魔法少女リリカルなのは
Last‐remote
Stage.13 不屈の想い
【ミッドチルダ地上・首都クラナガン。B−2区域。ミッドチルダの中でも特
に人々の往来が盛んな地域で、巨大な高層ビルが立ち並ぶ大オフィス街として
知られている】
『もう少し詳細なデータも表示できますが、どうしますか? ルーテシア』
「ううん、これで十分。管理局から新しい情報が送られてきたら、また教えて」
『了解しました』
クラナガンの情報を映像モニターに映し出していた真紅の宝玉、レイジング
ハート・エクセリオンは映像を消すと二、三度発光を繰り返した後、深い亀裂
の入った本体を休めるように光を抑えていく。
レイジングハートはそのまま、ルーテシアと呼ばれた少女の掌の上をころん
と転がっていった。
ルーテシア・アルピーノ。前年に発生したJS事件の際、スカリエティ、ナ
ンバーズたちと並び事件の主犯格の一人とされていた少女で、更生プログラム
を受けた後は第34無人世界マークランにおいて母親メガーヌ・アルピーノと
共に、監査対象になりながら仲良く暮らしていたはずなのだが……。
「それにしてもひどい話。お見舞いがてら様子を見に来ようと思ったら、入院
初日に当の本人が行方不明になるなんて」
『申し訳ありませんルーテシア。まさかこのような状況になろうとは』
「……別に、レイジングハートが謝るようなことじゃない。それにアスクレピ
オスやガリューは無口だから、話し相手がいてくれるのは少し嬉しい」
そんな風に話すルーテシアの口調は少し片言。大好きだった母親と一緒に暮
らせるようになって、年相応のあどけなさを見せるようにはなったものの、長
いあいだ染み付いた習慣や喋り方というのはなかなか変わらないのだろう。
ルーテシア自身が言っている通り、彼女は元々、負傷したキャロのお見舞い
のために管理局本局へやってきていた。正確にはルーテシアの監査を行ってい
たSランク魔導師、クラウム・E・リーゼが緊急招集を受けたためそれに乗っ
かる形でやってきたのだが、ルーテシアの目的がお見舞いであることに変わり
はない。
特殊鎮圧部隊に選ばれたリーゼは本局に到着したとたん、とんぼ返りのよう
に本局を離れることになったのだが、ルーテシアの目的はあくまでもキャロの
お見舞い。
当然管理局本局に残るとルーテシアは言って、リーゼはルーテシアの申し出
を承諾したというわけだ。監査対象と監査者が離れるなど本来認められる行為
ではないのだが、リーゼが監視を受け持ってからのルーテシアは特に問題も起
こさず大人しかったため、少しのあいだなら問題ないと判断されたのだろう。
キャロが移送されてくるまでの数日間、ルーテシアはミッドチルダ地上でホ
テルを取っていたのだが、管理局本局に移送されてきたその日のうちに、キャ
ロは病棟から姿をくらましてしまって……。
「それにしてもレイジングハートのほうこそ大丈夫? 高町なのはって人を庇
って、機能停止寸前まで陥ったって聞いたけど」
『問題ありません。マリエル・アテンダがフレームの修復は行ってくれました。
魔力を必要とする行動はまだ取れませんが、情報端末としての機能は回復して
います』
マリエル・アテンダがスバルたちに連絡を入れた際に言っていた、ミッド地
上に向かわせた魔導師というのはルーテシアのことだ。いくら人手不足といえ、
監視対象を単独で行動させるという行為に異議を唱える声もあったが、ルーテ
シアとキャロの仲は深く、結局はキャロのことが心配というルーテシアの気持
ちを、管理局側が汲み取った形になっている。
「……それにしてもキャロが、あの大人しい子がこんなことをやるなんて」
『むしろ大人しかったからこそ、かもしれません。自分をあまり表に出そうと
せず、不満や不安があろうと、すべて抱え込もうとしてしまう。キャロには少
し、そうゆうところがありましたから』
「馬鹿みたい。自分ひとりで全部抱え込んだって苦しいだけなのに、潰れちゃ
うだけなのに」
『あなたがそうでしたからね。ルーテシア』
「……否定はしないけど、そういう言い方は好きじゃない」
JS事件当時のことを、感情に飲み込まれ召喚獣たちを暴走させてしまった
ことを思い出したのだろう。ルーテシアは複雑そうな表情を浮かべていた。
「エリオやフェイトさんを失って辛いのはわかるけど、相談ぐらい――」
ばちんっ
ルーテシアが考えを巡らそうとしたその刹那、上空で、まばゆいほどの光が
放たれる。
「こんな時間に花火?」
言葉を口にして、ルーテシアはすぐに自分の考えを否定する。
上空に浮かんでいるのは、巨大な銀龍。
「あれ……フリードリヒ?」
確証はないが、仮にあれがフリードリヒとするなら、上空にいるのはキャロ
ということになる。続けて、閃光。
魔力光らしき光が何度も何度も繰り返し煌いて、真夜中の空に爆炎と轟音が
鳴り響いていく。
上空で繰り広げられているものが、魔導師同士の戦闘であることは明白。
片方はおそらくキャロなのだろうが、そうなると戦っている相手は?
「まあ、近づけばわかるかな。地雷王、飛んで」
三、四メートルほどの大きさを誇る、角を持たない巨大甲殻虫、地雷王。
ルーテシアは契約を結んだ使役虫を呼び出すと、上空を目指し飛び上がって
いく。
ミッドチルダ地上、首都クラナガン。上空六十メートル。
「まったく、勝手にこんなところに来たうえにバルディッシュまで持ち出すな
んて」
「むう……だってだって、父様の怪我を早く治したかったんだもん。ミッドチ
ルダは凄く発展してるところだから、父様の怪我に効く薬もきっと見つかるっ
て、エリオそう言ってたじゃん!」
「だからその薬は、もう少し後に僕が探してくるって言っただろ。何もシンシ
アが行く必要なんてなかったんだ。それなのにこんな派手なことをして」
シンシアを、幼い頃のフェイトそっくりの少女を助けたのは、キャロが求め
てやまなかった少年。
「な、なんでエリオ君が……だってクルーゼで行方不明になって、それで」
居るはずがない人物。ありえるはずのない光景。
不可思議な出来事を前に呆然とすることしか出来なかったキャロに向け、エ
リオは蒼銀のデバイスの矛先を傾けていた。シンシアを後ろに控えさせ、彼女
を庇うような姿勢をとり続けている。
キャロが空を飛ぶための翼。そんな役割を持つフリードも、突然現れたエリ
オを前に目を丸くさせていた。
「あの派手な爆発から見て、管理局の魔導師と一悶着してるんだろうと思って
たけど、その相手がまさかキャロだったなんて。運命……いや、むしろ皮肉か
な。こんな場所で、こんな状況で再会するなんて」
何を、何を言っているんだろうと、そう思った。
シンシアを庇い、キャロに向けデバイスを構える。それでは、それではまる
でシンシアを迎えに、助けに来たようではないか。
「エリオ君、ど――」
「ストップ」
話しかけようとしていたキャロを制すると、エリオは静かに言葉を口にする。
「聞きたいことは山ほどあるんだろうけど、悪いけど質問に答えるつもりも、
答える暇もない。でも誤解されると嫌だから、一つだけ言っておく。僕は操ら
れてもいなければ、騙されているわけでもない」
蒼銀を振り上げると、
「僕は自分自身の意思でここにいる!」
エリオは一直線に刃を振り下ろす。
じ……ばちっ!
光が瞬いて、周囲に雷撃が広がっていく。
サンダーレイジ。
広範囲に雷撃のフィールドを発生させる、小規模範囲攻撃。師、フェイトの
技を自分流にアレンジしたもので、少なくとも味方に、仲間に向けて使うよう
な魔法ではない。
「きゅるっっ」
翼を傾かせ急転直下。フリードは飛び交う雷撃をかわしていく。
ただ急な旋回はかなりの
Gを巻き起こしてしまったようで、キャロは振り落とされないよう、フリードの背中にしがみつくことに必死になっていた。
「エ、エリオ君。待って、待ってよ。どうしてこんな……」
「言っただろ。話すつもりはないって。管理局の地上部隊が出てくるとやっか
いだからね。魔導師が集まってくる前に離脱させてもらう。悪いけどキャロ、
もう少しのあいだ、全部が終わるまでのあいだ、病院で横になっててもらうよ。
出来れば僕は、君と戦いたくはない」
蒼銀の槍の矛先に、空間が湾曲するほど高密度の魔力が集められていく。
「フ、フリード。後ろに引いてっ」
キャロがフリードに指示を出すよりも先、エリオはキャロの姿を正面に捉え
ていた。
「貫け、ストラーダ・ラフィカ!!」
紫電一閃。
疾風(ラフィカ)の名前を冠する蒼銀の槍が、一直線にキャロに向けて伸び
て――
ギィィィン!
鋼のように無骨な皮膚を持つ黒い獣、ガリューが、蒼銀の一撃を受け止める。
「……なにこれ、どうゆう状況?」
召喚獣ガリューと共に現れたのは巨大な甲殻虫。その背中には長い髪を携え
た少女ルーテシアが乗っており、きょろきょろと周囲を見回し、不思議そうに
首を傾けていた。
「ルーちゃん!」
「ルーテシア!?」
「誰?」
キャロとエリオとシンシア。その場にいたそれぞれが三者三様のリアクショ
ンを見せるなか、ルーテシアはシンシアの姿を認め、
「……あの子フェイトさんに似てる。隠し子がいたんだ」
「んな、誰が隠し子だーーーー!」
「隠してない? みんな知ってたってこと? でも私は知らされてなかったん
だけど……そっか、除け者にされてたのか。ひどい……」
「ちっがーーーーーう! 私はーーー」
「ル、ルーちゃん。あの子は」
「ふふ、冗談。何が何だかわかんないけど、フェイトさんの子供じゃないって
ことぐらいはわかってる。年齢の計算が合わないから」
「……あ、うん。って、そうじゃなくて」
「意外だねルーテシア。まさか君が来てるなんて」
槍の一撃をガリューに受け止められたエリオは、一歩後ろに引いて体制を整えなおしていた。
「わたしも意外。エリオは行方不明になっているって聞いてたから」
夜闇の中を風が吹き抜けていって、ルーテシアの長い髪がふわりと揺れる。
「あなた誰? エリオの双子の弟?」
「いや。残念だけど、エリオ・モンディアル本人だよ」
「そっか。裏切ったんだ。まあそれはいいけど、エリオはたしか陸戦魔導師だ
ったよね。なんで飛んでるの?」
ストラーダにしがみついての擬似的な飛行とは違う。デバイスの力を用いず、
自らの力で縦横無尽に空を駆け回る。エリオは航空魔導師のように、平然と空
中に飛び上がっていた。
「ま、色々あってね。最近、飛べるようになったんだ」
「ふぅん。まあいいや。そこのフェイトさんに似てる子に、市街地での魔法の
無断使用及び公務執行妨害の疑いが掛けられてるの。そうゆうわけで、ちょっ
と同行をお願いしたいのだけど」
「えーー、なにそれ。よくわかんないけどいやぁっわぷっ」
「嫌だと言ったら?」
シンシアの口を手で押さえ、エリオはじっとルーテシアのことを睨みつける。
「もちろん腕ずくで」
ギィンッ
蒼銀のデバイスとガリューの拳とが再びぶつかり合い、激しく火花が散って
いく。
ガッ! ギィィィン!!
刃と拳とのぶつかり合い。ガリューの皮膚の硬度は鋼に迫ると言われていた
が、ストラーダの刃を受け続けているところを見るとなるほど、たしかにその
言葉通りだったのだろう。一見してみればガリューとエリオの実力は均等して
いる様に見えた。だが力が互角ならば、
「アスクレピオス。シュートバレット」
数で勝るルーテシア側が押し切るのは容易い。
両腕に装着したグローブから紫色の光が放たれて、中空を魔法の弾丸が駆け
抜けていく。
「……!」
眼前に弾が迫るとエリオは身を翻す。ルーテシアに視線を傾け、
「
Sonic Move」電光石火。
圧倒的なまでの速度を誇るエリオに、ルーテシアは接近を許してしまってい
た。
「ルーちゃん!」
エリオの行動に気づいたキャロがルーテシアを守るため、彼女の前方に障壁
を張ろうとして、
「エリオの邪魔はさせないー!」
突然に撃ちだされた雷撃の砲撃‐
Plasma Smasherが、キャロとフリードの二人を飲み込まん勢いで伸びていく。
「キャロッ!」
ルーテシアが叫ぶ。キャロが心配ではあるものの、目前に迫った蒼銀の刃を
蔑ろに出来るほど、状況に余裕があるわけでもないのだろう。
『ルーテシア、前を!』
レイジングハートの声に反応し前を見据えたその瞬間、
蒼銀の槍は、もうすぐそこまで迫ってきていた。
「刺される!? まずい、ガリュ――!」
言いかけて、ガリューが遠くにいることに気づく。
「ひ、引き離されて……」
貫かれるのを覚悟して、ルーテシアはぎゅっと両目を閉じる。攻撃を覚悟し
て一秒、二秒。
「……?」
不思議に思い恐る恐る目を開けてみると、
地雷王の口から放たれた糸が、槍を握るエリオの腕に巻きついていた。
糸に気を取られていた隙にガリューがエリオに追いついて、強引に後ろへ投
げ飛ばす。
と、エリオと入れ替わり、真っ白な帽子を被った少女と銀竜がルーテシアの
元へと飛んでくる。
「ルーちゃん!」
「キャロ、動けそう? ならエリオを追撃して。わたしは平気」
「で、でも……」
「いいって言ってる。ケリュケイオン、行くよ!」
両手にはめ込まれた紫の宝石がきらりと輝いて、
『
Shooting Rei』翼を生やした魔力スフィアを二つ自分の周囲に生み出して、ルーテシアは魔
力球を撃ちだしていく。
彼女が狙うは、
「にゃひっ!? わ、わたし!!」
キャロに向けて大規模砲撃を放った直後で、軽く緊張が緩んでいたのだろう。
シンシアは光が発射されるその瞬間まで、完全に油断しきっていた。
「……させない!」
『
Round Shield』閃光がシンシアの身体を包みこもうとした刹那、圧倒的なまでの強固さを誇
る魔力の盾を用い、エリオは魔力弾を防ぎきる。
「シンシア、大規模砲撃はしないほうがいい。キャロもルーテシアも砲撃魔法
が主体のタイプじゃないし、フリードの火球は威力が高い。足を止めて、むざ
むざ的になってやる必要なんてないよ」
「了解。気をつけるよー」
分かっているのか分かっていないのか、能天気な様子でシンシアが返事を返
す。エリオが自分たちの戦闘スタイルを知っているせいで若干のやり辛さを感
じはするものの、それ以上の問題、それ以前の問題があることに気づき、ルー
テシアはさてどうしようか、と頭を抱えずにはいられなかった。
「けふっ、げっ」
「フリードッ!」
キャロを背に乗せていたフリードが苦しそうにうめき声を上げる。傷ついた
身体での能力開放、飛翔。それらの行いは、フリードに多大なまでの負担をか
けてしまっていたのだろう。
「フリードリヒもきつそうだけど、一番の問題は乗り手のほう」
「えっ、な、なに? ルーちゃん」
「なんでもない。それより、さっきから動きがぎこちなく見えるんだけど」
「ん……それは」
うまく返事を返すことが出来ず、キャロは曖昧に言葉を濁すだけ。
ルーテシアは、小さなため息をついていた。
「キャロ、戦えないって思ってるなら今すぐここから消えて」
正直な話し、向こうの動きを捉えるだけでもやっとなのだ。エリオの動きを
ガリューは追いきれておらず、一瞬でも守りに回れば、そのままの勢いで押し
切られてしまう危険すらある。
それにルーテシア自身、役立たずを庇いながら戦うなんてこと、したくはな
いのだろう。
「で、でもエリオ君が……」
「キャロ、もう一回言う。『エリオ君』は私たちを害そうとする敵。そう認識す
ることが出来ないなら、今すぐにここから消えて。足手まといなんていらない」
「あ、うっ……」
ルーテシアの強い物言いに、キャロは若干怯んだような声を上げる。
戦闘の最中とは思えぬほど無防備なキャロの姿を目にし、
『
Photon Lancer』「余所見は駄目だよ。キャロお姉ちゃん!」
黒のマントを携えた少女、シンシアが急速接近。隙だらけのキャロに向け、
雷撃の槍を撃ちだしていく。
キャロは慌てて障壁を張ろうとして、
ずるっ
雷撃の槍に気を取られた瞬間、足が滑る。
「えっ……」
銀の翼から足を踏み外して、キャロはそのまま、深淵の色をしたコンクリー
トの海へとまっ逆さま。
「「キャロッ!」」
交戦を続けていた二人の魔導師たちが事態に気づき、
「地雷王!」
「ソニックムーブ!」
二人の魔導師、巨大な甲殻虫に乗ったルーテシアとエリオとがキャロを拾お
うと急降下していく。
「間に合わない……まずい」
『ルーテシア、私が行きます』
誰かに名前を呼ばれたものの、キャロを助けることで頭がいっぱいになって
いたルーテシアには、それが誰の声か確認する余裕は残っていなかった。
銀竜フリードリヒから足を踏み外し、キャロ・ル・ルシエは夜闇のなかに投
げ出されてしまっていた。
下から吹き上げてくる風が全身をくまなく打ち付けてきて、世界が目まぐる
しい速度で姿を変えていく。
やがて、遠くのほうにあった地面がだんだんと近づいてき始める。
あ、私死ぬんだ。
直感的に、キャロはそれを理解してしまっていた。なぜ、と聞かれてもわか
らない。ただただ、自分が死を迎えるであろうことが分かってしまったのだ。
いや、分かっていたよりも受け入れた、のほうが正しいかもしれない。
走馬灯って、やっぱり長いのかな。
自分の生きた一生を振り返ると聞いたことがあるけど、十年とちょっと生き
たぐらいじゃ最初から最後まで全部見てみても、あっさり終わっちゃうかも。
地面に着く前に全部終わっちゃったら嫌だな。走馬灯が夢を見てるような状態
なら、夢を見たまま、そのまま亡くなっちゃえばいいのに。
そんなことをキャロが考えているうち、小さかった地面が大きなものに変
わっていく。まばゆいほどの光が、目の前に押し寄せてくる。
そのとき、声が聞こえた。
『キャロ。あなたはここで終わるのですか? 何もしないまま、何も知らない
まま』
「だれ……? 誰だか知らないけど、仕方ないでしょ。私にはもう、何もない
んだから」
てっきり走馬灯を見るものとばかり思っていたから、いきなり変なことを聞
かれたりして、ちょっとむっとしてしまう。もうこのまま眠らしてほしいのに。
『何もない?』
「そうだよ。フェイトさんもなのはさんも、みんなみんないなくなっちゃった」
心の支えにしていた人たちはみんな消えてしまって、大切な仲間、いや、大
好きだった人たちに裏切られて、
『ルーテシア・アルピーノ。あの子は、あなたを心配してきてくれたように思
えますが』
「……心配してほしいって私が頼んだわけじゃないよ。それにきっとルーちゃ
んも、私の前からいなくなる。私の心を裏切って、私の前からいなくなる。だ
から、もういいんだよ」
『裏切る?』
「そうだよ。だってあんなに好きだった、あんなに尊敬してたフェイトさんだ
って、私のことを裏切ったんだよ。ずっと一緒だったのに、ずっとそばにいた
のに、エリオ君も私のことを裏切って……それなのに、ルーちゃんだけは大丈
夫なんてどうして言えるのさ!」
敬愛していた師、フェイトはエリオの心を奪った。フェイトのことを慕って
いたキャロにとって、それは自分に対する裏切りのように思えたのだろう。実
際フェイトがエリオのことを恋愛の対象としてみたことなど一度もないのだが、
キャロからしてみれば、エリオがフェイトに対しそんな感情を抱いていたとい
うだけでも、十分すぎるほどの裏切りといえた。
フェイトの精神的な裏切りに加え、エリオの直接的な裏切り。
もっとも近くにいた相手すら、平然と裏切りという行為を行なうものなのだ。
ルーテシアがキャロを裏切らない保障も、キャロの前から姿をくらましてしま
わない保障も、どこにもありはしない。
嘘偽りのないキャロの気持ちをぶつけられ、謎の声は言葉を続けていく。
『そうですね。このまま戦いを続ければガリューはエリオに敗れます。ルーテ
シア・アルピーノと召喚獣ガリューは、キャロ・ル・ルシエに殺されるのです。
あなたの裏切りによって、ルーテシアは殺されるのです』
「……私がルーちゃんを殺す? ルーちゃんを裏切る?」
『ええ。役立たずの召喚士に裏切られ殺されるのです。ルーテシアはあなたを
助けにきました。ですがあなた本人は助けを受けるつもりも、危機を脱しよう
という気持ちもない。結果的にルーテシアはあなたに裏切られ、生きることを
諦めたあなたは命を落とす。それだけでは飽き足らず、大切な友達すら見殺し
にするのです』
「……違う!」
『いいえ違いません。あなたはエリオを恐れるあまり現実から目をそらし、独
りよがりな行動によって、ルーテシアやフリードたちをも巻き込み命を落とす
のです』
「違う違う違う!!」
『全てを自分の内側だけで解決しようとして、泥沼にはまっていく。人の気持
ちを聞くのが、人の気持ちを確かめるのが怖いから。自分の気持ちを心のなか
に押し込み、他人に裏切られたと逆恨みし、やがて本当の意味で他人を裏切る。
それがあなたです』
「…………」
『キャロ、あなたがフェイトのもとで訓練を続けていたのは何のためですか?
ストライカーという称号を得たのは、職員カードに称号を刻むためですか?」
「……違います。機動六課に志願したきっかけは、フェイトさんの力になりた
いと思ったからです。部族から追放されて、空っぽになっていた私を救ってく
れたフェイトさんに、何か恩返しがしたかったから。でも六課での暮らしを続
けて、気づいたんです。ああ、私は居場所が欲しかったんだ。自分が自分でい
られる。そんな居場所が欲しかった、守りたかったんだなって。六課が解散し
て、私は外世界開拓部隊という道を選びました。その道にはエリオ君がいたか
ら。エリオ君の隣にいたい。そこを私の居場所にしたいって、そう思ったから」
『エリオの隣にいたい。それなら今すぐにすべてを投げ捨てエリオの下に走れ
ば、それが一番手早く簡単な方法だと思いますが?』
問われて、キャロはそれを否定する。
「私がいたいのは時空管理局魔導師、エリオ・モンディアルの隣です。いまエ
リオ君のところに走っても、そこは私がいたかった場所じゃありません」
『なるほど。ですがエリオの決意は固そうです。どうゆう事情であのシンシア
という娘と一緒にいるかはわかりかねますが、一言二言の説得に応じるとは思
えませんよ?』
「困難な道だってことはわかってます。でも大変だからとか難しいからとか、
そんな理由で諦めることも、泣き寝入りすることも、もうしたくないんです。
だから、」
手を伸ばす。手のひらのなかに、丸くて小さい何かが寄り添ってくる。
掌を閉じると、指先から赤い光がほとばしっていく。
風は空に、
星は天に、
「だからお願い、」
輝く光はこの腕に。
不屈の思いは、
「力を貸して! レイジングハート!!」
この胸に。
あとがき
ロボットもので一番わくわくするシーンといえば、やはり主要キャラの乗り
換えイベントだと思います。乗り換え時にはそれ相応の盛り上がりを……。
というわけで、現在続いているキャロ編のテーマは一つ。
ずばり、水樹奈々さんの挿入歌が入りそうなシーンを描く、ですw