とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十ニ話





 ――驚愕である。


トラックが突然空を飛んで、頭上から乗り掛かってきた。ファンタジックどころか、完全な怪奇現象ではあるが、驚くべき点はそこではない。その点も大いに驚いたのだが、次の瞬間吹き飛んだ。

ノアがナイフを取り出して、車上を切り裂いて穴を開ける。妹さんが大人モードに瞬間的に変化し、車上の穴を抜けて伸し掛かってくるトラックを強大な魔力を込めた拳で弾き飛ばす。


銃を取り出したオルティアが芸術的に練り上げた魔力を込めて、トラックを真下から撃って爆破――この一連の連携を何の相談もせずやり遂げた彼女達に、度肝を抜かれた。


「お前ら、絶対に人間じゃない」

「後部座席から身を乗り出してハンドル握ってる君もなかなかすごい」

「瞬間的な判断力はさすがですね」

「カッコつけたいところだが、本能的な恐怖でしかない」


 忸怩たる思いだった。完全なる奇襲、瞬間的な生死の状況だったのに、この場にいる女性達が全員防衛を行った。俺は単に、驚いているだけだったのに。

ノアやオルティアは目を丸くして称賛するが、彼女達にその気はなくとも嫌味に聞こえてしまう。俺はビビって、オルティアが離したハンドルを慌てて握っただけだ。

剣士であれば敵が襲いかかってきた以上、トラックを真っ二つにでもするべきだろう。敵が刃を振り上げたのに、身を低くして屈むなんて剣士のすることじゃない。


ノアやオルティアはまだいい、月村すずかは俺よりもキャリアが浅いのだ。だというのに、彼女は適切に攻撃を行った。一体、俺とこの子で何が違うのか。


「あの程度の車両であれば撃ち抜くことは容易なのですが、どうやら改造車のようですね。運転、代わります」

「……」

「陛下?」

「陛下なんて呼ぶのはやめてくれ、警告されたのに油断するなんて武の王のするべきことじゃない」

「……申し訳ありません、気を悪くされたのなら謝罪します」

「いや、こちらこそ申し訳なかった。気が動転してしまった」


 口から飛び出たのが八つ当たりだと気付けたのもまた、経験によるものだろう。オルティアの美しき相貌が憂いに沈むのを見て、逆に冷静になれた。謝罪する。

精神が不安定になっているのを、自覚する。それでも同じ過ちによる人間関係の不信を招かずに済んだのは、過去の苦い経験によるものだった。

フェイトやなのはを傷付けてしまった不始末が、今でも忘れられない。自分が非力だからといって、力ある人間を傷付けていい事にはならない。


弱者であるから、強者に甘えていい筈はない。弱い人間には、非力なりの戦い方がある。


「一応聞いておくが、無人トラックに襲われる心当たりはあるか」

「泣かせた男の数は数知れず」

「男性経験のない少女は黙ってて」


「精通している訳ではありませんが、見たことのない車種です。ナンバーを探っても無駄でしょうね」


 アホの猟兵とは違って、天才の傭兵リーダーの見解は実に頼りになる。けれどノアのおちゃらけた発言は、神経をとがらせていた俺を気遣っての言葉であることも分かっている。

大人の世界で生きてきた子供と、男性社会で生き抜いてきた女性。タイプこそ違うが、戦場においては信頼できる女性達だった。天才達に気遣われて、俺もようやく平静になれた。

嫉妬に狂ってはいない、結局自分の非力に悩んでいるだけだ。そのくらいの不完全燃焼で済んでいるのは、フィリス達のような素敵な大人達に巡り会えたからだ。だから、捻じ曲がらずに済んだ。


必ず生きて恩返しするのだと決めたのであれば、へそを曲げてばかりではいけない。


「穴の空いた車でこのまま逃げ去るのは難しそうだな。セッテ達が乗っているもう一台の車と連携して――えっ!?」

「陛下、いえ――どうしました、リョウスケさん」

「あんたが撃ったから、車が撃ち返そうとしているぞ」

「車が!?」


 運転手が居ない車はホラーの産物だが、エンジンルームから銃火器が出てくるトラックはアクション映画の産物だった。凶悪なガトリングガンがこちらに向いている。

あくまで気のせいだと思いたいのだが、あの銃口は車の後部と言うより俺の顔を狙っているように見える。車の破壊ではなく、俺を殺す気満々に見えてしまう。

今度は敵の攻撃を事前に認識できたが、車が猛スピードで走っている状態で何をするべきだろうか。剣がなくても抵抗するか、剣がないと判断して車から降りて逃げるか。


否――自分は戦えないと判断して、仲間に頼るのだ。


「セッテ、車を破壊しろ」

「IS発動、スローターアームズ」


 戦闘機人の耳の良さを確信して命じると、確かな声で聖王騎士団の団長が能力を発揮した。

エンジンルームより飛び出してきたガトリングガンは無慈悲に切り裂かれて、ブーメランブレードは鋼鉄の車を真一文字に切り裂いていった。

第一線のベルカ騎士の一撃に匹敵すると博士に保証されたセッテ、まだ子供だというのに能力が際立った成長を見せていて、ウーノを驚かせていたのは記憶に新しい。


主を確立させた兵士は、目的と手段を確立させて、戦闘機人へと至ったのだ。


「陛下、怨敵の首を討ち取りました」

「こういう恐ろしい事だけ小声ではなく、ハッキリと口にして言うんだな」


 トラックが真っ二つに切り裂かれたのでオルティアが車を止めて、俺達は一旦降りる。並走していたもう一台も止まり、降りてきたセッテが一礼して戦果を報告する。

珍しく誇らしげな顔をしているセッテに子供の一面が見えて、少しだけ微笑ましくなる。無表情であっても、無感情ではない。

君が与えた感情だと博士が自慢していたが、きっと生まれ持ったものだと思う。俺は単に子供であろうと戦闘機人なのだと、彼女の生き方を肯定しただけなのだから。

セッテ団長と聖騎士アナスタシヤを除けば、本日同行した聖王騎士団は運転手のトーレと警護役のチンクである。愛娘のディードも生きたがっていたのだが、ヴィヴィオの護衛で渋々留守番している。


「敵の狙いが陛下であることが、これでハッキリとしたな。チンク、改造された車両の操作性について確認できるか」

「複雑な機構で作り上げられている、少なくとも私のような能力によるものではない」


 俺が狙われていると判明して我が事のように忌々しげに舌打ちするトーレとは違って、眼帯をつけたチンクは冷静に破壊された車両を見分している。

切り裂かれた銃火器はノアとオルティアが慎重に分析、妹さんは俺に固く寄り添って周辺を警戒している。この子がいる限り、何人たりとも奇襲は不可能だった。


そんな中、アナスタシヤだけがトラックをジッと見つめていた。


「何か気になることでも――」

「お下がり下さい、陛下!」


 ――ワニワニパニックという玩具が、子供の頃孤児院にあったのを覚えている。口の空いたワニの玩具で、油断して手を差し出してしまうと噛み付かれるのだ。

真っ二つに裂かれたトラックは、視点を変えてみると口を開けたワニを連想させる。その間にいるのは俺、二つに裂かれたトラックが急に動き出して一つになろうと閉じていく。

いきなりの事態に見分していた者達が驚く中、妹さんが俺の手を掴んで引っ張り上げて――


剣を抜いたアナスタシヤが一回転し、トラックを綺麗にバラバラにした。


「お怪我はありませんか、陛下」

「このメンツだと、世界が滅んでも余裕な気がしてきた」


 頑丈に作り上げられたトラックを、剣一本で解体できる力量の剣士。ここまで来ると嫉妬どころか、現実味の無さに唖然としてしまう。

何よりもこれほどの力量を見せつけられても、この場に集った女性陣が平然としている事だ。聖騎士であれば斯くあるべしだという共通認識が恐ろしい。


一応、聞いてみる。


「どうしてこのトラックがまだ動くと分かったんだ」

「陛下に向ける敵意が見えておりました」


 ……感じるではなく、見えると言っているんですけど、この人。どこをどう見たら分かるのか、真顔でトラックを凝視しても全然分からない。

そもそも無機物であるというのに、敵意だの殺意だのが分かる聖騎士は一体何者なのだろうか。どうしてこれほどの騎士が忠義を誓ってくれているのか、今でも謎であった。

いずれにしても、驚いてばかりではいられない。切り裂かれたトラックが俺に牙を向いてきた以上、明確に俺を殺す気であることは間違いなくなった。


このまま車で逃げ去る去るのは、あまりにも不用意。参謀役のシュテルを、手招きする。


「シュテル、上空から偵察を頼む。俺は至急、聖地に連絡を取る」

「承知しました、父上」


 通信機を取り出して、聖地の各勢力に連絡を取ろうとして――シュテルが、降りてきた。早っ!?


「ただいま帰りました、父上」

「おい、緊急時くらい真面目にやれ」

「トラックが猛スピードでこちらへ来ています」

「またトラックか……芸のないやつだな」

「そうでもないかと」

「へ……?」


「車道を埋め尽くす規模の車両群が、押し寄せています」


 なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?


ジャンケンでパーを出す相手にチョキで勝ったと思ったら、敵は数並べた巨大な岩の数々をグーと言わんばかりに転がしてきやがったぞ。

これでハッキリした、一連の事件の首謀者はシュエルの言う通り間違いなく俺だ。そしてこいつは俺を殺すためであれば、なんでもやる。

俺の事しか頭にないから、俺より先手を打つことしか考えていない。時空管理局や聖王教会も追っているというのに、保有する戦力を俺一人にぶつけて来ている。


こいつ……俺の本質が剣士だということを分かっている。


「信じられない……俺より遥か上を行く、剣性の持ち主だと!?」


 剣では考えられない戦術を駆使し、剣では抗えない戦略で殺そうとしている。俺は、心の底から戦慄させられた。

一体誰なんだ、こいつは。どうしてここまで、的確に俺のことを見抜ける。まさか俺の同質である魔女が首謀者なのか――いや、ありえない。

同質であれば、どう転んでも同格となる。こいつは俺という人間ではなく、俺という剣士の敵なのだ。魔女はあくまで、魔導師であった。


こいつは間違いなく、剣士の天敵だ。どれほど考えても、常に上をいかれる。剣では対抗できないというのか、ふざけるな!


「父上、ご判断をお願いします」


 俺よりも優れた頭脳を持っているシュテルが何も言わず、俺の判断を待っている。俺より優れた力量を持つ戦士達が何も言わず、俺に耳を傾けている。

冷や汗が、止まらない。延々と先手を打たれ続けていて、息が苦しくなる。本当に勝てるのだろうか、何かを考えても常に負けてしまうのではないか。

単純に頭が良いのであれば、発想で上回れる可能性はある。シンプルに強いのであれば、力量で上回れる可能性はある。


だが――剣士よりも上であるのならば、どうすればいいのだろうか。


(お前には剣が無くても、アタシがいるだろう)

(アギト……)

(やらなければならないことじゃなく、やりたいことをやれ。義務感で剣を振ろうとするな、お前らしくもねえ)


 ポケットにいるアギトの叱咤で、不安に曇っていた心が晴れていく――今まで自分よりも頭が良い人間は何人もいた、自分より優れた剣士だって多くいた、自分より強い敵なんて腐るほどいた。

では、剣士より上の存在がいるとすればどうすればいいのか。敵が多い、考える時間がない――そして何よりも、剣がない。

戦えないというのに、どうして自分はここにいるんだろう。ただ守られているだけで、何も出来ていない。ただ右往左往するばかり、混乱しているだけだ。


俺は――


「迎え撃とう」


「戦うというのですか、銃火器を積んだ車両群ですよ。市街戦に発展してしまいます!?」

「チンク、俺達が乗ってきた車を能力で爆弾に変えて突っ込ませろ。足止めしているその隙に、先程の場所に戻るんだ」

「! 元廃棄都市だった場所はもう更地、思う存分に火力を振るえる。わたしは賛成、いい考えだと思う」

「なるほど、あの場所であれば迷惑はかかりませんね。時空管理局への対応は、私に任せて下さい」

「聖王教会に対しては、俺が責任を取る」


 ――だから、仲間に頼る。俺にはどうしようもなくても、この仲間達であれば必ず勝てる。

無力な今の俺に出来るのは、赤の他人を信じることだけだ。剣を捨てたあの時に、プライドは捨てた。


剣を失ったあの時に、何もかも捨ててしまった。


「現場における指揮は全て貴方にお任せします、オルティアさん」

「指揮権を私に委ねるというのですか!? 現場での対応を全任するという事は、現場で発生した武功を譲ることを意味しているとお分かりですか!」

「多種多様な傭兵を指揮してきた貴女が適任でしょう、よろしくおねがいします」


「……どうして、それほど私を……」


 自分は惨めで弱いから、戦わない理由にはならない。この素晴らしい仲間達を超えるために、俺は再び剣を取ったのだから。

仲間に頼ることは決して、弱いことではない。信じるということの強さを、高町なのはが教えてくれた。


「俺達を相手に戦争を仕掛ける無謀をこの敵に思い知らせてやれ、お前達!」

『了解!!』


 犯人、お前はきっと俺より強いのだろう。あるいは、剣士よりも上なのかもしれない。俺なんて、余裕で勝てるのだろう。

でもお前の敵は、俺ではない。俺達なのだ。


「……この人はかつて敵だった私達も信じるのですね、ノアさん」

「そういう人なの。だから、わたしの自慢の友達」


 俺をどれほど上回ったのだとしても――俺達には、絶対に勝てない。















<続く>








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