とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百五話




 ストライクカノンとフォートレスの修繕を終えたシュテル・ザ・デストラクターは戦場の空へと舞い上がり、戦場の状況把握に徹する。

各局面で優勢だった特務機動課の精鋭が思いがけない反撃にあって、浮足立っている。混乱にまで達していないのはひとえに、副隊長のオルティア奮戦あっての事である。

重傷を負った彼女の救援に駆けつけようとしたが、逡巡した後で思い直した。直接手助けするよりも部隊の指揮を取る彼女を救うには、戦線を立て直したほうがいいと考え直したのだ。


彼女の身体より心身の負担を和らげるべく、星光の殲滅者の名に恥じない働きを見せた。


『イリスが称する固有型のみならず、量産型にまで何らかの改良が施されている。
オルティアさんや父上の推測通り、この事件の黒幕と称する者のテコ入れがあったようですね』


 レジアス・ゲイズ中将、時空管理局の大いなるスポンサーの要望はシュテルがこの戦場で見事なまでに叶えていた。

CWシリーズの先駆けであるCW-AEC02X、ストライクカノン。陸/空両対応型の中距離砲戦端末は、ゆりかごが支配する戦場では非常に相性が良かったのである。

シュテルの腕に装着した手甲とジョイントする事で保持される大型機体は修理が完了して、「フォートレス」との連結機能も無事発揮している。


CW社開発スタッフとジェイル博士達の協力、そして何よりシュテル本人により特別なチューニングを行った、ワンオフの機体であった。


『父上については心配無用ではありますが……うむむ、やはりいらっしゃらないと物足りませんね。
我々をこの世に誕生させてくださったご恩返しによる奉公のつもりでしたが、いつの間にかライフワークとなっておりました。

お役に立てることに喜びを感じるこの心が、愛おしくてなりません』


 機体の大半を占める長大な砲身、展開状態では砲弾の加速レールになって発射される。ゆりかごより投入される追加戦力さえも撃ち抜いていった。

実戦での運用は大成功といっていいほどの戦果を、シュテルがあげている。イリスの暴走で荒れた戦場が、オルティアの指揮とシュテルの援護で何とか持ち直しつつあった。

CW社より他のAEC装備と共に新たな予備機が多数提供されており、特務機動課精鋭チームにも相当な数が配備されている。精鋭チームもなんとか奮戦しつつある。


オルティアの指揮に加えて特務機動課の戦況を知るシュテルは優秀な頭脳を発揮して、あらゆる局面を援護して状況を立て直していた。


『空はどうにかなりそうですね。一旦地上へ降りてオルティアさんへの救援を――』



『やれやれ、表舞台に顔を出したくはなかったんだけどね』



 ――その声は届くことなく、空に散った。













 ゆりかごとの融合はナハトヴァールが阻止してくれたが、丸呑みによる分解という強引な手段で救出されたイリスは盛大に拗ねてしまった。

ユーリは武装解除して何とかなだめようとしたのだが、唾液まみれで寝転がるイリスは女の子としての矜持を破壊されてしまい、泣き寝入りしてしまっている。

思わず嘆息してしまったが、ひとまず主犯のイリスは戦闘不能には出来たので、ナハトヴァールを担ぎ直してこの戦争を終わらせるべく、イリスに連れて行こうとして――


結果、此度の事態となった。


「――隠れても無駄ですよ。ナハトヴァールは最初から、貴方の存在に気付いていました」

『やれやれ、表舞台に顔を出したくはなかったんだけどね』


 壮年の、男性であった。


まるで舞台裏から晴れやかに登場したかのように、スマートに姿を見せる。社会的に重責を担う働き盛りの時期、絶頂期とも言える男性の畏敬。

柔和な顔立ちをしているが、視線は理知的で鋭い。野心家には見えない華奢さではあるが、立ち上る奮輝は狂信の如く存在感を見せている。


立振舞いには隙がなく、それでいて大胆不敵と言い切れた。


『久し振りだね、ユーリ。またこうして会えて、本当に嬉しいよ』

『気安く話しかけないでもらえますか。私は、貴方を知りません』

『イリスも言っていただろう、君は法術と呼ばれる力によって洗脳されてしまっている。記憶を弄られてしまっているのさ』


『なるほど、イリスがあれほど頑なだったのは、貴方がイリスを洗脳していたからですね』


 男の声は魅惑的で人を惹き付ける不思議な魅力があったのだが、ユーリ・エーベルヴァインは眉一つ動かさずに嘘だと言い切った。

男の言い分は少なくとも、ユーリの現状についてある種の正しさを指摘している。ユーリ本人は過去を覚えておらず、存在が確立されたのは今世だ。

イリスが人殺しだと断罪しても、彼女は否定も肯定もしなかった。嘘だとは言い切れず、さりとて嘘ではないとも言えない。確かな事実は、なにもない。


そうした不安定さを今のユーリから感じ取れず、懐柔できないと知って男は困ったように微笑んだ。


『やれやれ、実に厄介なことをしてくれたものだ。あれほど清く正しかった我が子が、これほど頑なになってしまった』

『我が子……?』


『そうだよ、ユーリ。今こそ、名乗ろうじゃないか。
私はエルトリア惑星再生委員会の所長、"フィル・マクスウェル"――君にとっての父親さ』


 エルトリア惑星再生委員会。アミティエやキリエ、そして彼女達の両親が語ってくれた過去の組織。イリスが所属していた組織の長が、名乗りを上げる。

歴史上を見れば、個人であるはずの存在。人間の姿をしているが、彼の武装はイリスが生み出したフルモデルにチェンジされている。


聖王オリヴィエと同じ固有型、高い知性と理性によって確立された存在――聖王や炎王を御するイリス生み出された、過去の偉人。


『わたしにとっての父親は宮本良介、特務機動課の隊長であるお父さん唯一人です』

『先程も言ったが、それは単なる洗脳さ。僕こそ、君にとっての父親だよ。君やイリスは昔、僕を本当の父親として慕っていた』

『わたしは貴方を殺したのだと、イリスに聞きました。彼女は、嘘をついていたというのですか』

『過去に、悲しいすれ違いがあったのさ。けれど僕達は親子として今こうして再び出会えた。
ならば今一度関係を改善して、輝かしい未来について存分に語り合おうじゃないか』


 男、フィル・マクスウェルは饒舌に語る。その姿に迷いは一切なく、雄弁なまでの真実を演出しているように見える。

これほどまでに堂々と断言されれば、大抵の人間は反射的に頷いてしまうだろう。男には威厳と、何よりもカリスマがあった。

組織の長を名乗っていたが、なるほどと感服せざるを得ない。自分に非はないのだと胸を張れなければ、多くの部下はついてこない。


自分の父だと宣言する男を前にして――ユーリは無感動であった。


『すれ違いがあったのだと言いましたね』

『ああ、言ったとも。イリスは君を弾劾したのだろうが、私は君を責めたりしない。誰にだって間違いはあるものさ』

『一番確認したかった事が、これで全てわかりました。ありがとうございます、父を名乗る人。
最後に、親としての責任を果たして下さった事には感謝しましょう』

『最後……?』


『はい、過去はどうであれ貴方はもはやわたしの父ではありません。わたしにとっての過去とは、イリスただ一人。
すれ違いがあったのだと、他でもない貴方が証言してくれた。少なくともこれで、イリスは間違っていなかったのだと確信できた。

わたしの大切な友達の過去を正してくれた貴方に一度だけ、警告しましょう――イリスとお父さんを開放して、投降してください』


『嫌だと言ったらどうするつもりだね、わたしの優しいユーリ』


『犯罪者として、あなたを制圧します』


 強大な魔力エネルギーである魄翼を無機質な盾状のフォルムに再設定して、ユーリ・エーべルヴァインは戦闘態勢へ移行する。

普段は温厚なユーリではあるが、友人が暴走としたのであれば容赦はしない。足止めさせられている今の状況さえも億劫に思っている様子だった。

背中に背負っているナハトヴァールも同じく、唸り声を上げて牙を見せている。この子はきっと、最初からこの男を警戒して威嚇していたのだ。


広大な次元世界でも最強を誇るユーリを前にしても、男は絶対的な自信を崩さない。


『ここまで強く洗脳されているとは厄介なものだね……まあ素直だったユーリが反抗期を見せたとなれば、可愛いと言っておこうか』

『敵対する意思を見せたと捉えますが、よろしいですね』

『やれやれ、本当につれない態度だ。お父さんは悲しいよ――ならば、仕方ないね。


ユーリ、"お父さんの元へ帰ってきなさい"』


 男の視線が強くなり、瞳は赤く燃え上がる。マクスウェルの目より発せられる赤いコードが、ユーリの瞳に直接突き刺さった。

その瞬間膨大なデータがユーリの脳へと侵食して、脳髄に至るまで支配される。意識を保ったまま大将を支配する、束縛のギアスであった。

義務や制限を表すゲッシュは魔法というより魔術の領域だが、マクスウェルが使用したのは科学の領域。成すすべもなく取り込む、悪魔の技術。

イリスが暴走したのは紛れもなく、このウイルスコードだった。彼にとっての切り札であり、絶対的な強制力を持つ自信の根源と言い切れる。


ユーリ・エーべルヴァインは平伏するように、その場に跪いて手をおいて――













 ――シュテル・ザ・デストラクターは、宮本家の中で随一の優秀な頭脳を持っている。

ユーリと同じく過去は思い出せないが、膨大な戦闘経験は身体に蓄積されている。しかしながら今この場を動かしたのは身体ではなく、頭脳であった。

一連の事件における、黒幕の存在。徹底して身を隠していた悪辣な存在が、この戦況を見てどう出るか。どのように考えて、どのような行動に出るか。


あらゆる想定を事前にシミュレーションした頭脳が、彼女を動かした。


『ヴォルカニックブロー』


 突如全方向より襲いかかってきた剣閃――高速で迫りくる斬撃を、「フォートレス」との連結機能による打撃攻撃で全て吹き飛ばした。

ストライクカノンのカートリッジシステムが薬莢をぶっ放して、シュテルの魔導が技術発動。炎の拳による攻撃は、強烈な剣閃をものともしなかった。

事前に想定しなければ大怪我を免れなかったであろう状況でも、彼女は平然と対処した。この奇襲を持って、彼女が見せたのは驚愕ではなく――


会心の、微笑みであった。


「わざわざユーリを単独行動させた甲斐がありましたね、父上。まあ、ナハトがついていましたが」

『クリムゾンダイブ』


 シュテルが確信を持ったこの時――闇色の炎を纏った突進攻撃により、ゆりかごが最上部から燃え上がった。

シュテルが上空を確認するまでもない。ゆりかごから強烈にダイブしたユーリが、見知らぬ男に豪快に体当たりをして吹き飛ばしている。


そのままユーリは――オルティア襲撃後、しぶとく暴れ回っていたイリスの真上から急降下した。


『えっ、ちょ――きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!』


 後日、事情聴取での証言――『あの子が突撃してきた途端正気に戻りました、ありがとうございます死ね』とまで罵られた、華麗な激突である。


隕石が激突して生きている生命体なんぞ、存在しない。ダイブされたイリスがウイリスとか関係なく、丸焦げになって目を回している。

気の毒過ぎてみていられない惨状であったが、ナハトヴァールが背中から降りて優しくイリスを舐めてあげているのが悲しさを誘った。


一方、泥だらけになって転がっていた男が、慌てて顔を上げる。


『馬鹿な、どうしてウイルスコードが通じない!? イリスなんてものではない、私自身が長年改良した本物のウイルスなんだぞ!』

『洗脳を否定しておいて、ウイルスを仕込むとは大した二枚舌ですね。父を名乗る人』

『ぐっ、私の名前さえ呼ぶ気がないとは……質問に答えていないぞ、ユーリ!』


『理由は唯一つじゃないですか』


 ユーリ・エーべルヴァインは、胸を張った。


『わたしは、"お父さんが"大好きだからです』













<続く>








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