とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十八話




『会わん』

「何故ですか」

『答える必要はない』


 平手打ちでもしてやりたいが、相手は時空管理局地上本部の最高責任者である。一剣士への対応としては非常に的確なので、ぐうの音も出なかった。

本来であれば口も聞けない身分の人間なのだが、"聖王"という立場を背負ったカレドヴルフ・テクニクスの社長という身分だから、今こうして貴重な時間を貰っている。

レジアス・ゲイズ中将。俺が世話になっているゼスト・グライアンツ隊長の上司であり、真なる友である人間。彼に面会を要請したのだが、今こうして明確に断られた。


門前払いに等しいのだが、通信を切られていないだけでまだマシである。


『今までは関係を仄めかしているだけだったのに、随分と直接的に来たものだな』

「兵器開発による通商取引に加えて、特務機動課という組織同士の協力体制を構築いたしました。お互いの素性は調査済みであり、両者共に正しく認識している。
この期に及んで白を切るのは、時間の無駄でしょう。これでも手順は踏んでいるつもりですよ」

『切っても切れぬ関係となったのであれば、切られる恐れのある交渉を持ちかけられるという事か。ふん、回りくどい真似をする。
――いやむしろ、距離感を図っていると言うべきか。人間関係には随分と慎重ではないか、お主は』

「切った張ったの関係は、男女だけに適用されませんからね。男同士だからといって、単純には済まない」

『実感のこもった対応だ。そうでなければ若くして、大企業の社長を任せられぬか』


 ……俺にCW社を押し付けたカリーナ・カレイドウルフお嬢様が、それほど考えていたのかどうかは定かではない。大胆でありながらも、強かな女性だからな。

レジアス・ゲイズ中将と取引を行った事を知ったゼスト隊長は、彼との面談を望むべく俺に要請を持ちかけた。関係改善は俺も望んでいたことなので、快く引き受けた。

ただゼスト隊長がどれほど懇願しても、レジアス中将にその気がなければ意味がなかった。彼としても疎遠となっている距離感を憂いて俺に仲介を求めたのだ、分かっていた事だろう。


人間関係では過去大いに悩まされた俺としては慎重な対応に望まざるを得なかったのだが、百戦錬磨の中将殿にはお見通しだったらしい。空手形でどうにか出来る人間ではない。


『儂は忙しい、外に話がなければ切るぞ』

「疎遠のままでいいのですか」

『距離を置いたのは、お互いの判断による合意だ。お主が口を挟む余地はない』

「もう一度伺いますが、疎遠のままでいいのですか。貴方らしくない判断だと、私は思っています」

『そこまで言うのであれば、明確に聞かせてもらえるのだろうな。有益な関係であるとはいえ、一方的に訴えるだけであれば関係の見直しも検討するぞ』


 確かにレジアス中将は地上本部に君臨する大物、俺程度の取引相手なんぞ有象無象のごとく蹴散らしてのし上がってきたのだろう。

権力争いなんぞ今でも慣れないし、狸の騙し合いに至っては貫禄で負けてしまっている。あらゆる手札を切り倒して、ようやく対抗できる恐るべき相手だ。


しかし斬り合いであれば、剣士である俺にも反撃の機会はある。


「ゼスト・グライアンツ隊長は極めて有能な魔導師であり、地上本部の精鋭達の中でもトップクラスの戦士でしょう。
それほどの人間を人間関係の距離感を計るために疎遠としてしまう、貴方の不合理を私は指摘しているのです」

『どれほど優秀であろうとも、上司の意向に従わない戦士は危険でしかない』

「逆らう事と裏切る事は、似て非なるものでしょう。異議を唱えているのは、貴方を正したい一心なのではありませんか」

『儂と同じ穴の狢でありながら、儂に対して説教をするのか』

「不合理だと言っているのですよ。万事人手不足に悩む貴方が、最大の理解者であり最高の右腕を自ら排除している」

『儂に対して異議を唱えているのであれば、儂と共にあっても正しいことが出来ん。ゆえに遠ざけたのだ』


 正論を出来る限り並べてみたが、鉄壁の正義の味方を崩すことは用意ではなかった。悪人なら良かったのだが、生憎とレジアス中将は完成された善であった。

人々を守るために頂点に立ち、弱者を救うために強者と戦っている。清廉潔白でいられないからこそ、誠実な友を遠ざけてしまった。

正しいことだ、何一つ間違えていない。判断の正しさを理解しているからこそ、ゼスト隊長も左遷を受け入れた。仕方がないことだとも、分かっている。


その上で大切な友を案じ、妥協できない関係を貫こうとしている。この問題に間違いはなく、悪人がいないからこそ難しくなっている。


『お主は剣に通じる人間だ。迷いが切れ味を鈍らせることくらい承知しているだろう――大怪我を負ったと、聞いている。
そんなお主に対して、家族や仲間が何の心配もしなかったのか。心配した者たちに対して、お前は一体どういう態度をとった。

自分が信じる正しさのために、他人の心配を置いて戦いに出向いたのではないのか』


 ――自分はシャマルを斬っておいて、レジアスにはゼストを受け入れろというのか。

俺の矛盾を正しく指摘されて、思わず息を呑んでしまった。彼はシャマルのことは何一つ知らないはずだが、俺の人間性そのものは完璧に理解している。

彼の言う通りだ。シャマルが身を案じてくれているのだと分かって、俺は彼女を斬った。自分を好きだという女を、望むがままに斬り飛ばしたのだ。


そんな俺が彼らに対して、何が言えるというのか――レジアス・ゲイズという男はやはり、俺の手におえる相手ではなかった。


『儂らは今戦争の渦中にいる。賽は投げられ、前人未到の戦場へと乗り込んでいかなければならない。儂らに立ち止まることは許されないのだ。
……ゼストが儂とどのような話をしたいのか、儂とて分かっている。儂はあの男こそ正義の体現者であり、自分の理解者であると今でも思っている。

お前との取引により、儂の夢も大きく前進して機会を掴めた。この事件を解決に導けば、理想としていた夢が叶えられる。だからこそ今は、自分に邁進したい』


 立場も身分も圧倒的に違うが、根本的な部分で俺に似た部分を持っている。俺は信念と呼べる立派な想いはないが、剣だけは今でもこの手に持っている。

シャマルを斬ったのも、彼女が正しいと思いつつも立ち止まれなかったからだ。彼女といれば平和で安全に生きられただろうが、リインフォースは犠牲となってしまう。

レジアス・ゲイズも同じだ。ゼスト隊長と話せば、今こそ分かりあえるかもしれない。だがその代わり、今邁進している夢が半ばで立ち止まってしまうことになる。


お互い相手が正しいと分かっていても、それでも切るしかないのだ――大切なものだけは、切れないから。


『ふん、つまらない話をしてしまったな。とにかく儂の返答は以上だ、お主には悪いが意見を変える気はない』

「いえ、実に有益な話を聞かせてもらいました。想定していたのとは違いますが、あるいは理想的な回答だったかも知れません。ありがとうございました」


 レジアス・ゲイズとゼスト・グライアンツの対決を見て自分の在り方を見つめ直すつもりだったが、思いがけずレジアス中将の返答に頷かされてしまった。

立ち止まる事が正しいと知りつつも、敢えて前に走り続けることで大切なものを手に入れる。親友や恋人に恨まれようと、自分の本懐を遂げる。

決して正しいとは言えないけれど、正しいと信じて走り続ける。あるいはそれこそが、信念と呼べる情熱なのかもしれない。


正しくなろうとするのが子供なら、正しくあろうとするのが大人なのかもしれない。


「私が、貴方の夢を叶える。貴方は、私の望みを叶える――これでいかがですか?」

『お主が事件を解決する報酬として、儂は事件解決後にゼストに会えということか』

「平和になれば、お忙しい中将殿にも部下を労う時間くらいあるでしょう」

『ふっ、そこまで大言を吐くのであれば、一つ条件がある。その条件を満たすことが出来るのであれば、お前の取引に応じてゼストに会おうではないか』

「お聞かせ願いましょう」


 俺が応じる姿勢を見せると、レジアスは一旦退席する。すぐに条件を提示しなかったところを見ると、どうやら今回の交渉は思いがけず有益に働いたようだ。

一から十まで用意したものではないということは、彼にとって思いがけない進展があったということだ。やはりゼスト隊長の件は鬼門であるらしい。

条件というのは、何となく察しがついている。そもそも俺はリインフォースに敗北した上に、聖王のゆりかごまで奪われている。言わば、一度失敗しているのだ。

特務機動課の設立を世界中に公表した以上、彼としては何としても俺に成功してもらわなければならない。だからこそ――


一度失敗した俺の実力には、懐疑的なのだ。

『これまでの事件を洗い直し、徹底した捜査を行って――我々は、首謀者のアジトを発見した。
喜べ、特務機動課の初任務だ。人員の選抜や運用はすべてお前に任せよう、お前は総隊長としてアジトへ強襲しろ。

初任務を必ず成功させろ――そうすればゼスト達の協力を認め、奴と会おうではないか」


 白旗と時空管理局の混成チームである特務機動課の、初任務。イリスが潜んでいるであろうアジトへ乗り込んで、制圧することが今回の条件。

  俺の実力が見極められる戦いが、待っている。















<続く>








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