魔法少女リリカルなのは Lastremote Stage.11 

 所属不明魔導師、及び守護獣による時空管理局本局襲撃事件より四日。

 特殊鎮圧部隊によるヴァルキリー轟沈任務は失敗に終わったものの、魔導師

たちの防衛の甲斐もあり、本局施設そのものへの被害はほとんどなかった。

管理局職員たちも混乱した組織の沈静、セリムやスカリエティといった首謀

者の行方を追う事務的な作業に取り掛かり、事件は一旦の完結を迎えることに

なった。

 デスクワークの内容こそ違っているものの、仕事場の風景だけを覗いて見れ

ば、管理局の様子は事件発生前とほとんど変わっていない。

 高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。二人の最高ランクの魔導師と、その

関係者たちを除いて。

 

 

 

 

「おーらい、おーらいおーらい。よし、そこでオッケーだ。船体を固定してく

れ。急いでくれよ。時間押してんだからな」

 ギィ……ガシャン。

 時空管理局本局のドッグ施設は損傷を負った艦の修理に加え、長距離航海を

終えて本局に戻ってきた艦船の着艦作業などもあり、平常時をはるかに上回る

慌しさに包まれていた。

 ドッグ施設にはPT事件の中心地、時の庭園の処理を任された部隊『夜天』の

使用する次元航行艦船、リステアの姿も見ることが出来る。まだ船体が固定さ

れていないところを見ると、ついさっき到着したばかりなのだろう。

 全員がAAランク以上とも称される夜天の書の守護騎士ヴォルケンリッター

と、彼らを率いるSランク魔導師八神はやてを中心に編成された、古代遺物管

理、調査を中心に多目的な任務をこなす管理局精鋭部隊『夜天』。

「おい、急げよ。はやて!」

「はやてちゃん早くいくです!」

 艦船リステアからドッグに続く甲板通路を幼い少女が駆けていた。見た目の

年齢でいえば、8,9歳程度だろう。見た目の年齢。そんなあいまいな言い方を

したのは、彼女が見た目通りの年齢ではないからだ。

 八神はやての守護騎士、四人のヴォルケンリッターの一人。『鉄槌の騎士』の

異名を持つ魔導師ヴィータ。その傍らに浮かぶのは、身長30センチほどの小さ

な少女。リインフォース・ツヴァイ。妖精のような大きさと性格の愛くるしさ

を持つ彼女は『夜天』のマスコット的存在と言えるだろう。

「おい、はやてったら」

 苛立ちと焦りが複雑に絡み合ったような声。ヴィータははやてに向け、さっ

さとこいと言葉を投げかける。

「わかっとるヴィータ。せやけど着艦手続きが色々あって……えっと、ここが

こうで」

 コンソールパネルを叩きながら答えたのは『夜天』の部隊長であり、リステ

アの艦長でもある魔導師、八神はやて二等空佐。言葉の節々から焦りの色がに

じみ出ているのは、彼女もヴィータと同じくらい、いや、それ以上に焦ってい

るからだろう。

 パネルに映し出されているのは、艦長宛のアンケート。ドッグに収艦された

艦船は技師たちがメンテナンスを行うのが当然だが、それはあくまで全体の軽

いオーバーホールが主目的。

不備のある箇所の修理も行われはするが、異常個所の全てをメカニックが見

つけるのは難しい。それに細かな部分の異常となるとやはり直に触れ、使って

見なければ異常に気づけない場合も多い。

そのため艦長には収艦の際、分かる範囲で異常個所をメカニックに知らせる、

という作業が義務付けられている。

「んなもん後回しでいいじゃんかよ。そんなもんよりなのはたちを」

「うっさい!! うちかて急いどるんやから、ちょっと黙っとれ!!」

 焦りの感情を抑えきれず、思わずはやては怒鳴り声を上げてしまう。

 はやてだって、気持ちはヴィータたちと同じなのだ。だけど艦長として、部

隊の指揮官として、最低限の義務ははたしておかなければいけなくて、

「行ってください。主はやて。後は私が引き継ぎます」

 主の、はやてのあせる気持ちを汲みとったのだろう。守護騎士ヴォルケンリ

ッターの長、シグナムははやてに代わりパネルの前に立ち、チェックリストに

目を通して行く。

「せ、せやけどシグナム」

「なのはやテスタロッサのことが気になっているのでしょう? 入力ミスで迷

惑をかけられるくらいなら、我が侭を通してもらったほうがメカニックの人た

ちとしてもいいはずです」

「そ、それは……」

「姉御、話通してきたぜ。おっけいだってさ」

 メカニックたちが集まっている場所からシグナムの方向へ飛んできたのは、

リィンフォースサイズの小さな少女。蝙蝠にも似た一対の羽を背に生やしてお

り、リィンを妖精、天使と称するとすれば、彼女の風貌はどことなく悪魔を連

想させる。

「ん、ご苦労だったなアギト。お前もこっちで点検作業を手伝ってくれ。何か

気になるところはなかったか」

「えっとな、七番砲座の動きがちょっと悪かったな。それとこの辺りも――」

 ふわりと宙を漂い、アギトと呼ばれた少女はシグナムの肩に腰を下ろす。ひ

らひらと手を振って、彼女は早く行け、とはやてに向けて合図を送っていく。

『自分が代わるから先に行ってもいいよ』と素直に言葉で伝えようとしないの

は、元来から持ち合わせているいじっぱりな性格ゆえ、というところであろう。

「二人とも、ありがとうな」

 シグナムとアギト。守護者たちの気遣いに心からの感謝を述べると、はやて

はそのまま収艦ドッグのなかへと向かっていく。よほど気持ちが焦っていたの

だろう。シグナムたちのほうなど一度も振り向くことはなく、文字通り、疾風

のような勢いで走り去っていってしまった。

「よかったのかよ姉御。はやて二佐たちだけ行かせちまったりして。姉御だっ

て、テスタロッサ姉のことずっと心配してたじゃねえか」

「まあ……な」

 リストにチェックを加えながら、シグナムはあいまいに返事を返す。

「だが私が見舞いに行ったとして、テスタロッサの意識が回復するわけではな

い。容態を聞く程度なら、後から医療スタッフやシャマルに聞けばいいだけだ。

心配なことは心配だが、私の主はあくまではやて。主の社会的な地位を守ると

いうのも、守護騎士の役目の一つだ」

「ふぅん。ならヴィータは守護騎士失格だな。主の立場とかを無視して、急げ

急げって言ってただけだし」

 茶化すようにアギトが言うと、シグナムは静かに首を振る。

「言っただろ。地位を守るのは役目の一つ。私が絶対的に正しいわけではない。

友情、仲間を大切にしたいという主の気持ちを、ある意味でヴィータは後押し

しているよ。感情で動くのが人間だ。損得勘定、社会的な考え方だけで動いて

しまっては、それはもはや人間ではない。人の形をした機械だ」

守護騎士、ヴォルケンリッターの長シグナム。『烈火の将』それが彼女の異名。

「将」とは軍を、部隊を統率するもののことを言う。

 統率者は機械であるべき。感情を抱いてはならない。それが彼女の持論であ

った。

 黙々と作業を続けるシグナムを見つめ、アギトはため息を一つ。

「前から思ってたけど、ほんとうに損な役回りだよな。姉御って」

「ふふ、そうだな。そうかもしれない。私は古い騎士だからな。器用に立ち回

るというのが苦手なんだ。主の損得のみを考えて動く、私にできるのはそれだ

けだ」

シグナムの言う損得とは何も金銭の話だけではない。地位や社会性、様々な

角度から物事を見つめ、主にとって最も有益になるであろう行動を取る。たと

え人の形をした機械になろうとも、主にとっての最善手を選び取る。烈火の将

たる彼女は、それを己の務めと義務付けているのだろう。

「やれやれ。旦那といい姉御といい、あたしのロードになる人ってのはなんで

こうも堅物揃いなんだか」

「すまんなアギト。迷惑をかける」

「べ、別にいいけどよ。ほら、それよりさっさと終わらせちまおうぜ。姉御だ

って、ほんと言えばテスタロッサ姉たちのこと心配なんだろ」

 顔を真っ赤にしてアギトはパネルを叩いていく。

シグナムはアギトのほうをちらりと見、ほんのわずか、微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 広大な次元世界の中心地、時空管理局で働く職員たちは、常に危険と隣り

合わせの場所にいると言われている。そのため怪我や病気などには細心の注意

が払われており、管理局本局の医療設備もまた、最新鋭の機材、設備が優先的

に導入されるようになっている。

 最先端の技術。

科学が、魔法がどんなに進歩しても届かないことはある。足りないことはあ

る。昔から知っていたことのはずなのに、なぜこうも、胸を締め付けられるく

らいに苦しいのだろう。

 わかってる。曖昧な言葉だけだったそれが、はっきりとした現実となって目

の前に現れてしまったからだ。

「なのはさん……フェイトさん……」

ベッドの上、呼吸器を取り付けられたまま眠るなのはとフェイトの姿を、ス

バルはガラス越しに覗きこんでいた。

 体力が著しく低下しているらしく、なのはもフェイトも、たくさんの機械が

置かれた真っ白な無菌室に入れられている。病原体を駆除するだけの力も残っ

ていないのだろう。細い管が何本も二人の腕に刺されていて、ときおりぴくり

とまぶたが揺れていた。

 卸したての無菌服には汚れ一つついておらず、呼吸器を取り付けられた二人

の肌にも顔にも、傷はおろか痣になっている部分すら見当たらない。

 死装束。そんな言葉が脳裏を一瞬かすり、馬鹿な妄想をした自分を殴りつけ

ようとぎゅっと腕を握り締め、スバルははっとする。

 拳はしっかりと握れる。魔力にも一切の乱れを感じない。身体に多少火傷の

跡は残っているものの、担当医師の話では湿布を張って、一日に一度冷水に

つければそれで十分らしい。

 マッハキャリバーもリボルバーナックルも健在。メンテナンスのために今は

技術官に預けてあるが、明日には全てのチェックを終えて自分の手元に戻って

くるだろう。

 もう一度、スバルはなのはたちのほうを見る。傷はない。でも、意識もない。

セインは意識こそあるものの、動くことすら困難なほどの重症を負ってしまっ

たと報告を受けている。

 報告――なのはとフェイトの怪我の程度は、ほんの一時間ほど前に聞かされ

たばかりであった。

 リンカーコアの消失。

 二人の昏睡の理由を説明するならば、その言葉に尽きる。

魔導師が持つ魔力の源。リンカーコア。『連結する核』という別名を持ち、大

気中の魔力を体内に取り込み蓄積することや、体内の魔力を外部に放出するた

めに必要な器官。いわば魔法を使うための必須器官であるとも言える。

 十年前に発生した『闇の書事件』の際にもリンカーコアの魔力を奪われる、

収集されるという出来事が多発していたが、あれはあくまでもリンカーコアの

持つ魔力を収集していただけであり、リンカーコアそのものを傷つけていたわ

けではない。

 今回の事件は別。なのはとフェイトの二人はリンカーコア、及び周辺組織を

消失してしまっており、魔導師としての力を失った。

 肉体へのダメージは治癒魔法で幾らか治せるものの、失った魔力、消失した

リンカーコアは帰ってこない。

 いや、それだけではない。リンカーコアを失った今、二人の魔術、魔法に対

する抵抗値はゼロ。魔法ダメージ回復の見込みがない以上、最悪、このまま意

識が戻らない可能性だって――。

「くそっ……」

 ぶつける場所すら分からぬ怒り。やり切れぬ思いを拭い去るように、スバル

は壁を殴りつけていた。

 なのはやセイン。恩師や友達はあんなにもひどい傷を負ったのに、骨折やひ

どい火傷で傷ついている人たちがたくさんいるのに。私は……傷らしい傷なん

てどこにも負っていない。

 喜ぶべきことのはずなのに、素直に喜べない。

『隊長とフェイトさんは昏睡状態。セイン姉とディードは意識こそあるものの

重体。そしてお前は軽症か。スバルだけでも無事でよかった。普通ならそう思

うはずなのにさ、なんだか無性にイラついてしかたねぇんだよ』

お見舞いにきた際、ノーヴェはそんなことを言っていた。

たぶん、ノーヴェもスバルと同じ気持ちだったのだろう。

なのはの教え子、striker候補生達はスバルの姉、ギンガの所属する陸士108

部隊が引き取ると正式に決定された。

『高町にはスバルを育ててもらった恩がある。だから俺が、ひとまず高町の教

え子たちを預かっておくことにする』

部隊指揮官、スバルの父、ゲンヤ・ナカジマはそう言っていたらしい。ゲン

ヤはゲンヤなりのやり方でなのはの想いを継ぎ、帰ってくる日を、目が覚める

日を待ち続けている。

 なのはの想いを継ぐ。

思考を巡らしたその瞬間、キャロについて話していたなのはの姿がスバルの

頭の中に浮かび上がってくる。

『このことは私とフェイトちゃん、二人だけの秘密にしておこう』

『スバルにキャロの事を伝えたら、スバルはきっとティアナに話しちゃうから』

 わだかまりはあった。あの人の考え方が理解できなくて、のけ者にされてい

たという思いから、ほんの少しだけ、恨んでいたときもあった。

いや、あったではない。わだかまりは、今も深い傷跡として身体に残り続け

ている。癒えない傷、消えない傷跡。

『なのはさんはたぶん、キャロの姿が自分に重なって見えたんだと思う』

『なのはさんのやったことはやりすぎだった。でも考え方自体は悪いとは言え

ないから』

 ティアの言葉。

私と一緒で、いや、私以上にのけ者にされていたはずなのに、彼女は冷静に

そう話していた。

 ティアの言っていたことはわかる。なのはさんの気持ちも、理解はできる。

でもそれは大人の都合だ。大人らしく冷静に状況を分析し、整理し、何が最善

なのかを判断した。行動した。それだけを取り出して考えれば、立派な行為だ

と思う。本当にすごい人なんだなと、改めてそう思う。

 ガラス越し。手を伸ばせば届きそうな場所になのはは眠っている。でも、届

かない。

『こいつ……本当に人間か?』

 JS事件最後の戦場、聖王の箱舟のなかでなのはさんと戦ったディードは、そ

んなことを言っていたらしい。

 本当に人間か? 

言い得て妙だな。考えてみてふと、スバルは苦笑いを口元に浮かべてしまう。

 友達を心配する。人間としてごく当たり前の行為を、なのはは正義という名

の槍で貫き破壊した。人間なら誰しもが取るはずの行為を、あの人は否定した。

 だとすれば、あの人は……。

「くそっ!」

 衝動的に、スバルは再び壁を殴りつけていた。

 醜いな、私は。

特別救助隊に、ブリッツに入ったのは困っている人達を助けるためであった。

自分を助けてくれた白き救世主、高町なのはに憧れて、自分もあの人のように

なろうと誓った。憧れであり目標。それだけではない。彼女は自分を一人前の

魔導師に育て上げてくれた恩師でもある。

 そんな恩師一人、私は助けられなかった。いや、助けられなかっただけでは

ない。心のどこかで、ざまあみろと笑っている自分がいる。

高町なのは。彼女が自分と違う考えをたった一度見せただけで、理屈では、

頭ではあの人の考え方も十分理解できているはずなのに……。

 私は結局、なのはさんの考えに賛同しようとしなかった。あの人を拒絶した

といっても言いだろう。なぜ分かってくれないのか、なぜ理解してくれないの

か。そればかり考えていたような気がする。

 今思えば滑稽な話だ。自分はなのはさんを理解しようとしなかったくせに、

なのはさんには自分の考えを理解してくれるよう強要した。

なのはさんは頑なに自分の意思を貫いた。なのはさんの考えを理解できなか

った私は、あの人を否定した。

ほんの一瞬とはいえ、あの人の存在すらも否定した。

 

手の甲がとても温かい。心が、ひどく痛む。

 

満足か? スバル・ナカジマ。自分と意見が食い違ったものが消えて。

 

満足か? スバル・ナカジマ。最愛の者を、恩師を失って。

 

満足か? スバル・ナカジマ。あの強さに、あの気高さに、もう触れられな

いというのに。

105号室、105号室ここか。って、ば、馬鹿やろう! 何やってやがる!!」

 利き手を真っ赤に染め上げて、それでもなお、拳を壁に叩きつけていく少女。

それが、105号室に入ったヴィータが最初に目撃した光景であった。

ヴィータは慌ててスバルの身体に飛びついて、強引に真後ろへ引っ張り彼女

を転ばせる。

「この馬鹿やろう!! てめえなにやっ――!」

 スバルの胸を掴み上げ怒鳴りかけたヴィータの動きが突然に止まってしまう。

見てしまったから。蒼白な色に、空虚な色に染まってしまったスバルの顔を。

「ヴィータちゃんどう――」

「どないしたんや、なんやさっきから凄い音がしとったけ――」

 なのはたちの様子を見に来た二人。はやてとリィンが思わず絶句してしまっ

たのも無理はないだろう。

部屋の壁は拳の形に陥没しており、陥没させた張本人、スバルの手の甲から

はどくどくと赤い雫が流れ落ちていた。雫はスバルの指先を伝い、殺菌消毒の

施された真っ白な病室の床を、艶やかな紅の色に染めていて……。

「満足か? 満足か? 満足か? 満足か? 満足か? 満足か?」

 壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返し、スバルはただ、ひた

すらに自分への問答を行い続けていた。

 

 

 

 

「まったくもう、こんな無茶をして」

 熱せられた鉄板を腕に巻きつけられたような鋭い痛み。腕がじくじくと疼き

はするものの、血止めが効いたのだろう。手の甲には薄いかさぶたが出来始め

ていて、出血はすでに止まっていた。見た目ほどひどい怪我にはなっていなか

ったらしく、診断結果は出血と打ち身ぐらいのものであった。

「治癒の魔法はかけておくけど、しばらくは動かしちゃ駄目よ」

「はい……すいません……でした」

落ち着きを取り戻しているように見えるものの、生気は欠片も感じることが

できない。中身のない、心を失った空っぽの入れ物。スバルはシャマルに向け、

機械的に謝罪の言葉を述べていくだけだった。

 夜天専属の医師であり、守護騎士ヴォルケンリッターの一人。『湖の騎士』の

異名を持つ魔導師シャマル。傷口に消毒液をあてると、彼女は自身のデバイス、

クラーラヴィントを用いスバルの腕の治療を続けていき、

「これでよし、と」

 手の甲に包帯を巻いて、テープでそれを固定する。

「で、スバル。なのはたちの容態、正直どうなんだよ」

 シャマルが治療を終えたそのとたん、痺れを切らしたようにヴィータはスバ

ルへと詰め寄っていく。

「それは……あの、なのはさんは……」

「なんだよまどろっこしいな。はっきりしやがれ、はっきり!!」

「ヴィータ!」

「ヴィータちゃん!」

「あ、わ、悪い」

 医師と自身の主。シャマルとはやてから同時に怒鳴られて、ヴィータは激情

しかけていた心を落ち着け、椅子に座りなおす。

「なあ、スバル。なのはちゃんたちがあんな状態になって、あんたが辛いって

のはようわかる。せやけど、うちやヴィータかてなのはちゃんたちのことは心

配なんや。せやから、な」

 赤子をあやすように、はやては優しげな口調でスバルに話しかけていく。

 その優しさが、いまのスバルには辛かった。

はやてもヴィータも、心の底からなのはさんのことを心配している。当たり

前だ。みんな、なのはさんのことが大好きなんだから。

なら、私は? 

いや、私だって大好きだ!!

突然に生まれてきた疑念を、スバルは慌てて否定する。

管理局の職員になろうとしたのは、なのはさんのようになりたかったからだ。

こんな気高く強い人になろうと、心を持とうと、ずっと憧れてきた。

 でも、今は?

 私は、いまでもあの人に憧れているのか?

 正義のためならば、教え子でさえ容易く切り捨てることができるあの人に。

「スバル?」

 うるさいな。いまはなのはさんのことなんて、話したくも、考えたくもない

んだ。全てが終わった後にのこのこやってきて、傷口をほじくり返すような真

似をする。そんな奴らに話すことなんて何もないんだよ。雰囲気を察して黙っ

てろよ! この役立たず!!

 そう口にすることが出来れば、どれだけ楽だろう。

でも、そんな態度に出ることなんてできない。はやてさんがヴィータ副隊長

のように感情的に私を怒鳴ったりしないのは、私がなのはさんのことで深く傷

ついていると思っているからだ。だからこれ以上私を傷つけないよう、優しい

言葉をかけてくれている。

 はやてさんはなのはさんだけでなく、私のことも心配してくれている。ここ

で感情に身を任せて怒鳴ったり言い返したりしたら、はやてさんのそんな優し

い気持ちを裏切ることになってしまう。

「どうしたん? スバル」

 はやてさんは私を心配してくれている。私を責めているわけじゃない。だか

ら、感情的に怒鳴り返す必要なんてどこにもない。堪えて、落ち着いて、冷静

に話せばそれでいい。ティアのように、なのはさんのように。

 なのはさんのように。

 私はずっとなのはさんにあこがれていた。ずっとあの人のようになりたいと

思っていた。なのはさんならどんなときでも冷静に、取り乱すことなくみんな

に状況を説明してくれる。だから私も、なのはさんのようにみんなに説明して

あげればいい。それは分かっている。それは分かっているはずなのに、心が、

ノイズが邪魔をする。

 スバル。

お前はいまでも、なのはのようになりたいと思っているのか?

やめろ。

 自身の掲げるものを、正義を貫くためならば教え子たちの心が傷つくことさ

えいとわない。どこまでも非情な心を持つ女。それが高町なのはだ。

 やめろ、やめろ。

 もう一度聞くぞ、スバル・ナカジマ。

お前は本当に、なのはのようになりたいと思っているのか?

やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめ

ろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、や

めろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ――。

「高町さんの容態については、私から説明しましょう」

 ぱんぱんに膨れ上がった風船。壊れかけた心に針を突き刺そうとしていたは

やての手を止めたのは、突然病室に姿を現した小柄な女性であった。

 研究員らしい真っ白な背広を来ており、ボーイッシュな短めの髪。アイシャ

ドーが塗られているらしく、きらきらとした輝きが目元から放たれている。

 ミッド・ベルカを問わず、魔法に関係する不可思議な事象の全てを幅広く取

り扱う魔導の専門家。レリィ・T・リズ・ノワール。

管理局の肩書きでは三等陸佐ということになっているが、局内においての力、

発言力という点だけで見れば少将、いや、中将クラスと比べても勝るとも劣ら

ないと言われている人物である。その傍らには、彼女と同じくらいの背丈の少

年。知名度だけで言えば、レリィよりもむしろその少年、弟のほうが有名かも

しれない。

Sランク。リーン・T・ウィズ・ノワール。

名家として有名なノワールの家系のなかでも、群を抜いた力を持つ若き天才

魔導師。

もっとも現在においては襲撃事件当日、重症のなのはとフェイトを保護した

人物と言ったほうがわかりやすいかもしれないが。

 レリィとリーンの二人ははやてたちのほうへと歩いていって、始めまして、

と小さな会釈を一つ。

「さて、高町一尉とテスタロッサ執務官の容態について伝える前に」

 短く言って、レリィはリーンに視線を送る。一瞬目を合わせただけでリーン

はレリィの伝えようとした言葉、気持ちに感づいたのだろう。あるいは、最初

から打ち合わせ済みだったのか。

 短く頷いて、リーンはスバルのほうへと歩み寄る。

「ナカジマ一士、お話があるのでちょっといいですか」

「あ、えっ……?」

 スバルの手をとると、リーンは半ば強引に彼女を連れ出して、そのまま部屋

を出て行ってしまう。

 あっけに取られる魔導師たちを尻目に、

「スバルちゃん。愛の逃避行です」

 目をきらきらと輝かせて、妖精サイズのお子様がはやての制服から顔を覗か

せていた。

 

 

 

 

 スバルを病室から連れ出したリーンの足取りは力強く、無言であるにもかか

わらず、手を引いていくその手には確固たる決意のようなものが感じられた。

 強引にスバルの手を引いていくリーンの姿を、道行く職員たちはすれ違うた

び、物珍しげにまじまじと見つめていた。

 この辺りは病棟ということもあり女性職員やナースが多い。女性というのは、

総じて色恋話を好むもの。リーンほどの有名人ともなれば、噂が立つ勢いも

だろう。

 にも関わらず、当のリーン本人は周りの目など全く気にしていないよう。

 よほど神経が図太いのか、最初からスバルを恋愛対象として見ていないのか。

おそらく後者なのだろう。噂では、リーンには婚約者がいるとかいないとか。

 スバルは何の抵抗もしなかった。強引なリーンの手引きに文句を返すことも、

どこに行く気か問いただすこともしない。無言でリーンのあとをついて行き、

流れに身を任すだけであった。

 病棟と本局を繋ぐ渡り廊下にさしかかって数分。リノリウムの床に軽快な音

を響かせていた靴音が突然に止むと、

「高町一尉とハラオウン執務官のことについては、本当に申し訳ありませんで

した」

 少し低めの、だけどとても暖かな声で、リーンは謝罪の言葉を述べていく。

「他の職員の皆さんから聞いているとは思いますが、僕が高町一尉たちのとこ

ろにたどり着いたのは、全てが終わったあとでした。若き天才、最年少のSラ

ンク魔導師。散々持ち上げられてきたのに、蓋を開けてみればご覧の有様。役

立たず。そんな風に言われても文句は言えないでしょうね。結局僕は、何もで

きなかった。自分で自分が情けなく思います」

 そう言って、リーンは自虐的な笑みを浮かべる。

「天才魔導師なんて肩書き、最初から僕には荷が重すぎたんです。高町一尉や

ハラオウン執務官のほうが、僕よりよっぽど天才という名に相応しい。僕より

も二つか三つ年上ぐらいなのに、管理局最強の名を欲しいがままにしていたの

ですから」

 会話を期待するように、リーンは言葉を告げていく。だけどスバルは何も返

さない。否定も肯定もしない。

リーンのことなどどうでもいい。

言葉は悪いが、スバルの心情を最も的確に表すとすればまさしくそれであろ

う。

 人形のように、何の反応も返してこない少女。スバルの方へちらりと振り返

り、リーンはため息を一つ。

『シャマル先生には優しい性格の子って聞いてたから、もしかしたらって思っ

たんだけど。そんな余裕はないか。荒療治になるけど、仕方ないな』

 そんな風に考えて、リーンはスバルへ再び話しかけていく。

「キミと高町一尉のあいだに、確執があったことは聞いている」

「えっ……」

 拒絶を続けていたスバルがようやく口にした言葉は、リーンの言った言葉が

信じられない、という様子のものであった。

 まあ、そうだろうな。と、リーンも思う。

 スバルとリーンとの接点など、ほとんどゼロに近い。赤の他人がなぜそんな

詳しい事情を知っているのか、スバルにしてみれば当然の疑問であろう。

「キャロ・ル・ルシエだったかな。彼女とハラオウン執務官たちがモニター越

しに話していたとき、あの部屋に僕の知人がいてね。その人から、キミたちが

何やら言い争っている、ということを聞かされたんだ。差し出がましいことを

言うようだけど、そのまま悩み続けていても何も解決なんてしない。だから、」

 リーンとスバルがたどり着いたのは宿舎室。執務官試験を受けた職員たちが

寝泊りをしている場所。リーンはドアの隣に備えつけてある開閉ボタンに触れ

て、扉を開く。

「話して、そして自分なりの答えを出してほしい」

 部屋の中では一人の女性が荷物を整理し、身支度を整えているところであっ

た。執務官試験が終了して、宿舎室を出ることになったのだろう。

 女性の姿を一目見、思わずスバル息を呑む。

 その人とは、訓練学校時代からずっと一緒だった。管理局本局襲撃事件の際

にも一緒に戦ってくれた大切な仲間、大切な友達。

「ティア……」

 目の前にいる魔導師。親友の名を、スバルは静かに口にしていた。

 

 

 

 

 あとがき

 お待たせしました。第二部開始。そして、いよいよはやて&守護騎士たち参

戦です。物語の都合でザフィーラが出てきませんでしたが、ちゃんと他の人た

ちと一緒に本局に来ているのでご安心を。

 ただはやてたち、今回は顔見せだけで本格的に登場するのはもう少し後にな

ってしまいます。Stage14,15あたりになればきっと出番が……。

 そしてお知らせが一つ。次の話ぐらいからデバイスの台詞が多くなってくる

ので、デバイスの発言がほとんど日本語になります。

 私自身英語が得意ではないですし、英語の長文が続いても読み飛ばしてしま

うだけだと思うので。(むしろ英語の長文なんて私が書けませんw)

 ただ戦闘中はテンポや雰囲気が関係してくるので、短いセリフは英語のまま

にする予定です。

 では、最後にキャラ紹介を少々しておきますね。

 

 

  キャラクタープロフィール06 

名前   レリィ・T・リズ・ノワール

所属   時空管理局本局 

階級   三等陸佐

役職   魔導事象調査機関・総指揮官

 魔法術式 ハイブリッド(ミッド・ベルカ両方の魔法に熟知)

陸戦Dランク

 

 

名前   八神はやて

所属   時空管理局 特殊部隊『夜天』

階級   二等空佐

役職   L級艦船15番艦 リステア艦長

 魔法術式 古代ベルカ式・総合SSランク

 

 

名前   シグナム

所属   時空管理局 特殊部隊『夜天』

階級   二等空尉

役職   夜天戦闘部隊 隊長

 魔法術式 古代ベルカ式・空戦Sランク

 

 

名前   ヴィータ

所属   時空管理局 特殊部隊『夜天』

階級   三等空尉

役職   夜天戦闘部隊 副隊長

 魔法術式 古代ベルカ式・空戦AAAランク

 

 

名前   シャマル

所属   時空管理局 特殊部隊『夜天』

階級   三等空尉

役職   主任医務官

 魔法術式 古代ベルカ式・総合AAランク




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