とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第十話







 ――平和に和んでいる場合ではなかった。





「それで――侍君、どうして此処に居るの?」


 月村の摩訶不思議な秘密は有耶無耶になったところで、月村は隣に座って聞いてくる。

極めて純真に、好奇心溢れる瞳で。

何時ものように澄ました表情で、月村は俺の顔を覗き込む。


「それは・・・」


 お前に用があったからだ、一緒に花見をしよう。

単純な台詞だが――俺の口から言わないといけないのか?

俺はその為に来た、それは理解している。

だけど・・・はっきり言わせて貰うと、俺の柄じゃない。

第一、タイミングを逸脱した気がする。

絶好の機会のように見えるが、こういう改まった場で二人っきりで誘いたくない。

こいつに、その・・・・・・変な誤解をされたくないのだ。

俺はこいつの事は嫌いじゃない。

爺さんの一件では世話になったし、付き合い易い奴でもある。

美人で金持ち、有能なメイド付き。

世の中の野郎共が憧れる女だ。

その上性格も悪くはなく、表面的に見ればクールだが、内面はなかなか面白可笑しい。

友達なんぞ作る気もないが、出会って損したとは思ってない。

今後も会って話す程度なら別にいい。

他人なんぞ糞食らえな俺がここまで思える女はそういない。

だけど、こういうのは困る。

綺堂だって叔母なんだから自分で誘えばいいものを、俺に押し付けてしまった。

花見絶好のポジションを餌にして。

人づてではなく、俺本人の口からこいつを誘わなければいけない。

困った・・・


「侍君?」

「ああ。その、だな――」

「うん」

「実は」

「うん」


 俺をじっと見る眼。

間近で見る月村は吸い寄せられそうな美しさがある。

制服姿で俺の隣に座り、その身を寄せていた。

柔らかな肢体を包むには制服は役目不足であり、豊満な胸元が余計に強調されている。

何一つ疑っておらず、俺の言葉をただ待っている月村は無防備で――


「・・・秘密だ」


 ――俺らしさを引き出してくれた。


「むー、どうしてよ」


 どうしてだろうな。

肝心の用件を一言で消し飛ばした俺が、意味不明だった。

月村は面白く無さそうに、俺を睨む。


「何の目的も無く、来る訳無いじゃない」

「人間、目的も無く生きている奴は居る」

「・・・やっぱり、何か隠してる。
侍君はいつも難しい事言って誤魔化そうとするもん」


 いつもじゃないだろ、別に。

自覚が無いだけかもしれないので、抗議はせずに目を背ける。


「私には言えないの」

「言うだけの理由なんぞ無いってのに」

「秘密ってさっき言った」

「・・・えらく追及するな、お前」

「私に言えないなんて、言うから」

「言ってないだろ、そんな事」

「だって、言えないんでしょう?」

「言わないだけだ」

「・・・レンちゃんには言えて、私には言えないんだ・・・」


 ――沈んだ声。

悲しみを堪えるように、月村は唇を震わせる。

いかーん、綺堂の思惑を思いっきり台無しにしてるぞ。

月村が泣こうと喚こうと知った事では――無い訳でもないが、悲しまれるのは困る。

そして、その悲しみが綺堂に伝わるのはもっと困る。

俺は慌てて言い繕った。


「待て待て、何で俺があんなコンビニ娘に話さなければいけないんだ」

「コンビニ?」

「コンビニで寿司を漁ってたから、コンビニ娘だ」


 それはお前だろ、と自分でつっこんでおく。

話を膨らませるのは面倒なのだ。

月村はほんの一時悲しみを忘れて、驚いた顔を見せる。


「レンちゃんが、コンビニで!? 嘘でしょう」

「ふふん、お前はあいつを知らないからな。
礼儀正しそうに見えるが、あれは取り繕っているだけだ。
夜中になると本性を見せて、飢えた野良犬の如く飯を漁りに町を徘徊するんだ」

「・・・侍君だよね、それって」


 鬼のように冷たい眼差しで、月村は言い捨てる。

疑問ではない、確信だ。

お前は俺の事をそんな奴だと思ってたのか、くそ。

――まあ、金が無い時は豊かな社会からささやかな恵みを頂戴してはいるが。


「レンちゃんと仲がいいんでしょ、侍君って」

「全然。赤の他人」

「侍君って、誰でもそう言うよね。照れ隠し」


 フィリスみたいな事を言うんじゃない。

さっきの話は嘘にしても、あいつは物干し竿で俺を叩きのめすガキなんだぞ。

青痣と打撲の毎日が、俺とあいつとの思い出だ。

話すとまた聞いてきそうなので、黙っておこう。


「さっきだって、女子トイレで助けてもらったんでしょう。
お礼を言っておかないと駄目だよ」

「・・・世話にはなったけどな」


 事実を否定するほど、俺は狭量ではない。

頃合を見計らって、礼はしておこう。


「ハァ、もう・・・・・・

・・・。

でも・・・不思議な感じがする」

「何が?」


 変な物言いに、俺は怪訝な顔をする。

月村は俺の顔を見て、


「侍君と、こうして学校で一緒にいるって・・・
絶対出会えないでしょう、侍君とは。

それが何か・・・ちょっと、嬉しいかな」


 小さく微笑む月村。

目元が柔らかく緩み、頬が少し桜色に染まっている。

授業中屋上で、二人だけで過ごしている。


「月村・・・」


 俺は月村を、そっと・・・


・・・待て、待つんだ俺!?

その華奢な肩に伸ばしそうになっていた手を、俺は慌てて引っ込めた。

ハア、ハア、ハア・・・やばかった。

何がやばかったのか分からないくらいに、やばかった。

無防備な月村に手を伸ばして、どうする気だったんだ俺は。

今まで積み重ねた何かが壊れそうな、この感覚。

俺の挙動不審に何か感じたのか、月村も慌てた顔で俯いた。

頬を、真っ赤に染めて――


「・・・」

「・・・」


 何だ、この空気は。

身体中がこそばゆいのに、浮き立つような気分。

暴れ出したい衝動と、この空間を壊したくないと思う静かな気持ち。

こんなもの、今まで誰とも共有したことは無い。

一人ではありえない、世界。

俺は――


「あー、いたぁ!」


 ――忘れていた。

俺には、追っ手がいた事を。

屋上の扉が開いて、ジャージ姿の女教師が俺を指差した。























































<続く>

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