とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第四十四話




 ――この技を体得することは出来ないと、かつて俺は言った。この技を体得できなければ死ぬと、かつて師匠は言った。


モノクロに変わる視界。周囲の動きが止まっているように見えて、視界の色彩がモノクロに染まっている。あらゆる動きがスローモーションのように感じられて、世界が流動化する。

月村忍と神咲那美、二人の女との血と魂の共有でかろうじて実践出来るこの技。人間は五感で周囲の状況を判断するが、この技によって、視覚にのみ全ての能力を注ぎ込む状態が起こる。

視覚が凄まじい集中力を発揮されて、脳が通常の数十倍の速度で処理するようになる。


「神速」


 術者を中心とする球形の範囲内全てを純粋魔力攻撃する広域空間攻撃に、逃げ場はない。加えて、加えてシールドの発生阻害能力があるらしく、対魔導師に適した必殺であった。

爆弾のように中心部から外周部への向きで衝撃が広がっていき、あらゆる全てを飲み込んでいく。その危険性を理解しているからこそ、ユーリ達は全員空から離れて防御態勢に入っている。

デアボリック・エミッション、回り込み効果がある魔導では何をしようが無意味だろう。だが魔導は無敵であろうと――術者本人は、違う。


神速によって急接近した俺は、リインフォースに抱き着いた。


「台風の目は空洞だぞ、リインフォース」

『小癪な真似をする。自ら死にに来たのと同じだ――"シュヴァルツェ・ヴィルクング"』


 魔力の鉄拳が、襲いかかる。拳に打撃力強化と効果破壊の能力を持つ魔力を加えて行う、リインフォースの格闘攻撃。

効果破壊は様々なバリエーションがあるのか、風神の篭手による風のバリアや雷神の篭手による雷のシールドも破壊された。アリシアやフェイトの加護が、壊される。

恐るべき強さだった。攻防一体、遠/近距離全てにおいて隙がない。魔龍の姫プレセアも強靭な肉体を持っていたが、リインフォースは魔導による超強化まで行えるのだ。


俺の肉体なんぞ、紙のごとく破壊されてしまう――あらゆる技巧による拳が、容赦なく俺の肉体に突き刺さった。


「自ら不利な勝負を挑んだのはお前だ、"人魔一体"」

『"ネフィリムフィスト"』


 格闘技という分野において、古代ベルカ時代に最強を誇っていた聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。息子を攻撃されて怒り狂った母が、俺の肉体に憑依する。

取り憑いた身体を的確に動かす技法、ネフィリムフィスト。無敵を誇る魔導であろうと、最強には到底及ばない。拳の応酬は、憤怒の打撃によって容易く凌駕された。

強化された魔導師の顔面を打ち抜き、硬化された魔導師の鎧を打ち砕き、固化された魔導師の手足を打ちのめす。格闘技戦が終了したその瞬間、広域空間攻撃が終了する。


空が再び晴れ渡り――


「くっ……結構な魔力を持っていかれたか」


 最後に彼女を蹴り飛ばして、ネフィリムフィストが終わった。台風の目とはいえ、デアボリック・エミッションの影響を全て回避できない。魔力を削られてしまった。

全身に大きな打撲を負った彼女だが、未だに健在。そのまま墜落することはなく、翼を広げて再び上空へと舞い上がった。俺はガジェットドローンU型に着地して、追撃をかける。

シュヴァルツェ・ヴィルクングで、再び迎え撃つリインフォース。格闘技戦では不利だが、空戦だと圧倒的に有利だと自覚している。その認識は、恐ろしいまでに正しい。


すれ違った際に剣を振るって彼女の頬を斬り飛ばすが、すれ違いざまに脇腹を抉られて内臓が損傷する。血の混じった唾を吐いて、何度も追いすがる。


『足場を破壊しても食い下がるか』

「足場がないのであれば用意するまでだ――レヴィ」

「うっしっし、まかせて!」


 リインフォースは確かに速いが、雷よりは遅い。ガジェットドローンが破壊されても、レヴィが瞬速で隕石をカット。宇宙に散らばった石を乗り渡って、リインフォースと戦い続ける。

斬って当てて、飛ばされて舞い上がる。嵐のような応酬を経てこちらが怪我を増し、あちらは疲労を積んでいった。全身に染まる血が、目眩がするほどの苦痛を証明している。

ローゼやレヴィは実によくやってくれているが、自分で飛べていないという事実が空戦における差を生み出している。主従関係であっても、ローゼと俺の認識はやはり異なる。

彼女の拳にぶつかる度に、剣が軋んでいるのが分かる。アギトが必死で強化してくれているが、向こうの強度が明らかに上。アリシアの防御と比較しても、リインフォースの強度は異常だった。


あらゆる面で、俺達は負けていた。俺一人であれば、言わずとも知れている――彼女の前では、あらゆる全てが足りなかった。


『無駄な抵抗はやめろ』

「お前にとって"あの子"との生活も、無駄だったのか」

『……』

「あいつは自分の足で、立ち上がろうとしている。あいつが歩むのをやめない限り、俺はお前を斬るのを諦めたりしない」


 一瞬表情に出た苦悶を、俺は見逃さなかった。やはりあいつは蒼天の書のリインフォースであり、闇の書のリインフォースオルタなのだ。どういう理屈なのか、二つが正しく成り立っている。

何があったのか、俺は聞かなかった。あいつも、俺に話そうとしなかった。その結果がこの殺し合い、人間関係を築こうとしなかった俺達にはお似合いの末路だった。

小競り合いでは俺を完全に殺せないと悟ったのか、彼女は空高く駆け上がった。彼女の意図に気付いて俺はガジェットドローンU型を急発進させるが、間に合わない。


結局空を制するのは、天空を支配できる"夜天"であった。



『仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ』



 思わず、笑ってしまう。恐ろしいとしか言いようがない、女だった。あろう事か、彼女は眼下にある聖地ごと俺を滅ぼすつもりでいるらしい。

他人を斬るために、あらゆる手段を使う。俺は自分を人でなしの非情だと思っていたのだが、どうやら単なるガキ大将の独りよがりだったようだ。

勝つためならば何でもやると言っておきながら、単に人を斬る事だけにこだわっている。魔導師には無限の可能性があり、剣士には何の可能性もなかったということだ。


俺が他人を一人斬るだけで悪戦苦闘している間に、彼女は世界ごと俺を滅ぼせるのだから。


『来よ、氷結の息吹』


 だったら、俺は何のために生きてきたのか。魔導師に殺されて終わるのであれば、剣士として生きる意味などなかったのだ。

科学の現代であろうと、魔法の異世界であろうと、剣はどこでも無力だった。人を斬れば罪となり、剣を振るれば罰を与えられる。そして剣を持つものは、いなくなった。

剣を恐れるものはいなくなり、魔法を恐れる大勢の人間が絶望の空を見上げている。彼女が振るう強大な魔法が行使されれば、俺を飲み込んで世界を滅ぼせるのだろう。


この胸に正義はない、だから世界が滅んでも何も感じない。この胸に人道はない、だから他人が死んで何も思わない。


「御神流」


 そんな人間にしか、剣士になってはいけないのだろう。そしてそんな人間であったとしても、ユーリは自分よりも強いのだと胸を張って応援してくれた。

世の中にとって剣士は無価値であったとしても、ユーリ達にとって誇らしい存在であるのならば、俺は喜んで剣士になろう。平然と笑って、魔導師を斬り殺してやる。

御神流は多数の敵を同時に相手取り、確実に殺すための技術。己の感情を制御して、心には無とする精神性があってこそ、生きる技がある。


人でなしだからこそ使える、剣技が存在する。


『アーテム・デス・アイセス』

「"潜"」


 氷結の息吹と呼ぶ古代魔導、リインフォース周辺に発生した4個の立方体から氷結の効果を放つ広域凍結魔法が発動された。


気化氷結魔法を圧縮して打ち込み、広範囲に渡って全ての熱を奪って凍結させる魔導。聖地に広がる広大な空が凍てついて、空間を丸ごと氷結化させた。

これぞオーバーSランク魔導師、伝説と謳われる魔導師にだけ許される魔法。断じて、人間一人に向けて放つ魔法ではない。全ての生物は等しく、死に絶える。


凍てついた空の頂点に、仄白き雪の魔女が君臨していた。



――無防備になった彼女の胸に、俺は剣を突き刺していた。



『――ば、かな……!?』

「知識が弱者を強くする。剣の師の教えだ、リインフォース」


   効果発動中、術者は移動できない――血の刃で一度つけた胸の傷、同じ箇所をつけば貫けた。


莫大な数の魔導を扱える彼女が選んだ氷結魔法は、俺にとって不幸中の幸いだった。この属性は万能な妹さんが得意とする分野、修行も教育も徹底的に行なっている。当然、弱点も知っていた。

御神流"潜"は、心静かに凍てつかせて周囲と同化する剣技。感覚を殺して気配を消し、自然と一体化する裏の秘技。暗殺を得意としていた師匠より教わった技術の一つ。


世界をどれほど凍てつかせようと、御神の剣士は何も感じない。殺意さえも消して、相手の心へと飛び込むのだ――心理の裏から、殺すために。


『ガハ……ぐっ、こ、これで私が殺せると思うのか』

「いいや、無理だろうな」


 相手は、リンカーコアを貫かれた――だが、回復する。


『多くの犠牲者を出した』

「それはどうだろうな」


 俺は、全身が凍傷している――だが、ナハトヴァールが温めてくれる。 


「俺の勝ちだ。魔法が使えない今のお前では、ユーリには勝てない。
隕石もトーレ達が残らず破壊し、レヴィ達が聖地を守った」

『……』

「子供に人殺しをさせたくないし、子供の前で人を殺したくはない――大人しく捕まってもらおうか」


   ――嘘だった。勝負に勝ったと言うだけで、到底殺すには至らない。斬ることさえも出来ず、相手を追い詰めだけだ。


御神の技により感覚がないと言うだけで、身体は芯から凍てついている。ナハトヴァールが肉体を、アギトが精神を温めてくれなければ、本当にこの場で凍死していた。

アーテム・デス・アイセスは聖地を蹂躙したが、ディアーチェがカバーしてくれている。広域範囲攻撃もあいつにとっても得意技、難なく自分の支配する地を守りきってくれた。


しかし、戦ってみて分かった――彼女は、間違いなくリインフォースだ。信じ難いが、本物の彼女が俺を殺そうとしている。敵の何らかの干渉を受けて、魔導師として完成している。


俺は自ら剣士として徹しているが、彼女は敵による干渉によって魔導師として徹している。強すぎて、話にもならなかった。だが、同時に理解も出来た。

実力としてはユーリ達や守護騎士達がいれば戦えるだろうが、彼女を本当にどうにか出来るのは俺だ。剣士と魔導師、自らの在り方を徹した理解者だからこそ止められる。


しかし、強さが全く足りない。彼女に、太刀打ちできなかった。


『いいだろう、この場での敗北は認めよう。お前は本当に、強くなった』

「観念するのか」


『目的は果たした。お前と無限再生機構を、システムU-Dから引き離したからな』


 俺が目を見開いた瞬間、リインフォースは無理やり胸から剣を引き抜いて、そのまま戦場から離脱していった。

追いかけようとしたが身体が凍って動けず、ガジェットの上に引っ繰り返った。ナハトヴァールを追わせたいが、この子を今離したら俺が凍死する。

ナハトヴァールと俺が動けない状態に追い詰めて、ユーリを孤立させる事が敵の目的だったのか! 広域範囲攻撃は俺を殺すためだけではなく、各部隊を分断させるためでもあった。


ユーリを孤立させて、干渉するつもりなのだ――リインフォースと同じく、敵とするために。


「く、そ……待、て……!」


 身体が、動かない。アギトが火を炊き、アリシアが風を舞い、オリヴィエが力を与えているが、立つことさえも出来ない。

彼らは、本当によくやってくれた。一番悪いのは俺、貧弱な身体が彼らの要求に答えてくれない。寒さに震え、凍傷に侵されて、血を流し尽くした肉体は死んでいた。

手から、剣が離れている。散々無茶につきあわされて、車の残骸が折れ曲がっている。今の俺を、あからさまに象徴していた。


強い、体が欲しい。フローリアンさんのような、強靭な肉体が――


"万が一の事が起きた場合、この破片に力を込めて「――」と唱えて下さい"


 そうだ、あの人は何かおまじないをかけてくれた。何て言っていただろうか……くそ、このままでは――!


「ユーリぃいいいいいいいいいいいいいいい!」

「ごめんなさい、お父さん。"変な子"に邪魔されて、遅くなりました!」

「あれれー!?」


 慌てた顔をして飛んでくる、ユーリ・エーベルヴァイン。可愛い愛娘の顔に、一切合切何の傷もついていない。

敵への忠誠心は欠片もなく、俺への愛で満たされている。何の干渉も受けていなかった。あれれ、おかしいぞー?


結局敵が何をしたかったのか全く分からず、俺はそのまま崩れ落ちた。















<続く>








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