がかりの一つもないと動きようがないから、諜報部が情報を

掴むまでは通常通りの勤務でいいと思うけどね」

 そう声を挟んできたのはその場にいた四人とは別の人物。

 胸の辺りまで伸びた長い髪を携えた細身の少女。

「ティア!」

 スバルが名前を叫ぶとその少女、ティアナは小さく微笑んでスバルに挨拶を

返す。

 ティアナ・ランスター二等陸士。スバルと同じく本局古代遺物管理部、通称

機動六課の一員だった人物で、六課解散後は以前と同じ、陸上警備隊第386

部隊に復帰した少女。

「久しぶりスバル。このあいだは結構やばかったって聞いたけど、その様子だ

と大丈夫そうね」

「あはは、なんとかね。それよりティアはこんなとこでのんびりしててもいい

の? 執務官試験ってたしか今月末のはずでしょ」

「別にのんびりしてるわけじゃないわよ。その執務官試験に使う資料を取りに

来てただけ」

 ティアナの手元には500ページはありそうな分厚い本が2冊。どちらも辞書

と同じぐらいの厚みがあって、スバルならまず間違いなく、10ページ見る前に

ギブアップしてしまうだろう。

 本を一目見、露骨に嫌な顔を見せるスバルに向けてため息を一つ吐くと、テ

ィアナはなのはの方へと視線を返す。

「そういえばなのはさん、フェイトさん見てないですか? 試験が近いから

色々相談したいんですが」

「フェイトちゃん? ううん、私も見てないなぁ。なんだか最近いつも忙しそ

うに走り回ってるし、隊舎に戻ってくるのも夜遅くになってからだから」

「うむ。我々も模擬戦の相手をしてもらうつもりでいたのだが」

「模擬戦って、なんのことチンク」

「あれ、スバルは知らなかったっけ? なのはさんとチンク姉、いまも戦技教

導官を続けてるんだよ。新しいstriker候補生育成のために」

 不思議そうに首を傾げるスバルに向けて、セインが説明していく。

striker候補生って……えっ?」

「はぁ。その調子じゃあんた何も聞いてないわね」

 本当に初耳。という感じでスバルが驚いているのを見て、ティアナはセイン

の説明に捕捉を加えていく。

「機動六課に配属された私たち四人が、一年ちょっとの訓練でAAクラスの魔

導師にまで成長したでしょ」

「あれ? たしかキャロはA+だったような」

「細かいことはどうでもいいの。とにかく本部側は六課のその功績を高く評価、

優秀な人員を鍛え上げるための訓練部隊の隊長としてなのはさんを任命したっ

てこと」

「隊長って言ってもメンバーは私とチンク、候補生の子たち数人だけだから階

級はほとんど飾りみたいなものなんだけどね」

 と、なのは。

「模擬戦と言っても形式は実践と同じ形式で行う以上、自分の長所短所をはっ

きりと捕えられる相手が必要になってくる。だが私は広域型、高町教導官は砲

撃型のため細部への指導ができない。フェイト執務官に近接型魔導師の模擬戦

の相手をお願いしようと思っていたのだが見つからず、それで変わりの人材を

と思い、特別救助隊の部署まで足を運んだというわけだ」

「はぁ……なるほど。それでなのはさんたちがこっちに。でも、フェイトさん

と同レベルの魔導師なんてうちの部署にいるんですか」

「うん、いるよ」

 にっこりと微笑んで、なのはは即答する。

「へぇ、誰なんです? 私の知ってる人かな」

「うん、たぶん良く知ってる人だと思う」

「えっ、誰なんですか」

 思わず身を乗り出したスバルに向けて、なのははにっこりと微笑みを続けて

いく。それはスバルの瞳をまっすぐに捕えていて、

「まさか……私?」

「うん。よろしくねスバル」

 曇りのない眼がはっきりとそう告げる。

「えええぇぇぇぇぇぇぇ」

 今日一番の驚き。その声があんまりにも大きかったせいで、部署で仕事して

いた全員の視線をスバルは集めてしまう。

「む、無理ですよ。私がフェイトさんの代わりなんて。六課にいたころにやっ

た模擬戦でも、フェイトさんの動きにほとんどついていけなかったですし」

「そんなことないよ。スバルはちゃんとフェイトちゃんの動きを追えてた。動

きを追えるってことは、ついていけてるってことだよ。それにスバルもstriker

後輩の面倒を見るのも仕事の一つなんだから」

「で、でも……勝手になのはさんのところに行くわけにも。隊長に許可もとっ

てないし」

「許可なら私が出す」

「ジ、ジリア准尉」

 突然現れた自分の上司を前に、スバルは慌てて敬礼のポーズを取る。

 深い緑色の制服を着込んだアルメド・ジリア准尉はそれに頷くと、

「報告書の提出もほとんど終わっている。動ける人材もいまは十分にいるから、

緊急の事故が起きても十分対応可能だ。そんなわけで、お前の今日の仕事は高

町教導官のとこへの派遣だ」

「で、ですが……」

「返事はどうしたナカジマ!」

「は、はいっ! ナカジマ一士了解しました!!」

 落雷のような怒号をぶつけられて、スバルは慌てて言葉を張り上げる。視線

は上目遣いで背伸び気味。がちがちに緊張しているのはどう見ても明らかだ。

「と、特別救助隊って結構厳しいところなんですね」

「ま、まあこれぐらいの厳しさがないと災害現場ではやっていけないってこと

じゃないかな」

 と、冷や汗を流すのはティアナとなのは。チンクはと言うと、そんな様子を

見ながらうんうんと満足そうに何度も頷いている。

「失礼しました高町教導官。本日一○三○時を持って、スバル・ナカジマ一等

陸士をそちらへお預けいたします」

「は、はい。こちらこそ。お預かりいたします」

 びしっと額に右手をあてるなのはも微妙に背伸び気味。

 階級はなのはさんのほうがずっと上なのに。やっぱ迫力あるなぁ、ジリア准

尉。

 特別救助隊で毎日顔を合わしているスバルでさえ未だに会話するだけで緊張

してしまうときがあるのだ。始めてあったなのはが緊張してしまうのも無理は

ないだろう。

「あ、そうだ。せっかくならティアも一緒に参加しない? 模擬戦」

 デスクの上を片付けながらティアナのほうへ目を向けて言うと、

「せっかくだけど遠慮しとくわ。試験が近いから少しでも勉強しておかないと」

 返ってきたのは少々つれない言葉。残念には感じたものの、ティアナは執務

官になることをずっと夢見ていたのだから、

「そっか。じゃあねティア。試験頑張って」

 無理に誘うのも悪いと思い、スバルはすっと引き下がることにする。

「そっちもね。なのはさんたちの前でみっともない姿見せんじゃないわよ」

「あはは。頑張ってみるよ」

「それじゃなのはさん。私はこれで」

「うん、執務官試験頑張ってね」

「試験はえらく難問だと聞いたが、お前なら出来るだろう」

「あんまり過大評価されても困るけど、応援ありがとねチンク」

 ぴしゃりとガラス戸の閉まる音を残し、ティアナは部署を後にする。

「はいはーい。ならティアナの代わりにこの私、セインさんが模擬戦に参加し

ま――」

 飛び出そうとしたその頭はジリアの屈強な手にむんずと掴まれて、

「お前はこっちだ」

 強引にデスクへと戻されてしまう。

「ええーーー、でもー」

「でもじゃない。自分の仕事をしっかりと終わらせろ」

「だってぇ……」

 違和感に気づいたのはたぶんスバルだけ。

それは毎日顔を合わせていなければ気づかないほど小さな変化。

でも確かに感じたから、

「ジ、ジリア准尉。それでは自分はこれで」

 巻き添えを逃れるため、素早く言ってなのはとチンクの服のすそを掴む。

 なにをそんなに急いでいるのか、ぐいぐい引っ張られながらなのはとチンク

がスバルに尋ねようとしたのと、

「返事はどうしたっ!!」

 二度目の落雷が落ちたのはほぼ同時の出来事であった。

 予想的中。

 セインのご冥福をお祈りしながら、スバルたちはその場を後にする。

 

 

 特別救助隊の部署を始め、時空管理局の主要施設のほとんどは首都クラナガ

ン周辺に集中している。これは地上本部がクラナガンにあるからで、異なる部

署に所属する人員の行き来を円滑に行うための配慮である。

 とはいえ首都周辺に設置できる施設には限りがあるため、比較的人の行き来

の少ない部署は首都と離れた場所に施設が建てられていることが普通。

なのはたちが所属する特殊訓練部隊もその例に漏れることはなく、隊舎が建

てられているのは首都から遠く離れた場所である。もっとも訓練部隊という性

質上人や建物が少ない場所のほうが何かと都合がよいため、あえて中央区画の

はずれに建ててあるのだろうが。

「それにしても、車の免許持ってないと結構不便じゃないですか。なのはさん

結構本局と行ったり来たりすること多いでしょうし」

 空を飛べる魔導師は少なくないが、市街地での飛行魔法の使用は落下事故や

建造物、航空機などと衝突する危険があるため基本的には許可されていない。

そのためミッドチルダの人々が移動の際に使うのは車や電車など、魔法文化の

発達していない世界のそれと同じ。大勢の人間が暮らしている場所である以上、

便利さよりも安全性を優先するのは当然の話であろう。

「うーん……まあね。でも必要なものは大抵ファックスで送ってもらえるし、

どうしても緊急の用事のときは飛べばいいから」

「飛べばって、市街での飛行は禁止されてるはずじゃ」

 管理局勤務の人間ならば書類報告を行うだけで飛行は許可されるものの、管

理局の人間がぽんぽん空を飛んだりすれば市民の不安を煽いでしまう。

 それに管理局に勤務する他の人たちからしても、そんな風に職権乱用をされ

ればいい気はしないだろう。

「うん、だから本当に緊急のときだけだよ」

「でもここって首都から結構離れてますし、交通の便も悪いから――」

 本当に緊急のときしか飛べないのだから、普段から気軽に使えるような足が

あったほうがいいのではないか。

 そう続けようとしたスバルのことを、

「そう触れてやるな、スバル」

 運転席でハンドルを握っていたチンクが静かに諭す。

「私が免許を取りに行ったとき、高町教導官も一緒に行ったんだ」

「こ、こらチンク」

「だが不慮の事故を起こしてな。その事件以来自分で運転することが怖くなっ

てしまったらしい」

「不慮の事故?」

「全速力でコンクリート塀に突っ込んだ」

「えっ――」

 瞬間、助手席に座っていたなのはの顔が真っ赤に染まる。

「だ、だってアクセルとかブレーキとかドライブとか、よく分からなかったん

だもん……」

 小動物のように縮こまって、ぽつりぽつり恥ずかしそうに呟いていく。

 こ、こんななのはさん始めて見るかも。

「まあそうゆうわけで、私はすっかり運転恐怖症になってしまった高町教導官

の足になっているわけだ」

 普段口数の少ないチンクがここまで饒舌に話しをしているのは、なのはの弱

い部分をカバーしてあげられていることが嬉しいからだろうか。

 なんだかんだ言っていいコンビなのかな、この二人。

 それからしばらくの後、遠くのほうに見えていた隊舎の姿がだんだんと大き

なものに変わっていって、スバルたち三人は隊舎の手前に車をおろすとそのま

ま演習所の方へと歩いていく。

 周囲の木々がこぞって伐採されているのは、安全の面を配慮した結果だろう。

首都の方へ振り返って見ると、数え切れぬほどのビルの群れが視界いっぱい

に広がっていた。びっしりと隙間なく伸びた細い銀色はまるで剣山のようで、

その中央に一際大きな二つの塔が伸びている。

 秩序と力の象徴、ミッドチルダ地上本部。

 ここからクラナガンまではかなりの距離があるはずなのに地上本部の姿をは

っきりと捕えることができて、自分の所属している時空管理局という組織の規

模の大きさに、スバルは改めて圧倒されてしまう。

「よし、行こう」

 気合を入れなおし演習場へと歩いていくと、そこに見えるのは何人かの人影。

 なのはさんの言っていたStriker候補生たちだろう。

「お待たせ、みんな」

「お帰りなさい。フェイトさんの代わりの人は見つかりました?」

「うん。ちょうどいい人がいたよ。特別救助隊のフォワードトップの魔導師さ

んの――」

「スバル!」

 スバルが挨拶をしようとするより早く、候補生のうちの一人が大きな声をあ

げる。

 思わず目を丸くしてしまうスバルを尻目に、

「お、おい隊長。私の模擬戦の相手ってひょっとしてスバルなのか!」

「うん。そのつもりだけど」

「そっかそっか。よっしゃぁぁぁぁ!!」

 拳と手のひらを合わせてばちんと音を鳴らすとstriker候補生、ノーヴェは数

回ジャンプして戦闘の準備を整えていく。

「ええっと……なんでノーヴェがここに?」

 異常なまでのテンションについていけず、当事者のはずなのにスバルは一人

取り残されてしまっていた。

「ん、そういえば話忘れていたな。Striker候補生ノーヴェ。スバル、お前の模

擬戦相手だ。不服か?」

「ううん、不服ってことはないんだけど」

「隊長、さっさと始めようぜ!」

「ちょ、ちょっと心の準備が……」

「チンク教導官補佐。あの二人、何か因縁でもあるんですか」

 候補生の一人がチンクのそばへと歩み寄る。

「ああ、ノーヴェはセイント・ナカジマの遺伝子を元に作られたからな。同じ

境遇で歳の近いスバルのことをライバル視しているのだろう」

 そう語るチンクの瞳は儚しげ。ライバルという言葉に何か思うところがある

のだろうか。

「それじゃノーヴェはスバルと1on1。他の子たちはいつもどおり、私とチンク

のチームで相手するね」

「了解」

「わかりました」

 それぞれに言って、候補生たちはそれぞれにデバイスを手にしていく。

「それじゃチンク、中央区画市街地のデータをお願い」

「了解。すぐに用意します」

 演習場に配備されているシステムは機動六課で使用されていた陸専用空間シ

ミュレータの発展型で、外部への被害を限りなくゼロに近い状態に留めること

を優先して作られている。

演習場と外部の境部分には高レベルのAMFが銀幕のように流れており、流れ弾

の全てはAMFに吸い取られるように出来ている。

そのためどれだけ派手にやらかそうと、演習所の外側への被害は全くと言っ

ていいほど発生しない。

こう聞くと市街から離れた場所に訓練施設を建てる必要はないように思える

が、AMFによる魔力障壁は絶対ではないため、高威力魔法をぶつけられれば外

部へ魔力が漏れてしまうことも少なくない。

実際耐久テストを行った際、八神ハヤテ二等陸佐の放ったSランク砲撃魔法

ラグナロクによりAMFシステムは完全に沈黙、魔力障壁を貫かれてしまってい

る。(余談ではあるが、ハヤテ二等陸佐はこの件で始末書を2枚書かされた)

「よし、行くよレイジングハート」

All Light. Modeaccel start(了解しましたマスター。アクセルモード起動し

ます)

 それぞれにISやデバイスを起動させると、なのはたちは戦闘準備を整えてい

く。すでに上空を含む演習場の隅にはAMFが発生しており、虹色のカーテンに

より魔力に対する障壁が張り巡らされていた。

 この状態ならよほどの無茶をしない限り、近辺に被害が出るようなことはな

いだろう。

「はぁ、まあいいや。切り替えて行こう」

ナイフと砲撃魔法が飛び交う地点から一キロほど離れた場所。スバルは軽く

屈伸して身体を慣らすと、デバイスを起動させそれを手足に装着させていく。

バリアジャケットを纏いトレードマークの鉢巻を頭の後ろでぎゅっと締めると、

両の拳に力を込めていく。

「模擬戦だからって手加減はしないからね。ノーヴェ」

「当然だろ。やるからには真剣勝負。手加減なんかされたらこっちが怒るって

の」

 訓練の成果を見せる、自分の強さを認めさせる。

 いずれも自分がギンガと戦ったときに思っていたことだ。そして、今のノー

ヴェはあのときの私と同じ立場にある。

 機動六課に所属していたころに行ったギンガとの模擬戦の記憶が蘇ってきて、

ふと、頬が緩んでしまう。

 子供のころからずっと目指していた目標。スバルにとってギンガとはそうゆ

う存在で、いま自分はあのときのギンガと同じ位置に立っている。

だからそれは、少しだけギンガに近づくことが出来たという意味で……。

「おい、なに笑ってんだよ。真剣勝負って言ってるだろ」

「あ、うん。ごめん」

 そう言って、スバルは自身のデバイスを起動させる。

「それじゃ、行くよ」

「おうっ!」 

 二つの拳がぶつかりあって、賑やかな模擬戦の音が演習場を包みこむ。

 雲ひとつない快晴な青空に青と黄色。二つの光のレールが伸びていく。

 

 

 ミッドチルダ中央区画、無限書庫。

 時空管理局。いや世界全土の頭脳とも言える場所であり、数多に存在する次

元世界の情報のほぼ全てがここに集約されている。

 十年ほど前まではデータの8割が埃をかぶっているような状態であったが、

一人の職員を中心としたチームが書庫にあったデータの全てを洗いなおし、現

在はその名の通り、無限の知識を持つ書庫としての力が蘇っている。

「ごめんねユーノ。こんな時間に」

 書庫の応接室。フェイトはテーブルのそばに置かれた丸椅子に腰掛けて、ぱ

たぱたと歩き回る司書長に謝りの言葉をのべる。

「はは、いいよ。データの整理もだいたいは終わってるし、いまは書庫を利用

しなきゃいけないような大事件もないからね。これぐらいの時間は意外に暇な

んだ。フェイトは紅茶でよかったっけ?」

「うん。お願い」

「了解。砂糖はひとつ?」

 フェイトが頷くと無限書庫司書長、ユーノ・スクライアは白のカップを両手

に持ってテーブルへと戻ってくる。

「ありがとう、ユーノ」

 テーブルに置かれたカップを自分の手元まで運んでくると、フェイトは改め

てユーノのほうへと向きなおす。

「さて、それで聞きたいことっていうのは?」

「うん。これのことなんだけど」

 立体映像を映し出す装置を取り出すと、それをテーブルの上に置いてスイッ

チを入れる。半透明な映像として映し出されたのは、ひし形をした小さな宝石。

「ジュエルシード。ユーノもよく知ってるよね。十年前に母さんが引き起こし

た事件のきっかけになったロストロギア」

「ジュエルシードか。懐かしいね。これを追いかけていくうち、なのはやフェ

イトに出会ったんだっけ」

 子供のころの記憶を思い出しているのだろう。ユーノの表情は少し嬉しそう

に見える。けれど話題を振ってきたフェイト本人の表情はそれとは魔逆で、真

剣そのもの。その様子から単に昔話をしにきたわけではないとユーノも気づい

たのか、

「それでこれがどうかしたの?」

 昔話の話題をすぐに絶ち、続きを話すようフェイトに催促していく。

「ユーノはジュエルシードの発掘作業をしていたし、無限書庫にも細かなデー

タがあると思うから聞くけど、このジュエルシードってロストロギアについて、

知ってることの全てを教えて欲しいの」

「知ってること全てって、そんな突拍子もない。何かあったの?」

「うん。ちょっとね」

 正直に起きたこと全てを話してもよかったのだけど、プロジェクトFのこと

を口にするのは少し抵抗を感じて、フェイトはバルディッシュ内のジュエルシ

ードのデータを欲している人がいる、ということだけをユーノに伝えることに

した。

「ジュエルシードの真の力を引き出すため。そんな風にセリム・ヴェンデッタ

は言っていたけど、どうゆう意味だと思う」

 問いかけると、ユーノは頬に手を当てて視線をそらす。

 たぶん、自分の持っている知識をフル活用しようとしているのだろう。

無限書庫の知識を司る存在。そんな人が真剣に考えればどんな疑問も解決で

きるだろうと思えたから、返ってくる言葉は当然疑問に対する答えのはず。

「正直な話を言うと、ジュエルシードについてわかっていることはほとんどな

いんだ」

 けれど返ってきた言葉は、フェイトのそんな予想とは全く異なるもの。

「闇の書やレリック、ロストロギアと呼ばれる存在は数多く存在するけれど、

大抵の場合それらの用途は古代文書の中に残されている。でも、ジュエルシー

ドに関する文書は別」

「どの文書にもジュエルシードに関することが載ってないってこと?」

「ううん、そうじゃない。ジュエルシードという名前は、古代文書のなかで何

度も目にすることがあったんだ。問題なのは、記されている文書によって全然

違うものとして描かれていること。次元一つをそっくりそのまま飲み込んだと

いう記述もあれば、死者を蘇らせた、無限に金を生み出し続けたなんて記述ま

である。その用途があまりにも多様すぎて本来何のために作られたものなのか、

そもそもどんな力を持っていたのか。それらが現代に生きている人たちでは判

断できなくて、便座上願いを適える、という言葉が使われていたんだ。でも子

猫を大きくしたり容易く次元震を引き起こしていたことを考えると、願いを適

えるって言葉もあながち嘘とは言いきれないのかもね」

 どんな願いも叶えられるというのはさすがに言いすぎだとは思うが、文書に

描かれていることをでまかせと言いきることができないのは、ジュエルシード

の力なら有り得なくはないという思いが心のどこかにあるからなのだろう。

「僕達の部族は遺跡探索をしているときに偶然ジュエルシードを見つけたんだ

けど、なぜ辺境の遺跡にあんな無造作に置かれていたのかは、いまでも分から

ないままなんだ」

「そう言われると、少しおかしいね」

 たった一つで次元を破壊しかねないほど危険な代物。普通に考えれば悪用さ

れないよう厳重に保管しておくべきものだろう。

それを作ったものが悪人。もしくは悪人に奪われたということだろうか? 

「ジュエルシードの真の力って言葉も気になるし、その遺跡のこと少し調査し

たいんだけど、ユーノの力でなんとかならない?」

「遺跡調査の許可証か。2,3日もあれば手続きはすむだろうけどあの遺跡は

地球のそばにあるから、高速船でも二週間以上かかるけど……」

「二週間……ヴェンデッタって名乗ってたあの人はなにかをしようとしてたみ

たいだから、もう少し早くいけるといいんだけど」

 転移魔法を使用すれば距離の問題は度外視できるとはいえ、次元船サイズの

質量を持った物質を遠距離転移したなんて事例は聞いたことがない。

 それにそもそもそんなことが可能ならば、わざわざ高速船など作る必要もな

いだろう。

「んー手続きは頑張れば縮められるかもしれないけど、移動にかかる時間は物

理的なものだからね。それに地球の近くともなると管理局の力も完璧には行き

届いてないだろうし」

 基本的に世界の番号は時空管理局本局から近い順につけられており、85以降

を管理『外世界』。150以降は『観測世界』という名称がつけられている。つま

り第97世界とは、管理局の管理が完璧には行き届いていない世界ということ。

「あ、ちょっと待ってユーノ。たしかエリオたちが開拓に行っている世界って」

「開拓に行ってる世界? ちょっと待って、いま調べるから」

 先ほど述べた通り、85以降の世界は管理局の管理が完璧には行き届いていな

い。だが管理が行き届いている、いないに関わらず事件は共通に起きるのだか

ら、秩序を守るための人員はどうしても必要になってくる。

 それらの問題を解決するために生まれたのが外世界開拓部隊という、管理外

世界を中心に行動する特別な部署。

 管理局の管理が外世界にまで行き届くようになった際、そこに住まう人々が

スムーズに管理局を受け入れてくれるための受け皿を用意する。それが彼らの

仕事である。

「エリオ・モンディアル。うん、今は95外世界に配属されてるね」

95って言うと遺跡のある世界のすぐ近くだよね。ごめんユーノ、悪いけどエ

リオの所属する部署宛に通信送ってくれる?」

「うん、わかった。すぐに手配するよ」

 昼下がりの無限書庫。

 本来なら紅茶でも飲みながらゆったりと過ごしていくはずの時間を、コンソ

ールを打ちつけていく慌しい音が埋めていく。

 窓から射し込む強い陽射しを後ろに受けたフェイトの身体は光を帯びたよう

に眩しく、まるで光のなかに溶けていっているようであった。

 

 

 

 

 あとがき

 レギュラーの座を奪いかねない勢いのチンク姉さんに乾杯、な第3話です。

次回はエリオ君大活躍の予定。(予定なので活躍しないかもしれませんが)

 注‐本編中ではベルカ式魔法を使う魔導師を『騎士』と表現せず、全て魔導

師と表現しています。(アニメと違い文章では魔導師、騎士という言葉を使う機

会が多いため分かりやすくするため)

 

 

 おまけ

 

 登場人物プロフィール

(原作のエピローグ時と設定が大きく変わっているキャラもいるため、ここで補

足説明をさせてもらいます。ある意味ただの自己満足ですが)

 

 

 名前   スバル・ナカジマ 

 所属   時空管理局本局 特別救助隊ブリッツ 第05分隊

 階級   一等陸士

 役職   ブリッツ05分隊 フロントアタッカー 

 魔法術式 ミッドチルダ・インヒュレート魔導師 陸戦AAランク

 

 

 名前   ティアナ・ランスター

 所属   時空管理局本局 陸上警備隊第386部隊

 階級   二等陸士

 役職   第386部隊 センターガード

 魔法術式 ミッドチルダ式・空戦AAランク

 

 

 名前   アルト・クラエッタ

 所属   ミッドチルダ首都航空隊 運搬部第2

 階級   一等陸士

 役職   ヘリパイロット兼整備員

 魔法術式 ミッドチルダ式・陸戦Eランク

 

 

 名前   チンク 戦闘機人05

 所属   時空管理局本局 新人教育部・スターズ 

 階級   監査期間中のためなし

 役職   スターズ分隊 隊長補佐 センターガード

 魔法術式 インヒュレート魔導師・陸戦AAランク

 

 

 名前   セイン 戦闘機人06

 所属   時空管理局本局 特別救助隊ブリッツ 第05分隊

 階級   監査期間中のためなし

 役職   ブリッツ05分隊 フルバック (研修生) 

 魔法術式 インヒュレート魔導師・陸戦Cランク

 

 

 名前   ノーヴェ 戦闘機人09

 所属   時空管理局本局 新人教育部・スターズ

 階級   監査期間中のためなし

 役職   スターズ分隊 フロントアタッカー

 魔法術式 インヒュレート魔導師・陸戦B+ランク 

 

 

 名前   ディエチ 戦闘機人10

 所属   時空管理局 陸上警備隊第108部隊

 階級   監査期間中のためなし

 役職   第108部隊 センターガード

 魔法術式 インヒュレート魔導師・陸戦B−ランク 

(砲撃戦に限定すればAAA

 

 

 名前   アルメド・ジリヤ

 所属   時空管理局本局 特別救助隊ブリッツ 第05分隊

 階級   准陸尉

 役職   ブリッツ05分隊 センターガード

 魔法術式 ミッドチルダ式 陸戦C−ランク

 

 インヒュレート魔導師というのはベルカ・ミッドのどちらにも属さない戦闘

機人のために新しく設定された魔導師タイプ。インヒュレートスキルは厳密に

は魔法ではありませんが、ここでは便座上魔法扱いをしています。

 魔導師ランクと階級については完全に無関係です。

 




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