とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第八十九話




 ――思い出した。


『魔法少女リリカルなのは Detonation』、映画のタイトルを見て思い出したのではない。映画に登場する一人の少女を画面越しに見て、簡単に思い出すことが出来た。

シュテルという魔法少女、本名はシュテル・ザ・デストラクター。星光の殲滅者を体現する魔導師が、悪の兵器を相手に懸命に戦っている。

凛々しくも愛しい少女の勇姿を目の当たりにして全て思い出すなんて、我ながら単純だと思う。しかし無理もない話だ、愛らしき彼女を目にすれば記憶を取り戻すのも必然と言える。


何しろ彼女こそが――


「この映画の『主人公』だもんな。俺もこの作品が好きだったから、人物や設定も詳しく知っているよ」


 生憎と自分に関する記憶は微塵も思い出せないが、どういう訳かこの映画に関する内容はすぐ思い出せた。特別好きな作品だったのか、登場人物に関して詳細まで把握できた。

映画の内容も思い出せたのだが、良くも悪くもどういうエンディングを迎えたのか記憶に無い。まあもう一度見て楽しめるので、この件についてはラッキーだと思っておこう。

確かミッドチルダという次元世界でテロ事件が起きて、魔法少女であるシュテル達が世界の平和を守るべく戦う物語だった。まだ少女である彼女達が大人達の協力を得て、悪に立ち向かうのだ。


テレビで流れている映像は、決戦の舞台。テロ事件の犯人を追い詰めたシュテルが特務機動課という部隊に加わって、仲間達と共に黒幕と対峙しているシーンだ。


『オルティアさん。申し訳ありません、父上が囚われてしまいました』


 ……父上? あれ、彼女の父親なんて登場していただろうか。ふーむ、記憶にないが、俺は記憶喪失なので無理もない話である。その内、登場するだろう。

このシュテルという少女は先の戦いで、黒幕の保有する秘密兵器である魔導殺しによって苦戦を強いられてしまい、敗退寸前にまで追い詰められてしまった。

仲間達にまで苦労させてしまった事を悔いた彼女はCW社という国際企業に協力を申し出て、新兵器を開発してパワーアップしたのである。


魔法少女らしい発想、敗北した主人公が後悔と反省を乗り越えて強くなるのは王道とも言える。


『深刻な事態ではありますが、戦闘等により不在となる場合も我々は想定しておりました。作戦パターンをβに切り替えます』


 最終決戦で難儀する彼女を励ますのは、シュテルにとって友人とも言える年上の女性。美人という表現がよく似合う、青い髪の麗人であった。

女の美醜なんぞあまり気にした事はないのだが、何故か彼女のことも強い好感を感じている。特務機動課の副隊長を努めている、オルティア・イーグレットだ。

魔法少女が主役の映画でなければ、彼女が間違いなくヒロイン役に抜擢されていたであろう美人女優。悪戦苦闘を強いられている状況でも、冷静に対応できている。


強く美しい女性というのは、登場するだけで華になるというものだ。どんな苦境でも毅然としている――と、感心していたのだが。


『父上は、闇の書に取り込まれることまで想定していたと?』

『いえ、正確に申し上げると彼女との決戦において、集中しなければならない局面が多々訪れる事を危惧されておりました。隊長が戦う相手である彼女は、古代の魔導にも精通していると。
今のような事態になっても部隊が混乱しないように、指揮系統を整えていたのです。いざとなれば、全権を私に委ねて下さるとまで仰って下さっています。

私のような元傭兵に指揮権を預けてよいのかお尋ねしたのですが――』

『自分の決定を仰ぐ必要はない、貴女の判断に全て任せる。父は貴方にそう仰ったのでしょう』

『ええ。だからこそ私もあの方の生還を信じ、こうして戦うことが出来ています。これからも、あの方にどこまでもお供する覚悟です』


 ――あれ、こんな女だっただろうか。何かもっと、誰にも頼らないゆえの孤高の強さを持っていた強い女性だった気がするんだが……人物設定に、食い違いがあるぞ。

傭兵団の隊長を務めていた頃の孤高ではなく、部隊の副隊長を務める共同の強さがあった。優劣は確かに決められないが、強さのベクトルは全く違う。

よほどその部隊長という男の影響を受けたのだろう。初めて信じられる人に出会えたゆえの、未来を預ける信頼があった。その信頼関係こそが、彼女に違った魅力を出させている。


そして友人の眩い一面を見せられて、主人公であるシュテルも奮い立った。


『地上は、貴方にお任せします。私は父上が帰ってくるまで、空の掃除に乗り出すとしましょう』

『シュテルさん、戦いはまだ続きます。貴女のお気持は分かりますが、一度撤退して武装の修理と身体の回復を行ってください。
隊長との共同作戦による戦闘は功を奏しましたが、傷も決して浅くないはずです』

『むっ、冷静な判断ですね……私ともあろうものが、やや焦っておりました。父上は取り込まれてしまいましたが、彼女にも大きな痛手は与えました。
闇の書の夢にわざわざ本人まで入り込んだのも、体と精神を休める為でもあるのでしょう。少なくとも、すぐには動けない筈です』

『報告、ありがとうございます。隊長は押さえられてしまいましたが、彼女も動けないのであれば、作戦に支障はきたしません。帰投してください、シュテルさん』


『了解です――父上、信じておりますよ』


 強敵の死闘で武装と身体に傷をつけられたシュテルが、オルティアの判断で一旦帰還する。戦闘ではなく戦争であるのならば、逃走は決して恥ではない。

シュテルが戦っていた彼女という存在が戦場には見当たらないが、どうやらその部隊長という男と一緒に封印されてしまったようだ。ふむ、彼女とは一体誰なのか。

登場人物は一通り覚えているのだが、シュテルと戦っていた相手は多いので思い出しきれない。何しろ主人公だ、戦う相手には恵まれすぎている。


部隊長なる男はよほどの重要人物なのか、戦場の局面も変化しつつある。映画では、名シーンが次々とクローズアップされる。


『あははははは、本当によくやったわマスタープログラム。貴女も一緒に取り込まれるのは計算外だったけど、まあいいわ。
闇の書の夢から逃れることは、何人たりとも敵わない。大いなる夢に取り込まれたあの男は、二度と現世に帰れない。

優しくも甘い夢に溺れて、溺死すればいいんだわ。あははははははははは!』


 このふざけた声の持ち主は、よく知っている。何しろミッドチルダで武装テロ事件を起きた黒幕、イリスという極悪非道な人物だ。記憶喪失の俺でも舌打ちしてしまう醜悪さであった。

よほど愉快なのか、戦場全体にまで嘲笑が響き渡っている。主人公はまだ健在だというのに、何故か鬼の首でも取ったかのように勝鬨を上げている。

たかが一人の男を取り込めたくらいで、大袈裟な奴である。悪役なら主人公を殺した後で高笑いしろと、言ってやりたい。うーむ、映画の中の話なのに何故かムカつくぞ。


この場面でイリスと戦っているのは、確か……そうだ、主役と並んで俺の好きなあの子だった。


『貴女を洗脳していた法術使いは、闇の書の夢に取り込まれたわ。時間概念のない永遠の世界に囚われたまま、生涯を自ら終えるでしょうね。
あいつさえ死んでしまえば、あんたの記憶は取り戻せる。自分のやったことを償う時が来たのよ、ユーリ!』

『私の記憶についてこれ以上、貴女と無駄な議論をするつもりはありません。貴女はもう既に理解していて、単に納得していないだけですから。
お父さんのことについても、私は先程言ったはずですよ。マスタープログラムでは、お父さんには勝てない。闇の書の悪夢では、お父さんの奇跡は破れない。

必ず、私達のお父さんは帰ってくる――わたしの心を揺さぶろうとしても無駄です』


 ユーリ・エーベルヴァイン、永遠結晶「エグザミア」を核とするシステムの概念。シュテルという絶対的存在がいなければ、圧倒的な強さを誇るこの子こそが主人公となっていただろう。

何しろ外見の可愛らしさのみならず、黒幕であるイリスにも深い因縁を持つ少女だ。この映画においても注目株の一人であり、ヒロインとしての人気も高い美少女である。

イリスからの勝利宣言を受けても、ユーリは決して動じない。人を信じるお人好しな面は、同時に人を信じられる強さにもなる。悪役に仲間を罵倒されようと、彼女は仲間を信じて反論できる。


戦場の空で燃え立つ魄翼を広げながら、毅然と立ち向かう。


『そしてわたしはお父さんの子供、ユーリ・エーベルヴァイン。愛する親を黙って待つほど、のんびりしていませんよ』

『エルトリアの技術もないくせに、闇の書を力ずくでどうにかしようとしたら、貴女の大好きなお父さんだってどうなるか分からないわよ!』

『わたしの背中にいるのが誰なのか忘れたのですか、イリス――闇の書の夢を食い破りなさい、ナハトヴァール!』


 ――ナハトヴァールって、誰だっけ……?


いやいや待て待て、この映画にそんな子はいなかった筈だぞ。謎の人物が次から次へと登場してきて、次第に混乱し始めてきた。

単に忘れているのであれば、混乱なんてしない。記憶喪失なのだ、忘れていることだってあるだろう。混乱しているのは、自分の中から湧き出ている感情である。

ナハトヴァールという名前が出た瞬間、目眩がするほどの愛しさがこみ上げてくる。知らない人物である筈なのに、身近にいたかのような親しみさえ感じられる。

ユーリに命じられたナハトヴァールという子は、彼女の背中から身を乗り出して――


「おとうさーん!」



 画面越しに見ている――俺に向けて、満面の笑顔で手を振っていた。



目をゴシゴシ擦る。き、気のせいだよな? あくまで映画のカメラ目線で手を振っているだけで、決して俺を見ている訳じゃない。テレビなので当然だ。

だ、だというのに、あの子は俺を見つけて愛嬌満点で喜びを見せているように思える。

テレビ越しに視聴者に呼びかけるなんてホラー映画だぞ、おい。


「何をしているの、ナハト!? お父さんを助けるために、早く闇の書の夢を破って!」

「うー? おとーさん、あそこー」

「えっ、お父さんがいるの!? どこどこ!」


 映画女優であるユーリもナハトヴァールの挙動に気付いたのか、慌てた様子でナハトヴァールと同じ視線――つまり、俺の方を見つめる。

こら、超常現象はやめろ。ファンサービスのつもりなんだろうけど、観客はそういうのはひくんだぞ。真面目に映画をやってくれ。

俺の切なる祈りが通じたのか、何故か悪役側であるイリスが慌ててフォローを入れてくれる。


『気でも狂ったの、あんた達!? ちょっと怖いから止めてよ!』

「わーい、おとーさん!」

「うう、ナハトが本気かどうか分からないから困る……お父さん、早く帰ってきてー!」


 映画がぐだぐだになってきているが、ちょっと面白いと想えるのはやはりユーリ達だからだろう。やはり何だかんだ言っても、俺はこの子達が好きなようだ。

何なんだろう、この気持ち。ファンだといえばその通りなのだが、ここまで入れ込むような男だったのだろうか俺は。結構ミーハーだったりするのか。

可愛らしいのは確かにその通りなのだが、映画女優であれば美少女であって当然だ。愛らしさを感じて無理もないのだが、どうも俺の入れ込む様は普通じゃない。


無駄に感心していると、キッチンから俺の愛する女性が覗き込んでくる。


「どうしたんだ、騒がしい――むっ、それは!?」

「おう、お疲れ様。今暇つぶしに、この映画を見ていたんだ」

「映画……今映画と、言ったか」

「ああ、映画だろうこれ」


「――なるほど、なかなか面白い『頭の構造』をしている。引き出しという表現もあるが、お前の場合は映画なのだな」


「? 何がだ」

「いや、何でも無い。ふふ、ナハト……やはりあの子には、見破られてしまうか」

「?? だから、何がだ」

「だから、何でも無いさ。もうすぐ食事はできる、お前は心ゆくまで映画を楽しんでくれ。
その映画は、私が心から愛している物語だ。お前自身に自覚はなかったのだろうが、創造されるシナリオはいつも私の心を彩ってくれた」


 妙な言い回しをして、リインフォースはキッチンへと消えていった。料理を楽しむ彼女を置いて映画を見ていたことも、特に咎めようとはしない。

いや正確に言えば、俺が映画を見ていたことを知ったときはいい顔をしなかった。彼女が態度を変えたのは、ナハトヴァールという少女が映っていた時だ。

よほど思い入れのある登場人物なのか、ナハトヴァールを見つめる彼女の目はとびきり優しかった。それでいて――


『ナハト、お願いだから闇の書の夢をなんとかして!』

『へーき』

『何が平気なの!? ナハトが頑張ってくれたら、お父さんが帰ってくるんだよ!』

『おとーさん、ごはーん!』

『うわーん、何言っているか分からないー!』


   何かを許されたことに安堵するような微笑みを、リインフォースは浮かべていた。何だったんだ、一体。

何にしても、映画そのものを壊すような真似はしない。登場人物達は、物語の終わりに向かって進んでいく。

地上では指揮権を委ねられたオルティアが、指示を出していく。


『聖騎士様にセッテさん、よろしくおねがいします』

『お任せを。必ずや、お役目を果たしてみせましょう』

『陛下は大丈夫、必ず勝つ』


『ふん、厄介な法術使いは封じ込めた以上、後は残りの雑魚を蹴散らしていくだけよ。こっちだって、「部隊」を作ったんだから』


 不敵な声を上げるイリスの呼びかけに従うかのように、シュテルが撃墜したであろう地上に落ちた大型兵器から次々と飛び出してくる。

シナリオによると上空で撃墜された筈なのに、揃えられた人員は無力化されていない。それどころか、大した怪我も負わずに集団行動を取り始めていた。


イリスが作り上げた部隊――量産型の戦士達が、部隊長なき特務機動課を完全に包囲した。















<続く>








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