魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.15 セリム・フィリス(前編)

 

 

「えほ、けほっ。やっぱ管理局指定の制服って首元がきついな。息苦しくてか

なわんわ」

「我慢してください主はやて。会議が終わるまでの辛抱です」

 時空管理局本局、宿舎施設手前。宿舎室を後にした八神はやてとシグナムの

二人は、リノリウムの細長い通路を歩き続けていた。

 制服のボタンを首筋までしっかりと止めて歩くシグナムとは対照的に、はや

ては首元に何度も触れて、ボタンを開けたり閉じたりを繰り返していた。

「シグナムはいいかもしれんけど、私は……ちゅうか、なんか胸元も苦しいな。

これはひょっとしてバストあがっ――」

「単純に太っただけなんじゃね?」

「はやてちゃん。お船にいたとき甘いものばかり食べてましたからねー」

 ぺちぺちぺち。

 どこに隠し持っていたのだろう。取り出したハリセンで、はやては赤と白の

ちっこいのを叩いていく。

「いったー。何するですか! はやてちゃん虐待です、イジメです!」

「うっさいわ。ったく、前はあんなに純粋で可愛い子やったのに。いつからそ

んな生意気なことばっか言うように――」

「はやて二佐に似たんじゃねぇの?」

「む、何言ってるですアギト。私ははやてちゃんほど太って――」

 ぱんぱんぱーーーん!

「何してるんですはやてちゃん。会議までもう時間がありませんよ!」

どつき漫才を続けているうち、いつの間にか通路からエントランスホールに

行き着いていたのだろう。ホールの真ん中にある、二階に続く巨大な階段のち

ょうど中間地点。『湖の騎士』の異名を持つ白衣の女性が、消毒液の入ったダン

ボールを抱えてはやてたちを見下ろしていた。

「シャ、シャマルなんでここにっ!?」

「荷物運びの途中に、たまたまはやてちゃんの姿が見えただけです。そんなこ

とより、遊んでないで急いで急いで」

「せ、せやけどこの紅白が」

 紅白妖精を亡きものにしたハリセンを片手に、はやては弱ったような声を上

げる。

「言い訳はいいの! と、いけないいけない。診察があるんだった。きゃ、も

うこんな時間」

 右手にはめた指輪の上に時間を表示すると、シャマルは白衣を羽織りなおし

駆け出していく。アームドデバイス、クラーラヴィントに追加した新機能『時

刻表示』のせいで、『湖の騎士』は多忙な日々を送り続けているのだ。

「やれやれ、これではどちらが主かわからんな」

 剣の形をしたシルバーアクセ、ではなくアームドデバイス・レヴァンテイン

を右手首に引っ掛けて、しみじみ、と言った様子でシグナムが声をもらす。

「まあ、シャマルの言っていたとおりあまり時間もありません。主はやて、そ

ろそろ会場に向かいましょう。ほら、いつまで寝てるつもりだ。起きろアギト」

「うー、頭がくらくらする」

 床に潰れていたアギトを拾い上げ、シグナムはぽんっと彼女を肩に乗せる。

「ほら、リィンも乗った乗った」

 シグナムにならいはやてもリィンに肩に乗せて、エントランスホールを通り

抜け、細い通路を歩いていくこと数分。

「ん、あれひょっとして……おーい、ヴィータ。ザフィーラ」

 管理局制服に身を包んだ十歳ほどの少女と、180p以上はあろう長身の男が

前を歩いているのに気づいて、はやては二人の名前をそれぞれ呼んでいく。

「おおー、はやてにシグナムじゃねえか」

 久方ぶりに仕えるべき主に再会できたからだろう。ヴィータと呼ばれた少女

は、振り向くとすぐに嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「どうしたんだこんなとこで。二人とも、今日は会議とか聞いてたけど」

「その会議に出席するためにいま移動中ってわけや。ヴィータたちは荷物運び

か。ん、ひょっとしてデバイスか、それ」

 ヴィータやザフィーラが抱えているのは、両手が塞がるほど巨大なダンボー

ル。詰め込んである量が多すぎるせいだろう。上部が塞がりきっておらず、杖

や剣、多種多様な形をしたデバイスがダンボールから顔を覗かせていた。

「そうそ、職員たちのデバイスのメンテナンスだそうだぜ。朝からデバイスの

調整ラボと倉庫を行ったりきたり。たくっ、ほんとに嫌になるぜ」

「まあそういうなヴィータ。この前の襲撃事件のせいで負傷者多数。どこの部

署も人手不足なのだ。少しは力になってやらんとな」

 ザフィーラはなだめるつもりで言ったものの、襲撃事件という単語は、ヴィ

ータの逆鱗に触れるには十分すぎるものだったのだろう。

「……っ、んなこと分かってんだよ。どうせあたしはシグナムやはやてに比べ

りゃ暇してるんだ。幾らでも働いてやるよ。なのはやフェイトの分もな!!」

 吐き捨るように言うと、ヴィータは走り出していく。

 ダンボールが激しく揺れているからだろう。金属同士がぶつかり合って衝突

音、怒りにも似た音が廊下に響き渡っていった。

「いらぬことを、言ってしまったか」

 自分の言葉を失言に感じているのだろう。ザフィーラは軽く目を伏せていた。

「なのはやフェイトに対するあいつの思いは分かっていたつもりだが。そうだ

な。奴は、Sランクになり損ねていたのだったな」

 少しだけ、実力が届かなかった。少しだけ、性格に難があった。

 理由はともあれ、ヴィータはAAAランク。シグナムやはやて、なのはやフ

ェイトたちよりも一つ下のランクに認定されてしまっていた。

 本人がそのことに対し、コンプレックスを抱いていたのかはわからない。

だが今回だけに限っていえば、Sの称号を得られなかったことに、ヴィータ

が強いわだかまりを感じていることは間違いないだろう。

Sランクやったなら。せやな。今回の会議、主題はセリムのことに間違いな

いやろうし、セリムを逮捕するために部隊が出来たとして、そこにヴィータが

入れるかどうかはわからんからな」

 管理局首脳会議。管理局としての今後の動きを決める極めて重要な会議であ

り、少将以上の人物、艦隊提督を初めとする一部の重要人物、そしてSの称号

を持つ魔導師たちが会議の参加者にあたる。

「ヴィータの目的は、やはり……仇討ちでしょうか」

 と、口を挟むのはシグナム。

「せやろうな。あの子にしてみたらセリムは犯罪者なんてレベルやない。友達

を、仲間をぼろぼろな状態にした憎むべき敵や。……もちろん、私にとっても

な」

「憎むべき敵、倒すべき敵。気持ちはわかります。ですが主はやて、どうか感

情的になりすぎないようお願いします。あなたは……Sランクなのですから」

「心配せんでええ。わかっとるつもりやよ。Sの重みは」

 時空管理局魔導師ランク最上の値。Sが持つ意味合いは、魔導師としての強

さ。単純なそれだけではない。

 Sランク魔導師に要求されるものは数多くあるが、実を言えば管理局側はそ

れらの能力そのものを、本当の意味で重要視しているわけではない。

 一騎当千の実力、状況把握能力、統率力、判断力、瞬発力。

 確かに一人の魔導師がそれらを兼ね備えているに越したことはないが、最悪、

いずれか一能力に長けた人材を連れてこればいいだけの話なのだ。

 Sランクに真に必要なのは能力ではない。

 Sという称号が周囲に与える影響を自覚し、受け止める。

 覚悟する、と言い換えてもいいかもしれない。

「っと、あかんあかん。また話し込んでまったな。ザフィーラ、ヴィータのこ

と頼むな」

「了解した、主はやて。ではシグナム、主のことを頼む」

「ああ。ではな、ザフィーラ」

 ザフィーラと別れ、はやてとシグナム。Sの称号を持つ二人は、再び、会議

室へと向かっていく。

 

 

 

 

 管理局本局において、首脳会議が行なわれようとしていたちょうどその頃。

 戦闘機人05、チンクは第17無人世界に存在する軌道拘置所『ラブソウルム』

に足を運んでいた。

30年以上前に建造された古い拘置所で、当時の機材のまま、外壁の補修を

繰り返し拘置所としての機能を保ち続けている年季の入った建物である。犯罪

者収監施設としては警備面にいささかの不安が残るが、収監されている犯罪者

の性質上、他の拘置施設に比べ警備の必要性が薄いのだろう。

17という数字を見てもわかるとおり、ラブソウルムは時空管理局本局から少

し離れた次元に建設された建物である。凶悪な犯罪者なら監視の意味もこめて

管理局の近くに施設を用意しておくのが普通だが、それほど管理局に近い場所

に作られていないのは危険度が低い、更生の余地がある。そう判断された犯罪

者ばかり収監されているからだ。

「失礼。面会に来たのだが、手続きを行う場所はここでいいだろうか」

 チンクに話しかけられて、新聞を片手に退屈な時間を過ごしていた拘置所の

看守は欠伸を飲み込み、来客者へと目を傾ける。

「面会? こんな時期に珍しいな。と、知ってるぞ。お前高町一尉のとこで世

話になっていた戦闘機人だろ。高町一尉の見舞いもせずにこんな場所に来てて

いいのか? 敬う心のない奴だな。いや、そいや戦闘機人なんて言うぐらいだ

もんな。心なんざ最初から持ち合わせちゃいないか」

 嫌味たっぷりに看守の男は言って、面会の準備に取り掛かっていく。

「面会室は通路の先を左だ。監獄のお仲間と何を話すつもりか知らんが、下手

なことをすれば、こちらも相応の対応をさせてもらうからな」

「ああ了解した」

 こうゆう嫌味をぶつけられるのも久しぶりだな。

腹が立つより先、チンクはそんな風に感じていた。高町一尉やシスター・パ

メラなど、戦闘機人に対し友好的な人とばかり接していたせいか感覚が少し麻

痺していたが、普通に考えれば看守が取る態度のほうが自然なのだ。いくら改

心したなどと口で言っても、チンクが自らの意思でスカリエティに協力してい

たことに変わりはない。おまけに今回のクアットロ、スカリエティ両名による

襲撃事件。こんな状況で自分たちを信用しろというほうが、よほど無理な話だ

ろう。

 まあこうゆう扱いを受けるのには慣れているから、嫌味の一つや二つぶつけ

られた程度、別段気にするようなことではない。ただ今回の場合……。

「心配はいらん。この戦闘機人が何を企んでいようと、妙な動きを見せれば即

刻斬り落とすからな」

 同伴者が大きな問題になっている。

「か、風見一尉。失礼しました。あなたが一緒とは気がつかなかったもので」

「私に気づかなかった? ふん、訓練が足りんな貴様。看守といえど、トレー

ニングは怠るな」

「は、ですが囚人はみな魔力を封じられているのですから――」

 看守が話し終わるより先、風見と呼ばれた女性は看守の首筋に指を突き刺し

ていた。マニキュアの塗られた細い爪先が首の肉に食いこみ、皮膚を裂いてい

く。首筋から赤い雫が滴り落ちていく。

 風見が首に指を差し込んでたっぷり二秒ほどが過ぎ、ようやく、看守は目を

ぱちくりさせながらも状況を飲み込むことが出来ていた。

「魔力などなくとも、素手であろうと、頚動脈を切り落とす程度容易いこと。

肝に銘じておけ」

「は、はい。ご指導恐れ入ります」

 慌てて敬礼のポーズを看守は取るが、風見と呼ばれた女性はそんなものには

目もくれず、早く行け、と前を歩いているチンクのことを急かしていく。

小柄なチンクの後ろにいるからか、女性としてはかなり大柄な部類に入る風

見は、醸し出す雰囲気もあいまり巨大な刃そのもののようにも見える。

 Sランク、風見静香(かざみしずか)

 管理局周辺次元における凶悪犯の鎮圧、攻撃性の高い原生生物の排除を担当

する魔導師で、階級は空戦一尉。性格については、今見てもらったとおりだ。

 戦闘機人に監査役がつくことになっているのは前に記述した通りだが、本来

チンクの監査を受け持っていたなのはが倒れたため、緊急措置としてなのはと

同レベルの魔導師、Sの称号を持つ風見が監査役として選ばれたというわけだ。

『新しい監査役が正式に決まるまでなら』

風見はそう言葉を挟んだ上で監査役を引き受けはしたものの、それはあくま

で上からの命令に従ったからにすぎない。言動からもわかるとおり、彼女はチ

ンクのことなど全くといっていいほど信用していないのだ。

 チンクの真後ろ。歩幅にしてぴったり三歩後を風見は歩いていく。目の前を

歩く者が一瞬でも奇妙な動きを見せれば、即座に斬りおとすつもりなのだろう。

 連なって歩く二人の間に会話はない。風見はチンクと世間話をするつもりな

どないだろうし、チンクもまた、敵意をむき出しにしてくる相手と仲良くお喋

りできるほどお人よしなわけではない。

張り詰めた空気が二人の間を流れていき、やがてチンクは足を止める。

目的の場所についたのだろう。

たどり着いたのは、鉄格子で外界と遮断された小さな一室。

部屋には机が一つ。椅子が二つ。監視カメラが様々な角度から目を光らせて

いて、部屋の様子は逐一看守へと報告され続けているようだ。

「面会時間は三十分だ。わかっていると思うが、互いの身体に触れることは禁

止。品物の受け渡しが行われたりするからな。差し入れ品もこちらでチェック

を入れさしてもらう。以上、分かったら入れ」

 面会室手前にいた職員に言われ、チンクは部屋のなかに入っていく。まもな

く鉄格子が開き、長身の女性が姿を現す。両手はAMFの手錠でがっちり固定

されていて、右腕に囚人番号の描かれたワッペンをつけている。

「久しぶりだなチンク。元気……ではなさそうだな」

 戦闘機人03トーレ。JS事件主犯格ナンバーズの一員であり、管理局への

協力を拒み続けている人物の一人だ。行動を共にしていたことが多かったから

だろう。チンクはトーレが収監されてからも、度々面会に訪れることを繰り返

していた。

「まあお前が気落ちしている理由はだいたい予想できる。こんな場所にいても

世間のニュースぐらいは聞くことができるからな。……高町なのはのことは、

残念だったな」

 チンクにとってトーレは憧れの人物であり、尊敬すべき人物でもあった。だ

からこそチンクは自分の現状を、包み隠さずトーレに伝え続けてきたのだ。

 更生プログラムの全課程が終了したこと、なのはが率いる新人教育部の副隊

長になったこと。

最近は仕事が忙しかったこともあり、面会に来る暇もとれなかった。けれど

なのはが倒れたことで不本意ながら暇が出来てしまい、チンクはこうして、ト

ーレに色々なことを伝えにきたというわけだ。最も、面会の理由は報告だけで

はないが。

「クアットロの脱走によって引き起こされた一連の出来事が、最悪の形で表に

出てきたというわけだな」

「クアットロのこと……申し訳ありませんでしたトーレ姉さま。私がもっと奴

に対し目を光らせておけば、このようなことには」

「別に気にしてはいない。ひどい言い方にはなるが、鉄格子の外でどんな出来

事が起きようと、今の私には何の関係もないからな。世界の行方などより今日

の晩御飯は何かを考えるほうが、私にはとってはよほど有意義な時間だよ」

「……変わりましたね。以前はもっとぎらぎらしてらしたのに」

「まあ、な。一年もこんな場所に閉じ込められていれば、丸くもなるさ」

 軽く微笑を浮かべ、トーレはチンクに視線を送っていく。

「軽蔑したか? 姉の変わりように」

「いえ、丸みを帯びた今のほうが、トーレ姉さまはずっと魅力的に見えます」

「ふふ、世辞を言うな。あまりそうゆうことには慣れていない」

 腕で顔を覆い、トーレは少し赤くなっていた頬を隠す。

「まあ、客人もいるようだしさっさと本題に移ったらどうだ? こんな時期だ。

私に世間話や愚痴を吐きに来たわけではないのだろう」

 部屋の隅、腕を組んでじっと様子を見ているだけだった風見がその言葉に反

応し、少しだけ聞き耳を立てていく。

 囚人にしては気が利くほうか。

 トーレを見、風見はそんなことを考えるが、それを口にはしなかった。囚人

との馴れ合いなど、彼女にとっては毛嫌いすべき事柄なのだろう。

「ええ。実は、聞きたいことが少し」

「ふむ、何だ? 私に答えられることなら答えるが」

 長話になると予想したのだろう。トーレは椅子に腰掛ける。手錠をされてい

るにも関わらず、トーレは手馴れた様子で器用に指先を動かし椅子を引き、そ

こに腰かけていく。

「今回の襲撃事件の犯人、というよりもクアットロたちの協力者について、ト

ーレ姉様に心当たりはありませんか? セリム・F・ヴェンデッタと名乗る老人

と、狐の姿をした守護獣なのですが」

「セリム……」

 何か心当たりがあるのだろう。トーレは顔を捻らせ、考えを巡らしていく。

「狐の守護獣というのは知らないが、セリムという名には見覚えがある」

「えっ」

「なに……」

 傍観を続けていた風見が思わず身を乗り出しそうになってしまったのも無理

はないだろう。沿岸部での火災から起きている一連のアンノーン事件。管理局

側の対応がこれほど後手に回ってしまった最大の要因は、犯人に関する情報が

乏しいからに他ならないのだ。

「たしか管理局の管理しているデータベース。無限書庫だったかな。そこにア

クセスした際、消去予定のデータのなかに多重プロテクトがかけられていたも

のを発見した」

 本来無限書庫のデータは消去されることなく、無限に記載を行い続けていく

のだが、ごくまれに例外が存在する。例えば古代遺跡でロストロギアが発見さ

れたとする。発見された当時は用途が分からず謎のロストロギア、と仮称され

ていたが、その後の研究によりその用途や正式な名称がわかれば、遺跡で発見

された謎のロストロギアという項目は削除され、正しい名と用途を記したペー

ジが新たに作られるというわけだ。

「気になって内部データ解析してみたところ、内部にはそのセリムという男の

データが入っていた。プロテクトが厳重だったため、わかったのはセリムとい

うミドルネイムと出身次元だけだがな。調べればもっと詳しい情報が出てきた

かもしれないが、データはすでに消去済みだろう」

 一人の人間に関する情報の全てが削除された。それを耳にし、風見は引っか

かりを感じずにはいられなかった。トーレが口から出任せを吐いているだけな

ら何も問題はない。だが仮にそれが真実であった場合、管理局はセリムという

人物を抹消したわけだ。……何のために?

「トーレ姉さま。出身次元の名前、覚えていないでしょうか?」

 チンクが尋ねると、風見は再び聞き耳を立てていく。

「出身次元の名前か。ちょっと待て、なにせ数年前の記憶だからな。そんな細

かいところまでは……たしかフラ――フラ――」

「フランジュ」

 静かに風見が口を挟む。

「ん、それだ。フランジュだ」

「フラン……聞いたことのない次元ですが」

「フランジュは八十年近く前に消滅した次元の名だ。時空管理局が発足されて

まもなく、管理局が大きく認知されていなかった時代。記録によれば、そのこ

ろに起きた大規模な次元震に飲み込まれたとされている」

「八十年前に消えた? ですがフェイト執務官の話では、セリムはそこが自分

の故郷だと言っていたのでしょう? 計算が合いませんが」

「いや、報告によればセリムもハラオウンと同じ、プロジェクトFの産物とい

う疑いがかけられている。故郷というのがあの男でなく、大元になった者の故

郷を指しているのなら――」

瞬間、トーレはぽんっと手を叩く。

「思い出した。そのセリムに関することで、彼の知り合いらしき人物たちの名

が書き列ねてあったな。名前はたしかラルゴ、レオーネ、ミゼット」

「ラルゴにレオーネ! 三提督の名だぞそれは!」

 一際大きな声を上げた後、風見は自分が取り乱しかけていたことに気づき、

こほんと小さく咳払いを一つ。

「すまない、つい興奮してしまった。しかし三提督と関わりのある魔導師だと? 

それも八十年近くも前に。ならばデータが抹消されていた人物というのが、現

在事件を起こしている者のオリジナルということでいいのか?」

 風見は言葉を重ねていく。

「三提督との繋がり……プロジェクトFによって作り出された。最高評議会。

考えたくはないが、あり得なくはないな」

「どうゆうことですか?」

 この人の場合、私を無視するぐらいのことは平気でするかもしれないな。そ

んなことを考えながらチンクは問いかけてみたが、意外にも風見は変に身構え

るようなことはしなかった。信用はしていないものの、毛嫌いしているわけで

はないのかもしれない。

「スカリエティがお前たち戦闘機人にどれだけ内情を話していたかは知らんが、

時空管理局最高評議会という組織が、スカリエティに資金や資材を提供してい

たことが、事件解決後に判明した」

 風見の言葉に、チンクは小さく頷く。

「ええ、それは知っています。自分たちの真のスポンサーは管理局だ、と以前

ドクターから話を伺っていましたから」

「そう。貴様ら戦闘機人も元をただせば、ミッド地上が戦力を増強させるため

に作らせていた存在だ。いや、ジェイル・スカリエティ。貴様らが起こした大

規模騒乱の主犯格すら、管理局が戦力を増強するための駒であったことに変わ

りはない」

 時空管理局最高評議会。旧暦の時代に次元世界を平定し、時空管理局設立後

一線を退いた三人の人物が、その後も次元世界を見守るために作った組織であ

る。見守るだけならよかったのだが、彼らは時空管理局という組織に干渉し、

独自の思想、正義を貫こうとした。戦闘機人計画、防衛兵器アインヘリアル。

JS事件の際、彼らが企てた兵器は次々と歴史の表部隊に姿を現し、最悪の騒

乱事件を引き起こすまでに至った。この事件の際、戦闘機人02、ドゥーエに

よって評議会メンバーの全員が殺害されており、これにより最高評議会という

組織は完全な消滅を迎えている。

「先に言っておくが、私は最高評議会が悪であったとは思っていない。彼らは

彼らなりに次元世界の平和のことを考えていた。行動に多少行きすぎたところ

はあったが、理念そのものが間違っていたわけではないだろう。騒乱の原因は

彼らでなく、貴様らの親玉、スカリエティなのだからな」

 毒舌風見さんは、もちろん毒を添えることを忘れない。

「プロジェクトFのことは知っているな? 人間の遺伝子や細胞を用い本人と

まったく同じ人間を作り出そうという、神をも恐れぬ偉業の技術。だが実験中

に発生した事故により多数の人々が負傷し、幼い命が失われた。この事故をき

っかけにプロジェクトFは広く世間にその名を知られたが、事故が起きた際、

研究所にいた一人の技術者に責任の全てを押しつけ、トカゲのしっぽ斬りを行

った。切り捨てられた技術者はこの後『PT事件』と呼ばれる事件を引き起こし

ているが、それについては割愛しておこう。私が気にしているのは技術そのも

の。アリシア・テスタロッサを元に作られた人造魔導師、フェイト・テスタロ

ッサの例を見ても分かるとおり、管理局の魔導師や民間人の中にもごく少数と

いえ、プロジェクトFによって生み出された人間が存在している。生まれ方が

どうであれ、一つの命であることに変わりはない。そのため管理局はプロジェ

クトFを違法技術と定めたその一方で、作られてしまった、生まれた人間に対

しては全面的にその人権を認めている」

「……それは良いことなのでは?」

「ああ、私もこの法が誤りであるとは思わない。だがこの法を逆説的に捉えた

場合、生まれるまで隠し通すことが出来れば何を作り出しても良いということ

になる。そしてこの法を定めたのは他でもない、時空管理局本局、三提督と中

将、グリフ・ラッサ」

「管理局が行っていた? まさか」

 一度は考えを否定しようとしたチンクだが、沸きあがってきた疑念は簡単に

消えてくれるようなものではなかった。

 上層部の現在の状況を見るに、悪意を持って行っていたわけではないだろう

が……。

「私が閲覧した消去予定だったデータ。セリムという魔導師と三提督との関係。

なるほど。この事件の火付け役の正体、少し読めてきたな」

「ああ。今にして思えば管理局襲撃事件の際、三提督が何もしなかったことも

妙な話だ。全権を握っていたのはラッサ中将といえ、近衛魔導師を動かすぐら

いのことは出来たはずだからな。それに引き渡し要求からもわかるとおり、直

接的に命を狙われていたのは他でもない、三人の提督たちだったはずだ。にも

関わらず奴らは行動らしい行動も起こさず、我々に全てを委ねていた」

 一息に行って、風見はさらに思考を巡らしていく。

「セリムという男と三提督とがグルの可能性は高い。いや、結果だけを見れば

ラッサ中将も怪しいが……いや、まてまて。提督方は混沌に満ち溢れていた次

元世界を現在のような秩序あるものに変えてくれた歴史的英雄だ。そんなこと

をする人たちとはとても思えん。それに管理局本局を壊すつもりなら、もっと

徹底的にやるはずだ。本局の建物そのものへの被害はほとんどないのだから…

…」

 時空管理局。絶対正義を掲げる唯一無二の組織に揺らぎを感じ、風見のなか

の正義は大きく揺れ始めてしまっていた。

「真実がどこにあるかはわからん。だがこの事件の解決を図るつもりなら、そ

の提督とやらに当たる必要があるだろうな」

「……そう、だな」

 トーレの言葉を素直に受け入れ、風見は小さく頷いてみせる。

そのとおりだった。考えていても埒があかない。グリフ・ラッサか三提督か。

いずれにしろ、どちらかに接触する必要があるのは間違いない。

「長々と話につき合わせてしまい悪かったな戦闘機……いや、トーレ。捜査に

協力してもらったこと、心より感謝する」

 彼女はトーレに握手を求めたものの、

「すまない、規則でな。互いの身体に触れることは禁止されている」

「そうか……そうだったな。すまない」

 伸ばしていた手を、風見は静かに引っ込める。

「しかし惜しいな。キミのように力あるものが、拘置所に放り込まれたままで

いようとは。罪を償う気さえあれば、私が監査役を駆って出てもいいのだぞ?

もちろんその場合でも、あと一、二年はここにいてもらう必要があるが」

「ありがたい提案ではあるが、敗者にも敗者なりの矜持がある」

「そうか……」

「だから、しばらく考えさせてくれ」

「了解した。では、行くぞチンク」

 少しだけ、警戒を緩めてくれたのだろう。風見は戦闘機人ではなく、チンク、

と名を口にし、面会室を後にする。

 彼らが立ち去る様を、銀色の監視カメラだけが静かに見つめていた。

 

 

 

 

 ザフィーラたちと別れたはやてたちが行き着いたのは、大規模な会議が行な

われる際に使用する会議室。

「お待ちしておりました。八神二佐、シグナム一尉。まもなく開始する予定で

すので、お掛けになってお待ちください」

「ん、勤めご苦労やオットー。そいやあの子、ディードって言ったか? あん

たの双子の妹の子、容態はどうや?」

「あまり良くはないそうです。聖王教会所属の病院で治療を受けているとシス

ター・パメラから連絡を受けていますが、詳しい容態までは」

「連絡をって、見舞い行ってないんか?」

「ええ。どこも人手不足ですからね」

 オットーの横顔は、どこか自分を押し殺しているように見えた。

 背もたれ付きの黒椅子に腰掛けて、はやては軽く周囲を見回してみる。

「にしても、そうそうたる面子やな。プロイア一佐にリーゼ一佐、それにラッ

サ中将やろ」

「本局守備隊の方々や、陸空の少将方も来ていますね。レリィ三佐とリーン三

尉、三提督の方々も出席しているそうです」

「ほぉ、ノワール姉弟や提督方まできとるんか。そらぁ凄いな。あとクロノ君

と、ユーノ君。音声でやけどリンディさんも話に参加するんやっけ。んっと、

あと見知った顔は……ティアナくらいか」

「そうですね。首脳会議となると、やはり普段見知って人というのはあまり…

…ティアナ?」

 慌てて目を向けてみると、見知った顔が、肩身狭そうに黒椅子に腰掛けてい

た。

「お、お久しぶりです……八神部隊長」

「な、なんでティアナがおるん!?」

「じ、実はヒルツ執務官に代役を頼まれて……」

「だ、だいやくぅ? だいやくって、あの代役か?」

「ええ。なんでも急にやることが出来たそうで、それで同じ執務官だからって

強引に私を」

「……会議より優先ってなんやねん。はぁ、まあええわ」

 ヒルツ三佐とは会議のときに何回か顔をあわせた程度だが、Sランクの重み

なんて話をしていただけに、ヒルツの行動にはやては呆れ返るばかりであった。

「ラッサ中将。会議出席者、全員到着したようです」

「うむ、ご苦労様でしたオットー。さて皆さん、来てもらったばかりで悪いで

すが、時間がありません。さっそく本題、魔導師セリムたちのことについて、

今後の対策案を練っていこうと思います」

 グリフ・ラッサ。管理局本局の総指揮を行う人物で、管理局の実質的なトッ

プとも言われている。

「まず敵戦力の確認を行っておきますが、それほど大人数というわけではあり

ません。主犯者セリムとその守護獣ブラッド。それに脱獄囚ジェイル・スカリ

エティに、同じく脱獄囚、戦闘機人クアットロ。これらが――」

「ラッサ中将、敵戦力の確認の前に一つよろしいでしょうか」

 挙手し、そう口を挟んできたのはクラウム・E・リーゼ。先日から、セリム

のことを調べていた魔導師である。

「魔導師セリム、魔導師セリムと散々議題にあがるその人物ですが、一体何者

なのですか?」

 話を続けかけていたラッサ中将の口の動きが、ぴくりと止まる。

「何者とは?」

「そのものずばりの意味です。ユーノさん、説明を」

 リーゼに促され、ユーノは「はい」と椅子から立ち上がる。

「どうも。無限書庫の管理を任されているユーノ・スクライアと言います。僕

は先日からリーゼ一佐に頼まれ、セリムという人物についての調べ物を続けて

いたのですが、調べた結果、彼がプロジェクトFにより生み出された人造魔導

師ということが判明しました」

 ユーノの言葉ははったりであった。セリムが人造魔導師計画によって作られ

た存在という確証に繋がる手がかりは、何一つ掴めてはいない。それでも、そ

の言葉は会議室全体に波紋を呼ぶには十分で、瞬く間に室内はざわめきに包ま

れていく。

 ざわめきが大きすぎて細かい内容までは聞き取れないが、いずれも人造魔導

師に対する暴言ばかりのよう。広い意味では認められているものの、差別的思

想というのは、そう簡単になくなるものではないのだろう。

「皆さん、お静かに願います。問題は人造魔導師、という部分ではありません」

「と、言うと?」

 相槌を返したクロノの口調には、苛立ちが混じっているように見えた。事前

に打ち合わせしておいたことといえ、やはり義理の妹、フェイトが人造魔導師

計画で作られたということもあり、人造魔導師に対する暴言や差別発言を無視

しきれないのだろう。

もちろん、ユーノにとってもフェイトは旧知の友。早口にまくし立て、話題

を本題へと切り替える。

「ええ。人造魔導師とは一個人の魔力パターンを解析し、その人そっくりの人

物を作り上げる。旧時代におけるクローン技術に酷似しています。命を作り出

すと言え、あくまで作られるのは本人のコピーです。それで、気になって調べ

てみたんですよ。セリム・F・ヴェンデッタという人物のオリジナルについて」

 フェイト、シンシア、エリオ。人造魔導師と呼ばれる人々には、確かに元に

なった、オリジナルと呼べる人物が存在した。

「しかし、いくら探しても該当する人物は見つかりませんでした。いえ、そも

そもセリムという人物自体、戸籍上存在していないのです。死者の代わりを務

めさせるなら戸籍がない、というのはおかしな話でしょう。いえ、クローンな

らばDNAはオリジナルの人物と同じ。なのにどれだけ歴史を遡ってみても該

当者なし、という結果に変化はありませんでした」

 もう一度会議室内にざわめきが広がって、それらを制するようにリーゼが立

ち上がる。

「ラッサ中将。もう一度同じ質問をさせてもらいます。セリム・F・ヴェンデ

ッタ。我々が敵と認識しているものは、何者なのですか」

 戸籍がない理由は、管理が行き届いていない次元の人物だから。歴史を遡っ

てみても該当者がいないのだから、消去法により、そちらが正解ということに

なるだろう。

 しかしリーゼは納得しきれず、直感に従った。セリムとプロジェクトF。二

つの間に何の繋がりもないなどと、どうしても信じることが出来なかった。

 中将、グリフ・ラッサはリーゼを見据え、冷静に言葉を口にして、

「敵だ。それ以上のことを知る必要は――」

「いえ、いいですよ。ラッサ中将」

 ラッサ中将の言葉を止めたのは、レオーネ・フィリス。

 時空管理局という組織そのものの産みの親。伝説の三提督の一人である。

「下手に真実を隠蔽し続け、組織そのものにひびが入るというのも考え物。事

件がこれだけ大規模なものになってしまった以上、包み隠さず、正直に話をし

ておいたほうがいいでしょう。おふた方も、それでよろしいですね」

「そうじゃの。隠し事というのは、やはりあまり気のいいものでない」

「はい。あの方の秘密はお墓まで持っていくつもりでしたが、秘密にしておけ

る空気でもなさそうですからね」

「秘密?」

 リーゼを始め会議室に集まった人々のほとんどが頭に「?」マークを浮かべ

るなか、レオーネ・フィリスは静かに語り始めていく。

 管理局という礎を守るため、歴史から消えた英雄。

 セリム・フィリスのことを――。

 

 

 

 

 あとがき

 

 はやて&ヴォルケン組、チンクが再登場する第15話をお送りしました。

今まで触れていなかった部分、そもそもセリムって誰? という物語の主軸に

迫る今回のエピソード。今のところはやてたちが空気なままですが、しっかり

見せ場は用意しているのでご安心を。

 さて、今回は裏話を一つ。実は前回登場まで登場していたキャロ&シンシア

のバリアジャケットは、劇場版のなのはとフェイトのバリアジャケットをイメ

ージしています。劇場版公開を知り、この作品にも何らかの形で組み込むこと

は出来ないかと考え、劇場版デザインのバリアジャケットを登場させることを

決めました。まあ、本当にどうでもいいような小ネタなんですけどねw

 




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