魔法少女リリカルなのは Lastremote

 

 

 Stage.1 ファーストコンタクト

 

 

 ジェイル・スカリエティと戦闘機人によるミッドチルダ陸上本部襲撃被害、

通称JS事件から一年近くの年月が過ぎ、ミッドチルダ陸上本部にも以前と同

じ『平和な日常』が戻ってきはじめていた。

 とはいえ、それでも災害や事件が完全になくなるわけではなく、むしろ平和

になった分JS事件の際先送りにされていた色々な問題をまとめて片付けなけ

ればいけなくなり、事件当時より仕事量は大幅に増加してしまっていた。

「せやけど、クロノ君も仕事熱心やなぁ。でもあんま仕事ばっかしとると、エ

イミィさんに捨てられるかもしれへんで」

「おいおい、怖いこと言うなよ。でもまぁ、いい加減海鳴市に帰らないと子供

たちに顔を忘れられるかもしれないな」

「せやから私らだけでええっていったやん。シグナムやヴィータたちもいるん

やから、よっぽどのことがなければ平気やで。それとも、うちらじゃ頼りない

んか」

「いや、そんなことは。第一今回は瓦礫処理が目的だからね。心配はしてない

けど」

「けど?」

「うん、この事件には僕もかなり深く関わっていたから、できれば事後処理ま

で自分の手で終わらせようと思ってね」

「ふーん、なのはちゃんやフェイトちゃんと初めてあった事件やっけ。私はよ

う知らんけど」

「ああ。もう十年以上前の出来事だ。懐かしいよ」

 XV級艦船クラウディアの艦長、クロノ・ハラオウンの前方の大型モニターに

は苔のような深緑色に覆われた庭園の映像が映し出されていた。

 それは次元間にぽっかりと浮かんだ浮き島のようで、映像中では九つの小さ

な結晶体がそこに向かっている。

 その浮き島の名は時の庭園。

 11年前プレシア・テスタロッサが遺失遺産を違反使用した事件において、

プレシア・テスタロッサ本人が居ついていた場所。映像はジュエルシードと呼

ばれるロストロギアが回収された際、時の庭園の座標を計測するために撮られ

たもので、公式の記録ではこの映像からわずか二時間後、時の庭園は次元震に

よりその大半が破壊され、虚数空間に消えたとされている。

 クロノ本人もその事件に関わり、虚数空間に飲み込まれていくプレシアと時

の庭園をその目で見ているのだから、公式のその記録に偽りがないと確信を持

って言うことが出来る。

 時空の崩壊、空間の歪みが治るには最低でも十年近い月日が必要になる。だ

から事件から十年後、即ち今回の出航で次元の修復と瓦礫の駆除を行うはずで

あった。

 だが……。

「はやて、こちらから送った座標データはもう届いてるな。念のためもう一度

確認してくれ。それと、そちらで視認したデータに間違いや偽りがないかもチ

ェックしておいてくれ」

「んー、うちのほうでも何回も確認してみたんやけど、やっぱり間違いない。

時の庭園があった場所は確かにここや」

「そうか……わかった。こちらは本局のほうに連絡を入れて、過去十年のデー

タをもう一度洗いなおしてみる。データの報告漏れという可能性もあるからな」

 巡航L級次元航行艦船15番艦リステアとの通信を切断し、クロノはもう一

度過去に取られた映像と現在、リステアから送信されてきた映像とを見比べる。

 S-7241 N-3

 やはり座標は完全に一致している。時の庭園はここで次元震に飲み込まれた

ことは間違いない。なのに、いまここには何も存在しない。オーロラのような

次元の波が緩やかに漂っているだけだ。

 次元修復を行うには管理局からの許可が必要で、実際にそれを行うには巡洋

艦クラスの船と莫大な費用が必要になる。無許可で行えばよくて厳重注意の上

罰金、最悪逮捕の可能性だってある。

 次元修復は時空管理局が無料で行ってくれているのだから、民間の人間が逮

捕される危険を冒してまで、わざわざそんなことをするとは思えない。

 とすると、悪意あるものが何かの目的のため、時の庭園の残骸を回収したと

いうことになるが……。

「事故か悪意か、それとも本当に民間が処理しただけか。いずれにしろ、事実

報告だけでも本部にしておいたほうがいいな」

 コンソールパネルを呼び出すと、クロノはミッドチルダ陸上本部に報告を行

う。プレシア・テスタロッサ事件の中心地、時の庭園が消失した、と。

 

 

 ミッドチルダ中央区画。

1年前のJS事件により首都クラナガンを中心に多くの地域が壊滅的被害を受

けていたが、人々の努力のかいもあり現在はだいぶ復興しかけているよう。

ただ工事が増えればその分事故も起こりやすくなり、

「工場に取り残された人たちの状況は!?」

「はい、幸い火の手があがった場所が消防施設の近くだったこともあり、大半

は消防隊と06部隊によって救助されているようです。ただ工場の中央部で大規

模な落盤が相次いでいて、南側、工場の奥で作業していた方が数名まだ取り残

されているみたいで……」

 ミッドチルダ陸上本部災害用特殊部隊、通称ブリッツのメンバーはその名の

ごとく、電撃的な速度で災害現場へと向かっていた。

「わかりました。なら私は救助に向かいますので、皆さんは消防隊や06部隊

と合流して火の鎮火を」

「救助って、あちらはもう火の手が回って――」

「大丈夫です。こう見えても結構頑丈に出来てますから。行くよ、マッハキャ

リバー。ウイングロード、展開!」

「ちょ、ちょっとスバルさん」

 水色をした六芒星の陣が描かれて、空に光のレールが伸びて行く。

 スバルと呼ばれたローラブーツを履いた白い鉢巻の少女は軽くジャンプして

レールの上へと飛び乗ると、速度をあげて黒い煙の方へと走り出す。

 空を走る。

 矛盾した事柄ではあるものの、それを可能にするのが彼女の使用する先天魔

法ウイングロードである。陸戦魔導師であるスバルは本来飛行能力を持ち合わ

せてはいないのだが、空中を走るための道を意図的に作り出すことで、擬似的

にではあるものの空を飛ぶことができる、というわけである。

 スバル・ナカジマ。半年前に解散された本局古代遺物管理部機動六課に所属

していたAAクラスの魔導師で、JS事件の際の働きが評価され、ブリッツへと

転入された少女。

 人機融合を果たした存在戦闘機人でありながら強力なバリアジャケットに防

護されたその身体はまさに鋼そのもので、少々の寒さや熱などモノともしない

強さを持つ。それに加え彼女の持つ先天魔法ウイングロードは文字通り空中に

道を作り出すため、魔術の心得がない人でもその道を歩くことができる。その

ため被災者を安全な場所に送り届けることや、陸路を行くのが難しい場所など

に駆けつける際などに一役かっている。

 たださすがに道を作っても炎の海のなかに生身で入れるような人間はこの場

にはスバル以外いないようで、工場の裏手側へ続くウイングロードを走るのは

彼女一人だけ。

「すごい炎……」

 遠くにあるうちは黒煙のせいでよくわからなかったが、いざ近づいてみると

ごうごうと炎が燃え盛っており、視界の全てが灼熱の色に染まってしまう。

 赤い波が生き物のように激しくうねり、波が揺れ動くたび炎はその強さを増

していく。

 首筋をつぅーと伝っていった汗は顎の先で小さな雫となり、炎のなかへと落

ちていく。水滴は一瞬で蒸発して、黒い煙のなかへと溶けてしまう。

「急がないとまずいかも」

Shell Barrier

 前方に半球型の防御壁を張り巡らして、スバルは炎のなかを一気に駆け抜け

ていく。魔力障壁とバリアジャケットの二重結界ならばこの炎のなかでも耐え

られると判断したのだろう。

 はたしてその判断は正解で、一面の火の海を突破すると熱で表面が解けかけ

たコンクリート壁にたどり着く。出撃前に見た地図があっているならば、この

壁の後ろ側が工場の最南になるのだろう。

「生存者の方、聞こえますか? 今からここの壁を破壊します。危険ですから

少し下がっていてください」

 この炎のなかでどれだけ自分の声が届くかはわからない。貫通力のある魔法

で一気に壁を破壊すれば楽なのだけど、なかの状況がわからない以上迂闊なこ

とはしないほうがいいだろう。

この仕事における判断ミスは、人の死と直結してしまう可能性が高い。

 

仕方ない……。

 内部データを切り替えて、スバルは自身を戦闘機人モードへと移項させる。

「振動破砕で壁に穴を開けて、そこから壁を引き剥がしていけば」

 時間はかかるだろうけど、それが一番堅実な方法。

 壁に手を触れて、極々小規模の振動波を送っていく。出来るだけ急いで、出

来るだけ慎重に。

振動破砕は戦闘機人の強化骨格さえ容易に砕いてしまうほどの威力を持つ。

力の入れ具合を誤れば壁そのものを破壊してしまうかもしれない。そうなれ

ば天井の崩落に繋がり、なかの人たちが生き埋めになってしまう。

「慎重に……慎重に」

 あせる気持ちを理性という感情で押し殺し、スバルは少しずつひび割れた壁

に穴を開けていく。素早く行動できればそれに越したことはないが、失敗して

しまったら全ては終わりなのだ。

 失敗して恥をかきたくないなんて、そんなわけじゃない。

 自慢じゃないが六課にいたころは、毎日のようになのはさんにダメだしされ

ていたのだ。いまさら一、二回恥の上塗りをしたってなんてことはない。

怖いのは、自分のミスで誰かが死んでしまうこと。

 

私自身は後悔するだけですむ。だけど死んでしまった人は、後悔することす

らできないのだ。何で助けてくれなかったのかと責めてもこないし、自分の悲

運な運命を呪うことも泣くこともない。何を言っても何をしても、何の反応も

返してはくれない。

 それが死ぬということ。そして私は、常に人の命と隣り合わせの場所にいて。

「よし、これで」

ようやくに人一人がぎりぎり通過できそうな空洞を確保すると、スバルはそ

の空洞を潜り工場のなかへと入り込む。と、その瞬間にむせ返るような熱気

が辺り一面から溢れだしてきて、

「うわっ」

彼女は慌てて魔力障壁を張りなおす。

「こんなに熱いなんて……」

 工場の天井付近には真っ黒な煙が立ち昇っており、サウナのような蒸し暑さ

が部屋全体を包みこんでいた。

05特別救助隊です。誰か、誰かいないですか!」

 障壁なしでは立っていることさえ困難なこの状況。魔法が使えない人たちが

こんな場所に平気でいられるとは思えなくて、自然とスバルの声は大きなもの

に変わっていった。

 周囲に広がるのは炎の波と真っ黒の煙。人の姿らしきものはどこにも見当た

らず、否が応でも嫌な予感が脳裏をかすめていってしまう。

「う、ぅぅ……」

 そのとき微かに、本当に微かに聞こえた男の人の声。

「マッハキャリバー、左前方を」

 スバルはその声に気づくと、Protectionの術法で声が聞こえた方向一帯の炎

をまとめて吹き飛ばす。

 光の壁が流星のように流れていき、炎の海が二つに裂ける。

 海の中には膝を抱えしゃがみこんでいる一人の中年の男性の姿があって、ス

バルはそれを見つけると素早くローラースケートを走らせていく。

「き、救助隊か。助かった」

 そばまで近寄ったその瞬間、吹き飛ばしたはずの炎は潮が満ちるように一気

に勢いを回復させそのまま二人を飲み込まんとし、

「まずい、マッハキャリバー」

All light Shell Barrier

 スバルは瞬間的に球体障壁を作り出し、自分と中年の男性とを光の膜で包み

こむ。

うねりをあげる炎は瞬時に球体を飲み込みはしたものの、障壁に阻まれて内

部まで焼き尽くすことはできないようで、球体の表面にべっとりとまとわりつ

いているだけ。

「ふぅ、なんとか間に合ったかな」

 障壁の内側。スバルは額にかいた冷や汗を拭うと、携帯用酸素パックを取り

出してそれを男性に手渡す。男性はそれを素早く自分の口にはめると、そのま

まゆっくりと呼吸を繰り返していく。

「悪い、だいぶ楽になった。げほっ」

「落ち着いてくださいね。もう大丈夫ですから。指は何本に見えます?」

「ん……二本だな」

 男性のその言葉に、スバルは思わず安堵のため息をついてしまう。

 まだ危機が去ったわけじゃない。頭ではわかっているものの、ひとまずは被

災者を無事保護できたというのも事実。そのことに、少しだけ気が緩む。

 それはそれとして、切り替えないと。

 意識はしっかりしてるみたいだから、肺に煙が溜まってるわけじゃないか。

「すぐに救助隊がきてくれるはずです、それで……他の方々は」

 無言のまま小さく首を振り、男性は力なく項垂れてしまう。

 それが、返答。

「そうですか……」

 ある程度予想していた事態。とはいえ、いざその現実に直面してしまうと、

言葉では表現することのできない思いがこみ上げてきて……。

「とりあえず外に脱出しましょう。立てますか」

「あ、ああ」

 やりきれない思いは残るものの、今はこの人を助けることが最優先。

スバルは男性の手をとると、ふらつきかけている彼の身体を支えローラース

ケートを走らせて行く。

「出口はすぐそこです。急ぎましょう」

 障壁の範囲を前方に広げて火の中を掻き分けるようにして進んでいくと、ま

もなく穴の開いた壁が見えてきて、スバルと男性は細いその穴を通り外へと脱

出する。

外に出てもあたりが炎に包まれていることに変わりはないが、煙が空に逃げ

ていってくれるだけでも大分違うようで、室内にいたときのような息苦しさを

感じることはなかった。

「ひとまず救護隊に一度合流し――!」

「……? どうかしましたか」

 感じたのは悪寒。そして何者かに見られているような奇妙な感覚。

 どこに……。

 被災者の人が隣にいる以上、後手に回る事だけは絶対に避けないといけない。

なんとか相手が行動を起こすより先に位置を特定しないと。

 意識を集中させ、魔力のサーチを行う。

と、すぐに接近する魔力に気づくことはできた。だが問題はその位置……。

「真下! まずい」

 スバルは反射的に拳に魔力を集中させて、

「リボルバー」

 その魔力全てを、

「シュート!」

自分の真下にいるであろう相手に向け送り込む。

「じゃん、正義の味方セインさん参……おおぉぉぉぅぅぅぅぅ!」

 現れた青い髪の少女は魔力の塊に押しつぶされてしまい、哀れそのまま帰ら

ぬ人に……。

「って、勝手に殺すな!」

 帰らぬ人にならず、奇跡の復活を遂げる。

「セ、セイン。ごめん、間違えたみたい」

 とりあえず無難に謝っておくことに。

「まったくもう。この美貌に傷がついたらどうしてくれるのさ」

「だからごめんって、ところでどうしてセインがここに?」

 戦闘機人の能力は特殊なものか多く、刑期が終わるとすぐに各部署へと引き

抜かれていったらしい。セインがどこの部署に行ったのかスバルは知らないが、

少なくとも特別救助隊でないことは確かだ。同じ部署なら隊員リストに名前が

乗っているはず。

「どうしたもこうしたも、これだけ大きな火災だからね。救助隊だけじゃ人手

が足りないと思って。まったく、こうゆう緊急時でないと出撃もさせてくれな

いんだから前科持ちは辛いよ」

「あはは、でも心強いよ。セインがいれば火の手が強いところでも平気で通り

ぬけられるし」

「任されて。で、とりあえずその人を安全な場所まで連れて行けばいいのかな」

「うん、お願いねセイン」

 青い髪の少女、セインは男性の肩に手をかけると、無機物潜行(ディープダ

イバー)の能力を発動させる。

「おじさんしっかり掴まっててね。地中で私から離れたらそのまま生き埋めに

されちゃうよ」

「い、生き埋め!」

「あはは大丈夫大丈夫。私もしっかり掴んでるからよほどのことがない限り平

気だよ」

 水のなかに潜るようにとぷんと足をアスファルトのなかに沈みこませて、

「あ、そうそう。チンク姉とディエチも来てるよ。二人はアルトのヘリでこっ

ちに向かってるから少し遅れるかもしれないけど」

「え、アルトさんも来てるの」

「うん、足がなくてどうしようって思ってたときに察そうとヘリで現れて。格

好よかったねぇあれは。それじゃ、私はこれで」

 そのまま笑って地中へと潜り、

「えっ……」

 けれどセインの身体は、突然に訪れた寒気により硬直してしまう。いや、寒

気というのは正確ではなかったかもしれない。セイン、そしてスバルが感じた

のは身体に突き刺さってくるかのような、圧倒的なまでの魔力。

「これって!」

 それは先ほどスバルが感じたものと全く同じもの。

「戦闘機人が二体か」

「セイン、上!」

 その気配に最初に気づいたのはスバルのほう。

 灼熱に染まる大地の上空で、黒煙に紛れそれはいた。

 褐色の肌の若い青年。ネービー色のジャケットを着ていて、銀色の長い棒を

握り締めている。

「まさか……守護獣?」

 その青年の姿を見、スバルが真っ先に思い浮かべた言葉はそれだった。人型

をしている守護獣の姿は本でしか見た事がないが、守護獣の特徴とも言える獣

の名残を残す耳と尻尾をその青年も確かに生やしている。

 狐を思わせる長い耳と黄金色の尻尾。

「何なのあんた! いきなり現れてぶしつけなこと言ってさ」

「恨みはないが、」

 長棒を縦に構えると棒を手にしていない方の手、左手をスバルたちへとかざ

す。鳥の卵ほどの大きさをした熱色の球体。スバルは自分の真横に突然そんな

ものが現れたことに気づき、

「まずいっ、セイン早く潜って!」

 Protectionの魔法で自分とセインとを包みこむ。

「肩慣らしに付き合ってもらうぞ」

 瞬間、スバルとセインのいたであろう周囲一面が砕け、耳を塞ぎたくなるよ

うな爆発音が周囲に響き渡る。

 空中に浮かび上がったアスファルトの破片は熱によりどろどろに溶けてしま

っており、コールタールが雨のように地面へと振り注ぐ。

「ス、スバルっ」

 地面を削るほどの爆発と言ってもそれはあくまで表面だけだったらしく、地

中深くに潜ったセインにはほとんどダメージはなかったよう。あるいは、スバ

ルの張った魔力障壁に守られていたか。一瞬で何十メートルも深く潜れるとは

思えないので、おそらく後者であろう。

Protection

 デバイスの音声が響き爆発のなかから見慣れた短髪の少女が姿を現すと、

「よかった、無事だったんだ」

 セインは慌ててそこへと駆け寄っていく。

「何とかね。それよりセイン、早くその人を安全なところに。あいつの相手は

私がするから」

「う、うん。でも……」

「大丈夫。私だってstrikerなんだから」

「……わかった。任せたからね、スバル」

 言って、セインは男性を連れて地中深くへと潜っていく。

 セインが言いたかったことは、たぶんスバル自身が感じたものと同じもの。

セインは魔導師ではないが戦い慣れはしているはずだから、相手の力量を予測

するぐらいのことは出来るのだろう。

 だから気づいた。あの狐の耳を生やした男の人の力を。

それがセイン自身の力を大きく上回っていることを。

そして、

「行くよ、マッハキャリバー」

多分私よりも。でも……いや、だからこそ。

「ギア・エクセリオン!」

 爆発の影響で辺りは埃と炎に包まれているから、私の姿は向こうからは見え

ないはず。

「出てこないな、まさかエクスプロージョン一撃で……」

 単純な魔力総量で言えばあちらのほうが上だから、長期戦になればなるほど

はっきりとその差が現れてくる。

 ウイングロードを一直線に相手の方へと向けて、同時に振動破砕のISを起動

させる。ローラースケートから伸びた四枚の翼を羽ばたかせて、魔力を右手の

リボルバーナックルへと集中させていく。

 だから、向こうが手の内を出す前に……。

 光のレールを空にひいて、狐耳の青年の足元までそれを伸ばす。

「……!」

 レールに気づいたのだろう。狐耳の男が身構える。

 でも、私のほうが早い!

 ローラースケートの翼が羽ばたいて、直後地上からスバルの姿が消失する。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 スバルの姿は上空にあった。青年の魔力障壁の目の前。

 障壁に亀裂が走り、ガラスにひびが入るような音がなっていく。

 リボルバーキャノン。

 魔力を帯びた拳を超高速で叩きつけるという非常に単純なものだが、拳に鋼

の塊を装着している以上その威力は尋常ではなく、青年の纏っていた防御障壁

はその一撃によりかなりの損傷を負ってしまう。

 ただ、スバルにして見ればそれはあくまで前座。

「ディバイィィィィィンバスタァァァァァァァー!」

ひび割れた障壁に向け、零距離地点で練り上げた魔力の全てを叩きこむ。

「ぐっ……」

 青年は三重の障壁を張ってスバルの拳の威力をもみ消そうとするも、元々の

魔力の高さに振動破砕の力も加わっているせいかその全てを押し殺すことは出

来ず、衝撃により青年は後方へと吹き飛ばされてしまう。だが、

「はぁ…はぁ……」

 逆に言えばそこまでなのだ。

 自身の魔力と戦闘機人としての力を複合させた、スバルにとって文字通り必

殺の技であるはずなのに、吹き飛ばされはしたものの相手は倒れず、平然と前

方に浮かんでいて、

「危なかったな。主の言っていたとおり、やはり実践では一瞬でも気を緩めて

はいけないらしい」

 手にした銀色の棒をぎゅっと掴み、完全な臨戦態勢を取ってくる。

「はぁ…はぁ…主? ということは、やはりあなたは守護獣」

「いかにも。だが呼ぶならブラッドと呼んでくれ。主が俺に与えてくれた名前

で、とても気に入っているんだ」

「ブラッド、血? まさか、あなたがこの火災を!!」

「一応そうゆうことになる。事故を引き起こせば誰か強い奴が出てくるかと期

待していたんだが、思った通りだった。少し実践経験を積みたかったんでね」

「実戦経験? そんなことのために」

「そんなこと、とは酷いな。俺にとっては大事なことなのに」

「こんな大規模な火災を……」

 あの男の人に他の人のことを聞いたとき、彼は無言で首を横に振った。

 言葉にしたくなかったのだろう。言葉には言霊と言う魔力がこめられている

と聞いたことがある。口にしてしまえば、不透明なままの事実に色がついてし

まうから。

 同僚。昨日まで、いや一瞬前まで一緒に仕事をして笑っていたはずの仲間。

 その仲間をこのブラッドという男は、経験を積みたかったなんて言葉で……。

 息も切れ切れだったはずのスバルの瞳に光が宿る。

 全力の一撃でさえ容易く防いでしまう相手。それでも、

「カートリッジロード」

 目の前にいるこの男は、大規模火災を平然と引き起こした。それにより何百、

何千という人が苦しむことがわかっていながら。

「許せない……許さない」

 拳に装着されたアームドデバイスが回転し、薬莢を排出するとともに新たな

銃弾を装填しなおす。

「あなたは私が……」

 スバルは再びレールを伸ばして、

「倒す!」

 一直線にブラッド目がけマッハキャリバーを走らせる。

「ふん、幾ら早くとも機動が読めれば!」

 先ほどの動きで青いレール、ウイングロードがスバルの足場であることを理

解したのだろう。まっすぐにレールが伸びているということは、当然相手の動

きは直進だけの単純なもの。

「おぉぉぉぉ!」

「飛び上がったか。だがその程度で」

 空中へとジャンプして、スバルは両方の拳をブラッドへと構え、

「リボルバーショット!」

 高密度の魔力弾を連射する。

「ちっ」

 突然の射撃に驚きはしたものの、ブラッドは戦術の基本に従い障壁を張って

それらの弾を防御する。

威力そのものは大したことはないが、その連射力はマシンガンと同レベル。

数瞬動きを止めるには十分で、スバルは魔力弾を撃ち出しながらリボルバーナ

ックルへと魔力を集中させていく。魔力拳の威力を増進させるための高エネ

ルギー体、魔力スフィアを右手の先に作り出すと魔力を練りなおし、

「もう一撃、ディバイン――」

「なめるなよ」

 飛び上がったスバルの前方に小さな光の球が出現し、

「弾けろぉぉぉ」

 何の脈絡もなくその球が捻じ切れ、爆発を引き起こす。

 怒号のような爆発音が響いて、スバルがいたはずの地点が灰色の煙に包まれ

ていき、

「おおぉぉぉぉぉ!」

 爆煙のなかから黒い篭手が飛び出してくる。

「ち、さすがに丈夫だな」

強力な砲撃魔法があるのなら、威力の低い魔力弾で動きを止めるなんて面倒

なことはしないはず。相手の動きや技の様子から遠距離戦は苦手と予想したの

か、ブラッドはレールの上へと飛び上がり距離を取る。

 ブラッドのその予想は確かにその通りで、スバルの魔法のほとんどは近距離

でしかその威力を保つことはできない。だが、そのことは他ならぬスバル自身

が誰よりも理解していること。

「逃がさないっ」

 ブラッドのそばまでウイングロードを伸ばすとそこへ向けリボルバーナック

ルからアンカーを打ち出し、ワイヤーにより高速で接近する。

「はっ、そんな無防備な状態でなに言ってやがる!」

手に持っていた長棒を回転させると、ブラッドはそれをそのままアンカーに

捕まったままのスバル目掛けて振りおろす。

ぎ、がぎんっ。

 四枚羽根を羽ばたかせてローラーを前方に伸ばすと、スバルは長棒を受け流

しウイングロード上に着地しなおす。

「はぁぁぁぁぁっ」

 マッハキャリバーを走らせるとスバルは拳に魔力を集中させ、ブラッドの腹

部目掛けそれを撃ちこむ。

 ブラッドの身体を守る魔力障壁に亀裂が走り、そして……。

「……!」

 スバルの目の前にあの光の球が現れて、それが四散。

 灼熱と轟音が響いて、業火がスバルを包みこむ。

「くっ……」

 黒煙のなか、両手で防御障壁を張る短髪の少女の姿が見え隠れ。

「ち、威力を抑えすぎたか」

 ブラッドは後方に飛んで距離を取りなおすと、火力を向上させた火球をスバ

ルの周囲に次々と配置していく。

「エクスプロージョン、破砕しろ」

 球体が割れて飛び出してきた業火。空気中の酸素に触れたそれは空を覆い包

むほどの大爆発を引き起こし、大気を灼熱の色に染めていく。

「ウイングロード!」

 スバルは空に道を作り、ローラーでの高速移動とアンカーでの移動を組み合

わせることで、それらの爆発を器用に避けていく。

「はっ、よく動き回る」

だがそれは詰め将棋のようなもので、スバルの動きは次第に制限されていき、

「これで王手。なかなか楽しめたぜ戦闘機人。でも、さよならだ」

「しまっ――」

 生み出した球体をスバルに向けて撃ち出そうとしたその刹那、ブラッドの背

後に無数のナイフが迫り、弾け飛ぶ。

「くそ、いいところで邪魔してくれる」

 ナイフと爆破の二段構えとはいえブラッドの魔法障壁を破壊するまでには至

らなかったようで、爆風のなか狐の尻尾が見え隠れ。

 その尻尾の持ち主ブラッドが行動を起こすよりも、高出力のエネルギー砲が

その身体に直撃するほうが早かった。それは炎熱を帯びた爆風を切り裂く、光

の弾丸。

「な、何が……」

 光の道、ウイングロードをゆっくりと滑りながら、スバルは困惑した様子で

ブラッドのほうを見上げていた。

 動きを先読みされて、直撃を食らうのを覚悟していたのに。なのに爆発に巻

き込まれたのは相手のほうで、私は無事で。

 どうゆうこと……。

「危ない危ない。ぎりぎりセーフってとこだね」

 突然の出来事に混乱しかけていたスバルは聞きなれた声ではっとして、声が

聞こえたほうへとちらりと振り向いて見る。

「大丈夫だったかな。スバル」

すると、ビルの屋上に顔だけを覗かせてセインがこちらを見上げていた。

「セイン、あれってもしかして」

「うん、チンク姉とディエチ。スバルのサポートをお願いしたんだけど、チン

ク姉のナイフは射程が短いしディエチの砲撃は相手が動き回っててなかなか狙

いがつけられなかったらしくて、結果的に間一髪になっちゃったみたい。それ

にしてもやばかったね」

「はは……実を言うともう魔力が切れかかってて、エクセリオンモードも停止

してたんだよね」

「うわ、それってかなり危ないってことじゃん。ホントにギリギリだったんだ

ね」

「まあ、ね」

「魔力が切れかかってる? なるほど、虫の息というわけか。なら新手の相手

をする前に、お前は破壊させてもらうぞ」

「なっ!」

 黒煙を打ち貫く光の銃弾。煙が途切れると、黄金色の長い尻尾が再び姿を現

す。その身体は煙のなかにいたというのに埃一つついておらず、全くの無傷と

言えるような状態。それはつまり、ディエチの長距離砲撃でさえ彼の障壁を破

壊するには至らなかったということ。

「なんて奴……」

「スバル、こっちに」

「逃がさんよ!」

「いやいや、悪いけど逃げさせてもらいます。巻き添えにはなりたくないしね」

 その言葉で気づく。ブラッドの上空に浮かぶ真っ白なバリアジャケットに。

それを纏う管理局のエースに。憧れの存在に。

「なのはさんっ」

 不屈のエースオブエース。時空管理局最強とも噂される、空戦砲撃魔導師。

「あれが、高町なのはか」

 その白きメシアを見上げブラッドが微かな笑みを浮かべたことに、スバルは

まだ気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 あとがき みたいなもの

 始めまして、飛鳥です。なのはのSSは始めてなので緊張しながら、おっか

なびっくり書いていたりします。

 さて、今回の作品ですが3期終了後の設定がベースになっているためサウン

ドステージXの設定は完全無視となっております。パラレルワールド、もしく

IFストーリーのようなものをイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれ

ませんね。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。