魔法少女リリカルなのは
Last‐remote Stage.10 誰が為に鐘は鳴る(後編)
スバル・ナカジマ一士とティアナ・ランスター二士の二人が守護獣ブラッド
と交戦していたちょうどその頃、Sフィールドと呼ばれる空域において管理局
最高ランク、Sの称号を持つ魔導師二人と襲撃者との熾烈な争いが繰り広げら
れていた。
「行くよフェイトちゃん。合わせて」
真っ白なバリアジャケットを着込んだ管理局魔導師高町なのはは、
ISレイジングハート・エクセリオンで相手魔導師を捕らえると、
『
Divine shooter』誘導性能を持つ砲撃魔法を放ち、周囲に展開しておいた二つのエクシードビ
ットと合わせ追撃の魔法を放つ。
『
Triple Divine』「ディバインバスタァァァァァァー」
三方向から同時に放つ砲撃。そのどれもが敵対する魔導師、セリムの身体を
撃ちぬかんと飛んでゆく。
『
Panzerhindernis』砲撃魔法の一つは完全に回避し切れないと判断したのだろう。セリムは自身
の真後ろに防御障壁、パンツァーヒンダネスを展開する。
真っ白な光線が防御障壁にぶつかって、光はそのまま、影も形も残さず消滅
してしまう。
「はぁぁぁっ!」
セリムが後ろから迫る砲撃に気を許したのはほんの一瞬。しかしその一瞬の
間をついて、黒いバリアジャケットの魔導師、フェイト・
T・ハラオウンはセリムの前方に先回りを果たしていた。
ハーケンセイバー。
フェイトが得意とする、自動誘導性能を備えた魔法。フェイトは斧を振り下
ろし、セリムに向けて魔力刃を放つ。
『
Chainbind』「捉えよ、戒めの鎖」
光の刃を魔力鎖で縛り拘束、そのまま締め上げてセリムは刃を砕く。
それと同時、技を放った直後のフェイトに向けて、別の鎖が伸びていく。
「くっ、また多重詠唱を!」
デバイスと魔導師がそれぞれ別の魔法を唱える行為、多重詠唱。
『魔法』を発動させるには複雑な構築式を演算し、瞬時に計算結果の応用を行
う必要がある。状況にあわせた応用を利かすことで、初めて頭の中に描いてい
た光景『魔法』を現実の世界に具現化させることができるのだ。
理論だけで考えるならば、多重詠唱を行うのは可能なことではある。だが、
それは二つの異なる構築式を同時に計算し、答えを導き出しているようなもの。
なのはやフェイト。
Sランクの魔導師でさえ、単一魔法の同時詠唱を行うのがやっとなのだ。
だと言うのに、セリムというこの男は、異なる魔法の同時詠唱を容易く行い
続けている。だが、魔力そのものはフェイトやなのはほど大きいわけではない。
それゆえ、フェイトは伸びてきた鎖の全てを
ISバルディッシュ・アサルトで斬りおとすと、瞬速とも言える速度でセリムへと接近、斧
(ハーケン)を振り下ろしていた。
技術で勝てないのなら、力で押し切る。
不本意なやり方ではあるが、おそらくそれが最善手であろう。
ギィ、ガギィィィィン
セリムの持つデバイス、クラウストルムとバルディッシュとが激突し、渇い
た金属音が周囲に響き渡っていく。
「ふむ。さすがに
Sランク。一筋縄ではいかないようで」「く、うっ。セリムさん、なんであなたがこんなことを。管理局を襲うなんて、
スカリエティに協力するなんて」
「なぜ? 理由はさきほども説明したはずですが。レイジングハートとバルデ
ィッシュ。二つのデバイスをこちらに渡して欲しい、と」
「でも、前は話し合いで解決するようなことを言っていたのに!」
「事情が変わった。それだけのことだよ。私の故郷、フランジュ。その地に対
する懐郷の想いが抑えきれなくなり、強攻策に出るに至った」
「強攻策って、そんな短絡的にならなくても……管理局の人たちに事情を説明
すれば――」
「それは出来ない」
ぴしゃりと言い放ち、セリムはフェイトを弾き飛ばす。
「いえ、出来ないというのは正確ではないか。正しくはしたくない。プロジェ
クト『
F.A.T.E』という愚かな行為を執り行った組織の大本、時空管理局。プロジェクト『
F.A.T.E』によって生み落とされた私が、その親元に救いを求めると?恥も誇りも全てかなぐり捨てて、生涯の敵である管理局に助けを請うと? そ
んなこと、出来るわけもないだろう。君のほうこそ、なぜそんな組織におめお
めと属し続けていられる? 憎しみを抱かないのか? 悔しいと思わないの
か」
「どんな形であっても、どんな生まれ方をしても、私は私です。管理局の愚か
な行為で生み出された命。それは事実であり、弁明する気も、否定する気もあ
りません。でも、それでも私には管理局組織の持つ理念、彼らの掲げる正義が
間違っているとは思えないんです。だから管理局を、平和を壊そうとするあな
たと戦う。それだけです」
「なるほど正義の心。立派な心がけだ。けれど、それが君の想いだと本当に言
い切れますか? 母に、信じていたものに見限られ、差し出された手を掴んだ。
それは心が溺れかけていたから。何も頼るものがなかったから、だから差し出
された手を掴んだ。高町なのはの手を」
「違うっ!」
『
Sonic Form』感情の爆発。フェイトの心が実態化するようにバルディッシュが雷撃を放ち、
フェイトのリミットブレイク、究極の戦闘形態ソニックフォームへとバリアジ
ャケットが姿を変えていく。
「お前になにがわかる! 私のことも、なのはのことも知らないような人が、
知ったような口を聞くな!!」
雷撃が落ちていく。
斧(ハーケン)から大剣(ザンバー)へ姿を変えたバルディッシュをフェイ
トが振り下ろすたび、セリムのデバイスが悲鳴のように激しい金属音を上げ
ていく。
「そうだな、詳しくはしらない。だが噂程度になら聞いたことがある。心が最
も弱っていたところを救ってもらった。今でもそれを感謝し続けている。だか
ら彼女に対し強くでることができない。彼女に嫌われるのが、彼女に捨てられ
るのが怖いから、だから――」
「だっまれぇぇぇぇ!!」
ジェットザンバー。
デバイス・バルディッシュのザンバーフォームにて放つ、鋼をも切断する必
殺の剣技。
「感情的になるのはそれを意識している証拠。焼き尽くせ、煉獄の炎よ」
セリムの指先より放たれた黒き炎が、フェイトの身体に小さな炎を灯す。
「熱っ……」
たまらずフェイトが距離をとって、
「フェイトちゃん。下がって」
入れ替わり、白の魔導師高町なのはが大規模砲撃魔法を放つ。
エクセリオンバスター。
大口径のカートリッジの魔力を丸々一本消費して放つ、なのは必殺の魔砲。
『
protection』「プロテクション」
砲撃魔法に包み込まれ、広がる光により、セリムの姿は外界と完全に遮断さ
れてしまう。それでも、デバイスとの同時詠唱で張った魔法障壁により、伸び
てくる光の柱の全てをセリムは防ぎきっていた。
いくら多重詠唱といえど大規模砲撃魔法の不意打ちを受ければ、防ぎきるこ
となど不可能であっただろう。ならばなぜ砲撃を防げたのかと聞かれれば、そ
れは予め障壁を張る準備を整えていたからに他ならない。
セリムはフェイトとの接近戦を繰り返しながらも、高町なのはの位置を把握
し続けていた。そのためフェイトと距離をとった直後、なのはが大規模砲撃を
仕掛けてくることを予測しており、実際になのはがそのタイミングで仕掛けて
きたため、彼は予め仕込んでおいた魔法障壁により大規模砲撃を受け止めた、
というわけだ。
だが、攻撃を防いでいるだけでは勝ちには繋がらない。セリムは障壁を前方
に展開すると同時、新たに大規模砲撃の準備を行い始めていた。
なのはの放ったエクセリオンバスターはなるほど、大した威力だが、逆にそ
の常識はずれの火力ゆえ、セリムが立っているであろう空域を、真っ白な光の
中に包み込んでしまっていた。
なのはがセリムの姿を見失っているならば、倒したと思い油断しているなら
ば、コンスタントに魔法を撃つだけでも十分に不意をつくことが出来る。
「幕切れとしてはあっけないが、これでチェックメイトだ」
「レイジングハート、ストライクフレーム展開! モード
A.C.S。行くよ!!エクセリオンバスタァァァァァァァッッッ!!!」
そんなセリムの予測を、なのはは一点突破、光の刃で撃ち貫く。
レイジングハート先端から伸びた淡いピンク色の刃と二つの翼。ばさりと力
強く羽ばたいて、レイジングハートはセリムをその眼前に捉え飛び上がる。
空を目指す彗星。一瞬前にもエクセリオンバスターを放っているのだから、
チャージ時間は一秒にも達していないはず。にもかかわらず、彗星の放つ魔力
は並の魔導師の全力砲撃を軽く上回っていた。
「ちぃっ」
苦し紛れ、セリムは彗星の軌道の先に黒の球体を作り出す。それは魔力を凝
縮した爆弾のようなもの。
きゅぼっ。
ピンクの刃が黒の球体に突き刺さり、轟音を上げて球がはじけ飛ぶ。火花を
撒き散らしながら爆炎が咲き乱れ、中空が紅の色に染まる。
「ぬぐっ」
「な、なんて無茶を」
エクセリオンバスター
A.C.S大規模砲撃魔法を威力そのままに零距離で放つエクセリオンバスターのバリ
エーションで、使用者への爆風、余波によるダメージを減らすため、前方には
大型の魔力障壁が展開されるようになっている。
だからいまのセリムのように、刃の前方で爆発を引き起こしても、なのは本
人へのダメージはほとんどない。むしろ近距離で爆発に巻き込まれるセリムの
ほうが、ダメージを食らう、自滅の可能性の方が高いのに。
現にその通りになっているのに。
「そ、それの直撃を食らうよりはましだ」
威力の調整すらままならない速度で黒球を生み出したのだろう。セリムの左
手は血だらけになっていた。
爆風をクッション代わりにすれば突撃魔法の威力は激減する。理屈の上では
そうだ。なのはもそのことはわかっている。だけど実践で本当にそんな無茶を
する人がいるなんて……。
「なのは、大丈夫?」
「う、うん……」
いままでこんなやり方で攻撃をかわされたことなど一度もなかったのだろう。
フェイトが隣に来ているのに、なのはは目の前の相手、セリムから瞳をそらそ
うとはしなかった。予想外の行動を見せる魔導師を相手に、戸惑っているのか
もしれない。
フェイトの姿を認めると、セリムはどくどくと血の流れる左手を押さえながら言う。
「高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。噂は聞いていたがまさかこれほど
とは。私も、覚悟を決めねばならんようだな」
管理局bPとbQとも噂される白と黒の魔導師。Sランク魔導師の中でも最
高峰のその二人を目の当たりにしても、引こうなどとは欠片も考えていないら
しい。
そんなセリムを前に、なのはは小さく息を吐く。さきほどまで見えていた戸
惑いの表情は消えていて、その瞳には確かな覚悟が宿り始めていた。
「セリムさん。最初にここに駆けつけたとき、あなたとフェイトちゃんはもう
戦いを始めていて、だから私も、なし崩し的にあなたと戦い始めました。でも、
本当はあなたに聞きたいことがいっぱいあったんです。なぜあなたがクアット
ロやスカリエティと手を組んでいるのか。なぜあんな回りくどい方法で私と話
をしようとしていたのか。考えれば考えるほどわからないことばかりで、あな
たに事情を、こんなことをする理由を聞かせてもらおうって、さっきまでは、
そう思っていました」
「……いまは違うと?」
「ええ。そこまでの怪我を負っても引けない理由がある。そうゆうことですよ
ね」
少し驚いたような表情を見せた後、セリムはにやりと笑みを浮かべる。
「そうだな。君たちのデバイスが私にとって必要だから、だから命をかける。
しいて理由をあげるなら、そんなところだ」
「そうですか……わかりました。なぜ、とは聞きません。あなたにもあなたの
事情があるのでしょうから。でも、レイジングハートもバルディッシュも私た
ちにとっては大切な仲間、親友なんです。その親友を奪い去ろうとしているの
なら、どんな理由があったとしても……」
ぐっと利き足を前に踏み出し、なのははレイジングハートを長棒のようにぶ
るんと振るう。
「レイジングハート、ブラスターモードセットアップ。魔力が集まり次第順次
ドライブを上昇、フルドライブで一気にけりをつけるよ」
「
Master?」「大丈夫、心配しないでレイジングハート。私はそんなにやわじゃないから」
「
Yes,Master. System Blaster Setup(了解しました。ブラスターシステム起動します
)」覚悟を決めた主になにを言っても無駄。長年のなのはとの付き合いでレイジ
ングハートもそのことは理解しているようで、レイジングハートは淡々と、な
のはの言葉に応えシステムを起動させていく。胴体部が開閉し、中より金色の、
魚のヒレのようなものが飛び出してくる。それはなのはの動きをサポートする、
ビットと呼ばれる魔法端末。エクシードモード時には二つしか存在しなかった
それらが六つに数を増やし、なのはとレイジングハートの切り札、ブラスター
へとモードが移行されていく。
いや、切り札という言葉は適切ではないだろう。それはむしろ諸刃の剣。
ブラスターモードとは、自身の限界を超えた魔力を振るうためのシステムで
ある。魔導師の力の源、魔力。この魔力のエネルギー気質は非常に不安定で、
万が一自身で制御できる限界値を超えてしまった場合、行き場を失った魔力エ
ネルギーが術者やデバイスに逆流してしまう。
魔力のオーバーロードを引き起こしてしまう、ということだ。
優れた魔導師というのは魔力量が高いだけでなく、自身の魔力限界値を見極
め常にぎりぎり一歩手前でいられるもののことを言う。
そんな魔導師の常識を無視し、魔力の逆流、術者への負荷の危険を度外視し
た行為。自己ブースト魔法でオーバーロードを無理やりに押さえ込み、魔力を
放出し続けるあらわざ。
ブラスターモードが諸刃の剣と呼ばれる由縁はそこにある。
「なのは、ブラスターモードは……」
「ごめんフェイトちゃん。でも、これがあの人を止める最善策だから」
セリムの覚悟に触れ、説得は不可能と判断したのだろう。自身の限界を超え
る力を搾り出してでも倒さなければいけない相手。
なのははセリムをそう捉えている。
「速決。やはり最も恐れるべきは高町なのはということか。気持ちも感情も仕
舞いこんで、相手を倒すこと、それだけに意識を集中させることができる。ま
るで機械だな。いや、むしろ悪魔というべきか」
「そうですね。私もときどき、自分で自分のことが怖くなることがあります。
でも正義の味方というのはそれぐらい冷静に、それぐらい冷酷にならなければ
いけないときもあると思います。だから私は悪魔でいい」
「なのは……」
十年来の付き合いの親友。絶対的に信頼を寄せることができる、頼もしき相
手。フェイトにとって、なのはとはそうゆう存在だ。
だけど、だからこそ時々無性に怖くなる。
人間として僅かの揺れすら生じることのない、完璧とも言える存在、高町な
のはそのものが。
「決着をつけましょう、セリム・F・ヴェンデッタ。高町なのはとフェイト・
T・ハラオウン。私たち二人があなたの暴走を、あなたのテロ行為を終わらせ
ます」
瞬間、なのはの姿がセリムの視界から消える。
「ソニックムーブ!? いや、アクセルフィンによる加速か」
セリムがなのはの姿を見失った直後、真上より七つの光の柱が降り注ぐ。
シュートバスター。最速の砲撃魔法だが威力が低いという欠点を持つ魔法。
だが術者と六つのビット全てが同時に放つのなら、その威力は大きく跳ね上が
る。
「ちっ」
幾つのかの光が身体に直撃して、セリムはぐらりと体勢を崩す。
「フェイトちゃん!!」
なのはが叫ぶより早く。いや、なのはが上に飛んだ直後、すでにフェイトは
大剣を振り上げセリムの懐へと接近していた。
なのはのことが怖い。
それは本当のことだ。だけどブラスターシステムを、自分の身体への負荷を
省みず彼女は戦おうとしている。管理局、ヴィヴィオ、レイジングハート。そ
してフェイトやバルディッシュを守るために。
ならば今、なのはを怖いなんて思うのは失礼だ。
なのはの力になって、彼女の負担を少しでも軽くさせるのが私の役目。
フェイトは周囲に漂わせていた八つの雷槍、プラズマランサーをセリムと自
分が鍔迫り合いをするであろう位置へと仕向け、槍を発射していく。
「貫け、らいげ――」
『
Gravity Field』がくり
突如、フェイトの身体に鉄の鎧でも着込んでいるような、ずっしりとした重
量感が押し寄せてくる。普段から振るっているはずの大剣が、落とさないよう
握っているのがやっと、というほど重たくなってしまう。
「じゅ、重力変化!?」
「クラウストルム、オーバードライブ」
身体の重みが増してフェイトが戸惑っているうち、セリムは近づいていた八
つの雷槍の全てを叩き落し、デバイスの杖先をフェイトへと傾ける。
『
Seed flare』なにか来るっ。
瞬間的にフェイトはそう判断し、高速移動魔法―ソニックムーブを用い即座
に後ろへと飛ぶ。この重力場の中でかわせるか? そんな考えがちらりとフェ
イトの頭を過ぎったが、セリムと距離をとるうちに嘘のように身体が軽くなっ
ていくのを感じ、フェイトはこの速度ならかわせると安堵した。
ねっとりとした黒い炎が現れ、即座に時限の海の中に溶けていったのは、フ
ェイトが距離をとってすぐのこと。
追撃を予測しフェイトが大剣を構えると、セリムの周囲を金色の物体が飛び
交っていた。
それはなのはのブラスタービット。この位置からでは何をしているのかわか
らないが、おおよそ足止めの類だろう。敵が動きを止めているのなら、やるこ
とは一つ。
「バルディッシュ、カートリッジロード」
「
Yes,Sir.」空になった薬莢を大剣の柄からバルディッシュが排出すると、フェイトは予
備のカートリッジを込めなおし、砲撃魔法のための魔力を練りこんでいく。
砲撃に特化したなのはと違い、フェイトは砲撃魔法を放つのに少し時間がか
かる。組織戦なら数秒の差など大きな差にはならないが、今回のような少数精
鋭での戦闘となると、数秒というのは絶望的なまでのタイムラグとなってしま
う。
素早く、正確に。
呼吸を落ち着けて、フェイトは円形の魔方陣を自分の前方に描いていく。魔
法とはイマジネーション。明確なヴィジョンを思い描かなければならない。
頭の中に描くのは、三又の矛。
描いたイメージが、現実のものに変わっていく。
魔方陣の中央から一本、続いて中央を基点に上下一本ずつ。光の線がするす
ると伸びていく。銅線に熱が伝わっていくように、雷が光を伝わっていき、三
つ又の矛
(トライデント)が作りだされる。「貫け!! トライデントスマッシャー!!!」
三つの矛先より放たれたのは巨大な雷撃。
セリムの周囲で攻撃を続けていた六つのビットが魔力を感知し、即座にその
場を離脱すると、入れ替わり三又の矛がセリムを貫こうと伸びていく。
「響け終焉の笛」
正三角形の魔法陣がセリムの足元に描かれて、黒に近い藍色の球体がセリム
の手前に産み落とされる。
「彼のものを黄昏の淵へ。ラグナロク」
雷光と終焉。最大レベルの砲撃魔法が正面からぶつかり合い、周辺に浮かん
でいた岩礁が次々に砕け、光のなかに飲み込まれていく。
「ハヤテの、古代ベルカ最上級の魔法をチャージなしで!?」
砲撃を放った直後、フェイトは雷撃を追いかけるように飛び出していた。
ソニックフォームの最高速は音速に迫る。仮にあちらが大規模砲撃を防ぎき
ろうと、続く斬撃には対応しきれない。
フェイトは、そう判断していた。
だが目の前の男、セリムの放った魔法は砲撃を防ぐだけではおさまらず、
ぎゅ……ぼっ
三又の矛がぼきりと折れて、藍色の光がフェイトの視界いっぱいに広がって
いく。
「……っ、バルディッシュ! カートリッジ全弾装填!!」
「
Yes.Sir」がしゃんがしゃんがしゃん
大剣の柄に備えられたマガジンラックが激しく上下して、予備カートリッジ
も含めた魔力の全てが刀身に伝わっていく。
「雷光一閃!!」
プラズマザンバー。
バルディッシュの刀身に雷を集中させ、斬撃の威力を飛躍的に向上させる自
己ブースト魔法。
刀身に纏わせた雷撃をそのまま放つことで、砲撃型魔導師の全力と同等の大
規模砲撃を行うことを可能にする、クロスレンジからアウトレンジまで、どの
距離においても最大限の効果を発揮することができる万能魔法。
もっともカートリッジ全消費、刀身の雷撃を全て放つというその特性上、砲
撃魔法としての燃費は最悪なのだが……。
とはいえ、やられるよりはまし。
「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
刀身が帯びた雷光の全てを、フェイトは終焉の闇へ向けて放つ。
雷と闇がぶつかり合い、闇がはじけ飛ぶ。雷撃が真っ直ぐに伸びていく。
全力砲撃。たとえセリムがどれほどの実力者であろうと、これだけの規模の
砲撃魔法の直撃を食らえば。食らえば……、
「いない!? しまった」
セリムの大規模砲撃を打ち破る。そのことに執着しすぎてしまって、一瞬と
はいえ相手から意識を離してしまった。相手が同じ場所に立ち止まってくれて
いる保障なんて、どこにもないのに。
「汝に捧げるは冥府への旅路。開け、タルタロスゲート」
真下より巨大な魔力の柱が立ち上る。
魔導師セリムの所有する広域魔法の中でも最大級の威力を備えた魔法。
「ソ、ソニック――」
魔法を発動させようとして、気づく。もうカートリッジの魔力が残っていな
い。いや、仮にカートリッジに魔力が残っていたとしても、周囲全土、一キロ
近い範囲をカバーする広域魔法が相手ではかわし切れない。
先を読まれていた……まさか!?
いや、先読みされていたとすれば合点がいく。
トライデントスマッシャーを容易く打ち破るほどの大規模砲撃。ソニックム
ーブでさえかわし切れない広域魔法。どちらもこちらの動きを予想していれば
できないことはない。
「この人は……」
光の向こう、セリムがにやりと不適な笑みを浮かべたように見えた。
巨大な魔法の柱が、フェイトを飲み込んで。
「ディバァィィィィィィィィンバスタァァァァァァァァ」
閃光。
白き魔導師、高町なのはが魔法の柱の前に立ちはだかる。
「な、なのは!」
「ごめん。フェイトちゃん。魔力チャージにちょっと時間がかかっちゃって」
両手でしっかりとレイジングハートを握り締め、なのはは告げていく。
「高町なのはか。相変わらず虚をついてきてくれる」
口ではそう言っているものの、セリムはそれほど驚いてはいないよう。先読
み、思考の予測。自身と同等か、それ以上の実力の魔導師二人を同時に相手し
ているのだ。あらゆる自体を予測し、対応しきれるようにしていたのだろう。
「好悪色々考えてはいたが、それは最悪手だな」
味方のピンチに颯爽と駆けつける辺り、さすがは不屈のエースと呼ばれる魔
導師だけのことはある。まさに英雄的行為。
だが、戦いの勝者がいつも英雄とは限らない。
「刃持て、血に染めよ。穿て、ブラッディダガー」
血の色を持つ鋼の短剣。高いホーミング性能を持つ自動誘導型高速射撃魔法。
なのはのアクセルシューターのように7,8発の刃を同時に放ち、相手の動
きを押さえ込むのが本来の使い方なのだが、多数のホーミング魔法を同時に放
てるほどセリムは魔法制御の能力に特化しておらず、彼が操ることの出来る限
界はせいぜいが2、3発。
だが、馬鹿と魔法は使いよう。
「刈り取れ」
命じ、三つの刃がなのは目指して飛んでいく。
大規模砲撃は肉体、精神の両方に強い負荷がかかる。わずかの集中力の乱れ
が火力の低下、自身への魔力の逆流につながる。
鋼の刃が出来ることと言えば、せいぜい切り傷をつける程度だろう。だが集
中力を乱すには十分すぎる効果がある。
見たところセリムの広域魔法となのはの砲撃魔法の威力は同等。
ならば、ここで集中力を乱されればどうなるか。
「今度こそチェックメイトだ、高町なのは」
杖を握る指先に狙いを定め、刃がなのはに遅いかかる。
セリムの策に落ち度はない。フェイトを庇うようになのはが現れたところで、
セリムの勝利は揺るぎないものとなっていた。
世界が、
物事が、
なのはが、
彼の常識に当てはまっていたならば。
『
Sevns Light』セリムの上空。広域魔法を防いでいたなのはの様子に変化が生じる。
『
Ster Light Breker』六基のブラスタービットがなのはの周囲に集まって、それぞれが魔力を練り
上げていく。
「「なっ……」」
セリムも、なのはの隣にいるフェイトも、思わず目を疑った。
ビットが抱える魔力。その一つ一つが、Sランクに迫るほどで。
「これが、私の全力全開!! スターライトブレイカァァァァァ!!!」
なのはを本人を含めた七つの発射口から、同時に星光の一撃が放たれる。
膨張された魔力が、魔法タルタロスゲートを跡形もなく消し飛ばし、光がセ
リムを包み込んでいく。
「こ……んな……」
真っ白な光がセリムの身体を撃ち貫き、全てを吹き飛ばしていく。
塵一つ、消し炭一つ残さず、全てを吹き飛ばしていく。
フェイト・
T・ハラオウンは、その圧倒的なまでの光景に、ただただ圧巻されていた。
スターライト・セブンスブレイカー。
高町なのはの誇る究極の砲撃魔法で、一説にはアルカンシェルをも上回ると
言われている、常識の遥か上を行く超大規模砲撃である。
アルカンシェルをも上回ると聞いて、さすがにそれは言いすぎだろうと、フ
ェイトはそう思っていた。だが
Sランク魔法を紙のように吹き飛ばし、Sフィールドの空域全てを飲み込む勢いで広がっていく真っ白な光を見ていると、そ
れは言い過ぎなどではなくて……。
ぎ、ぎぎぎぎぎっ。びぎっ。
「なっ!」
フェイトが驚いたような声をあげると同時、大規模砲撃を放ち続けていたレ
イジングハートのフレームにひび割れが入り、そのまま一気に広がっていく。
深い、深い亀裂が杖全体に走っていく。
古来より大規模砲撃は肉体への負担が大きいと言われている。
通常のスターライトブレイカーでさえまだ若く、女性として平均的な体力し
か持たないなのはには肉体に負担がかかる行為なのだ。
だというのに、このような空前絶後の火力を持つ魔法を放ったりすれば、
「げほっ、ごほっ」
「な、なのは!」
大規模砲撃による肉体への負担、ブラスターモードの反動。それらがもろに
身体に圧しかかってきたのだろう。
なのはは激しく咳き込み、吐血、血反吐を吐いていた。
それが、七つの星光の力を弱めてしまう。
「……! まさかっ」
最初に気づいたのはフェイトのほう。
真っ白な光のなかから何かが高速で飛び出してきて、なのはに襲い掛かろう
とする。
魔導師セリムの意地。身体を防護するためのバリアジャケットはもはや原型
を留めておらず、黒炭のようになっているところがほとんどだった。
頭から肩から膝先から、だらだらと血を垂れ流し続けていて、常識で考えれ
ばもはや戦えるような状態ではない。それでもセリムは止まらない。
「させない!!」
反射的に、フェイトが空を翔る。バルディッシュにこめられていたカートリ
ッジはすでに空っぽで、フェイト自身の魔力もすでにゼロに近い。それでも、
動かざるを得なかった。なのはを守る。そのために。
ぎっ、ばちっ!
漆黒の色をした二つのデバイスがぶつかり合う。
バルディッシュの刀身が、鈍い音を上げて真っ二つにへし折られてしまう。
フェイトはそれすら気をかけず、刀身の半分を失ったバルディッシュを振り上
げる。
「なのはは――」
私が守る。
最後のほうは、もはや言葉になってはいなかった。
声を発することが、フェイトには出来なかったから。
胸を握り締められるような感覚。
幼いころ身体を襲ったものと全く同じ感覚が、再度フェイトの身体に圧し掛
かっていく。
「悪いがリンカーコアを借りておく。周辺組織も一緒にな」
ぶちり。
思わず耳を塞ぎたくなるような悲痛な音。
セリムは魔力物質であるリンカーコアだけでなく、フェイトの肉体そのもの
を強引に引きちぎる。赤い飛沫がフェイトの胸元から吹き出して、胸の先、握
り締めていたバルディッシュが赤く染め上げられていく。
「フェ、フェイトちゃん……」
亀裂が走り、いつ砕け散ってもおかしくないほどに傷ついた魔杖、レイジン
グハート。なのはは自身のデバイスを握り締め、口元を、バリアジャケットを
赤く染めて、それでもなお戦う意思を、姿勢を見せていた。
ずぶり。
「終わりだ、高町なのは」
「あ……」
なのはの意思を、心を、セリムが引きちぎっていく。
「私のような格下の魔導師にやられる。君としては思いもよらぬことであった
かもしれん。だが人生というのは存外そんなもの。渡してもらうぞ。レイジン
グハートを」
血塗られたバルディッシュを抱えたまま、セリムはなのはのレイジングハー
トに手を伸ばそうとする。
「……くぁ」
『
Divine Shooter』IS
レイジングハートの最後の抵抗。なのはの意識がしっかりしていれば、なのはに戦うだけの力が残されていれば、彼女は最後まで、悪と定めた相手、セリ
ムと戦おうとしただろう。だからレイジングハートは戦う。
主の誇りと、主自身を守るために。
魔力球を放った直後、真っ白なフレームが崩れ落ちる。
びきりっ
真紅のコア・クリスタルに走る亀裂。
力の全てを失った宝石が、次元の海へと落ちていく。
「く、回収を」
『
Master』レイジングハートを追いかけようとしたセリムは、デバイス・クラウストル
ムの声ではっとする。意識をなのはたちに集中させすぎていて気づかなかった
が、近づいてきているのだ。強い魔力が。
「この波長、魔力量。Sランク魔導師か。ち、後一歩だというのに……やむを
えん。レイジングハートは諦めるしかないな」
負傷した身体を引きずるようにして、セリムはその場を後にする。
Eフィールドの警護を担当していたSランク魔導師、リーン・T・ウィズ・
ノワール。彼が駆けつけたのは、セリムが立ち去ってから、まもなくのことで
あった。
あとがき
今更ですが、この物語は全三部構成を予定しています。といっても一部、二
部、三部の間に大きな時間の流れはありません。
しいて言うなら本編中で登場、活躍するキャラが大きく変化する、というと
ころですね。そして今回で第一部完結。次回より第二部に移ります。
二部は事件後から物語がスタートするので、人によっては欝展開と思う方が
いるかもしれません。なのはとフェイトが倒れ、スバルはほとんど怪我らしい
怪我なんて負っていないわけですから……。