魔法少女リリカルなのは
Last‐remote
Stage.12 再会
「ティア、執務官試験受かったんだね。おめでとう」
目の前にいる親友の名をスバルは口にする。法の番人、執務官の象徴でもあ
る黒の法衣に袖を通したティアナは、スバルが知っている彼女よりもどこか大
人びて見えた。機動六課にいたときのような、強くなろうと背伸びし続けてい
た子どもっぽい面影はほとんど残っていない。冷静さと非情さを兼ね備えた、
一人前の、一流の魔導師。スバルには、今のティアナの姿がそう見えてならな
かった。
「ええ。試験そのものは襲撃事件のせいで中止になっちゃったけど、あの時の
私の判断は適切なものだったって、ヒルツ執務官が高く評価してくれて、おか
げさまで無事合格することが出来たわ。試験前は、あんたにも色々世話になっ
たわね」
丸椅子に腰掛けて、ティアナは紅茶をゆっくりと口に運ぶ。
スバルをここに連れてきた魔導師、リーンは仕事がまだ残っているからと早
急に立ち去ってしまい、部屋のなかにいるのはスバルとティアナの二人だけに
なっていた。
「わ、私は別になにも。合格できたのは、ティアナが頑張ったからだよ。よか
ったね。ティアナのお兄さんも、きっと喜んでくれてると思うよ」
当たり障りのない会話。一番仲の良い友達が最難関の試験に合格したのだか
ら、それを褒めるのは当たり前のことだとは思う。だけど今の状況においては、
その会話には妙な違和感を覚えずにはいられなかった。
スバルとなのはの間に出来た摩擦はいまだ消えておらず、当のなのは本人は
襲撃事件によって、フェイトとともに重傷を負っているというのに、話してい
るのはティアナの執務官試験合格に関することばかり。
「スバル、そろそろいいんじゃないかしら」
「いいって、なにが?」
「必死に他の話題を口にして、問題を先延ばしにするのはもういいんじゃない
かって言ってんの。あんたが本当に話したいのは、私が試験に合格したことな
んかじゃないでしょ」
「それは……」
ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマ。二人の付き合いは陸士訓練学校
時代から続いており、機動六課に所属していた時期には寝泊りをともにするほ
どの仲であった。だからだろう。ティアナには、不思議とスバルの考えている
ことが理解できてしまっていた。
「ねえスバル。覚えてる? 機動六課にいたころ私が無茶をして、なのはさん
に撃たれたときのこと」
それは一年前の出来事。
スバルやキャロ、エリオに比べ、自分が遥かに劣っていると感じていたティ
アナは強くなろうと必死になり、朝早くから夜遅くまで、がむしゃらに自主練
に明け暮れ続けていた。
身体へ負担をかけすぎていると判断したなのはは、ティアナの目を覚まさせ
るため、模擬戦の際、スバルの目の前でティアナを撃ちぬいた。
「自分自身が無茶して大怪我を負ってしまったから、同じことをやろうとして
いる私を、実力行使に出てでも止めたかった。筋は通っているし、気持ちもわ
かる。でも正直、私はなのはさんが全面的に正しかったとは思ってないの」
「えっ?」
それはスバルにとって意外な答えだった。なのはの考え、行動に共感を示し
続けていたティアナ。そんな彼女が、なのはの行いに意義を唱えたのだ。
「自分が無茶をしすぎて倒れたから、私も同じように倒れる。なのはさんの言
っていたことは、まるでそれを前提にしているようだった。それがちょっとお
かしいかなって。私なら大丈夫って、そんな子供みたいな事を言うつもりはな
いけど、なのはさんのあれは、考えの押し付けだったんじゃないかなって……」
「で、でもなのはさん自身倒れたことがあるんだから、ティアがそうなるって
思うのは当然なんじゃ……あ、必ずそうって決まったわけじゃないか。いや、
でも……」
「かもね。なのはさんの言ってたことだから、私自身は納得できてないんだけ
ど、やっぱり正しいことだったんだと思う」
「そ、そうだよ。なのはさんは優しいし、強いし、エースオブエースって呼ば
れるほどの英雄だし」
これ見よがしに、スバルはなのはのことを持ち上げていく。そんな様子を見、
スバルに視線を向けていたティアナの瞳が、冷め切ったものに変わっていく。
「本当にそう思ってるの?」
「あ、当たり前だよ」
「なら、なんでキャロが怪我をしたとき、なのはさんのことで私に相談しにき
たりしたの? なのはさんのことが正しいと思ってるなら、そんなこと言う必
要ないじゃない」
「そ、それはそうだけど……でもなのはさんが」
「なのはさんが、なのはさんが、なのはさんが。あんたいつもそれよね。なの
はさんが白だって言えば、カラスも白くなんの?」
「そ、そんなことないけど。でも、なのはさんはティアナのことを一番に考え
てくれてたんだから」
「ねぇ、あんたは誰?」
ティアナは、冷ややかな眼でスバルのことを見つめていた。
「誰って、散々今まで話してきてひどいよティア。スバル。ティアの親友のス
バル・ナカジマだよ。いきなりどうしちゃったのさ」
「そ、あんたはスバル・ナカジマ。あんたの憧れのなのはさんと違って、凡才
で取り立てて高い魔力を持っているわけでもない、ただの一管理局魔導師。も
う一回言うわよ。あんたはスバル・ナカジマ。高町なのはじゃない」
スバルの瞳をじっと見つめ、ティアナは言葉を続けていく。
「あんたがなのはさんに憧れるのは勝手だけど、どこまで行っても、どれだけ
頑張ろうと、あんたが高町なのは本人になれるわけじゃない。なのはさんの考
えに疑問を持つのは当然。意見が食い違うのは当たり前のこと。あんたはそん
な当たり前のことを受け入れられず、あまつさえなのはさんと向き合うことも
せず逃げ出した。そして私に助けを求めた。スバル、悲劇のヒロインぶるのも
いい加減にしなさい。あんたはなのはさんの考えが間違ってると思った。そし
て確固とした自分の考え、信念を持っていた。なら、なんでそれをなのはさん
にはっきりと伝えようとしなかったの? 泣き寝入りしたから、問題を先延ば
しにしていたから、だから今があるの。だから今という時間に繋がってしまっ
たの。大切な人を失って尚、同じことを繰り返すつもり?」
「そ……」
言葉を返そうとして、スバルは再び口ごもる。また問題を先延ばしにしよう
としている。それがティアナの苛立ちを誘い、
「繰り返すのかって聞いてんだよ!! 答えろスバルナカジマァァァ!!!」
言葉を閉ざすという逃げ道に逃げ込もうとしたスバルを、ティアナは真正面
から怒鳴り飛ばす。
「いいか、あんたは自分の信念を持っていた。なのはさんも自分の信念を持っ
ていた。どちらが正しいわけでも、どちらが間違っているわけでもない。それ
でも選ばないといけないんだよ。逃げるな、立ち向かえ! 自分が正しいと思
っているなら一歩も引くな! ぶっとばされてもぶっ放されても、一度ぐらい
自分を貫いてみせろよ!!」
高町なのはに、ティアナ・ランスターは撃たれた。
当時のことを客観的に振り返ってみると、なぜあのころの自分はあそこまで
必死だったのだろうと不思議に思うことが少しある。
だけど当時の行いを、なのはにたてついた行為が間違いだったとは思ってい
ない。当時の自分なりに考えに考えを重ね、その末に起こした行動なのだ。結
果はともかく、感情を押し留め、なあなあに日々を過ごしていたわけではない。
いまは、そのことを誇ることが出来る。
「スバル、あんたはもう答えを見つけているはずだ!! 一度ぐらい自分を見
せろよ、漢を見せろよ!!」
スバル・ナカジマのことを信じる少女の、心からの叫び。
空気をびりびりと震わせていく、部屋の外まで響きかねないほどの絶叫は、
ピピピピピピッ
突然デバイスから鳴り始めた電子音にかき消されてしまう。
「ティアナさん、スバルさん。緊急事態です!!」
連絡を送ってきた相手は、マリエル・アテンデ。管理局技術部に所属する技
術官で、スバルたちが機動六課に所属していた際、デバイス整備を担当してい
た人物だ。スバルを含む戦闘機人たちの定期健診を担当していたが、最近はば
たばたしていたこともあり、声を聞くことさえ久しぶりであった。
声の様子から察するに、よほど大変なことが起きているのだろう。
「緊急? こっちだって今大事な話の途中だっての。何なのよ急に」
「そ、それが……キャロちゃんが病室から抜け出して」
「キャロ、こっちに帰ってきてたの!! 病室から抜け出したってどこにっ」
突然、スバルが声を張り上げる。
「そ、それがわからないんです。昨日艦船で連れてこられて、今日のお昼過ぎ、
主治医の方が健診に行ったらもう……」
「それじゃ、いなくなったのはお昼前ってことですよね。わかりました。それ
じゃ私はミッド地上に、ティアナには周辺次元に向かってもらいます」
「ちょっ、ちょっとスバル。話はまだ終わって……」
「話なんて後々、今はキャロを探さないと。あの子、まだ怪我を負ってるはず
だから」
また逃げたな。
やたらにやる気を見せるスバルの姿に、ティアナはそんなことを感じずには
いられなかった。だけど、キャロが行方不明というなら大至急探さないといけ
ないことは事実。
歯がゆいが、悔しいが、認めたくないが、いまだけは、スバルの考えに賛同
しておくべきだろう。
それでも……。
「あ、ありがとうございます。お二人とも。ただ、ミッド地上にはもう人が向
かっているので、お二人には周辺次元の捜索を」
「周辺次元の捜索ですね。わかりましたすぐに行きます」
スバル……あんた、それでいいの?
逃げ惑うだけの少女の背中を、ティアナは冷ややかに見つけ続けていた。
ミッドチルダ地上首都クラナガン。
二十メートルを超える超高層ビルが雑木林のように無数に生え揃う大オフィ
ス街であり、昼夜問わず人の行き交いが絶えない、次元世界の中心地である。
とあるジャーナリストはクラナガンのことを眠らない街と記したらしいが、
日が沈みきって尚、黒のスーツに身を包んだサラリーマンたちが通りを賑わせ
ている様を見れば、記したくなる気持ちもわかる。たしかに、その通りだとい
えた。
街中に不思議な生き物がうろうろし、真っ黒の帽子やマントを羽織った人々
で溢れかえっている。
未開拓次元の人々は魔法技術が発達した世界と聞くとそのようなイメージを
抱くものだが、比較的クリーンなエネルギーとして知られている魔法も破壊と
いう一点にのみ着目した場合、その危険性は前時代における質量兵器、科学に
よって作り出される『武器』となんら変わりはない。
そのため首都クラナガンを初めミッド地上のほとんどの都市郡では魔法の使
用が全面的に禁止されており、その結果、ミッドチルダの町並みは科学技術の
発達した世界のものとほぼ同じ作りをしている。
それでも魔法の発達した世界と聞けば、どうしても特別な景色を想像してし
まうものらしく、辺境次元に住んでいたキャロ・ル・ルシエも、初めて首都ク
ラナガンに来たときには想像との違いに大きな衝撃を受けたものだ。
最も、いまのキャロに昔の出来事を懐かしむ余裕があるかどうかはわからな
いが。
乗用車が街中を駆けていくその隣。キャロはうなだれた瞳のまま、心ここに
あらず、という感じでとぼとぼと歩道を歩き続けていた。
病室から抜け出してきたため、私服に着替える時間がなかったのだろう。キ
ャロはケリュケイオンを起動させ、白のバリアジャケットに身を包んでいる。
魔法甲冑であるバリアジャケットは、纏っているだけで微量の魔力を消費し
続けていくのだが、それさえ厭わず身に纏い続けているのは、病院服で街中を
歩き、注目を集めるよりはマシだと思っているからだろう。
あるいは、重く苦しいこの世界から身を守ろうとでもしているのか。
「ごめんね……フリード。こんなことに付き合わせちゃって」
自分の右肩に乗る銀龍を優しく撫でる。フリードの身体には痛々しく包帯が
巻かれていて、いつものような、くきゅるーという元気な声を聞かせてはくれ
なかった。
キャロはもう一度フリードの背中を撫で、瞳を伏せる。
一年以上一緒に過ごしたパートナー。そして、密かに想いを寄せていた相手
でもある少年、エリオ・モンディアル。
キャロはずっと、エリオに対して好意を向け続けていた。けれどエリオの心
はいつも一人の女性だけに向けられていて、キャロのことなどちらりとも見て
はくれなかった。
どんなに力があろうと、エリオもキャロもまだ幼い子供。自分の気持ちを相
手に向けることに精一杯で、誰かの気持ちを、相手の気持ちを察する余裕なん
てなかったのだろう。
心はすれ違い、エリオは溜め込んでいた気持ちを次元クルーゼでの戦いにお
いて爆発させた。二人がお互いの気持ちや考えていることを話しあうことが出
来ていたならば、気持ちの爆発は二人の心を近づける、よき出来事として働い
たであろう。だがエリオはセリムに敗れ消息を絶ち、重傷を負ったキャロは艦
船によって時空管理局本局へと送り返された。
力が足らず、想いは届かず、その結果エリオを失ってしまった。
その事実はキャロの心を鎖のように激しく締め付けていき、痛みに耐えかね
たキャロは心の拠り所、安らげる場所を求めようとした。
キャロが安らぐことの出来る場所。フェイト・
T・ハラオウンの腕の中。それに気づいた瞬間、キャロは強い皮肉を感じ、同時に自分のことがとても
滑稽に思えたという。
エリオが想いを寄せている相手。それがフェイトであることにキャロ自身も
気づいているのに、自分はいま、フェイトに甘えようと、傷を癒してもらおう
としている。
矛盾した想いを抱えながら本局へたどり着いたキャロを迎えたのは、なのは
とフェイトの二人が重傷を負ったという報告であった。
戦うことに対する恐怖。想い人を取られる恐怖。敬愛していた人物を憎みか
けている、矛盾した感情。想い人を失った喪失感。
そして今、敬愛していた人物を失って……。
心も身体も傷つききった彼女が選んだのは、全てを投げ出して逃げ出すとい
う道であった。
病室から抜け出し、定期船にもぐりこみ、ミッドチルダ地上へ。
エリオ、フェイト、管理局。守ってくれる人など誰もいない、キャロ・ル・
ルシエそのものを押し潰そうとする重圧。何もかもが怖くて、何もかもが信じ
られなくて、だからキャロは逃げ出した。負け犬のように。
ぐぅー。
うな垂れて、うな垂れて、どれだけ気持ちが潰れていても、それでもお腹は
減ってしまうもの。
キャロは恥ずかしげにこめかみの辺りを指でひっかくと、
「お腹すいたね。何か食べようか」
そうフリードに話しかけ、夜の闇のなかへと消えていく。
ネオンのまばゆい大都会といっても、街中全てが光に覆われているわけでは
ない。ビル群を抜け裏通りに入り十数分も歩けば、民家やスーパーマーケット
など、前時代的な建物が姿を見せ始めていく。
「ありがとうございましたー」
お弁当の入ったビニール袋を提げてお店を後にしたキャロは、そのままの足
でベンチかどこか、休める場所はないかと歩いている途中であった。
と、金色の髪をお団子の形に丸めた、幼い少女の姿が見えてくる。後ろを向
いているせいで顔はわからないが、背丈はキャロよりもかなり小さい。九歳か
十歳か、たぶんそれぐらいの年齢なのだろう。
腕時計を見てみると、時間は夜の八時を少し過ぎたあたり。夜更けというに
はまだ少し早いが、子供が歩き回るような時間でもない。
こんな場所に一人でいるということは、おそらく迷子なのだろう。
大都会というのは表通りの道はわかりやすいが、裏通りに入ると途端に道が
入り組んでしまうもの。首都クラナガンもその例に漏れず、裏道は複雑極まり
ない作りをしている。この辺りの道に詳しくないのなら、道に迷うのはある意
味必然であると言えた。
どうするか少し考えて、
「ひょっとして道に迷ったのかな?」
キャロは管理局職員としての職務を行うことにする。自分の事情がどうあれ、
目の前に立つ子には、何の関係もないと思ったからだろう。
「あ、あ、あ! この辺に住んでる人? ちょうどよかった。実は父様がひど
い怪我を負っちゃって、お薬を探してるんです!」
振り返り、少女は大慌てでキャロに向けて叫ぶ。
「え……」
少女の姿を一目見、キャロは言葉を失っていた。
吸い込まれそうなぐらい深い瞳。ふっくらとして柔らかそうな頬。金色の美
しい髪。そのどれもにキャロは見覚えがあって、
「フェイト……さん?」
思わず、大切な恩師の名前を口にしていた。少女が、信じられないぐらいフ
ェイトそっくりの顔をしていたから。
ううん、違う。正確にはフェイトの幼いころ。映像や写真でしか見たことの
ない、子供時代のフェイトにそっくりだったから。
「フェイト? ちがうよ、わたしはシンシア。シンシア・
F・ヴェンデッタ! フェイトなんて、あんなひどい人とまちがえないで!」
「ひ、ひどい人?」
事態をしっかりと飲み込むことができず、キャロはオウムのように返事を返
す。
「うん。わたしの父さまにひどいけがを負わせたちょうほんにん! きれいで
やさしい人だって思ってたのに、父さまを……わたし、ぜったいにゆるさな
い!」
「父さまにひどいことをした? ヴェンデッタ? ひょ、ひょっとしてシンシ
アちゃんのお父さんって」
「うん? 父さまの名前はセリムだよ。セリム・
F・ヴェンデッタ。すっごくつよくてやさしい、わたしのあこがれの人。なのに、なのに!」
シンシアはだん、だん! と激しく地団駄を踏んで、激しく怒りをあらわに
していく。
「セリム……」
キャロは絶句してしまっていた。次元クルーゼで襲ってきた魔導師。管理局
本局を襲撃し、なのはとフェイトの二人を瀕死の重傷に追いやった憎むべき相
手、セリム・
F・ヴェンデッタ。目の前に佇むフェイトそっくりの少女、シンシアはそんなセリムのことを父
さまと呼んでいる。それはつまり、シンシアはセリムの娘だということで……。
「とにかく、このあたりにすんでるならお薬が売ってるところまで案内してく
ださい。父さまのけが、早くなおしてあげたいんです!!」
嘘も偽りもない、純粋に父親の身体のことを気遣う言葉。
「け、怪我を治したいって言ってもどんな怪我かもわからないし、それにセリ
ムって人は凶悪な次元犯罪者だって管理局の人たちは判断してるから……」
突然告げられた事実に加え、シンシアの口調がはきはきしていたこともあり、
キャロは幾らか気圧されてしまっていた。そのもたついた感じが、焦りかけて
いたシンシアには不快に感じられたのだろう。
「むぅ、なんでそんないじわるばっか言うの! 父さまがけがをして大変だか
ら助けてほしいだけなのに」
キャロに向け、シンシアは溜まっていた鬱憤をぶつけてゆく。
「それに管理局がって言ってるけど、管理局ってなのはって人やフェイトおね
えちゃんと一緒に、父さまにひどいことをしたところでしょ。なんでそんなと
ころが言うことが関係あるの! 関係ないよ!」
「き、気持ちはわかるけど、でもね……」
「気持ちはわかるなんてそんなの――あれ?」
大声を上げかけていたシンシアは、何かに気づいたのだろう。突然に言葉を
止めて、まじまじとキャロの顔を覗きこんでくる。
「おねえちゃん、ひょっとしてキャロって人?」
「え? そ、そうだけどなんで私の名前を?」
「やっぱりそっか。フェイトおねえちゃんに魔法をおしえてもらってた、管理
局の魔導師なんだよね」
「う、うん……」
シンシアに完全にペースを飲まれ、キャロは質問に正直に答えるばかり。
管理局の魔導師。フェイトに親しい人物。それだけわかれば十分だった。シ
ンシアが貯め続けていた感情をぶつける先としては、それで十分。
「キャロおねえちゃんは悪くないけど、父さまにひどいことをした人たちの仲
間だっていうなら」
ぴょんっと後ろに跳ねて、シンシアは三角形の形をした黄色いデバイスを胸
元から取り出す。
「……!」
突然のシンシアの行動に、キャロの肩の上で翼を休め続けていたフリードが
反応を示す。前足にぐっと力を込め、主、キャロに危険を知らせる。
キャロ自身もフリードに応えるように、しっかりとシンシアの姿を両の目で
見据える。
雷光が、日の沈みきった夜の裏通りを照らしていく。放出された雷が刃物の
ように地面を抉り、引き裂いていく。
そんな暴徒と化した雷の中心で、
「バルディッシュ・アサルト。セットアップ!!」
シンシアはデバイスを起動させる。
「え、バ、バルディッシュ!?」
聞きなれた名前が聞こえ、驚いた表情を浮かべるキャロの目の前で、シンシ
アは自身のバリアジャケットを身に纏っていく。
高速戦を行うため、空気抵抗を抑えるため、肌にぴっちりと張り付いた黒の
バリアジャケット。腰部分には茜色のベルトが
Xの形で巻かれており、背面からの攻撃に備えるためか、巨大なマントを棚引かせている。
斧に似た形状を持つバルディッシュの先端は鈍い光沢を放っており、セリム
との戦いで激しい損傷を負っていたはずのコアクリスタルは修復を完了させて
いた。そう、それはバルディッシュ・アサルト。フェイトが所持していたはず
の、セリムによって奪われたはずの、漆黒のインテリジェントデバイス。
「バルディッシュ。一緒に戦うのは初めてだけど、大丈夫だよね?」
『ボスは練習どおりにやればいい。不測の事態に対しては、こちらで対応する』
バルディッシュはシンシアを主と認めているような発言を発し、斧の先端に
魔力を収束させていく。象るのは、三日月の形をした刃。
「よし、行くよバルディッシュ! ハーケンセイバー!!」
斧の先端より三日月が放たれ、目の前にいる相手、キャロを切り裂かんと飛
んでいく。
「プ、プロテクション!」
右手を前に出し、キャロはすんでのところで刃を受け止める。
Protection
−プロテクション高速展開可能な魔法障壁で、防御の基本となる魔法。その強度は術者の魔力
に比例するといわれている。
「うっ……つ……」
シンシアが妙な動きを見せた瞬間から、キャロはどんな事態にも対応できる
よう魔力を指先に集中させていた。シンシアがバルディシュをちらつかせたこ
とに軽く戸惑いはしたものの、反応が遅れるほど驚きが続いていたわけではな
い。
つまりキャロが展開した
protectionは慌てて張ったものではないのだ。準備万端というほどではないが、ある程度状況を予測し、その上で唱えた魔法障壁。
にも関わらず、
ぎ、ぎぎぎぎぎぎ……ぎぃん!
障壁は切り裂かれ、キャロは真横に飛び魔力刃をかわさなければならなかっ
た。かわさなければ、やられていたから。
「シ、シンシアちゃん。落ち着いて」
「うるさーーーーい!!」
激情にかられ、感情に従うまま、シンシアはバルディッシュの先端に魔力を
集め、圧縮させていく。圧縮された魔力は球の形を取り、キャロの姿を正確に
捉えていた。
『
Shoot Barret』バルディッシュの声が響き、魔力の弾丸が撃ち出されていく。
「ケリュケイオン、こっちも!」
『
Shoot Barrer』ミッドチルダ式射撃魔法の基本中の基本となる魔法、シュートバレット。
二人の魔導師それぞれのデバイスから放たれた魔法の弾丸は正面から激突、
対消滅を起こしてしまう。ただ、消滅したと言っても魔力の余波が完全に無く
なるわけでなく、周囲の家屋や商店の窓ガラスをびりびりと揺らし、震わせて
いく。
「……っ、このままだと周りの建物が壊れちゃう」
シンシアの事情を把握しきってはいないが、このまま好き放題させていたら
危険と判断したのだろう。キャロは両手を地面について、桃色の巨大な魔方陣
を描いていく。
「錬鉄召喚。捉えて、アルケミックチェーン」
鈍色をした鋼鉄の鎖が地面から生まれ、シンシアを捉えようと次々と伸びて
いく。
「またそうやって、変なことしようとする!」
目前に飛んできた鎖の一本を切り裂き空間に余裕を作ると、シンシアは夜空
を見据え、ふわりと身体を浮き上がらせる。
「浮いた! あの子、航空魔導師なの!?」
縦横無尽に飛び回り、自分を捉えようと伸びてくる鎖の全てをかわすと、シ
ンシアは勢いそのまま、空高くまで飛び上がっていく。
「さっきからひどいことばっかして。もう許さないんだから!!」
シンシアは上空で動きを止め、バルディッシュをキャロに向けて構えなおす。
収束されていく魔力は、先ほどまでとは比べ物にならぬほど。キャロはおろか、
この辺り一体を吹き飛ばしてもおかしくないほどの規模だ。
「ど、どうしよう。管理局の人たち、早く来ないかな。あの位置から広域魔法
なんて撃たれたらまずいよ……」
都市部での魔法の使用は禁止されており、都市内で多量の魔力が感知されれ
ば、すぐさま首都の警備隊や陸士部隊が出動することになっている。だが事件
発生から警備部隊の現地到着までにはどうしても数分のタイムラグが出来てし
まうのも常だ。
広域魔法が放たれる寸前、絶好のタイミングで警備部隊が到着する。そんな
ヒーロー展開が行われれば言うことなしだが、警備隊が間に合う保障なんてど
こにもない。
「くきゅる」
だからこそフリードは力を振り絞る。
現状でシンシアを止めることができるのはキャロ一人だけ。飛行魔法の心得
のない主の足場となるために、フリードは力を解放する。
巻かれていた包帯が千切れ、火傷や打ち身まみれの身体がむき出しにされて
いく。傷ついた白銀の翼を広げ、ばさりと羽ばたかせていく。
本来の姿に戻ると、フリードは背中に乗れ、とキャロに目線を送る。
「ごめん。ごめんね、フリード」
フリードはまともに動くことさえ満足に出来ず、ずっと肩の上で翼を休めて
いた。こんな状態で空を飛ぶなんて無茶というより無謀。自殺にも近い行為で
あった。それでも、キャロはフリードに頼らざるを得なかった。
逆上し、頭に血が上りきっているシンシアを説得することは難しく、彼女は
いままさに、広域魔法で周囲一体を吹き飛ばそうとしているのだ。
力押しでシンシアを止める。それしか方法がないのなら、
キャロが自分の背に飛び乗った瞬間、フリードは弾かれたように空へと飛び
上がる。
「我が乞うは、疾風の翼。雄雄しき刃。勇ましき我が翼に、祝福の光を!!」
グローブの手の甲にはめ込まれた桃色の宝石。宝石のそれぞれに
Boostという文字が浮がり、フリードの身体が光に包まれていく。
ブーストアップ・アクセラレイション。
ブーストアップ・ブラストパワー
いずれも対象者の基礎、および特定の能力を一時的に上昇させるインクリー
ス魔法で、それぞれ対象者の速度、射撃能力に対応している。
「ツインブースト。行くよフリード、ブラストレイ!!」
フリードに無茶をさせないためには、一撃で終わらせる必要がある。
「サンダーフォー――!!」
フリードが撃ちだした巨大な火球は、電撃を放つため魔力を蓄えていたシン
シアの姿を捉え、彼女を焼き尽くす勢いで伸びていく。
「ごめんね、シンシアちゃん」
気持ちは理解していたはずなのに、強引な手に出ることしか出来なかった。
キャロはそんな自分に不甲斐なさを感じ、思わず謝罪の言葉を口にする。
火球はシンシアを飲み込む勢いで飛んでいき、そして……。
「う……そ……」
火球を真っ二つに切り裂き現れたのは、キャロの纏っているものと同じ、真
っ白な薄手のコートを羽織った少年。男の子らしさを強調させる、つんつん頭
のショートヘアー。
槍を連想させる、蒼銀のアームドデバイス。
「まったく、姿がみえないと思ったらこんなところに来てるなんて」
「あ、ありがとエリオーーー。来てくれるって信じてたよ!!」
「……エリオ、君?」
次元クルーゼにおいて行方不明となっていた管理局魔導師、エリオ・モンデ
ィアル。キャロが求めてやまなかったその人が、いま、目の前に立っていた。
シンシア・
F・ヴェンデッタ。フェイトそっくりの少女を庇い、目の前に立っていた。
あとがき
エリオ、キャロ、シンシア。本編から消えかけていた人たちが再登場し、各キ
ャラの立ち位置がだんだんと出来上がりつつある、第
12話です。なのはやフェイト、心の支えにしていたいなくなり、その後どうするのか。
ひょっとしたら、第二部からがこの作品の本編なのかもしれません。
ちなみに一部ではほとんど出番がなかったキャロですが、私的には主人公そ
の2ぐらいのレベルに捉えています。
(
主人公はもちろんスバルですが)