とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 最終話







 冷たいそよ風が頬をよぎる。

精根尽き果てた俺は地面に膝をつき、熱気に満ちた身体を冷やす。

人生で一番長い一分間だった。

心の底から気力を振り絞り、死に物狂いで戦いに挑んだ。

その結果――


「ふー、危ない危ない。ほんのちょっとでも気緩めてたら当てられてたわ」

「……っ」


 最後の十秒は間違いなく、俺という存在が現時点で繰り出せる最大最高の一撃だった。

あの瞬間思考を超えて、身体は動いてくれた。

のに――こいつは……その俺を凌駕して回避行動を取りやがった。

剣筋はレンの頭上をかすめただけに終わり、致命的な一撃を与えられずに終わった。


結局……勝てなかった……


「……畜生……」


 勝たなければいけなかった。

今までで一番、無我夢中で勝利を掴むべき戦だった。

無様な敗北は決して許されなかった。

なのに、俺は……勝てなかったんだ……


「………ちく……しょう」


 どうして、俺はこんなに弱い。

肝心な時に勝ちを得られずして、何が天下一か。

体力はまだまだ残っていても、戦う意思を心に残していようと、この戦いはもう終わっている。

過程に意味は無い。

勝利しなければ、俺は……あいつに報いる事さえ出来ないというのに。

これほど頑張っても、こんなに努力しても、レンには追いつけないのか。

あの兄妹には、どう足掻いても届かないというのか。

何なんだ、ふざけるな!


……フィリス……


「……う……」


 あーもう、目頭が熱くなってきやがった。

熱血なんて俺には似合わない。

悔し涙なんて、それこそ惨めな負け犬を晒すだけだ。

分かってはいるんだが……止まらない。

せめてレンには見えないように、俯いて歯を食いしばった。

今、勝者の顔なんて見たくも無い。

零れる雫は頬を伝って、地面に染みを作る。


「――強うなったやないか」

「うるせえ」


 水滴の跡が真新しい地面に、小柄な影が覆い被さる。

邪険に追い払いたいが、胸の奥で暴れる敗者の咆哮が苦しい。

息が詰まりそうな悔しさを、俺は耐えるしかない。


「特に最後のは驚いたわ。
全力でやったのにかわされた上に、カウンターまで狙われてしもうた。
肝が冷えたわ」


 やかましい、どっか行け。

怒鳴り散らしたいが、嗚咽が漏れそうなので口をつぐむしかない。

勝者と敗者。

絶対的な立場の違いが、心に寂寥と虚脱を与える。

……フィリスにはもう会えない。

速いか遅いかの違いだけ。

いずれこの街を離れる以上、あいつといつまでも一緒にはいられない。

心に決めていたはずなのに、訪れてしまった別れを俺は早々には受けいれられずにいる。

はは、情けねえ……今日はとことん無様だ……

やばい、また涙が出そうになってきた。

と――



「それにしても何回か戦っただけで、もう引き分けにまで持ってこられたか」



――あん?



「あかんなー、こんなど素人の野蛮人に接戦されるなんて生涯の恥や。
もうちょっと鍛えんとな……」


 レンの声が、どこか明るく響いた。


「ひ、引き分けだと!?」


 がばっと顔をあげて、瞬時に後悔する。

レンの満面の笑顔が、予想通りの反応とばかりに俺を見下ろしていた。


「だって、あんたもうちも一本取ってないやん。
うちが勝ちなんていう気はあれへんよ」

「……」


 ――おいおい、じゃあ……

俺が視線をぶつけると、レンは微笑みを浮かべて言った。


「約束は繰越しにしとこか。勝敗がつき次第って事でええやろ?」

「…」


 心の底の底、本音全開で言えば納得は出来ない。

勝てなかった以上、未練たらしく引き分けで終わりたくは無い。

情けをかけられるのもごめんだった。

俺を全力を尽くし、尚勝てなかった。

その結果だけが全てだとも思える。


でもそれは――こいつも同じなのかもしれない。


勝てなかった以上、負け。

互いに納得できない勝敗にこだわらず、次へ持ち越す。

俺の気持ちと自分の気持ちを汲み取った采配だった。

レンにはレンの矜持がある。

何故か初めて――他人と心を共有できた気がした。

レンは黙って手を差し出す。


友好を求める証。

俺が拒否し続けてきた繋がり。


俺は――黙って、その手を取った。

小さくも、温かい暖かい手の平。

平和な庭先で場違いな戦闘を行った俺達にふさわしい握手だった。

ま、悪い気分じゃない。

結局高町達の居所は掴めなかったが、約束を違えて聞く気は無い。

必ずレンを打倒して、奴等の行方を――





「――恭ちゃん、恭ちゃん。二人、終わったみたいだよ」

「そうか。おはよう、二人とも」





――は?




「え、えーと……」


 お、俺、まじで疲れているのかな?

何か居間の方から、爽やかな笑顔を浮かべた兄妹がこっちへ歩いてくるのが見えるっすけど。



「おはよう、美由希ちゃん。それにお師匠もおはようございます。
聞いてくださいよー!
うち、とうとうこいつに引き分けてしまいました」

「レンちゃん相手に引き分け!?」

「剣は初心だと聞いていたが……負けられないな、美由希も。
ぐずぐずしていると追いつかれるぞ」

「うう、私も春休み中あんなに頑張ったのに……」



「おらぁっ! ちょっとマテや、そこのほのぼのしてる三人!」


 ボロボロの身体を立て直して、俺はズカズカ歩み寄る。


「何で普通に家の中にいるんだ、お前ら!?
山に修行に行ってたんじゃないのか、おい!」

「はい。でも学校があるので、帰ってきたんです」


 か、帰って……

二の句が告げられない俺に、平和ボケした眼鏡の娘さんは語る。

じゃあ何か!? 

俺が必死になって頑張ったあの日々は無駄か!? 無駄なのか!?


「レンに話は聞いている。随分待たせてしまったそうだな。
迷惑をかけた」


 礼儀正しい高町の兄貴の謝罪も、俺の怒りの炎を消せない。

俺は今回の責任者を睨みつける。


「このコンビニ娘……」

「――ちょ、ちょっと待ちいな!? 勝負はもう終わりやん。何で竹刀なんか――!」

「問答無用じゃ!」


 気力充実、体力満点。

崇高なる怒りに燃えた剣士の猛攻に、レンは慌てて竿を構える。


「何で帰ってきた事を先に言わないんだよ!」


 ガキンッ


「春休み終わったら帰ってくるくらい分かるやろ!
どうせ、今日が何日か知らんと遊んでたんちゃうんか!」


 シュッ


「修行に必死していて、そんなもん確認する暇あるか!」


「知らんわ、そんなもん!」


 やっぱただのクソガキだ、こんな奴。

絶対にいつか叩きのめしてやるぅぅ!















「あ、あはは、修行に専念していて遅刻・・・・・・」

「・・・・・・き、気が合いそうだな、俺達と」


 
























































<第四章へ続く>

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