とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十九話




 ローゼやアギトの安全保証と聖典を求めて、俺は夏から秋にかけて異世界ミッドチルダへ来訪した。目的地はベルカ自治領であり、戦場と化していた聖地で約三ヶ月間戦い続けていた。

死闘と戦争の連続であまり意識していなかったのだが、自分は日本どころか地球を離れて異世界へ来ていたのである。映画の世界、御伽噺の物語の中に足を踏み入れていた。

実感が無かったのは戦いに明け暮れていた事もあるが、何よりもこのミッドチルダが日本と近しい風景を持っていた為である。幻想的ではなく近代的な建物が、現実感を与えていた。


時空管理局の地上本部。次元世界の一つにして時空管理局発祥の地にある本拠地もまた、異世界ミッドチルダに建てられた高層ビル群に君臨していた。


「お待ちしておりました、父上。中将殿より直接父上とお話したいとのご要望だった為、お呼び立ていたしました」

「……なぜ俺の胸に飛び込みながら、状況説明しているんだ、お前」

「私と半日も離れていた為、父上も孤独に震えているのではないかと愚考した次第です。ご安心下さい、私の愛は些かも揺るぎございません」

「愛が不変であるのならば、物理的接触もいらんだろう」


 異世界ミッドチルダでは聖地を自分の舞台としていた為、ミッドチルダ方面には一切足を運ばなかった。このミッドチルダ首都地上本部へ来たのも当然、今回が初めてだ。

時空管理局の2大勢力の一つである地上本部は各世界に駐留して治安維持を務める本拠地であり、地上部隊に分類される部署が集っている拠点でもある。

この本拠地には常時強力な障壁が展開されており、外敵を一歩たりとも侵入させない鉄壁と化していた。気密性に非常に優れており、マスメディア関係も正式な許可が無ければ入館出来ない。


本拠地への訪問が正式に承認されたという事実は、大きな意味を持っている。地上本部への呼び出しは非礼ではなく、歓迎という意味を示している。


「レジアス中将は、父上御本人との会談を望んでおられます。非公式ではございますが、交渉上の記録に記載される重要な会議です」

「秘書や部下の入室も望んでおられないか、気合の入った交渉場となりそうだな」

「地上本部は通信制限がかかっており、念話による助言も行えません。お力添え出来ず、申し訳ありません」

「交渉の場を整えてくれたのはセレナ達CW社の優秀なスタッフ達であり、お前の力があってこそだシュテル。感謝するべきは俺であって、謝罪なんて必要ない。
それにしても俺のような一介の剣士に、トップ同士の会談が予定される瞬間が来るとは夢にも思わなかったな」


 地上本部という夢の舞台に招かれて、今更自分を庶民だと自称するつもりはない。時空管理局最高幹部に招かれる栄誉は、俺一人の武功による成果では断じてないからだ。

学歴も職歴もない俺が時空管理局の中将を務める人間と対談する瞬間なんて、それこそ奇跡でも無ければ得られない時間だろう。この機会を与えてくれたのが、大勢のスタッフと仲間達だ。

この交渉に向けて、アリサやリニスより徹底的な教育を受けている。無知や無学は恥でしかない世界、失敗は自分一人では済まされない。緊張や不安は、山のようにあった。


こういう時、剣士として生きてきたことを誇りに思える――勝負となれば、俺でも戦える。


「忙しい中呼びつけてすまないね。どうしても今、直接君と話したかった」

「一日千秋の思いでお待ちしていた、この機会。この瞬間に与えて下さって感謝しかございません」


 地上本部最高責任者に招かれた部屋は規律正しく整えられており、質実剛健を体現する威圧感があった。インテリアは不要とばかりに、仕事の充実を図っている。

ディスクに鎮座して職務を行っていたレジアス・ゲイズ中将は立ち上がり、握手を求めてくる。友好を示しているのではなく、交渉を求める礼儀を見せていた。返礼して、率直に握り締める。

対面のソファーに座って、お互いに向かい合う。"聖王"に中将、責任者という意味での立場は同等だが、キャリア面から見れば圧倒的に向こうが上。俺は成り上がりでしかない。


舐められないようにするという姿勢は、必要ない。交渉において同等でなければ、容易く切られるだけだ。彼にとって、俺の代わりは幾らでもいるのだから。


「君に同行したオルティア捜査官より、昨晩起きた事件について詳細は報告受けている。大変な事件に巻き込まれたようだね」

「聖遺物の強奪に聖王教会騎士団の壊滅、聖典の破壊。そして昨晩起きた、廃棄都市の消滅に人型兵器の襲来。ベルカ自治領を発端とした事件は確実に拡大を見せています」

「捜査官は、君との協力関係を提案している。現在地上本部としては、捜査官本人の派遣による協力関係の構築を推進させている」

「既に聞き及んでおります。改めて、ご協力には感謝いたします」

「世辞はいい。君本人が望んでいるのは一歩進んだ関係――武力による同盟だろうからな」


 探りを入れるつもりで、探られる感覚。言葉だけの応酬であるというのに、刃を向けただけで切り替えしてくる度胸は大したものだ。以前の交渉でも思い知った胆力である。

夜の一族の世界会議でもさんざんカレン達には難儀させられたが、武闘派であるこの男との交渉は殺し合いに等しい緊張感がある。失言は即、無礼討ちされるだろう。

協力を求めるのであれば友好は必要不可欠だが、生温い関係を望んでいない。どちらか失墜すれば道連れとなる、蛇同士の睨み合いがレジアス・ゲイズの本領であった。


一体どういう世界を生きているのか、スケールが今でも計り知れない。次元世界という広大な領域で正義を唱える困難を、思い知らされる。


「事件を起こした犯人が魔力武装ではなく、質量兵器を用いた技術戦で挑んできています。技術レベルは並外れて高く、ミッドチルダの常識は通じない局面が出てくるでしょう」

「君の見解は、オルティア捜査官の危機感と一致している。だが、我々の認識とは多少異なる」

「魔導による主力兵器でも対応が可能であるという、従来のご意見でしょうか」

「人型兵器の驚異について、オルティア捜査官の報告書を元に本部の人間にも分析させた。会議による承諾が必要であろうが、陸士隊による魔導兵器使用を行えば鎮圧出来る」

「戦闘が見込まれる事態であると認識された以上、前線の戦闘員として戦闘専門の魔導師が所属する部隊を出動させれば対処出来るという事ですね」


 地上本部は管理局の魔導師は求められる技能レベルが高いため、現在人手不足とされている。優秀な人物も積極的に採用しているが、本局に引き抜かれてしまう弊害に苦しんでいた。

彼が中将となって人員の強化に努め、実際に多くの人材を補強しているのだが、それでもまだまだ苦しい。だからこそ彼は人材の強化ではなく、武装の強化を望んでいる。

今レジアス・ゲイズ中将が言った見解は、本人が望む理想とは反している。試されているのかと思ったが、すぐに頭を振った。彼個人の思想ではなく、地上本部の見解だということだ。

レジアス中将が本部の最高責任者である以上、ワンマンだけでは務まらない。奇策だけでは、決して王道には敵わないからだ。


敵が常識外れであっても、非常識で挑めばいいというものではない。レジアス・ゲイズの意見に同意すると、彼はやや意外そうに俺を見つめた。当然だ、この本部の見解だと俺の協力は不要となる。


「地上本部の武装隊の優秀さ、そして何より陸戦魔導師が多く所属する陸士隊の方々の実力を疑っておりません。皆さんが出動されるというのであれば、市民も安心いたしましょう。
私が望んでいるのは地上本部からのご協力ではなく、レジアス・ゲイズ中将殿への協力です」

「武装隊や陸士隊を率いている儂個人への協力関係を結びたいという事かね」


「聖王教会の"聖王"陛下ではなく、カレドヴルフ・テクニクス社長である宮本良介として今貴方の前に立っています。
今回の事件は間違いなく時空管理局や聖王教会の常識を超えた敵が動いている。

今こそ現状の問題を打開するべく、技術革新を進めている我々が協力する時ではないでしょうか」


 この時初めて、レジアス・ゲイズ中将が息を呑んだ。"聖王"陛下であれば聖王教会という強大な宗教組織を動かせるが、CWの社長という立場では金と技術しか動かせない。

逆も然りだ。地上本部最高責任者という立場だと地上本部を動かせるが、レジアス・ゲイズ中将本人では決定権しか持たない。時空管理局と聖王教会の協力関係は、結べない。

ただ、理想は動かせる。魔導兵器や魔導師達の力を疑っているのではない。俺だって、ユーリ達に思いっきり頼っている。彼女達がいれば何でも出来ると、確信さえしている。


けれどミッドチルダとしての対応では恐らく、この敵には届かない。昨日、月村すずかが犠牲になったのだ――絶対的な存在だった夜の王女が、陥落した。俺は絶対に、軽視しない。


「宮本良介本人として来ているのというのであれば、儂も礼を払って問おう。何故管理外の人間がここまで、ミッドチルダの事情に関与するのか」

「無関係ではないからです。だからこそ新しい関係を、私は望んでいる」

「君――いやお主が関係しているのは、あのゼストとの事か」

「否定はいたしません。貴方の苦悩は、あの人を通じて知りました。そして私もまた昨日、同じ痛みを知りました」


「……君の護衛が一名、犠牲となったそうだな。事なきを得たと聞いているが」


「ええ、私の剣では太刀打ちできませんでした。勘違いしないでいただきたいのは、同じ痛みを相手に与えようと思っているのではありません。
必要な時に、必要とされる力がない。そんな悲劇は確実に避けたいのです。まして、出来ることが確実に目の前にあるのであれば」

「組織のトップに立つ責任感が、人間としての復讐を否定するのか。なるほど、リーダーとしての苦悩を共有しているなどとぬかすのも頷ける。
生半可な同情で気を引く算段であったのならば、この部屋を叩き出しておったよ」


 ……実はそういう算段だったので、内心冷や汗をかいた。中途半端な同情作戦で気を引ける相手ではなかったらしい、時空管理局の中将という立場の恐ろしさを痛感させられる。

方針を変えたのは他でもない、この方の姿勢が尊敬できたからだ。CW社の技術を必要としていても、自分の理想を叶えるためだけに組織を動かしていいものではない。

レジアス・ゲイズ中将のそうした責任感こそが、前のめりになっていた俺を戒めてくれたのだ。敵を見て己を知れ、小学生レベルの教養が俺を自重させてくれた。


今まで風来坊を気取って、一人旅して何もしなかった自分には猛省させられる。勉強の一つでもするべきだった、この世界で生きていくためには。


「地上本部としての決定は、オルティア捜査官を通じて知らせている。組織の意向を変えるつもりはない」

「オルティア捜査官は極めて優秀な方です、こちらとしても何の異存もありません」

「お互いの組織としての立場を尊重し、一定の距離を保つ。お主や儂の現状を考えれての理解なのだろうが、その実今後は協力の推進を望んで動くつもりなのだろう」

「……それは」


「ふふ――言ったはずだぞ、世辞は不要だと。お主やオルティア捜査官個人が望み、協力を育んで協力関係を拡大していく分には口出しするつもりはない。
関係の推進によって本部が納得するのであれば、儂も動こうではないか。若者の可能性をわざわざ否定するほど、儂は石頭ではないぞ」

「見え透いていたようですね、おみそれいたしました。中将殿の寛大な取り計らいに、感謝いたします」


 うぐぐ、こっちは必死で大人になるべく頑張っているのに、リンディ達を筆頭にどうしてこうも大人達はカッコいい連中ばかりなのか。頭を下げるしかないではないか。

なるほど、危機感をいだきつつもゼスト隊長が今も惚れ込んでいるのもよく分かる。レジアス・ゲイズ中将、異例の抜擢ではあるが、最高責任者としての器が確実に持っている。

ゼスト隊長の名前が出たのであれば、彼自身もやはり意識しているのだろう。理想こそ違えど、目指すべき地点は同じである筈だ。何とかして、もう一度肩を並べてほしいと思う。


だからこそ、彼との関係を進めていかなければならない。


「お主の話はよく分かった、先日見せてもらったCW社の技術レベルには驚かされた。技術革新を進めていく提案は承諾しよう」

「ありがとうございます。必ずや、中将殿のご期待に答えてご覧に入れます」


 やった、これでカレドヴルフ・テクニクス社と地上本部の技術提携が成立した。レジアス・ゲイズ中将が責任者でいる限り、時空管理局との正式な取引が結べる事になる。

次元世界全土を管理する時空管理局との取引成立は、CW社に莫大な利益をもたらすだろう。社長に引き立ててくれたカリーナお嬢様にも、これで顔が立った。

失敗したらお前の首を物理的に切るとか言っていたからな、剣士よりも恐ろしいお嬢様である。これが終わったら、必ず連絡しよう。


ただ、美味い話には必ず裏がある。


「さて、交渉が成立した以上早速仕事にかかってもらおうか。社長であるお主を直接呼んだのは勿論お主本人を見定める為ではあったが、それだけではない。
取引に値する人間だと確信できた時、真っ先に仕事を依頼するつもりだった」

「と、申しますと……?」


「うむ、実は――」















『セレナです。商談、お疲れ様でした社長。車は手配済みです』

「ありがとう、カリーナお嬢様に至急連絡を取ってくれ」

『かしこまりました。お嬢様も貴方様の連絡をお待ちしていました。少々お待ちください』


『――このカリーナを呼びつけたからには、さぞや朗報であったのでしょうね』


「商談、成立いたしました」

『やはり失敗したのですか。やはりお前のような田舎者では地上本部最高者を相手に――
……成立した?』

「はい」

『本当に?』

「ええ」

『時空管理局との商談が、成立したんですの!?』

「はい、お嬢様のご期待にお応え致しました」


『……』

『……CW社創立数ヶ月で、この快挙。
カリーナお嬢様。貴女様があの時見つけられた宝物は妖精ではなく、妖精を連れていたこの方だと思います』


『い、田舎者、お前は本当によくやりま――コホン。
と、当然ですの。お前はこのカリーナが直々に取り立てた人間、この程度出来てもらわなければ困りますの』

『お嬢様、涙で声が震えておられますわ。花粉症ですか?』

『花粉って何ですの!? とにかくすぐに戻ってきなさい、頭くらいは撫でてあげますの』


「ありがとうございます。早速ですがレジアス・ゲイズ中将殿御本人より正式に仕事の依頼をいただきましたので、直接報告させて頂きます」


『仕事までもう受注したんですの!?』

『よほど信頼を勝ち取られたのですね……流石ですわ、社長。結婚しましょう』

『うちのメイドは現金主義すぎますの!? 詳細は会ってから聞きますが、仕事というのは何ですの?』


「兵器"アインヘリアル"の導入計画です」















<続く>








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