とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十四話




 リンカーコアとは魔導師が持つ魔力の源で、大気中の魔力を体内に取り込んで蓄積したり、体内の魔力を外部に放出するのに必要な連結核である。

魔力資質にも大きく影響する器官で、魔導師にとっての心臓に等しい。聖王教会騎士団はこのリンカーコアをイリスに奪われて、全滅したと聞いている。

ユーリが創り上げてくれたツルギ『セフィロト』を見やる。魔導師の体内にあるリンカーコアを一刀両断したこの刃は、イリスと同じ力を持っていると見ていいだろう。


生命エネルギーに溢れる刃は人の心を照らし出すように、暖かな光を放っている。太陽の光、キリエさん達の想いが込められていた。


「剣士さん、シャマルさんに怪我はありません」

「容赦なく斬ってやったのに、無傷とは運の良い女だ」

「怪我がなくて良かったという、お父さんなりの優しさですね」

「はい」


 ……俺の心を的確に読む賢い娘さん達が誇らしくも、チョッピリ嫌いだった。大人の複雑な心を読んじゃありません。

まあ冗談はさておくにしても、手加減しなかったのは本当である。シャマルは覚悟を持って挑んできた以上、剣士として手心を加えるのは無礼に等しい。

何よりベルカの騎士を相手に、手加減できるほど俺は自惚れていない。こちらこそ死ぬ気で戦わなければ、返り討ちに遭っていただろう。圧勝はあくまで、結果に過ぎない。


されど、シャマルは身体に傷一つ負っていない。リンカーコアだけが綺麗に両断されていると、ユーリは診察した。


「驚くことではありません。セフィロトはお父さんへの想いが込められた生命の剣、お父さんの願いを叶える奇跡の刃なのです」

「剣士の思いを汲んでくれるツルギか……キリエさんには最高の報酬を前払いしてもらったな。俺達も必ず、彼女の願いを叶えなければいけないな」

「わたしに任せて下さい、お父さん。他でもないお父さんがわたしを信頼して、命を懸けてくれたんです。必ず、成功させてみせます」


 俺を人体実験することにユーリは盛大に反対していたが、父親相手に生命操作が成功したことで無限の自信を与えられたようだ。

娘のために命懸けで応えるという好意は純粋な親心に見えるが、俺からすれば単なる打算である。成功の見込みがなさそうであれば、こんな真似はしなかった。

ユーリ・エーベルヴァインなら必ず成功すると信じ、一片の疑いも持っていなかった。俺の仲間達より与えらた全ての想いがあれば、必ず強くなれると確信していた。


湖の騎士シャマルに勝利したという栄光は、約束された勝利であった。


「剣士さん、身体の調子はいかがですか」

「ポンコツのママチャリから、ロケットエンジンを積んだ宇宙船に乗り換えた気分だ。実感が無さ過ぎて、少々戸惑っている」


 先程の神速が、良い例である。師匠より知識で学んだ歩法は今まで仲間達の多大な援護を受けてかろうじて実践出来ていたが、ボロい自転車操業でいつもガタガタだった。

シャマルを斬ったあの時、自分の頭の中にあった知識を何の苦労もなくそのまま実現できた。今まで必死で走ってきた距離が、それこそ空間制御でもしたかのように一瞬で飛び越えられた。

神速を使用した後は身体中ガタガタになって痛んでいたのだが、息の一つも切れていない。自分の体であるという実感が、今でも信じられなかった。


弱者から強者になったのではない。チャンバラごっこをしていた子供から、子供達を護る剣士へと生まれ変わったのだ。


「シャマルさんの結界により、周囲に漏れた形跡はありません。今から解除しますので、シャマルさんを連れて帰りましょう」

「事前に言付けているとはいえ皆さんも心配しています、剣士さん」


「ああ、分かっている――と、やはり来たか」


 ユーリが結界を解除した瞬間に現実世界へと転換されて、二人の騎士が姿を見せた。鉄槌の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラ、白旗に加わってくれているのろうさ達である。

シャマルは独断で行動していたつもりなのだろうが、ヴィータ達には最初から見破られていた。その上で口出し一つせず、結界の中にも飛び込んでこようとはしなかった。

結界の外では状況確認は行えないのだが、のろうさ達は最後まで静観し続けていた。気を失っているシャマルを見ても、回復している俺を見ても、眉一つ動かさない。


揺るぎない信念を持った騎士達は、揺るぎない信頼を胸に見守ってくれていたのだ。


「うちのバカが迷惑をかけたな、すまねえ」

「管理局の許可もなく無断で渡航したのだ、お前達が保護するのは問題だ。我々が責任を持って連れて帰ろう」


 一瞬躊躇したがすぐに思い直して、両手で抱き抱えていたシャマルをザフィーラ達に丁重に受け渡した。少し話をしたかったが、結果を出していない今では平行線のままだろう。

お互いに譲れない想いがあったからこそ、想いを掲げて戦った。お互いに非もなく、全力で戦った。勝敗は一瞬だったが、睨み合った時間は無限大だった。

のろうさは毒づいていたが、シャマルの安らかな顔を見て安堵の吐息を吐いていた。ザフィーラも無念を見せず、静かな双眸で自分の仲間を見つめている様子だった。


仲間を迎えに来た騎士達はそれぞれに、俺を見やった。


「身体は回復したみてえだな、生命が漲ってやがる」

「気力も充実している。ようやく心に、力が宿ったようだ」


 一目で俺の状態を看破した騎士達の洞察力には、恐れ入るばかりだ。だがそれよりも身体のみならず、精神にまで目が届くその眼差しに照れ臭さを感じてしまう。

雛鳥だった頃の見苦しさを散々見せつけた後では、声明により鍛え上げたとあっても恥ずかしさを覚える。親愛ある両親に裸体を褒められた子供のような感覚だった。

茶化すような真似はせず、派手に喜び合う態度も見せず、ここに至るのが必然であったかのように感慨に浸っている。彼らは俺がこうなることを分かっていたとでも言うのだろうか。


自分自身でも、ありえぬ奇跡だと思っているのに。


「散々苦しんで、バカやって見苦しく足掻いてきたんだ。報われなきゃ、不公平ってもんだろう」

「心は既に成り立っていた、後は身体の問題だ。出来れば我が時間をかけて鍛え上げたかったが、それは贅沢というものだったのかも知れぬ」


 ……世の中は不公平であることは、よく分かっている。才能による選別、血統による差別、環境による区別は、この世界では平然と行われる。

努力が必ず実る世界ではなく、不公平による不幸は当然のように起きてしまう。弱いまま死んでいく人間はごまんといる。古きベルカの時代より生きてきた彼らは思い知っている。

現実を知っているそんな彼らが俺という人間でも強くなれるのだと、信じてくれていた。日々厳しく接していた彼らが、あろう事か誰よりも強くなれたことを喜んでくれたのだ。


頭が上がらなかった。何をどう言おうと、感謝しかわきあがってこない。


「リョウスケ、リインフォースの事はお前に任せた。お前に惚れてた女を斬りやがったんだ、ちゃんと喜ばせてやれよ」

「我らは白旗の一員として、お前の支援に回る。雑事は全て我らに任せて、お前は奴に斬り込んで行け」

「必ずあいつの罪を斬って、はやての元へ連れて帰ってみせる」


 この場にいないシグナムも、きっとそれを望んでくれている。だからこそ彼女は海鳴へ残って、はやて達を一人で守ってくれているのだ。

気を失ったシャマルを連れた彼らは、地平線の彼方へと消えていった。俺もいずれは帰らなければならないが、それは今ではない。

こうして元気になったとはいえ、シャマルの言うことは正しい。どれほど強くなろうとも、自分の体と心は労らなければならないのだ。

自分を大切に出来ない人間が、他人を大切になんて出来ないのだから。


「任務達成、帰還するぞ」

『はい!』


 私情はこれで終わりだ。妨害しようとしていたシャマルを退けて、俺という身体を用いた実験を行って生命操作能力は確立された。剣は出来上がり、生命は生まれ変わった。

十二分の成果ではあるが、それでもまだスタートラインだろう。キリエさんと事実上決別したイリスは聖王のゆりかごを奪って、万全の戦力を整えつつある。

不幸中の幸いなのは聖王のゆりかごという難物を抱えたことで、準備期間が出来たことだ。襲撃に次ぐ襲撃で難儀させられたが、これでようやく猶予ができた。


その帰り道、ユーリ達と次なる一手について話し合う。


「今日のニュースを見ました。管理局の偉い人が提唱していた『特務機動課』は、お父さんの発案なんですよね」

「ああ、時空管理局と聖王教会――レジアス・ゲイズ中将と俺の総戦力で構成された特殊実務部隊だ。俺が現場で実績を取り、中将が上層で名誉を勝ち取る。
中将から人員と資金の全面援助を受けて、俺達が技術を完成させて戦力を整える仕組みだな」

「うーん……お金だけだしていいとこ取りですよね、大人の人は」

「スポンサーというのはそういうもんさ。それに今回の件についても、ケツを拭いてくれたからな。俺達も精一杯、期待にこたえてみせようぜ」


 聖王のゆりかご強奪という大失態をやってしまったのだ、それこそ最高評議会がここぞとばかりに俺達を潰しにかかってもおかしくはなかった。それを庇ってくれたのが、あの人である。

勿論事前に交渉したのだ、打算は大いにあるだろう。けれど、そこまでして利益を得ようとするのは、自分の理想を叶えるためだ。あの人は、あの人なりの正義がある。

危うい面は多々あるが、それこそ取引相手である俺が軌道修正すればいい。俺とチームをくんで行動しているゼスト隊長だっているのだ。


足りないところを補ってこそチームであり、だからこその特務機動課だ。


「優秀な人材もよこしてくれるみたいだからな、頼りにさせてもらおう」

「管理局の人ですか……どんな人が来るんですか」

「聖地で働いているオルティア捜査官のところへ派遣されるらしいな。首都航空隊所属のエリートさんとかも来るらしいぞ」


 レジアス・ゲイズ中将より直々に派遣される人材はチーム単位だが、実際のところ彼らと戦列をならべて戦うことはまずない。

イリスが構成する戦力は想像を絶する強力な軍勢なので、こちらもシュテル達精鋭チームで対処しなければならない。最前線で戦うのは、あくまで俺達だ。

だが敵の主戦力と戦っている間も、聖地やミッドチルダを守ってもらわなければならない戦力は必要だ。今回は一対一の決闘ではなく、戦争なのだから。


だからこそ首都航空隊といった、管理局の優秀な人材を必要としている。中将としても、管理局側の武功も得ておきたいところなのだから。



「名前は確か……そうそう、"ティーダ・ランスター"一等空尉とかいってたな」















<続く>








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