とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第二十話




実をいうと、二輪自転車に乗った経験がない。

一般家庭ではなく孤児院で育った俺は、自転車なんて買ってもらえなかった。そして孤児達も、自転車は欲しがらなかった。

親も居ない孤児にとって手に入れたい物は多くあり、二輪自転車の優先順位は残念ながら低い。孤児院で育った俺やガリ達もわざわざ値段の高い自転車を欲しがらなかった。


そんな俺が自転車を漕ぐのは勇気がいったが、人間何でも死ぬ気になれば何とかなるらしい。


「何なんだ、この救急車。運転手いないのに、どういう原理で動いているんだよ!?」


 海鳴大学病院から離れて、俺は遊歩道を自転車でかっ飛ばしている。自転車と救急車という性能の差はあれど、歩道を走る自転車相手では舗道を走る救急車では多少分が悪い。

歩道を歩く通行人がかっ飛びまくる自転車の俺を迷惑そうに見た後、無音で追ってくる救急車に目を見開いている。運転手が居ない救急車が自転車を猛追しているのだから当然だ。

老人は腰を抜かしているし、若者達は大騒ぎで携帯取り出してなんか撮影とかしている。誰か警察とか呼んでくれないだろうか、対処できるか分からないけど。


平和に暮らしている海鳴の人達に新しき騒動と話題性が巻き起こりつつある中、渦中の俺は必死だった。


「くそっ、こんな時に限って誰もいない。せめてアギトがいれば空を飛べるのに」


 俺のデバイスであることを何故か公言してくれるあいつは残念ながらいない。妹さんやディアーチェ達は俺の友人であるフィリスを捜索するのに全力を尽くしてくれている。

俺の友人知人は一人残らず何処かで何かしているが、彼らだって元を正せば俺がやるべき事を手伝ってくれているのである。俺は感謝するべきであって、批判なんて出来ない。

救急車を見やる。運転手こそ居ないが、この救急車は明確な意思を持って俺を追っている。何が目的なのか分からないが、この超常じみた現象は間違いなく何者かの意思がある。


だが、馬鹿め。よりにもよって、今の俺の住処と言うべきこの街で喧嘩を仕掛けるのは間違いだったな。


「そんなごつい車じゃ、脇道は入れないだろう」


 海鳴に住み始めて一年間、正直半分くらいは海外や異世界へ出向いていたが、海鳴の地理くらいは既に分かっている。

特に海鳴大学病院周辺は診察の為よく通っていたので、ルートは知り尽くしている。脇道は自転車は入れるが、自動車は入れない。

即座に走り込んで、狭い脇道をひた走る。狭い道で慣れない自転車を走らせるのは正直キツイけど、救急車を撒くためだ。仕方なかった。


とにかく救急車から距離を取って――


「きゃあああああああああああああああ!」

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 脇道を走っていると、周囲から悲鳴が上がった。完成混じりの悲鳴、喜びの中に恐怖が交じる生々しい人間の大声だった。

自転車を走らせながらギョッとしていると、周囲の住宅の窓から身を乗り出した人々が空を指さしてなにか叫んでいる。


思わず人々が指差す方向を見やって――仰け反った。


「嘘だろう、原理の分からん事をするな!」



 救急車が、空を走っている。



何を言っているんだと思うだろう、俺もそう思う。しかしながら、そ表現するしかないのだ。

脇道は入れないと、救急車は空中を走って俺を追っている。脇道をジグザグに走ると、救急車は器用に俺の進路を辿ってついて来ていた。

俺もパニックを起こしていたが、あり得ない現象を見てようやく気づいた。


「魔法――じゃないとすると、超能力か!」


 基本的に俺は現実主義であり、ファンタジックな要素は否定している。だからこそ超常現象が起きると、ミッドチルダの魔法だと決めてかかる節がある。

自分が信じられる以外の要素は、全て異世界の常識に押し付ける。そうして折り合いをつけてきたが、今回の現象は何なのか説明が付きづらい。

救急車を飛ばすくらいは魔法でも出来そうな気もするし、エルトリアの技術では機会を操る技術がある。どちらでも起こせる現象なのだが、そのどちらの事件も既に解決している。


まだ未解決な悪意こそが、超能力であった。


"そうだな、少なくとも今のお前なら信頼して打ち明けられる。答えはイエスだ。
フィリスは転送能力――自分以外のものを転送する「トランスポート」が使える"


 転送と聞くとミッドチルダの概念で当てはめれば転移になるが、超能力の場合はトランスポートの本領はあくまで転送である。

転送能力は物体を運ぶ力であり、力の程度にもよるが強力なトランスポートになると、自転車や救急車を運ぶくらい出来るのではないだろうか。

そう考えると、エンジンもかかっていないのに車が勝手に走るのも頷けなくはない。俺の手から携帯電話が飛んでいったのも、超能力で運んだのだと考えれば納得できる。


今も空を飛んでいるようにみえるが、実際は救急車を『空輸』しているのではないだろうか。


「トランスポート能力は、フィリスのHGS――そんなバカな!?」


 あいつが俺を狙っているとでも言うのか。お人好しを体現したかのような女が、こんなフザケた真似をして俺を怖がらせているとでもいうのか。

絶対にありえないが、実際あいつは今行方不明である。そしてチャイニーズマフィアはHSG患者を狙って、今暗躍している。

洗脳か何かされて、フィリスが敵対してしまったと考えるこそが、まさにファンタジックだろう。俺の嫌う要素であり、絶対に受け入れられない。


超能力ではない可能性もあるが、いずれにしても俺を狙っているのは間違いない。


「くそっ、狭い脇道に逃げたのはむしろヤバい!?」


 追走を防ぐ目的だったのに、逃走を妨げる要因になってしまっている。俺は歯ぎしりしながら、携帯電話を取り出した。

敵にとっては残念だが、俺は一年前の自分ではない。孤立無援になっているからと言って、孤独に戦うつもりなんぞないのだ。

超能力が原因なら、リスティに応援を頼めばよい。あいつの超能力の強さは、以前五階によるすれ違いで起きた戦いでよく分かっている。


運転しながらだと通話しづらいが、俺はリスティを呼び出そうとして――



携帯電話が、勝手にプッシュされた。



『もしもし、良介さん』

「! この声、フィリスか!?」


 画面を見ると、登録されていない番号がプッシュされている。しかし、携帯電話から聞こえる声はフィリスだった。

不気味なほど落ち着いたその声に、俺は慌てて耳を近づける。行方不明になっていた女からかかってきたのだ、飛びつかない筈がない。


フィリスはささやくように告げてくる。


『ふふふ、良介さん。会いたかったです』

「何いってんだ、お前。今何処にいる、リスティが探していたぞ!」

『駄目ですよ、良介さん。アタシが話しているのに、他の女の名前を出すなんて』

「だから、何言って――」



 ――"アタシ"が話しているのに。



「……誰だ、お前。フィリスじゃないな」

『いいえ、良介さん――"アタシがフィリス"です。アタシこそがフィリス、貴方が出会うべき女ですよ、ふふふふふ』

「ふざけんな、今俺を襲っているのもお前か。何処にいる!」

『何処って』





「目の前に、いるじゃないですか」





   携帯電話から意識を外して、俺は目の前を見上げた。

脇道の左右を彩る住宅の数々、道行く先を規律正しく並んでいる電柱。そして――道の終わりには交差点と、信号機。


毒々しく赤のランプを光らせる信号機の上に、銀髪の女が立っている。


昆虫状の光の羽を光らせるHGSの顕現。携帯電話を優しく弄ぶその手先は、魔女のように繊細で。

変わらぬ優しげな相貌と、無邪気に微笑む口元は好意に満ちていて。


フィリス・矢沢そのものの容姿をした女が、俺を愛おしく見下ろしていた。














<続く>








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