とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百三十一話



 ――今起きている危機に、ふと懐かしさを感じて戸惑った。

状況的には相当不利なはずなのだが、感じる感情は怒りではなく哀愁。ふと故郷を振り返って懐かしくも悲しむ気持ちが、場違いにこみ上げてきた。

やるせなさがこみ上げてくるが、放り出す訳にはいかない。いい加減とっとと撤収したいのだが、そうも言ってられない立場がもどかしい。


他人任せにするのは楽なのだが、今までずっと楽をしてきたツケが回ってきたのだろう。


『彼らの命と引換えに、私の命を助けてくれ。平等な取引だろう、ユーリの父を騙る男よ』

「一応言っておくが、そいつらはあんたの救助にも来たんだぞ」

『命を拾えたとしても、その後待っているのは犯罪者としての処分だろう。
研究がようやく実を結びつつあるというのに、愚か者に足を引っ張られるのはゴメンだ。

私をこのまま逃してくれれば、彼らの命は保証しよう』


 この期に及んで上から目線で物事を語るこの男に、過去の自分を重ねてしまう。

自分が一番強く偉いと信じ込んでいれば、世の中きっと楽に生きられるだろう。不都合が起きれば他人のせいであり、都合が良ければ自分の成果だと胸を張る。

傍から見れば滑稽極まりないのだが、周囲を見下していれば他人こそ愚かなのだと嗤える。こういう人生をずっと送っていれば、自分も少しは楽に生きられたのだろうか。


少し考えてみて――遠くから自分を心配そうに見つめるシュテルを見て、苦笑いする。そんな生き方をしていたら、あいつとは出会えなかっただろう。


「分かった、要求を飲もう。第三世界の封鎖を解除するから、救援部隊を開放しろ」

『要求しているのは私だよ。封鎖が解除されてから、彼らを開放するよ。
分かっていると思うが、私の力ならば彼らを短時間で全滅することなど容易いのだよ』

「分かっているさ――せいぜい、刃を突きつけている一人くらいしかやれないことは。
荒御魂の怨念に全身染められたんだぞ。あんたの研究なんぞ、何の効果もない。ナノマシン程度で洗浄できないことは、俺自身が体験している。

あんたの身体はもうズタボロだ、人間一匹殺すくらいが関の山だろう」

『……ぐっ……』

「俺は今心配しているのは、その人間一人の命だ。
命懸けで俺たちを救援に来てくれた隊員に心からの敬意を評し、要求を飲むと言っているんだ。

あんた自身の命なんぞ、俺にとっては何の価値もない。寝言をぬかしていないで待っていろ」


 俺の発言を受けてまだ意識のある救援部隊の連中は目を見開いて、悔しげに唇を噛みしめる。どうやらレジアス中将やカリーナお嬢様は、本当に優秀な方々を送ってくれたようだ。

命を救われたことに感謝するよりも、命を救われてしまったことに歯噛みする。救援部隊としての責任感を背負っている証だった。

俺への感謝を抱くとともに、自分への自責を省みる彼らに嬉しさを感じる。こういう人達に生きて欲しいと、心から思う。


俺の発言が気に食わなかったのか、要求を受け入れられたというのに抗議の声を上げる。


『想定外のことが続いてしまったが、私は必ず返り咲く。覚悟しておくといい』

「研究もいいが、少しくらい歴史を勉強したほうがいいぞ。聖王なんぞ罰当たりなものを作り出すからこうなる。
ジェイル・スカリエッティ博士の言う通り、生命を弄んだツケが来たな」

『ふん、私ほど命を尊んでいる研究者はいない。生命の可能性を追求し、神秘の限界へ挑んだ結果がイリス達だ。
研究を持ち込めば喜んで買い取ってくれる企業は、どこにでもいる。君達もまた新兵器を開発して喜んでいる、同じ穴のムジナだよ』


「いいや、俺達は常に人としてのラインを慎重に扱っている。限界を見極めて、法の枠組みを取り扱い、人として間違わないように徹底しているんだ。
だからこそレジアス中将は苦しみ、カリーナお嬢様は楽しみ、スカリエッティ博士は見極めている。ぶつかり合うことを恐れず、話し合うことを拒んだりしない。

大切だった家族を政府に見捨てられた程度で簡単に切り捨てて、殺してしまった――だからこその結果が、今だ』


 他人を簡単に切り捨ててしまったからこそ、自己満足に生きて、そして法を犯して捕まる。俺の成れの果てが、今のこの男であった。

確信を持って言える。海鳴に流れて、高町家に拾われなければ、俺はこの男のようになっていただろう。ケチな犯罪にでも手を染めて、警察に捕まって、人生を台無しにしていた筈だ。

他人に救われて、せめて恩返ししようと思って、今家族や仲間に恵まれている。アリサと出会って一人ではなくなった時に、この男とは分岐したのだろう。


分岐して隔ててしまった今、この男と分かり会える道はない。平行線はどこまでいっても、結ばれることはないのだ。


『君も私と同じだよ』

「同感だ、俺とあんたは何も変わらない。生き方が違っただけだ」

『今は順調にいっているのだろうが、いずれ見捨てられるよ。政府なんてのは結局、情も交えない利得な存在だ。
強大な政府の恩恵に預かれるのはごく一部、私ほど優れた研究者でも捨てられたんだ。君もいずれ、用済みとなるだろう』

「忠告は、受け取っておこう」


 レジアス中将にカリーナお嬢様、時空管理局や聖王教会。良好な関係は築けているが、良縁な関係とは言い難い。

この事件も円満に解決すれば英雄として持ち上げられるが、失敗に終わっていれば敗北者として歴史から切り捨てられるだろう。今回の件も終われば、島流しが待っている。

俺も彼らから支援を求めていたのだから、批判する権利なんぞない。情なんてものは確かに無いだろうし、大人として利益を求める関係にしかならないのだろう。


その点は分かっているが――気になることがある。


「同じ境遇の同志として聞きたい。あんたの言う連合政府、かつて支援を求めていた組織はあんたを見捨てたと言っていた。
それはつまり、政府はエルトリアという惑星を見捨てたのか」

『エルトリアはそもそも惑星として機能していない。維持されているのは最低限の生体環境のみ、到底人の住める環境ではない。
だからこそ我々はテラフォーミングによる一新を望んだが、無駄に終わってしまった。支援がなければ、あれほど荒廃した環境で研究はできない。

事実、あのキリエという少女の家族は苦難を強いられているだろう。理想だけでは、現実は変えられないんだ』

「最低限でも生体を維持できる環境があるなら、企業系に提案すれば交渉の余地はあるんじゃないのか」

『箱庭など、何処にでもある。君のような狭い世界に生きているものにはわからないだろうが、宇宙とは広大なのだ。
私として数ある企業へ話を持ち込んだが、支援を断られて門前払いを食らった。だからこそ――』


「軍事産業に手を染めた――いや、方向転換したのか」


 そうなると、惑星エルトリアの開発は苦難を極める。来月――いや日本は今12月なので、来年からまた頭を抱える日々が待っていそうだ。


キリエやアミティエと約束したので、俺は来年より惑星エルトリアに向かう予定だ。荒廃しまくった環境をどうにかして、彼女の親父さん達を助けなければならない。

凶悪なモンスターたちも大勢いると聞くし、動植物もロクに育たない環境であるらしい。そこまで酷いと、もう一から全て開発しなければならないだろう。

そしてその先に待っているのは連合政府という巨大組織と、各企業団体――また権力者達と戦わなければならない。


巨大な敵の数々が、来年から俺を待っている。次もまた、悪戦苦闘させられそうだった。


『封鎖は解除されたようだね、話は尽きないが終わりにしよう。私はこれで失礼させてもらうよ』

「人質は解放する約束だったよな」


『ああ、勿論。解放しようではないか。

――苦痛に満ちた、この人生からね!』


 通信画面の向こうで、フィル・マクスウェル所長は凶刃を振るう。

嬉々として人を殺し、優しく人を殺め、喜びに満ちた顔で手を血で染める。そこにあるのはどこまでも絶対的な正義であり、


単純な、自己満足であった。


『――絶対そうすると思ったわよ、"お父さんを名乗る人"』

『ゴ、ホ――イ、リス……お前……!』


 彼が振るっていた刃が突如変形して、フィル・マクスウェル所長を両断する。

刃から聞こえてきたのは、冷徹なまでの少女の声。データ媒体として生を受けた、テラフォーミングユニット。


ユーリによって更生されたイリスで、あった。


『あの女の怨念で倒れてたあんたの中に隠れて、隙を伺っていたのよ。絶対に、こうすると思ったわ。
あんたはそうやって、アタシ達を切り捨てたんだから!』

『ち、父を裏切るのか……お前を育てた、私を!』


『アタシのお父さんは、あんたなんかじゃない。自分の家族や仲間を、絶対に見捨てない人なんだから!』


 最後の顛末はそれこそ自業自得、家族を切り捨てた男が自分の娘に捨てられたというどうしようもない結末。

他人を切り捨てれば、いずれ自分が切り捨てられる。


当たり前の結末だった。


『……あのさ。あんなにダラダラ話してたのは、アタシが機を伺うと知ってたからなの?』

「まあな。だから何も手を打たなかったし、封鎖も本当に解除した」

『ふん……い、一応言っておくけど、さっきの話はあんたのことを言っていたとは限らないからね!』

「ええ、面倒臭い奴だな……」


「うるさい、うるさい! 早くアタシも捕まえなさい、こうなったら何もかも自供してやるから」


 ――こうして、事件は終わった。















<続く>








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