とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第七話







いきなりハプニングかよ!?

心の中で毒づきながら、俺は階段をまっしぐらに駆け上がった。

素早くのんびりしていた思考を切り替える。

俺は二階へ上がって、廊下を真っ直ぐ走って行った。

このまま追いかけて来なければ――


「待ちなさいー! ちょっと!」


 ――そんな訳が無いか。

階下からせり上がって来る声は若々しく、驚愕に満ちていた。

まあ無理も無い。

明らかに学生には見えない、私服姿の野郎が出会い頭に突然逃げたのだ。

追って来ないほうがどうかしている。

俺は舌打ちして、再び逃走に入った。


「あー、其処にいた! 止まりなさい!」


 やなこった。

階段を上がって来た教師が廊下の俺を見つけるなり、追走する。

俺は走りながら振り返り、追っ手が誰かを見る。

俺より年上なのは当然として、まだ二十代前半程度の若い女。

綺堂と似たような年齢だろう。

もっとも綺堂が美人なら、後ろの教師は可愛いという表現がよく似合う。

緩んだ顔立ちで、風格より優しさが表に出ている教師だった。

長い髪を後ろで縛って、颯爽と揺らして、俺を目標に数メートル後ろを走っている。

っち、あの女体育の教師か。

よく見ないと判断出来ないが、簡素な白のシャツに包まれた身体は健康的に整っていた。

それだけで断言は出来ないが、ジャージ姿と健脚が俺の推理を肯定している。

デブや痩せの不健康な野郎なら、一瞬でカミングアウトしてやるのに。


(――だが、日本中を歩き回った男の足を嘗めるなよ)


 天下一を目指すのに、俺もただ遊んでいた訳ではない。

剣術を学びだしたのはこの町が最初だが、毎日身体は鍛えていた。

特に足腰には自信がある。

路銀の無い俺は電車やバスを使わず、旅から旅へと毎日走り回っていた。

特に逃げ足は旅には欠かせないポテンシャルだ。

――旅の間何を何をしたか、思い出すのは避けておく。


「待ちなさいってば! 良い子だから待ってー!」


 待てと言われて――以下省略。

それにしても良い子だからって言い方、現実では初めて聞いた気がする。

脱力しそうになったが、捕まるのは御免なので止まらない。

悪いな、先生。

俺は学校にも通えない、社会のはみ出し者なのさ。

女教師の親切な呼びかけに、俺は後ろ手を振って答えてやる。


「バイバイって、もう! いい加減にしなさい!
先生、怒っちゃうんだから!」


 怒ったところで、現実の差は埋まらない。

俺のトップスピードに追いつけるなら、追いついてみろ。

俺は全速力で逃走劇に移った。








三十分後。








(何なんだ、この町の人間は!?)


 信じられない。

この町出会う連中全員、どこかおかしい。

廊下を抜けて、階段上り下り、校舎内を駆け巡って――全くつき離せない。


「どこまで逃げるのー」


 声の調子に疲労が見えない。

全力疾走しているのに、後ろの女教師はついて来ている。

走力もそうだが、長距離運動は体力だって必要だ。

呼びかけながら走れば、当たり前だが疲れる。

並の人間ならとっくに息を切らせて、へばっている筈だ。

なのに、後ろの教師は平然としている。

確認の為背後を見ると、汗はかいているが快活な表情だ。

運動そのものの刺激を楽しんでいるようにすら見える。

目は思いっきり真剣だが。

さすがは体育教師と称えるべきか。

教師の評判の悪い昨今、見事とも言える持久力だ。

――俺にその能力を発揮しているところが、素敵にむかつく。


「今止まったら、先生許してあげるから!」


 魅力的な提案である。

校舎内が不慣れな上、俺はこの教師と遊んでいる暇は無い。

今は授業中なので大した騒ぎにはなっていないが、休み時間になるとまずい。

廊下に教師や生徒がたむろされたら、逃げられなくなる。

第一この状況を続けていては、月村にも会えない。

今だって廊下を走り回っている俺と女教師を、教室内から見て驚く生徒達もいる。

俺は何気なく通りかかった教室を窓から見つめて、


「――っあれ!?」


 今、一瞬見えたのは――

流石に振り返って確認は出来ず、俺はそのまま走りながら考える。

今教室の前のほう座っていたのって……レン――だよな?

一瞬だが、あのコンビニ顔は間違いない。

相手も俺を認識したのか、目を見開いていたのが分かった。

あいつもこの高校……なのか?


「はい、捕まえた!」

「あ――!?」


 ――しまった、ぼけっとしてて速度を緩めてしまった。

襟首を掴む白い手の感触に、肌が震える。


「貴方、この学校の生徒じゃない……よね? 学校はどうし――ぁう!?」


 最後まで言わせなかった。

俺は豪快に仰け反って、教師に頭突きをかます。

生憎赤の他人に――初対面の人間に愛想よく出来る人間じゃない。

怯ませて逃げる。

そのまま素早く身体を切り替えて、続けざまに裏拳を――


「はッ!」


 俺の拳を顔面横で軽く受け止めて、手首を捻って――ぉおおおおお!?


ドシンッ


 急速回転した視界に寒気を感じながら、反射的に身体を切り替える。

消えた体重と重力の落差を感じる間も無く、俺は固いコンクリートに顔面から叩き付けられた。

鼻面に鋭く突き刺さる痛みに、俺はようやく――廊下に投げられた事を知った。


「あっ!? ご、ごめんねー、大丈夫だっ――あ、ちょ!?」


 上半身の力を駆使して、転がりながら身を起こす。

急激な肉体運動が打ち据えられた箇所に悲鳴を上げさせるが、走れなくも無い。

一番痛い鼻を擦りながら、俺は今の一連の攻防に舌を巻いていた。

俺の勢いを利用した投げ。

それ自体は別にどうという事でもないのだが、あの女は反射的に実行できていた。

投げた後で慌てて謝ったのがその証拠だ。

反復稽古や常日頃の鍛錬を積み重ねた者のみに身につく武道。

投げも恐ろしく鋭かった。

咄嗟に防御出来たのは、レンとの毎日の戦いのお陰だ。

身体が危機に敏感になっている。

もし動作を怠ってそのまま叩き付けられていたら、俺は目を回していたかもしれない。

距離を取って逃げたのは正解だった。

やられたらやりかえせが俺のやり方だが、あのまま戦い続けたら流石に誰か様子を見に来るだろう。

結果教師に暴力を加える少年として、警察に御用になってしまう。

トラブルは極力避けるべき。

俺は再び逃走する。

――とはいえ、先程の戦いで身体に鈍い痺れがある。

衝撃を和らげても、コンクリートに打ち据えられたのだ。

急には回復しない。

反面、相手はほぼノーダメージ。

脚力が同等な分、このままでは追いつかれる。

逃げ続けるのもそろそろ限界だ。

俺は廊下を通り抜けて、階段を力を振り絞って思いっきり駆け上がる。

そのまま次の階へ出て――


キーンコーンカーンコ〜〜〜ン


 ――学校ではお馴染みのチャイムの音に戦慄する。

廊下の窓から外を確認。

此処は三階。

飛び降りても死ぬことは無いが、階下の安全は保証出来ない。

次第に賑やかになってくる学校内。

教室から外へ出てくる生徒の連中を目にして、俺は咄嗟にトイレの中へ入る。

――ってここ、女子トイレじゃねえか!?

男女プレートを確認する暇なんぞなかったが、やばすぎる!?

俺は外へ出ようとして――こっちへ歩いてくる足音に回れ右する。

窓から外へは小さすぎて出れない。

慌てた俺は、奥のトイレに隠れた。

扉を閉めて、鍵をかける。

余計に、状況がやばくなってきている。

此処で見つかったら、どんな言い訳も通らないだろう。

剣一筋の俺が変態扱いなんて切腹ものだ。

誰も来ませんように、誰も来ませんように……

俺の必死の願いもむなしく――


「あー、だりー、次授業何だっけ?」
「数学よ、数学。あいつの授業、うざいのに」
「オヤジ顔でキモいし、死ねって感じだよねー」
「ねえ、化粧水持ってない?」
「うー、トイレトイレ」


 何でこんなに女どもが!?

次々とトイレに雪崩れ込む女達。

完全に退路を無くしてしまい、俺はじっとするしかない。

早く出てけ、くそ。

そこへ――


「ちょっとごめんね。貴方達、男の子見かけなかった? 私服の」


 ――今更誰かなんて、言うまでも無いだろう。


「男? 知らないよ、せんせー」

「わたしも見てないー、誰よ、そいつ」

「もー……何処に行ったのかな。
多分どこかに隠れてるんだと思うんだけど」


   咄嗟の行動だったから逃げられるとは思ってなかったが、この展開はやばい。


「隠れてるって……この辺に来たってこと?」

「うん、階段上がっていくのを見たから、多分……

…アソコ、誰か入ってるの?」


 ドキッ


「へ? ううん、アタシら今来たばっかだから、知んないよ」

「ふーん……」


 おいおい、女子便所に男がいる訳無いだろ! そうだろ!

俺の全力の否定もむなしく、恐るべき勘を発揮する女教師の冷酷な足音がこっちに近づいて来た。
























































<続く>

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