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とらいあんぐるハート３　To a you side　第十二楽章　神よ、あなたの大地は燃えている! 　第四十六話

　晩餐会による接待という腹の探り合いは美味しいデザートで締め括られ、交渉事はどうにか成立した。食事が終わり、いよいよ商談へと移る。

幸いというか余計な事というか、シュテルやクアットロによる取引で契約事項は取り纏められている。ミラココアさんの入室により、正式な取引契約書が提示された。

契約事項は数多いので主契約を要約すると、CW社はミッドチルダで開発した技術力を提供し、ポルトフィーノ商会は人脈、コネクション、資金を提供し、交易ルートに乗せて製品を売り出すという取り決めである。

CW社とポルトフィーノ商会による商談となってアミティエ・フローリアンは不安そうな顔を向けてきたので、俺はきちんと確認しておいた。

「我が社は惑星エルトリアに研究所を設け、新しく支社を起こす予定です」

「我が商会もこの度フローリアン様の開発成果を大変評価しており、連邦政府も納品した人工衛星には大変満足されておられます。
本来契約の締結といたしまして、コロニーへの移住を推し進める所存でしたが――契約の履行はいかがされますか」

「は、はい、あの……嘆願させて頂いておきながら誠に恐縮ですが、その話については撤回させて頂けませんか！」

「ふふ、そう恐縮なさらずとも構いませんよ。契約が不履行になった訳ではございませんし、こちらとしては人工衛星の完成に感謝さえしております。
勿論これまで通り惑星エルトリアへの交易は続けてまいりますし、今後はエルトリア復興にも協力させて頂く所存です」

「！　あ、ありがとうございます。父や母に代わりまして、お礼を申し上げます」

　契約を結んだCW社が惑星エルトリアで開発と開拓を続ける以上、ポルトフィーノ商会も知らん顔は出来ない。契約事項に惑星エルトリアへの支援援助を取り付けられて、アミティエはようやくホッとした顔をする。

俺やリヴィエラが敢えて公言しなかったのは、暗黙の了解となっていたからだ。惑星エルトリアへの撤退はお互いの活動拠点を失うことになり、技術革新を進める弊害となってしまう。

惑星エルトリアは連邦政府より見捨てられた大地であり、誰も立ち寄らない世界。技術革新を進める上で、これほど極秘開発に向いている土地はない。

何しろ惑星丸ごと空き放題になっている世界だ。代表であるフローリアンと懇意になっておけば、ある種やりたい放題できる。企業から見れば、垂涎の惑星であった。

「食後の歓談というには物騒ではございますが、改めて今後の話に移らせてもよろしいでしょうか」

「ええ、是非お願いいたします。改めて、貴重なお時間を頂けてありがとうございます」

「社長であるリョウスケ様自らの営業に応じたまでです。久しぶりに魅力的な商談が行えて、私に胸がときめいているのですよ」

　カップ片手に魅力的な微笑みを向けられて、俺もにこやかに笑顔を返した。これだけ見れば男と女の魅惑の時間に見えるが、傍目から見れば美女と野獣なので哀しいところではある。

何しろリヴィエラ・ポルトフィーノは高貴な御令嬢であり、中卒職歴皆無な浮浪者なんて及びもつかない相手だ。しかも地球と異星という絶望的な距離感、本来であれば一生会うこともなかっただろう。

何の因果で高級ホテルの一室で男女の時間を過ごせているのか不思議でならないが、これから商談を行うとなると真剣勝負とは違った緊張感がある。

契約書を前にした商談ともなれば、剣を手に向かい合う決闘さながらであろう。

「我々が今後手を取り合うに当たりまして、重要となるのはやはり惑星エルトリアでありましょう」

「こちらの現状は既に把握済みと思っておりますので、説明は省略いたしますね」

「不確定事項もございますが、ほぼ概ね事情は察しているつもりです」

　本人は謙遜しているが、実質は完璧に理解しているに違いない。むしろ俺達よりも連邦政府に精通している彼女の方が詳しいかも知れない。

状況を簡単に整理すると、立ち退き勧告が出ていた惑星がポルポ代議員の指示により強制退去の憂き目に遭っている。モンスター襲撃の事実を大っぴらにした形だ。

厄介なのはリヴィエラ・ポルトフィーノやポルポ代議員がモンスターの襲撃を受けた事自体は事実であり、撃退したとはいえエルトリアが危険な土地であることには違いないという点だ。

リヴィエラが保証人となってくれたが、だからといって彼女の厚意を素直に受け入れるのは危険だった。心証を悪くしようと、この場で正しく言及する必要がある。

「リヴィエラ様や商会の方々が襲撃を受けたのは事実です。大変申し訳なく思っておりますが、敢えてご認識をお伺いしたいところです」

「その点についてはリョウスケ様には――と、私のことはリヴィエラでかまいませんよ。私とリョウスケ様は今後対等の関係となるのですから」

「承知いたしました。ではリヴィエラさん、とお呼びさせて頂きます」

「ええ、改めてよろしくお願いいたしますね。リョウスケ様」

　お互いに対等の関係だからといって、自分の女であるかのように名指しする訳にはいかない。対等であろうとも社会には階級があり、公共の立場というものがある。

無邪気に呼び合えるのは恋人や夫婦となってからであり、公私を重んじる場では丁重さが大切であった。事実、彼女はあくまで俺を様呼びして祭り上げている。

この点はカレン達からも徹底した注意を受けており、関係性の重要さを説いてくれていた。親しき仲にも礼儀ありは、社会に生きる者達の名言であった。

親しくさせていただきたいとしながらも、お互いの関係性を図っていく。貴族との付き合いとはそういうものだった。

「襲撃を受けた事を問題視するつもりはございません。窮地を救って下さったリョウスケ様を恨む道理はございませんわ」

「そう言って頂けて、少し肩の荷が下りました。しかしながら、ポルポ代議員は問題視されている」

「実のところご本人より、私宛に連絡がありました。私の名誉を守るべく、然るべき処置を執り行うと、張り切っておいでなのです」

「ご本人の意向ではないと、受け止めてよろしいのですね」

「無論です。彼が代議員である以上独断専行とは申しませんが、私情で特権を行使したと見ています」

　少しだけ安心した。リヴィエラ・ポルトフィーノの意向ではなさそうだというのはあくまでこちらの心証であり、事実かどうかは不明であったからだ。

実際は問題にする気満々でポルポ代議員にすり寄っていたのであれば、かなり難儀な事態になっていただろう。当時初対面だったリヴィエラの内面までは把握しようもなかった。

商談を行っているこの場で大嘘を付く意味もない。彼女の意向ではないことは、真実だろう。確証が取れただけでも、状況の改善にはなっている。

しかしながら、事態の解決にまでは至っていない。

「遅かれ早かれ、リヴィエラさんが惑星エルトリアに新たな活動拠点を設けることは知れ渡るはずです。ポルポ代議員が態度を軟化することは考えられませんか」

「テレビジョンの発表とCW社の提携は、既に公となった事実です。撤回するのであれば今が機ではございますが――
問題は我々の認識と、彼の認識が異なることでしょうか」

「……後になればなるほど傷口を広げてしまうのに、徹底抗戦に出ることもあり得ると」

「振り上げた拳は下ろせないという、殿方の厄介な性分でありますわね……貴族であれば特に体面にも拘りますから」

　リヴィエラ・ポルトフィーノが惑星エルトリアを活動拠点にするという事実は裏切りにさえ見えるはずだが、あくまで女のために振り上げた拳は下ろせないか。

剣に縋り続けた自分に言えた台詞でもないのだが、誰も望んでいない勝負に自らのプライドを掛けて拘り続けるのは滑稽に見える。我が身を思えば哀しくもなるが。

リヴィエラとしても迷惑なのでやめてくださいとは言えないのだろう。彼女は聡明な女性だ、プライドに拘る貴族がムキになる怖さというのを理解している。

テレビジョンの発表は、彼女なりの思い切った一手によるものなのだろう。

「テレビジョンによる電気通信放送が実現される運びとなり、マスメディア関連はほぼ一手にこちらの味方となっております。
映像を遠方へと送る通信技術をカレドヴルフ・テクニクス社が開発実現してくださったおかげで、ポルトフィーノ商会も私が代表として特許を出願してまいりました」

「マスメディア関連の熱狂ぶりは連日の放送で伝わっておりますが、よく政府筋からの圧力に屈しませんでしたね」

「むしろ、逆ではないかと」

「逆……？」

「なにしろ電気通信放送が実現される段取りが整ったのです。この重要性はメディアが何よりも理解しているはずです。
今までは通信技術が未発達で情報の伝達手段が限られてしまい、政府による情報統制が当然のように行われておりました。
テレビジョンによる電気通信放送であれば情報の拡大差が約束され、情報統制も困難となります。

そこへきて政府からの圧力があったとあれば、メディアが今までの不満を爆発するのも当然ではないかと」

　すました顔で食後の紅茶を飲む彼女を目にして、ゾッとする――不満を爆発させたのは、間違いなくこの女だ。

積極的に煽ったのではない。彼女は、導火線に火をつけただけ。後はマスメディアが熱狂して、テレビジョンという爆薬を思い切り爆発させてしまったのだ。乗せられているとも知らずに。

情報統制が通じないとなれば、政府内で混乱が起きるのは当然。このまま放置すればマスメディアによる情報戦争にまで発展しかねないので、彼らは緊急動議が出すしかなかった。

テレビジョン実現による、"電波法"の提案――世論に押されて提出してしまった。

「いやはや、大した策士ですね。見事な戦略手腕、恐れ入りました」

「私など、リョウスケ様の足元にも及びません。ここまでの事態に発展することを見通して、私に商談を持ちかけたのでしょう」

　悪い男だとつややかに微笑んで、俺を見やる――はて？

「クアットロさんよりリョウスケ様のお言葉をお聞かせ頂けて、私も奮起する決意が付きました。

"皆さん、このテレビジョンは神様からのプレゼントだ。
私達はこのプレゼントを手にして娯楽を提供し、人類の未来と世界の平和を実現してみせましょう。

人々の理解を深め、偏見を根絶し、惑星間にある差別をなくす。このテレビジョンこそ、皆さんの未来を開いてくれるでしょう"

――見事な演説に思わず感嘆の息を漏らしてしまいましたわ』

　それはあいつの捏造だああああああああああああああああああああああああああ！

えっ、というか俺がこの騒ぎを仕掛た張本人と思い込んでいるのか！？　違うぞ、お祭り騒ぎにまで発展させたのはあの眼鏡女だからな！

クアットロのバカ野郎のせいで彼女が奮起してしまったのか。なんて奴だ、俺がまるで女を誑かせる悪い男みたいに思われているじゃねえか。

しかし今となっては、それこそ後の祭りである。

「電波法が議題に上がっておりますが、リヴィエラさんの見立てではいかがですか」

「時期尚早ではないかと思っております。何しろテレビジョンの発表は先日行われたばかり、本格的な放送に至るまで猶予を必要とします。
電波の公平かつ能率的な利用を我々が確保しようとしているのも、政府からすれば面白くはないでしょうから」

「なるほど、それでCW社が公共の福祉を増進することを目的としていると訴えているのですね」

「連邦政府が反対しても、主要各国がどうしたって注目いたします。どの国も全てが豊かではございませんし、連邦政府の干渉を大小あれど受けています。
その矢先に公共の福祉増進が目的と聞けば、主要各国も検討せざるを得ないでしょう」

「連邦政府にすり寄る姿勢を見せることで、連邦政府と主要各国の利権争いにまで発展させるということですね」

「そこまで事態が発展すれば、惑星エルトリアからの強制退去は実質的に困難となるでしょう。
先住民を追い出して利権を確保しようとすれば、マスメディアも黙っていない。公共の福祉増進を否定するのかと、抗論になりましょう」

　……連邦政府との戦争になれば勝ち目は薄いかと思われたが、リヴィエラ・ポルトフィーノによって着実に政府が追い詰められようとしている。

メディアは衛星を通じ、音声と映像をデータ媒体化して情報展開していた。ゆえに限られた範囲であり、政府承認の情報を送る手段でしかなかった。

新型の通信機器及び衛星より発信する通信電波を利用、映像を電気信号に変換する機器の開発と、映像信号を増幅する装置が諸各国に提供される運びとなってしまえば、政府の独占も出来ない。

技術の実現により、惑星間を隔てた地点間でのデータ送受信が実現できるのであれば――主要各国も黙っていないということか。

「連邦の政府研究所でデータ送受信の公開実験に成功したとの事ですが、よく実現できましたね」

「御社に所属さているシュテルさんの才能は素晴らしいですね。リョウスケ様のご息女でなければ、私が商会に引き抜いていたかもしれません」

　くそっ、あいつの交渉によるものか。よほど派手に宣伝して、政府の公開実験にまで漕ぎ着けられたらしい。

恐らく政府側は失敗を想定して、政府研究所の使用を許可したはずだ。もしもここで失敗すれば、それ見たことかで収まる。

電子走査式衛星装置の実現なんてありえないと、高を括ったに違いない。異星どころか、異世界からから持ち込んできた技術なんて誰も想像できない。

結果としてテストは成功し、テレビジョンの実現は本物となってしまった。

「さて、ここからの予定について詰めてまいりましょう。
まず我がポルトフィーノ商会が資金提供を行い、カレドヴルフ・テクニクス社の元で電子走査式衛星装置が考案される運びとなっております。

電波法が可決されて衛星装置が実現化した際は、テレビジョンによるメディア放送が行われる予定です」

「世界初の定期試験放送の幕開けとなるのですね」

「電波法については今も紛糾しており、主要各国からも連日問い合わせが来ているようです。緊急動議も出されておりますし、両院による法案の発議が行われるでしょう。
特定の問題を研究するための特別委員会が開催されるはずです。
委員会における審問として惑星エルトリアへの正式な協議を行うべく、表立っては助言と同意を得る名目として証人の場に我々が呼ばれます。

電波法の可決に向けた委員会――ご同席をお願いできますか、リョウスケ様」

「強制退去の裁判の代わりとなるのであればお安いご用です」

　連邦政府の弾劾訴追権それに続く主要各国の弾劾審判権。

議員と行政官との間の非公式の会合の場において、テレビジョンの実現と惑星エルトリアの主権をかけた論争が繰り広げられる。

夜の一族の世界会議に匹敵する、厳しい戦いとなりそうだった。

＜続く＞

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