魔法少女リリカルなのは
Last‐remote
Stage.20 守護騎士激突
赤と白の輝きが空気を切り裂き、衝突を繰り返し続けていた。時折壁を蹴り
上げる音が鳴り響き、第二演習場の壁に足跡が刻まれていった。
「てめえ、シグナム! 管理局の命令にはいはい従いやがって、ちったあ自分
で考えてみたらどうなんだよ!」
「ヴィータ。その台詞、そっくりそのままお前に返させてもらう」
二色の輝き。八神はやてを主とする守護騎士たちが刀剣と鉄鎚とを激しくぶ
つけ合い、周辺の空気そのものを震わせていった。
蹴り上げた壁の一部が砕け、子供の頭ほどの大きさのコンクリート片が床へ
と落下する。
「んだとっ! てめぇ、何が言いてえんだよ!」
怒号と共に二人が一際激しくぶつかり合い、
「それこそ、自分で考えてみたらどうだ?」
シグナムの身体から放たれた魔力が振動波へと形を変え、落下しかけていた
コンクリート片を粉々に打ち砕いていった。
「……っ! 上から目線で言ってんじゃねえよ!」
鉄鎚を刀剣に叩きつけるとヴィータは後退。カートリッジを排出、新たに装
填しなおすと、デバイスに魔力を付加しなおしていった。
「わかってはいたけど、やっぱショートレンジでの戦いで優位に立てないってのはやりづらいな。ま、泣き言を言っても仕方ねえか」
変換した魔力を武器に付加し、打撃力を向上させる技法。
それはベルカ式魔法の基礎であり、同時に奥義とも言える技術である。
古代ベルカ魔法の基本、『徹底的なまでの自己強化』を最も効率的に戦いに生
かす手法。それはあえて組織的な戦い方を行なわず、個としての力を極限まで
高めていくことにあった。
だからこそ古代ベルカの魔法を極めたヴィータとシグナムは極限まで高めた
魔力をデバイスへ注ぎ込むと、あとはただ、刀剣と鉄鎚をぶつけ合っていくだ
けなのであった。
「互いにユニゾンを行っている身。魔力量だけで見れば二人分といえ、実質一
対一。ならば、」
彼らの戦いぶりから魔導師という単語を連想することは難しいだろう。実際
ベルカ王朝が栄えていた古代の時代、ベルカの魔法を極めた者たちを魔導師と
呼ぶものはいなかった。
「ならば我らベルカの『騎士』に」
「負けはねぇっ!」
二人の『騎士』は強度を向上させたデバイスを用い、互いに接近戦を繰り返
す。刀剣と鉄槌とが激しくぶつかり合い、無数の火花が舞い散っていった。
「……ちっ」
数十回の斬りあいを続けた後、苦々しそうに声を漏らしたのはシグナムの方
であった。彼女は刀剣を鉄鎚に勢いよく打ちつけると、ヴィータと距離を取る
ように真上へと急上昇していった。
「あ、てめ。待ちやがれこらっ!」
ヴィータが後を追いかけようとすると、
「レヴィンティン、シュランゲフォルム! 飛竜一閃」
自身のデバイスを刀剣から大蛇のような形状へ変化させ、シグナムはそのま
ま、大蛇をヴィータへと振り下ろす。
「蛇閃(じゃせん)烈火! 八岐大蛇」
アギトとユニゾンした影響だろう。ヴィータを見下ろしていた大蛇は、膨大
なまでの炎を全身に纏っていった。炎を新たな頭、新たな尾に見立て、その姿
を大きく変貌させていった。
「……っ!」
煮えたぎるような空気を目の前に、ヴィータは思わず動きを止めてしまう。
紅蓮が空気を歪ませていくその向こう。八つの首と八つの尾を持つ炎熱の大蛇
を従え、シグナムがこちらを睨みつけているのが見えた。
「リィン。あの炎、全部交わしきる自身はあるか」
『ないです』
「だよな、あたしも自身がねえ」
内ポケットからピンポン玉サイズの鉄球を取り出すと、ヴィータは魔力を注
ぎ、自分の前方にそれらを配置していった。注がれた魔力に呼応するように、
鉄球が微かな発光を繰り返している。
シュワルベフリーゲン。砲撃、射撃の苦手なヴィータが所有する唯一の射撃
魔法で、彼女のみが扱うことの出来るオリジナル魔法である。
と言っても、別に特別な力が必要というわけではない。打ち出した鉄球を無
理やり誘導・制御するという強引さから、他の魔導師たちが否効率的と判断し
ているだけである。
「とにかく今は一分一秒でも時間が惜しいからな。無茶でも無理でも無謀でも、
やれることは全部やるぜ」
ヴィータが配置した鉄球は十六。その数字は、レヴァンティンから生み出さ
れた炎と同等の数字であった。同時に、ヴィータが制御することの出来る最大
数でもある。
「リィン、お前も気張っていけよ」
『はいです!』
「よし、行くぜアイゼン。標的は……わかってるよな」
ヴィータは、グラーフアイゼンを用いて鉄球全てを打ち付けていった。鉄球
はそれぞれに大蛇を消し飛ばそうと走り出し……急激に、進行方向を変える。
十六の鉄球。それらの狙いは大蛇ではなかった。ヴィータの狙いはあくまで
も蛇を操る術者。すなわちシグナム本人であったからだ。
ヴィータはシグナムを中心とした空間を十六の面を持つ立方体に見立て、十
六面、あらゆる角度から多面的に鉄球を走らせていく。
「薙ぎ払え、レヴァンティン!」
大蛇が荒れ狂い、シグナムへ迫りつつあった鉄球を次々に丸呑みにしていっ
た。芯の部分までを焼き尽くされた鉄球が、バターのようにどろどろに溶かさ
れてしまう。
シグナムを中心に防御の陣形をとっていた大蛇が、鉄球全てを迎撃したのだ。
だが迎撃を行うために鉄球に気を取られていたからこそ、
「ぶっ潰せ! グラーフアイゼン!」
真横を通過していくヴィータに対し、大蛇はほとんどまともな反応を返すこ
とが出来なかった。幾本かの尾や首を用いて薙ぎ払おうとするも、ヴィータが
全身に纏った魔力障壁、パンツァーヒンダネスによって阻まれてしまう。
もちろんヴィータの纏う魔力障壁にも相応のひび割れが入ってはいるものの、
ヴィータ自身の動きを止めるまでには至っていない。
「おおおぉぉぉぉ! ラケーテン・ハンマーーーーッッッ!!」
魔力を噴射させ、ヴィータはさらに加速的に速度を上げていった。
大蛇に動きを捉えられるよりももっとずっと早く、力の限りを込めてシグナ
ムへ鉄鎚を打ちつける。シグナムの纏っていた薄い膜のような魔法障壁、パン
ツァーガイストを突き破り、そのまま騎士甲冑を打ち砕こうとしたその瞬間、
ヴィータは気づく。
鞘が、炎を身に纏っていることに。
「猛れ、炎熱。烈火刃!」
変換した魔力を鞘に流し込み強度を高めた上で、シグナムは鞘を用いてヴィ
ータへと斬りかかる。
「……っ」
ヴィータは騎士甲冑に打ちつけようとしていた鉄鎚を手元に戻し、鞘の一撃
を受け止める。
『ヴィータちゃん!』
だが次の瞬間、悲鳴のような大声が頭の中に響き渡る。リィンのその声で、
大蛇に背後を取られてしまったことに気づき、ヴィータは背中を守る魔力障壁
の強度を出来うる限り向上させていった。
「リィン、背中を!」
『はいです。捉えよ、凍てつく足枷』
合わせて、背後に氷の壁を張り巡らせる。大気中の水分を瞬時に凍結させ、
対象物をその中に閉じ込め捕獲する魔法。フリーレンフェッセルン。
閉じ込め捕獲するという用途からも分かるとおり、本来は敵を拘束するため
の魔法なのだが、ヴィータは背後の空間を凍結、氷の壁を盾代わりに使用して
いった。
大蛇の体当たりをほんの一瞬だけ防いだ後、氷の壁が砕け散る。砕けた破片
が一瞬で水に変わり、蒸発してしまう。
「ちっくしょっ!」
ミドルレンジに下がるのは危険。そのことを理解していながら、ヴィータは
ほんの一瞬の隙を利用して後退、シグナムと距離を取らなければならなかった。
グラーフアイゼンに装填されていたカートリッジの魔力が、底をついてしまっ
たからだ。
「リィン! カートリッジ、後何発残ってる」
『ス、スペアは一本しか残ってないです。カートリッジはほとんどシャマル先
生が管理してましたから』
「ち、そういやそうだったな」
なんであたしはちゃん付けでシャマルは先生なんだよ、と微妙に不満を感じ
ながらもヴィータはグラーフアイゼンからカートリッジを排出、最後のカート
リッジを装填しなおしていった。
「カートリッジは残り一発。とすると、次がラストチャンスってわけか」
なのはのブラスターモードが諸刃の剣と言われている通り、魔力という力の
エネルギー気質は非常に不安定なものとして知られている。術者が制御できる
限界値を超えてしまった場合魔力オーバーロード、自身の放つ魔力全てが自分
自身に跳ね返ってきてしまう現象を引き起こしてしまうからだ。
だからこそ魔導師は自身の魔力限界値を見極め、ぎりぎり一歩手前の魔力を
放出し続けていくようにする。それが魔導師にとっての常識である。
そのような常識と照らし合わせてみるとベルカ式カートリッジシステム、爆
発的な魔力を任意に発生させる技術というのは異例な存在と言えるだろう。
ベルカ式カートリッジシステムはあくまでもデバイスに魔力を注ぎ込む技術
のため、術者本人が魔力オーバーロードを引き起こすことはない。だがデバイ
スにも術者同様に魔力限界値は存在しているのだから、爆発的な魔力を得よう
とすれば当然、圧しかかってくる負荷に耐えられるだけの強度をデバイスに維
持させ続けなければならない。そのためベルカ式カートリッジシステムを使用
するためには、デバイス強度向上魔法の取得がほぼ必須とも言える状態になっ
ている。デバイスに圧しかかる負荷というのは、それほどに膨大なものなのだ。
唯一の例外として高町なのはが強度向上魔法なしでベルカ式カートリッジシ
ステムを使用していたが、あれとて自己ブースト魔法を用いてオーバーロード
を無理矢理に押さえ込む、ブラスターモードでの使用を前提とした技術であっ
た。
「リィン、カートリッジ起動はもうちょっと待ってくれよ。いま起動させても、
たぶん無駄打ちになっちまうだけだろうからな」
だがベルカ式という名前が付けられている通り強度向上の魔法を得意とする
ベルカの騎士ならば、負荷を超える強度をデバイスに維持させることはそれほ
ど難しいことではない。
『分かってるです。でもどうするんですヴィータちゃん。このまま蛇を弾いて
るだけじゃ勝ち目がないですし、何より、カートリッジ魔力なしの強度じゃグ
ラーフアイゼンでもそう何回も耐えられないですよ』
「心配すんなリィン。別に手がないわけじゃねえ。それにこんだけめちゃくち
ゃな威力だ。いくらシグナムがすげぇつっても、カートリッジなしでこんな魔
法は使えねえよ。あと数分であたしらを仕留めきれないってわかれば、戦法を
変えざるを得な――」
発していた言葉を遮るように、大蛇は身体をくねらせてヴィータに体当たり
を食らわせる。
「……ぐっ」
グラーフアイゼンを用いて防ぎはしたものの、耐え切れず、ヴィータは後方
へと吹き飛ばされてしまう。
『ヴィータちゃん!』
「……なんてことねえよ。そうだよな、アイゼン」
『
Ja.Recovery』表面に入っていた亀裂を修復させると、グラーフアイゼンは問題ない、とで
も言うようにヴィータに返事を返していった。
「あと数分……誤魔化しきらねえとな」
仕留めきれなければ戦法を変えざるを得ない。
逆を言ってしまえば、この方法では仕留めきれないと、シグナムたちにそう
思わせなければならないのだ。
「シグナムっ!」
グラーフアイゼンの先端をシグナムに傾けると、ヴィータは怒号のような声
を上げ始める。
「てめぇ、まさか手ぇ抜いてんじゃないだろうな。こんなちゃっちい技で、こ
のあたしをぶっ潰せるわけねえだろうが!」
鉄鎚を握り締めた少女の絶叫が、周囲に木霊していった。
ヴィータの怒号のような叫び声が響き渡るなか、シグナムは額に浮かび上が
る玉のような汗を指で拭い続けていた。
「ここに来て尚も粘りを見せるか。まずいな……」
通常の誘導制御型魔法を遥かに上回るホーミング性能、蛇であるがゆえの、
点ではなく線による多面的な攻撃。
捨て身ともいえるヴィータの連撃を防ぎきり、大蛇が最大級の力を振るうこ
との出来るミドルレンジにヴィータを押し返したにも関わらず、シグナムの表
情に余裕の色はなかった。その理由は、彼女が今も行い続けている魔法そのも
のにあった。
八岐大蛇。八つの首と八つの尾を持つ炎の大蛇。
強度を向上させたベルカの騎士のデバイスに一撃でひびを走らせるほどの威
力はなるほど、さすがSランク魔導師と言えるレベルの代物であろう。
だが大蛇の維持には膨大な魔力を必要とするらしく、シグナムの足元の床に
は、すでに空になった薬莢が何本も転がっていた。
「カートリッジは残り一発。このままシュランゲフォルムを取り続ければ、魔
力が切れるのはおそらくこちらの方が先だな。アギト、シュベルトフォルムに
戻すぞ」
『シュベルトって、馬鹿いってんじゃねえよ姉御。グラーフアイゼンとの斬り
合いなんて再開したら、今度こそレヴァンティンが折られちまう!』
先ほどの斬りあいの際、シグナムはレヴァンティンに入る皹割れを高速リ
カバリーによって修復し続けていた。
ヴィータがそのことに気づいていたかどうかはわからないが、ともかくリカ
バリーによる魔力消費を抑えるためにシグナムはヴィータと距離取り、大蛇に
よるミドルレンジからの攻撃に切り替えたのであった。
「お前にしてはずいぶんと弱気なことを言うのだなアギト。ユニゾン相性、総
合魔力。お前の予測では、我ら二人は全ての面においてヴィータたちを上回っ
ていると、そう言っていたではないか」
「そうだよ! ユニゾン相性も総合魔力も姉御とあたしのほうが勝ってる。け
ど、同じなんだよ。信じられねえかもしんねえけど、デバイスの強度向上率が
全く同じ数値なんだ。だったらぶつかり合えばどうなるかぐらいわかるだろ。
剣とハンマーなんだぜ」
より強い魔力の込められたデバイスが勝つ。魔導師同士の戦いとはそういう
もので、本来、デバイスの形状による優劣などというものは存在しない。
だが込められた魔力が同等ならば当然、デバイスの強度も同等のものとなる。
強度が全く同じならば、勝敗を分かつのは……。
レヴァンティンがグラーフアイゼンに打ち負けたのは、ある意味当然の結果
と言えるだろう。
「心配するな、そう何度も斬りあいを行うつもりはない。カートリッジ一本分
の魔力を全て上乗せし、火龍を用いて薙ぎ払う。あれなら、たとえヴィータが
ギガントハンマーで来ても一方的に打ち破れるはずだ」
『な、カートリッジ一本分全部上乗せって、そんなの無理に決まってんじゃね
えか。斬りかかるってことは、レヴァンティンの強度をそのあいだずっと向上
させ続けてるってことだろ』
デバイスの強度向上。思えばこれほど簡単で、これほど難しい魔法技術は他
にないだろう。
例えば五キロの鉄アレイを持ち上げろと言われて、それを持ち上げられない
人間はいないだろう。ではそのまま一時間持っていろと言われたら?
鉄アレイではなく、バーベルを持ち上げろと言われたら?
管理局本局襲撃事件において、フェイト・T・ハラオウンはプラズマザンバ
ーという数本のカートリッジ魔力を上乗せした砲撃魔法を放っていたが、あの
魔法すら、結局はほんの一瞬だけバーベルを持ち上げていただけに過ぎないの
だ。
尋常ではない重さを誇るバーベルを持ち上げた。
確かにそれも十分に凄いことだが、そのバーベルを一時間持ち続けろ、に比
べれば遥かにましだろう。
「自己ブースト魔法でオーバーロードは押さえこむ。強度維持といっても十数
秒、長くともほんの一分程度なのだから、押えきれないことはないはずだ」
『それって、高町一尉のブラスターモードと同じじゃねえか。本気かよ姉御。
あんなもん、まともな魔導師に出来ることじゃねえだろ。ブラスターが実践で
通用するレベルになってたのは、ビットなんてもんを操れるぐらい精密な魔力
制御を行えてた、高町一尉だったからこそなんだぜ』
「だがセリムはブラスターモードの砲撃に耐えきった。ヴィータや主はやては
そんなレベルの魔導師と戦わねばならんだ。私や管理局の力抜きで」
その言葉を聞いて、アギトは小さくため息をついていた。もちろんユニゾン
状態なのだから、ため息をついた、とシグナムが感じただけなのだが。
『……ほんと、そんな役回りだよな。姉御って』
「何を今更なことを言っている。それに前に言ったではないか。私は器用に立
ち回るのが苦手だと。たとえこの行為によって私の身体がどうなろうと――」
『ならねえよ』
はっきりとした輪郭を持つ、力強い声。ユニゾン状態特有の心の中だけに聞
こえる声が、シグナムの身体全てに響き渡っていった。
『姉御の身体はどうにもならねえ。自分のやるべきことをやり遂げて、はやて
二佐たちのことを笑って見送る。そんときの姉御は、怪我なんてどこにも負っ
てねえんだよ』
ユニゾンという特殊な状況下にあるからだろう。アギトの心そのものが、身
体のなかに流れ込んできている。シグナムは、感覚的にそれを実感することが
出来ていた。
「すまんなアギト。迷惑をかける」
レヴァンティンから薬莢を排出すると新たなカートリッジを装填、シグナム
は内部に込められていた魔力全てを刀身へと伝わらせていった。
「レヴァンティン。シュベルトフォルムに」
『
Yes.sir』主、シグナムの生き様を常に間近で見続けてきたからだろう。レヴァンティ
ンは異議を唱えるどころか、躊躇すらせずに主の命に従っていった。
自身が砕け散る。そんな可能性があるにも関わらず、レヴァンティンは主の
命に従ったのだ。主が選んだ道を共に歩む。主を、アギトを、そして自分自身
を誇りに思うからこそ、
『
Mode-Burasuto』レヴァンティンの刀身が、限界を超えた強度を纏い始めていく。
「リィン、聖王のゆりかごの駆動炉をぶっ壊したときのこと覚えてるか。モー
ド、ツェアシュテルングスフォーム。グラーフアイゼンのリミットブレイクだ」
『はいです。やるんですね、ヴィータちゃん』
シグナムとアギトの会話が、なぜこちらにまで聞こえてきたのかはわからな
い。互いにユニゾンという状態になっていたが故、魔力の波長がかみ合い、デ
バイスによる魔力通話と同じような状態になっていたのだろうか?
真偽のほどは定かではない。
だがそんなことはどうでもよかった。シグナムたちの気持ちがどうあれ、ヴ
ィータたちは、正面からそれを叩き潰さなければならないのだから。
「前は悪かったなアイゼン。あたしが未熟だったせいで、あんなひでぇダメー
ジを負わせちまって」
『
Kein problem』「気にすんなってか。お前らしいな。それじゃ行くぜ!」
『
Zerstorungshammer』鉄槌の騎士ヴィータの誇る最強の一撃。ツェアシュテールングスハンマー。
鉄鎚の先端部分にドリルを作り出すなど、衝撃の一点集中のために多少の工
夫が施されてはいるものの、魔法の効果はとても単純なものである。
すなわち、強度向上を施したグラーフアイゼンを力任せに叩きつける。
「堪えろよアイゼン、リィン。あたしも、ぶっ壊れねえように踏ん張るからよ」
ヴィータはグラーフアイゼンを両腕で握り締めていった。純粋なエネルギー
体としての魔力が暴風雨のように荒れ狂い、グラーフアイゼンがみしみしと軋
み始めているのがわかる。
「踏ん張れよ……」
ヴィータの帽子や服の裾から、赤色の液体が流れ落ちていった。
魔力制御の限界値を超えかけているのだろう。ヴィータの全身からオーバー
ロード一歩手前の魔力が噴出して、ばちばちと火花を上げ続けていた。
だが……それでもなお、
「まだだ。まだ足りねえ」
燃え上がる大蛇の頭や尾が絡まりあい、一つに集約されていく光景を目の当
たりにし、
「リィン、カートリッジロードだ。出し惜しみしてる余裕はねえ」
炎の大蛇を統べる『烈火の将』。シグナムの魔力が今の自分たちを上回ってい
ることを直感的に感じ取ったヴィータは、自身への反動を度外視、さらに魔力
を高めていった。
「剣閃烈火……火龍一閃……」
八つの頭を持つ大蛇が音もなく姿を消していった。八つの股の中心とも言え
る場所で、シグナムが一振りの剣を握り締めているのが見えた。
「吼えろ、レヴァンティンッ!」
「ぶっ潰せ、グラーフアイゼンッ!」
守護騎士たちのデバイスが正面からぶつかり合い、そして……光が広がって
いった。
――――――
――――
――
「いたた。もう、頭ぶつけちゃったです」
地面に横たわっていた白色の妖精、リィンフォースが頭を押えながら上体を
起こす。
「それにしても、何がどうなったですか。えっと、確かシグナムたちと正面か
らぶつかり合って、それで……」
薄れかけていた記憶を取り戻していくうち、リィンフォースは感覚がヴィー
タと共有のものでなく、自分だけの、独立した感覚に変わっていることに気づ
いた。
はっとして両腕を握り締めてみる。指先から、生身の身体の感覚が伝わって
くる。
「ユ、ユニゾンが解けてるじゃないですか!」
叫びながら、リィンフォースは慌てて周囲を見渡していった。こみ上げる黒
煙の向こうで、ヴィータとシグナムが向かい合うように立っているのが見えた。
「ヴィ、ヴィータちゃん! 待っててください。すぐに助けに」
「待ちな」
リィンフォースの目の前に、赤色の妖精が立ちふさがる。
「い、いい加減にするです。アギトもシグナムも、なんではやてちゃんの邪魔
ばかりしようとするんですか!」
「言わなきゃわからねえか? なんで姉御が、八神二佐に仕える守護騎士がこ
んなことをしたか、本当にわからないってのか」
「…………」
リィンフォースが口を閉ざしたその向こう。
「炎の魔剣レヴァンティン。刃を連結し生み出すもう一つの姿」
『
Bogenform』デバイスの形状を弓へと変化させ、シグナムがゆっくりと矢を引いていた。
「ヴィータ、これで最後だ。ユニゾンは解除されカートリッジ残量もゼロ。私
に残されているのはこの一矢のみ」
「……行くぜ、アイゼン」
鉄鎚をシグナムに向けて構えると、ヴィータはそれを真上へと振り上げる。
「なんの真似だヴィータ。よもや、そんな状態でこの一撃を叩き落すとでも言
うつもりか」
「聞かれるまでもねえ。主が行く道の邪魔をする奴は、例えなんであろうとぶ
っ潰す。それが、鉄鎚の騎士たるあたしの役目だ」
「意地を張ろうと力が増すわけではない。魔力の切れかけたデバイスなど、我
が一撃の前では紙も同然。大人しく引けヴィータ。私には、お前を殺す意思は
ないのだ」
ヴィータの足元には、シグナムの放った魔力の振動波によって粉々に砕け落
ちたコンクリート片が落ちていた。
ヴィータはコンクリート片を踏み砕くと、改めてシグナムと向きなおる。
「逃げるわけにはいかねえよ。でねえと、憎まれ役を買って出てくれた奴に悪
いからな」
ヴィータの帽子の下から流れ落ちた血が頬に流れていった。汗と混じり、玉
となって顎に伝っていく。
「……憎まれ役?」
「ああ。そいつは本当に下手糞な生き方しかできねえんだ。主や他の仲間が好
き勝手なことばっかやるから、それにいつも付き合わされてた。今回のことだ
ってそうだ。組織の決定を無視して主たちが好き勝手やろうとしてるから、主
たちに対する組織の印象を少しでも良くするために、そいつは組織の連中に協
力してやがんだよ。けど、そのことを主や他の仲間にも話やがらねえ。だから
馬鹿な仲間に裏切り者呼ばわりされて、ひでえ言葉をいっぱいぶつけられてや
がった」
「……その憎まれ役というのは、本当に不器用な奴なのだな。素直に自分の気
持ちを伝えればいいものを」
「ああ。でも、そいつは誰よりも主のことを考えてんだよ。あたしみたいに浅
はかな行動してる奴より、もっとずっとな」
「そうか。だがヴィータ、その憎まれ役は手を抜いて戦っていたわけではない
ぞ。主たちは組織の協力なしで敵と戦わなければならないのだ。主たちはそれ
を自覚しなければならない。いい加減な気持ちも、いい加減な強さも必要ない。
例え誰を相手にしようと揺らぐことのない鋼の心。誰であろうと倒すことの出
来る力。それらを持ち合わせていないのならば、行かせる意味などないからな」
鉄槌を真正面に構えると、ヴィータは両手でそれを握り締めていった。
「来いよシグナム。今更言葉なんて必要ねえだろ。てめえが持ってる力、全部
受けきって証明してやるよ。あたしの決意が、口だけじゃねえって事をな」
「……後悔するなよ。元より、加減などするつもりはない」
矢の先端に、紅の輝きが集められていった。強度の向上された弓と矢がまば
ゆいほどの光沢を放ち始め、
「と、言いたいところなのだが」
シグナムが矢を放つことはなかった。矢を放つよりも先に、弓の形状を取っ
ていたレヴァンティンが真っ二つに折れてしまったからだ。
「ヴィータ。先ほどの一撃、見事なものだったぞ」
「なっ……」
「何を驚いた顔をしている。レヴァンティンにも私にも、もはや一ミリの魔力
すら残されてはいない。先ほどの激突、勝ったのはお前の方だったということ
だ」
「あたしの勝ち? だったらなんで――」
言いかけて、ヴィータは気づく。
「てめぇ、さてはあたしを試してやがったな。汚ねえぞシグナム。これで最後
だなんて、あんなもったいぶった嘘までつきやがって」
「すまなかったなヴィータ。だが、見てみたかったのだ。力も魔力も全てを使
い切ったお前が、どのような行動に出るのかを」
「ヴィータちゃん!」
「姉御!」
二人の戦いに決着がつくと同時、赤と白の妖精たちがヴィータたちの胸元に
飛び込んできた。
「もう、もうもうもうっ! 心配したんですからね。本当に、本当に心配した
んですからね!」
「そうだぜ姉御。ユニゾン状態からは強制解除されちまうし、ブラスターなん
て、あんな無茶は二度とやらないでくれよ」
「ブラスター!? シグナム、お前」
ヴィータが声をかけようとした瞬間、シグナムはバランスを崩し、その場に
肩膝をついてしまう。
「心配はいらん。少し力を浪費しすぎただけだ」
床に落ちていた弓の半身を拾いあげ、シグナムは弓から刀剣へとデバイスの
形状を変化させていった。皹だらけの刀身は、真ん中の部分までしか残ってい
ない。
「主の邪魔をするものは、例えなんであろうとぶっ潰す。それがお前の道と言
うのなら、お前自身がそれを貫き通すというのなら。それを止める権利は私に
はない。いや、止められる力がないと言うべきか」
床に片手をついて立ち上がると、シグナムは刀剣を鞘に収めていった。
「主たちはレリィ三佐たちに拘束されているが、場所は移されていない。お前
たちが話していた通り、急げば五分ほどで行き着く場所にいる。ただ……」
Sの称号を持つ魔導師、シグナム一人を倒すためにヴィータは力の全てを使
い切った。
「心配いらねえよ。あたしは守護騎士だぜ。敵がなんだろうと、はやての邪魔
をするってんなら全部ぶっ潰すだけだ」
「ふっ、さすがだな。……ではヴィータ、主のことを頼んだぞ」
「ああ、任せとけ」
こつん、と拳と拳を打ちつけて、ヴィータは鉄鎚を肩に背負いなおす。
「それじゃ行くぜリィン。改めて、はやてを助けに行くぞ!!」
「はいですっ!」
あとがき
ヴィータ
vsシグナムを書くにあたり、最初に思ったのはどのような戦い方が彼女たちらしいか、でした。
Asでのフェイトvsシグナムなどを見るに、ベルカの騎士は砲撃魔法を使わない。好まない。というイメージがあったので、ベ
ルカ式カートリッジシステムを私なりに解釈し、デバイス強度というのを主軸
にした戦闘を書いてみました。
私としても、今回は久しぶりに思いっきり戦闘シーンを描くことが出来て楽
しかったです。
それでは、最後に小説感想が届いていたのでお答えさせていただきます。
そんな言葉を思い出してしまいました。
そのように感じていただき、光栄に思います。強い心は強大な力をも超えら
れる。始めて耳にした言葉ですが、とてもいい言葉ですね。
強い心が力を上回る。何だかとてもロマンチックで、実際にそういうシーン
を見たら私も見入ってしまうと思います。感想を送ってくださった方のご期待
に答えられるかはわかりませんが、私もそのようなシーンを描くことができる
よう努力してみようと思います。