とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十六話




 普通は退院した患者を祝うなり休めるなりするべきだと思うのだが、完治を待っていたとばかりに会議室へ連れ込むこの連中は頭がおかしい。

母親を名乗るルーテシア・アルピーノは一応喜んでくれたのだが、大怪我の遠因となった犯人も一緒に連れてきたので泡を食って連行させられてしまった。

捜査会議は通常現地で行われるのだが、緊急時の為に管理外世界である地球と聖地のあるベルカ自治領との間で通信画面による電話会議システムが使用された。


リンディ提督率いる捜査チームの面々が集う前で、フローリアン姉妹を連行した俺は事の経緯を全て語った。


「――魔法使いさんが説明して下さった通り、聖王教会より蒼天の書を奪った犯人はあたしです。謝って許されることではありませんが、本当にすいませんでした」

「この子の苦境を思いやれず、行かせてしまった私にも多大な責任があります。必要なこと、しなければならない事があれば、何でも言ってください。
如何なる事でも行って償う覚悟を決めて、この場の出席を許していただきました」


『キリエさんにアミティエさん、だったかしら。二人の謝罪の気持ちはよく分かりましたから、頭を上げてください』

『君達は十分やり直せる。罪を償う心があるのであれば、僕達も殊更に罰したりはしない。
犯罪者の罪を罰するだけではなく更生の道を共に探るのも、僕達の大事な仕事なんだ。どんな事でも力になるつもりだ』


 あまり心配してはいなかったが、自首してきたフローリアン姉妹をクロノ達は厳しく責め立てたりはしなかった。異世界出身者であろうと変わらず、彼らは謝罪を受け入れてくれたのである。

本来であれば自治領で起きた犯罪は彼らに直接の因果関係はないが、さりとて傍観者だと甘えず、職責を重んじて公平に事情聴取を行ってくれた。

幸いだったのはクロノやリンディが本局所属であり、管理外世界出身者の犯罪に精通していたことだろう。地上部隊所属もいる捜査チームにおいても、よく立ち回ってくれた。


話を聞き終えて、クロノ執務官は大きく息を吐いた。


『聖王のゆりかご強奪の挙げ句にミヤモトまで意識不明の大怪我を負ったと聞いて、一時はどうなる事かと危惧していたんだが――
その翌日に完全復活した上に事件関係者まで自首させてくるという大逆転劇まで見せられて、気持ちが正直追い付かない』

『怪我の絶えない子だから、本当に心配だわ……リョウスケさんにはやはり、クイントさんやメガーヌさんのような強い母親が必要ね』

「……アミティエやキリエの前で、うちのややこしい家庭事情を持ち出さないでくれ」


 明らかに二十代の美人捜査官二人が母親候補だと聞かされて、フローリアン姉妹は目を白黒させている。安心してくれ、俺だって正直なところ今でもよく分からない。

けれど我が事ながら、クロノ達には本当に心配させてしまったらしい。俺としては最悪だけは免れたという心境だったのだが、クロノ達からすれば十分絶望的状況だと睨んでいたようだ。

俺にとっての最悪はユーリが洗脳されて連れ去られる事だったので、我が子が逞しく元気いっぱいで帰ってきてくれただけで御の字だったのだ。


……なるほど、だからクイントやルーテシアことメガーヌの事で、リンディがチクリと釘を差したのか。やりおるわ。


『惑星エルトリアの技術であるキリエさんの"フォーミュラ"、そしてアミティエさんの"ナノマシン"か――
僕達にも技術開示をしてほしいのだが、捜査協力とは別という観点なので厄介だな……』

「悪いな。罪を犯したキリエ達の意向を考慮する義務は生じないのは理解しているが、命令系統がややこしい今の時点でおいそれと開示できないんだ」

『地上本部と白旗の合同捜査という名目における、レジアスとの取引か……難しい立場なのは、こちらも承知している』


 惑星エルトリアの技術は自分達の誇りであり魂の結晶なので、ミッドチルダ側には公開しないでほしい。我儘であることを重々承知の上で、二人は頭を下げてきた。気持ちはよく分かる。

勿論ベルカ自治領を立場的に治めている自分としては、こんな願い事は論外である。キリエ・フローリアンは明らかに技術を悪用して犯罪を犯したのだ、強制的に取り上げられても文句は言えない。

この苦しい心境をどうにかしたのは、俺の頭脳であるアリサだった。俺の身体を治療してくれたお礼として、あいつは快くキリエ達に知恵を授けてくれたのである。


命令系統が混乱している今を、利用すればいい――すなわち、レジアス・ゲイズ中将との契約を利用するように提案したのだ。


レジアス・ゲイズからすれば、惑星エルトリアの技術を初めとした白旗の保有戦力全てを必要としている。同時に、アインヘリアル開発に必要な技術を他の誰にも渡したくない。

同じ時空管理局であろうと、クロノ達が所属する本局に技術を開示するなんて絶対に認められない。レジアスに現状を説明すれば必ず庇ってくれると、アリサは読んだ。

そしてそんなレジアスの立場をよく分かっているクロノ達もまた、無理強いは出来ないという事だ。あいつは本当に、頭が良すぎる。


「ただ以前も要望した通り、惑星エルトリアの調査と開拓協力をお願いする上で、キリエとアミティエからの技術提供は約束してくれている。
事件後になってしまうので捜査という観点での提供は行えないのは心苦しいが、少なくとも本人達の姿勢は前向きであるという事だけは言っておきたい」

「ご迷惑をおかけしているというのに、協力できなくてごめんなさい。でもお父さんとお母さんを助けたいという気持ちだけは、本当だったんです!」

『ああ、分かっている。少なくとも僕達にとって大切な協力者であり友人でもある彼を治してくれたことは、本当に感謝している。反省しているのもよく分かっている。
むしろ僕達の面子や縄張り争いに巻き込んでしまった形だ、お詫びしたいのはこちらだよ。それに君達の技術は確かに貴重だが、同時に異端でもある。
ミッドチルダ前後を揺るがす事件に大きく関与する技術となれば、慎重さを求められる。流出を恐れる意味でも、事件解決まで君達の技術を根掘り葉掘り聞くのは控えよう。

ただし事件解決に向けて、意見を求めさせてはもらうよ』

「勿論です。既に剣士さんには詳細をお話していますが、事件解決に協力させてください」


 承諾するキリエに呼応するように、姉のアミティエも決意の表情を浮かべて首肯する。イリスが今後も好き放題技術を使う以上、全てを秘匿することは難しい。

アミティエ達の謝罪を受け入れて、事件の捜査会議が行われた。先日起きた聖王のゆりかご強奪事件の詳細は話したが、いよいよ主犯格のイリスに関する話へと移る。


捜査会議の場にユーリを呼び出した上で、俺は娘の前でイリスの事を説明した。


『事件の主犯と思われるイリスという少女は、君に大切な人を殺されたのだと証言している。心当たりは本当にないのか』

「ありません――というより、記憶にありませんというべきでしょうか。蒼天の書に眠っていたわたしは、お父さんという主により産み出されました。
イリスの話ですと、蒼天の書とは闇の書本体が改竄された魔導書であるとの事です。その影響を受けて、わたしもリセットされたのかもしれません」

『キリエ、率直に聞こう。本当に、あの蒼天の書は――闇の書、なのか?』

「イリスの証言と調査によるものですが、間違いありません。こちらにいらっしゃる魔法使いさんが主となり、改竄されたのだと言っていました」


 ユーリとキリエの証言――その背後にいるアリサ・ローウェルという悪魔の頭脳に、俺は内心戦慄させられている。


あろう事かあいつは、この最悪の状況を利用したのである。今まで少しずつ確信へと手繰り寄せていた糸を、イリスという犯人を使って思いっきり手元に引っ張ったのである。

リインフォースの存在が明るみになった以上、隠し立てするのは難しい。ならばいっそのこと真実を明るみにした上で、その混乱に紛れて小さな嘘をひとつだけ混入させる手腕。

『俺が』闇の書の主となったので改竄されてしまったと説明すれば、クロノ達は当然法術によるものだと思いこむ。事実は確かにあっているが、ただ前後関係が嘘丸出しという点だけで。


こんな事を言われて、誰が疑うというのか。肝心のイリスまで誤解しているのだ、あいつが本当に捕まってもその通りだと言うだろう。完全犯罪成立である。


八神はやてという真実は、文字通り完璧に闇に葬られた。もはやグレアム提督やリーゼアリアが何を言っても、信じないだろう。

いやむしろ、本人達さえ誤解するのではないだろうか。状況を見れば、明らかに事実は嘘の通りになっているのだ。真実なんて、絵に描いた餅にしかなっていない。


『ミヤモトによって、闇の書は葬り去られたのか……そうか……』

「一応言っておくが、俺は本当に何もしてないんだぞ」

『分かっている。そもそも闇の書は制御不能な魔導書である上に、法術も原理が判明していない能力だ。何が起きても不思議じゃない。
それに、闇の書が君を主に選んだというのも納得できる。君ならば選ばれても、不思議ではないからな』

「どういう意味だよ。俺は天然記念物じゃないんだぞ」

『ははは、そう怒るな。僕は、君に感謝しているんだから』

「どういう感謝なのか、今一つ分からないんだが」


『今起きている事件そのものはたしかに、解決していない。気を緩めるべきではないんだが――それでも僕の中で、一つの大きな事件が解決した。
それは他でもない、僕の友人が解決してくれたというんだ。感謝くらい、させてくれ』

『あなたにとっては理解不能でしょうけれど――私からも、感謝を言わせてもらえるかしら。
本当にありがとう、リョウスケさん。これでようやく、無念を晴らすことが出来たわ。悲しみを終わらせることが、ようやく出来た』

『……リンディ、クロノ君……』


 ――静かに、本当にしめやかに二人は揃って俺に感謝の言葉を捧げる。二人の静かなる表情を目の当たりにして、同席していたレティ提督は目を伏せた。


なんで二人が俺に感謝するのか、全く分からなかった。闇の書は危険なロストロギアだとは聞いていたが、二人にとっては危険物である以上の理由でもあったのだろうか?

イリスのように魔導書に対して憎しみの一つでもあるのならば、闇の書の破壊を求めるだろう。だが彼らは闇の書が無害な魔導書になったことを、心から安堵して喜んでいる。

クロノは何かを吐き出すように深く、深く息を吐いて――何故か、ユーリを見つめた。


『ミヤモト、彼女を大切にするんだぞ。君を父と慕う、大切な子供を』

「自分の子供を大切にするなんて、当然だろう」

『ああ、そうだな。その通りだ――本当に、その通りだ』

「何なんだよ、気持ち悪い奴だな……もういいから、事件のことを話そうぜ」


 俺にはかり知れぬことではあるのだが――闇の書事件はこうして、幕引きとなった。


俺にとっては事件も何もなく、闇の書は蒼天の書となり、ヴィータ達は大切な仲間であり、ユーリ達は大事な家族となった。リインフォースは敵となっているが、闇の書自体は関係ない。

そして――


無限再生機構であるナハトヴァールは、今日も家でのんびり遊んでいる。















<続く>








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