とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第八話







 一つだけ言わせてもらうと、俺は女に興味が無い訳じゃない。

この町に滞在するようになってやけに女に関わる羽目になったが、心底毛嫌いしているかと言えば嘘だ。

だが、その欲求はあくまで人並み。

俺が常に傍らに置いておきたいのは、剣だ。

まして女の便所に忍び込むような行動に出る男ではないのだ、俺は。

馬鹿や変態が多い世の中だが、少なくともその手の方面に手を出す趣味は無い。

犯罪行為は・・・・・・人様に誉められない行為は確かにした事はある。

無一文で放浪――未成年一人生きていくのに、現実は厳しい。

こうして学校に無断で乗り込んでいる俺に、犯罪の良し悪しを語る資格は無いだろう。

俺も正しく生きるつもりなんぞ無い。

自分さえ良ければそれでいいと、常々思ってる。

だが――だが! 

この状況下で、犯罪者呼ばわりされるのはご免だ!

女子トイレに隠れる不法侵入者――

痴漢者の汚名なんて虫唾が走る。

追い掛けられていたから咄嗟に逃げたのであって、この場所そのものが目当てだったのではない。

トイレなんぞ覗いて、何が楽しいというのか?

社会から外れた生き方を好んでいるが、こんな外れ方はしたくない。

言い訳出来ないのは承知の上で、俺は全力で言い訳したかった。

しかし――今の状況は最悪と言える。


「ちょっと、マジで?」

「ほんっとに、隠れてるのかな」

「うわっ、サイテー」


 あの女教師一人なら、咄嗟に隠れていましたで誤魔化せるかもしれない。

何しろ執拗に追いかけていた本人だ、俺の今までの行動を顧みれば理由は立つ。

だが、背後に控えるギャラリーは大いに問題がある。

誰だか知らんが、数人は確実に居るだろう。

隠れていた俺を見れば、女どもは騒ぐだろう。

余計な騒ぎを煽られたら、言い訳が通用しなくなる可能性がある。

女教師に奇襲して失敗した件もある。

日本の平和を守る御代官様が御登場されるのは、時間の問題だった。

一番奥の女子便所に潜み、緊張に息を呑む俺。

足音は近づいて来て――


コンコンッ


「入ってますかぁー?」


   ストレートだな、おい!

緊張感の無さに萎える。

不気味な体力と異様な腕っ節に圧倒されそうだったが、案外のんびりした先生なのかもしれない。


コンコンッ


 控えめに、ノックが続く。

半ば確信しているのだろうが、100%ではない。

他の女生徒が使っている可能性だってあるのだ。

トイレ中強気に呼び掛けられれば、誰だって迷惑する。

その辺りを考慮して、様子見といった所だろう。


(どうする・・・・・・どうする・・・・・・?)


 黙っていても、まさか覗き込む真似はしないだろう。

俺が中に居るかどうか、きちんとした確証を得ない限りは。

時間は稼げそうだが、生憎逃げ場が無い。

四方八方壁に囲まれ、中は小さな密室。

便器と紙を家具にしている部屋でしかない。

唯一の出入り口の向こうには、情け無用の教師と生徒達が俺を待っている。

このまま黙り込んでいても、相手が根負けしてくれる筈も無い。

グズグズしていると、本当に上から覗き込んで来るかもしれない。

そうなれば、一巻の終わりだ。


コンコンッ


「ごめんねー。ちょっと、声だけでも聞かせてくれないかなぁ?」


 声に不安の色が浮かんでいる。

本当に俺が居るかどうか、揺らぎ始めているのだろう。

もし万が一気の弱い女の子が用を足していて、外でこんな騒ぎになれば心が潰れる思いがする。

悪意は無いだろうが、教師が生徒を苛めているのと変わりない。

でも、俺が本当に隠れているかもしれない。

揺れに揺れた結論が、この願い。

飾り気の無い申し出だが、効果的だ。

声ぐらい、誰にでも出せる。

女が、此処に居れば。


(・・・・・・こうなったら、いちかばちか・・・・・)


 実力行使――

まずドアを思いっきり蹴飛ばして、ドアの外に居る女教師をぶっ飛ばす。

後はトイレの外まで突っ走り、様子を見守っている女達を蹴散らす。

そのまま階段を駆け下りて学校から外へ逃げて、そのままグッバイ。

――うん、いいじゃないか。

あの女教師は少し得体が知れないが、流石に突然ドアを開けられたら驚く。

その隙を見計らって逃げてしまえばいい。

外の女どもは気の毒だが、不運だったと諦めてもらうしかない。

暴力行為に出れば警察を呼ばれるのは間違いないが、どの道このままでも通報される。

ならば、せめて身の安全だけでも確保するしかない。

月村を会うのは、別にこの学校でなくてもいいだろう。

とにかく、誘えばいいだけだ。


(よし――)


 覚悟を決めた俺から、焦りや恐怖は消えた。

緊張はむしろ心地良い闘志を生み出し、俺のやる気を漲らせてくれる。

身体は引き締まり、主の命令を待つ。

――此処がトイレでなければ、それなりに燃える場面なのだが。


(・・・5・・・4・・・)


 悪いな、女教師。

恨むなら、煮え切らない手段を取ったお前の甘さを恨め。

犯罪者の覚悟を見せてやる。

――トイレで覚悟を決めても空しいだけだな。


(・・・3・・・2・・・1・・・!)


 思いっきり振りかぶって、足を大きく――!!



「鷹城センセー!」

「あら、レンちゃん」



 ・・・引っ繰り返りそうになるのを、必死で押さえる。

トイレの外から聞こえたその声は、明らかにコンビニっぽい声だった。

何であいつが此処に・・・・・・?

勢いを外した足を立たせながら、俺は耳をすませる。


「田中センセーがずっと探してましたよ。
大切な相談があるゆうて」

「え、先生が!? 直ぐに行かな――あ、えと」


 外の様子は分からないが、女教師が困惑しているのが分かる。

多分俺の事を気にして、その相談とやらに行けないのだろう。

天秤にかけられた難題を傾けるように、レンは素っ頓狂な声を上げた。


「何や、まだおったんかいな。おーい、そろそろ授業始まるで」


 そう言いながら、ドアを乱暴に叩くレン。

おいおいおい、何の真似だ!

当惑しているのは俺だけじゃないらしい。


「レ、レンちゃん・・・・・・中に居る人、もしかしてお友達?」

「はい、そうです。
下いっぱいやったみたいで、こっち来て――何か迷惑かけました? うちの友達が」


 事の成り行きに、唖然とする俺。

レ、レン・・・お前・・・・・・

そんなレンの言葉を信じたのか、女教師の声色が変わった。


「レンちゃんのお友達だったの!? ご、ごめんなさい!
先生、なんてこと・・・・・・」


 な・・・・・・何だろう、この妙な息苦しさ。

良心なんぞ俺には持ち合わせていないが、微妙な空気の重さを感じる。

教師の脳内ではレンの女友達が用を足していただけなのだと、認識したのだ。

今まで自分のやった行動に、多大な恥と罪悪感を感じているに違いない。

結構熱血――というか、熱意にあふれた教師みたいだし。

こういうのは、本当に困る。


「・・・事情はよー分かりませんが、長々とトイレに居るこいつが悪いんです。
せんせーが気にせんでええですよ」

「でも、迷惑をかけてしまったわ。うー・・・・・・」


 うーって、あんた。

正義感があるのはいいのだが、子供っぽい言動だぞ。

フィリスに似た能天気さを感じさせる。


「それよりはよ行かないと、待ってはると思うんですけど・・・」

「あ、そ、そうね! ――本当に、ごめんなさい。
後で必ず、ちゃんとお詫びするから。
ほら、あなた達も教室へ戻って」


 最後の最後まで申し訳なさそうにそう言って、教師の足音が遠ざかる。

見ていた他の生徒達も何やらつまらなさそうに不平不満を口にして、そのまま出て行った。

静まり返る女子トイレ。

一向に、立ち去る様子の無いドアの向こうの人影。


「・・・・・・もうええで。誰もおらん」


 ――最初から、気づいてたか・・・・・・

流石に観念して、俺はドアを開けて外へ出る。

外で待ち構えていたのは、やはり洗濯竿を武器にする小さな女だった。


「――あんたの顔見て、まさかと思うて探せば・・・・・・」


 やはり、あの時見たのは気のせいじゃなかったらしい。

騒ぎを聞きつけてやって来て、渾身のフォローをしてくれたのだ。

理由としてはその場逃れの苦しい言い訳だったが、女教師はレンを信じて去った。

表情に不機嫌さをスパイスして、レンは思いっきり睨み付ける。


「で、何しにきたんや? ここ、学校やで。学・校!
勉強しに来たんやったら、小学校からやり直したほうがええと思うけど」

「あのな、お前――!」

「センセー、此処に痴漢がー!」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 全面的に俺が悪うございました!」


 今までの態度を覆して、俺は平謝り。

助けてくれたのは事実だし、この場で叫ばれたら危機がまた押し寄せてくる。

俺の切なる謝罪に、レンはようやく溜飲を下げたようだ。


「初めから素直にそう言えばええんや。

・・・結局何しに来たん? 

まさか、ほんまに暇潰しに――」

「誰がわざわざそんな理由で学校なんぞに来るか!」

「じゃあ、何しに来てん?」


 ズバリと聞きやがるな、このコンビニ娘は。

助けてもらった手前話すべきなのだが――如何せん、恥ずかし過ぎる。

この俺が女を花見に誘いに来たなんて知られたら、弱みを更に握られてしまう。


「・・・悪いが、それは言えな――」

「キャー! 痴漢ー! ヘンターイ!」

「こ、こら、やめろ!!」


 慌ててレンの口を塞ぎ、壁に押し付けて黙らせる。

いい加減、この場所から離れたほうがいいな。

今の大声が聞こえなかったかどうか、トイレの外を見――うげっ!?



「な・・・・・・何してるの、侍・・・・・・君?」



 痴漢と叫ぶ女の声。

女子トイレの片隅で、口を無理やり塞いでその女の自由を奪う男――



俺の目的の人物の目が、冷ややかになっていくのが見えた。























































<続く>

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