魔法少女リリカルなのは lastremote

 

 

 Stage.2 Fとの邂逅

 

 

 ミッドチルダ南部、アルトセイム。大樹林帯入り口付近。

 十年以上前プレシア・テスタロッサが次元間移動を可能にする特殊な施設、

時の庭園を停泊させていた場所。

 元々プレシアが単独で研究を行っていた場所だけに人気はほとんどなく、庭

園が次元間に飛び立ってからは誰の目に触れられることもなく、放置され続け

ていた土地。

庭園を彩らせるために作られたであろう花壇の花々は雨風にさらされて、長

いあいだ雑草が伸びっぱなしになってしまっていた。

 そんな花壇が手入れされ以前のようにたくさんの草花を咲かせるようになっ

たのは、今から三,四年ほど前のこと。

 時空管理局の職員の中にこの土地、この場所に強い思い入れがある人物がい

たようで、彼女はたびたび此処、時の庭園跡地に訪れては草花の手入れを行っ

ていった。

 それは今も続いていることで、喪服姿の女性は簡単に草むしりを済ますと草

花の手前に置かれた長方形の石の前に向き合って、木桶から柄杓で水を掬うと

石の上へとかけていく。

 さきほど花壇と説明したが、厳密に言うとそれは少し間違い。植えられた花々

はあくまで墓前の飾りつけのためのもので、その色はほとんど白一色。

 花壇というには少々彩りに味がなさ過ぎる。

 真っ白な牡丹の花が花瓶に入れられたその先には、ちいさな墓石が二つ。

墓石の周りの土にはたっぷりと水分が染み込んでいるようで、湿り気を帯び

た深い茶の色に染まっていた。

 その小さなお墓は11年前虚数空間に落ちていき、そのまま帰らぬ人となっ

てしまった二人を弔うために彼女自らが作ったもの。

「ごめんね。母さん、アリシア。最近仕事が忙しかったから、お見舞いにくる

時間もなかなかとれなくて」

 管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラウオンは鞄から線香を数本取り

出すとそれを線香鉢にさし、マッチを擦り合わせて火をともしていく。

 風が吹けばすぐに消えてしまうような弱々しいマッチの炎。だけどその炎に

は強い想いがこめられており、どこまでも優しさを帯びていて……。

 火をつけるだけならライターや火炎の魔法など幾らでも方法はあるのだけど、

線香を付ける際古くからの形式に沿ってマッチを扱うのは、それが死者に対す

る礼儀だからなのだろう。

「機動六課のみんなが新しい配属先に行って半年。エリオとキャロは外世界。

スバルは特別救助隊で頑張ってるみたい。ティアナも執務官試験に向けて頑張

ってるよ。あの調子なら今月末の試験で合格できるだろうから、そうなればも

う執務官の仲間入り。はやてやシグナムたちは次元間のパトロール航行が仕事

になっちゃったからなかなか会えないけど、なのはは本局勤めだから今も一緒

にいるよ。私は内勤、なのはは外勤だから職場で顔を合わすことは少なくなっ

ちゃったけどね。同じマンションで暮らしてるから毎日会ってはいるけど」

 子供のころにフェイトが住んでいた土地。海鳴市のある世界ではある時期に

なると死者が現世に帰ってくるという言い伝えがあるそうで、フェイトはその

日だけは必ず時間を作り、母親と姉さんのお墓参りにくることを心がけていた。

 二人が帰ってきてるなら、そのときに自分の周りの色々なことを教えてあげ

ようと、そう思っているから。

「そういえば、ヴィヴィオが学校の絵のコンクールで金賞取ったのはいったか

な? あのときは凄かったんだよ。なのはなんて自分のことみたいに大喜びし

ちゃって」

 厳密に言えばフェイトはアリシアの妹というわけではない。けれどフェイト

にとってアリシアは姉のような存在で、アリシアがもし生きていてくれたなら

アリシアもまた、フェイトのことを妹のように可愛がってくれただろう。

 アリシアが生きていれば自分は生まれてこなかった。

 頭ではそのことがわかっていても絵空事のようなことを夢見てしまうのは、

家族のぬくもりを知らぬまま育ったが故だろうか? 永久に叶わぬ願いだとわ

かっていても、身体の芯の部分がそれを恋しいと思っていて……。

 くすり、フェイトは頬を緩ませて笑みを浮かべる。

 家族のぬくもりを知らないなんて考えてたら、母さんやクロノに怒られちゃ

うな。私はハラオウン。母さんやクロノの家族なんだから。

 風が吹いて、炭に変化していた線香の先端がぽろりとかけて線香鉢へと落ち

ていく。熱を帯びた深緑色のお香はどんどん小さくなっていき、気づけば最初

の半分程度の長さにまで縮んでしまっていた。

「父さま、はやくはやく」

 ぼんやりと小さくなっていく線香を眺めていると、どこからか小さな女の子

の声。

 こんな場所に子供が来るなんて。

 そんなことを考えながら声の方へと振り返り、

「えっ……」

 フェイトは思わず声を失ってしまう。

 お墓のある場所はアルトセイムの辺地に位置していて、鬱蒼と生い茂る大樹

林がどこまでも続いているだけの辺ぴな土地として知られている。その樹林も

世界中どこにでもあるような森となんら変わることはなく、手付かずの緑がず

っと続いているだけ。当然飛行機を止められるような広場があるわけでもない。

 立地条件が悪い上観光スポットと呼べるような場所もないのなら、わざわざ

足を運ぶような人もいないだろう。もちろん庭園跡地がそのような場所にある

理由は偶然ではなく、集中して研究を行うためにプレシアがわざと一目につき

にくい場所に庭園を置いたのが理由ではあるが。

 実際フェイトやフェイトの友人達がこの庭園跡地に来た際、他の人と出会う

ようなことは一度もなかった。

だから、本来人が寄り付かないようなこの場所で子供の声が聞こえるなんて

ことはとても異例なこと。

でも息が止まるほど驚いた本当の理由は、そんなことではなかった。

そこに立っていたのは幼いころの自分。髪型こそ後ろでお団子の形に丸めて

あるものの、髪の色も容姿も、その全てが幼いころの自分そのもの。いや、正

確に言えば自分とは違う。フェイト自身、一人の少女を模して作られた存在な

のだから。

「アリ……シア?」

 ただただ驚いて、フェイトは自分の元になった少女、姉の名を思わず口にし

ていた。その声が聞こえたのか聞こえていないのか、

「あ、ひょっとしておねえちゃんがフェイトさん?」

 アリシアそっくりの少女は好奇心に満ちたような瞳をきらきらと輝かせて、

たったったっとフェイトの方へと歩み寄っていく。

 困惑した表情のままフェイトが「え、ええ」と返事を返すと、少女は屈託の

ない満面の笑みを浮かべて、

「わぁ、きれいな人って聞いてたけどほんとにそうなんだね。わたしも大きく

なったらフェイトさんみたいにきれいな人になれるかな、ううん、なれるんだ

よね。やった。やった。わぁーーーい」

「えぇと、ごめんね。凄くうれしそうなところ悪いんだけどキミは――」

 ひとまず名前を尋ねようとすると、

「シンシア、初対面の人に会ったときはどうするか忘れたのか」

 落ち着いた男性の声が聞こえてきて、シンシアと呼ばれた少女は「そうだっ

たぁ」と両手を身体の真横にぴちっとつけて背筋を正す。

「始めまして。私はシンシア・F・ヴェンデッタって言います。ほんとはアリシ

アおねえちゃんやフェイトおねえちゃんと同じテスタロッサって名前なんだけ

ど、父さまとおそろいがいいからそっちの名前にしてます。Fはフェイトのり

ゃくです」

「テスタロッサ……」

 思わず言葉を失って、フェイトはシンシアと名乗る少女のことをじっと見て

いることしかできないでいた。

 考えなければいけないことが多すぎて、何と返せばいいのか何も思い浮かば

ない。

「シンシア、ご挨拶はすんだか」

「うん、父さま」

 くるりと振り返ると、シンシアは高級そうな黒杖を手にした男性のもとへと

かけていく。幼い少女に父さまと呼ばれているわりにだいぶ歳が行っているよ

うで、茶色いコートに身を包んだその姿からは初老という言葉が連想される。

 シンシアの背が小さいこともあり、彼女がぎゅっと抱きつこうとしたのはち

ょうど男性の膝の部分。松葉杖で歩いているような人の足元に抱きついたりす

れば普通転んでしまうもので、フェイトは思わずあっ、と声を出しそうになっ

てしまう。

「よしよし、いい子だ」

 けれどその心配は杞憂に終わったよう。初老の男性はシンシアの肩にそっと

手を置くと、そのままこちらへと歩いてくる。

「その杖、デバイスですか」

 微弱ながら初老の男性から魔力があふれ出ていることに気づき、フェイトは

男性が手にしている黒い杖をじっと覗きこむ。足腰が悪いわけではないのに杖

を持ち歩いているということは、たぶんそうゆうことなのだろう。どうやらそ

の考えは正しかったようで、黒い杖の先端部分には翡翠の色をした透明なクリ

スタルがはめ込まれていた。

「ほう、一目で見抜くとは。なるほど、なかなか良い観察眼のお持ちのようで。

ああ失礼自己紹介がまだでしたな。私はセリム・F・ヴェンデッタと申します。

こちらは黒曜の杖クラウストルム。さきほど自己紹介を済ませたこの子、シン

シアの保護者をさせていただいております」

「F…フェイト? まさかあなたはっ!」

「ストップ」

 手のひらを前に指しだしてフェイトの言葉を制すと、セリムと名乗った初老

の男は帽子をぎゅっと押さえつけて深く被りなおす。

「積もる話は後にしましょう。一応、今日はお墓参りに来たわけですから」

 セリムはそう言ってプレシアたちのお墓の前まで歩いていくと、手を合わせ

て静かに黙祷の念を捧げる。セリムの足元にいたシンシアは始めてみる父親の

行動に一瞬きょとんとしたものの、墓石と父親とを何度か目で往復したのち、

自分もやったほうがいいと思ったのだろう。父親の真似をして手を合わせ、ぎ

ゅっと目をつぶる。

 二人のその姿を見、フェイトは感じていた様々な疑問を一先ず先送りにする

ことにして、彼らと同じように手を重ね合わせ瞳を閉じる。

 二人の正体がなんであれ少なくともいまこの時はフェイトと同じ、プレシア

とアリシアの冥福を心から祈る人たちであることに、間違いはないのだから。

 

 

 アルトセイム地方は魔法、機械の技術が著しく発達したミッドチルダにして

は珍しく、そのほとんどが森林や山岳地帯に覆われている。

 特別自然保護区と言えば響きはいいが、土地開発の波に乗り遅れてしまった

だけのこと。森林を切りすぎて緑が少なくなってきたから、ここは切ってはい

けませんと手のひらを返したことで生まれた、意図的に残された自然。

「ミッドチルダ。私の知っている景色とはずいぶん違っていたが、この辺りは

それほど変わっていないな」

 死者への黙祷を終えて、フェイトはセリムと一緒に芝生の上を歩いていく。

シンシアはじっとしていることに飽きてしまったのか、少し離れた場所で一人

ボール遊びを始めていた。

「昔はもっと緑が多かったし、人も少なかった。機械などほとんど存在せず、

せいぜいデバイス程度のものだったのだが」

「時空管理局が発足されましたからね。ミッドチルダに管理局の地上本部が置

かれて、そこから一気に多元世界の中心地とも呼べる世界に発展したみたいで

す」

「なるほど、管理局。たしかに当時は無法者が多かった。それらを統括するた

めの組織は必要不可欠と」

「そうですね。人が集まれば色んな考えが生まれてくる。悪いことを考える人

だって当然現れるから、それを正すための人も必要になってきて」

「悪いこと、色々な考え。キミも私も身勝手な人間の暴走により生み出された。

なのにそんな風に単純に割り切ることができる。ふふ、さすがに立派な考えを

持っている」

「ならあなたはやっぱり……」

「ええ。人造魔導師計画、プロジェクト『F.A.T.E』により生み出された存在で

す。そのことを知ったのはごく最近のことですが、正直ショックでしたね。私

の何もかもが偽りだったと、そう告げられたのですから」

 目の前の初老の男性の姿に何故だか自分の姿が重なって、子供ころの記憶が

フラッシュバックしてしまう。

アリシアの眠るカプセルを愛おしげに見守る母さんのこと。自分に向けられ

た蔑むような瞳。驚くことや悲しいことはいくつもあった。でも何よりも悲し

かったのは自分の信じていたものが、自分のすがっていたものが、ただの偽り

でしかなかったという事実。

私があのとき感じたものと同じものを、たぶんこの人も感じたのだろう。

「遺伝子技術により数千年前の魔導師を蘇生させる。プレシア・テスタロッサ

の研究を引き継ぎさらに発展させた技術。命を作り出す、神の領域に足を踏み

入れた者達。あなたの母は偉大な魔導師であり科学者であったようですが、少々

やりすぎてしまった。裁きが下るのも必然というものでしょう」

 プレシアの墓を見下ろして、ため息混じりにセリムはそんなことを口にする。

「たしかにそうかもしれません。母さんは、常軌を逸していましたから」

「おや意外な。あなたはプレシアやアリシアを好いていたと聞きました。だか

ら当然何かしら反論してくると思っていましたが」

「母さんのことは今でも好きですよ。でも母さんの行いが正しかったとは思え

ないから、そのことについて否定はしません」

「割り切っていると。ふふ、それは凄い。私にはそこまで考えることはできな

かった。短絡的に、感情に従って動いてしまった。だから壊してしまったので

すが」

「壊した?」

「私が施設を消滅させました。文字通り跡形もなく」

 淡々と告げていくものの、その言葉は明らかにフェイトを挑発しているかの

よう。執務官であるフェイトに対し自身が行った犯罪のことを伝えるなど、捕

まえてくださいと言っているようなものなのだから。

「どうします? いまここで逮捕でも」

非人道的な研究ばかりを行っていた場所だ。公には公表されていない場所、

秘密基地のようなものだったのだろう。それに人造魔導師を作り出す研究と

もなれば必要な資金も莫大な量になる。その資金がどこから提供されていたの

かはわからないが、いずれにしろとてつもなく大きな企業であることに間違い

はない。そしてそういう企業というのは、そうじて不祥事を嫌うもの。

証拠になりえるもの全てを企業側がもみ消してしまうのだから、セリムの罪

は当然不問とゆうことになる。あらぬ疑いをかけられたとして控訴に出られれ

ば、立場が危ぶまれるのはむしろ……。

それが分かっているからか、フェイトは静かに首を横に振る。

「それでいい。懸命な判断に感謝しますよ。私もプレシア・テスタロッサや彼

女の研究を引き継いだものを恨んでいたわけではないのでね。形はどうあれ、

私を生んでくれたことに変わりはないのだから。彼女の墓参りに来たというの

も事実です。母、というのも妙な話ですが、一言お礼を言っておきたくて」

 風が吹いて、金色をしたフェイトの長い髪が揺れていく。

 その色はアリシアと同じ色。そして、それは少し離れた場所でボール遊びに

明け暮れているシンシアとも同じ色をしていて、

「あの子はキミのスペアだったそうだ。キミが目覚めなかったときのためにプ

レシアが用意しておいた保険。キミが無事に目覚め不必要になって、それを私

が目覚めさせた」

「なら、やっぱりあの子は私と同じでアリシアの……」

「ええ、そうゆうことになりますね。けれどあの子はキミとは違う。どちらか

と言うと私に近い」

 言葉の意味がよく理解できず首を傾げると、セリムは静かに言葉を続けてい

く。

「孤独、という意味です。形はどうあれキミには自分を覚えてくれている人が

いた。自分を必要としてくれている人がいた。それは、私やあの子にはなかっ

たもの」

 フェイトが生まれたことで、シンシアという少女はプレシアにとって不必要

な存在となった。プレシアが時空の歪に飲み込まれシンシア、いや、アリシア

という少女を知っている人間は誰もいなくなり、孤独のなかを行き続けていた

セリムはシンシアに出会った。

「さて不幸自慢はこれくらいにしておいて、本題に移るとしましょう」

 そう言って、懐から菱形の形をした蒼い宝石を取り出す。

「かつてプレシア・テスタロッサが集めていたロストロギア。使い方を誤れば

次元震すら引き起こす危険な代物。しかし正しい使い方をすれば話は別」

 それはジュエルシード。なのはとフェイト、二人が出会うきっかけとなった

宝石。

「用件というのはこれのこと。あなたと高町なのはのデバイスはこれのデータ

を収拾しているはず。だからあなたたち二人、いずれかのデバイスを少しのあ

いだ貸して欲しい。デバイス内のデータを用い、ジュエルシードの真の力を引

き出すために。遺失物の無断使用になってしまいますが、まあそこは目を瞑っ

てもらえるとありがたい。人や物に危害を加えるつもりはないので」

「なら、何をしようと言うんですか」

 フェイトの瞳が執務官のそれへと変わっていく。

「フランジュ。オリジナルの私の生まれた場所で、今は無き世界。データとし

ての映像ではなく、本物の生まれ故郷をこの眼で一目みたいと思った。それだ

けのことですよ」

「生まれ故郷……」

「まあ懐郷でしょうね。あなたもそうゆう感情に囚われたことがあるのでは?」

 思わず共感しそうになってしまったフェイトが口を閉ざしたのは、執務官と

してのプライドからだろう。アルトセイムはフェイトの生まれ故郷で、アリシ

アの記憶とはいえ、優しかったプレシアと一緒に暮らしていた場所。

 だからこそ、二人のお墓をここに立てたのだ。

懐郷という思いはたぶん誰にでもあるもので、一度強く意識してしまえば、

誰にもその思いを止めることはできない。だから頷きそうになってしまった。

彼の考えに、共感しかけてしまった。

 でもそれはしてはいけないこと。セリムがどのような方法で失われた世界を

『見る』つもりなのかはわからないが、ジュエルシード、遺失物を使用するこ

とだけ間違いないのだから、執務官という立場である以上、それを許すことな

どできはしなくて。

「あなたの気持ちはわかります。でも、どのような理由であれ遺失物の無断使

用を許可することなどできません。まして、それに協力することなんて」

「できないと」

「はい、残念ながら」

「そうか。なら仕方がない」

 仕方ないというその言葉はやけにあっさりとしたもので、フェイトは地面を

蹴り上げると後ろに距離を取る。

 何か仕掛けてくると、そう判断したのだろう。

「帰るぞ、シンシア」

 けれど聞こえてきたのは拍子抜けしてしまうような言葉。

張りつめかけていた空気がさぁーっと解けていき、

「えっ! あ、はーい。父様」

 ボールを手にセリムのほうへシンシアが走っていくその様を、あっけに取ら

れたようにフェイトはじっと見ていた。

「しばらくの後、もう一度お会いしましょう。そのときには色好い返事が帰っ

てくると期待しております。では、失敬」

「ばいばーい、フェイトお姉ちゃん」

 帽子を手に小さく会釈すると、セリムとシンシアはその場を後にする。

 山の向こうの空に真っ黒な煙が上がっていることにフェイトが気づいたのは、

だんだんと小さくなっていく二人の姿が見えなくなった、その後のことであっ

た。

 

 

 ミッドチルダ中央区画、沿岸部火災現場上空。

 真っ白の衣の女性とネービー色のジャケットを羽織った青年は何度も正面か

らの衝突を繰り返し、そのたび魔法障壁が激しい光を放っていく。

「レイジングハート」

Yes.master

 なのはの意思を読み取ったかのようにレイジングハートのクリスタル表面に

Axel Shooterという文字が浮かび上がり、周囲に無数の光球が漂いはじめてい

く。その数およそ二十。

「行って!」

「それはもう見飽きた!」

 ブラッドは両の手のひらからそれぞれ三つずつ、合計六つの刃を生み出すと

接近する光球目掛けそれらの刃を飛ばしていく。

「炎熱六歌、一閃!」

 ブラッドの指の動きに合わせて飛び交う六つの刃は次々に光球を切断してい

き、なのはの放ったアクセル・シューターの弾丸全てを破壊する。

Can 01 bit bombardments. Master(ビット01砲撃可能です。マスター)

「後ろ? 誘導弾は囮か」

 放たれたアクセル・シューターの光球とは別に、周囲で支援射撃を行ってい

た金色の遠隔操作機。なのはがブラスタービットと呼ぶそれはいつの間にかブ

ラッドの背後へと回りこんでおり、彼が反応するよりも早く、なのはとレイジ

ングハート最速の砲撃魔法、ショートバスターを発射する。

「ち、洗濯ばさみがうろちょろと!」

 ただ速度が速いということは魔力チャージ量が少ないということであり、放

たれた魔力砲はブラッドの障壁により容易く弾かれてしまう。けれどそんなこ

とはなのはも予測済みのようで、

「クロスファイアシュート」

 ブラッドが行動を起こすよりも先、なのはは素早く次の手へと打ってでる。

 上空に浮かんだスフィアから槍の形状をした魔力弾が無数に撃ち出され、ブ

ラッドの纏う障壁にそれぞれが突き刺さり爆発していく。

「なのはさんが押してはいるけど……」

 スバルは謎の守護獣と自身の憧れの存在である高町なのはとの戦いを、信じ

られないという様子で見守っていた。

 すでになのはのデバイス(レイジングハート・エクセリオン)はフル出力を発揮

するエクシードモードへとその形状を移項させており、Sランク魔導師本来の実

力を存分に発揮している。なのに狐の姿をかたどったあの守護獣はなのはと互

角、あるいはそれ以上の戦いを繰り広げているのだ。

「なんとかしないと」

 両手に装着した黒い篭手はずっしりと重たく、腕を持ち上げることさえ少し

辛さを覚える。

 リボルバーナックルは確かにそれなりの重量を持つデバイスではあるものの、

その重さを重荷に感じるようなことはなかったのに。

 ディバインバスター2発。さすがに魔力も体力も限界かな……。でも、

「ごめん、もうちょっとだけ付き合ってね。相棒」

No Problem(問題ありません)」

 障壁ごと相手のガードを貫いて相手を叩きのめすことが、たぶんなのはさん

の狙い。でもあの障壁はちょっとやそっとの攻撃じゃ破れないだろうから、な

のはさんが砲撃を行うまでの時間をなんとか稼がないと。

「ウイング――」

「ちょ、ちょっとスバル。待った待った。そんな状態で戦ったりしたら、逆に

なのはさんの足を引っ張っちゃうだけだって」

「それはそうかもしれないけど、だからって放っておくことなんて。それにも

し私がやられたとしても、なのはさんならその隙にあいつを倒すことが」

「……っ、馬鹿かあんた! なのはさんと一年も一緒にいたならあの人の性格

ぐらいわかるでしょ。あんたがやられそうになればあの人は真っ先にあんたを

助けようとする! だから、あんたの仕事はここでじっとしてることなの」

「で、でもそれじゃあなのはさんが」

「大丈夫。あの人はエースオブエースなんだから。それに」

 瞬間、空が光る。

「言ったでしょ。チンク姉とディエチがサポートに来てるって」

 銀色の銃弾がブラッドの障壁に衝突し、高熱を帯びた爆風のなかへと彼の姿

は掻き消えてしまう。

Hoop Bind

 なのはを補佐する役目を持つブラスタービット(この場合エクシードビット

と呼ぶほうが適切かもしれないが)は銃弾が直撃するより前に爆発の射程外へ

と逃れており、バインドによりブラッドの身体を縛りあげていく。

「こんな子供騙しで!」

 ブラッドがそのバインドを振りほどくより早く、

「レイジングハート」

All Light

 なのははブラッドの正面へと接近、強力な捕縛魔法によりその身体を拘束す

る。

 卓越した魔導師同士の戦闘の場合バインドによる拘束など一瞬、せいぜい一

秒持てばいいところ。バインド系列の呪文の詠唱には数瞬あるいは数秒の時間

がかかってしまうため、多重詠唱でも行えない限り戦闘時におけるバインドな

どほぼ無意味。

いくら相手の動きを止めることができても、その隙に攻撃できなければ意味

はないのだから。

「だからバインドなんざ意味ねぇって言ってんだろっっ!」

 ただそれはあくまで、

「いまのうちに、ディエチ!」

 11を前提とした理論。

「んなっ」

 高速直射。純粋な破壊のみを求めたエネルギー砲。

 海洋上から真っ直ぐに伸びてきたそれはブラッドの障壁を容易く撃ち貫き、

黒煙で空を染めていく。

It direct hit. Master(直撃です。マスター)」

「みたいだけど、エクシードモードは維持しておいて。レイジングハート」

Yes.Master(了解しました)」

 

 

 なのはとブラッドの交戦地点から少し離れた海洋上空。迷彩柄のヘリはディ

エチの放ったイメーノスカノンの影響がまだ残っているのか、船体がぐらりぐ

らり激しく上下に揺れ動いていた。

「わわわ、落ちる落ちるぅぅぅぅ!」

「落ちないって。私の操縦の腕を信じなさい。とはいえ、この衝撃はちょっと

予想外かな」

「やっぱ落ちるんだ……」

「ええいごちゃごちゃウルサイ! 集中したいんだから黙ってて。少しはチン

クを見習いなさいよ。あと、どこかにしがみついたまま動かないように。でな

いと本当に落ちるよ」

 操縦桿をぐっと握り締めると、アルトは船体のバランスを回復させようと左

右に身体を激しく揺らす。ヘリコプターの場合艦船などに比べ船体がはるかに

小さいので、乗組員の動き一つで簡単に船体が揺れてしまうのだろう。

「落ち着けディエチ、なるようにしかならん。それより状況を伝えろ。姉には

よく見えん」

「う、うん。わかってる。まったく少しは取り乱しでもすれば可愛いのに……」

 二人のやり取りを聞きながら、アルトは思わずくすりと笑ってしまう。

 ディエチと隔離施設で初めてあったときは感情をほとんど表に出さない機械

のような性格の子だったのに、いまはパニックに陥ると慌てふためくような、

歳相応の子供らしい一面を見せるようになっていて。

「あーアルト、なに笑ってるのさ。この非常時に」

「ううん、なんでもない」

 子供の成長を見守る母親みたいな、そんな気分になってしまいそう。子持ち

じゃないけど。

「ディエチ、喋るのは後にして早く状況を伝えろ!」

 もっとも、チンクのほうはほとんど変わってないみたいだけど。

「はいはい。えーっと、レンズ望遠モード。命中確認……」

 ディエチの瞳は双眼鏡などと同じ作りになっており、自らの意思で視認でき

る範囲を調整できるようになっている。長距離砲撃を主体とする魔導師なら喉

から手が出るほど欲しい能力なんだろうけど。

彼女たちの生まれのことを考えると、さすがに羨ましいなんて言えないなぁ。

「うわっ、血みどろ……。完全に防御間に合ってないよあれ。悪いことしちゃ

ったかなぁ」

「油断するな。高町教導官と正面からまともにぶつかりあえるような相手、ど

んな奥の手を隠しているやもしれん」

「あーたしかに。ヘヴィバレル最大出力での砲撃、チャージ時間ゼロの砲撃に

打ち負かされたからなぁ。あれはトラウマだよ……」

「お前のトラウマはどうでもいい」

「はいはい、では念のためにもう一撃」

 ディエチは長距離砲撃砲を構え再びトリガーを引こうとして、

「やば、来るっ!」

 短く叫んで、トリガーを連続で引いていく。

 狙いも何もあったものじゃない。威嚇か牽制か、ともかく時間稼ぎが目的な

のだろう。

「えっ、ちょ……このヘリ輸送用なんだから戦闘なんて」

「案ずるなアルト、あの負傷では私のISからは逃れられん」

 両手に銀ナイフを構えると、チンクは接近するブラッドに狙いを定める。

「これでっ」

「ちょ、ちょっと待ってチンク。目標から超高密度のエネルギー反応。ま、魔

力ランクSSって、嘘でしょ!」

「なっ!」

 慌てて守護獣のほうに目を向けると中空で動きを止めたまま、彼は何やら魔

法の詠唱を始めているよう。アルトに魔術の心得はないものの、ぱっと見ただ

けでそれの危険性だけは簡単に感じ取ることが出来た。

 空に掲げた右手のその先には、二メートルを超える巨大な球体。

 ごぽごぽと聞き慣れない音を立てていて、気泡のようなものが灼熱の色をし

た球体の表面に生まれ、弾けていく。

「我が行うは炎帝の抱擁。汝が知るは煉獄の炎」

「な、なんだかやばそうな雰囲気がひしひしと」

「ディエチ、ヘヴィバレル最大出力。何でもいい、とにかく撃て。死ぬぞ」

「わ、分かってるけどオーバーヒートしちゃってて」

「ち、この肝心なときに。アルト、出来るだけ後ろへ飛ばせ。シェルコート程

度で防ぎきれるとは思えんが、やれるだけのことはやってみる」

「り、了解。魔力球来ます!」

「我が前に立ちふさがるは死と同意義と知れ!」

 アルトたちの乗るヘリコプターに向けていままさに魔法を放とうとしたその

瞬間、

「はいはい、そこまでですよ。ブラッド様」

ブラッドの真隣に銀色のケープを羽織った少女が姿を現す。

「ダメですよ。勝手なことしちゃ。ドクターに怒られますよ」

「知るか! せっかく面白くなってきたところでくだらん投げやりを入れられ

たんだ。あのヘリの奴ら全てを消し炭にせんと気が納まらん」

「気持ちはわかりますけど、抑えて抑えて。あんな連中ブラッド様ならわけな

いとは思いますが、その負傷で高町なのはの相手なんてできないでしょう」

「ん、それはまあそうだが」

「そうゆうことです。だからここは一先ず退きましょう」

「……わかった。ここはお前に従おう」

「そうそう。人間素直が一番です」

「俺は守護獣だ!」

「あは、そうでしたね」

 銀色の衣を纏った茶色い髪の少女。ブラッドの暴走を抑えると彼女はくるり

と振り返り、チンクとディエチ、自分の妹たちを見下ろす。

「久しぶり、というところかしら。チンクちゃんにディエチちゃん」

「クア……姉?」

「あはは、なぁにディエチちゃん。鳩が豆鉄砲食らったような顔して。おっか

しい。と、こんなことしてる場合じゃないんだっけ。あの白い悪魔がやってく

る前にさっさと逃げないと」

「クアットロ! 貴様!!」

「おろろ、怖い怖い。チンクちゃんいつからそんな反抗的になっちゃたのかし

ら。お姉ちゃん悲しいわ。ま、いいや。ばっはっはーーい」

 ナンバーズ4、白銀の外套を持つクアットロは負傷したブラッドの身体を支

えると、そのまま長距離転移の魔法により姿をくらましてしまう。

 突然の襲撃者たちが去り、それと入れ替わるようにして真っ黒の煙がヘリコ

プターの周りを漂い始めていく。

静けさを取り戻した海洋上空。空気を切り裂くプロペラ音。

黒い煙を裂いて現れたのは白き星。

「なにがあったの? チンク、ディエチ。あの守護獣のそば、誰かいたみたい

だけど」

 なのはの位置からはクワットロの顔は見えなかったのだろう。不思議そうに

訪ねるものの、状況の整理ができていないチンクたちには上手く言葉で説明す

ることができなくて、

「わかりません。でも、ひとまず危険は去ったみたいです」

 そう言って、自分たちが見たものの全てをなのはに伝えていった。

 

 

 

 

 あとがき、というより駄文。

ご無沙汰しておりました。飛鳥です。

一話一話が結構長いので更新ペースが送れて申し訳ありません。

 各ナンバーズメンバーのISなどの詳細についてはwikiを参照にしてもらう

として、今回はこの小説オリジナルの設定について色々と捕捉していきたいと

思います。

 

 

 リボルバーナックルtype.2(スバル用)

 基本的なスペックはリボルバーナックルとほとんど変化なし。

ただスバルに合わせ再調整されているので、striker時よりも魔力を滑らかに

練ることができるようになっている。

空中での動きに変化をもたすため、アンカー付きワイヤーを組み込んでいる。

アンカーはstriker初期にティアナが使っていたものとほぼ同じもので、スバル

がティアナに頼んで特別に取り付けてもらったものらしい。

 手の甲の部分にボタンが付けられており、それを押すことでワイヤーを射出

する。

 

 

 レイジングハート・エクセリオン

 Striker時と全く同じものだが、ブラスターモードでなければ使えなかったビ

ットをエクシードモードでも使用できるように調整されている。

 ただ魔力消費が激しいのでエクシード時では12個の制御が限度。ビットの

能力も本来の60%程度しか発揮されていない。(それでも並の魔導師相手なら十

分な性能ではあるが)

 

 では、今回はこれにて。

 




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