とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百八話




 ――歓迎されているのは非常にありがたいのだが、実を言うと内心困っていたりする。


俺は物語の主人公でもなければ、特撮映画のヒーローでもない。戦争が起きているからといって、俺一人の力でいきなり平和になんぞ出来るはずがない。

戦況が不利にならず持ち堪えられたのは、元傭兵団のリーダーであったオルティアが指揮してくれていたからだ。彼女以上の指揮なんぞ、一介の剣士に出来る訳がなかった。


一応手を振ってみると何故か戦場が沸き立ったので、世の中単純だと他人事のように思えた。


(俺としてはゆりかごに乗り込みたいのだが……どうしたもんか)


 黒幕であるマクスウェル所長の介入により、劇的に状況が悪化している局面は問答無用で聖王のゆりかごであった。

冥王イクスヴェリアとゆりかごの暴走によって、ディアーチェとレヴィが無力化された状態で強敵との連戦を強いられている。


シュテル達が開発した新兵器を持ち込まなかった弊害が出ているが、今回ばかりは仕方がない。少なくとも本人達の天才ぶりによって、本来の役目は果たしているのだ。


ゆりかごへと乗り込みたいが、目の前で死にものぐるいで戦っている部下達を放置できない。けれど手助けするべく指揮すれば、化けの皮が剥がれてしまう。

アミティエ達とユーリによって強くはなれたが、いきなり何もかも出来たりはしない。聖王といえど所詮は神輿、学歴のない一般人であることに違いはないのだ。


そもそも血だらけで抱きかかえているオルティアをまず治療しないと――


「――っ!」


 アクセラレイター・オルタ、と聴覚が認識するよりも早く、黒髪の男が切り込んでくる。

思考の隙間をついた、極限の一刀。ユーリ・エーベルヴァインさえも追撃を許さない死が、突如懐にまで飛び込んでくる。

声が届いた瞬間には、既に手遅れという無慈悲。極技に感心するべきか、絶技に嘆くべきなのか、剣士としては分かりかねる矛盾であった。


悲鳴も何もかも、もう遅い。


「その技は、キリエが命がけで見せてくれた」

「ごっ!?」


 ――聴覚が認識するよりも早く、視覚が死を捉えている。

キリエ・フローリアンが画面越しに見せてくれた勇姿が、俺を救ってくれた。

男の刀が俺の脳天をかち割るよりも、俺の拳が男の頬を殴打するほうが速い。


勝手に斬り込んできた男は、勝手に吹っ飛んで地面に転がった。


「うう……た、隊長、わ、私のことはどうか気になさらず、戦いに――」

「俺に任せろといったはずだぞ、副隊長」

「……はい」


 自分を見捨てろと苦しげにいう馬鹿な部下に駄目だしすると、オルティアは瞼を震わせて素直に頷き俺の胸元に唇を当てた。

裏拳自体は反射的に繰り出したので力はさほど込めていないが、男の威力が尋常ではなかったので反動でダメージを与えられた。

頬を腫らした男が地面から起き上がって睨みつけてくるが、意に介さず呼びかける。


「助かったよ、キリエ。君の奮戦によって、随分救われた」

「あっ……は、はい、力になれて嬉しいです。アタシ――うっ、ごほ……」

「無茶しないでください――というか、そもそも彼や貴方がやっているシステムオルタというのは何なんですか!? 無茶ばかりして!」


 血と泥で汚れた顔で嬉しそうに笑うキリエを一瞬心配するが、そもそも無茶したことが原因だと気付いてアミティエが怒っている。さもありなん。

微笑ましい姉妹仲だが、銃器をオリヴィエに向けているあたり強かであった。常在戦場の心構えが出来ているというより、厳しい環境で育まれた感性なのだろう。

アミティエ達も正直固有型オリヴィエ相手では相当不利だが、心構えが出来ている彼女たちならば生き残れるだろう。


程なくして男と俺との間に、ユーリが降り立った。そのまま歓喜に表情を輝かせて、俺を見つめてくる。


「おかえりなさい、お父さん。闇の書の夢を克服したのですね!」

「お前達のおかげだ、ユーリ。ただ、リインフォースは……」

「何も言わないでください。わたし達はお父さんの子、ちゃんと分かっているつもりです」


 ――何が起きたのか分かっているのだと、ユーリは純真な目を向けてくる。清濁併せ呑んで、俺の子供として受け入れるのだと覚悟を決めていた。

何も言わず黙ってオルティアを預けると、慌ててユーリは彼女の生命力を活性化させて回復を図る。単純な回復魔法よりも、ユーリの能力の方が回復は早い。

その間邪魔されては困るので、渋々男の前に立つ。男もまたダメージを回復させて、悠々と立ち上がる。エルトリアの技術を使えば、活性化も容易く行えるしな。


フィル・マクスウェル、エルトリアに存在していた「惑星再生委員会」の最高責任者。


「イリスも役に立たないね。君を殺すことも出来ず、何とか無力化させたかと思いきやこうして邪魔立てさせられる」

「あんなの採用する雇用者に、問題あるぞ」

「はは、手厳しいね。あれでも一応、私の可愛い娘なんだが」


 ――ちなみにユーリの体当たりで洗脳が解けていてバッチリ聞かれており、後でイリス本人に延々と文句言われてしまったが許して欲しい。

そもそも俺を恨んでいたのだって、八つ当たりに等しいのだ。ユーリと同じ年頃の少女、思春期の過ちという言い訳も、本来システム石版という経歴により通じない。

これぐらい愚痴ってもバチが当たらないとため息を吐くと、思い通り利用していた本人も同調するように笑っている。そうだろう、そうだろう。


とはいえ、笑えない事実もある。


「察するところ、お前はイリスの言う"固有型"だな」

「ほう、よく分かったね。科学文化の未熟な異邦人だというのに」


 田舎者の猿だと笑われているが、今更なので別段怒りもしない。一人旅をしていた間、誰からも馬鹿にされて生きてきたのだから。

分かった理由は単純だ、アミティエ達と戦う聖王オリヴィエが証明している。過去に亡くなった英雄でも、データが揃っていれば作り出すことが出来る。

オリヴィエは聖典よりデータを抽出されて蘇ったが、こいつはむしろ聖王より簡単だ。何しろイリス本人が、思い出というデータを持っていたのだから。


問題は、明らかにイリスの権限を超えて活動している点だ。


「娘がどうのという、世迷い言はどうでもいい。なぜ、イリスを支配下に置けている」

「私自身の記憶と人格の複写データを、イリスの思念情報の中に隠しておいたのさ。
イリスの思念が一欠片でも残っていれば再生するという、我ながら優れた技術を彼女に注ぎ込んでおいた」

「つまり、あんた自身はあくまでコピーということか。万が一本人が殺されても、データだけが独り歩きできるように細工した」

「まさか魂がどうだの言う気じゃないだろうね、バカバカしい。私はあくまで、私自身さ。
完全に覚醒した今の私はイリスとの主従関係を逆転させ、彼女が作り出した群体の全てを自在に操ることが出来る。

オリジナルであるイリスも我が娘として迎えられている、素晴らしいと思わないか」


 ユーリが父を名乗るマクスウェルという人物を殺したのは、多分本当のことなのだろう。本人も自分がコピーだと認めてはいる。

複製体を作っておいて、自分の生前の記憶をデータとして転写する。その存在を生きているかどうか証明するのは、哲学の分野だと本人は笑っている。

ただ俺はアリサやアリシアという幽霊を知っているので、魂を否定する眼の前の本人が滑稽に見える。


多分説明しても、信じないだろうけど。


「ウイルスで操っているだけだろう、何を威張っているんだ」

「他でもない君に言われたくはないね、法術という能力でユーリを操っておきながら」


 横目で見やるとユーリは父を名乗る人物の話に全く関心を持たず、オルティアの治療に専念している――マクスウェルはそれが不愉快なのか、口元を歪める。

何度言っても信じようとしないこの姿勢に、ジェイル・スカリエッティとの違いを明白に感じた。

同じマッドサイエンティストではあるが、ジェイルは真実を柔軟に受け止めていた。この男は高い技術こそ持っているが、あくまで自分自身の価値観でしか語ろうとしない。


器の違いが如実に感じられて、心が冷たくなるのを感じた。実りのない会話は、徒労に尽きる。


「さて、責任者である君が復活したのであれば丁度いい。取引といこうじゃないか」

「全面降伏すれば、命くらいは助けてやれるかもしれないぞ」


「それはむしろ私が君に要求する内容だよ――君が持つあらゆる権限を、私に渡したまえ。そうすれば命くらいは助けてあげても構わないよ。
聖王のゆりかごを手に入れられたのは、大変な僥倖だった。あれほど見事な魔導技術を得られたのは、非常に大きい。

ユーリの件は腹立たしいが、君のおかげで強くなったのだと思えば溜飲くらい下げられる。

法術の全てを解除して、ユーリを引き渡してもらおう。ああ、シュテル達も一緒に頼むよ。家族皆がいないと寂しいだろうからね」


 交渉が実に下手くそだと、内心呆れ返った。夜の一族の姫君達やカリーナお嬢様、レジアス・ゲイズ中将殿とは比較にもならない。

自分の欲しい物を涎を垂らして求めるなんて、三流もいいところだ。彼らであれば自身が望むものが目の前にあろうと、交渉を重ねて秤にかける冷静さを持っている。

そして何より、対価を必ず提示する。命一つで見逃すなんぞという愚かさでは、話にならない。相手を喜ばせないと、搾り取れないからだ。


惑星再生委員会の運営がうまくいかなかったのも、この男が所長であれば頷ける。


「要求しているのは、俺だ。嫌だというのであれば、ボコボコにしてとっ捕まえるまでだ」

「こちらも同じだよ、嫌だというのであれば問答無用で排除する」

「なら、交渉決裂だな。テロリストの要求なんぞ飲むはずがないだろう」


「そうかね、それは残念だ。見捨てるというのだね」


 フィル・マクスウェルは、言った。



「第三世界――君の本拠点であるカレドウルフ社には兵を送り、既に制圧済みだよ」













<続く>








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