魔法少女リリカルなのは Last remote

 

 

 Stage.23 風、静かに吹き寄せて

 

 時空管理局本局の収艦ドッグに続く演習場の天井付近には、幾つかの通気口

が取り付けられている。作りとしてはとても細く、大人が入り込むことは不可

能だが……。

「敵の数が少ないのはありがてえけど、逆に言や少数精鋭ってことだからな」

 見た目は子供、年齢不明な少女なら入ることはそれほど難しくないのだろう。

通気口の中、ヴィータは小柄な身体をもぞもぞと動かし演習場全体を見渡して

いた。

 収艦ドッグに続く通路の手前。扉を塞ぐように立っているのはリーゼとルー

テシア、それにガリューの三人。

「あいつら、特にリーゼと遣りあうことだけは避けたいとこだけど……」

 リーゼが展開する魔法障壁の硬度が並でない以上、突き破るにはそれ相応の

魔力が必要になる。カートリッジのおかげで多少魔力は補充されているといえ、

心もとない状態であることに変わりはなかった。

「やっぱ、はやてを自由にするのが最優先だな」

 呟いて、ヴィータははやてたちに目を向ける。バインドの魔法で拘束され、

床に座り込むよう強制されたはやてたちのそばには風見とチンク、ザフィーラ

がそれぞれ構えており、周囲に気を配り続けている。風見たちから二、三メー

トルほど離れた場所にモーラやヒルツ、オットーが立っていて、何かを話し込

んでいた。

 真下に目を向けてみるとレリィはデバイス、リア・ファルを用いてどこかと

連絡を取り合っているようだ。銀色の槍――ブリューナクを握り締め、リーン

がレリィの隣に立ち尽くしている。

 一通り敵の配置を確認し終えると、ヴィータはリィンに呼びかけていった。

「リィン。残りの魔力全部ユニゾンに回したとして、持続出来るのはあと何秒

ぐらいだ?」

『六十……、ううん、七十秒はいけるはずです。大きなダメージを食らわなけ

れば、の話ですが』

「わかった。それで十分だ」

 すでにヴィータはリィンとのユニゾンを終えていた。ユニゾンは融合状態を

取っているだけで術者の魔力を消費し続けてしまうが、戦闘中にユニゾンを行

なえる余裕があるかわからない以上、事前にユニゾンを行なっておいた方がい

いと判断したのだろう。

「さて、もたもたしてるわけにはいかないし行くか。ロッテ、アリア。準備は

完了してるよな」

「当然」

「当ったり前さ。あんたの方こそ、しくじるんじゃないよ」

 灰色の体毛に身を包んだ猫たちがヴィータに返事を返してくる。

通気口の中が非常に狭いため、使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアの

二人が動物の形状に姿を変化させているのだ。ヴィータ自身彼女らの猫の姿を

見るのは初めてだが、今はそんな話題に触れている暇はなかった。

「へっ、言われるまでもねえ」

 紅の鉄槌を起動させて、ヴィータは通気口の下部に添えた指先に力を込める。

「行くぜ! 突撃開始だ!」

 

 

 

 

「シスターパメラ、まだ連絡はつかないのですか? え、はい、はい。わかり

ました。それでは、そちらはそのまま捜索を続けてください。少しでもサーチ

に引っ掛かるものがあればこちらに報告を」

 不機嫌そうな声を上げてパメラ・パーラと連絡を取り合うレリィの背中を眺

めながら、リゼット・モーラ一尉はぽりぽりと頬をかき続けていた。

「あー、レリィの三佐はさっきから何をやってんだ? 随分機嫌が悪そうだが」

「何でも、プロイア一佐の行方が掴めていないそうです。召集の呼びかけにも

応じず、独断で動いていると……」

 戦闘機人オットーが説明を行なうと、モーラは妙なことを聞いた、とでも言

うように首を捻る。

「プロイアの旦那が独断? 珍しいこともあるもんだな。あの正義感の塊みた

いな人が手前勝手な行動なんて」

「はい。モーラ一尉ならともかく、プロイア一佐がこのような行動を取るとは。

いささか予想外の出来事でした」

「さり気なく言葉に棘を混ぜるのはやめてくれ」

 口にした後、モーラは頭上を見上げていった。視線の先には、細長い通気口

が設置されているはずである。そちらをしばらく睨みつけた後、

「どうかしましたか?」

 オットーに問われ、いや、まだ早かったようだ。と、モーラは視線を戻す。

「けどまあ、レリィ三佐が警戒するのも無理はないだろ」

 と、口を挟んできたのはヒルツ・オーエン三佐。シグナムが待ち構えている

場所にヴィータを転送し終えて暇になったのか、彼はストレージデバイス、ユ

ークリッドを指先でくるくると回転させて時間を潰し続けていた。

「現役を退きかけているといえ、プロイアさんの実力は未だ折り紙つき。八神

を拘束するだけなら俺たちだけでも十分だろうけど、プロイアさんが行方知れ

ずってのはちいとばかし気になる状況だからな」

「……動きが掴めない。八神二佐を助けるために動くかもしれないということ

ですか」

「どうだろうな。確証がない以上そうとは言い切れないが、いずれにせよ――」

 モーラが言葉を続けようとした瞬間、地震でも起きたかのように部屋全体が

大きく揺れ動いた。

「……な、なにが?」

「さて、何だろうな」

 事態を把握出来ず混乱しかけていたオットーを尻目に、モーラは鉄槌を模し

たストレージデバイス、ミョルニルを起動させる。

 先ほどから微量な魔力を漏らし続けていた通気口の一点に目を向けると、穴

を開けてそこから飛び降りてきた小柄な少女の姿を捉える。

 彼女は紅の鉄槌を握り締めており、

「おぉぉぉぉぉ、ギガントハンマーー!!」

 鉄槌が、何十倍にもその大きさを増していった。

「加減する気はなさそうだな。オットー。潰されない程度に離れていろ」

 小柄な少女、ヴィータの襲来を完全に予想していたのだろう。モーラはミョ

ルニルを頭上に掲げ、ヴィータが振り下ろしてきた鉄槌を真正面から受け止め

る。

 モーラの全身を強烈なまでの衝撃が襲い、びきり、と床に罅割れが走る。破

滅的な音ともに床が陥没。魔力の余波が衝撃波のように周囲に四散していった。

「モーラ一尉!」

「騒ぐなオットー。この程度……堪えきってみせる。それより八神たちに気を

配れ。こいつは」

「囮だって言うんだろ」

「……っ!」

 ヴィータと共に通気口から舞い降りた使い魔、リーゼアリアは妙な寒気を感

じ、猫から人間の姿に戻ると自分の真上に視線を向ける。

 ヴィータが囮となり、自分が手早くはやてたちを拘束しているバインドを解

除する。手はずとしてはそのようになっていたのだが、

Short Buster

 最速の射撃魔法。

 光がリーゼアリアの背中に直撃して、彼女を床に叩き落す。

「ぐっ……」

「あんた、グレアム前提督の使い魔だっけか」

 床に伏したリーゼアリアは、灰色のコートを羽織った男――ヒルツ・オーエ

ンに踏みつけられてしまう。

 それとほぼ同時。

リーゼアリアから離れた場所で、金属同士の激突音が鳴り響いていた。

「……っ。出来ればそこを退いて欲しいんだけど」

「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

 人間の姿に戻ったリーゼロッテと相対しているのはSランク魔導師、リーン・

T・ウィズ・ノワール。リーンは繰り出された拳を銀色の槍で受け止めると、バ

インドの魔法を用いてリーゼロッテの身体を拘束してしまう。

「ちっ、お姉さん相手に束縛プレイとはいい趣味してるじゃない」

「プレイ? バインドを用いて相手の束縛を狙うのは戦術の基本では」

「リーン、敵の言葉に耳を傾けないように。耳年増になってしまいますよ」

「……? 了解」

 束縛プレイとはどういう意味なのだろうと疑問を感じながらも、リーンはバ

インドの魔法でリーゼロッテを束縛し続けていた。

 この場の司令塔、レリィを押さえることで向こうの対応を後手に回らせる。

突入の前、ヴィータはリーゼロッテからそのような策を聞かされていたのだが、

あれほどあっけなく拘束されては後手に回らせるも何もないだろう。

『ま、まずいですヴィータちゃん。ユニゾン持続時間あと三十八秒。このまま

だと』

「何とかしろって言うんだろ。わかってるからちょっとまっ……」

 リィンに向けて言い聞かせようとした瞬間、ヴィータはげほっ、と大きく咳

き込んでしまう。咳には血反吐が混じっていて、床に赤色の斑点が広がってい

った。

ヴィータが被っていた帽子が床に落ちて、包帯をぐるぐるに巻きつけた髪が

姿を現す。傷口が開きかけているのか、包帯は赤く滲んでしまっていた。

『ヴィータちゃん!』

「ヴィータ!」

「し、心配いらねえ。何てことねえよ」

 内と外。リィンとはやての両方から名前を呼ばれ、ヴィータは倒れないよう

に何とか気を持ちなおす。

 だが、それで状況が改善することはなく、

「その傷……シグナムと共謀してってわけじゃなさそうだな。同じ守護騎士を

ぶっ倒してでも八神の元に駆けつけたってわけか」

 ギガントハンマー。

 ヴィータが誇る必殺の一撃を真正面から受け止めながら、モーラは煽るよう

に告げる。

「う……るせぇ。てめえには関係ねえだろ」

 どれだけの傷を負っていようと、どれだけ敵の力が強くとも関係ない。

危機に陥った主の力となる。危機に陥った主を助ける。

それが鉄槌の騎士の異名を持つ八神はやての守護騎士、ヴィータなのだから。

「どっけぇぇぇぇっ!」

 絶叫。全ての力を振り絞るかのように、ヴィータは声を張り上げる。

 だが、

「ったく、相変わらず凶暴な性格しやがって。そういう頑固さは嫌いじゃねえ

が、」

 届かない。

全ての力を振り絞ろうと、負傷しきったヴィータとモーラの間に広がる実力

差を埋めるまでには至らない。

 ギガントハンマーの力によって巨大化した鉄槌の先を手で掴むと、モーラは

ヴィータごと鉄槌を床に叩きつける。

「ぐぅ……」

 床に激突した衝撃か、ヴィータと融合を果たしていたリィンが弾かれるよう

に身体から飛び出してきてしまう。

「リィン!」

「いい加減諦めろ。てめえら、もう万策尽きてんだよ」

 相棒の下に駆け寄ろうとしたヴィータに向けて、モーラは自身のデバイスを

傾けていた。

 バンサクツキテンダヨ。

 その言葉と同時に、女性の声が聞こえた。

「そうでもないさ」

 続けて聞こえてきたのは、金属刃を専用のホルスターから抜く際に響く独特

の音色。シグナムがホルスターからレヴァンティンを引き抜く際に似たような

音を響かせていたが、あの音よりももっと澄んでいるような気がした。

 誰が声を発したのかヴィータが認識するよりも先、純銀の刃が勢いよく振り

下ろされる。

 刃と鉄槌がぶつかり合う音が響いた。

金属同士の衝突音とは思えないほど澄みきった音が、淀みのない流水のよう

に周囲に浸透していく。

 そんな中。純銀の刃を自身のデバイスで受け止めていた魔導師、モーラが叫

ぶ。

「風見、てめぇ血迷いやがったか!」

 そう、ヴィータを庇うように飛び出してきたのは風見静香。レリィやモーラ

とともにはやてたちを拘束するためにやってきた、Sの称号を持つ魔導師である。

「血迷いも気の迷いもない。私はただ、己の正義に付き従っているだけだ」

短く答え、風見はヴィータに視線を送る。

「守護騎士、何をぼやぼやしている。さっさと八神と合流しろ」

「え、あ、ああ。けど、何で」

 眼前で繰り広げられているのは、刀と鉄槌の鍔迫り合い。予想すらしていな

かった出来事を前に、ヴィータは完全に硬直してしまっていた。

「……ヴィ、ヴィータちゃん」

 が、床に倒れこんでいたリィンの言葉ではっと正気に戻り、

「な、何だかよくわかんねえけどありがとな!」

 リィンを両手で抱え込むとヴィータは立ち上がる。そして、はやてたちと合

流するために駆け出していった。

 

 

 

 

「風見一尉が動いた以上、こちらもうかうかしているわけにはいかないか」

 風見がモーラに攻撃を仕掛けた数秒後、チンクは懐から取り出した投げナイ

フを周囲に飛び散らせていた。

「弾けろ」

 チンクが指先をぱちんと鳴らした拍子、彼女が備え持つ先天固有技能――IS

ランブルデトネイターが発動する。

 金属物質にエネルギーを付加、爆発物に変化させる力がナイフを火薬に変化

させ、轟音と共に周囲が爆風に包まれる。

「八神二佐、動けますか? 私が先導しますからついて来てください」

 そんな中、チンクははやてたちを拘束していたバインドの魔法を解除。自分

の後に続くよう急かしていった。

「先導ってどういうことや? あんた私らを止めようと……」

「詳しい話は後で説明します。ともかく、今は黙ってついてきてください」

「ついてこいって言われてもな……」

 はやてとシャマル、キャロの三人は揃って顔を見合わせる。風見やチンクが

何故自分たちに協力してくれているのか、その意図がわからないからだろう。

『行きますよ、キャロ』

 そんな中、デバイス・レイジングハートが静かに言葉を告げる。

「行くって、でも……」

『罠であるならチンクを倒せばいい。それだけのことです。少なくとも、ここ

でじっとしているよりは何倍もマシ。違いますか?』

 確かにレイジングハートの言うとおり、ここに残っていたとしても何の意味

もないだろう。

「うだうだ言っとっても始まらんか。わかった。今は行動あるのみってことや

な」

気持ちを切り替えるとはやては走り出し、シャマルやキャロにそれに続いて

いった。

 

 

 

 

「風見一尉と戦闘機人の裏切り。予想外の出来事ですね。リーン、八神二佐た

ちを」

 はやてたちから離れた位置。突然の状況変化に多少戸惑いながらも、レリィ

はリーンに指示を与えようとする。

「そんなことさせないよ!」

 が、バインドによって動きを封じられていた猫の使い魔。リーゼロッテはバ

インドを無理やりとくと、そのまま一直線にレリィに殴りかかる。

「姉さん、少し下がって」

 レリィとリーゼロッテのあいだに割ってはいると、リーンが拳の一撃を受け

止める。

 拳と銀色の槍とがぶつかり合い、リーゼロッテは再び、レリィに向けて拳を

繰り出していた。

Protection

 間髪的に、リーンはレリィの目の前に魔力障壁を展開。魔力障壁で拳を受け

止める。

「ほらほら、どうしたのさリーン君。あんたの姉さんは八神二佐たちを捕らえ

ろって言ってるよ」

 リーゼロッテに言われずとも、リーン自身レリィの言葉を気にかけているの

だろう。彼の表情には明らかな焦りの色が見え始めていた。レリィを庇いなが

らはやてたちを捕らえる。

 そんな意識が先行しすぎているせいか、リーンの動きにはどこかたどたどし

い様子が目立ってしまっている。

「……やりづらい」

 だからこそ、リーゼロッテは執拗なまでにレリィを狙い続けていた。レリィ

が幾ら数多の魔法に精通していようと、彼女の魔導師としてのランクはD。正

面から遣り合えば、リーゼロッテの相手ではないのだから。

「リーン、私のことはいいから八神二佐を」

 などと言われても、そんな判断を下せるほど非情な心をリーンは持ち合わせ

ていなかった。姉を気遣う心がリーンを必要以上に縛りつけてしまい、結果、

リーゼロッテとリーンのあいだに広がる圧倒的なまでの実力差を埋めてしまっ

ていた。

「……っ。ヒルツ三佐!」

 苦々しそうに表情を歪めながらレリィが叫ぶ。リーンの動きが制限されてい

る以上、別の魔導師に頼むしかないと判断したのだろう。

「あー、八神たちを何とかしろってことか? 悪いけどこっちも取り込み中。

こいつ、取り押さえとかないと何するかわかんねえよ」

「こなくそっーーー」

 踏みつけられ、バインドの魔法で四肢を床に貼り付けられながらも、リーゼ

アリアは自らの魔力で強引にバインドを引き剥がそうとし続けていた。

 力技でバインドから逃れようとするリーゼアリアを無理やり押さえつけなが

ら、ヒルツは風見に視線を傾ける。

 モーラと真正面からぶつかり合っているにも関わらず、風見は一瞬だけ、鋭

利な刃物のような瞳をヒルツに向けてくる。氷の瞳に息遣いすら見通されてい

るようで、

「こわっ。こっちに飛び掛ってくる気満々じゃねえか」

 バインドを引き剥がそうとするリーゼアリアと風見の視線。ヒルツはそれら

二つに板ばさみにされ、身動きが取れなくなってしまっていた。

「はやてっ!」

「……! ヴィータか」

 そんな中。鉄槌の騎士の異名を持つ少女――ヴィータが自身の主と合流を果

たす。リィンは気を失っているのか、ヴィータの手のひらの上にぐったりと横

たわっている。

「悪い、はやて。遅くなった」

「いや、ええ。それよりあんたその怪我……それにあの子たち、確かレジアス

前提督の使い魔の子たちやろ。って、そんなん後でええか」

「まあな。話すと結構なげぇし。それよか、収艦ドッグに向かうって言っても

どうするつもりだよ。扉はリーゼが守ってるからちょっとやそっとじゃ」

「まあ任せとき。ようは、あそこからリーゼさんを退かせばいいわけやから」

 言いながら、はやては自身の所有する騎士杖型のアームドデバイス、シュベ

ルトクロイツの下部を床につける。とん、と騎士杖が音を立て、足元に正三角

形の魔法陣が展開する。

「発動に時間が掛かる魔法でも、着弾する座標を一箇所に固定すれば」

 リーゼの眼前に、濃い藍色をした純粋魔力の球体が姿を現す。

「闇に沈め」

 はやてが口にした魔法の発動トリガーをきっかけに、球体は急激に膨らみを

増していった。

 デアボリック・エミッション。

 空間そのものに侵食、魔力によって覆い尽くす広域殲滅魔法。

 広域殲滅魔法は発動に時間がかかるというのが定石のため、リーゼは幾らか

油断してしまっていたのだろう。

 突然現れた球体に驚き、攻撃をかわすために後ろに下がってしまう。

「いまやっ」

Blitz-Action on

 身体能力を向上させる魔法を施し、一同が先を急ごうとしたその拍子。

 緑色の光線が数本、はやてたちの元に飛来する。

「……な、なんや!?」

「数を絞れば広域魔法は発動速度が増す。なるほど、確かにその通りのようで

すね」

 緑色の発光を放つ両手をはやてたちに向けながら現れたのは、顔つきにまだ

あどけなさの残る中性的な少女。

「あんた、戦闘機人の八番目。オットーって名前やったか」

「はい。IS名はレイストーム。ご覧の通り、広域殲滅魔法を得意としています。

あなたと同じように」

 そう言って、オットーは手のひらに緑色の光線を作り出す。両手を合わせて

も光線はわずか二本。威力と範囲を犠牲に、発動速度を速めているのだろう。

「はっ、ちょっと魔法の使い方を覚えたくらいでいい気になるんやないで」

「いい気になるつもりはありません。元々、勝てるとも思っていませんから。

けれど、足だけは止めてもらいます」

 両方の手のひらから、オットーは再び緑色の光戦を放つ。と、光線がばちり

と何かに弾かれる。

「障壁? しかもかなり強固な」

 はやてたちを守るように展開された魔法障壁。オットーがそれを確認すると

同時、犬の耳を生やした長身の男が、握り締めた拳をオットーに叩き込んでい

た。

「ザフィーラ!」

 思わず声を張り上げたはやてたちに長身の男――ザフィーラは一瞬だけ視線

を送る。歓喜の声の中、シャマルはザフィーラの覚悟に気づいたのだろう。

「はやてちゃん! 今のうちに」

「え、あ。そ、そうやな」

 この機を逃す手はない。シャマルに急かされ、はやては収艦ドッグに続く扉

に急いでいく。

 チンク、はやて、キャロ、シャマル、ヴィータ、リィン。

 本局を発つことを決意した魔導師たちがその場を離脱して、

「ルーちゃん!」

「……了解。行くよ、ガリュー。キャロたちの後を追いかける」

 予め取り決めておいたようにリーゼと手早く会話を交わし、ルーテシアはガ

リューと共にキャロたちを追いかけていった。

 

 

 

 

 収艦ドッグに続く廊下。無数の足音を響かせながら、はやてたちはひたすら

に前に向けて走り続けていた。

「追ってきとるな」

 魔力の波長の様子から、後ろから迫る人物が誰か感づいたのだろう。

「この感じ……ルーちゃんですよね。なら、ここは私が」

 言うが早いか、キャロはレイジングハートを構えると真後ろに向き直る。

 レイジングハートの先端を直線状に位置する相手。ルーテシアに差し向ける

と魔力をサーチ、対象の現座標位置を特定すると、レイジングハートの先端に

高速で魔力を収束させる

「行くよ、レイジングハート」

Yes.Divine Buster

臨戦態勢を整えてからわずか二秒後、キャロは白色の砲撃を発射し終えてい

た。連日行ない続けていた空間認識能力向上トレーニングのおかげで、相手の

位置を特定する能力が向上していたのだろう。

 白色の砲撃が、廊下を一直線に突き進む。

「直線。ガリュー、防いで」

 前方から迫る魔力光を感知すると、ルーテシアはデバイス、アスクレピオス

を起動させる。

Enchant Defence Gain

 対象の防御力を向上させる魔法の施しを受けた無骨な皮膚。鋼同然の硬度を誇

る両手を交差させ、ガリューは鋼の手甲を前に突き出す。

 砲撃を弾き飛ばし、ガリューはキャロに向けて殴りかかる。

Boost Up Staff Power

Staff Blade

 二種類の異なる機械音声が発し、レイジングハートはその硬度を飛躍的に向

上させる。同時に、先端に淡い桃色の魔力刃が展開されていった。

 ガリューの拳をレイジングハートで受けると、キャロは素早く後ろに跳躍。

先端から魔力刃を放つレイジングハートを長槍に見立てると、勢いよくそれを

振り下ろす。

 拳を真上に掲げて、ガリューは刃を受け止める。

「歓迎としては手荒すぎる気がするけど、まあいいか。とりあえず落ち着いて

キャロ。私は、そっちに危害を加えるつもりはないから」

「……って言ってるけど、どうしようかレイジングハート」

『バインドの魔法で拘束。収艦ドッグに連行しながらでいいなら事情を伺いま

しょう』

「何だか酷い話だけど、いいよ。誤解を解くことが、今の最優先事項だと思う

から」

「了解しました。キャロもはやてたちも、それでよろしいですね」

「うん」

「え、あ、そやな」

 砲撃やデバイスの硬度向上魔法を用いた戦闘スタイル。ルーテシアの提案へ

の対応。全てがはやての知っているキャロの姿とは異なっているように見えて、

「キャロ……やよな?」

 はやては、思わずそんな言葉を漏らしてしまっていた。

 

 

 リーゼは三提督に対し、強い罪悪感を覚えていた。だからこそ、はやてに協

力することで間接的に三提督に恩返しをしようと考えた。

 リングに見立てた拘束魔法に身体を捕らえられながら、ルーテシアはそんな

風にはやてたちに事情を説明していった。

「なるほど。随分あっさり道を開けてくれたな思っとったけど、そういう訳か」

 ルーテシアの監査を進んで受け持ったことからもわかるとおり、リーゼは人

一倍情に熱いところがある。殺害という解決方法は、リーゼ自身望まぬことだ

ったのだろう。

「しかしリーゼさんはわかるとしても、風見さんがうちらに協力してくれる理

由は何なんや? こういう風に言うのも何やけど、あの人ほんま正義の味方、

法の番人って感じやろ。そこまで友情に熱いようには……」

 はやてが疑問を口にすると、頷き、チンクがそれに答えだす。

「八神二佐の言うとおり、友情とは少し違いますね。自分の中の正義と管理局

の掲げる正義にずれが生じた。だからこそ、己の正義に付き従うことにした。

あの人はそのように申していました」

「正義に付き従うね。風見さんらしいっちゃらしいか。そんで、あんたは……

なのはちゃんの仇を自分でとるいうところか」

 職場が大きく離れていたこともあり、はやてはなのはとチンクが一緒にいる

ところを実際に見たことはない。だが周囲の人々の話しぶりから、なのはとチ

ンクの関係をある程度は把握しているつもりではあった。

 親友や友達とは少し違うけれど、互いに相手を信頼し合うことの出来る、良

きパートナー同士。はやては、そんな風になのはたちのことを聞いている。

「高町教導官の仇。そうですね、確かにそのような思いは少なくありません。

ですが、それとは別に個人的な用件が一つ。戦闘機人、クアットロ。奴とけり

をつけねばなりませんから」

 右目にかけられた眼帯に片手を添えると、チンクはもう片方の拳を力強く握

りなおしていた。

 

 

 

 

 あとがき

 ヴィータvsシグナム、スバルvsティアナという大きなイベントが終了し、現在続いている管理局編も終盤に突入しました。

 Sランク魔導師たちは作中で大きく取り扱っている人々のため戦闘シーンを描きたいところですが、あまり戦闘ばかりが続くと間延びして話が前に進まないので、ある程度バランスに気をつかいながら書いていきたいと思います。

 最後に、感想に返事を書かせてもらいます。

そう思ってもらえると、とても嬉しく思います。なのはを含めた物語全般

において、次回に繋げるための引きはとても大切だと思っているので、毎回ど

こまで書くかで頭を悩ませております。おかげで、きりのいい所まで描くため

に一話一話の長さがまちまちになってしまっていますが; 

 

 

感想、ありがとうございます。盛り上がりのある話にするために、頑張りた

いと思います。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。