とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第二十四話







 思い掛けないお宝発見に大満足だった俺に、水を差すナマモノが目の前に転がっている。


「・・・何だ、こいつ? 野生のリス――じゃないな。
ネズミにしちゃ上等な毛艶だし・・・」


 動物類には詳しくない俺には、さっぱりだった。

俺にとって獣の類は全て食料であり、日々の糧でもある。

身寄りのない人間の旅歩く日々は飢餓が常で、逼迫した状況が背景に張り付いている。

この町に来る前の俺がこの獣を拾えば、焼いて食っていた・・・・・かもしれない。


「・・・」


 身の程知らずにも俺に襲い掛かってきた獣は、今地面に倒れて気絶している。

見た目はボロボロで、よく見ると細かい傷が無数にあった。

致命打になったのは間違いなく俺の一撃だが、もともと負傷していたのだろう。

野生の動物が生きる環境は、常に弱肉強食。

特に人類が支配する社会の中を生きていくのは、本当に厳しい。

――同じ人間でも、一人生きていくのは大変なのだから。

俺は嘆息して立ち上がる。

見ていて楽しいものでもない。


「・・・放っておくか」


 此処は、病院の中庭。

腐乱する前に管理する側が気付いて、片付けてくれるだろう。

獣に運があれば、中庭へ来た患者か医者が見つけるかもしれない。

――中庭で生息していたのかは、判断出来ないが。

患者が内緒で此処で飼っていたペットだったかもしれない。

少なくとも俺には見たことのない、変わった動物だからな。

何にせよ動物を愛護する趣味は、俺にはない。

俺にとっての動物は、子狐の久遠一匹。

あいつはなかなか可愛げがあるし、いざって時に役立つ俺の家来だからな。

・・・俺のせいで怪我したのは事実だが、もともと最初に襲い掛かってきたのはこいつだ。

第一、何で俺がこんな生き物に情けなんぞかけなければならんのだ。

道路で車に轢かれて死んでいる犬猫を見ても、眉一つ動かさない俺。

死ぬなら、勝手に死ねばいい。

今の俺はこんな獣よりずっと大切な、お宝を拾っている。

そのまま獣を地面に放置して、俺は病院へと戻りながらポケットからブツを取り出す。


――蒼い宝石。


精巧にカッティングされており、太陽に反射して眩しく光っている。

山や海でたまに落ちている天然の綺麗な石とは、明らかに別種の輝きを持つ。


「むふふふ・・・幾らで売れるだろう、これ」


 売り飛ばす先は後で考えるとして、俺は鬱蒼とした木々から抜け出て芝生へと戻る。

周囲が広くなったところで、俺は宝石を太陽の光にかざして見つめた。

本当に綺麗だよな、これ・・・


――ゾクッ


背筋に快感が走り、発作のような感覚が波立つ。

心臓がギクシャクと震え、胸の芯から熱くなる。

何だろう、この感覚・・・

宝石の表面が鏡のように光を反射している。

自然に磨かれた光沢に映る俺の瞳――

何処までも、何処までも深く、そのまま吸い寄せられそうで。

俺は自分が何時の間にか、息を荒げている事に気付いた。


「俺の物・・・俺の物なんだ・・・」


 性的な興奮が放つ圧倒的な快感。

宝石を自分の物に出来た独占欲が、あらゆる刺激を誘発する。


宝石が――


――艶やかに俺を惹き寄せて――





「此処にいたんですか、良介さん!」


 ――ダレかの、声が、聞こえた・・・

女――?

耳の向こうから、怒ったような声が届く。


「もう・・・呼び出しに応じてくれないので、探したんですよ!
他の患者さんもいるんですから、少しは大人しく待っていて下さい。
いっつも困らせるんですから・・・


・・・良介さん?」


「・・・フィ、リス――」


 そうだ、フィリス、だ。

大勢の患者に好かれている女。

優しい眼差しと柔らかい微笑みは、誰にでも向けられていて――

――。

・・・。


「・・・? ど、どうしたんですか?
どこか様子が――

・・・? 手に持っているのは、何ですか・・・?」


 ・・・オレの、ものだ。

その優しさ。

その声も。

その笑顔も。

その温もりも――


「し、しっかりして下さい。良介さ――ぁぅっ!?」

「フィィィィィリスゥゥゥゥっ!!!」


 渡さない・・・誰にも渡さない!

バウンドする身体、固い地面の感触。

その腕の中に収まる身体の感触はありえないほど柔らかくて――


「――んっ、やっ、めて下さ――い。

ひゃっ! そ、んなところ、舐めない、で――あぅ」


 フィリス、フィリス・・・!

オレは艶やかに濡れた唇を奪おうとして――


――彼女の、瞳を見た。


必死に訴えかける目は恐怖よりも、悲しみに濡れていて――


「あ――ぐぅ・・・ぐぅうううう・・・!
うおぁああああああぁぁぁっ!!」


 霞んでいた視界が、一気に開ける。

快感も興奮も一気に冷え切って、強烈な圧迫感だけが胸を詰まらせる。

じわじわと頭を締め付ける、不愉快な違和感――

俺は必死で叫んで、精神の奥底から振り払った。


「・・・ハァ、ハァ・・・」


 真っ暗になった視界の片隅に、頭の中にあるフィリスの優しい笑顔が綺麗に映っていた。















「・・・・・・ぅ」

「あ――気が付きましたか、良介さん」


 重い瞼を開いて、俺は鈍重な眠りの世界より目覚める。

声に気付いて目を開けた途端、脳髄に鋭い痛みが走って顔を強張らせる。

何とか上半身を起こして――


――診察室で寝かされていた事に、気付いた。


診察机にはフィリスがカルテを広げており、目覚めた俺に気付いて視線を向ける。


「気分はどうですか? 痛みとかありますか」

「いや――平気、だけど・・・

俺、何で此処に・・・」


 確か俺は――中庭にいたはずだ。

待ち時間の長さに退屈して、病院を出て散歩へ行った。

私服で寝かされていた俺は、腰に手を伸ばして叩く。

ポケットの中にある固い感触が、はね返ってくる。

――お宝はあるか。

それから・・・


「・・・。

覚えてらっしゃらないんですか?」


 ――真っ直ぐに見つめるフィリスの目。

俺の眠るベットに腰掛けて、息のかかる距離まで近づく。

急な接近に、俺はギョッとしてしまう。


「覚えて・・・? 
いや、えーと・・・確か俺、お前に会いに来たんだ」

「私に・・・?」

「ああ。それで俺・・・中庭へ行って・・・あれ?
それからどうしたんだっけ。
えーと・・・

・・・へっ!? フィ、フィリ――」


 俺の首に回される小さな両手。

抱き付かれたと気付いたのは、一瞬遅れてだった。

俺は引き剥がそうとして、


「・・・良かった・・・いつもの良介さんです・・・

怖かった・・・怖かったんですから・・・」


 ――嗚咽するフィリス。

痛む頭と戸惑う心が、俺を居心地悪くさせる。

俺はただ――ごめんとしか、言えなかった・・・





































































<続く>







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