魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.16 セリム・フィリス(後編)

 

 

「魔力、気配、殺気。いずれも感じることはできないか。どうにも、面倒な相

手だな」

 ミッドチルダなどで一般に使用されている剣とは異なる形状を持つ長物。旧

暦の時代、辺境次元に存在していたとされる刃物、刀。

 その刀を象ったアームドデバイスを鞘と呼ばれる専用のホルダーに収め、風

見は独特の姿勢を保ったまま周囲を警戒、腰を低く下ろしていた。

 と、直後風見の真後ろ、距離にしてほんの数十センチも離れていない距離に

最速の砲撃、シュートバスターの光が生まれ、

「遅いっ」

 刹那、風見は刀身を煌かせ光を斬りおとしていた。

 切羽が澄んだ音を立て、鞘に鈍色が収められていく。

「砲撃のみを空間転移しこちらの死角に送りこむ。防ぐこと自体は容易いが、

他事にまで手が回らんな。チンク、見殺しにされたくなくば、貴様はそこでじ

っとしていろ」

「……っ、了解」

 次元航行船の艦内。大規模な魔法障壁に守られたそのなかで、チンクは苦渋

の表情を浮かべたまま、艦外で戦闘を繰り広げる風見の様子を目で追いかけ続

けていた。

 次元空間をくりぬくようにして作られた軌道拘置所の周囲には、植物や動物

の類は一切存在しておらず、黒翠と紫とが絡み合う次元の海に、コンクリート

とセメントで固められた通路が作られているだけであった。

 道路を歩くこと十数分、管理局本局に向かうため、小型の艦船に乗り込もう

としたそのとき、それは訪れた。

 ごく小規模の空間の歪。歪のなかから砲撃の光が飛び出して、チンクや風見

を狙い伸びてきたのだ。相手の姿はどこにも見当たらず、砲撃の光だけが、何

の脈絡もなく放たれていき、チンクはその光に対処しきれず、逃げるように艦

内に飛び込んだというわけだ。

「悔しいが、私ではあれに対応しきれないか」

 誰がなぜ、どのような目的でチンクたちに攻撃を仕掛けてきているかはわか

らない。ただ、この正体不明の敵が恐ろしいほどの力を持っていることだけは、

チンクにも理解することが出来ていた。

 転移魔法とは本来転移先と転移元の双方に魔方陣を張り、物質や魔力の移動

をスムーズに行なわせるための『道』を作っておかなければならない。加えて

二点を繋ぐ『道』に物質を運ぶための力、魔力を両側から流し込むことで、初

めて転移という現象を引き起こすことが出来るのである。

 だが前述したとおり『道』は移動をスムーズに行なわせるためのもので、必

ずしも必要なわけではない。術者に相応の魔力さえ備わっていれば、そのよう

な面倒な手順を踏む必要はないのだ。ただそれはあくまで理論上の話であり、

そのような化け物じみた力を持つ魔導師など、チンクは見たことも聞いたこと

もなかった。

「だが、異常なのはむしろ風見一尉のほうか」

 死角から、ゼロ距離から放たれる最速の砲撃魔法。出現から衝突まで、時間

にしてコンマ数秒というレベルであろうそれら全てを、風見は弾き返し、ある

いは斬り落とし続けていた。

 チンクの持つ常識の遥か上を行く攻防。目の前で何度そのような光景が繰り

返されただろうか。幾度となく砲撃を弾き返していた風見は、突然に手を休め

てしまう。

「もういいだろう?」

 それは、チンクに向けて放たれた言葉ではなかった。

「いつまで茶番を続けるつもりだ、ヒルツ」

 ヒルツ、どこかで聞いた名前だな、とチンクは思考を巡らしてみる。ヒルツ、

ヒルツ・オーエン。そうだ。Sランク魔導師に、確かそんな名前の人物が……。

 だが、待て、とチンクは自分の記憶に異を唱える。

管理局魔導師が、Sの称号を持つ魔導師が自分たちを攻撃してきた?

だとすれば、敵は管理局とでも言うのだろうか?

「ふーむ、さすがだな風見。いつから気づいていた」

 空間を裂くようにして現れたのは細身の男。バリアジャケットらしき灰色の

コートを羽織っていて、杖の形をしたストレージデバイスを右手に提げている。

 ヒルツと名指しされた灰色コートの男は、その名を否定しようとはしなかっ

た。この男がヒルツの名を騙る偽者という可能性はあるだろう。だが、

「いつから? ふん、ずいぶんと見え透いたことを言う。砲撃を転移しゼロ距

離に送り込む。そんな趣味の悪い奇術、貴様以外誰がする。いや、貴様以外誰

に出来る」

 そう。ヒルツという魔導師が空間転移能力に長けていることは、一般にも広

く知られている。そして彼ほどの実力者でなければ、砲撃魔法の転移などとい

う離れ業自体、そもそも行なうことが出来ないのだ。

「……まあ、私に仕掛けてきたこと自体はいい。貴様のことだ。どうせ私と戦

いたかったというような、手前勝手な理由だったのだろう」

「当たり。Sの称号持ちってのはどいつもこいつも人格者過ぎていけねえ。お

かげで力比べもろくにできやしねえ」

「やれやれ、どうして貴様はそう好戦的なのか。まあいい。くだらん雑談にこ

れ以上時間を取られたくはないからな。では、とっとと本題に移れ」

「本題って、なんのことですかい?」

「寝ぼけるな。魔導師セリムについて貴様の知りえること、洗いざらい全てを

話せと言っている」

「おう? 知ってること話せって、俺もそれほど詳しくは――」

「言ったはずだ。くだらん雑談に時間を取られたくないと」

 刹那、風見はヒルツの首元にデバイスの刃先を押し当てていた。

「貴様の首を手土産に提督たちの口を割らせる。私としては、それでもいいの

だぞ?」

「とと、話す、話すって。元々説明のためにきてたんだ。そういきり立つなよ」

「最初からそうしろと言っている」

 不機嫌そうに言って、風見は刃を鞘へと戻していく。

「風見一尉、これは……どういうことなのですか」

 風見らの話し振りから、ヒルツは敵ではないと判断したのだろう。艦から降

り二人のそばまで歩いてきたチンクは、状況を理解できず不思議そうに首を傾

けていた。

「どうもこうもない。拘置所に来る前からずっと、誰かにつけられているよう

な気配は感じていた。そいつは私が拘置所に向かうまでは何もせず、拘置所を

あとにした後、即座に攻撃を仕掛けてきた。最初は口封じ目的かと思ったが、

どうにもやり方が温すぎる。それは何故か理由を考えているうち、時間稼ぎと

いう結論に至った。あとは全て仮定だな。拘置所でセリムのことを知り、真偽

を確かめるため本局に向かおうとした。それを阻むように敵が現れた。敵の狙

いは時間稼ぎ。そして、現在本局では首脳会議が行なわれている。つまりヒル

ツの目的は、セリムのことを知った私を会議終了までこの地に縛り付けておく

こと」

 一息に言いながらも、風見は突き刺すような眼光をヒルツに送り続けていた。

下手な動きを見せれば即座に斬りおとす。一応話し合いの形を取ってはいるが、

風見の本心は、おそらくそんなところなのだろう。

「……やれやれ、頭の回転が早すぎるっていうのも考えものだと思うぜ? 可

愛げがなさすぎる」

 ヒルツは呆れたような笑みを浮かべていた。両手を上にあげての降参のポー

ズは、敵意を持っていないことのアピールなのだろう。

「百点満点。花丸だよ風見。俺が提督方から与えられた指令は、あんたらの監

視だ。セリムについて知らぬままならそれでよし。もし知るようなことがあれ

ば、リーゼに詰め寄られた自分たちが罪を告白するまでの間、あんたらを管理

局から遠ざけておく。気の短いあんたのことだ。会議が行なわれていようがな

んだろうが構わず殴りこむ。それぐらい、普通にあり得そうな話だからな」

「失礼な。私はそれほど短気なほうではない」

 刃を首に押し当てるような真似をしておいてどこが、とチンクは薄い苦笑い

を浮かべていた。

「ま、いいさ。どうせあんたらにもいずれ話さなきゃいけないことだったんだ」

 自身のデバイスをスタンバイモードに戻し、ヒルツは静かに話し始めていく。

「聞きたいのはセリムのことだったな。いま管理局で名前が売れに売れてる超

有名人、セリム・ヴェンデッタさん。ただまあ、ヴェンデッタってのは仮の名

前なんだよな。セリムの本当のファミリーネームはフィリス。伝説の三提督様

の一人、レオーネ・フィリスの実兄。それが管理局襲撃事件の犯人ってわけだ。

ま、正確にはセリムのコピーなわけだが」

「レオーネ提督の兄……ばかな。あの方に兄弟や姉妹の類はいないはずだ。戸

籍やデータにもそのような記述――」

「ああ、記録には何も残されていない。だからこそ、セリム・ヴェンデッタと

いう人間が作られたんだ」

「作られた? なるほど。やはりあの男、プロジェクトFによる産物か」

 ヒルツの言葉を聞き、風見とチンクの二人は報告されていた情報、セリムは

プロジェクトFの産物である。という情報を確証へと変えていく。だが続けて

ヒルツが放った言葉は、チンクたちが予想すらしていなかったものであった。

「いや、産物とは少し違うな。そもそもプロジェクトFという計画そのものが、

あの男を作るためにあったのだから」

 ヒルツは言葉を重ねていく。

「風見、確かあんたは高町や八神と同じ次元の出身だったな。ってことは、ヒ

ドゥンは……知らないか」

「いや、名前だけは聞いたことがある。何千、何万年に一度発生していたと言

われる大規模な次元震。だがそれがどうした? そのヒドゥンとセリムとに何

の関係が――」

「次元フランジュの消滅。その理由が、ヒドゥンだ」

「なに?」

「あんたも知ってのとおり、ヒドゥンは何千年、何万年に一度という割合で発

生する自然災害だ。次元に漂う魔力量が一定の許容量を上回った際、ヒドゥン

は発生すると言われている。そして今から八十年ほど前、次元に漂う魔力量は

限界を迎えた」

「八十年前? 馬鹿な、確かにフランジュを飲み込むほど大規模な次元震が発

生したらしいが、逆を言えば次元一つを飲み込んだ程度だぞ。『白天(はくてん)

の書』に記されていたことが確かならば、ヒドゥンとは全次元の半分を消滅さ

せるほどの威力を持つ、終末の力ではないのか?」

人々の不安を煽り、金を徴収するための宗教論。そんな風に揶揄され続けて

きたヒドゥンという現象が、大規模次元災害と認められた理由。それはまず間

違いなく『白天の書』という書物が発見されたことにあるだろう。

何千年、何万年という単位で事象を観測し続け、無限にそのページ数を増や

していく白い書物。その冒頭部には大規模な次元震と、その事象に関すること

細かな情報が書き記されてあった。

世界の半分を消滅させた破滅の波。

ヒドゥンが発生した当時、次元世界は文明消滅の危機に陥っていたらしい。

絶望的な状況のなかで、白天の書という魔導書は作り出された。

『この書が記載していく無限の知識を未来に託す』

 それが、白天の書の冒頭の言葉。

 全てはヒドゥンを防ぐために。白天の書とは、古代の人々の願いが込められ

た書物なのだろう。

「白天の書に記されていたことは事実だ。そして白天の書にはもう一冊、対に

なる書物があるわけだが……」

「対? 八神が持つ夜天の書のことか?」

 夜天の書。システムが暴走し、魔導師の力の源、リンカーコアの徴収を行な

い続けていたロストロギア。しかし十年近く前、第97管理外世界を中心に発生

した『闇の書事件』により魔法記載機能は消失。現在は夜天の書の主、八神は

やての所有する高性能アームドデバイスとして知られているのだが、

「その通り。ま、対になっているってのは俺の仮説だが、名前や機能が似てい

るからたぶん当たりだろ。白天の書を知識とするなら、夜天の書は力そのもの

だ。あらゆる魔法を記録し、ヒドゥンを止めるための力とする。で、こっから

先の話が非常にやべえ。内容のほとんどが管理局の法に触れるようなもんばっ

かなんだが、聞きたいか?」

「構わん。ここまで聞かされ、その上もったいぶられては身体に悪すぎる」

「了解、了解。それじゃまずはヒドゥンについてだが、この事象が八十年近く

前に発生したのは事実だ。震源地フランジュを中心に次元空間を飲み込む巨大

な津波が発生、世界の半分は波に飲まれて消えるはずだった。だが実際に消え

たのはフランジュという次元一つだけ。何故かわかるか?」

「ヒドゥンという事象のことを書物が過剰に描きすぎていた。そう考えたいと

ころだが……」

 言いながら、風見はそれはないな、と考えを巡らしていく。ヒドゥンが実際

には大したことのないものだったのなら、そのように世間に発表すればいい。

なのにそうしなかったのは、何か隠蔽すべき事柄があったからなのだろう。

「ああ、残念ながら話はそこまでうまく出来ていない。セリム・フィリスとい

う男がフランジュごとヒドゥンを次元の狭間消し去った。それがフランジュ消

失の真相だそうだ」

「ヒドゥンを消した? どうやって」

 風見が尋ねると、ヒルツは少しだけ表情を曇らせていく。

「夜天の書を用い震動を隔離したらしいが、詳しいことはわかっていない。直

接ヒドゥン解決に動いていたものは、セリムを含め全員が次元の狭間に消えて

しまったらしいからな。ジュエルシードというロストロギアも事件に関わって

いたらしいが、当事者がもう誰も生き延びていないため、ジュエルシードの関

連性についてはよくわかっていない。ただ、夜天の書を無断使用したことは事

実だ。そしてこの事件が原因で、夜天の書は本格的な暴走を開始したらしい」

「夜天の書の暴走の原因。……なるほど。確かに、あまり公にしていい話題で

はないな」

 直接的、間接的を問わず夜天の書の暴走により被害を受けたものは多い。そ

の最たる例が夜天の書に父を奪われたクロノや夜天の書の現主八神はやて、そ

してリベルド・プロイアなのだろう。

「だが夜天の書の暴走はあくまで予期せぬ出来事。ロストロギアの無断使用は

確かに問題行為といえ、セリムという男がヒドゥンを防いだことは事実なのだ

ろう? ならば――」

「今なら言えるだろうな。時空管理局という組織が一般的に知れ渡るようにな

った今なら。だが考えてもみろ。管理局が生まれた最初期の時代、幾人もの権

力者たちが派閥争いを繰り返していた時代に、多数のロストロギアを無断使用

した人間を、人々が認めると思うか? ヒドゥンを防いだなんて眉唾ものの話、

誰も信じないだろうよ。第一ヒドゥンという事象は観測されず、次元フランジ

ュは消滅したんだぞ? セリムとはフランジュを消滅させた極悪人。情報を発

表したとしても、人々の認識はそうなるだけだ」

「……っ、だがな」

「問題はそれだけじゃない。セリムはレオーネ提督の実兄。大罪を犯した人間

の身内が、管理局などという怪しげな組織の中心人物になっていたわけだ。人々

がその事実を知れば、管理局そのものに対する不審が広がっていくことになる」

「馬鹿な、そのような短絡的な――」

「そうか? 風見の姉さんだって、セリムと三提督に繋がりがあると知っただ

けで管理局に疑いを持ち始めてたじゃねえか」

「……っ」

 否定することは出来なかった。セリムと提督たちに繋がりがある。だから、

提督たちは管理局を壊すつもりでいる。信じていたわけではないが、風見はず

っと、その可能性を考慮に入れ続けていたのだ。

 ヒルツは言葉を重ねていく。

「レオーネ提督の力は管理局を築き上げる上で必要不可欠なものだった。だか

ら彼らはセリムという人間そのものを消し去った。歴史からも、記録からも。

ただ、記憶から消すことだけは出来なかったんだろうな。だからこそ、セリム

を蘇らせようとした」

 レオーネ・フィルスは掲げる正義のために、実兄の存在を歴史から抹消した。

管理局という組織の掲げる絶対の正義。その主張、信念をより強固なものにす

るために、己を殺し続けてきたのだろう。ただ、それでも我慢ならなかった。

世界崩壊を防いだ男、セリムが記録からも記憶からも忘れられ、最初から存在

しなかったものとして扱われる。そんな事実に耐えられなくなり、だから運命

を捻じ曲げようとした。

それが、プロジェクトF

「……なるほど、おおよその事情は理解した」

「わかってくれて嬉しいね。力比べのお遊びならともかく、風見の姉さんと本

気でやりあうってのはちぃと俺には荷が重過ぎる」

「ふん、自分から仕掛けてきておいてよく言う」

『ミッションコンプリート』

 二人が話を続けていると、ヒルツのデバイスが小さく光りを放っていく。

「なんだ? ミッションコンプリート?」

 デバイスが放つ言葉の意味がわからず風見が首を傾げると、

「ああ、どうやら俺があんたらをここに引き付けておく必要がなくなったみた

いだな。たったいま、提督たちのお話は終わってしまったそうだ」

 終わってしまった。

そう、本当に何もかも終わってしまったような……ヒルツはそんな、空しさ

の入り混じったような声を吐き出していた。

 

 

 

 

「以上が、私たちの罪の全てだ」

 レオーネ・フィルスが語りを終えても、会議室内の人々は一言の言葉すら発

することはなかった。語られた情報の多さ、情報の規格外さに、何を言えばい

いのか判断に迷っているのだろう。

 そんななか、八神はやてに使える守護騎士たちの長、シグナムはちらりと周

囲に目を向けていく。

 リーゼやユーノといった、提督たちが罪を打ち明ける直接の原因になった者

たちは言葉を失っており、少将や中将、管理局上層部の人々もまた、うろたえ

たように周囲の反応を伺っているだけであった。

 夜天の書の暴走は、数多の人々の人生を狂わせた。夜天の書の暴走がヒドゥ

ンを止めるための代償であったとしても、提督たちがそれを隠蔽し続けてきた

ことは事実。たとえ管理局組織を作り上げるためであったとしても、クロノや

はやて、直接夜天の書に人生を狂わされた者たちにとっては、仕方なかったで

済ませられる話ではないだろう。いや、狂わされたという意味ではシグナムも

同じ。彼女もまた、夜天の書の暴走に振り回された者たちの一人なのだ。

 だが、だからと言って……。

 長考にふけかけていたシグナムのすぐそばで、椅子が揺れ動く音が響いてい

く。目を向けてみるとレリィ・T・リズ・ノワール。中将と同レベルの発言力、

影響力を持つ女性がそこに立っていた。感情を凍らせて、レリィは静かに口を

開いていく。

「……事情はわかりました。リーン、提督方を連行しなさい」

「れ、連行って」

 リーンが驚いたような声をあげると、レリィは冷血そのもの、という声で続

けていく。

「無論、裁判所に送り裁くためです。どのような理由があろうと罪は罪。裁か

なければなりません」

「ま、待ちなさいレリィ三佐」

 レリィの冷ややかな言葉を前に、リーゼは弾かれたように声を張り上げてい

た。

「提督方が事件を隠蔽していた理由は、あくまで次元の平定のためで――」

「リーゼ一佐。弱者を助けるためなら殺しも盗みも容認すると、あなたはその

ような暴論、子供の理屈を振りかざすつもりですか?」

「……っ、これはそんな小規模の話じゃ――」

「大小も善意も悪意も関係ありません。提督方は罪を犯していた。事実として

そのことがある以上、提督方の罪を裁きます。いえ、裁かなければなりません。

時空管理局という組織が犯罪者を取り締まるために存在している以上、それは

必要な行為。違いますか?」

正義のために、という大義名分は通用しない。犯罪行為を行なったにも関わ

らず、管理局内で強い権力を持つものの罪が黙認された。重要なのはその一点

のみなのだ。どのような理由であれ、特例は認められない。それを徹底しなけ

れば特例に甘えるものたちが現れ、組織は根元から腐り始めていく。

 全ては、時空管理局が時空管理局たりえるため。

 そう主張を続けるレリィを前に、リーゼは何も言い返すことが出来なかった。

「話はこれで終わりのようですね。ではリーン、提督方を」

「いや、悪いがそういうわけにはいかない。彼らには、今後も提督という地位

に居続けてもらう」

 そう口を挟んできたのはリベルド・プロイア。管理局に四十年近く勤める実

力派魔導師で、災害用特殊部隊という、民衆を第一に考えた部隊の発案者であ

る。

「意外ですねプロイアさん。あなたがそのような暴論を唱えるとは。あなたは、

民衆の心をもっと汲み取ることの出来る方だと思っていたのですが」

「汲み取っていないのはどちらだレリィ。お前こそ民衆の心というものを真に

考えてみろ」

「真に?」

「ああ、権力者であろうと例外なく裁きを行なう。その考え方は正しいだろう。

だが昨年発生したJS事件の際、管理局の対応は遅れ、ミッド地上に多大なま

での被害を出すに至った。そして先日の本局襲撃事件。民衆はいま、管理局と

いう組織に大きな不安を抱き始めている。この状況で管理局の根本を作り上げ

たものたちが犯罪者という事実が公になれば、管理局組織そのものが傾く危険

すらある」

 何も考えずたた罪人を裁くのではなく、もっと大局的に物事を考えてみろと、

プロイアはそう言いたいのだろう。

「プロイア三佐。君の言うこともわかるが、罪は罪。我々は裁かれなければな

らない。今更許されようなどと――」

「黙れ……」

 殺意をも内に秘めているような声を放ち、プロイアはレオーネの言葉を押し

潰していく。

プロイアの身体からは、傍目にもわかるほどの、激しい怒りがほとばしり始

めていた。

「死んだ人間を蘇らせたかった。だからプロジェクトFという計画を実行に移

した。ふざけるな……死者を蘇らすことなど神にすらできん。俺の娘も、二度

と帰ってはこない。暴走した夜天の書に殺された娘も、二度とな」

 リベルド・プロイアの娘、リース・プロイアはわずか五歳にしてAAAクラス

の魔力を有していた。百年に一度の神童だと、皆に褒め称えられていた。

常軌を逸した魔力を持っていたリースは、しかしその魔力量ゆえ夜天の書に

リンカーコアを奪われ、そのときの傷が原因で命を落とした。リンカーコア消

失という大きな負担に、幼い身体は耐え切ることができなかったのだ。

 プロイアは爆発しかけた感情をなんとか沈め、冷静な口調で話を続けていく。

「管理局、民衆。それらを第一に考えるならば、全てを黙認するべきだ。いま

民衆に必要なのは英雄。伝説の三提督は、英雄でなければならない」

「だが、我々は……」

「罪を認め逮捕されたとしても、それで満たすことが出来るのは提督方のエゴ

のみだ。私は罪を償えと言っている。命尽きるまで、提督という椅子に居座り

続けろと言っている。逃げず、屈指ず、英雄を全うしろと言っている」

 完璧な人間など存在しない。それでも英雄は完璧でなければならない。民衆

が英雄に完璧を求める限り、英雄はその思いに応えなければならない。

 英雄である限り、英雄は人々の思いに応え続けなければならない。それが、

英雄を全うするということ。

「……………………わかった。それが贖罪(しょくざい)になるのなら」

 長い長い沈黙の末、レオーネ等、三人の提督は英雄であることを受け入れる。

「レリィ三佐、あなたもこの決定に文句はないな?」

 振り返りプロイアが問いかけると、

「……好きにしなさい」

 不機嫌そうに言って、レリィは椅子に座りなおしていた。

 

 

 

 

「ちょっと待ってや。フィルス提督。それ、本気で言っとるんですか」

 二転三転を繰り返しながらも提督たちの自供は一応の終わりを迎え、会議の

題材は当初の予定通りセリムとクアットロ、そして彼らの所有する艦船、ヴァ

ルキリーに対する具体的な対策案へと移行し始めていた。

 そんななかセリムに対する処置を三提督たちが言い放ち、はやては、その処

置に対し反論を唱える。

「それ、とは?」

「決まっとります。セリム・フィルスの逮捕よりも殺害を優先するって、そん

な実力行使みたいな真似、提督たちはほんまに望んで――」

「フィルスではない。私の兄は、もう何十年も前に亡くなっている。あれはセ

リム・F・ヴェンデッタという一次元犯罪者にすぎない。そして、その男は聖

王の箱舟と同等の力を所有している。放っておくことなどできんよ。戦力を集

中させ速やかに船を落とす。優先すべきはそれだけだ」

「せ、せやけどレオーネ提督たちはセリムさんに会いたくて、せやからプロジ

ェクトFを実行したんやろ。それでセリムさんが蘇って……なのに殺すって、

自分たちで勝手に作っておいて殺すって、そんなのひどすぎるやないか!」

 逆上するはやてをなだめるように、レオーネ・フィルスは声を和らげていく。

「八神二佐。君の言うこともわかるが、これはF計画がどうこうという話では

ない。純粋に、セリムという魔導師が危険と判断されたからの処置であって」

「危険やから殺すって、その思考こそ短絡的すぎるやないか。せめて話ぐらい

聞いてやっても」

「八神、話を聞くといってもどうやってだ? ヴァルキリーはアルカンシェル

レベルの砲撃の連射が可能。話どころか近づくことすら困難に思えるが」

 ふと、プロイアが口を挟んでくる。

「そんなん、遠くからデバイス使って通信でもすればええやんか!」

 ヴァルキリー艦内にデバイスから信号を送り、通信回線を繋げる。そうして

話し合いに持ち込めば、もっと平和的に解決できるのではないか。はやてはそ

う主張するものの、

「あちらが話し合いに応じなかった場合はどうする? ヴァルキリーが長距離

転移を行なったという情報は、本局にも報告されているはずだ。通信を逆探知

され、あちらに先手を打たれたでは目も当てられん。それにセリムの目的が未

だ不明瞭な以上、刺激を与えるだけの行為は危険だと思うが?」

 ジュエルシードのデータを欲し、バルディッシュを奪い去った。セリムとい

う人物の正体は判明したものの、彼がなぜそのような行動に出ているのか、そ

の目的はいまだ不明のままなのだ。故郷、フランジュを見たがっているとフェ

イトから報告されているが、それだって本当のことかはわからない。

 復讐と称しヒドゥンを引き起こそうとしている。そんなことすら、あり得な

いとは言い切れないのだ。

「それは……せやけど、せやけどっ」

「八神、セリムを処罰するのはひどいと言う言葉、それは本心か?」

 プロイアが突然に投げかけてきたそれは、はやての主張の全てを否定するも

のであった。

「どうゆう……意味や?」

 傍目にもはっきりわかるほどの動揺を見せるはやてに向けて、プロイアは言

葉を続けていく。

「高町やハラオウンはお前の幼馴染だと聞いている。意識が戻らぬほどの大怪

我を幼馴染に負わせた男の『逮捕』を、本当に最優先することが出来るのか?」

 私怨に走らず、管理局職員として職務を真っ当することが出来るのか? 

プロイアは、そう言いたいのだろう。

「……あ、当たり前や。うちかてSの称号を背負っとる身。何を優先すべきか

ぐらいわかっとる」

「わかっているならさっさと座れ。一人か世界か、どちらを優先するかなど、

比べるまでもないことだ」

「……! 人の命を――」

 物みたいに扱うな! そう続けようとしたはやてを制し、プロイアは言葉を

重ねていく。

「綺麗事の理想論を語る前に現実を見つめなおしてみろ。仮に奴らがヒドゥン

を引き起こしたら、仮に全次元の半分が消滅するような事態が引き起こされて

しまったら、そのときお前に何が出来る。失った命を取り戻すことが出来るの

か? 消えた次元を、蘇らせることが出来るのか?」

「……っ。私が私怨に走るかもしれんって、プロイア三佐の言ってるそれも、

結局は仮定の話やないか。ヒドゥンを起こすかもしれん? 管理局にもっぺん

危害を加えてくるかもしれん? ふざけんな、全部仮定の話やないかっ! 何

が一人か世界かや。勝手に選択肢を二つに絞んな! それを、それを!!」

「そこまでです主はやて、抑えてください」

「なんやとシグナム、あんたっ」

「いいから抑えてください。これ以上の発言は、主の立場を悪くするだけです」

「……っ」

 一人が死ねば十人が助かる。数字や利害のみのデジタルな考え方は、感情論

に従えば正しくないのかもしれない。

だが、それでも時空管理局という組織が人の生活を、命を守るために存在し

ている以上、デジタルな考え方を否定するようなことは出来なかった。

罪を犯した人間を救うために、何の非があるわけでもない、何百億という命

を危険に晒す。それは、本当に人として正しい行為なのだろうか?

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

 会議が終わり十数分後。はやては本局宿泊施設の一室に戻ってきていた。

 はやての隣には守護騎士シグナムの姿があり、その周囲をアギトとリーンが

ふわふわと漂い続けている。

 提督及び管理局上層部は精鋭艦隊を再結成、パメラ・パーラを中心にした調

査チームがヴァルキリーの捜索を完了させしだい、すぐに部隊を送り出すこと

を正式に決定した。

 セリムの殺害を最優先とする。

 それが、管理局が出した答えであった。被害を事前に抑え込むために。最悪

のシナリオを回避するために。そう主張する管理局やプロイアの考え方にも、

一理あるとは思う。それでも、

「あーもうっ、どいつもこいつも頭が固すぎおってからにっ」

はやては未だ納得しきれてはいなかった。

十年前に発生した闇の書事件。守護騎士たちは、はやての命を救うために多

くの他人を犠牲にしようとした。管理局提督、ギル・グレアムは他人を救うた

めにはやてを犠牲にしようとした。

しかしなのはとフェイト。あの二人だけは、その両方に逆らおうとした。は

やてを救い、闇の書を封印し、多くの他人をも救おうとしてくれた。

管理局も守護騎士たちも、最後にはなのはとフェイトの思いに賛同してくれ

て、だからこそはやては救われたのだ。守護騎士たちや管理局の人々。彼ら全

員が望む、本当の意味でのハッピーエンドにたどり着くことが出来たのだ。

なのに十年経った今になって、今また、誰かを犠牲にした上での平和を築き

上げようというのだろうか。

「くっそっ」

ただ、セリムはなのはやフェイトを傷つけた張本人でもある。犠牲の上の平

和などはやての望むものではないが、だからと言って、なのはやフェイトを傷

つけた張本人を救う必要が、果たして、本当にあるのだろうか。

「主はやて、抑えて――」

「うっさい。これが落ち着いてられるか。フェイトちゃんやなのはちゃん、私

やもっとたくさんの人たちの気持ちを無視して、大義名分ばっか振りかざしお

って! おかしいやないか、誰かを犠牲にして平和を守るなんて、そんなもん

おかしいやないか! おかしいやないか!」

 なのはたちの示してくれた在り方と、なのはたちを傷つけられたことに対す

る怒り。はやての心は矛盾を受け入れきることが出来ず、思いを怒号にかえ、

周囲にぶつけ続けていた。

 しかし、その暴走は突然に終わりを迎える。

 抱える感情を吐き出しきったことで、はやては少しだけ頭を冷やすことが、

冷静に現状を見つめなおすことが出来たのだろう。

「リーン、リステアの修理はあとどれぐらい掛かるんや?」

「え、リステアの修理ですか? えっと、たしか二日後にはいつでも飛べる状

態になるって言ってたです」

「わかった。ほならリーン、ちょっと伝達を頼む。今回の事件の全容と管理局

側の対応、うちらの意思、そして五十時間後に本局を発つ。それを『夜天』の

人らに、いや、元機動六課メンバー全員に知らせといてや!」

 はやては、決断する。

なのはの示してくれた在り方に従い、孤独な戦いに身を投じていくことを。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 使えそうな設定、面白そうな設定は全て拾い上げていく。二次創作作品の醍

醐味ですよね。今回登場した単語、ヒドゥンはとらは版なのはが出展元です。

さすがにVividForceの設定は4期とは違う完全IFなこの物語では使えませ

んが、PSP版なのはA.Sに登場した隠しキャラ組は、作品中に何らかの形で登

場させられるといいなぁなんて思っています。仮に出すとしても、出番がいつ

回ってくるかはわかりませんがw

 そういえば、プレシアが行っていたプロジェクトFの研究って民間企業が行

っていたものなのですね。今後も、原作設定と違うところが所々に出てきてし

まうかもしれませんが、どうかその辺りは暖かい目で見守ってもらえると嬉し

いです。

 それでは、今回はこのあたりで。




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