とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第八話






「922っ! 923っ! 924っ!」


 冬季の名残が厳しい夜の冷たい空気にて、熱い息吹が噴く。

流れる汗はそのままに、勢いに乗って振り下ろされた俺の剣は小気味のいい音を立てた。


「998っ! 999っ! 1000っ回!
――終わりにするか」


 剣を腰に挿して、若干重くなった腕の手首と中間を撫でながら、俺はそのまま後方を歩む。

いきなり座ると汗で身体が冷えるので、柔軟体操を行う。

呼吸は少々荒くなっているが、昔から山で走り回っていた俺は体力には自信がある。

深呼吸をすると、冷えた空気が新鮮で気持ち良かった。

その後身体も程よくほぐされて楽になったので、俺は荷物の置いてある大樹へ向かう。

置き去りにしていた荷物から、本日の夕食を取り出した。


「今晩の飯はカップ麺か。素敵に虚しいな……」


 道場を出た後高町と別れた俺は、そのままの足で山へと戻った。

今日の寝どころを探す為である。

街中の公園のベンチや橋の下で寝てもいいのだが、たまに警官に見つかって注意される可能性がある。

ある程度の年寄りならなんて事はないのだが、いかんせん俺はこの国では一応未成年扱いだ。

十代後半に差し掛かった大人なのだからほっといてもらいたいのだが、向こうはそうもいかない。

しょうがないので、こうして山の麓へと野宿しているのである。

幸い数日は天気も続きそうなので、雨の心配はない。

途中スーパーで携帯用の水と特売のカップラーメンを買ったので、支度をする事にする。

これで今の持ち金は五百円ほどになったので、また明日はコンビニにでも漁りに行こう。


「そういやあのガキ、あれからどうしたのかな」


 愛用の飯盒に水をぶち込んで、葉っぱと拾った薪で焚き火をしてお湯を沸かす。

冬は風が強いから、消えないように注意が必要である。

最新の注意を払いつつ、俺はコンビニで会ったガキの事を考えた。

咄嗟に仲間だと言って罪を押し付けて逃げたが、あの後どうしただろうか?

まあ、あのおっさんとは気心の知れた仲のようなので、多分平気だとは思うけど。

確かレンって呼ばれたっけ、あのガキ。

中国服なんぞ着ていたが、どこぞの外国の出身なのだろうか――暇つぶし程度に考えていると、


「沸いたか。後は三分待つばかり〜と」


 ベリベリと表面のアルミを剥がして、蓋を開けてお湯を注ぎ待つこと三分。

あっという間にキツネウドンの完成なのだからありがたい。

俺は出来上がるまで、巨木に寄りかかって考え事にふけった。

ねぐらを決めた俺は落ち着く間もなく、早速今日のおさらいと剣術の修行に明け暮れた。

高町 美由希に教わった剣の持ち方。

初め握って構えてもいると、宙ぶらりんな感じでどうにも落ち着かなかった。

思いっきり振れば飛んでいきそうな危うさを感じ、何でこんな持ち方をするのか疑問だったのだが、

数をこなして素振りをしていると、振れば振るほどに手に馴染んでいった。

今では昔の持ち方がどうだったか体現出来ないくらいに、通常に持てるようになっている。

昨日拾った剣もなかなかどうして頑丈で、幾度となく巨木に打ち込んだが折れなかった。

うむうむ、木切れとはいえ流石は俺の相棒。

こうして俺は無我夢中で素振りと巨木相手に打ち込み稽古を行った。

この鍛錬は数年間欠かさず続けていたし、この他にも自己流で鍛えこんではきた。

しかし今日に至って、俺はこれだけでは強くはなれない事を身に染みて感じた。

敵、つまり相手である。

これまで稽古は続けてきたが、相手は常に自然だった。

揺れ動く葉っぱであったり、降りしきる雨であったり、舞い降りる雪を相手に振り続けていた。

おかしい事だとは思わなかった。俺はずっと独りだったから。

不満もなかったし、それで十分強くなれると思っていた。

が、今日あのじじいと相手をして思い知った。

人の動き、特に達人の剣の冴えともいうそれは自然とはまるで違う。

今日真剣勝負だったら、俺は生き残れただろうか?

負けたとは思っていない。実際俺は一撃は入れられた(覚えてはいないが)。

だが、その前に俺は頭を一撃されている。

もしあれが真剣であったらとは思わない。

条件は互いに同じであり、予め竹刀だとお互いの了承はあったからだ。

真剣勝負には真剣勝負の独特の戦い方があり、緊張感だってまるで違う。

俺だって真剣相手であったならば、きちんとした対処は取っていた。

しかし、


「……やっぱり納得いかねえよね、このままだと」


 俺は負けたとは思ってはいない。だけど、勝ったとも思えない。

そして相手もまた勝ったとは言わなかった。

勝負とは常に勝つか負けるか、それ以外にはない。

このまま今日の戦いを終わらせるには、あまりにも納得がいかなかった。

俺は無造作に出来上がったキツネウドンの蓋を全部剥がして、割り箸を掴む。

そのまま湯気の立つ麺をずるずる口に入れると、熱さと美味さが口内に急激に広まった。

こういった冬に、満天下の夜空の星を眺めて啜るうどんは死ぬほど美味い。

家庭にぬくぬく暮らしている奴等には気がつかない情緒であるだろう。

けっ、今頃あのじじいはお粥でも食ってるんじゃ――って、待てよ?

俺は高町から聞いた言葉を思い出す。



『貴殿の挑戦を、いつ何時であれお待ちしている』



 そうだ、何も明日を待つ必要はない。

折角持ち方もちゃんと身に付いたんだ。あのじじいを相手で試してくれるわ。

今夜、奴の家へ突撃かけてやる。


「くっくっく、見てろよじじい。貴様の言葉を後悔させてやる」


 あいつにしても、まさかこんな夜遅くにやってくるとは夢にも思わないだろう。

このウドンを食べ終わったら、もう一度道場へ行ってみる事にしよう。

万が一誰もいないのであれば、こっそり忍び込んで住所録を探してみるのもいいかもしれない。

色々と考えつつ俺はズルズルと麺をすすって、スープを喉に流しこむ。

こうした豪快な食べ方こそが、男の食い方である。


「ふ〜〜、うめえ……ん?」


 ふと目の前の茂みを見ると、何やらがさがさ音を立てて揺れている。

風が茂みを揺らしているのではない。

正確には茂み全体ではなく、茂みと地面の接地点あたりが小刻みに揺れていた。

野犬、にしては妙に小さいな。

俺はカップ面を近くに置いて、剣を手元へ手繰り寄せる。

と、そこへがさっと一際大きな音が立って、何かがのっそりと茂みの影より出て来た。


「犬? いや、狐か」

「くぅん」


 飛び出してきたのは狐、と言うよりはまだ子狐だった。

野生なのかと思ったが、首元に輪のついた金色の鈴がついていた。

しかし人に飼われていたのであれば、逆に何でこんな山にいるのかが分からない。

興味が出てきて見ていると、子狐はびくっとして茂みに再び顔を残して隠れてしまった。


「なんだ、こいつ。俺様の顔を見て逃げるとはけしからん奴だな」


 元々狐は臆病な動物で、野生の狐は人間を見ただけですぐに逃げる。

その点目の前の子狐は人間に対しての警戒心は野性と比べて低いが、妙に人見知りをしているようだ。

子狐はこそこそとこちらの顔を見ては、体を震わせて茂みに隠れるという動作を繰り返している。

恐らく飼い主がいらなくなって捨てられたのだろう。


「何が言いたいのか分からんが、とりあえず消えろ。
俺様はこれから夜の決戦に備えて食事中の身だ」 


 馬鹿馬鹿しくなって、俺は剣を置くと食べ残したカップ麺を持った。

割り箸を片手に麺をちゅるりと音を立てて食べて、おもむろにメインディッシュの油揚げを箸で掴む。

と見ると、子狐はまだ茂みからちょこっと顔を出してこっちを見ている。


「何だよ、こら。生憎だが、俺は畜生を愛でる趣味はねえぞ」


 鬱陶しいので足でシッシと追い払おうとするのだが、何故だかさっきから本格的に逃げようとしない。


「この畜生は……うん?」


 ふと子狐の視線を追うと、割り箸に挟まれて揺れている油揚げに止まった。

――なるほどな。


「お前、腹減っているのか?」

「くぅん〜」


 そうだと言わんばかりに、子狐は生意気にも小さく頷いた。

畜生の癖に、人間の言葉を理解するとはなかなかの奴である。

なるほど、しかしながらこの子狐は俺という人間を勘違いしているようだ。


「何で俺がお前に施さねばならんのだ。てめえで餌取って食え。
甘えんじゃねえ」


 愛らしい子狐だが、畜生を愛でる趣味はない。子どもでも、甘えた奴が嫌いである。

野生の野良犬や野良猫だって、荒ぶれた人間社会を必死に生きているんだ。

捨てられたのならちょうどいい。今から弱肉強食を身を持って教えるいい機会である。

俺は子狐を無視して、油揚げを口元へ持っていく。


「くぅ〜ん……」


 子狐は寂しそうに鼻で鳴いて、すごすごと俺から離れていく。

その後姿は誰からも何からも捨てられた孤独な動物の姿だった。

これでもし明日山で寒さと空腹に飢えて死んだ子狐の死体が見つかったら、さすがの俺も気分が悪い。


「おい、こら子狐。ちょっと待てや」

「くぅん?」


 少し怯えたような色を無垢な瞳に乗せて、子狐は俺を見る。

たく、しょうがねえな。


「いいか、よく聞け。お前にこの油揚げをやろう」

「……♪」

「ただし!
お前、今日と明日は俺の家来になって働け」

「く、くぅ〜ん……」

「何だ、その嫌そうな顔は。馬鹿野郎! 無料で貰えると思ってんのか、この子狐。世の中なめんなよ。
俺だってな、このカップ麺買おうかどうか真剣に悩んだんだぞ!
ご近所の主婦の皆さんが冷たい目で見られる中、十分間も悩んで買ったご一品だぞ。
それをわざわざくれてやろうという俺の優しさに感謝しやがれ」


 我ながら叫んでおいて情けない発言だったが、俺は必死だった。

当然だ、残り少ないお金を泣く泣く出して買ったんだ。

しばらくはコンビニ漁って暮らすしかないなとか考えている身にもなってもらいたい。

そんな俺の熱い叫びが届いたのか、子狐は何やら悩んだ挙句頷いた。

よし、交渉成立。


「分かった。お前には前払いとしてこの油揚げをやろう。
なーに、安心しろ。今日と明日だけだ。
明後日にはこの山にまた放してやる。
俺とて、お前を旅の相棒にする余裕はないからな」


 狐は俺の言葉に安心したのかどうかは別にして、ちょこちょこ俺の足元に近づいた。

俺は割り箸に摘んだ油揚げを狐の口元に押しやると、モグモグと美味そうに食べ始めた。

ふ〜ん、こうしてみるとなかなか可愛いもんだ。

世の中じゃ結構女の子とかに受けいられるんじゃないだろうか?


「何でお前を捨てたのかね、飼い主は」


 ま、この愛嬌さなら町に連れて行って芸をさせて金稼ぎするのも悪くはないな。

俺はそんな事を考えつつ、今夜の計画を実行しようと腹積もりを決めた。



夜の冷たさが、妙に身に染みる――不吉を訴えかけるように。




























<第九話へ続く>






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