魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.18 出航前夜

 

時空管理局精鋭部隊『夜天』。彼らの有するL級次元航行艦船、リステアの出

航予定時刻まであと三十時間を切り、スバルは一つの決断を強いられていた。

 すなわち、はやてたちと共に行くか管理局に残るか、である。

 自分たちの行動は明らかに命令違反な行為であり、どうあっても処罰を免れ

ることは出来ない。それゆえ強制することはせず、共に行くかどうかは各自の

判断に委ねることとする。

 リーンを通しはやてから送られてきたその伝令文には、なぜ命令違反を犯し

てまで行動を起こそうとしているのかの理由も、はやて本人の気持ちも、全て

が記されていた。

 セリム・F・ヴェンデッタ。

セリム・フィリスを模して作り出された人造魔導師。

そして、彼に対する管理局側の対応。

「八神部隊長の言うとおり、やっぱり犠牲の上の平和っていうのは間違ってる

よね」

 デバイス、マッハキャリバーを握り締めてスバルは腰掛けていた椅子から立

ち上がる。管理局の支援を絶ち、自分たちだけで戦うということに多少の引け

目は感じるものの、機動六課全員に情報が伝わっているのなら、JS事件のとき

のように六課全員が一団となることが出来るだろう。

 ただ、

「なのはさんたちはともかく、問題はエリオのほうか……」

 直接顔を見合わせたわけではないものの、キャロによれば、エリオはシンシ

アという少女を庇うように姿を現し、キャロやルーテシアに襲い掛かってきた

そうだ。なぜエリオがセリムたちに加担しているかはわからないが、少なくと

も、スバルたちの敵になってしまったことだけは間違いないだろう。

「三人も抜けちゃったら、フォワードメンバーが随分減っちゃうな。八神部隊

長やティアナなら何かいい案を出してくれると思うけど」

 ただ、いずれにしろ管理局を発つならしばらくは他の皆に会うことは出来な

い。だからその前にお見舞いだけは済ませておこうと思い、スバルは自室を出

ると医療病棟を目指して歩いていくことにした。

 なのはやフェイトへのお見舞いもあるが、医療病棟にはもう一人、スバルに

とって大切な人が入院しているままなのだ。

戦闘機人‐セイン。

 特別救助隊の同僚で、とても仲のよかった人物。そして、スバルの迷いの犠

牲になった人物でもある。

 今までは怪我をさせてしまった負い目もあり病室に行くことを避けていたが、

六課のみんなと旅立つことを決めた以上、本局に残っていられる時間はあまり

多くない。だからしっかりと襲撃事件のときのことを謝っておこう。スバルは

そう思っていた。そしてあわよくばセインにも一緒に来てくれないかと、そん

な風にお願い事をするつもりでもいた。

 リノリウムの床に足音を響かせながら、スバルは病棟に続く廊下へと歩いて

いく。曲がり角に行き当たったところで、真っ黒な執務官の制服に身を包んだ

少女と偶然に鉢合わせをしてしまう。

「ティ、ティア!」

 スバルが戸惑ったような声を上げたのはティアナの姿に驚いたからだけでは

ない。管理世界ヴァイゼンでの言い争いを最後に、スバルとティアナは管理局

本局に戻ってからもお互いに距離を置いてしまっていたからだ。

 正確には首脳会議にティアナの出席が決まったことでごたごたが起きてしま

い、単純に二人が顔を合わせられる機会がなかっただけなのだが、喧嘩別れに

似た状況であったことに変わりはない。

「ん、スバルじゃない。病棟のほうに来るなんて珍しいわね。あんたも誰かの

お見舞いに来たの?」

 スバルに比べ、ティアナは遥かに落ち着いているように見えた。まるでいつ

スバルと会っても大丈夫なように、予め心の整理をつけていたようであった。

「う、うん。ほら、この間の事件でセインが怪我を負っちゃったから、そのお

見舞いにね」

「セイン、戦闘機人の子か。更生プログラムのときに顔をあわせたきりだから、

一度、私も挨拶に行っておこうかな」

「え、でもいいの? 執務官って凄く忙しいって聞いてるけど」

「ええ、だから本当にちょっとの間だけね。顔だけ見せてすぐに帰るつもり」

 そんな風に言って、ティアナはスバルと一緒に病室の方へと歩いていった。

「…………」

「…………」

 訪れたのは、気まずい沈黙。

 スバルもティアナも何を言うわけでもなく、こつこつこつ、と一定の間隔で

廊下に靴音を響かせていくだけであった。

 思い出すのは、次元ヴァイゼンでの出来事。

 言い争いの最後。ティアナと意見を違えかけていたスバルは結局、自分が一

歩後ろに引くことでティアナとの関係を守ろうとした。

『確かにティアの言うとおりだね。ここにいても何にもならない。……管理局

に戻ろう』

 それが本心からのものではない、苦し紛れに吐き出した言葉だとわかってい

たはずなのに、ティアナが深く追求してくるようなことはなかった。

 それはたぶん、ティアナなりの優しさだったのだろう。スバルのことを気遣

ってくれていた。真偽のほどはわからないがそう思えたからこそ、そう思った

からこそ、スバルは感じ続けていた気まずさを振り払い、思い切ってティアナ

に相談を投げかけていくことにした。

「そういえばティアも元機動六課メンバーなんだから、八神部隊長の話は聞い

てるよね?」

「話って、『夜天』や六課のメンバーを集めて本局を発つってやつ?」

「うん。セリムって人のことや作られた理由、管理局の対応とか。……なんだ

か、ひどい話だよね」

 ひどい話。それはとてもひどい話であった。

犯罪者であるといえ、自分たちで作り上げた命でありながら、危険と判断さ

れたとたん管理局はセリムの処分を、殺害を最優先とすることを決定したのだ。

「でも人の命を守ることを最優先に考えた場合、管理局の、プロイア三佐の主

張に間違いはなかった。それに……」

 言いかけて、ティアナは喉元まで迫ってきていた言葉を慌てて飲み込んでい

った。

『それに、八神部隊長の言葉の全部が正しいとは思えない』

はやての言葉が間違っているわけではないだろう。ただティアナには、はや

ての言葉が本心から出ている物とはどうしても思えなかった。

 心の中に押し留めている本当の心を聞こえのいい言葉で偽っている。自分自

身の心さえ偽ろうとしている。ティアナには、何故だかそんな風に思えて仕方

なかったのだ。

「それに?」

 スバルの言葉で現実に戻らされ、ティアナは大降りに手を振って言葉に詰ま

っていた事実を誤魔化していった。

「あ、ううん。何でもない。それでその話がどうかしたの?」

「うん、なのはさんたちが倒れてフォワード陣の人数がだいぶ減っちゃってる

でしょ。だからセインにも一緒に来てくれるよう頼むつもりなんだけど、ティ

アからもそのことを伝えてもらえないかなって」

「…………」

「ティア?」

「……何でもないわ。最近立ち仕事ばかりだったから、ちょっと立ちくらみし

ちゃっただけ」

 軽く手を振ってティアナは感じたものを、心の中に生まれた心を圧し留めて

いった。本当の心を偽っていった。

 隣を歩くティアナの変化にスバルは気づくことが出来ず、ただ不思議そうに

首を傾げていくだけであった。

 

 

 

 

 それからまもなくして、二人は病室の前にたどり着いた。入院者の名前を示

す欄にはセインという名前が記されていて、「それじゃ、入ろうか」そう言って

ティアナが入口扉に手をかけようとしたとたん、その声は聞こえてき始めた。

「退局ですか?」

 病室から聞こえてきた言葉は予想外のもので、スバルとティアナの二人は顔

を見合わせると、扉越しに耳を済ませてみる。

「ああ。退局して養子にこないかって話だ。六畳間の狭いアパートだが、多少

無理すれば小娘一人寝泊りできるスペースぐらいは作れるだろう。何だったら

でかいマンションに移ってもいい。いや、いっそのことマイホームというのも

悪くないな。お前の退局金と合わせれば、地方の一軒家を買うことぐらいは出

来るだろう。保護監査推奨派の連中はうるさく言ってくるだろうが、奴らのく

だらん小言は気にするな。怪我人を無理やり働かせるほど管理局組織も落ちぶ

れちゃいない。老後はお前とお前の亭主に面倒をみてもらいながらのんびり隠

居暮らし。うん、いいな。アルトセイムのほうなら緑も多いし土地も安い。ど

うだ? 悪い話じゃないと思うが」

「あ、ありがたい話ではあるんですが、何ていうか突然すぎて……何でってい

う疑問のほうが大きくて」

「突然……ま、確かに突然だわな」

 息を潜め、スバルとティアナの二人は聞き耳を立てていった。

「ひょっとしたら気づいてるかもしれないが、俺はスバルや他の奴らに比べて、

ちぃとばかしお前にはきつく当たってたわけだが」

「それは……身に染みて理解しています」

「萎縮すんな。別にいじめようってわけじゃねえ。で、なんだ。ああ、きつく

当たってた理由だったな」

 ジリヤの声が数秒途絶え、かさり、と紙の擦れるような音が聞こえてきた。

「……サリヤって名前だ。生きてれば十八……まあお前と同じぐらいの年齢だ

な」

 何かを覗き込みながら話をしているのだろう。ジリヤの声が、少しくぐもっ

た声に変わっていた。

「生きてれば?」

「ああ、五年前の空港火災のときにちょっとな……」

 空港火災。近年の火災事故としては最大級の出来事で、何千人規模の死傷者

が出たとされている事件である。

「ほんっと、ころころ表情を変える奴でよ。馬鹿なこと言って、馬鹿なことや

って、そのたびにゲンコツくれてやって、はは、なんだかいっつも涙目になっ

てやがったな」

「…………」

 スバルは、ジリヤとセインとのやりとりを思い返していた。

 セインが馬鹿なことを言って、馬鹿なことをやって、そのたびにゲンコツを

もらって、いつも涙目になっていて。

「意識しないようにはしてたんだけどな。やっぱ駄目だったわ。お前が大怪我

を負ったって聞いて、いてもたってもいられなくなっちまった」

「ジリヤ准尉、ここ一週間病室に通い詰めでしたからね」

 扉越し、セインの微かな笑い声が聞こえてき始める。

「ほんと言うと、俺はもうずっと前からお前のことを自分の娘みたいに思って

たわけだ。で、もうこれ以上娘を危ない目にあわせたくねえ。だから出来れば

退局して――」

 がらりっ

 スバルとティアナが押さえつけていた白い扉が横にスライドしてしまう。体

勢を崩したティアナが病室のなかに倒れこんでしまって、スバルは怪我をさせ

てしまった友達と、その怪我を気にして退局を進めている上司。それぞれと目

が合ってしまう。

「「スバル!?」」

 ジリヤとセイン。声を重ねていく二人を前にし、突然の事態に混乱してしま

い、スバルは何を言っていいかわからなくなってしまったのだろう。

「あ、あの、その……け、怪我のことごめん!」

 震え混じりの声を上げると、スバルは踵を返し、逃げるように病室から走り

去っていった。

 セインたちが呼び止めるよりもっとずっと早く、スバルの姿は遠くのほうに

消えていってしまう。

「いたたたた、ったく、何なのよもう」

 軽く頭をさすりながらティアナが身体を起こすと、セインとジリヤの二人が

気まずそうにティアナのことを見つめてきていた。小さく咳払いして、ティア

ナはセインたちの方へと向きなおっていった。

「盗み聞きするような真似をし、大変申し訳ありませんでした。聞くつもりは

なかったのですが、入室する際たまたま聞こえてきてしまって」

「いや、いい。いずれはスバルにも伝えておこうと思っていたことだ。君は、

確かランスター君だったか? 先日執務官試験に合格したという。その若さで

執務官とは、何とも立派なものだ」

「恐縮です。それであの、失礼ですが先ほどの話は」

「ん、聞きながしてほしいと言いたいところだが、さすがにそういうわけにも

行かないか。嘘も偽りもない。全て、君が聞いていた通りだ」

「退局、それに養子の誘いですか」

「ああ、情けない話だろ。サリヤが死んで五年以上経っているってのに、俺は

いまだに未練がましくサリヤのことを引きずっちまってて……」

「そんなことは、ないと思います」

 サリヤのことを、娘のことをいまだ忘れることが出来ないというジリヤに向

け、今は亡き兄の夢。執務官の制服を身に纏った少女は、静かに言葉を伝えて

いった。

「家族のことを、大切な人のことを想い続ける。それは、とても大切なことだ

と思いますから」

 

 

 

 

 病棟の廊下をしばらく走り続けていたスバルは、そのうちに足を止めて立ち

止まり、小さく息を吐き出していた。

 なぜ逃げるかのようにあの場から走り去ってしまったのだろう。

 セインを養子にしたいというジリヤの申し出にびっくりしたから?

盗み聞きをしてしまって、それがセインたちにばれてしまったから?

それとも、退局を進められるほどの怪我をセインに負わせてしまったから?

 どれもが正しいように思えたし、どれもが間違っているようにも思えた。

「お、なんだ? スバルじゃねえか」

 廊下の向こうから聞こえてくる声に反応して顔を上げてみれば、視線の先に

髪の毛を三つ編みにしばった、十歳ぐらいの少女の姿が見えた。

「ヴィ、ヴィータ副隊長!?」

 元機動六課スターズ分隊の副隊長。見た目こそ幼く見えるものの、夜天の魔

導書と共に何百年もの時を過ごしてきた、鉄槌の騎士の異名を持つAAAランク

の魔導師で、スバルが未だ、なかなか頭の上がらない人物の一人である。

「お前もキャロの見舞いに来たのか? まあいいや、せっかくだから一緒に行

こうぜ」

 言われて、キャロが入院兼謹慎処分を受けている病室がこのあたりだったこ

とをスバルは思い出す。

「えっと、はい。ご一緒させてもらいます」

 そういえばキャロが本局に戻ってきていることは知っていたものの、きちん

と顔を合わせるようなことはなかったような気がする。せっかくだからエリオ

のことなどを色々聞いておこう思い、スバルはヴィータに同行することにした。

「よしよし、それじゃ行こうぜ。そいやちょっと前からデバイスの一斉メンテ

ナンスってのをやってんだけど、お前は見てもらわなくていいのか?」

「あ、私は数日前にマリーさんに修復と調整を行ってもらっているので」

「ふぅん、そうか。なら問題ねえな。ああ、そうだスバル。お前ティアナのデ

バイスって見たか?」

「ティアのデバイスって、クロスミラージュのことですか?」

「そうそ。執務官になったってことで、大幅な改造を加えたみたいでよ。何だ

かずいぶんデザインが変わってたな」

「改造?」

「ああ、お前のマッハキャリバーだってフレームを強化したり出力を強化した

り、色んな調整を加えてるだろ。そんなようなもんだ。もっとも、改造ってだ

けあって機能のほうもかなり変わったみたいだけどな」

 デバイスの改造。考えてみれば、細かな調整を加え続けているスバルに比べ、

ティアナは初めてクロスミラージュを受け取ったときからずっと、メンテナン

スを行っていただけのように感じられた。どんな改造を施したのか気になると

ころだが、いずれにせよ、明日にはティアナと一緒にリシテアに乗ることにな

っているのだから、そのときにでも見せてもらえばいいことだろう。

「さてと、そうこう言ってる間に到着だ」

 入院者名の欄にキャロ・ル・ルシエと書かれた病室にたどり着くと、ヴィー

タは扉を開けてなかへと入っていった。

 病室は一人部屋らしく、小型の冷蔵庫と、その上に置かれたカードの差込口

の備わったテレビ、真っ白なベッドぐらいしか目ぼしいものは見当たらなかっ

た。ベッドの上にキャロの姿はなく、その隣、丸椅子の上に真っ白なバリアジ

ャケットを羽織った少女が腰掛けていた。少女の目の前を赤い宝玉が星のよう

にふわふわと漂っていて、星の周囲を、ピンク色の衛星がくるくる回転し続け

ている。

「……ひょっとして、キャロか?」

「お久しぶりですね。ヴィータ、スバル」

 答えたのは赤い宝玉、レイジングハートの方であった。身体をまばゆく発光

させて、ヴィータたちに挨拶を交わしてくる。

「キャロ。お客さんも来たことですし、少し休憩しましょう」

「え、あ、はい。って、わ……ヴィータ副隊長にスバルさん、い、いつの間に

来てたんですか」

「いつの間にって今来たところだけど、お前その格好……」

 言いながら、ヴィータはキャロのバリアジャケットをまじまじと見つめてい

った。

 どこかの学校の制服を思わせる真っ白な衣服。腕には蒼色の手甲が取り付け

られていて、胸元にはリボンを思わせる金色のアクセサリが引っ付いていた。

「レイジングハートに新しいマスターとして選ばれたとは聞いてたけどよ、ほ

ーんと、ちっこいころのなのはそのまんまの格好だな」

「バリアジャケットデザインについてはある意味仕方ありません。ケリュケイ

オンと融合している身とはいえ、システムの八割はこちらが掌握しているので

すから」

「えっと、なんだかよくわかんないですけどそういう理由らしいです」

「そういう理由って……まあいいや。で、なにやってたんだ? キャロ」

「イメージトレーニングです。空戦魔導の基本から大規模砲撃に対する対処方、

高速戦のノウハウ。出来うる限り、知りうる限り、徹底的にタクティクスを教

え込ませているところです」

 赤く発光を繰り返しながら、レイジングハートはヴィータの質問に答えてい

った。

「空戦? キャロは飛行魔法なんて……ん、そいやエリオやシンシアと戦って

たときも飛行魔法を使ってたんだっけか。ってことはあんときに飛べるように

なった」

 キャロが頷くと、ヴィータは関心したように「へぇぇ」と声をあげる。

「すげえな。ぶつけ本番でいきなり飛べるようになっちまうなんて。元々飛行

魔法の才能自体は持ってて、その才能が突然開花した。そんなとこか?」

「才能とは少し違いますね。ヴィータ、あなたは自分がどうして飛行魔法を使

えるか考えたことがありますか?」

「どうして? そいやどうしてだろうな。あんまり真面目に考えたことなんて

ねえや。シグナムやザフィーラは当たり前みたいに飛んでたからそれであたし

も」

「飛べるのが当たり前と思った、と」

「まあ、そうだな」

「キャロの場合も、似たようなものですよ」

「……?」

「あの、私が空を飛べるようになったのも同じような感じだったんです。レイ

ジングハートさんはなのはさんのデバイスで、私のバリアジャケットもなのは

さんのバリアジャケットそっくりになってたから、だから私にも少しはなのは

さんの魔法が使えるかなって」

「魔法とは願いを叶えるための力ですからね。強く願えば、本当にそうだと心

から信じることが出来るなら、願いを現実にすることはそれほど難しいことで

はありません。最も、物事をゼロから組み立てていくのは並大抵のことではあ

りませんから、魔法を理解しやすいよう理論付けたり法則づけたりする人がほ

とんどなのですが」

 魔法を扱うに辺り複雑な理論や法則など、本当を言えば何一つ必要とはしな

いのだ。

 空を飛びたいと願う、飛べると信じる。飛べて当たり前だと認識する。

 魔法に必要なのはただそれだけで、他に必要なものなど何もない。

 魔法技術が浸透していない次元において、時に管理局の精鋭魔導師さえ凌駕

するような魔力を子供が放つことがあるが、それもまた、理論や法則に縛られ

ていないからこそなのだ。

 どれだけ理屈や理論で装飾しようと、魔法が魔法であることに変わりはない。

魔法という不思議をあるがままに受け入れられるからこそ、魔法知識を持たな

い子供たちは、爆発的なまでの魔力を練り上げていくことが出来るのだろう。

「けれど魔法の認識はあくまできっかけに過ぎません。何よりも重要なのは魔

法を得ようとする目的、その先に何を求めるかです。マスター、高町なのはは

フェイトと友達になりたかった。自分の話を聞いて欲しかった。聞いてもらう

ためには、フェイトと対等に戦えるだけの力が必要だった。だから強くなりた

いと願った」

 譲れないもの。明確なる意思。必ず叶えたいと思う願い。魔法という力にお

いては、それこそが、何よりも重要なものとなる。

「魔導師の力の源は精神力と言っても過言ではないのですから、キャロに明確

な目的が、何をおいても叶えたいと思うものが生まれた以上、ひょっとしたら

爆発的な成長を期待することが出来るかもしれません。六課での訓練を通して、

基礎体力、基礎魔力は十分に出来上がっているのですから」

「明確な目的?」

 スバルが質問すると、キャロは小さく頷き言葉を返していった。

「はい。私もはやて部隊長たちと一緒に行きます。いえ、行きたいんです。エ

リオ君がどうしてシンシアちゃんやセリムさんたちと一緒にいるかはわからな

いですけど、ひょっとしたら、何かやむを得ない事情があるのかもしれないで

すけど、それでも、やり方が間違っていることだけは確かです。間違っている

なら正さないといけないから。私はエリオ君とシンシアちゃんの二人にもう一

度会いたい。会って、決着をつけたいんです。そのためになら、管理局と道を

分かつことになろうと構いません。私は、もう覚悟を決めましたから」

 自分とエリオ、シンシアとフェイト。

 こじれてしまった関係に決着を、自分の想いに決着を。

 それが、キャロ・ル・ルシエという少女が導き出した答えなのだろう。

 自分の信じるものを、信じた道を貫こうとしている。

 決意を固めたキャロのことを見ているうち、不意に、いつかティアナが言っ

ていた言葉がスバルの心の中に甦ってくる。

『自分を貫いてみせろ』

 ティアナの言葉を思い出し、キャロの決意を目の当たりにし、スバルは自分

がはやてたちと一緒に行こうと決めた理由を、改めて考えてみる。

『犠牲の上の平和は間違っている』

 そう信じる心に偽りはない。偽りはないはずなのに、スバルは自分の思いと

言葉がかみ合っていない。どこかずれが生じてしまっている。そんな風に思え

てならなかった。

 

 

 

 

 時空管理局本局、第09モニタールーム。巨大な液晶パネルが壁に掛けられた

真っ白な室内の中央に、大きな丸テーブルが置かれていた。

 テーブルの上に何十枚もの資料を散らばらせ、向かい合うように座っている

のは八神はやて二佐とクロノ・ハラオウン提督。両名とも、高町なのは一尉や

フェイト・T・ハラオウン執務官と親しい関係にあった魔導師たちである。

「閲覧させてもらった資料を見る限り、特に目立った問題は見あたらない。こ

の調子なら、艦船トラブルが発生するようなことはないだろう」

「そっか。悪いなクロノ君。何や仕事を増やさせるようなことしてまって」

 リシテア出航まではまだ一日の猶予があるといえ、あまり時間に余裕がある

状況とも言えず、二人はもう、一時間近くも『リシテア奪取』の具体策につい

ての話し合いを行い続けていた。

「提督もはやてさんもあんまり根詰めてばっかってのはよくないっすよ。ま、

緑茶でも飲んで一息ついてくださいな」

 そんなはやてやクロノの元へ戦闘機人11、ウェンディが甘い匂いの香る湯

呑みを運んでくる。

「ああ、すまないウェン……ぶっ」

 緑茶を口に運んだ直後、噴き出しそうになるほどの圧倒的な甘みが、クロノ

の口内を一瞬にして満たしていく。というか、噴き出していた。

「ク、クロノ君!?」

「ど、どうしたんすか提督! ひょっとして砂糖とミルクが足りなかったと

か!!」

砂糖とミルクって、ウェンディィィィィーーーーー!!」

 提督補佐魔導師の腕を、提督はがしぃぃぃっと激しい効果音が入りそうなほ

どの勢いで掴みかかっていく。

「ああーん、駄目っすよ提督こんな昼間からぁ。はやてさんだって見てるのに」

「うるっさい! お前はもうどっか言ってろ。話し合いの邪魔だ馬鹿」

「むぅ、時空管理局きっての天才美少女魔導師と自称するこのウェンディさん

に向かって馬鹿とは失礼な」

「お前のどこが天才だ!」

「天才も天才、大天才っすよ。お茶汲みからお茶運びまで、私ウェンディさん

の手にかかればどんな仕事もお茶の子さいさい。全力全壊って奴ですよ」

「あーもういいから、早いところお茶を入れなおしてこい」

「むー、こんなに美味しくできたのに何が悪いんすか……」

 ぶつくさと文句を呟きながらモニタールーム隣、給湯室へとウェンディは歩

いていった。

「あの子……あんな子やったか?」

「ああ、元々がどんな風だったかは知らないが、うちで監査役を引き受けてか

らは終始あんな感じだ。安請け合いをした自分に非があるといえ、本当に頭が

痛くなる。他の部署のナンバーズたちも、みんなあんな調子なのか?」

「いや……私も詳しくは知らへんけど、さすがにあそこまでひどいのはおらん

と思うで」

「やはり、一番の貧乏くじを引いてしまったというわけか」

「ご愁傷様やな」

「まあ、あの馬鹿のことは置いておくとして」

 こほんと咳払いをして、クロノは気持ちを切り替えていくことにする。

「もう一度最終的な確認を行っておくとしよう。次元航行艦船は全体のホール

アウトを終えた後、各部位の動力チェックを行うためにテスト航行を行うこと

が義務付けられている。君や守護騎士たち『夜天』のメンバーならばテスト航

行時の乗船許可を得るのは難しくないだろうが、それはあくまで平常時での話

だ。この慌しい状況下でテスト航行に総出で乗り込んでいくのは無理だろうし、

元機動六課メンバーに至っては実質不可能に近い。『夜天』のメンバーでもない

者たちをテスト航行に乗船させる必要などないからね。潜入、密航。いずれに

せよ、多少問題のある行為をしなければならないだろう」

「それはしゃあないとこやろうな。うちらのやろうとしとることって、実質ハ

イジャックに近いし。それぐらいの無茶は承知の上や。それより、ヴァルキリ

ーの存在しとる座標位置ってのは確かなんか?」

「ああ、それについては心配いらない。シスター・パメラがキャッチした正確

な情報だ。第18管理世界・ブルトガング西方の方角、七千五百キロ。大型の熱

源も感知しているし、ヴァルキリーに間違いない。ここからは少し遠いがこれ

だけ大規模なものなら、転移移動でも行われない限り見失うことはないだろう」

「逆を言うと、転移されれば見失ってしまう危険があるってわけか」

「それは……まあ、そうだな。その可能性がないとは言い切れない。そう考え

た場合、所在が判明しているうちに手を打とうという君達の考えは、ある意味

正しいと言えるかもしれない。だが、君たちの行為が命令違反に該当するとい

うことだけは忘れないで欲しい。僕個人としては君たちに同行してあげたいと

ころだが、立場上そういうわけにもいかないのでね。力に慣れなくてすまない」

「なに言うてんのやクロノ君。うちらの命令違反を黙認してくれるだけでもこ

っちとしたら十分やわ。心配せぇへんでええ。なのはちゃんやフェイトちゃん

はいなくても皆おるんや。きっと何とかしてみせるよ。せやからクロノ君は、

提督らしくどーんと構えてくれとってええ。ほならうちはもう行くな。色々、

準備しとかなあかんこともあるわけやしな」

「ああ、くれぐれも気をつけてな」

 戦うことの決意を固め、モニタールームを後にしていくはやての背中を、ク

ロノはただ眼で追いかけていくことしか出来なかった。

 管理局の職員として考えるならば、はやての違反行為は是が日にでも止めな

ければいけない行為であろう。だがクロノ・ハラオウンという一人の人間とし

て考えてみた場合、クロノの気持ちははやての抱えているものとほぼ同等のも

ので……。

「っち、子供のころはもう少し熱いところがあったと思うんだがな」

 管理局の志を正義と信じ、はやての行動を止めるわけでもない。

はやてと共に、自分の信じる道を突き進むこともしない。

 結局は情けない男なのだ。クロノ・ハラオウンという人間は。

「はーい、お待たせしました。この新茶はお茶汲みからお茶運びまで、全てを

全力全壊で行っていく天才美少女魔導師ウェンディさんの提供で……あれ、は

やてさんはどこ行っちゃったんっすか?」

 全力全壊で空気をぶち壊しにやってきてくれたのは、戦闘機人のウェンディ

さんであった。

「はやてなら一足先に出て行ったよ。色々と行っておかなければいけないとこ

ろがあるみたいだからな」

「ええー、なんすかそれ。せっかく私が入れたてのお茶を持ってきてあげたっ

て言うのにー」

「あら、入れたてのお茶ですか。それはいいですね。ウェンディさん、八神さ

ん分のお茶、代わりに私が頂かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 そう声をかけてきたのは女性であった。モニタールーム入り口の自動扉がゆ

っくりと開いていき、研究員らしい真っ白な背広を着た小柄な女性が室内へと

入ってくる。

「こんにちはクロノ提督。美味しい羊羹を知人から頂きましたので、少しお茶

に付き合ってもらってもよろしいですか? 色々と、聞いておかなければなら

ないことがあるようですから」

 そう言って、レリィ・T・リズ・ノワールは静かに微笑んでいた。

 

 

 

 

 あとがき

 読んでもらっている方々には大変お待たせしてしまって申し訳ありませんで

した。ほぼ二ヶ月ぶりの更新、第十八話をお送りしました。

 やっとウェンディを登場させることが出来たのですが、なんだかぶっ壊れた

キャラになってしまっていて、本当にごめんなさい。読んでもらっている方々

のためにも、今後も出来る限り更新は急ぐつもりです。

 では、今回はこれぐらいで。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。