とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 第二十二話




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さて、何から話せばいいだろうか。

押し掛けておいてなんだが、ちゃんと考えてなかった。

ちらりと、フィリスを見る。

やる気と熱意に満ちた瞳――

穏やかな笑顔を浮かべているが、この人の悩みは私が解決するんだと言わんばかりの激しいオーラが見えた。

頼られた事がそんなに嬉しいのだろうか?

……嬉しいんだろうな、俺みたいなやさぐれた奴だと特に。

黙ってばかりでは話も進まないので、とりあえず話してみる事にする。


「……実はさ――」

「はい、どうしました!」

「いや、そこまで元気の良い返事はいいから」

「ご、ごめんなさい。ど、どうぞ、続けて下さい……」


 自分で思っている以上のやる気に気付いたのか、フィリスは恥かしそうに頬を染める。

こうしてみると年下に見えるよな、こいつって。

……また何かみょうな気持ちになりそうで、小さく頭を振った。


「今、どうしても勝ちたい奴がいるんだ」

「……」

「退院して肩も治って、剣の修行を再開したんだよ俺。
強い奴相手に戦いを挑んで、強くなろうと思った」


 高町恭也――俺が戦いたい相手。

何故、こうも執拗に奴に戦いを挑みたいのか?

あいつが強いのかどうかすら、奴の剣を見ていない俺には判らない

俺はどういう奴なのかも知らない男に、喧嘩を売ろうとしている。

今までの俺には無かった事だ。


「でも――俺は今だにその一歩も歩めていない」


 あいつはおろか、レンにも勝てない。

レンの話では、高町の兄貴は自分より遥かに強いと言っていた。

そんなレンにすら俺は全く届かない。

俺は――今だに一撃も当てられないでいる。


「何回も戦ったのに一回も勝てないんだ……
そいつは言っていた。俺は弱いって。
何回相手をしても俺を怖いとは思わないって――」


 ……思い出せば出すほど、悔しい思いが溢れてくる。

苦々しさが口に広がり、陰鬱とした感情が心の底に沈殿していく。


「……俺は……強くなりたい。
でも、何で強くなりたいのか――分からなくなってきた……」


 レンに植え付けられた迷いの種。

何の疑問にも思わなかった事が、今になって鈍く胸の内に反響する。

何故強くなりたいのか?

何の為に強くなりたいのか?

誰の為に――?

意味の無い強さは怖くないと、レンは言った。

なら、意味のある強さとは何だ?

強くなる事に理由が必要なら、俺はその理由を何処で見つければいい?

大切な人なんて居ない、守りたい人も居ない。

自分独りで、相手を蹴散らしていくだけの俺に純然たる気持ちなんて抱けない。


「――情けないよな、ほんと。
お前にも散々偉そうに言ったのにこのザマだ。
退院して一ヶ月も経ってないのに、もう迷いまくってやがる」


 本当に情けない。

女に弱音を吐くなんて、男のする事じゃない。

フィリスは剣の事なんて何も知らない小娘だ。

何を言ったって解決なんてしないのにな……

――なんで俺、此処に来たんだろ。

やっぱ今まで通り、独りで考えてればよかった。

人間倒すのに理屈なんていらない。

レンの話だってただの戯言だと聞き流して、竹刀で打ち据えてやればいいものを。

……でもそれが出来なくて、俺は――


「良介さん」


 いつの間に俯いていたのだろう?

フィリスの声が真上から降ってきた。

顔を上げると、


「お腹、すきませんか?」

「は……?」


 何を言い出すんだ、突然?


「ま、まあ、減ってるけどよ……」

「でしたら、お昼御一緒にどうですか? ね?」


 にこにこ顔で、フィリスが聞いてくる。

こいつ……人が真剣に悩みを打ち明けているのに飯だぁ?

馬鹿にしてんのか、このアマ。

――と、怒る気力も今の俺には無かった。


「俺が言うのもなんだけど……お前、仕事いいのか?」


 若干の抵抗もあって聞くが、フィリスは平然とした顔を崩さない。

「カウセリングも立派な仕事です。さ、行きましょう」


 能天気なこいつに触発でもされたかな……

微笑みかけるフィリスを見て、いつの間にか素直に従う気になっていた。
















 タマゴサンドとイチゴジュース。

意味不明な取り合わせの昼食を、フィリスが隣で美味しそうに食べている。

春の陽射しが眩しい正午。

フィリスの誘いで来た病院の中庭は、自然のせせらぎに満ちていた。

天気も良く、昼寝でもしたい陽気。

悩みさえなければのんびりするんだが――

俺はタマゴサンドを口に押し込んで、ジュースで流し込む。

あ、甘い……


「……此処は患者さんにも評判がいいんですよ」

「うん?ああ、この場所ね」


 突然話し掛けるので何かと思えば、この中庭の事か。


「私もよく此処でこうしてご飯を食べたりするんです。
優しい自然に触れていると、心もすぅっと綺麗になっていくみたいで……」


 確かに――肩の力を抜くには良い場所かもしれないな。

悩みは解決しないが、気分は落ち着いてくる。


「いつも思うけど、お前ってのんびりした奴だな」

「うふふ、そうですか?」

「悩みがなさそうで羨ましいよ」

「……そんな事――ありませんよ」


 え……?

声のトーンが変わった事に気付き、俺は食べる手を止める。


「患者さんの事、医療の事、私自身の事――
毎日沢山の事で、私は悩んでばかりいます」

「フィリス……」


 哀しそうで――それでいて純然とした顔付き。

幾つもの悲しみや苦しみを乗り越えてきた人間だけが浮かべられる表情。


「理想と現実は違います。
どんなに救いたいと願っても、消えてしまう命もありました。
その度に私は思うんです……
決して忘れてはいけない、二度と繰り返してはいけないって」


 不意に、フィリスが大人の女性に見えた。


「私は剣の事はわかりませんが……
今、良介さんが悩んでいる事は決して無駄ではないと思います。
困難にぶつかって、悩んで、苦しんで――人は大人になっていきますから」


 何も言えずにいる俺に、フィリスは顔を向ける。

どこまでも透明で、優しい微笑みを――


「良介さんはきっと、素敵な男性になると私は信じています。
だから、苦しみに負けないで……
私はいつだって貴方の味方ですから」


 …………彼女の無垢な信頼に、俺は何も言えなかった。

























































<第二十三話へ続く>

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