とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第六話







 月村の通う高校。

説明も無いまま無理やり連れて来られ、あろう事かあの女は俺を置き去りにして去っていった。

『月村忍を花見に誘う』、俺に条件を残して。

事の成果や首尾を、俺の口から聞く気は無いらしい。

忍に後で聞くから頑張って――そう言い残して、綺堂は小さく微笑んで車を出した。

見えなくなるまで去り行く高級車を見つめ、俺は呆然としていた。

金持ちってのはああいう奴ばっかりなのか?

月村もそうだったが、人様の意見を聞かずに要求だけを突き付ける。

好条件を提示されているので断れない身だが、万が一拒否されたらどうする気だったんだあの女は。

他のお花見の場所を探すという選択肢もあるんだぞ、俺には。

――ん?


「そっか、そこまで考えて!」


 返事を聞かずにさっさと帰ったのは、拒否理由を絶つ為か。

確かにここまで連れて来られて何も聞かずに去られた後で、やっぱり嫌だと断るのは難しい。

綺堂の連絡先も教えなかったのには頭が下がる。

全ては俺の退路を断ち、何が何でも月村を誘うしかないこの状況を作る為。

絶好の花見の場所を確保して貰えるのは有難いが、あいつの言いなりになるのは御免。

俺の心理を全て見透かした上で、奴はこの状況を用意した。

月村やノエルには無いしたたかさ。

家系や財を利用せず、心を貫いて生きてきた女傑。

静かな性格の裏側で、鋭い頭の切れを見せる女性。

去り際の静寂な微笑みに、悔しいが心を奪われて口出しも出来なかった。

綺堂さくら、月村が親以上の親愛を向けるのも頷ける。

腹は立つが、やり込められた屈辱は感じずにいたのは奴を多少なりとも認めたゆえだろうか?

このままボケっと綺堂について考えるのは止めにして、俺は視線を上へ向ける。


白い校舎。


それほど立派な門構えではないが、学生が気軽に通り易い校門が見える。

校内を歩く学生が見えないところを見ると、授業中だろうか?

グラウンドでは体操服を着た男女が走り回っているのが見える。

喧騒がガキ臭い明るさに満ちており、俺には無縁な世界が広がっていた。


「学校、か・・・・・・」


 学校生活という言葉があるが、俺の人生にその時間は無い。

毎日、何かに餓えていた。

人間は一人では生きられない。

身寄りの無い俺を引き取り、育ててくれたあいつは――

――考えるのはよそう。

とにかくこの国が創設した義務教育の名の元に、学校には確かに行っていた。

親と呼べる人種がおらず、生活を成り立たせる金が無い自分にその生活は送れない。

学校へ行くにも金は要る。

生活を過ごすにも金が要る。

友達は金や身分に関係の無い素晴らしい存在というが、その友達を作るには人間に余裕が必要だ。

そして、余裕を作るにも金は要る。

毎日を必死な俺に、のんびり学校を楽しむ連中がぬるかった。

親や教師――挙句の果てに友達にまで陰口を叩く。

ナヨナヨした笑みを向けられて、愛想笑いをする義理は無い。

俺は常に一人だった。

それで寂しいと思ったことは無いし、孤独が当たり前だったので苦痛も無い。

人間は一人で生きていくのは厳しいが、一人で過ごす事は出来る。

学校に通う意味も分からないまま、俺はこの世界から飛び出した。


「・・・・・・」


 そして今、その世界の入り口に立っている。

世界の一員になるつもりはない。

学校は俺にとって離別した空間。

見上げる俺の顔を誰かが見れば、きっとその冷たさにぞっとするだろう。

思い出もなく、わき上がる情も無い。


・・・・・・なのに、一歩も足が踏み出せない。


月村や高町達が過ごす学校。

あの能天気な連中なら、きっとここは居心地が良いのだろう。

元気良く、いってきますっ、と挨拶するレン達を俺は見ている。

楽しいのだろうか、此処は。

何の感慨も無い――と思い馳せる時点で、思いが残っている証か。

引き返そうと考える俺の弱さに叱咤する。


「――たく、部外者だぞ俺。
先公に見つかったらどうしろってんだ、綺堂の奴」


 校内に入る必要は無い。

学校は監獄ではない。

授業さえ終われば、自動的に学生達は此処を出て行く。

月村が出てくるのを待っていればいい。

その理由は――歩んだ一歩が消し去った。

私立風芽丘学園。

俺は、学園の中を歩いていく。

















 校内は比較的広かった。

私立の高校だからだろうか、校舎は広くて敷地も整っている。

校庭を見渡してみるが、不快感を全く感じない自然の調和がされていた。

一階の教室内が窓から見えて、勉強をしている生徒の横顔が目に入った。

勉強――これっぽっちも旅の間やっていない。

生きていくのに必要な知恵は自然に身につくが、教科書の内容は読まないと無理だ。

今後も学ぶ事は無いが。

それにしても・・・・・・思う。


「やっぱ私服ってのは目立つな・・・・・・
校舎で先公に見つかったら言い訳出来ん」


 それだけならいいが、先公という人種はお節介で高飛車だ。

注意されるだけならいいが、連行して俺の身元を問いただす危険がある。

その場合・・・・・・逃げるか、月村達に責任を押し付けるとするか。

一応辺りを確認して、いよいよ校舎内に入る。

下駄箱を潜って――土足なのを承知で廊下側へ出る。

靴を脱いで入るお行儀の良さは俺に求められても困るし、逃走の際に靴が無いのは不便だ。

廊下は長く続いていて、建物の広さを嫌というほど感じさせる。

――というか、高校の割に広すぎないか?

外から見ても、校舎の数が多すぎる。

私立だからという理由だけでは成立しない規模があるぞ。

増築した跡もあったし、もしかして受け入れている生徒の数は膨大なのだろうか?

この学校の生徒でもないので、建物が何だろうと関係は無い。

ただ――月村が何処にいるのか、全く分からない。

学年は大よそ見当はつくがクラスが何組で何階なのか、この校舎でいいのかも分からない。

あまり歩き回って、目立ちたくも無い。

廊下を歩いていれば、通りかかる教室内から騒がれる可能性はでかい。

校内の案内図とか何処かにないか?

下駄箱を抜けて、二階へ続く階段の前でこれからの指針を決める。


――それがまずかった。


「すいませんな、鷹城先生。御手伝いなんてさせてしまって」


 ――背筋が凍りついた。

下駄箱付近から近づいてくる年寄りの声。

そこへ被さるように、もう一人の女の声が元気に響く。


「気にしないで下さい。力は有り余ってます――か・・・・・・ら?」


   やばい、教師!?

それ以上聞く余裕は無い。

声の上擦りは明らかに、俺の後姿を察知した証拠だ。

跳ね上がる鼓動を胸に、頭の中で鳴り響く警鐘に従って行動に移す。


「あ、ちょっと君!? 待ちなさい!」


 待てと言われて待つ馬鹿はいない。

俺は後ろを振り返らないまま、全速力で階段を上って行った。
























































<続く>

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