とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十話




 アミティエさんとの情報交換を終えて、ホテルアグスタの支配人であるマイアに連絡。夜分遅くとなってしまったがキリエさんはまだ起きていたらしく、今からでも会える事になった。

深夜ホテルに一人待っている女性の部屋へ独身男性が訪れる、この行為。冷静に考えてみると完全な密会なのだが、最高級ホテルであるアグスタはプライバシーは万全を期している。

とはいえ若い女の子の部屋に押しかける行為は褒められたものではないが、マイアの話ではむしろ本人が会いたがっていたらしく、俺からの連絡に飛びついてきたようだ。


信頼されているとはいえ、キリエさんの無防備な好意は危ういものがあるので、同世代の男としていずれ機会を見て注意しようと思う。


「魔法使いさん、お怪我は大丈夫ですか!?」

「ご心配をおかけいたしました。見ての通り、名誉の負傷ですよ」


 松葉杖をつけば歩けなくはなかったのだが、足腰がふらついていては余計に心配かけるだけなので、護衛の妹さんに押してもらって車椅子でお邪魔する事にした。

気が気でなかったのか、わざわざ本人が率先して出迎えてくれた。心配しているその表情はとても美しく、純粋に身を案じてくれているようにしか見えない。

アミティエさんとの情報交換により、キリエさんの事件への関与はほぼ確定的となっている。それでも俺を心配するその顔に、嘘偽りはなかった。


やはり美しい肉体をしている女性に、悪い人などいないのだ。


「ごめんなさい、こんな事になってしまって」

「どうしてキリエさんが謝るんですか」

「わ、私が、その……自分の都合で事件を早く解決してほしいと、願ってしまったから!」


 同行者はアミティエさんの時と同じく、ユーリと妹さんのみ。二人はキリエさんの言葉を指摘しようとする素振りを見せるが、少女の青褪めた表情を見て口を閉ざした。

根が素直な少女なのか、心身的疲労により顔色が悪い。日々罪悪感に苦しめられているのか、少女の美貌には艶が見えなかった。

何処の誰なのかよく分かるのに、何故か相手が分からない。自分にとっても思い当たる事であるはずなのに、事実を受け入れることを拒否する。


一種の現実逃避だが、それほどまでにキリエさんは苦しんでいた。


「魔法使いさんにお渡しした剣、使わなかったんですね」

「やはり分かってしまいますか。申し訳ない、キリエさんの好意を無駄にしてしまって」

「"フォーミュラ"を使えば、犯人を成敗できたんですよ。どうして、使わなかったんですか!?」


 夜の一族の純血種である月村すずかの血に濡れた、新しき剣。アミティエさんの話によると、キリエさんが惑星エルトリアの技術を使って俺の剣を打ち直してくれたと聞いている。

フォーミュラと呼ばれる新しき技術を、無機物の形状を自在に変化させるヴァリアントシステムを使用して、俺の剣に組み込んでくれた。魔導を断てる、刃。

この技術を使用すれば、魔導を具現化した存在リインフォースを斬れる。彼女は俺にこの剣を使用させて、リインフォースを犯人として討ち取ろうとしていた。

黒幕であるイリスへの友情と俺への信頼で揺れた、彼女の折衷案――哀しい愚策ではあるが、彼女はそれほどまでに追い詰められていた。


「……どうして、こんな事に……どうして……」


 ――もしも彼女の単独犯であったのならば、真っ先に自首していた筈だ。彼女は真っ直ぐな性質、信頼する人間を無闇に裏切れない優しい女性だ。

彼女が後まで躊躇っているのは、結局イリスが黒幕で暗躍しているからだ。自分が名乗り出る事はイリスを裏切る行為だと、友情と信頼の間で悩んでいる。

こんな事を言うのは何だが、とてもありがたい話だと思う。悩んでいるのは彼女の中で、そのイリスと俺が天秤で釣り合っているからだ。


そこまで俺を信頼してくれているのであれば、俺も応えたいと思う。


「キリエさん」

「な、何ですか、魔法使いさん」

「助けたい人がいると、貴女は言った。とても大切な人だからどうしても救いたいと、貴女は言っていた。
大切な人を救うために、大切な人を切らなければならないとしたら、貴女はどうしますか?」


 怒りこそ多大にあるが、俺はリインフォースを敵だと思えない。どうしても、そう思うことだけは出来ないのだ。

あいつが俺を殺そうとしたから、俺もあいつを斬ろうとした。剣士として魔導師を斬り、この関係を断ち切ろうとした。彼女との関係を、精算しようとしたのだ。

剣士としては戦える、ただそれだけだ。剣士としての生き方、侍としての使命感、そうした信念は確かに必要なものだが――それだけでは、足りない。


だから俺は、あいつに敗北した。才能で勝てるはずがないのに、あろう事か実力で戦おうとした。


「――魔法使いさん。私、大切な家族を傷つけて……裏切って、此処へ来たんです」

「……」

「変ですよね。お父さんやお母さんは助けようとしているのに、同じ家族を傷つけている。大好きなのに、とても大切だったのに――私は、傷つけてしまった。いっぱい、悲しませてしまった。
反省も、後悔もいっぱいあります。今でも心が痛くて、胸が苦しいです。

でもそれでも、私は――戦います。本当に、失わないためにも」


 キリエ・フローリアン、泣き笑いした彼女の顔、あらゆる後悔と反省が滲み出ている表情。美しく繊細で、とても悲しかった。

彼女は、間違っている。けれど、正しい答えは何処にもない。これは、そういう戦いなのだ。誰かを斬れば解決する御伽噺ではない。

リインフォース、あいつは強すぎる。あらゆる面で、負けている。この差を埋めるのは、不可能だろう。実力では、絶対に勝てない。


それでも勝たなければいけないのであれば――戦うしかない。剣士としてだけではなく、俺という人間としても。


「ありがとうございます、貴方のおかげで目が覚めた気がします。そして申し訳ない、こんな体たらくを見せてしまって」

「い、いえ、あたしこそ狼狽えてしまってすいませんでした。騒ぎを聞きつけて、どうしても心配になって」

「大丈夫です」

「えっ……?」


 剣士として、魔導師には勝てない。ではどうすればいいのか――宮本良介として、リインフォースに勝てばいい。

剣士として勝負を挑んでも、魔導師相手に何のやる気も湧いてこない。敵だと思えないのなら、いっその事最初から敵だと思わなければいい。

ならば、家族として考えればどうか――今この胸に湧き上がるのはやはり、怒りだった。


「次は、絶対に勝ちますから」


 そもそも何で、あいつに殺されなければならないのか。敵になんぞ操られる根性も気に入らん。あいつを家族だと思うと、ひたすらムカムカしてくる。

殺す、死なす、ぶっ殺す。そもそもここまで敵が俺の考えを読んでいるのも、あいつがチクりやがったからだ。そうなると、法術もバレている可能性が高い。

聖王のゆりかごの在り方を知っているのも当然だ、あいつも聖遺物の一つとして教会に管理されていたのだから。妹さんとかが狙われたのも、俺の人間関係をバラしやがったからだ。裏切り者め。

いい気になるなよ、リインフォース。実力は確かにお前が上だが、俺という人間は単なる実力だけでこれまでの戦いで生き残ってきたのではない。必ずフォーミュラを使いこなしてやる。

その為にも、キリエさんには――


「キリエさん、アミティエさんが白旗に来られました」


「! お姉ちゃんが、魔法使いさんに会いに来た!?」

「やはり傷付けた大切な家族とは、アミティエさんの事だったんですね」

「あっ……!」


 別に引っ掛けたのではない、そもそも事実は明らかになっているので確認しただけだ。本人は迂闊だったと、口を手で押さえて青褪めている。

アミティエさんはその事についてはふれていなかったが、意見や考え方の違いから姉妹喧嘩をやってしまったようだ。多分、実力行使に出たのだろう。

キリエさんの姉であるアミティエさんは、穏やかで優しい女性だった。決裂してしまうその時まで、言葉を重ねて対話したのに違いない。


そのままキリエさんは立ち上がり、ゆっくりと後ずさった。


「……お姉ちゃんは何て言っていたんですか」

「事情は全て伺いました。惑星エルトリアの実態からご両親、貴女と――イリスの関係も含めて」

「わ、私をどうするつもりですか!? お姉ちゃんに突き出すつもりですか、それともお姉ちゃんと結託して私を捕まえるつもりで――!」

「何を仰っているんですか」

「えっ……?」


「キリエさんは、私の依頼人です。アミティエさんに引き渡す義理はありませんし、キリエさんの事をお話する事情もありません。
たとえ家族であっても、依頼人の許可もなく相手に漏らしたりはしませんよ。守秘義務くらい守りますとも」


 事実である。そもそもアミティエさんは事情をある程度知っているので、説明する必要はなかった。逆にこちらが色々聞き出したくらいだ。

秘密と個人情報の保持が必要とされる白旗では、厳密に規則により定められている。規則上の守秘義務を課された者が正当な理由もなく、職務上知り得た秘密を漏らせない。

職務上知り得た秘密を開示する事が認められる正当な理由についてはややこしいが、今回の場合アミティエさんが事前に承知済みだったので、話は早かったと言える。


キリエさんがこのホテルに居ると伝えたのも無事を知らせる為であって、行先をバラす意味ではない。アミティエさん本人が望んでも、拒否するつもりだった。


「で、でもお姉ちゃんから私がやった事を聞いたんですよね!?」

「聞きましたけど、それがなにか?」

「何かって……」

「先程、ご自分で仰っていたではありませんか。とても大切で、大好きな家族を守るために、誰かを傷つけることも恐れず行動に出たのでしょう。
私は貴女を助け、貴女の家族を守り、貴女の故郷を救う手伝いをすると約束しました。

貴女との約束を、破ったりはしませんよ」

「……っ」

 そう告げた途端、茫然自失していたキリエさんの瞳から涙が溢れて、口元を押さえたままその場に崩れ落ちた。

キリエさんは、勘違いをしている。そもそも俺は正義の味方ではないし、世界を守る英雄でもないし、他人を救う救世主でもないのだ。

確かにここまで大事になってしまったが、キリエさん本人が望んだことではないのは分かっている。蒼天の書や聖典が奪われたのは問題だが、彼女の事情を考えれば責められない。

俺にはなのは達がいたからこそ、かろうじてアリサを救い出せた――そしてキリエさんは今一人だ、せめて俺くらい味方になってあげたいと思う。


「ごっ……ごめんなさい、本当にごめんなさい! 教会から魔導書を奪ったの、わ、私です……私が、全部悪いんです!!」


「キリエさん……」

「こんなに私を信頼してくれたのに、裏切って本当にごめんなさい……うああああああああああああああ!」


 今までずっと苦しんでいたのだろう、抱えていたものを全て吐き出して、キリエさんは号泣した。

これほどまでに苦悩していた彼女には申し訳ないが、正直なところそれほど彼女を責め立てる気はなかった。蒼天の書が奪われたせいで大事件になったが、悪用したのはイリスである。

板挟みになっていた彼女の葛藤を思うと、追求するのは酷だろう。さりとて何もかもなかった事にするのは、俺よりむしろ彼女が自分を許さない。


イリスの復讐対象であるユーリを見やると、あろう事か貰い泣きしていた。一晩迷惑を被ったこの子が同情泣きしているのだ、もはや罰する気もない。


「泣くのはやめましょう。少なくとも私は貴女を見捨てたりはしませんし、貴女の依頼は果たすつもりでいますよ」

「あ、貴方を裏切った私の依頼を、果たしてくれるんですか……?
お父さんやお母さんを、エルトリアを助けてくれるんですか!?」

「シュテルも言っていましたが、私一人が起こす奇跡では不可能です。ですから貴方の力が必要なんですよ、キリエさん。
ここにいるユーリや護衛である彼女、そして大勢の仲間達が力になってくれます。

お姉さんであるアミティエさんも私と話し合いまして、矛を収めてくれました――貴女ばかりに背負わせてしまい、申し訳なかったと言っておられましたよ」

「……私が、私が悪いのに……お姉ちゃん……!」


「今度こそ全て、話してもらえますね?」

「はい……!」


 ――俺も、リインフォースと和解できる日が来るのだろうか……?

確かに彼女は今洗脳されているが、もし戻せたとしても一度出来た溝は埋まらないだろう。殺し合いをした美由希と和解できたのはあくまで、同じ剣士だったからだ。

一度でも生じた不和を無くすのは、時間がかかる。生真面目な彼女はきっと俺を殺そうとしたことを許せないし、俺も簡単には許せそうにない。

向き合うためには彼女と対等に戦える、強さが必要だ。その為には――


キリエさんのフォーミュラと、アミティエさんのナノマシン。俺が心から望んでいた剣と、翼を揃えてみせる。















<続く>








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