とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二十六話



 烈火の剣精アギトに投入された技術の正式名称は、ヴァンガード・ドラグーンと呼ばれている。

開発コンセプトは、デバイスの最適化。魔導殺し技術に対抗して数々の新兵器が生み出されているのに合わせ、既存のデバイスもバージョンアップする方向性が示唆された。


正直に告白するとアギトには本当に申し訳ないのだが、この技術は自社開発の特許申請が主目的である。


CWシリーズは完全な新機軸であり、既存の枠組みに囚われない新しい発想より生み出されている。ミッドチルダでは主要となる魔導より逸脱した兵器だ。

自由といえば聞こえはいいが、突拍子もない発想では人々にはなかなか受け入れられない。まして兵器部門となれば、特許には恐るべき時間とコストが必要となってしまう。

イリスが起こした武装テロ事件により一刻も早い兵器投入が必要となっており、時間は限られている。そこで新兵器の特許志願に合わせて、既存のデバイス改良に取り掛かったのである。


それがヴァンガード・ドラグーンであり、最新型にバージョンアップされたアギトである。


「気をつけろよ。あの程度じゃ倒せないぞ、あの女」

「分かってる。レジアス中将とカリーナお嬢様に段取り取ってるから、時空管理局と聖王教会から救援部隊が飛んでくるはずだ。
それまで悪いが、オルティア達のことは頼んだぞ」


 一応言っておくと、無理強いはしていない。本人の志願であり、開発コンセプトも含めてアギトには全て説明した上で了承を得ている。

烈火の剣精アギトは古代ベルカのユニゾンデバイスであり、長年土に埋もれていた遺産である。違法研究所に回収されたから実験材料にされて、メンテナンスも実に貧相だった。

俺達と合流してから一応メンテナンスは受けているが、本人が自分の体に触れるのを大層嫌がっており、旧式である自分の改善を断固として受け入れなかった。


その結果、イリスとの戦闘で惨敗を期してしまった。正確に言えば戦うことさえ満足に出来ず、戦力にもなれなかったのである。


俺や仲間達が傷ついてしまった事にアギトが激しく後悔し、自分のプライドに拘った責任を痛感していた。俺達は気にしていなかったのだが、本人は泣くほど悔しがった。

シュテル達と同じく決戦に向けて自分の出来ることを真剣に考えて、ヴァンガード・ドラグーン開発の実験体になることを自ら志願したのだ。


あらゆる全ての技術を受け入れて、彼女は自ら変わることを選んだ。全ては今日、この日のために。


「おう、全力で守ってやるよ。今日のアタシは、熱く燃え上がっているぜ!」


 ヴァンガード・ドラグーンとは古代ベルカの剣精と近代ミッドチルダのデバイス、そしてCW社の最新兵器技術を適合するべく調整された技術である。

それぞれ規格の違う仕様となっているだけに調整は困難を極めたが、CW社の優秀なスタッフ達とジェイル博士の技術によって、芸術的な完成度でアギトはバージョンアップした。


アギトをメインユニットとしてエリアルマニューバやフォーメーションコンバットを搭載し、支援と防衛には十分な性能を持たせた、独立型のデバイス。


CWシリーズのユニットや後方支援用チューニングが施されており、出力度合いによってアギトは適した体格に変身できる。

今までは魔導出力に限界があったが、ヴァンガード・ドラグーン化されたことで、出力が限界突破する度に体格を適合させるのだ。


臨界を突破すれば今のように大人モードへとモデルチェンジするのである――俺も実際に見るのは初めてだが。


「セイクリッド・クラスター!」

「ちっ、魔力の塊を打ち出して爆発を拡散させやがったか――だが、ノーダメージではない筈だ」


 燃え上がった空気に断層を入れて爆発させたのに対して、魔力弾をぶつけて拡散させるという非常識。爆発に爆風を当てて相殺しようなんて、アニメや映画の発想である。

物理現象にファンタジーで対抗するなんてふざけているが、相手は伝説の人物。古代ベルカの武王は歴史より飛び出して、自ら伝説を生み出している。

大爆発に拳を当てて突破してきた彼女は、まっすぐにこちらへ襲いかかってくる。美しい肌のあちこちから硝煙が上がっており、少なくない痛手を負っている。


彼女の足元から爆発的な火力が生み出される――まずい!?


「ジェットステップ!」

「高町流、七寸靠!」


 俊足の足から繰り出される蹴り、ぶつかれば肉を突き破って骨まで刺さる。防御貫通だと判断して、俺は咄嗟にオリヴィエへと体当りした。

鳳蓮飛、あのコンビニ女の技である七寸靠。高町なのはの記憶より再現されたこの技は体当たりそのものよりも、間合いの詰めにこそ奥義がある。

中国拳法は間合いの取り方が命であり、心臓の弱い彼女でも体当たり一つで俺を吹き飛ばした。間合いの取り方が絶妙であり、この技の難しさがその点にこそある。


つまり記憶と体験だけでは無理があるわけで――


「――う、ぐ……!?」


 ――彼女の蹴りで脇腹を削がれて、俺は顔をしかめた。何とか躱せたが、横腹を抉られてしまった。

決して浅くはない傷、腹から血が湧き出て激痛が走る。腹の部分は人体にとっては急所そのものであり、古代の日本人は切腹を最高刑と定めている。痛いなんてものじゃない。

それでも歯を食いしばって体当たりをしたことで、彼女は技の継続ができず少しよろめいた。転ばせるはずだったのだが、足腰の強さが半端ではない。


だったら、この密着した状況を利用する!


「御神流、猿おとし!」

「痛手を負いながら、この動きは見事です」


 密着した状態で相手に蹴りを入れるが、体勢が悪いので痛みさえまともに与えられない。だが、この技は攻撃を仕掛けた後に発動する。

蹴りを入れられてオリヴィエが反射的に体勢を変えたところを狙って、すかさず脚を相手に突き立てて反転。そのまま一気に、オリヴィエを地面に叩き落とした。


――のだが地面に激突する瞬間、本人が反転して大地に足から着地する。やばい!?


「覇王流、砕牙」

「ゴボッ……!」


 反転した状態から両手の力だけで身体を一回転させて、強烈な蹴りを叩きこまれる。上半身のバネと下半身のバランスが驚異的に成り立っているからこそ出来る、反撃。

今度はまともに食らって、四トントラックに激突されたかの如き衝撃でふっ飛ばされる。何十メートルも空を舞い、地面に転がされた。

本来なら骨まで粉々になっていただろうが、アミティエのナノマシンとユーリの生命強化によって肉体は何とか耐えてくれた。目眩と頭痛で立つことも満足にできない。


これでハッキリした。近代ミッドチルダの魔導師達では歯が立たない、強者達の王だ。


「クラウスの技にさえ耐えられるとは、素晴らしい肉体ですね。貴方はやはり、聖王の遺伝子と覇王の技を受け継ぐに相応しい人間です」

「……ハァ、ハァ……ぐっ……」

「貴方のために、今こそ私が争いばかりを起こすこの醜い世界を破壊しましょう。過ちを私が正し、貴方が新しき世を作るのです」


「――もう、無いんだよ」

「えっ……」


 拳を強く握り締めて、自分の頬を痛烈に殴る。強烈な目眩は強烈な痛みによって弾け飛んで、俺は何とか立ち上がった。

身体はまだ何とか無事だが、足腰がふらついている。先程の蹴打で、体の軸がぶれてしまっている。戦闘は継続できるだろうが、継続し続けるのは無理だろう。

俺は一体、何をやっているのだろうか。半年前までは一人、日本でぶらついていたんだぞ。今年が始まる頃は薄汚れた浮浪者だったのに、今年の終わりは世界を救うべく戦っている。


人の運命なんて本当に、どう転ぶか分かったものじゃない。


「あんたが憎む世界も、あんたが憂う人達も――あんたが大切にしていたものも、何も残っていない。
この世界は、もう俺達には何の関係もない。俺達なんて無視して、世界は勝手に動いているんだ」

「そうです、この世界はどこまでも身勝手で私達を置き去りにしています。私達に悲劇をもたらすこの世界を、私は破壊しなければならない」

「いいじゃないか、それで」

「何がいいというのですか!?」


「誰か一人に何もかも押し付けることもない、皆で生きていける世界だ。喜びも悲しみも、楽しみも苦しみも等しく平等で、時には不平等に分けてくれる世界だ。
俺達がわざわざ頑張る必要なんてどこにもない。あんたが破壊する必要もないし、俺が再生する必要だってありはしないんだ」


 俺は、主人公ではない。彼女だって、ヒロインじゃない。世界を作る物語には全員が立っていて、皆で好き勝手に演出して成り立っているんだ。

俺はそれが分かったからこそ、聖王の座から降りた。天下を目指すのもやめた。誰か一人が頂点に立つ、最強となれる世界ではないのだと分かったのだ。


To a you side――他人を受け入れて、他人に寄り添って生きていける世界に、この世はもうなっているのだ。聖王オリヴィエ、彼女が犠牲になったことで。


「ナハトヴァールが言っていたことを、俺が父親として伝えよう」

「……」

「世界なんて放っておいて帰ろうぜ。あんたが頑張ることなんて無いんだよ」

「っ……いいえ、いいえ! 私は、私は貴方のために、この世界を壊さなければ……貴方が、幸せになれるようにしなければ!」


 歪み狂って、ねじ曲がった末に、それでも彼女は決して顧みない。狂気に満ちた彼女は、どこまでも自分を求めようとしない。俺と真逆の女だった。

先の戦いでは俺と同質の魔女が敵となったが、今度の戦いは俺と真逆の王が敵対している。あいつはどこまでも自分勝手だったが、こいつはどこまでも他人を追求する。

他人に厳しいから壊そうとするし、他人に優しいから再生しようとする。そんな女だと本能で分かったから、ナハトヴァールは優しく言ったのだろう。


もう自分の為に生きていいのだと、平和な世界で幸せになればいいんだと、笑っていたのだ。


「ソニックシューター!!」

「ミドルレンジの射撃――俺を吹き飛ばしたのはこのためか!?」


 球状のエネルギー弾を無数に生み出して、次々と投げて攻撃してくる。夜空の星が落ちてきた錯覚に、消えていた目眩が再燃するのを感じた。

一発単位の魔力も協力だが、何しろ数が多すぎる。致命打にならずとも、数多く喰らえば全身穴だらけになるだろう。息子にやるべきでは、断じて無い。

徒手空拳タイプのくせに敢えて俺を吹き飛ばしたのは妙だと思っていたが、単純に思い込みだったらしい。


遠近問わず戦える、オールラウンダーであった。


「生憎だが俺は剣ではなく刀を使うタイプなんだぞ、オリヴィエ」


 星々が頭上から降り注ぐ脅威を前にして、俺は無手から剣の構えを取る。俺の発言に本人は怪訝な顔をしている、分からなくても無理はない。

俺だって剣と刀の区別を、明確につけている訳ではない。未だに混合していることもあるし、昔なんてどっちでもよくて拘りはなかった。

でもこの時ばかりは、刀を使うことを強くイメージする。御神の技を知識で受け継いだ中途半端な弟子には、お似合いであった。


刀であれば、切り払えるのだから。


「御神流、正統奥技」


 生命の剣セフィロトが手元にないからこそ出来る、この技。

一刀で切り飛ばす本来のスタイルではなく――



「小太刀二刀流」



 高町恭也と高町美由希。俺が海鳴で出会った初めての剣士であり、尊敬すべき他人。

他人という存在を受け入れたからこそ出来る、二人の絆を刃にして。


この手には何もなくても――俺は二刀の小太刀を、イメージして構えた。















<続く>








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