魔法少女リリカルなのは
Last‐remote
Stage.14 Battle of Lightning
「なにが、どうなったんだ……」
シンシアの攻撃から身を守ろうとしたキャロが足を滑らせて、フリードの背
中から落下した。そのキャロを追いかけるようにして、ルーテシアの手元から
赤い宝玉が零れ落ちた。そこまではいい。そこまでは、エリオにも何がおきた
のか理解することができた。
問題はその先。落下を続けていたキャロと赤い宝玉がまぶしい光に包まれて、
辺り一面に、星の瞬きのような光が広がっていった。
状況が把握できず、困惑した表情を浮かべ立ち尽くしていたエリオの隣。
「キャロ、お姉ちゃん?」
広がる光の中。シンシアはすがるようにバルディッシュを握り締めたまま、
地上の方を見つめ続けていた。
やがて光が集まって、光が収まって……。
そこには何も残ってはいなかった。誰がいるわけでもない。生暖かな夏の夜
風がビルの谷間を吹き抜けていた
「嘘……」
バルディッシュを握る手が緩んで、シンシアの身体が大きく揺れる。
シンシアにとって、魔法とはコミュニケーションの手段だった。喧嘩して、
魔法をぶつけて、そのあと仲直り。それが彼女にとっての日常だった。
なまじセリムやブラッドといった実力者たちと一緒に過ごしていたせいだろ
う。シンシアは、魔法を本当の意味では理解していなかったのだ。
「えっ、だって、魔法で空を飛んで……あれ?」
だから目の前で起きた出来事が理解できなかった。シンシアにとって空を飛
ぶことは当たり前のことで、シンシアが幾ら強い魔法を放っても、セリムには
傷一つつけることができなかった。だからキャロに対しても、何をしても大丈
夫だろう。そんな根拠のない自信を抱いてしまっていた。
キャロに怒っていたといっても、シンシアにとってそれは子供の喧嘩程度の
思いで、嫌いだったけど、憎かったわけではない。傷つけたかったわけでもな
い。まして命を奪うことなんて……。
シンシアが死、という概念を始めて意識してしまった直後、
「スタンバイ・レディ」
シンシア、エリオ、ルーテシア。その場にいる魔導師たちの上空に、何者か
が佇んでいた。金属質な物質で作り上げられた、蒼紫色の手甲。肩部は動きや
すさを重視しているのか、洋服よりもプロテクターに近い形状をしており、白
を基調にしたバリアジャケットの胸には、大きな赤いリボンが結ばれている。
優雅にして可憐。その姿はまるで……。
「なのはさん……いや、キャロ、なのか?」
圧倒的な存在感を放つ少女。エリオはおろかその場にいる全員が、その少女
に目を奪われてしまっていた。
少女の名はキャロ。キャロ・ル・ルシエ。
エリオとシンシアの二人に追い詰められ、ルーテシアに庇われていた少女。
そのはずなのだ。そのはずなのに、キャロは圧倒的なまでの存在感を放ちなが
らそこに佇んでいた。
背に生えるは白銀。銀竜フリードを思わせる、身体をも上回る一対の巨大な
翼。彼女が手に持つは、金色の装飾で彩られた白き魔杖。
管理局最強とも噂された、白きの有していたデバイス‐レイジングハ
ート。
元々の所有者、高町なのはが使用していたエクセリオンとは形状が異なって
いるようで、デバイスの心臓にあたる赤い宝玉の周囲を、ピンク色の小さな宝
玉が衛星のようにくるくる回転し続けていた。
レイジングハート本体の破損部位にケリュケイオンを接合させた間に合わせ
のデバイスではあるが、ケリュケイオンの力を借りることで、レイジングハー
トは戦闘に耐えられるだけの魔力とフレームを取り戻したのだろう。
取り乱しかけた心を沈め、エリオは冷静にキャロとデバイスとの身に起きた
現象を分析していく。
白銀の翼を羽ばたかせ、キャロはルーテシアのそばまで降りていく。
「驚いた。そんな隠し玉持ってたんだ」
「か、隠してたってわけじゃないけど。むしろたった今できるようになったっ
ていうか……」
言い訳気味に言葉を重ねていくキャロにちらりと目を向けて、ルーテシアは
少しだけ頬を和らげる。
「とりあえず、無事でよかった」
「うん、心配かけてごめんね。ルーちゃん」
ルーテシアが差し出してきた手に触れて、キャロはレイジングハートを真っ
直ぐに前へと構える。
「ここからは私が、ううん、私とレイジングハート・ケリュケイオンがやるか
ら、だから、見ててルーちゃん!」
瞬間、キャロは風を切り裂き飛んでいく。白銀が夜闇に煌いて、夜の帳を拭
い去っていく。
「とりあえずさっきのお返し。よくもやってくれたね、シンシアちゃん」
白杖の先端に光が集められて、
「行くよ、レイジングハートさん。シューートバスタァァーーー!!」
最速射撃。レイジングハートの先端から撃ちだされた光の砲はシンシアの姿
を捉え、そのまま撃ち抜こうとして、
「シンシアッ」
エリオの張った魔法障壁により、四方に散っていく。
「ご、ごめんエリオ。大丈夫、私なら平気」
そんな風に言うシンシアの眼は虚ろそのもの。素人目に見ても、とても大丈
夫なんて言える状態ではない。キャロが放った砲撃のダメージが効いている、
というわけではないのだろう。問題があるとすれば肉体よりも、むしろ心のそ
のもの。
「大丈夫、大丈夫だよね、バルディッシュ。キャロお姉ちゃん、ぜんぜん平気
そうな顔してるもん。空だって飛んでるし、私が何したってぜんぜん、ぜんぜ
ん傷ついたりしないし……怪我だってしない。死んじゃうようなこともない。
ない、ない、ないんだよね。そうだよね、バルディッシュ」
「……っ、まずいな。意識が繊細になりすぎてる」
魔法という力は便利なだけではない。時に人を傷つけ、命を奪ってしまうこ
とだってある。魔法のことを凄い力、便利な力としか考えてこなかった少女は
初めて、魔法という力の怖さを知ってしまったのだろう。
ただ、この状況においてその感情は足手まとい以外の何者でもない。
「くそっ、シンシアがこんな状態じゃルーテシアやキャロの相手なんて」
エリオは軽く頭を左右に揺らして気を入れなおすと、ストラーダを握る手に
力を入れなおす。
同時に、その身体が爆風のなかに飲み込まれていく。
その一撃は、キャロが放ったものでもルーテシアが放ったものでもない。
空を走る道、ウイングロードが伸びていき、キャロたちの近くまで光のレー
ルが敷かれていく。
「この期に及んで新手って、冗談じゃないよ」
Oval Protection−オーバルプロテクション。
爆風が過ぎ去り煙が晴れて、エリオの姿が見えてき始める。自分とシンシア
の二人を球状の防御幕で包み込み、ストラーダを構えたまま後ろへと下がって
いく。
「だ、大丈夫? エリオ」
シンシアの声は上ずっていて、すがりつくようにバルディッシュを抱きしめ
ていた。
「ご、ごめんね。もうこれ以上足を引っ張ったりしないから。大丈夫、私とバ
ルディッシュなら、誰も傷つけずに何とかできる。うん、出来る。絶対、絶対
出来るから。だからエリオは下がって休んで……大丈夫だから」
自分自身に暗示をかけるように、シンシアは言葉を繰り返していく。
大丈夫とはいっているものの、無理をしていることは誰の目にも明らか。
「これ以上シンシアをこの場に居続けさせるのはまずいな。かといって僕一人
で戦って勝てる人数じゃないし……こうなったらゲートを開くか」
「ディエチ姉、砲撃魔法が直撃したってのにエリオの奴ぴんぴんしてるぜ。ト
レーニング不足で砲撃魔法の火力落ちたんじゃないのか」
「何言ってんの。キャロやルーお嬢様がいる以上、火力は抑えないといけない
でしょうが。そんなことよりさっさと運んで」
「ほら、もたもたしてたから砲撃してきた魔導師がって、この声!」
「ディエチさん、ノーヴェさん!」
聞き覚えのある声にキャロが振り返る。そこにいたのは、ウイングロードを
辿り空まで駆け上がってきたのは、二人の戦闘機人たち。
「お待たせしましたお嬢様にキャロ。ディエチ&ノーヴェ。ただいま救援に参
上……!」
「いよいよもって、もたもたしてる暇はないわけだ」
Plasma-Leader
雷を帯びた三つの矢が空より飛来して、ウイングロードに突き刺さっていく。
「おぉ!? なんじゃこりゃ」
矢の後ろに引っ付いていた卵のようなものが開き、アンテナが中から伸びて
きて、
じ……ばちっ!
トライアングルの形を作り上げ、ディエチたちを包み込むように放電を始め
ていく。
「くぁっ……」
「熱っ、いつ、きつっ」
雷が結界となり、電熱が二人を熱し、
「ディエチさん! ノーヴェさん!」
「倒せなくても時間稼ぎぐらいは出来るはず。シンシア、今のうちにゲートへ」
いつの間にか、エリオは頭上に小型の魔法陣を描きあげていた。
異界、異世界、異次元。
一体どこに通じているというのか、謎の魔法陣は不気味な光を放ち続けてい
る。
「あ、うん」
エリオに言われるがまま魔法陣の中へと飛び込むと、水中に入ったときのよ
うな波紋が広がって、影も残さず、シンシアの姿が消えてしまう。
「エリオ君!」
シンシアに続き魔法陣のなかに飛び込もうとしたエリオに向けて、キャロは
一際大きな声を上げる。
声に反応し、エリオは一度だけ、ちらりとキャロのほうへと振り返る。その
瞳は少しだけ悲しげで、
「……ごめん」
残した言葉はたった一言。何がごめんなのか、なぜごめんなのか、それすら
キャロにはわからなかった。
そもそもどういう経緯でセリムの側についたのか、何も言わなかったくせに
何も言ってくれなかったくせに、みんな僕が悪いんだとでも言いたげな、自己
犠牲に浸っているようなことを口にして……。
エリオが魔法陣のなかへと消えてしまったその瞬間、キャロのなかで何かが
弾けた。
「なにあれ。何がごめんなの! ごめんって謝るってことは、悪いことをして
るって自覚してるんでしょ。セリムって人がなのはさんやフェイトさんに大怪
我させたことも知ってるくせに、知ってて手を貸してるくせに、被害者みたい
な顔して……!」
『キャロ、気が変わりました。説得するより先にぶっ放します。ああいう分か
らず屋を説得するときは、ベッドの上でのほうがやりやすいですから』
「同感! 行こう、レイジングハート!!」
「待ちなさいっっっ!!」
勢いそのまま、魔方陣のなかに飛び込もうとしていたキャロを止めたのは、
若い女性の声。誰っ! とキャロが声のほうに振り向くと、真っ白な絹衣に身
を包んだ二十五、六という見た目のシスターが杖(ロッド)型のデバイスを握
りふわふわと空中に佇んでいた。
パメラ・パーラ。時空管理局が誇る精鋭中の精鋭、Sの称号を持つ魔導師の
一人である。
「キャロさんもレイジングハートさんも落ち着きなさい。状況は知りませんが、
どこに通じているかもしれない陣に無理やり飛び込むなんて、勇気どころか無
謀もいいところですよ」
「で、でもエリオ君が……」
「エリオという少年の足取りについては私のほうで探ります。あなたはひとま
ず戻りなさい。ルーテシアさんもいいですね」
「……うん、そうする」
少し引っかかるところはあったのだろうが、エリオを追うよりキャロを連れ
戻すことのほうが大事だと思ったのだろう。ルーテシアは素直にパメラの指示
に従うことにする。
「シスター、こちらも終了しました」
真っ黒な厚めのピーコートに薄い藍色のスラックスを履いたような、少し渋
めのバリアジャケットに身を固め、リーンはディエチやノーヴェを拘束してい
た雷の結界を、
Divine spellの魔法で解除する。Sランク、リーン・T・ウィズ・ノワール。
戦闘行為の仲裁程度にSランク魔導師が二人も出てくるというのは、もちろ
ん異例の出来事だ。管理局襲撃という大きな事件が起きた後だけに、都市部全
体の警戒網が強くなっているのだろう。
「ん、ご苦労様ですリーンさん。私はこのゲートの転移先を探るので、あなた
はキャロさんとルーテシアさんを連れ、一足先に本局に帰還してください」
パメラとリーンが応答を繰り返す隣。キャロは負傷したフリードのそばに近
づいていく。傷だらけの身体での無理がたたっていたのだろう。フリードは子
供のように小さなサイズに身体を変化させると、力なくキャロの手のひらまで
飛んで、その場でうずくまるように丸くなる。
キャロはぼろぼろになるまで自分を助けてくれていた銀竜を前に、何も言う
ことができなかった。何も言えず、ただ傷ついた身体を撫でてあげていた。
「やれやれ、とりあえず一件落着だな。と、そうそう。ギンガ姉さんに報告入
れておかないと」
夜の帳がその深みを増していく夏の空。ノーヴェの声が、冷たい夜風のなか
に溶けていく。様々な疑問や感情引きずりながらも、ミッドチルダ上空での戦
いは、一応の決着を迎えたのである。
キャロがパーラやノーヴェたちに保護される少し前。スバルとティアナの二
人は、第
03管理世界ヴァイゼンにいた。管理世界ヴァイゼン。管理局魔導師アルト・クラエッタの生まれ故郷の次元
で、魔法、機械共に高い技術レベルを有す、発展した文化を持つ世界である。
純度の高い魔力鉱石が鉱山や山岳地帯に多く転がっているため、採掘や発掘が
盛んな世界としてもしられている。
ティアナが地面を走っていたスバルを見つけたのも、首都から少し離れた場
所に位置する、採掘場の近くであった。
「捜索は打ち切り! なんでっ!!」
スバルがティアナから伝えられたのはあまりに唐突で、一方的な宣言であっ
た。この次元にやってきた理由そのものを破棄しろと、ティアナはそう伝えて
きたのだ
「声がでかい。それにちゃんと話を聞け馬鹿。打ち切りじゃなくて、捜索担当
が別の部署に移ったってだけよ。まだ情報が不確かだから私も完全に把握して
るわけじゃないけど、キャロらしき人物がミッド地上で何者かと交戦してるっ
て報告が入って来てるわ。現地には陸士
108部隊、ギンガさんやノーヴェ、ディエチたちが向かったらしいから、キャロをギンガさんたちが保護してキャロ
の騒動はそれで終わり。私たちは早く本局に戻ってこいってさ」
クロスミラージュに送られてきたデータを元に、ティアナはスバルにそう説
明していく。スバルはデバイスの全てを修理に出していたため、データを受領
することができず、仕方なく空からの捜索を続けていたティアナが、地上を走
り回っていたスバルに命令を伝えにきたというわけだ。
「そんな、地上の人影ってあくまでキャロかもしれないってだけなんでしょ。
もしかしたら人違いって可能性も」
「人違いって可能性は確かにあるけど、でも仕方ないでしょ。帰ってこいって
命令が出てるんだから。それに今の管理局の現状を考えれば、キャロ一人を捜
索するために何十人もの人を裂くわけにはいかないの。そのぐらいのこと、あ
んたにだってわかるでしょ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
意固地になってスバルがその場に留まり続けようとしていたせいだろう。
「あーもう!」
ティアナは、つい感情的になってしまう。
「何の手がかりもない状況で探しても時間の無駄だって言ってんの! 私だっ
てキャロのことは心配だけど、いまはキャロよりも優先しなきゃいけないこと
が山ほどあるんだから」
「仲間の捜索より優先しなきゃいけないことなんて――」
「……っ。あんたに言われなくても、んなことわかってるわよ!!」
激情に任せ吼えていくその瞳には、うっすらとした涙が浮かんでいた。
「わかってないよ。本当にキャロのことが心配ならっ」
けれどスバルは気づかない。気づけない。立て続けに様々なことが起こって
いたせいで、他人の心を気遣う余裕がなくなっていたのだろう。
でも、ティアナもある意味ではスバルと同じ。
「心配なら心配ならって、あんたこそ本当にキャロのことが心配で騒いでん
の! スバル、あんたはキャロのことを理由に現実とう――」
言いかけて、ティアナははっと口をつむぐ。
「ご、ごめんスバル。あんたがキャロのこと心配してないはずないのに」
「ん、うん。私こそごめんティア。確かにティアの言うとおりだね。ここにい
ても何にもならない。……管理局に戻ろう」
尊敬していた師、なのはと意見を違えてしまい、そしていま、親友であるテ
ィアナと意見を違えかけて……。
心に大きなしこりが残っているはずなのに、納得なんて出来ていないはずな
のに、気づけば、スバルはティアナの言葉に従ってしまっていた。
時空管理局本局、データルーム。巨大な本棚にDVDディスクがずらりと陳
列された広い室内には真っ赤な絨毯が敷き詰められていて、等間隔にテーブル
が並び、その上に二台のパソコンが背を向けあって置かれていた。
一見しただけでは機械技術の発展した次元の閲覧室のそれと同じ作りだが、
決定的に違うところが一つ。パソコンの隣に、占い師が水晶球を置くときに使
うような、黒い布の敷かれた台座が置いてあるのだ。台座の下を見ると
USBハブが伸びていて、それがパソコンと繋がっている。全てのパソコンの隣に台座
は置かれていて、台座とパソコンとを端から順に眺めていくと、データルーム
左隅に、一組の男女の姿が見えた。室内に、他に人の姿は見当たらない。
二人はパソコンを間に置いて向かい合って座っており、かたかたかたかた、
液晶画面を睨みつけながらキーボードに指を走らせていた。水晶球を置く台座
の上に野球ボールサイズの宝石が置かれていて、パソコンの動きに連動し、発
光を繰り返していた。
『マスター・リーゼ。陸士
108部隊より緊急報告が届いていますが、いかがなさいましょう』
「緊急報告? いいわ、表示して。パニッシャー」
ストレージデバイスゆえ、真っ白の宝石は簡単な応対しか行なうことが出来
ないのだろう。パニッシャーはプログラム通りの応対をマスターと交わし、小
さく発光、パソコンの液晶画面に陸士部隊から送られてきた情報を表示してい
く。
その報告書に目を通しマスター・リーゼと呼ばれた小柄な女性、Sランク魔
導師、クライム・E・リーゼは肩の荷が下りたように身体を揺らし、安堵のた
め息をついていた。
「どうしたんです?」
パソコンに走らせていた手を止め、そう尋ねてきたのはユーノ・スクライア。
無限書庫の管理を行なっている魔導師で、管理局襲撃事件に関連する出来事に
ついて、リーゼから調査を依頼された人物だ。
「いえ、キャロ・ル・ルシエという子とルーちゃんの二人が無事保護されたと
報告があったの。ルーちゃん、キャロを連れ帰ってくるって躍起になってて、
一人で行かせるのは心配だったけど……無事に帰ってきてくれたみたいで」
言いながら、リーゼは心から安心した、というように頬を緩ませていた。
「ただルーちゃんがルシエさんを発見したとき、ルシエさんはフェイトちゃん
に似た女の子とエリオって男の子と交戦していたらしくて、ルシエさんは保護
できたらしいけど、結局、その二人には逃げられてしまったみたい」
「フェイトに似た女の子……まさかプロジェクトがまだ?」
「いえ、それはないはずです。前年に起きたJS事件により、プロジェクトF
の危険性は再認識、今度こそ、研究は中止されたようですから」
前年のこともあり、プロジェクトFという研究は永久凍結となった。
凍結される前に施設の一つで爆発事故が起きていることが確認されているが、
幸い、死者はおろか怪我人も出ていないそうだ。原因不明とはいえ、施設の半
分が壊れてしまうほどの爆発事故。怪我人が出なかったのはまさに奇跡といえ
よう。
「まあ、ルーちゃんやプロジェクトのことは他の方に任せるとして、私たちも
早めに調べを終わらせないと。検索対象、ジュエルシード……」
かつてプレシア・テスタロッサがアルハザードを目指した際、フェイトに収
集を命じていた青い魔石。セリムが欲している謎のロストロギア。
リーゼは画面に表示される数多くのジュエルシードの情報に目を通していき、
小さく息を漏らす。
「……駄目ね。願いを適える力を持つロストロギア、としか記されていないわ。
レイジングハートさんの会話記録が正しければ、ヴァルキリーはジュエルシー
ドによって作り出されたはずなのだけど」
『陽動に使用した船のことなら、私がスカリエティに与えたものですよ』
『与えた? あれは本来存在していないはずの船。そう聞いていますが、どう
ゆうことです?』
『どうもこうも。あの船が作られてもいなくとも、作られていた可能性はあっ
た。イデアシードの力を使うとなれば、それで十分でしょう?』
半壊したレイジングハートのメモリーボックスには、なのはとセリム(クア
ットロ)との会話記録が残されていた。クアットロの言葉を鵜呑みにすること
には若干の抵抗を感じたが、情報が不足している以上、無視するわけにもいか
なかったのだろう。それに歯がゆい話ではあるが、ヴァルキリーの存在する理
由のてがかりになりそうなものは、クアットロの言葉しかないのだ。
「願いを適える石。ルシエさんの報告によれば正式名はイデアシード、96管
理外世界に置かれていたそうですね」
「ええ、そのはずです。そしてそこにセリム、本人かどうかはわからないです
けど、とにかくその人が現れて」
「奪われた、っと。そして続くのが管理局襲撃。その事件では、幾つかの奇妙
な事例が観測されていたそうね。存在しないはずの艦船、ヴァルキリー。イデ
アシードより生み出されし傀儡兵。それだけを聞くとイデアシードという石、
本当に願いを適える力を持っていると言えなくもないわね。ただ気になるのは
クアットロの『作られていた可能性があった』という言葉。作られていた可能
性。……ユーノさん。ヴァルキリーが作られなかった理由は確か、製造にかか
る費用が莫大過ぎたから、だったかしら」
「はい。当時はミッド地上の軍備増強が騒がれ、ガジェット事件が多発してい
ましたから、そんな実験的な船に予算を回す余裕はなかったと聞いています」
「なるほど、予算さえあれば作ることが出来たと。あら、でも建造ドッグには
未完成の船が残されたままなのだから……」
リーゼがうーんと考え込んでいると、台座に置かれた白いデバイス(パニッ
シャー)が短い発光を繰り返していく。
「通信? 誰からかしら」
言いながら台座から外し、リーゼはパニッシャーを杖の形体に変化させる。
杖のつけ根のボタンに数箇所触れて、リーゼは通信回線を開いていく。
『失礼、こちらは
XV級艦船クラウディア艦長、クロノ・ハラオウンです。リーゼ一佐、いま、お時間よろしいでしょうか』
通信を送ってきたのは若干二十四歳という若さで時空管理局第三艦隊の提督
を務める魔導師、クロノ・ハラオウンであった。次元震跡地の修復に向かった
後、幾つかの次元の視察を行なっていたが、今回緊急に首脳会議が行なわれる
ことが決まり、急ぎ本局を目指している。確か、そんな風だったとリーゼは記
憶している。
「ええ、構いませんよ。ただ、」
ちらり、とリーゼはユーノの方へと目を傾ける。パソコンが壁になっている
といえ、完全に声を遮断することは出来ないだろう。ユーノに聞かれても構わ
ないか? リーゼはそう言いたいのだろう。
『ユーノか。ちょうどいい、彼にも近々相談しようと思っていたところだ』
クロノの言葉に頷くと、リーゼは隣に来るようユーノに言って、クロノに話
をするよう促していく。
『はい、そちらもお忙しいようなので手短に話しますね』
そう言って、クロノは本題に取り掛かる。
『リーゼさん、ユーノ。二人とも、時の庭園消失事件についてご存知ですか』
「消失事件? ええ、ええ。報告は受けているわ。次元震に巻き込まれた建造
物が消えた、だったかしら。ただあのあと妙な事件が続いていたせいで、その
後の経過については聞いていないのだけど、その後何か動きが?」
『いえ、庭園の所在は未だつかめていません。ですが、庭園を移動させた犯人
の目星がついたので、ご相談させてもらおうと』
「犯人の目星?」
『はい。管理局本局のほうで最近何かと話題に上がっている人物、セリム。お
そらくその男に間違いないでしょう』
「ふむ、何か根拠があるのですか?」
『はい。この出来事について、ずっと気になっていたことが一つありました。
それは悪意あるものが庭園の残骸を回収していたとして、回収を行なうメリッ
トは何か? ということです。庭園跡地の次元修復が行なわれることはずっと
前から決まっていたのですから、管理局の手が回ることは犯人側にもわかって
いたはずです。にも関わらず残骸の回収は行なわれた。おそらく足がつく危険
を犯してでも、回収を行う必要があったからでしょう』
「回収を行う必要があった?」
『ええ。あまり知られていないことですが、庭園にはプロジェクトFの遺産と
も言える機器が無数に存在していました。そしてプロジェクトに関する資料も』
「セリムの目的は、プロジェクトFという研究そのものだと」
『いえ、そうではありません』
リーゼの言葉を制すと、クロノは言葉を続けていく。
『私はセリムそのものがプロジェクトFによって生み出されたのではないか、
と睨んでいます。以前犯罪者リストを探ってみたことがあるのですが、セリム
の顔や名前、DNAと一致する人物はいませんでした。検索対象を一般人レベ
ルに引き上げてみても結果は同じ。おそらく、セリムという人物は存在しない
のでしょう』
「存在しないというと?」
『そのものずばりの意味です。セリムという男の戸籍は存在しません。少なく
とも、現代においては』
「……死者が動いていると」
クロノが何を言わんとしているのか、リーゼにも大方の予想がついてきたの
だろう。戸籍が存在しない理由として考えられる理由は二つ。最初からいない
か、もういないかのどちらかだ。
もちろん最初から戸籍登録の行なわれていない、管理局の管理どころか文明
すらまともに持たない次元出身の魔導師という可能性も、ないとは言い切れな
いだろう。だが時の庭園やシンシア、セリムという人間を取り巻く周囲の状況
を探ってみるとプロジェクトF、死者を蘇らせる研究と何らかの関係があると
疑わずにはいられなくて……。
「なるほど。そこで僕の出番ってわけか」
一般レベルで戸籍を調べようとしても、どうしても閲覧可能な資料には限界
が出てきてしまう。しかし無限書庫、次元世界全ての知識が集約されたその場
所ならば話は別。無限書庫には古代ベルカより遥か昔、古の時代からの歴史が
記載されており、そこには数百年前に死亡した一市民のことすら、事細かな情
報が記されている。
そして、ユーノ・スクライアは無限書庫の管理を行なっている魔導師で。
「まあ、探してはみるよ。首脳会議までには間に合わせるつもりだから」
『ああ、頼むよユーノ。それではリーゼさん、私はこれで。詳しい話は会議の
あとにでも聞かせてください』
「ええ、道中気をつけてくださいね。最近は、何かと物騒な出来事が続いてい
るようですから」
『了解、注意します』
敬礼の姿を最後に、クロノからの通信はぷつりと途切れる。
時空管理局首脳会議まで、あと……二日。
あとがき
新年あけましておめでとうございます。飛鳥です。
早速ですが感想を送ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
メンタル面が非常に弱い小動物なので、感想を頂くたび、心から嬉しく感じ
ております。今年も昨年同様、なのは一色な一年になりそうですが、頑張って
完結まで書こうと思っています。
さて、本編のほうではキャロ編がいったん終了。次回からは管理局首脳会議
という大きなイベントに差し掛かります。首脳会議のためスバルやキャロは話
に絡んできませんが、はやてやシグナム、その他
Sランク魔導師たちなど、今まであまりスポットライトの当たっていなかった人たちが話の中心になってく
ると思います。
(会議編は話のメインがオリジナルキャラになってくるので、なのはキャラを
期待している人にとっては、あまり面白くない話になるかもしれません)
ちなみに今回エリオが使用していた魔法ですが……はい、元ネタはそのもの
ずばりヴァル・●ァロです。ガンダムもパロディも大好きなので、雷ということでついネタとして出してしまいました
wそれでは、今回はこの辺で。今年もよろしくお願いします。