とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第九話






 俺が今まで旅をして廻って来た町々は、基本的に夜は賑やかだった。

別に都会を選んだ訳ではないが、どこでも駅前辺りは常に人通りがあって、夜店はネオンで照らされていた。

ビル郡がない田舎でも街灯は普通に煌々と光を放っており、一般道には車が走っていた。

コンビニエンスストアは二十四時間営業しているし、夜には夜で仕事に励む人もいる。

活動をしているのは大人に限定されず、学生達も塾だの何だので夜も行動している。

俺のような社会に爪弾きされている者にとっては、夜は生きる上での一つの変化に過ぎなかった。

食料を求めて街中を歩くのはざらだし、夜中には山で鍛錬を行っている。

夜の森や山は独特の雰囲気があり、緊張感がみなぎるのだ。

今のこの国ではもう夜は闇に包まれるだけの世界にすぎず、暗闇を恐れる事はないのだろう。

少なくとも、今まで俺はそう当たり前に思っていた。

この町に来るまでは―――


「何だ、この静けさは。皆寝ているのか」

「くぅ〜ん……」


 周りを見定めて呟く俺に、狐が縮こまって鳴いた。

山で油揚げを条件に俺と共する事を約束したこの狐を連れて、俺は再び町へとやって来ていた。

真夜中に差し掛かって、日にちも変わろうとするこの時間帯。

確かに一般家庭ではそろそろ家族揃って寝静まる頃だろうし、カタギの人間が少なくなるのは分かる。

だが、それにしたって妙に静か過ぎる気がするのは俺の気のせいだろうか?

今まで家々が並ぶ住宅沿いを歩いて来ていたが、誰一人出会わなかった。

普通なら酔っ払いとか残業帰りのおっさん共や、何が楽しくて騒いでいるのか分からん連中がいる筈だ。

ところが家の灯りは殆ど消えており、住宅街は夜風が吹き荒ぶのみだった。

なんと言えばいいのだろうか、妙に人気が少なすぎる気がする。

生きている匂いを感じさせないとでもいうのだろうか?

静けさは妙な緊張感を漂わせており、まるでお化けでも出そうな雰囲気だった。


「なあ、狐。この町って夜はこんなもんか?」

「……」


 疑問を絡めた俺の言葉に、狐は困ったように首を竦める。

こんな子狐に聞いても仕方がないのだが、話し相手がいないので仕方がない。

それにこの狐はなかなかいい働きをしてくれている。


「気にしても仕方がないか。それよりも、うう……寒いな……
お前がいてくれて助かるぜ」

「くぅん」


 日中はそれほどでもないのだが、夜はまだまだ風が冷たい。

散財して買ったカップ麺の暖かさもすっかり身体から消え失せており、全身を冷たく震わせる。

黒のTシャツに薄い上着一枚では、寒さを凌ぐのは流石に無理だった。

ジャンバーとか欲しいが、あんなくそ高い服を買うのはとても無理である。

何しろ全財産は500円足らずなのだ。三桁もない。

服を買う事はおろか、後何日かで餓死してもおかしくはないほど貧困な状況なのだ。

暖房機器が利いている店に突入したいが、こんな夜中にあいているのはコンビニだけだ。

しょうがないので、俺は油揚げを前払いした子狐を胸元に乗せている。

初めかなり抵抗はされたが、そこは俺。

買収もとい正当な取引を行った以上、俺とこいつは主従関係にある。

半ば無理やりシャツの中へ押し込んで、俺は剣を腰に行動を開始した。

まだ子供だからか、体毛はふんわりとしていて暖かくて気持ちがいい。

正に天然の毛皮といったところで、油揚げをご馳走した甲斐があったというものだ。

何しろこんな寒空の下で行動しているのだ。少しでも暖めなければ死んでしまう。

こんな苦労をしているのは、そもそもあのじじいを完膚なきまでに俺が叩きのめすためである。
昼間はノエルに車で案内してもらったので、道場までの道は比較的覚えている。

出来れば通行人とかに道を聞きたかったのだが、一人で出会えない。

かといって警察に頼る訳にはいかないので、勘を頼りに向かっていた。

この時間帯だとじじいは自宅にいる可能性はあるが、そこはそれ突き止めればいいだけである。


「あんなに広い道場を持っているんだからそこに住めよな、たくよ」


 文句を言っても仕方がないが、こんな夜に行動する人間の身になってほしい。

……俺の都合だけどな。

そうして夜風に身を震わせながら、俺達二人(一人と一匹)が一路道場へと歩いていた。

その間コンビニや道路の傍らを通り過ぎたのだが、やはり誰も見当たらない。

コンビニ内には店員しかおらず、たむろしている奴らの姿もない。

別に怪談話を信じる程俺は幼稚ではないが、人っ子一人いないのは妙な寂しさを感じた。

孤独を感じた訳ではない。そんなものはもう慣れている。

旅を続けた時から、俺はずっと一人でやって来たのだから。

ただ、この町の夜の静けさに何か感じるものがあったのだ。

俺は何とはなしに腰元の剣に手を触れながら歩いていると、やがて見覚えのある十字路に差し掛かる。

ようやく辿り着けそうなので、俺は嬉々として走った。

軽い足取りの赴くままに右折して、そのまま一直線に駆けて行く。


「見てろよ,じじい。鍛錬を積んだ俺の剣術をたっぷりと拝ませてくれるわ!
今度こそ目にもの見せて――うん……?」


 高らかに叫んで走り込んでいると、前方に何かでかい物が置かれている。

住宅街からやや離れている広い道路なのだが、明らかにそれは障害物のように道路中央にあった。


「何だ、ありゃ?落し物か?」


 自分で言っておいてなんだが、落し物にしてはでかい。

大体人間の身長くらい――って、人間だと!?

ハッとした俺は近づこうとした時、俺の胸元から狐がポロリと落ちる。


「くぅん!」

「あ、おい!? ちょっと待て、子狐!」


 主人である俺を無視して、想像もつかない敏捷さで子狐はそれに近づいていく。

俺は慌てて駆け足で後を追いかけて、やがて気がついた。

足を歩めば歩むほど、ただならぬ気配と濃密に鼻にすえる強烈な匂いに。

胃に強烈な吐き気に脳を激しく揺さぶる圧迫感。


それはまさしく血臭だった――


「くぅん、くぅん!」


 子狐は道路の真ん中で倒れ付しているその人物の傍へ行き、しきりに俺に向かって鳴いている。

畜生の言葉なんぞ知る由もないが、助けてやってくれと言っているような気がした。

俺はとりあえず深呼吸一つして動揺を抑え、恐る恐る倒れている人間を覗き込んだ。

その一瞬後、俺は口元を抑える。

思わずかっこ悪くも絶叫しそうになったからだ。


「こ、こりゃあ……」


 道路の真ん中で寝そべっていたその人物は男であり、頭から血を噴き出して倒れていた。

こんな時、月明かりを恨めしく思えてならない。

闇夜の雲の陰より差し込む月光は俺と倒れている人間を明確に映し出し、場を演出していた。

一瞬幻かと思ったが、目の前の光景はあまりにリアルだった――


「くぅん!」

「わ、わ、分かってるよ! え、え〜と、こういう場合は……」


 我ながらかなり混乱していて、何をすればいいのか分からなかった。

落ち着け。冷静になれ、俺!

よく考えろ、よく考えるんだ……

俺は前先道場に向かっていて、その途中にこいつは倒れていた。

転んで頭を打ったとかには全然見えない。

明らかに誰かが背後から何か鈍器のような物で一撃して倒したのだろう。

後頭部から夥しい血が流れており、横顔を血で染めている。

あまり見ていると気分が悪くなるので、もうやめておこう。

被害者は男で、来ている服装はジャージだった。

荷物に竹刀袋があるのを見ると、こいつも剣道家なのだろう。

あのじじいの門下生だろうか?

いや、でも他に道場だってあるかも――


「ああ、考えがまとまらん!」


 分からん、訳が分からん。

通り魔か? それともこいつを狙ってやったのか?

何のために? 誰が? どうして?

グルグルと思考が波立って、俺の頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱す。

髪の毛を乱暴に掻き毟っていると、ふと倒れている男の手元に視線が止まった。

利き腕なのだろうか、倒れている男は右手にしっかりと細長い棒を握っていた。

少し気になって俺は握る男の手を力任せに解いて、自分の目の前に掲げる。


「木刀――これでぶん殴られたのか?」


 男が握っていたのは何の細工もない木刀で、かなり本格的な作りとなっている。

じっと見ると、木刀の先端部分は黒い曇りで染まっている。

恐らく、いや間違いなく血痕だろう。

犯人が残したのを我知らず握り締めたのか、それとも犯人から奪い取ったのか。

推理は立てられるが、今一つ検証はできそうになかった。

それよりもまず一応救急車を呼んでやって、退散した方がいいか。面倒になる。


「貴様、そこで何をしている!」

「えっ!?」


 驚愕と怒りに震える声に心底びっくりして視線を横に向けると、俺が来た道より一人の男が立っていた。

男は信じられない物を見るような目で、俺を見開いた眼差しで見つめる。

何となく見覚えのある顔だった。

「お前、確か道場の……?」


 間違いがなければ、俺が殴りこみをかけた時にじいさんの傍らにいた男だった筈だ。


「貴様が――貴様がやったのか!?」

「ハァ? お前、何を言っ――うげっ!?」


 そこで、俺は気がついた。

月夜に、頭から血を流して道路の中央で倒れている男。

その傍で血のついた木刀を持って傍らに立っている俺。

もし第三者が今の状況を見れば、いったいどう思うだろうか?

そんなもの、決まっている。俺=犯人だ。


「ちょ、ちょっと待て! 俺は何もしていないぞ!」

「問答無用だ、言い逃れはできんぞ!!
そこでじっとしていろ。今すぐ警察に連絡する」


 男は本気の目で、俺の言い分を聞かずに走り出そうとする。

待て待て待て待て待てーーーーー!

冗談じゃない! ここで警察を呼ばれたら、俺は問答無用で捕まる。


「人の話を聞けよ、俺は本当に何もやっていない!」

「人殺しーーー! 人殺しだーーーー!! 誰か来てくれ!!」


 ああああああああ、そんな大声で叫ぶなぁぁぁぁぁ!

もしこの世に運命の女神がいるのなら、そいつは今夜俺の敵に回ったようだ。

男の大声に触発されてか、たまたま近くにいたのだろう複数の足音が前方より聞こえてくる。

すっかり動揺した俺は即座に動く事が出来ずに二の足を踏んでいると、やがて対面より多数の人間が来た。


「人殺しだと!? どこにいる!!」

「あいつだ! 凶器を持っているぞ!!」


 やってきた人間は、どいつも年齢層が高めな中年の親父共だった。

親父共は俺を見ては驚愕と非難の声を上げて、俺を逃がすまいとする。

だが、どうやら俺が木刀を持っているせいか、迂闊に近寄れないようだ。

状況が状況なので俺も手出しができずにいると、中年達の間から一人の男が出てきた。


「――下がっていて下さい。俺が何とかします」

「高町君、気をつけるんだぞ」


 高町?

聞き覚えのある苗字に俺が反応するが、男は無表情のまま一歩前に出る。

黒づくめの全身スタイルに、鋭い眼光を秘めた瞳。

立ち振る舞いは気品より凛々しさを感じさせ、立っているだけなのにまるで隙を感じさせない。

男は徒手空拳ではあるが、このまま立ち向かっていってもあっさり反撃されそうな凄みを感じる。

……やばい、こいつ――強い……

緊張感に喉を鳴らすと、背後からガサガサ音が聞こえる。

ハッとして振り返ると、門下生の奴が手持ちの竹刀をかまえていた。


「挟み撃ちとは、念入りなことで」


 前門の虎に後門の狼ってところか。

左右に道はない。逃げる事もままならない。

追い込まれた俺は額に汗をかいた。

このまま戦ってもジリ貧。

後ろの奴の実力も分からない上に、前の男は得体の知れない何かを感じる。

ましてや抵抗すれば、俺の疑いはより濃厚となってしまう。

どうする……どうする……

悩んでいる時間はない。俺は瞳を閉じて一瞬考え、そして決断した。


「む、抵抗する気か貴様!」

「―ー二刀流か」


 俺は腰元の剣を抜いて、左手に剣・右手に木刀のスタイルで二人と対峙した。




























<第十話へ続く>







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