とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第二十五話







「――甘」


 舌が蕩けるほど甘い。

温かな匂いに釣られて飲んでみたが、濃厚な甘さに俺は舌を出した。


「ココアは嫌いですか、良介さん。とっても美味しいのに」


 休憩時間。

ようやく泣き止んでくれたフィリスは、涙を拭いて仕事へ戻った。

取り乱して御免なさいと頭を下げて、白衣を着直して出て行くフィリス。

あいつを待つ患者は沢山いる。

例えどれほど感情を乱しても、職務は決して忘れない。

お人好しで子供っぽさのある女だが、患者の前では弱さを決して見せる事はないのだろう。

俺も入院中は我侭し放題だったが、医者のあいつに逆らえた試しがない。

・・・さっきも休んでいて下さいと優しく諭されて、まだ頭のふらつく俺はそのまま休ませて貰った。


――で、このアーモンドココアの登場である。


「病院側の対応というより、これってお前の好みだろ」

「あら、分かっちゃいました?」


 悪戯がばれたような顔をして、フィリスは暖かく微笑む。

分かるわ、ぼけぇ。

食べ物や飲み物に好き嫌いは別に無い。

食生活を選べる身分ではない。

出された物は何にでも有難く御馳走になるが、男として気取りたくなってしまうのだ。

それでも出された飲み物を素直に口にする俺――

甘さタップリの飲み物だが、不思議と心が落ち着いてくる。

先程まであった頭の違和感も、温かさと共に消えていく感じがした。

素直に感想を述べるのは癪なので、黙って飲み干す。


「どうですか、具合は? 大分落ち着きましたか」

「ああ、もう平気だ。最初から大した事は無かったからな。
・・・お前こそ大丈夫か? さっき――」

「も、もう、さっきの事は忘れてくださいって言いました!」


 わたわたと顔を赤くして手を振るフィリスが、お茶目だった。

やっぱ、こいつはこうじゃないとな・・・

中庭から病室に寝かさせるまでの経緯がはっきりしていないが、よほどショックな出来事があったらしい。

俺も絡んでいるのは間違いない。

――しかも、密接に。

聞きたい気もするが、また取り乱されると厄介なので黙っておく。

胸一つに収めてほしいと願うなら、そうしよう。

今日ばかりは素直にそう思えた。


「とにかく――何かありましたら、すぐに私に知らせてくださいね。
良介さんですからストレスではないと思いますが、精神的な病気は目には見えない分慎重に――」

「――待て。お前の心配振りが、逆に不安になる。
第一、俺にだって気苦労とかあるぞ」


 ここ最近は特に。

フィリスがここまで心配するくらいだから、中庭での記憶に無い俺の奇行は余程だったのだろう。

もしかすると、本当に疲れていたかもしれない。

花見の場所取りとかで悩んだり、似合わないことを何度もやったりしたからな・・・

女教師に追われたり、綺堂や月村に振り回されたり。


「気苦労、ですか? そういえば先程お花見がどうとか仰っていましたけど」


 良い機会なので、一気に話を進める事にする。

俺から誘う事にまだ抵抗はあるけど、悩みだすと余計に手間取ってしまう。

俺は包み隠さず話した――

高町家の御花見話から、私有地での絶好のポジションを借りれた事まで。

話し終えると、フィリスは湯気の立つカップを手にしたまま驚いた顔を見せる。


「私を、誘ってくださるんですか? ――良介さんが」


 うぐ・・・聞き返すな。

非常に答え辛いんだから。

桃子やレンに脅迫されたから――その声を無理やり飲み込む。

何となく、言うべきではない気がしたのだ

真面目に返答するのも恥ずかしいので、軽くまあな・・・と言ってやると、


「参加して宜しいのでしたら、是非。
フィアッセとプライベートで会うのは久しぶりですし、とても楽しみです」


 仲いいもんな・・・フィアッセとこいつって。

どれほどの接点があるのか興味はあるが、知ってどうにかなるものでもないので聞かない。

フィリスは俺をしっかり見つめて、


「・・・誘って下さって有難う、良介さん。とても――嬉しいです・・・」

「あ――いや、うん・・・別に・・・」


 ぐぅぅぅ、苦手だ。

本当に、苦手だ!

俺を見つめるフィリスの瞳は潤んでおり、美しく整った顔が俺に向けられている。

じっと見ていると吸い寄せられそうで、俺は必死に目を逸らした。

診察机を見ないように、視線はベット横の窓の外へ――


「――あっ!?」


 診察室の窓の下には、綺麗な花が咲いた花壇がある。

咲き並んだ花の真下に――


――俺を見つめる小さな目がある。


弱々しくも、何かを訴えているような瞳。

傷ついた身体を支え、必死で窓を見上げる小生物。

間違いなく、俺がさっき放置した動物だった。


「・・・? 良介さん、窓の外に何か・・・?」

「い、いや、何でもない。何でもない」


 俺はベットから起き上がって、急いでカーテンを引く。

・・・あの獣め。

軽く殴った事を恨んで、執念深く俺を探しているらしい。

以前久遠が飼い主抜きで病院まで俺に会いに来た事があるが、獣って実は頭が良かったりするのだろうか。

あの獣は明らかに俺の認識はおろか、位置まで特定している。


「どうしたんですか、良介さん。カーテンなんか引いて・・・
窓の外に何かあるんですか?」


 天頂に太陽が昇る時間、気持ちの良い天気。

カーテンをわざわざ閉める理由は全く無いので、早速部屋の主が怪しむ。


「い、いや、ちょっと眩しいかなって」

「日差しはそれほど強くありませんが」

「実は日の光って、俺嫌いなんだよね・・・」

「そんな不健康な事を言ってはいけませんよ、良介さん。
貴方には似合わないです」


 そう言って、カーテンを開けようとするフィリス。

く、まずい――

あの傷ついた獣を見れば、フィリスがどういう行動を取るか一瞬で予想出来る。

冗談じゃない。

何も知らないで押し通せるとは思うが、どうも嫌な予感がする。


「いいじゃないか、外なんて別に。
それより花見についてもう少し詳しく――」

「・・・どうしてそんなに必死になって隠そうとするんです?
窓の外に何があるんですか」


 普段のほほんとしているくせに、妙な所で押しの強い女である。

――挙動不審な俺のせいでもあるけど。

こうなったら、徹底抗戦だ。

意地でもどかなければ諦めるだろう。

力づくで抵抗すれば、フィリスが俺に敵う筈がない。

どかせるものならどかしてみやがれ。

いつまでも俺がお前に甘い顔をしていると思ったら、大間違いだ。

カーテンの前で睨み付けると、フィリスはにっこり笑って俺を見上げる。


「・・・」

「・・・」


 視線が絡み合う。


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・分かったよ、くそぅ」

「ふふ、ありがとうございます」


 笑顔で脅すとは何て奴だ。

俺はしぶしぶカーテンを引っ張って、フィリスに窓の外を見せた。




































































<続く>







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