とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百三十三話



 ――月村忍という少女を知った時、秘密を遵守する代わりに契約を持ちかけられた。

本人と秘密を共有して永遠を過ごすか、本人の秘密を捨てて全てを忘れるか。月村忍は前者を望み、俺は後者を選んで記憶をすべて捨てた。

彼女を否定するつもりはなかった。けれど好悪は別にして、永遠の約束を交わすのは嫌だった。

男女の関係であろうと、人と人との関係であろうと、秘密を共有する事による関係など不要だった。


脛に傷を持って生きていくのは、孤独であればこそだ――傷のなめ合いなんて御免である。



――リインフォースの首に、手をかける。



永遠の楽園、孤独の牢獄。優しくも冷たい世界の中に閉じ込められた俺は、無抵抗な女を殺そうとしている。

彼女、リインフォースは言った。ここから出るには、リインフォースを殺すしかない。術者を殺せば、術は解除される。単純な話だった。

牢獄の外は戦火に燃え上がっており、大勢の人間が戦っている。その中には家族がいて、仲間がいて、敵がいる。誰が死んでもおかしくはない、世界規模の大戦であった。

彼女は俺を護るべく、安全な場所へ閉じ込めた。だから、説得は無駄だった。



――リインフォースの首に、手をかける。



彼女は死を望んでいた。大切な家族が待っていようとも、大切な家族を裏切ってしまった自分を許せなかった。

そして同時に大切な人を守るべく、命を捨てようとしている。贖罪としては申し分なく、誰も望まない結末であった。

家族がどれほど悲しみ、起こるか、彼女は知っていて命を捨てようとしている。洗脳されて生かされるくらいであれば、家族の手にかかって死にたいと思う。

自分勝手に過ぎるのだが、その気持ちは良く分かった。俺だって、自分勝手なのだから。



――リインフォースの首に、手をかける。



家族が許そうとも、俺が許そうとも、彼女自身が自分を許さないだろう。

洗脳した犯人を倒せば解除されるかもしれないが、犯してしまった過ちは取り返せない。償えるかどうかは、本人次第にしかならない。

そして何より彼女が命を張ることで、俺は守られている。殺そうとも、殺すまいとも、彼女は救われる。

本人が言う通り、俺の妻には相応しい女かもしれない。どうしようもないほどに、俺達は自分勝手に生きている。



だから――リインフォースの首に、手をかける。



『リインフォース』

『何だ』

『お前だ』

『どういう意味だ』

『忘れていた最後の記憶は――お前だったよ。俺はお前から、戦う力を与えられていた。

お前こそ、俺の"剣"だった』


 月村忍との秘密を捨てて全てを忘れ去り――俺は再び、思い出せた。

あの時頭の中から記憶は消えていたが、想いは魂に刻んでいた。法術使いだった俺は他人の想いを叶える能力があり、他人のために祈れる事はできる。

記憶をどれほど無くそうとも、想いは決して消えたりはしない。大切であるからこそ、忘れられない思いはある。記憶とは、想いの積み重ねなのだ。

ジュエルシード事件で俺が途方に暮れていた時、リインフォースが夜天の魔導書を通じて助けてくれたあの時から――彼女は、俺の力そのものだった。



リインフォースの首に手をかけて、きちんと握りしめた。



首を絞めるのではない。彼女という剣を手にして、握りしめる。以前彼女が手を差し伸べてくれたように、今度が俺は彼女に手を伸ばす。

ここは彼女が作り出した幻想の世界。イメージが実体化した、虚構の空間である。ならば、その中に取り込まれている俺もイメージを実体化出来る。

手の中にある彼女は光り出し、少しずつ分解されていく。リインフォースは本当に、無防備だった。抵抗も何もせず、俺の手の中で少しずつ溶けていった。


間もなく訪れるであろう消滅――その瞬間を前にして、リインフォースは心から微笑んだ。


『ありがとう。お前こそ私が永遠の果てに求めていた、救いだった』

『……礼を言うのは、俺の方だ。ありがとう、リインフォース。
ジュエルシード事件――いや、アリサ達を救えたのはお前が力を貸してくれたからだ。

お前のおかげで、俺は救われた』


 そして彼女は――そのまま光となって、消え去った。















「――それでその牢獄から脱出してユーリたちと合流し、戦争を終わらせたと。だったら、別に斬り殺していないじゃない」

「あいつに手をかけたのは事実だ。あいつの存在が俺に剣を思い出させてくれたのと同時に、剣を思い出した俺は剣士に戻った。
剣をイメージして殺したい上、斬り殺したのと変わらない」

「相変わらず変な事に拘るわね、あんた」


 病室で一部始終を聞いたアリサは呆れた顔で感想を述べる。呆れたということは、呆れながらも理解はしてくれたということだ。

彼女を剣としてイメージして、魔導媒体だったリインフォースという存在は消滅した。俺程度のイメージ力であれば抵抗すれば簡単に実体化出来ただろうが、彼女は徹底して無抵抗だった。

リインフォースという闇の書の官制人格が消えて、牢獄そのものが形を保てなくなり消滅してしまった。おかげで脱出できたが、やはり複雑である。

あそこは間違いなく楽園であり、ここはどうしようもなく現実だった。生きている限り、辛いことは多々あるだろう。


「蒼天の書、かつて闇の書と呼ばれていた魔導書は回収されたわ。聖王教会と時空管理局が徹底して分析したけど、完全に白。
あんたがリインフォースを消した事が決め手となったのか、もう闇の書としての痕跡は何も残っていなかったわ」

「ヴィータ達はどうなっている」

「蒼天の書は残っているから、全員無事。どういうカラクリになっているのかわからないけれど、システムとして独立しているみたいね。
ミヤもピンピンしているわ。戦争で結構無茶したせいで今整備中のアギトに連れ添ってる。そのうち、二人で見舞いに来るでしょう」

「やかましい奴らを連れてこないでくれ」


 夜天の魔導書より誕生したミヤ、闇の書より誕生した守護騎士達は全員無事。正確に言うと海鳴に残ったシャマルやシグナムとは連絡は取ってないが、多分無事だろう。

ヴィータやザフィーラは負傷こそしたものの、俺よりよほど早く現場復帰。相変わらず、のろうさとして白旗の一員として各地の復興に協力している。ザフィーラは聖地の守り神だった。

ミヤはこの事件が起こる前と変わらず、聖地の治安維持に励んでいる。今回の事件で聖地が混乱に陥らずに済んだのも、あいつのような連中が頑張ってくれたからだ。


だが、闇の書の関係者は味方ばかりではない。


「リーゼロッテはリーゼアリアにボコられて、入院したわ」

「家族だったはずなのに遠慮がないな、あいつ!?」

「家族だからこそかもしれないけど、言いたいこと言い過ぎて大喧嘩になったみたいね。
あの人も色々焦ってたのかもしれないけど、戦闘中うっかり口を滑らしたみたいなのよ」

「何言ったんだ、一体」

「ナハトヴァールの存在を否定したみたいね」

「うわ……いや、親としては怒るべきかもしれないが」

「うん、あんたの想像通り理性的なリーゼアリアが完全にキレて、滅多打ちにしたみたいよ。
本人も流石に言い過ぎたと思ったのか、罪悪感あって反撃できなかったみたいね。
で、ボコボコになって入院。その後結局回収された魔導書は完全に白だと分かって、ついに緊張の糸が切れたんだって。

見舞いに行ったリーゼアリアにも会わず、病室に閉じ籠もってる。病院食も口にしないから、点滴生活らしいわね」

「……そうか」


 色々邪魔とかされたけど、リーゼロッテを悪く思う気持ちはまったくなかった。だって彼らの言うことは、大体は真実なのだから。

闇の書が蒼天の書へと変貌したのは奇跡的なことであって、本来であればロストロギア扱いとして封印しなければならなかったはずだ。

法術のことが分からなければ事実なんて判明しようがないので、今更奇跡が起こって安全な魔導書になったと言われても信じられる筈がない。


こればかりは、時間が必要な問題であった――まあ来月には俺はエルトリアへ行くので、距離を置くという意味では良かったかもしれない。


「それとリーゼアリア、正式に時空管理局を除隊したわ。諸手続きも終えて、うちに移籍してきたわよ」

「先程の話を聞くに、ナハトヴァール可愛さだけではないだろうな」

「うん。こちらについてくれたのは友人としても嬉しいけど、彼女なりのけじめだと思う。
ナハトヴァールも今回大活躍してくれた分目立っちゃったから、預けておいたわ。

ここにつれてきても良かったけど、基本的にジッとしない子だから」


 家族の問題という意味では、ローゼアリアもまた似たような悩みを抱えている。それでもあの女性は最後まで、ナハトヴァールを信じてくれた。

エリート街道を歩いていた女性が突然の辞職とあって話題になったようだが、ベビーシッターの資格などを取得しているのを知られて別の誤解が生まれたのはちょっとした笑い話。

白旗の経営や運営全般に関わって、ナハトヴァールやユーリ達の支援を行ってくれている。母親がいない彼女達だが、どちらかといえばお姉さん的な存在となっているようだ。


本人としてはナハトヴァールの親のつもりなのだろうが、まあ叔母のような存在とでもいおうか。


「まあ彼女達のことはいいとして、結局リインフォースはどうなったのよ」

「あいつなら、あそこにいるぞ」

「あそこって――えっ!?」


 俺が指を指したのは病室の机の上――生命の剣セフィロトが収められた、袋。


「神咲那美いわく、"神剣"になったらしいぜ」

「神剣って……」


 俺の剣としてイメージとなって溶けてしまった彼女は力そのものとなり、生命の剣に封印された。


元々夜天の魔導書は法術の媒体として使用されており、俺と密接につながっている。俺の力として溶けてしまった彼女は俺を通じて剣に命が宿り、そのまま霊剣として封印されたのだ。

こういった例は退魔の世界でも起こり得るらしく、リインフォースのような力ある存在は物質に宿りやすい性質を持つ。精霊になったアリシアに近い存在だ。


霊体が宿る剣のことを、神剣と呼ばれるらしい。またえらく大層な名前である。


「封印されているとは言うけど、具体的に今どういう状態になっているのよ」

「完全には切り離されていないけど、夜天の魔導書から独立した状態になってる。
ただその分力は急激に弱まっているので、今は眠っているよ。もうちょっと回復すれば、ある程度の質量のものを持てるほどにまで実体化することも可能になるんだとよ」

「単純に洗脳が解けたと言うより、存在の在り方が変わってしまったのね」


 物質に宿りやすいとはいえ、本来であれば他者に依存する関係は適合しにくいらしいが――自称妻を名乗る女はすんなり今の在り方を受け入れてしまった。

本人としては俺の力になれれば何でもいいようで、連れ添う状態になるのは望ましいようだ。まさか魔導書から剣にスライドするとは夢にも思わなかった。

法術を使ったつもりは全く無いのだが、図らずとも彼女の願いが叶えられたということか。まあ確かに剣になってしまえば、俺を護ることにはなるだろうからな。


自分の剣を、見やった。


「世の中、変わった人間が多くいるけれど」

「うむ」


「斬られたがる女っていうのはなかなか稀有ね――あんたにはお似合いよ」

「はやてになんて説明すればいいやら」


 納得ずくとは言え、この剣の製法は意志ある人間を剣に魂を封じるというものだ。本来であれば、邪法とも取られかねない忌まわしい術。

剣に憑依した剣「リインフォース」は、彼女自身の魔力と所持者である俺の魔力が同調し威力を発揮する協働型となってしまった。

もしも夫婦であるのならば、共働きとでも言うのかな……やれやれである。


こうしてリインフォースは闇の書より「斬り離されて」――新しき存在へと、生まれ変わった。















<続く>








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