魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.19 対立

 

 

「おせぇ……」

「まったくです。みんな、幾らなんでものんびりしすぎです」

 『夜天』の有するL級次元航行艦船、リステアが収艦されたドッグ施設へと

続く道。その途中には巨大なホールが広がっており、ホールの中央に当たる場

所に数人の女性が立っていた。『鉄槌の騎士』の異名を持つ守護騎士ヴィータと、

『祝福の風』の異名を持つ妖精サイズの小さな少女、リィンフォースツヴァイ。

二人は顔を見合わせ、不機嫌そうに愚痴を吐き出し続けていた。

 管理局魔導師による模擬戦を行うための広場、という役割を併せ持つからだ

ろう。多目的に使われるホールは広く、かつかつかつかつ、というヴィータが

靴で床を鳴らす音が、部屋の中で反響を繰り返していた。

「ヴィータちゃん。もう少し静かにしていてください。あまり人目につきたく

ない状況ということはわかっているでしょう」

「あ、わ、わりぃシャマル。それはわかってんだけどよ……」

 シャマルに咎められ、ヴィータはぱしんと拳をもう片方の手の平に叩きつけ

ていく。

 テスト航行中のリシテアを奪い、そのまま出航してしまう。

 管理局の規約を幾つも違反するような行為にシャマルが協力してくれるか多

少不安ではあったものの、「はやてちゃんたちを放っておいたらどんな無茶をす

るかわからないから」と、過保護なママのようなことを口にし、シャマルは渋々

ながらついてきてくれることを決めてくれた。

 その言い方に多少引っかかりは感じたものの、ともかく一番の問題であった

シャマルの説得に成功し、ヴィータもはやても一先ずはこれで安心、という風

に思っていたのだが、

「ったく、シグナムもキャロもザフィーラも、あいつら一体何やってんだよ!」

 そう。リシテアの出航時刻はもう間近に迫っているというのに、予定してい

た集合場所にははやてとシャマル、ヴィータの三人だけしか集まってはいなか

った。一応リィンも一緒にいるが、彼女の身体はとても小さいのだから割愛し

てしまってもいいだろう。

「ん、わかった。了解や。それじゃユーノ君、そっちはあんたらに任すから…

…え、なんて? もっぺん言って……あ、ああ、ああ。それはわかっとる。フ

ェイトちゃんにも完治してもらわなあかんからな。そいじゃ、アルフにもよろ

しく言っといてや」

 手に携えたアームドデバイス、騎士杖・シュベルトクロイツを通してユーノ

たちと連絡を取り合っていたはやては、通信を終えると小さくため息をつき、

現状をヴィータたちへと説明していった。

「艦船ドッグの制御塔のほうは、ユーノ君やアルフさんたちが抑えてくれるそ

うや。うちらのことがばれなければそれでよし。もしばれたとしても、多少手

荒な方法でなんとかしてくれるそうや」

「多少、ね。ユーノの奴、無限書庫から追い出されなきゃいいけど」

「そうさせないためにも、ヴィータちゃんはもう少し静かにしていてください

ね」

「わかってるっての。ったく、相変わらずシャマルは口うるさいな」

「だから小じわが増えるんです」

 ぱーーーん!

 リインのその呟きを、口うるさいシャマルさんが見逃すことはなかった。主

はやて直伝のハリセンを用い、白いちっこいのを叩き落す。

「ところではやてちゃん。スバルやティアナとはリシテアの手前で合流すると

聞いていますが、その後、彼女たちから何か連絡は?」

「んー、それがさっきから回線の調子が悪くてな。うまいこと通話できんのや。

メール機能も使えんし、何や魔力的なトラブルでも発生しとるんかな?」

 魔法技術の発展していない次元でも電気、電波を利用して長距離間で会話を

する『電話』などの電子機器があることからも分かるとおり、遠距離間で通話

をする際、必ずしも魔法技術が必要というわけではない。

しかし科学的な技術に百%頼るよりも、ある程度魔法技術で補強を行ったほ

うがコストを大幅に削減出来るということもあって、管理局魔導師を始め少し

でも魔法に心得がある人たちは長距離での通話を行う際、自身のデバイスで通

信のサポートを行うのが普通である。

「トラブル……弱りましたね。他のみんなと連絡が取れないとなると、色々と

問題が」

「す、すいませんはやてさん。遅くなりました」

 そう言って駆け出してきたのは、真っ白なバリアジャケットを羽織った小柄

な少女。その手には真っ白な杖が握られていて、脚力を上げるためだろう。両

方の靴の踵に小さな羽根が生えていた。

Blitz-Action of

 ブリッツアクション。身体能力を向上させ、動作を高速化させるための魔法

を停止させると、少女、キャロは息を切らしたようにその場で呼吸を荒立てて

いく。

「やっときたか。ったく、あと少し遅かったから置いていくとこだったぞ」

「はぁ、はぁ……す、すいません」

「申し訳ありませんヴィータ。病室から抜け出すのに予想以上に時間がかかっ

てしまって」

 疲れきった様子のキャロに代わり、彼女が手にする真っ白な魔杖、レイジン

グハート・ケリュケイオンが赤い宝玉を光らせながらヴィータに返答を行って

いった。

「時間がって言ってもな……」

「まあまあ、ヴィータもそんくらいにして。間に合ったんやからええやないか。

さて、そうすると後はシグナムやザフィーラたちやな。あの子らどうしたんや

ろか」

「いえ、ルシエさんで最後ですよ」

「……!」

 その声はシグナムのものでも、ザフィーラのものでもなかった。驚き、はや

てたちが振り向いたその先に立っていたのは……。

「こんにちは八神二佐。このような場所に守護騎士の方々を集めて、一体どう

したのですか?」

真っ白な背広をきた小柄な女性。レリィ・T・リズ・ノワール。中将と肩を

並べられるほど強い権力を持つ女性が微笑み、世間話でもするかのようにそ

う話しかけてくる。彼女の傍らに立っているのはリーン・T・ウィズ・ノワー

ル。レリィの弟で、Sの称号を持つ魔導師の一人である。

「ど、どうします、はやてちゃん」

「しぃー。静かにしとってなリィン。下手に取り乱したりすると、逆に怪しま

れてまう。ヴィータにも、くれぐれも短気を起こさんように伝えといてな」

 傍らに寄ってきたリィンフォースにそう伝えると、はやては平静を装ってレ

リィたちへと話しかけていった。

「奇遇やなレリィさんにリーン君。いやなに、今後セリムたちとドンパチやら

かす可能性が高いやろ。せやから、ちょっとヴィータたちと模擬戦でもやろう

かと思って」

 言って、はやてはヴィータの方に視線を送っていった。リィンフォースに頼

んだ伝言を受け取ったのだろう。わかってるっての、とヴィータはグラーフア

イゼンに伸ばしかけていた腕を慌てて引っ込めていた。

「なるほど……模擬戦ですか」

 唇に手を当てて、レリィは不敵な笑みを浮かべていく。

「それはいいですね。それでは、私たちと模擬戦と参りましょう」

 レリィが言葉を告げたその瞬間、ドッグと細い廊下。ホールの出入り口とな

る二つの扉の前に、光り輝く透明な膜が張り巡らされていった。

 魔法、物理。あらゆる衝撃を受け止め、遮断するための防御魔法。

張られているのはその中でも最も効果範囲が広く、硬度の薄いサークルプロ

テクションなのだが、その硬度は並の魔導師の展開する最硬度魔法ディフェン

サーを上回っているように見えた。

 ドッグへと続く扉の傍らに立つのは、数人の人の影。

「申し訳ありませんが、八神さんたちを通すわけにはいきません」

 ドッグへと続く扉の傍らに立っていたのはクラウム・E・リーゼ。リーンと

同じく、Sの称号を持つ魔導師の一人である。

「……まあ、一応管理局からそういう命令が出てるみたいだから」

 その隣に立っているのはリーゼが監査を受け持っている少女、ルーテシア・

アルピーノ。そして使役虫ガリュー。

 ルーテシアとリーゼはそれぞれにデバイスを携え、扉を守る門番のように、

ドッグ施設へと続く道の前に立ちふさがっていた。

「リーゼさん!」

「ルーちゃん!」

 はやてとキャロが声を荒立てた直後、

「じっとしていろ」

「動くな」

 はやての喉元に、キャロの背中に、銀色の刃が押し当てられていた。

 二人に刃をつきつけたのは風見静香と戦闘機人05チンク。Sの称号を持つ

魔導師と、監査対象となっている魔導師の二人である。

「は、はやてちゃ……」

 拘束された主の下に走ろうとしたシャマルの身体が、床から伸びてきた鋼の

鎖によって縛り上げられていってしまう。

「鋼の軛。(くびき)。悪いがシャマル、少しの間じっとしていてもらうぞ」

「「えっ!?」」

 はやてが、シャマルが驚愕の声を上げたのも無理はないだろう。魔力の鎖を

用いてシャマルを拘束したのはシャマルたちと同じはやての守護騎士、『盾の守

護獣』の異名を持つ者だったのだから。

「ザフィーラ、てめぇなにやって――」

 ヴィータの怒号が、最後まで響き渡るようなことはなかった。声を発した瞬

間に、ヴィータの姿はその場から消失してしまっていたのだから。

「空間転移。『鉄槌の騎士』さんに好き放題暴れられると面倒なんでな。ちょっ

とのあいだ、遠くのほうで客人と遊んでいてもらうぜ。ちっこいのもついでに

飛ばしちまったみたいだが、まああの姉さんのことだ。たぶんなんとかしてく

れるだろ」

 中空に、灰色のコートを羽織った男がふわふわと漂っていた。歳の功は三十

の半ばほど。右手で杖の形をしたストレージデバイス、ユークリッドを携えて

いて、もう片方の指先で、簡易な転移魔法陣を記し描いている。

 男の名はヒルツ・オーエン。Sの称号を持つ魔導師である。

「なんだ、ヴィータは飛ばしちまったのか。そいつは残念だな。俺としては槌

を持つ者同士、あいつとは一度力比べをしてみたかったところだが」

「無意味な無茶をして奥様に心配をかけるのはいかがなものかと思いますが」

 ストレージデバイス・ミョルニルを携えて姿を現したのはSの称号を持つ魔

導師リゼット・モーラ。その隣には11の数字を関した戦闘機人、オットーが立

っていた。

「モーラ一尉にオットー。あんたらもか……」

「悪いな八神。残念ながら、てめえらの行動は管理局側に筒抜けだったってわ

けだ」

「……っ。リーゼさん!あんた、セリムって人のことを気に病むようなこと言

っとったやないか。なのに、いくら管理局が決定したことやからってこんな横

暴みたいな真似を許してもええんか!」

「感情論が、必ずしも正しいというわけではありませんから」

 そう言葉を告げるリーゼは、まるで己を殺しているようにも見えた。自分の

心よりも大平を優先する。管理局という組織が持つ理念を貫き通すと、そう誓

っているようであった。

「あーもう! ほならリーン君はどうなんや。あんた、自分の到着が遅かった

からなのはちゃんやフェイトちゃんが重症を負ってまったって言っとったやな

いか。なのはちゃんやフェイトちゃんが、セリムを殺して事件を解決なんて、

本当にそんな方法を望んでいると思っとるんか」

「それは……わからない」

「せやろ、やったら」

「けど、八神さんのようなやり方をあの人たちが望んでいるとも限らない」

 槍の形状を持つアームドデバイス、ブリューナクを握り締める腕先に、リー

ンは力を込めなおしていった。

「……っ、あんたらな」

「諦めろ八神。いまは時期尚早。それだけのことなのだから、この場は抵抗を

止め、大人しくしているべきだ」

 刀の形状を持つアームドデバイス、布都卸魂(ふつのみたま)の刃先を、風

見ははやての首すれすれまで近づけていく。

 ほんのわずか、首元を赤い雫が滴り落ちていった。

「さて、模擬戦としては少々味気がなさすぎますが、これで終わりということ

ですね」

 胸元に身に着けていた無色透明な宝石型のストレージデバイスを手に取ると、

レリィは宝石、リア・ファルをスタンバイモードからアクティブモード、タロ

ットカードのような形状へと変化させていった。

「ええ、はい。こちらは終了しました。そちらは……今のところ問題なしと。

わかりました。ですが一応、もう少しのあいだ警戒を強めておいてください」

 魔力的な障害、トラブルが発生していたはずなのに、現にそれが原因ではや

てはユーノたちとほとんどまともに通信をすることが出来なかったのに、レリ

ィの話し振りからは、通信回線の乱れなんてものはまったくと言っていいほど

感じられなかった。

「はい、それでは」

 通信を切ると、レリィははやてたちのほうへと向きなおる。

「では皆さん、全ての場所が鎮圧されるまで、もう少々じっとしていてくださ

いね。あなたたちへの措置は、その後に執り行うことにしますから」

 もしもはやてたちを止めようとやってきた人物がレリィ一人だけであったな

ら、はやてには実力行使に出る、という選択肢もあっただろう。

 レリィが幾ら多種多様な魔法を操るハイブリッド魔導師であろうと、彼女の

実力はあくまでもDランク。Sの称号を持つはやてと比べてみれば互いの実力

差は明白で、強行突破をすることはそれほど難しくはなかっただろう。

 だがレリィと共にはやてたちを止めにきた魔導師たちは、その半数がSの称

号を有する者たちであった。

 魔導ランクS。はやてと同等、あるいはそれ以上の実力を持つ魔導師たち。

「私らは全員拘束済み。ヴィータはどっかに飛ばされて、ユーノ君やスバルた

ちとは連絡も取り合えんってわけか」

 現在自分たちが置かれている状況、レリィたちとの絶望的なまでの戦力差を

理解してしまったのだろう。レリィや風見のことを睨みつけ続けていたはやて

は、抵抗することを諦めたように全身から力を抜いていってしまう。

 それはシャマルもキャロも同じであった。この状況からの打開策がゼロであ

ることを悟ってしまい、全員が全員、抵抗することを諦めてしまっていた。

 そんななか、

『魔力残136%。バリアジャケット硬度……ケリュケイオンとのユニゾンバラン

ス。オールグリーン……』

 赤色の宝玉、レイジングハートだけが現在の状況を冷静に受け止め、見極め、

有事が起きた際のため、魔力の蓄積を行い続けていた。

 

 

 

 

 時空管理局ドッグ施設、ハッチ開閉用制御室

 細長い廊下の最奥に作られたその場所へ向けて、二匹の動物がとことこと廊

下を歩き続けていた。

 オレンジ色の美しい毛並みを持つ子犬と真っ白なフェレット。

 フェレットの名前は、ユーノ・スクライアと言った。

 なぜ無限書庫の司書長を勤める彼がフェレット、辺境次元に存在する希少な

小動物に変身する魔法を取得しているかは不明だが、きっと何か、特別な職務

をこなすために必要だったのだろう。

 間違っても、女の子たちにちやほやされたくて可愛い生き物の姿を選んだと

か、そんな理由のはずがない。と思う。

「それにしてもアルフ、良かったのかい? こんな裏方みたいな仕事に回っち

ゃって。本当なら、アルフもはやてたちと一緒に行きたかったんじゃ」

 フェイト・T・ハラオウンの使い魔、アルフ・T・ハラオウン。ヴィヴィオ

のお世話係兼遊び相手である彼女が時空管理局本局に到着したのは昨夜のこと

であった。

 一週間以上ものあいだ意識不明のまま眠り続けている自身の主、フェイトの

様子を一晩見守り続けた後、彼女は今日、はやてたちのリシテア強奪の計画に

協力すると、自分から申し出てきてくれたのであった。

「ついていきたいとこだけど、私に残ってる魔力じゃ一緒に行っても足手まと

いになりかねないからね。しばらくの間は、魔力切れを起こさないように小エ

ネでやりくりしていかないと」

 主と使い魔の関係というのは、電話の親機と子機とのそれに近い。

 親機から電気(魔力)受け取り、それを動力に動くということだ。親機との

接続が途切れてもバッテリーが残っている限り身体を動かすことは出来るが、

当然バッテリーには限界が存在する。そのためフェイトが意識を取り戻すまで

は極力魔力を節約していかなければ、アルフは魔力切れで倒れてしまうという

わけだ。

「それに、出来ればフェイトのそばにいてあげたいからね」

「…………」

「なーに黙り込んじゃってるのさ。ユーノが気にする必要はないだろ。おっと、

また監視カメラだね。ユーノ、視覚遮断の魔法を張るから気をつけてね」

「あ、ああ」

 無限書庫に登録するデータの更新。

 そんな風に理由付けをすれば、制御室に入室するための許可証を上層部から

発行して貰えただろう。しかし手続きにはかなりの時間を必要としてしまうし、

制御室へ入室するには技術スタッフに同行して貰う必要がある。

 行おうとしている行動が行動だけに、技術スタッフと一緒にというわけにも

行かず、ユーノたちは結局、こっそりと、というやり方を選んでしまっていた。

「それにしても管理局の連中に見つからないように、なんてやってると昔を思

い出すねえ。知覚や魔力遮断の魔法なんて久しぶりに使うよ」

「そうだね。アルフとの付き合いは長いけど、まさかこんな形で管理局の規約

を違反するなんて思っても見なかったよ。まあ、PT事件のときに散々僕たち

を引っ掻き回してくれてた実績もあることだし、アルフの情報遮断魔法なら、

よっぽどのことがなければばれるようなことはないだろうけどね。あんまり喜

んでいいことじゃないけど」

「偏屈だねぇ。こういうときは、素直にありがとうって言えばそれでいいのに

さ」

「……考えておくよ。と、それより通話状況、少しはまともになったかな?」

 監視カメラを通り過ぎると、ユーノはアルフの背中の上で、自分の頭ほども

ある瑠璃色の宝玉に魔力を送り込んでいった。

「はやて、聞こえるかい? 聞こえてたら何か連絡を頼む。はや……」

 はやてに向けて飛ばしていた音声にざーっという雑音が混じり始め、やがて

繋げようとしていた魔力波が強制的に切断されてしまう。

「相変わらず調子は最悪か。弱ったな、こんな状態じゃ制御室についてもどう

しようもないじゃないか」

「デバイスを用いての通話に不備が生じる。辺境の次元ならともかく、管理局

本局でこんなトラブルが起きるなんておかしな話だね」

「ああ、たぶん誰かが魔力の波長を狂わせるようなジャミングを行っているん

だと思う」

「それって、通話に関する魔力の一切を遮断してるってことかい? そんな馬

鹿な。AMFを使ったって、あんな微弱な魔力までは遮断しきれないはずだよ」

「うん、僕もそう思うんだけど――」

「……! ユーノ、下がって!」

 遠くのほうの廊下に、長髪の女性の姿が見えた。アルフが女性の姿を捉えた

直後、女性は双剣を携え、アルフの真上にまで迫ってきていた。

「申し訳ありませんが、お二人方にはしばらくじっとしていてもらいます」

 戦闘機人12ディード。廊下に怒号のような音を響かせ、彼女はアルフへと

自身のIS、ツインブレイズを振り下ろしていった。

 淡いレモン色と茜色。二色の魔力光がそれぞれにまばゆいばかりの輝きを放

ち始めて、光が、急激に収束されていく。

「初対面の挨拶にしては、ずいぶん手荒いことしてくれるじゃないか」

 双剣を受け止めたのは、犬の耳と尾を携えた長身の女性であった。当然のこ

とながら、別に第三者が突然二人の中に割って入ってきたわけではない。

「私のISを防御魔法なしで堪えきるとは、さすがにハラオウン執務官の使い魔

というだけのことはありますね」

「ふん、褒めても何にもでやしないよ!」

 使い魔本来としての姿に戻り、アルフは双剣を弾き返す。拳を握り、指先で

魔力を練り上げていった。

 ブリッツアクション。

 アルフの主、フェイトが得意としていた、身体能力を強化、高速化させるた

めの魔法である。

「ユーノ、ここは私に任せてあんたは先にいきな」

「け、けど……」

「私の魔力のことなら気にしなくていいって。こいつをぶったおすぐらいの力

なら、まだまだ余裕で残ってるからさ」

 それが単なる強がりでしかないことに、ユーノは気づいてしまっていた。

先ほどディードの不意打ちをアルフが受け止めたことからも分かるとおり、

アルフがディードに劣っているということはないだろう。むしろ、アルフの方

がディードの実力を上回っているという可能性もなくはない。

 だが消費する電力が増えればそれに比例して電池の減りは早くなっていくの

だから、アルフが魔力残量のことを気にせず全力を発揮してしまえば……。

「……わかった。それじゃ任せたよアルフ。ありがとう」

 それでも、ユーノにはアルフを思い留まらせるようなことは出来なかった。

アルフの覚悟を、決意を前に何かを言うなんて、そんな無粋なことなんて出来

るはずがなかった。

 だからこそ、ユーノはこの場の全てをアルフに委ねることにした。フェレッ

トから人間の姿へと戻り、制御室へ向けて走り出す。

「しばらくじっとしていてもらうと、そう申し上げておいたはずですが」

「あいにく、じっとしているってのは性に合わなくてね」

 ユーノを止めようと双剣を振りかざしかけたディードに向けて、アルフは拳

を叩きつけていった。剣に激しい衝撃が走り、刀身にうっすらと皹が入る。

「……っ。舐めないでください。仮にも聖王教会所属の魔導師なのですから、

一通りの防御魔法は身につけているつもりです」

 リカバリーの魔法を用いて双剣のダメージを回復させると、ディードは一旦

後ろに引いて、魔力障壁を自分の前方に張り巡らせていった。

「ああそうかい。そいつは立派なことだね!」

展開されていた障壁が硬度に優れたディフェンサーであろうと、それによっ

て己の拳が傷つこうと、アルフは一切構うことなく、両の拳を赤色に染めなが

らディードを殴りつけていった。

「く……っ」

「ふん、聖王教会所属の魔導師なんて言っても大したことないね。あんたには

悪いけどぶっ飛ばさして……っ!?」

 ディードが展開していたディフェンサーにひび割れが入り、砕け散りかけた

直前、その光は現れた。

「な、何さこれ? バインド?」

Hoop Bind

 薄い緑色の光を放つリングがアルフの身体を、ユーノの身体を縛り付けてい

ってしまう。

「駄目ですよアルフさん。あなたが無理をしてしまっては、フェイトさんが悲

しみます。それにシスター・ディード、あなたもまだ傷が完治しているわけで

はないのですから、身体に負担のかかるようなことはしないように。傷口が開

きますよ?」

「……す、すいません。シスター・パメラ」

「ほーら、また口調が崩れていますよ。言葉遣いはしっかりしなさいといつも

言っているではありませんか」

 フープバインド。速射性に優れた拘束魔法を用いてユーノたちの動きを止め

たのは小柄な女性であった。修道服に身を包み、薄い緑色の杖を携えたまま、

女性はユーノたちに向けて丁寧に頭を下げていった。

「アルフさんとは始めましてになるのでしょうか? お初にお目にかかります。

私はパメラ・パーラ、聖王教会に所属する一魔導師です」

「パメラ・パーラ? なんでSクラスの魔導師がこんな場所に」

 パメラはアルフの質問に答えることはなく、淡々と、まるで台本を読み上げ

るように言葉を口にしていった。

「さて、なのはさんたちに対する美しい友情に免じて見逃して、と言いたいと

ころですが、八神さんや守護騎士の皆さんが管理局にとって重要人物である以

上、あまり好き勝手してもらうわけにはいきません。申し訳ありませんがあな

た方も八神さんたちと同じく、しばらくじっとしていてくださいね」

 Sの称号を持つ管理局魔導師、パメラ・パーラは自身のデバイス、シルフィ

ードを水晶玉の形へと変化させると、はやてたち拘束の総指揮を務めている女

性へと遠距離通信を行っていった。

「レリィ三佐ですか? はい、そちらが予測していた通りフェレットさんと子

犬さんが紛れ込んできていました。すでに拘束は完了していますが今後の処置

については……はい、わかりました。では全体の鎮圧が終了してからというこ

とで」

 パメラ・パーラはSの称号を持つ魔導師といえ、戦闘能力自体を見てみれば、

その数値はけして常識はずれというほど高いわけではない。だが味方同士の情

報の提携、敵の魔力形式の解析というのは戦闘の基本とも言える行為なのだか

ら、情報処理能力に優れた魔導師の有無は戦闘時、互いの優劣を決めるとても

重要な要素となるだろう。

 通信妨害を促す魔力ジャミングを敵側にのみ与える。情報戦という側面でそ

れを考えてみた場合、その行いは異常とも言えるアドバンテージを味方側にも

たらしてくれることになる。

「さて、シスター・ディード。こんな場所で立ち話というのもユーノさんたち

に申し訳ないですから、一先ず制御室に戻ることにしましょう」

 パメラ・パーラはけして戦闘能力に優れた魔導師ではない。けれど魔導ラン

クS、管理局最高の称号を持つ彼女は全てを掌握していた。

はやてやユーノ、ヴィータたちが現在置かれている状況。その全てを。

 

 

 

 

 ヴィータがヒルツの転移魔法によって飛ばされた先は、はやてたちが定めて

いた集合場所に勝るとも劣らない作りをした大きな広場であった。

 置かれている状況が分からずヴィータが軽く周囲を見回していると、

「ヴィータちゃん!」

 妖精サイズの小さな少女、リィンフォースがひらひらとヴィータの元へと歩

み寄ってくる。

「ん、なんだリィン。お前も飛ばされて来ちまってたのか」

「何だとは何ですか。ヴィータちゃんだけじゃ心配だったから、こうしてつい

てきてあげたんですよ。それなのに」

「へぇ。で、本当のところは?」

「あ……う、ヴィータちゃんが飛ばされたときに巻き添えになって、それで」

「やれやれ、最初から素直にそう言えってんだよ。それにしてもずいぶん広い

場所だな。局内のどっかだとは思うけど、ここ、どの辺りになるんだ?」

「ちょっと待って下さいね。えっと……第二演習場。さっきまでいた場所の隣

の施設ですね。急げば、はやてちゃんのいた場所まで五分もかからないはずで

すよ」

「目と鼻の先ってことか。それなら急ごうぜ。いくらはやてでも、あの人数が

相手じゃきついだろうからな」

 そう言ってヴィータが駆け出しかけた直後、

「どこに行くつもりだ」

 ヴィータのことを呼び止めるような声が聞こえてきた。

 聞きなれた声を放つその女性は真っ白な薄手のコートを羽織っていて、腰に

刀剣型のデバイスを引っ提げていた。

 女性の名はシグナム。ヴィータと同じはやての守護騎士、ヴォルケンリッタ

ーの一人で、『烈火』の異名を持つ騎士たちの将である。

「シグナム? お前なんでこんなとこに。まあいいや、いまはやてんとこに管

理局の連中が集まっててよ、かなりやべえ状況なんだ。早いとこ戻らねえと」

「ああ、主はやてが置かれている状況については熟知している。だからこそヴ

ィータ、お前にはここで大人しくしていてもらわなければならない」

 鞘からアームドデバイス、レヴァンティンを引き抜くと、シグナムは刀剣の

柄に備え付けられたカートリッジ補給口に弾丸を装填、魔力そのものを炎熱に

変えて、刀剣に炎を纏わせていった。

「シグナム、てめぇ何考えて……」

「それはこちらの台詞だ。部隊の再編成が済み次第、セリム討伐のために部隊

を再び派遣させる。時空管理局の方針がそのように定められたことは、お前も

知っていることだろう? なのに、なぜこそこそと管理局を経つ準備など執り

行っていた」

「なんで? てめぇ、はやてと一緒に首脳会議に参加してたくせに、はやてが

何でこんなことをしようとしてるか、そんなことも分からねえってのか!」

「分かっているさ。主はやてがやろうとしていることは正義でも何でもない。

感情に流されているだけの行為、言うなれば単なるわがままだ」

「わがまま? シグナム、てめぇふざけて――」

 紫雷一閃。

 床を蹴り上げると、シグナムは一速にヴィータへと斬りかかってきた。

「……っ、アイゼン!」

 アームドデバイス、グラーフアイゼン。

 自身の相棒である紅の鉄槌の硬度を強化すると、ヴィータはグラーフアイゼ

ンの柄で炎を纏った刀剣を受け止めていった。

「誰もふざけてなどいない。私たちには主はやてを止める義務がある。それだ

けのことだ」

 私たち。

単数でなく複数を示す言葉を口にし、

「行くぞ、アギト」

シグナムは自らの相棒、妖精のように小さな少女の名を口にする。

「おうよ、任せな姉御」

 声が聞こえた。

シグナムとヴィータがデバイスを用いて鍔迫り合いを行うその上空に、アギトと呼ばれた少女が両手で火球を抱え込んでいた。

「吼えろっ。轟炎!」

 高温高圧の灼熱の塊を、アギトはヴィータ目掛けて力いっぱい放り投げて、

「ヴィータちゃん!」

 フリジットダガー。

 三十を超える水色の短剣とともに火球とヴィータとの間に飛び込むと、リィ

ンフォースは短剣を火球へと発射、アギトの放った火球を凍結させていった。

「遅いっ!」

 その直後、シグナムの手にしていたデバイス、レヴァンティンのカートリッ

ジ補給口が上下に揺れ動く。魔力を消費しきった薬莢を排出。新たな弾丸を装

填。魔力を回復させると、シグナムは刀剣を一直線に振りきった。

「……うぐっ」

 グラーフアイゼンごと背後に吹き飛ばされ、ヴィータは壁に激突。げほっ、

と苦しそうに息を吐き出していった。

「シグナム、てめぇ……何でだ」

 それでも、ヴィータがその場に倒れるようなことはなかった。グラーフアイ

ゼンを握り締め、鉄槌の先をシグナムへと傾ける。

「はやてと一緒に生きる。はやての力になる。十年前、闇の書事件のあのとき、

あたしらはそう誓ったじゃねえか。なのに……何でだよ!」

「すまないなヴィータ。だが――」

「……っ。何がすまないだ! ぜんぜん言ってる意味がわかんねえよ! シグ

ナム、結局てめえが管理局の犬っころに成り下がったってだけだろ!」

「うるせぇ! 姉御の気持ちもろくにわかってねぇくせに、偉そうに説教なん

てしようとしてんじゃねえ!」

「アギト……」

「心配すんな。姉御はなんも間違っちゃいねえ。あいつらが何と言おうと、姉

御は八神二佐の守護騎士だ。だから、やろうぜ姉御。あたしも全力で行く!」

「……ああ、行くぞアギト」

 アギトの言葉に応えるように、シグナムはレヴァティンを構えなおしていた。

 シグナムが何故自分たちと敵対するような真似をしているかはわからない。

それでも、騙されているわけでも操られているわけでもなく、シグナムが自ら

の意思で目の前に立ちふさがっていることだけは、ヴィータにも理解すること

が出来ていた。

 だからこそ、ヴィータは覚悟を固めていった。

「……リィン、やるぞ」

「や、やるって、シグナムやアギトと戦うってことですか!?」

「ああ、あいつらがどういうつもりかは知らねぇが、あたしらははやてを助け

に行かなきゃならねえ。それだけは絶対のはずだろ。あたしらは、はやての守

護騎士なんだからな」

「……わかりました。行きますよヴィータちゃん」

 赤と白。二つの輝きがヴィータの中に、シグナムの中へと吸い込まれていく。

 

 

 

 

「「ユニゾン、イン!」

 

 

 

 

 あとがき 

 すっかり出す機会を失っていたアルフですが、フェイトが意識を失うほどの

怪我を負ったということがある以上、出したほうがいいと思い、今回での登場

となりました。

 アルフは一期から登場している人物ですし、個人的にも好きなキャラクター

なので、少しだけ出番を割り増しにしてあげられたらいいな。などと言う風に

思っています。




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